宇宙のグランドロン決戦~明日へ希望をつなぐために

作者:椎名遥

『暗夜の宝石』攻略戦。
 月面を舞台に、多数のデウスエクスが入り乱れる一大決戦となった戦いは、ケルベロス達の勝利に終わった。
 月と同化したビルシャナ大菩薩、デウスエクス「クルウルク神族」の最後の2体であるマスター・ビーストとクルウルク。強大な力を持つ多数のデウスエクスはケルベロス達によって倒され、その計画を阻止されて。
 そうして元の姿を取り戻した月は、変わることなく夜空で輝きを放っている。
 ――だが。

「皆さん、至急準備をお願いします。『暗夜の宝石』攻略戦で生き延びた、マスター・ビースト残党達の動きがつかめました」
 集まったケルベロス達へ一礼すると、緊張した面持ちでセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は資料を示す。
「先日の月面の戦いを生き延びたマスター・ビーストの配下が、遺棄されていたソフィステギアのグランドロンを改修して地球へと向かっていることが判明しました」
 三体の神造レプリゼンタが中心となって結成した残党軍の目的は、主の計画していた『レプリゼンタ・ウェアライダー計画』。
 マスター・ビーストの遺産を用い、地球上の希少動物を絶滅させて神造レプリゼンタの軍団を作る計画の実行と思われる。
 無論、戦争の敗北によって技術も道具も失われた状態では、本来の結果は得られないだろうが――本来の結果の十分の一、百分の一であったとしても、神造レプリゼンタが増える可能性を考えれば、放置できるものではない。
「ですので、彼らが地球に到達する前に撃破する必要があるのですが……問題が二つあります」
 そこまで話すと、セリカは一旦言葉を切って表情を曇らせる。
「一つ目の問題は、移動手段です」
 『暗夜の宝石』攻略戦で使用した磨羯宮ブレイザブリクは、準備が間に合わずに使用することはできない。
 また、ヘリオンの宇宙装備は調整のためにNASAに運び込まれており、すぐに動かせる数には限りがある。
 そのため、今回は多くのケルベロスを動員することができず、少数精鋭での阻止作戦を行うことになる。
「そして、もう一つの問題は、別勢力の動きです」
 残党軍の動きを察知した大阪のユグドラシル勢力から、レプリゼンタ・ロキとジュモー・エレクトリシアンが、残党軍を傘下にくわえるためにグランドロンを利用して宇宙に向かっていることが確認されている。
 首魁であるマスター・ビーストを失った事で残党軍は士気が低下しており、勝ち目が無いほどに戦力差が大きいと見れば、戦わずに降伏してロキの傘下に入ってしまうと予測される。
 残党と言っても複数の神造レプリゼンタを擁するデウスエクスの集団と、それに対して勝ち目がないことを見せつけるだけの戦力を率いたユグドラシル勢力が合流してしまえば、その後彼らがどう動くとしても限られた戦力で阻むことは難しくなるだろう。
 ならば、どうするか。
 ケルベロス達からの無言の問いかけに、セリカは静かに頷きを返すと、
「皆さんには、合流する前のユグドラシル勢力のグランドロンに強襲を仕掛け、迎撃に出てきた軍勢の撃破をお願いします」
 そう、作戦を告げる。
「残党軍が降伏するのは、ユグドラシルの軍勢と残党軍との戦力差が大きいため。つまり、ユグドラシル勢力に損害を与えて戦力差を縮めることができれば、残党軍の降伏、合流を防ぐことができると思われます」
 無論、それだけで全て解決することはできないだろう。
 そのまま戦闘となれば、2勢力は協力してケルベロスと戦うことになり、状況が大きく悪化することは想像に難くない。
 だが、合流を防ぐことができれば、その先の交渉につなげる可能性が出てくる。
 そして、交渉次第では、さらにその先の目的の達成につなぐ可能性も生まれるだろう。
 その可能性をつなぐために、
「この先制攻撃は、その後の作戦の成否につながる重要な戦いになります。皆さんの力を貸してください」
 見つめるセリカにケルベロス達も無言で頷きを返し。
 わずかに表情を和らげると、セリカは説明を続ける。
「皆さんは、宇宙用のヘリオンでグランドロンの近くまで移動することになります」
 ある程度まで接近するとグランドロンから迎撃の軍勢が出てくるので、それを合図にケルベロス達がヘリオンから出撃。
 同時に宇宙用ヘリオンは戦場から離脱し、戦闘後にケルベロス達と合流して撤退するという流れとなる。
「今回の作戦で皆さんが戦うことになる相手は、ダモクレス『マザー・ドゥーサ』です」
 そう言ってセリカが示す資料に記されているのは、首だけの姿をした巨大なダモクレス。
 かつて繰り広げられた『ドレッドノート攻略戦』では、多数のGGGシリーズを率いてケルベロス達を迎え撃った巨大ダモクレス『マザー・ドゥーサ』である。
 調停期以前には数十メートルの巨体を誇ったとすら言われているマザー・ドゥーサだが、現在姿を保っているのは頭部のみ。
 攻撃手段もそれに伴って、呪いの眼光を宿した蛇型端末と、端末よりも数段強い力を宿す本体の眼光のみとなっている。
「GGGシリーズは壊滅し、現在護衛として従えているのはそれらよりも数段力の劣るGGG戦闘員でしかありませんが――マザー・ドゥーサ本体の戦闘力は、それを補って余りあるほどに高いものとなっています」
 足止め、捕縛、催眠、石化。相手の操る無数の状態異常への対処が遅れれば、それだけで戦線の崩壊へとつながりかねない。
 だが、それ以上に警戒すべきは、純粋な実力の高さだろう。
 ドレッドノート攻略戦からおよそ二年半。ケルベロス達の力は当時よりも数段高みに至っている。
 ――そしてそれはマザー・ドゥーサもまた同じ。
 二年半の間に修復を進めたマザー・ドゥーサは、見た目こそ依然と同じでも中身は別物と思った方がよいだろう。
 相手は強大で、そこで勝利を掴めてもその先にあるのは新たな難関。
 それでも退くわけにはいかない、負けるわけにはいかない。
 後に続く仲間のために。世界のために。
「厳しい戦いになると思われます。ですが、ここまで戦い抜いてきた皆さんなら、きっと勝利と――その先の勝利も掴めるはずです」
 だから、今はできることを全力で。
「皆さん――勝ちましょう!」


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
除・神月(猛拳・e16846)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)
シエラ・ヒース(旅人・e28490)
ジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719)

■リプレイ

「ふ、む……」
 前進後退、上下に左右。
 一通りの動きも確かめて、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は一度小さく頷く。
 低重力下で動くためにレッグガードに装着したウェポンスラスターベンは、泰地の思い通りの動きで応えてくれていて。
 彼の隣で突きや蹴りを試す除・神月(猛拳・e16846)の足には、バランスをとるための小さな重石が括りつけられている。
 そうして動きを確かめる仲間達を見つめて、ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)はそっと笑みを浮かべる。
 どこまでも広がる空間、普段通りに働かない重力。宇宙空間は人に根源的な不安と恐怖を与えてくるけれど、それらは決して対抗できないものではない。
「恐怖とは人類を支配する感情に在らず、最も旧いが故に塗り潰し易いのだ」
 そう呟くと、ユグゴトは纏った地獄の炎を操り軽やかにその身を宙に躍らせる。
 宇宙空間での戦闘も慣れたもの――少なくとも、酔うことは無くなった。母は何時でも強いのだ。
 そして、
「まったく……」
 広大な宇宙空間。その一点を見つめてバジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)は軽く首を振る。
 視線の先に浮かび上がるのは、巨大な建造物『グランドロン』――それが二つ。
 マスター・ビースト残党軍と、その動きを察知して動いた大阪の攻性植物勢力。どちらも一筋縄ではいかない強敵である。
「ほんと嫌らしい動きね」
「厄介な相手だよね」
 この状況を作り出した黒幕の影を感じてため息をつくバジルの言葉に、宇宙用に準備したイヤホンを通して平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)も頷き返す。
 トリックスター気質で嫌らしい動きを見せる厄介な存在、レプリゼンタ・ロキ。
 その暗躍はできる限り潰したいし、倒せるならば倒してしまいたいけれど――それは自分達の役目ではない。
 自分達の役目は、全体の作戦の第一段階となるユグドラシル勢力への強襲。
「……出てきた、か」
 グランドロンから現れた存在に、泰地の声に緊張の響きがにじむ。
 それは、首だけの姿をした巨大なダモクレス『マザー・ドゥーサ』。
 その首の付け根、破壊された断面部分が黒く泡立ち――、
『行きなさい、戦闘員よ。姉妹達の仇をとるのです』
 宇宙空間に声が響くと共に、血が溢れ出すように断面から無数の戦闘員が生み出される。
 泳ぐように、滑るように、陣形を組んで宇宙空間を進み迫る戦闘員。
 急速に近づく敵を見据えたまま、和は大きく息を吸い、
「この作戦において、ボク達はいわばリレーの第一走者」
「先制攻撃に失敗すれば、その先の作戦が全て無駄になってしまう」
「そうなれば、後に続く仲間たちに申し訳が立たん」
 その言葉をジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719)がつなぎ、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)が続ける。
 この戦いの結果には、自分達だけではなく、後に続く仲間達の作戦の成否も同時にかかっている。
 そのプレッシャーを感じながらも、大切な妻からもらった水晶のブレスレット『玻璃の護り』と地球を見やり思いを馳せて、リューディガーは拳を握り。
「意地でも奴にくらいつき、必ず撃破するぞ!」
「負けられない戦いが、ここにある!」
 和と軽く拳をぶつけ合うと、リューディガーは手にした剣を振るって守護星座を宙に描き出す。
 呪縛への耐性を与える光の中、ケルベロス達は得物を手にしてそれぞれの配置へと散ってゆき。
 それに続こうとした和に、シエラ・ヒース(旅人・e28490)がそっと手を伸ばす。
「和、エスコートをお願い」
「え?」
 首を傾げる和に、シエラは軽く微笑んで、
「何故って? ケルベロスとして先輩だから、でどうかしら」
「――うん、それじゃあ」
 和が目を丸くしたのはわずかな間。
 一度、二度と瞬きをすると、普段よりもちょっと格好をつけて余裕の笑みを浮かべてシエラの手を取って。
「ふふふ、それではお手を拝借できますか、レディ?」
「ええ、よろしくね」
「共に参りましょう――ボクとシエラちゃんでダブルスナイパーだ!」
 不慣れな格好つけの演技はあっさり崩れて地が出てくるけれど、それもまた自分らしい。
 手をつなぎ、視線をかわして笑顔を浮かべて。
 そうしてブースターを稼働させると、二人は全力で宇宙を駆ける。


『戦闘員1、3、6番隊は天頂から。2、5番隊は右方、4、7番隊は左方よりケルベロスを包囲せよ』
 宇宙空間を振るわせて、マザー・ドゥーサの声が響き渡る。
 上から、右から、左から。
 主の指示に応え、巨大な爪を閉じるかのように、一糸乱れぬ統率でもって迫りくる無数のGGG戦闘員。
 その陣形を切り裂くように、
「いっくよー、目からビーム!」
「くらいな!」
 和の『目からビーム』と泰地の『死天剣戟陣』が放たれ薙ぎ払い、
「はっはァ!」
 今だ陣形を保っている戦闘員の群れの中を、金色の光を身に纏った神月が駆ける。
 その背で輝く鳳凰の翼は、羽撃くたびに黄炎光を生み出して。
 灼熱と風圧と拳でもって、立ちふさがる戦闘員を残骸へと変え、その残骸をも足場としてさらに加速し前へと進み、
「既に首だけとは用意が良いじゃねーカ。お望み通りにぶっ潰してやんヨ!」
 一瞬でマザー・ドゥーサへと肉薄すると、固めた拳を振りかぶり――打ち込む寸前で残骸を蹴って身をひるがえせば、直前まで神月がいた空間を一条の光線が薙ぎ払う。
 続けて、二条、三条。
「……チッ」
 数を増しながら四方から撃ち込まれる光線を、小さく舌打ちしながら回避を続け――それでも避けきれなかった光線が神月へと迫り、
「やらせんよ」
 その寸前、地獄の炎を放出したユグゴトが割り込み光線を受け止める。
 盾にした鉄塊剣を越えてなお伝わる衝撃はユグゴトの体を揺らがせるも、それだけでは母として立つ彼女を退かせるには至らない。
 刻み込まれた動きを縛る蛇目の呪縛を、バジルの展開するライトニングウォールの力を受けて振り払い。
 飛び掛かる戦闘員を鉄塊剣の一振りで切り払い。
「早々に殴り貫ける。我が身は盾の類だがな。貴様の存在を否定する」
 追撃を放とうとする蛇の目を真正面から見据えて――ユグゴトはその存在を『否定』する。
 存在を否定し、証明を混濁させ、自身の在り方を見失わせる。
 その果てにあるのは、己という物語の放棄。
「和、合わせて」
「うん! ダブル・轟竜砲!」
 その機を逃さず、呼吸を合わせてシエラと和が放つ轟竜砲が、動きを止めた蛇の頭を撃ちぬき砕き。
 蛇型端末が砕けてできた隙間を埋めようと動く戦闘員を、互いに加護を掛け合ったリューディガーとジュスティシアが退けて、
「こいつはどうだ!」
 続く泰地の気咬弾が隙間を抜けてマザー・ドゥーサに撃ち込まれ、その巨体を揺らがせる。
 しかし――、
『無傷、とは言うまい』
 砕けた二つの蛇の頭が、マザー・ドゥーサから切り離されて虚空へと消えてゆき――それと入れ替わるようにマザー・ドゥーサの全ての髪がうごめき、宇宙の闇の中で数十対の眼が光を放つ。
 同時に、再び首の付け根が泡立つと、そこからから生み出された戦闘員が先程に倍する数でもってケルベロス達を包囲する。
『――だが、徒労と知れ』
 マザー・ドゥーサの全ての髪は攻撃力を備えた蛇型の端末であり、本体が健在である限り生み出される戦闘員は尽きることは無い。
 今の攻防で与えたダメージは、マザー・ドゥーサの命にはまだ届かない。
 ――けれど、
「それがどうしたというのですか」
 ジュスティシアの拳銃が、リューディガーのアームドフォートの砲撃が、無数の戦闘員を薙ぎ払い破壊する。
 この背に背負っているのは、次に続く仲間達の思いと、帰りを待つ大切な人々の思い。
 まだ届かないのであれば、届くまで繰り返す。
 意地でも喰らいつき、必ず撃破すると決めたのだから。
「無駄かどうか、試してみるか!」


 宇宙空間を舞台に、ケルベロスとダモクレス『マザー・ドゥーサ』がぶつかり合う。
 乱舞する蛇型端末の光線と、動きの鈍ったケルベロスを射抜く本体の眼光がケルベロスの動きを阻むように放たれる中。
 ジュスティシアの振りまくメタリックバーストの光が仲間達を包み込み。
 その加護を受けた、泰地が放つマッスルキャノンと蛇型端末の光線がぶつかり、打ち消し合い。
 迎撃のために動きが止まった隙を突いて、光線を潜り抜けたシエラのスターゲイザーが蛇の頭を蹴り落とし、続く神月の降魔真拳が止めを刺して。
 神月の背を狙い光線を放とうとする蛇型端末の頭を、和のサイコフォースが破壊するも――爆炎の先で、マザー・ドゥーサ本体の眼が光を放つ。
 直後、炎を切り裂いて走る光線を得物を構えたリューディガーが受け止め、その脇を抜けてユグゴトが振るうブレイズクラッシュが蛇型端末を切り落とす。
「呪いの眼光……ちょっと興味があるわね」
 形を崩しながら宇宙空間へと落下してゆく端末の姿に、バジルは一瞬目を向け――軽く肩をすくめると、ウィッチオペレーションでリューディガーの傷を癒してゆく。
 バジル自身も毒を使うだけあって、それに近しい呪いの眼光を備えたマザー・ドゥーサには少なからず興味はあるものの……、
「まあ、調べてる余裕なんて無いんだけど」
 相手は、はるか昔から存在し続けているダモクレス。
 ドレッドノート攻略戦を経てより強まっている力を前に、余計なことを考えていられるほどの余裕はありはしない。
 ――けれど、
「成程。そうか」
「あァ、効いてるじゃねーカ!」
 ユグゴトが小さく頷き、神月も笑みを深めてマザー・ドゥーサを見据える。
 気付けば戦闘員の増員は絶え、重なる呪縛を受けた蛇の頭の動きも鈍っている。
「あと一押し、というところか」
「ええ、そう願いたいです」
 半ば自分を鼓舞する意味も込めたリューディガーの呟きに、ジュスティシアも頷きを返す。
 幾度となく攻撃を交わした結果、ケルベロス達の消耗は決して小さいものではない。
 だが、相手の消耗もまた小さいものではない。
「なら、もうひと頑張り、ね」
「うん、頑張ろう!」
 手にしたハンマーを放り捨てると、シエラは自分の本領を発揮するべく手刀を構え。
 そのハンマーをキャッチすると、和は笑顔で手を振って。
 拳を打ち合わせて気合を燃やすと、泰地は宇宙を駆ける。
「いくぜ、筋肉最強!」
『舐めるな、ケルベロス!』
 距離を詰めようとするケルベロス達の接近を、乱れ飛ぶ光線が阻む。
 蛇型端末から広域に放たれる光線も、今も力を失わない本体の眼光も、どちらも衰えたとはいえケルベロス達を退けるには十分な脅威を宿している。
 ――それでも、なお。
 和の轟竜砲と泰地の気咬弾が乱舞する光線の弾幕を越えて蛇の頭をつぶし。
 密度の薄れた弾幕に踏み込んだリューディガーが光線を受け止め、自身のフローレスフラワーズとバジルのライトニングウォールが仲間達の傷と呪縛を癒し。
 切り開かれた道を走り抜けたシエラのシャドウリッパーが、神月の旋刃脚が、ユグゴトのカオススラッシュが、マザー・ドゥーサを守る端末を一つ、また一つと打ち壊し。
 そして、
『ガ、アァアア!』
 ジュスティシアがイガルカストライクを眉間に打ち込んだ瞬間、マザー・ドゥーサの声が響く。
 それは、まぎれもない苦悶の悲鳴。
 急所だったのか、それとも耐久の限界が来たのか、どちらなのかはわからない。
 だが、どちらにしても、
「ここが勝負どころ、ね。和!」
 シエラが背負った酸素供給装置を投げ捨てると、宇宙に声を響かせる。
『命は出会い別れて新たな自分になっていく。いつかの出会いの欠片を抱いて、いつかのあなたと一緒に道を歩む。これは出会いと、別れの歌』
 それは、星の乙女を身に宿し、触れた相手に出会いと別れの宿命を宿す死の歌。
 歌と共にシエラの周りに星の光が舞い踊り、その光と共に彼女はマザー・ドゥーサへと接近する。
 それを迎撃せんと、マザー・ドゥーサの目に光が集まり、
「やらせない、御業さん!」
「逃げるのは諦めなさい」
 光が放たれる瞬間、回り込んだ和の呼び出す御業がマザー・ドゥーサに絡みついて動きを封じ。
 なおも動こうとする無数の蛇型端末を、ジュスティシアの逮捕術の結界が拘束する。
 それで相手の動きが封じられたのはわずかな時間のみ、数舜後には動きを取り戻されるけれど――それだけあれば、十分。
「覚悟は出来たカ?」
「目標捕捉……動くな!」
 一瞬で距離を詰めた神月の拳の一撃と、狙いすましたリューディガーのHeulende Wolfの銃弾が蛇型端末を射抜き。
 続けて、端末が倒され、あらわになったマザー・ドゥーサ本体へと泰地がオーラの弾丸を撃ち放つ。
 それは、かつて戦い魂を喰らった竜牙兵から学び習得した筋力流のグラビティ。
「受けろ、マッスルキャノン!」
 放たれた気弾は逃れようと動くマザー・ドゥーサを追尾し、ジュスティシアのつけた傷跡を貫いて表皮を砕いて内部の機械部分を剥き出しにして。
 なおも残った端末から放たれる光線を『否定』して消し去りながら、ユグゴトが叩きつける鉄塊剣が破損部分をさらに大きく砕く。
「諦めろ。貴様の物語を否定する」
『けれど私はあなたの欠片を抱いて新たな私になっていく。あなたは私の欠片を抱いて新たなあなたになっていく』
(「物語、か……神話とあなた、どちらが原典なのかしら」)
 死の歌を紡ぎ光を纏って手刀を振るいながら、ふとシエラはユグゴトの言葉にマザー・ドゥーサの由来を思う。
 神話の魔物メドゥーサに近い姿と名前をしたダモクレス『マザー・ドゥーサ』。
 マザー・ドゥーサが神話の元になったのか、それとも神話から形作られたのか。
 浮かぶ疑問の答えは……あるいは、マザー・ドゥーサすら知らないことかもしれないし、今後知ることもないかもしれないけれど。
 忘れることだけはしないと、胸に刻んで手刀を構え。
『形を変えてもあり続ける。あなたの中に、私の中に。出会いと別れ、始まりと終わり。絶えることなく続く、それはいのちの歌』
 突き出す一撃はマザー・ドゥーサの破損部分を深く貫いて――そして、巨大ダモクレス『マザー・ドゥーサ』の生に終わりを与えた。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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