例え、幾百の無垢を重ねようとも

作者:月見月

 ――それは、真白い少女だった。それは、翼持つ幼子であった。
 深夜の住宅街、その一角にひっそりと佇む様に建つ、こじんまりとした児童養護施設。そこに、一人の少女が立っていた。彼女は背に翼を持っており、一見すると種族はオラトリオのようにも思える。だが視線を足元へと向ければ、その感想は幻想の如く微塵に砕けるであろう。
 ――それは、血濡れの少女だった。それは、臓腑滴り落ちる異形であった。
 桃薔薇のカチューシャ。豊かな金髪。黒きチョーカーと純白のハイウエストのドレス。そうして視線を下へ、下へと動かしてゆけば、そこにあったのは……身に纏う白とはまた別種の冴え冴えとした白と、凄絶なまでに深い真紅。その少女には足が無かった。代わりに存在するのは鳥籠を思わせる無数の肋骨と、其処に絡みつく赤黒い臓腑。丸い物は、未だ鮮血に照り光る頭蓋骨か。
 一目で、彼女が只人ではないと分かるだろう。余りにも、その存在が死に近づきすぎているモノだと否応なく理解させられる。
 ――それは、人間ではなかった。それは生者ではなく、命無き死神であった。
 名を付けるとすれば、それは『アンラ・マンユの棺』とでも称するべきだろうか。古き神話にその名を見出すことが出来る、悪しき神。どこまでも無垢さを感じさせる上半身と、醜悪さを内包した下半身を見るに、棺と言うのもある種相応しい名であろう。
「きれい。きれい。命の色がたくさん、ね?」
 死神はそっと、視線を児童養護施設へと向ける。其処には多くの子供たちがベットの中で眠っているのだろう。生と死が繋がる死神の目には、それがどのように映っているのであろうか。彼女の瞳には恋い焦がれるような、羨むような、妬むような色が見え隠れする。
「お母さんと逢えなくて、寂しい? 離れ離れで、哀しい? 大丈夫、大丈夫よ」
 ゆらり、と。少女の周囲に魚型の死神が二体、姿を見せる。それらはぴちりと尾を打ちながら、主と共にゆっくりと建物へと歩み寄ってゆく。
「……もうすぐ、逢えるから」
 そうして白き影は、夜闇の中へと消えてゆくのであった。


「東京焦土地帯にエインヘリアルの要塞だった磨羯宮『ブレイザブリク』が出現して、もう結構経つっすね。その間に月での戦争や毎年恒例のハロウィンがあったっすけど、それはそれとして死神たちもまた蠢き続けているっす」
 集ったケルベロス達へ向けて、オラトリオのヘリオライダー・ダンテはそう口火を切った。磨羯宮『ブレイザブリク』の出現により、東京焦土地帯で活動していた死神たちはそれに押し出される形で東京市街地へと出没するようになっている。今回、ダンテがケルベロス達を招集したのも、そんな市街地へと迷い出た死神の事件を予知した為であった。
「相手に組織立った動きは見えないっすけど、その分こっちの意表を突くような場所に現れて被害を拡大させるっす。皆さんにはそれを防ぐために、出現した死神の討伐をお願いしたいっす!」
 どうやら元々焦土地帯に居た死神は基本となる魚型死神の他に、様々な要因で扱いづらいと判断された個体が配置されていたようだ。人間として生きていた際の意識が強すぎたため、本拠地へと招かれなかった失敗作。そもそもの設定に欠陥があり、放逐されたもの。ある種歪な状態である個体が多かった為、集団としての意識よりも個々の趣向を優先してバラバラに行動しているらしい。ヘリオライダーの予知が無ければ、被害の拡大は免れなかっただろう。
 今回現れた死神は『アンラ・マンユの棺』と名付けられた死神だ。上半身はオラトリオの少女の様な外見だが、下半身は鳥籠を思わせる肋骨の中に臓腑が渦巻いており、一目で死神だと判別することが出来るだろう。周囲には魚型の下級死神も二体引きつれている。
「相手は都内のある児童養護施設に現れる見たいっす。どうやらこの死神は、自分の自意識が強く出てしまっている見たいっすね」
 『アンラ・マンユの棺』は身寄りのない子供を好んで狙う傾向があるようだ。特に死別した母親をサルベージし、その手で我が子を殺させるという手法をよく使うらしく、その為に児童養護施設を目標に選んだのだろう。
 死神は深夜、職員や子供たちが寝静まった時間帯を狙い、児童養護施設に併設された運動場へ姿を見せるようだ。運動場は十分な広さに加え、幾つかの遊具が設置されている。
「子供が居ないと分かれば、死神は目標を変えてしまう可能性があるっす。だから事前の避難は難しく、必然的に施設を守る形での戦闘となるっすね」
 尤も、死神とてケルベロスを放置して子供たちの襲撃を優先する程凝り固まっては居ないだろう。追い詰められればまた話は別かもしれないが、基本的にはこちらとの戦闘を優先してくるはずだ。
「死神はそこまで戦闘力は高くないみたいっすけど、配下の魚型死神と連携して攻撃してくるっす」
 『アンラ・マンユの棺』は背面の翼から発射される無数の羽による範囲攻撃、下半身の骨鳥籠から溢れ出した臓腑による強力な拘束蹂躙、そして生者を害し死神を癒す黒い光という三つの技を使用してくる。魚型も単体では非力なものの、素早い動きを生かして戦場を掻き乱して来るだろう。
「相手は子供に執着しているっすからね……年の若い人で在れば、相手の注意を惹くことも可能かもしれないっすね」
 ともあれ、それは飽く迄も選択肢の一つ。きちんと戦術を組みさえすれば、十分に勝ち得る相手でもあるだろう。
「暗夜の宝石攻略戦とか、戦いの規模も徐々に大きくなっているっすけど、足元の守りもしっかり固めていきたいっすね!」
 そうして話を締めくくると、ダンテはケルベロス達を送り出すのであった。


参加者
ティアン・バ(死縁塚・e00040)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)
ギフト・アムルグ(残焦・e25291)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)

■リプレイ

●宵闇泳ぐは白き無垢
 時刻は深夜、場所はある児童養護施設。人気が無いはずのその場所に、今このときは複数の人影が存在していた。
「子供を狙うなんて困った死神ですね。その強い想いの起点は何だったのか、少し興味はありますが」
 じっくりお話する程の時間も無さそうですね。夜白い息を吐きながら、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は呟きを漏らす。この場に番犬達が集ったのは、この施設で眠る幼子たちを死神から守る為であった。
「アンラ・マンユ……外国の神話で強大な力をもつ悪の神だっけ。上半身は愛らしい娘さんでも下半身は邪悪な神そのもの、と。可愛い顔して酷い事を平気でやりそうだ」
「……子供は宝だ。元が何であろうと、死神の好きにさせるわけにはいかないね」
 相手の由来を思い起こす源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)の横では、千歳緑・豊(喜懼・e09097)が静かに首を振っていた。児童養護施設に居る子らは複雑な事情を抱えているはず。そこへ更に不幸が重ねられるなど、見過ごせる訳が無かった。
「もう冬だしな、おうちに引き篭もって熱燗を楽しみたいくらいの寒さだが……腐った魚共の肝醤油が肴だなんて、俺はごめんだね」
 ふるりと体を震わせる羽猫を撫でながら、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)はそう皮肉気に頬を歪める。その胸中には酒精とはまた別の熱さが宿っている様であった。
 そうして彼らは敵を待ち受ける。身を刺す様な寒さを覚えながらも、番犬達は片時も気を緩める事無く立ち続け、そして。
「……あら、あら? 子供は静かに眠っているのに。どうして大人が起きているの?」
 雪の様な白が夜闇に浮かび上がった。二匹の魚を引き連れた『アンラ・マンユの棺』は、不思議そうに小首を傾げている。一見すれば愛らしい少女だが、下半身の悍ましさが全てを台無しにしていた。
「可愛くてえっちな子だね、特に下半身とかが大人向けかな? 此処の子供達には刺激が強そうだし、私が相手するよ。いっぱい鳴かせてあげようかな」
 皮肉半分、本心半分の言葉。プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が艶色の混じった視線を向けると、死神は俄かに嫌悪を露わにする。
「……これだから、大人はイヤ。子供が良いわ。お母さんと会えて、喜んで、一緒に『眠らせ』て。たくさん、たくさん、そうすれば。人間に戻れるの、お母さんに成れるの」
「亡き母親と子供を引き合わせて仲良くあの世送りってか。もし『再会』を本気で良かれと思ってやってるんなら、あんたはどうしようもねェ性悪だし、きっと――」
 どうしようもねェ寂しがり、だ。ギフト・アムルグ(残焦・e25291)がそう吐き捨てた言葉に一抹の悲哀が混じる。死神は人の意識が強く残り過ぎた為に放置されたのだろう。詳細は分からずとも、かつて救いのない何かがあった事だけは理解できた。
「悲劇があったのだとしても……退かない、誰も奪わせない。かつて彼らは、子供は守られるべきだと示してくれた。だから、今度は守る側に回ろう」
「ティアンちゃんも気合入っているね~。ならあたしも頑張っちゃおうかな。こども達が穏やかな夢を見られるように。なぁんてね?」
 だがそれは死神の行為を見逃す理由にはならない。施設を庇うように立つティアン・バ(死縁塚・e00040)と、肩を並べる桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)を筆頭に、番犬達が臨戦態勢へと移行する。死神もまたその意図を理解したのだろう。
「大人はイヤ。大きいのもイヤ。小さく愛らしい、子供じゃなきゃダメなの。だから貴方達は……要らない」
 ばさりと翼がはためき、魚型が宙を跳ねる。深夜の運動場を舞台に、子の明日を守る戦いが幕を開けるのであった。

●凍える夜に朱は舞いて
「飽く迄も自分の為ってか――美しいものを汚くする、その天才だな。お前らは。あそこでぐっすり寝ているお子さま共にはな、幸せになる権利があるのさ」
 お前と違ってね。呟きと共に先手を取ったのは陣内。羽猫に守りを任せながら、自身は前線にて壁となる。敵を倒すよりも背後へ脅威を向かわせない事が第一と知るが故に。
「敵の攻撃は引き受ける。だから……」
「ええ、魚型への牽制はお任せを」
 陣内の手にしたパズルより飛び出た蝶が向かうのはカルナの元。遊撃を担当する彼は蝶の輝きを頼りに、魚型へと狙いを定める。
「……子供達の幸せな夢を壊さぬ為にも、さっさと片付けてしまいませんとね」
 砲塔より繰り出される弾丸が魚型へと叩き込まれ、応じようとした相手の機先を制す。そうして相手の出掛かりを潰した瞬間を狙い、プランが動いた。
「お魚さんはそそられないし、たっぷりと遊んで貰おうかな?」
 狙いは純白の棺だ。手近な遊具を足場に跳躍するや、彼女は爪先に重力を帯びさせる。頭上より放たれる重墜蹴撃は、流星の如く相手へ突き刺さった。
「っ……わたし、あなたの事は嫌い、よ」
「つれないなぁ。でもそういうツンツンした所、私は好きだけどね?」
 頭上からの奇襲に下半身の技は不適と判断したのか。死神は両掌を開くとそこより黒い光を解き放つ。威力はそれなりであるが、引き剥がすには十二分。飛び退った彼女へ、もう一体の魚型が追撃とばかりに突進してきた。守りを突き破る一撃が触れる、寸前。
「そうはさせないよ。子供たちの遊び場を血で穢すのは忍びないからね」
 仲間の身体を半透明の霊体が覆い、可能な限り衝撃を殺し被害を最低限に抑え込んだ。瑠璃による霊的防護は前に出ている者達を包み込み、悪意を弾く鎧と化している。
「後々破られるだろうけれど、余計に一手使わせられるなら無駄にはならないはずだ」
「賢しい人。もう少し幼ければ、まだ可愛げがあったのに……!」
 忌々しげな表情を浮かべ、死神は翼を展開する。邪魔くさい守りを撃ち崩そうというのだろう、羽根を飛ばすために翼を打ち鳴らす、その一瞬に先んじて。
「御大層な名前だが……名前通りというか、名前負けというか。兎にも角にも、流れ弾が後ろに飛んでゆくのが怖いからね。少し大人しくして貰おうかな」
 一発の銃声が運動場に響き渡り、白翼からパッと朱が飛び散る。豊が膝元のホルスターより抜き放った回転式拳銃の銃口からは、硝煙が立ち昇っていた。
「母親は要るわ。子供も必要だわ。でもね……貴方みたいなのは要らないの!」
 痛みより怒りが上回ったか。死神は強引に翼を動かすと、周囲一帯へ羽根をまき散らす。それは番犬側の護りと陣形を乱すと共に、魚型の再攻撃への支援となる。まるで一体となった群れの如く、魚型は羽根の嵐を自在に泳いでゆく。
「おお、怖い怖い。だけど、こちらも退くわけにはいかないのでね」
 狙いをつけられた豊は飛び退きながら、牽制がてらにミサイルをばら撒く。狙いはやや下、攻撃と共に地面を抉り濛々と土煙を上げる。一瞬、獲物を見失った魚型はその場へと制止し。
「……まずは一匹、だ。こっちはさっさと片付けて、棺を相手にしなきゃなんねぇからな」
 その身が槍の穂先に貫かれた。それはまさに銛で突かれたよう。狩猟者と獲物の立場を逆転させたギフトは稲妻の魔力を解放する。強烈な熱量を伴った雷撃により内部から焼かれた死神は、ぼろぼろと焦げ落ちながら消滅していった。
「なるほど……狙いはわたし、ね?」
「ああ、こんだけこれ見よがしなら気付いちゃうか~。でも、ちょっと遅かったかな?」
 消え去った配下を無感情に見つめる死神。推察を肯定しながらも、萌花の声音に焦りも緊張も無い。今回、番犬達は配下へ牽制を行いつつ、残る戦力を棺へと注ぎ込む作戦を取っていた。例え見抜かれたとしても、既に相手の手札を一枚抜いている以上、大きな問題は無い。
「まぁ、これを撃ったらあたしもお魚の相手をするんだけどね!」
「よくも、ぬけぬけと……!」
 萌花は手にした竜戦鎚による砲撃を相手に叩き込むと、素早く離脱し魚型への牽制にシフトする。その背を睨みつけながら、下半身の骨を蠢かせ始めた相手へ。
「そういう訳なのでな。お前の相手はティアンが務めよう」
 親友と敵の間を遮る様に、ティアンが立ちはだかった。構わず噴き出した悍ましい臓腑を炎弾で焼き潰して相殺しながら、それでも尚追い縋ってくる内臓を指先で引き千切る。
「親の事を朧気にしか覚えていない身で言えた義理では無いが……お呼びじゃないんだ、お前は」
「……そう、飽く迄も邪魔をするのね?」
 そう睨みつけてくる無垢なる死神。その瞳はどこまで煮詰まった昏い感情が渦を巻いているのであった。

●死はただ死へと、生には成らず
「もう、ちょこまかと……ほら、邪魔しないで!」
 萌花は残る魚型を仕留めるべく攻撃を仕掛けてゆく。だが相手も自らが落ちれば形勢不利になると悟り、死に物狂いで攻撃を避けている。同じ牽制担当の豊はそれを見かねるや、拳銃を収めてぱちりと指を鳴らした。
「逃げる獲物を追うならこれだね……ターゲット」
 傍に現れるは五眼の猟犬。それは唸りを上げるや、魚型目掛け駆け出してゆく。魚型も速い事は速いが、獲物を狩る為に生み出された獣から逃れられない。がっちりと咥えこまれた瞬間、すかさず萌花が畳み掛ける。
「さぁ、トドメは狩人の役目だ」
「ありがと! さぁ、至上にして最高の絶望を……お母さんに殺される、なんて。ま、ある意味幸せな絶望かもね」
 させないけどさ。生み出されるは幻想の白茨。逃がさぬという意思を具現化した其れは、魚型を締め上げたまま絶望の底へと沈んでゆくのであった。
 これで残るは死神ただ一人。ギフトは白き棺へと視線を移す。
「……あんたに会いに来た子供がここにいるぜ。母親の顔なんてちっとも覚えちゃいねーけど、あんたを迎えに来たんだ。あの世から、な」
「そう。なら、また戻してあげるわ。貴方だけじゃない。全員纏めてね?」
 ギフトが光弾を放つのと、死神が翼を広げるのはほぼ同時。羽根を焼き潰しながら直進する光が棺へと直撃し、それでも残った羽群がギフトへと殺到する。被弾は免れぬと彼が覚悟を決めた、その時。
「仲間が、それも悪縁の友が傷つくのを見過ごせはしない。それにこの場に相応しいのは、そんな光景じゃない」
 花弁が開いた。泡沫の如き幻想の華が。それらはティアンの周囲へ溢れ出し羽根と溶け合うや、夢の様に弾けて消えていった。
「すまねェ、ティアン。助かった!」
「礼には及ばん。それよりも気をつけろ、ここまで追い詰められれば、相手は恐らく」
 礼を述べる悪友に少女は警告を返す。配下が消えた今、死神が逆転する可能性は低い。そして相手は道理よりも嗜好を上とする一種の欠陥個体ーーつまり。
「ええ、ええ。一人残らず、みぃんな……ね?」
 滅びは必定、ならばいっそ。この土壇場において、敵の撃退から子供の殺害へと目的がシフトしていた。死神は光泡の花園に紛れ、間隙を縫って養護施設を目指す。だがそれを予期していない程、番犬も甘くは無い。
「待ちきれずに下を血で濡らして、子供を欲しがるってえっちな子だね?」
「っ、邪魔よ! そこを、どいてっ!」
 眼前に立ち塞がったのはプラン。笑みを浮かべる彼女の排除を死神は即断し、下半身より内臓を溢れ出させた。臓腑に締め上げられ、肋骨の鳥籠へと引きずり込まれるも、プランに焦りは無い。寧ろ、それこそが望みであった。
「……いっぱい気持ち良くシテあげるね、可愛がってあげるよ」
 極至近距離で展開される閉鎖結界。発動者の淫靡淫蕩を実現させる空間により、プランは自らの負傷と引き換えに相手の足止めに成功する。
「回復を、いや今は畳み掛けるべきだね。僕も仕掛けますから、タイミングを!」
「分かりました!」
 瑠璃の要請に素早く反応し、カルナが死神へと追い縋る。相手も我に返るや咄嗟に背後へ掌を翳し、黒光を放たんとする。だがその手を吹き飛ばしたのは、凝縮された月光の魔力塊。瑠璃の放った其れの強烈な光を間近で直視し、堪らず死神は目をを覆った。
「が、ああっ!?」
「母親の、幼き頃の身上に実感が無くとも。施設の子供達にとってもそれがあなたでない事だけは分かります。故に」
 舞え、霧氷の剣よ。投擲されるは都合八本の氷剣。それらは無防備な死神の翼へと突き立つや、地面へと縫い止める。これでもう、どこにも行く事は出来ない。
「駄目、駄目よ。こんなところで終わっちゃ……子供をたくさん眠らせれば、人間に成って。それで、それで」
 それでもなお、死神は手を伸ばす。空へ、子供へ、求めた過去へ。そんな指先へと。
「……お前はもうとっくに終わってるんだよ、何もかも。だからここで、眠っとけ」
 ふわりと、陣内の言葉と共に羽猫が舞い降りる。その碧い翼から羽根が舞い吹雪、死神の全身を覆ってゆき、そして。
「……おかあさんに、なりたかったな」
 それが収まった時、死神の姿もまた消えていたのであった。

●明日への祝福、昨日への鎮魂
 戦闘は番犬の勝利で終わった。施設への被害も軽微であり、上々の内容と言えるだろう。だがそれでも無傷とはいかなかった。
「先ほどは治療が出来ず済みません。具合はいかがですか?」
「んーん、大丈夫。それにしても、奇妙な姿だったね。複数の身体の組み合わせ、みたいな?」
 手当をしてくれる瑠璃へ応じながら、思案気に唸るプラン。未だ死神は謎多く、疑問の答えはすぐ出そうに無かった。
「遊具は無事だったのは僥倖だな。ヒールするのは地面位で大丈夫か」
「運動場で遊べないってのも、子供に取っちゃ悲劇だからね」
 一方でティアンや陣内は戦場となった運動場の修復に手を付けていた。こちらも損傷は少なく、そこまで手が掛かることは無いだろう。
「……元が悪意なのか善意なのかは分からないがね。『余計なお世話』という言葉を贈らせてもらうよ」
 治療と修理の目途が立ち、手の空いた豊はじっと死神の消え去った場所へ視線を向けていた。子供たちは今を生きているのだ。過去を見せつけるような真似は正しく余計でしかない。
「どれだけ、幸福に見えてもさ。結局は絶望なんだよね、それって」
「ええ。過去が不要とまでは言いませんが……彼らに必要なのは今と未来のはずですから」
 年長者の言葉に萌花とカルナが頷く。このような場所に居る身の上なのだ、過去がどれだけ甘くとも、時はもう戻らない。前に進むしかないのだ。
 そんな感傷に浸る仲間達から少し距離を置いて、ギフトは遊具に腰かけて足をぶらつかせている。
「……ガキ共、よく眠れてるといいな」
 夜は暗くて寂しくても、夢ん中なら思うまま、だぜ。漏れ出る呟きは、似た道を歩んで来た者としての餞別か。視線の先では白々と夜が明け始めている。
 ケルベロス達は子供達を起こす事も、起きたかもしれぬ惨事を伝える事も無い。彼らが、ただいつもと変わらぬ日常を過ごすことを願いながら、その場を後にするのであった。

作者:月見月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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