鴻の誕生日~天満月の夜に

作者:猫鮫樹


 ぼんやりと灯る明かりが物の輪郭を縁取り、どことなく妖し気な雰囲気を創り出していた。
 静かで、落ち着いた部屋には中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)が、ガラス製の徳利から御猪口へ日本酒を注ぎ入れ、欠けた月を見上げている。
 少しだけ雲が流れる夜空に欠けた月が、日ごと満ちていく様を毎晩一人で眺めては、その空模様を楽しんでいたが……。
「もうすぐ満月……」
 そう、もうすぐ満月になる。ケルベロス達のおかげで月の落下を食い止められて、地球の平和を守った彼らに自分は何ができるだろうか。
 鴻は窓から見える欠けた月を見上げて、平和を守ってくれている彼らのことを思い考えていたのだ。
 中身の減った徳利を傾けて、零れ落ちる雫が御猪口へと落ちるのを赤い色の瞳で見つめていれば、
「月見酒を皆でするのもよさそうだよねぇ」
 いつも一人で見上げていた月も、彼らと共に観る事が出来たらお酒もさらに美味しいかもしれない。
 鴻は赤い瞳を細め、口元に笑みを浮かべて御猪口を傾けた。
「屋上庭園で月見酒……なんて雅だと思わないかい?」
 楽し気に鴻は声を漏らしていく。徳利はすでに空になっていた。
 日本酒に焼酎を用意して、ああ……お酒が飲めない人もいるんだ、お茶もあったほうがいいかなと呟く。
 一人でも、二人でも、知らない人同士でものんびりと過ごせたらいいなと。
 来る満月……11月12日の誕生日を皆と過ごせたらいいなと鴻は楽し気に笑っていた。


■リプレイ

●月光の下で
 まぁるく光る月が煌々と輝いて、時折風で揺れる金色のススキを見下ろしていた。
 静かな、静かな夜のことだ。
 広々とした屋上庭園は和風の飾り付けを施され、辻行灯がぽつぽつと仄かに空間を照らす。
 最低限にしか置かれていない辻行灯だったが、満月の光によって屋上庭園を見渡すには問題ない明るさだった。
 天気も良く、月も丸くて明るくて。絶好の月見日和となった11月12日。
 普段ならば一人で見上げていた月も、今日ばかりは一人ではない。
「綺麗な満月だな」
 純白の髪が風で揺れ、月の光に照らされ輝く。揺れる髪を押さえながらキース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)がそう呟いた。
「ええ、本当に綺麗ですね」
 キースとは正反対の黒を纏うレフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)も、キースの言葉に緩く微笑んで頷いていた。
 穏やかな笑みを浮かべた二人はお目当ての人物を見つけると、
「鴻殿」
「やぁ、いらっしゃい」
「誕生日おめでとうございます。そして、この素敵企画をありがとうございます」
「ありがとう~。ゆっくり楽しんでいってねぇ」
 澄んだ海の様な青い瞳をレフィナードは細め、中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)へと祝辞と月見会の企画について言えば、鴻は嬉しそうに赤く煌めく瞳を細め、声を弾ませて言葉を交わす。
 祝辞と簡単な言葉を鴻と交わした後は、用意された日本酒や焼酎を片手に鮮やかな緋色が彩る床几へとキースとレフィナードは座った。
 二人の間に置かれた丸形のお盆には、月見団子と徳利に御猪口が二つ。
 月光に照らされたガラスの徳利に満たされた雫を御猪口に注げば、そこに映る丸い月。
 水面に映る月をキースとレフィナードは持ち上げ、
「乾杯」
 そう、お互いが持つ御猪口を当て日本酒を飲み干した。
 華やかな香りが鼻腔を抜け、口内を潤していくそれがゆっくりと体内を巡っていく感覚は、どこか気持ちを高揚させるものがあるのかもしれない。
 白と黄色の月見団子を楊枝で刺して、キースは一つ口に放り込んだ。
 月見団子を食べるキースを横目に、レフィナードは持ってきていた箱を取り出して蓋を開ける。
「甘いものばかりはと思いまして……」
 そんな風に言いながらレフィナードが持ってきたのは焼いた里芋に味噌だれをかけたものだった。
「里芋か」
「地方によっては月見団子の代わりに里芋を供えるところもあるそうですよ」
 甘味を目当てにしてきたキースだったが、塩気のあるものがあるとやはり好みにひかれてしまうのだろうか。里芋を一つ持ち上げて口内に運んでいく。
「少し前まであの月の上で戦っていたのかと思うと、少し不思議な気持ちですね」
 空になった御猪口にお酒を満たして、レフィナードは月を見上げた。
 口元に運ぶお酒の味がじんわりと広がり、それと同じように不思議な気持ちも滲んでくる。
 彼らの瞳に映る月が齎す光は変わることなく照らし、そして二人が今まで共にしてきた戦いを振り返るのにはぴったりだったのかもしれない。
「……レフィの宿縁との邂逅の時は、不思議と敵が怖くなかった。ドラゴンだったというのにな」
 隻眼の白竜……ドラゴン『ノエル』
 レフィナードとドラゴンとの間にあった憎悪のやり取りも、キースや他の仲間と一緒に倒せたことがなによりだった。
 キースにとっても、レフィナードの願いのことで頭が一杯で恐怖することすら二の次だったのかもしれない。それほどに、大事な仲間なのだ。
「あの時は共に戦ってくれて感謝しています」
「決着したときは、本当に安堵したものだ」
 レフィナードの言葉にキースは本当に安心したような息を吐いた。
 間に合って良かったと、なにより無事で良かった。
「本当に感謝しています。こうして、お酒を酌み交わすことができているのも……」
 様々なことが起こる日々。
 目まぐるしく時間は流れ、レフィナードの宿縁との戦い、月の上での戦い。
 そして――。
 生まれた時からあるキースの狂月病。
 それらが運命だったとしても、こうして無事にいられるのは何ものにも代えがたいことだった。
「……月は、俺にとっては忌々しいものでしかなかった」
 両親も、キース自身の平穏すらも奪うものの象徴としてでしかなかった。
 けれど今は……。
「この美しい光景と共に、幸福な時間を思い返す象徴となるだろう」
「そうですね」
 キースの言葉に、レフィナードは柔らかく目を細めた。
「ああ、こんなにも穏やかな気持ちで月を眺めるのは初めてだ……」
 細く、掠れたような声音。実感し、体や心にゆっくりと優しい月の光が満ちる感覚。
 絞り出すような、それとも漏れ出るようなキースの声にレフィナードはただただ優しく、目を細めるのだった。

●夜目に映る月色
 キースとレフィナードが語らい、酒を酌み交わし穏やかな時を過ごす同刻。
 足音が二つ鴻の耳に届いてくる。
 音の聞こえるほうへと赤い瞳を向けるとそこには、
「鴻さーん!」
 鴻の名前を呼びながら手を振るイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)とその相棒であるミミックの『相箱のザラキ』の姿があった。
「鴻さん、お誕生日おめでとうございます!」
「ふふ、ありがとう。嬉しいなぁ、今日はゆっくりしていってねぇ」
 イッパイアッテナの弾んだ声と言葉は、鴻を喜ばすのには十分だったようで、鴻はゆっくりと目を細めて笑みを浮かべる。
 そんな鴻の表情にイッパイアッテナも嬉しそうに笑みを浮かべて、温かなほうじ茶と月見汁粉に月見団子を手にしてから床几へと座った。
 相箱のザラキに月見団子を差し出すと、かたりと蓋を揺らして嬉しそうに月見団子を食べ始めて、その姿にイッパイアッテナが目を細める。自分も今宵の月を夜目で眺めて、香ばしい香りを漂わせるほうじ茶に一息ついたイッパイアッテナ。
 二度の戦いを経た今でも月は好きだ。イッパイアッテナが生まれる前から、月はずっと月のまま。
 日ごとに満ち欠けを繰り返しても、その存在は変わらない物だとイッパイアッテナは思う。
 優しい月明かりに照らされながら、時折吹く夜風がススキを揺らす音。
 浮世離れしたような屋上庭園で、こんな穏やかで心地良い時間を過ごせることにイッパイアッテナは、ほっと息を吐く。
 少し冷える体に染みるほうじ茶の香ばしい香りも、イッパイアッテナにはどこか風流に感じまったりと楽しい時間を過ごせることが嬉しくて。
 平皿に盛られた団子をひたすら食べる相箱のザラキにイッパイアッテナは、月の光のような優しい眼差しを送る。
 飲み干した湯飲みを置いたイッパイアッテナは、今度は月見汁粉へと手を伸ばした。
 これまた優しい甘さの小豆の香り、その小豆の海に沈む黄色の団子はまるで夜空に昇った月のようで。
 夜空にもお椀の中にも月の姿を見られるのはなんとも、雅なことなのだろうか。
 優しい月に見守られる中、お椀の中の月はもう食べつくしてしまった。相棒の皿を見ればそちらも空の様で、相箱のザラキは満足そうに揺れている。
 イッパイアッテナは空いた皿や湯飲みを片すために床几から立ち上がり、ふと鴻の方へ視線を向けた。
 ガラスの御猪口を飲み干して、嬉しそうに月を見上げている彼は何を考えているのか。それは本人にしかわからないが、イッパイアッテナは空の食器を戻してから鴻の元へと向かう。
「よろしければ、お注ぎしましょうか?」
 そう言って、イッパイアッテナは海の様に深い青色の徳利を持ち上げて見せた。
 徳利の半分ほどのお酒が小さく揺れて、波を起こして小さな水音が響く。
「お願いしようかなぁ」
 徳利と同じ青色をした御猪口を差し出した鴻は、お酒で染まる赤い頬を緩めて笑う。
 いつも一人で見上げていた月も、彼らと見られたことがなによりも幸せで嬉しいのだろう。
 イッパイアッテナが傾けた徳利から、流れ出る液体が清らかに御猪口に注がれていく。
 御猪口ギリギリに注がれた日本酒は満月を映して、そこに風が吹けば水面が揺れた。幻想的な御猪口に映る月を赤色の瞳が優しく見つめる。
「月見酒――風流ですな」
 飲み干された御猪口にイッパイアッテナはそう言い、さらにお酒を注ぎ入れると鴻はただただ静かに笑みを浮かべた。
(「鴻さんは晩酌が好きなのでしょうか? ……いつも月を見ていたのかな」)
 相箱のザラキは月見団子を食べて満足げに月明かりの下で静かに佇み、少し離れた所ではキースとレフィナードが楽しそうに会話を交わしているようだ。
 この空間に穏やかな時間が流れていることを実感させるには十分なもの。
 平和のための戦いはまだ続いていくが、こうしてゆっくりとした時間を過ごせることはとても大事なことだなときっと誰しもが思うことなのかもしれない。
 息抜きとでも言えばいいのだろうか。そういった時間は体と心の休息になるというのがわかる。
 空になった御猪口にイッパイアッテナはお酒を注いで、今までの事やこれからの事をゆっくりと言葉にしていくのだった。

●月の宴はまだ終わらず
 程よくお酒がまわった体は温かく、頬を撫でる夜風は気持ちがいいものだとキースは月を眺めていた瞳を細めていた。
「酔いでも回りましたか?」
「ああ、そうだな」
 レフィナードの問いかけにキースは頷いて、御猪口を口元に傾けていく。
 空になった御猪口に少しだけ物足りなさを感じながら下ろすと、レフィナードがタイミングよくお酒を注いだ。
 キースはそれに小さく笑って、お返しだとレフィナードに酒を注いでやれば彼も小さく笑った。
 お互い何も言わずとも、もう一度御猪口を持ち上げて軽く合わせていく。透明なガラスは月の光を浴び、中に納まる液体が光を幾重にも屈折して淡い光を手の中で作り出していた。
 水面に映る満月をキースとレフィナードは、同時に飲み干して緩やかな時間の続きをまた始めていく。

「満月の日にこんな風に穏やかな時間を過ごせるのはいいものですね」
 夜目で見上げた月の綺麗さとこの時間は、イッパイアッテナの記憶にゆっくりと染み渡るように心に滲む。
 相箱のザラキの満足そうな姿にもイッパイアッテナは嬉しそうにし、普段は会話もできないであろうヘリオライダーに祝いの言葉を言えた満足感を抱きながら入れ直したほうじ茶で暖を取り、再び夜空の月を眺めようと天を仰ぎ、柔らかな笑みを浮かべながらゆっくりとまばたきをして、その瞳に優しく輝く月を落とし込んでいくのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月20日
難度:易しい
参加:3人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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