朔日祭と紅葉路~ザラの誕生日

作者:宇世真

●運命の分かれ道
 普段行きつけない場所でも、目的があれば通いもする。
 苦手で、下手な事でも、目的があればやり込みもする。
 嗚呼しかし、一向に上達しない己のセンスの無さが恨めしい。

 どこかチープでありながら癖になる軽妙かつ陽気な音楽も意識の彼方で霞がかる程、一点に集中する全神経のその先で――無情にも――『それ』はアームからすり抜けて行く。
(「くっ……!」)
 日替わりで体感の異なる、絶妙に曖昧なその握力に悔しい思いをした事は数知れず。
 今日はまた一段と惜しい所に引っかかった。
 ――プライズ限定のくまぬい。
 こちらを見つめる無邪気な笑顔が胸に刺さる。叶うなら連れて帰りたい。
 あと一手であるいは……という瀬戸際、手持ちの硬貨は今のが最後。だが、奥の手はまだ残っている。やるしかない。後ろ髪を引かれながらもやむを得ない一時離脱。
(「――すぐに戻る。すぐ……!」)

 どこかで予感はしていたのだ。
 両替の為にその場を離れたごく僅かの間に、愛しのくまぬいは、姿を消していた。
 今頃、別の誰かを笑顔にしているのだと思えば、哀しくはない。
 哀しくなど――。

●再び道交わる時
 とある秋の日。
 それは――唐突に彼女の目の前に現れた。
 買い物帰りに何気なく手にしたチラシを思わず二度見した事は、彼女だけの秘密だ。
 あの日、プライズくまぬいを諦めて以来、ぽっかりと空いていた心の風穴をずどんと埋める存在の到来。それは――!
「朔日祭の『おまつり限定くまぬい』、だと……!?」
 はっ、と口元を押さえ、慌てて辺りを見回すザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)。
 思いの外大きな声が出てはいなかっただろうか? あぶないあぶない、こんな所をもし誰かに見られていたら――恥ずかしさで耳が吹っ飛んでしまう。
 平静を装い、そそくさと角を曲がった所で、
「っわ」
 誰かとぶつかりそうになって思わず声を上げる。慌てて口を押さえるも無意味。
 だが、彼女は尚も必死に取り繕おうとしていた。まるで無駄だったが。
「……いつからそこに居たんだ? もしや何か聞いたか? ……いや、聞こえてないなら良いんだ、すまない」
 あたふたと言葉を連ね、視線を落としたザラは、
「あ、ああ、そうだこれを――」
 大事そうに抱えていたチラシを、鉢合わせたケルベロスに手渡した。それがさも自然な流れであるかの様に。丁度これを渡しに行く所だったのだと言わんばかりの雰囲気で。
「仲の良い者と遊びに行くと良い。秋祭りがあるそうだ」

 霜月の朔日祭。
 それは街外れの自然公園で行われる、地域のお祭りで――この時季は遊歩道の紅葉も見頃を迎える事から、『紅の秋祭り』とも呼ばれているらしい。
 一年の実りに感謝を捧げる秋のお祭りの一つで、勿論お御馴染みの出店も各種立ち並ぶ。
 射的、型抜き、ヨーヨー釣り、各種飲食物の屋台などなど。
 また、園内にある紅葉の遊歩道は夕方以降、ライトアップされるという。お祭りの人混みに疲れたらそっと離れて休憩がてら、散策するも良いだろう。

「開催は、11月、1日――もうじきだ。朔日祭というくらいだから毎月あるのかもしれんが、たまたまそのチラシを見つけてな。皆で遊びに行くのも楽しそうだと――」
 ザラは我に返った様にそこで言葉を呑み込むと、涼し気な微笑と共に踵を返す。
「……ではな。良かったら、皆で楽しんでくれ、と言いたかった。それだけだ」

 その後は、颯爽と立ち去るのみ。
 ………――。
 意識するあまり、手足が同時に出たりはしなかっただろうか。
(「大丈夫な筈だ、多分」)
 祭の日が自分の誕生日である事は、明かす必要もないだろう。
 祭りは祭りだ。
 そう、自分自身、楽しみで仕方ないし、皆にも楽しんでもらいたい。それに尽きる。
(「個人的な目的もあるしな。射的は下手だし苦手だが――これもくまぬいの為」)
 ぐ、と拳を握り込んで気合いを入れる。
 そうしてザラは、他にもいるかもしれない祭好きのケルベロス達に声をかけるべく、再び歩き始めるのだった。


■リプレイ

●お祭りだ!
 11月1日、朔日祭。
 沢山の露店が並び、賑わう祭のメインストリートからも望める紅葉の遊歩道は遠目にも色鮮やかに映えていた。夕空の下、ライトアップされたそれは一際美しく幻想的で趣深い。
 祭情緒に溢れ、共生する動静。幾つになっても変わらぬ高揚感。どうしてこんなにもワクワクするのだろう。
「うまく言葉にできねぇけど、なんでだろうなあ」
 浮き足立っているシズネの素朴な疑問に、ラウルは柔らかな笑みを返した。
「非日常的な世界に心躍るからかな? それに――シズネと一緒だしね」
 事もなげに応えて、緩やかに歩を進める。急いで行くのは勿体無い。足取りは軽く、何往復でも出来そうだけれども。ゆっくり歩けば普段とは違う景色も見えてくるかもしれない。
「ん?」
「お。なんかちっこいのがいる」
 二人の視線の先には、真剣な表情で前のめりに射的に熱中しているザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)の姿。

 どちらを向いても賑やかな露店通りをそぞろ歩く四人衆。
 行く手の人だかりに新たな興味をかきたてられたエトヴァが口を開くより早く、紅一点のシィラが男衆を引っ張る様に前に出た。
「ねえねえ、射的やりましょ? やりましょ!」
 色素の薄い外見からは想像もつかない熱量が、言葉に、声に、瞳に溢れている。テディベア愛好家として、ぬいぐるみ好きとして。それ程までに彼女も『おまつり限定くまぬい』絶対ゲットの使命に燃えているのだろうか。くつくつと喉を鳴らして眠堂は提案を一つ。
「誰が先に当てられるか勝負しねえ?」
 負けた者は食べ物を奢るという事で。
「良いですね。ガンスリンガーとして負けられません」
「勝負ですカ? ……面白そうですネ。やってみまショウ」
 俄然やる気のシィラとエトヴァの返事に加え、
「俺も乗った」
 と、帷も意欲的。玩具でも実践でも銃に触れる事はあまりない彼だが、仲間と競って遊ぶのは楽しそうだ。露店の張り紙には『一回につき3発』と書いてあったが、本日は盛況につき5発OKとの説明をその場で受けて、位置につく。有志からも景品が提供されるのか景品棚は結構な横幅を確保してある。その為、四人が並んでもまだまだ余裕があった。
 個性豊かな景品を眺めるだけでも心が躍る。
 様々なスケールのプラモデルや、異彩を放つ戦う美少女系フィギュアも並んでいる中で、シィラも狙う『くまぬい』は圧倒的な存在感。鉢巻きと紅葉舞うお祭り法被を纏い、愛くるしい癒し系スマイルで挑戦者を今や遅しと待ち構える、その不落を思わせる堂々たる佇まいは、まさにキングの風格。
「先に当てたら、で良いんです? 獲ったら、じゃなくて」
「ん、そうだな――」
 自信満々にコルク弾を込めるシィラの顔を見て揺らぐ。銃を扱い慣れた彼女なら的に当てる事など造作もないに違いない。エトヴァと帷も強敵だ。少し考えたものの、眠堂は結局ルールを曲げなかった。男に二言は無いのだ。
(「俺にはビギナーズラックがある……はず」)
 若干の弱気、否、いっそ開き直りの精神で銃を構え――。
 同じく射的初心者の帷も気合を入れつつ、景品を見定める。折角だから皆とは違うものにしようと狙うのはお菓子のパック。エトヴァの銃口も同じエリアを彷徨っているのに気付いて見遣る、と彼も帷を見た。
「お菓子は定番と聞きまシタ」
 なるほどと頷きながら親近感。皆でシェアできる様にと詰め合わせを択んだ帷と、少し小振りの箱を択んだエトヴァ。この選択がどう出るか。
 いざ、勝負――!

 沸き立つ観衆。
 ケルベロス達の射的対決と聞きつけて更に人が集まっている様だ。
「シィラ殿、さすがのお手並みですネ」
 一番に勝ち抜け、狙い通りの大きな成果を抱えるシィラにエトヴァが送る賞賛。
 根性で倒したと彼女は言うが、周囲の反応から察するに『3発では落ちない』故の『5発』でもあった様だ。諦めかけた客を呼び戻す『プラス2発』を残して見事3発で勝利を得た彼女は、残弾でオマケも獲得して大満足の表情で、まだ奮闘している仲間達に声援を送る。
 慣れた様子で射角を修正しつつエトヴァは全弾を使いながらもスマートに決め(狙ったのは菓子である)、帷が集中するあまりに息を止めれば観衆も思わず息を呑み、真剣に狙い定めて撃ち倒すその様は彼だけ違う戦場に立っているかの様だった(仇の如くに仕留めたのはやはり菓子である)。そしてもう一人――。
「ミンミンさんファイト、諦めず頑張って!」
「……っ!」
 仲間達の腕に見惚れている場合ではなかった。
 我に返った様に眠堂は最後の弾を込め、そして――まさかの二周目に突入する!
 観衆も何故か大盛り上がりである!

●難しいな……!
 ――さて。
「勝敗は、確認するまでもない、か?」
 圧倒的敗北を自覚した苦笑を浮かべて、眠堂は仲間達を見遣った。
 手元で弄っているのは何とかゲットできた玩具の怪人。苦戦を強いられる原因となった奇妙かつ絶妙な造形に、彼の手元を興味深げに覗き込んだエトヴァもぱちくり瞬き、微笑んだ。
「簡単そうに見えて意外と当たっても動かないんだよな」
「そもそも動かない的を狙うのが、ああも難しいとは」
「凄く楽しかったですね!」
 眠堂と帷が口にする感想にうんうんと頷きながら笑顔ではしゃぐシィラに、仲間達は同意と共に彼女の成果を惜しみなく讃えた。最速での全弾命中は見事という他ない。
「圧倒的だったな。――それに、皆、景品獲得できて良かった」
 皆で食べよう、と、帷が獲ったお菓子を広げて見せれば、礼を述べつつエトヴァも続く。
「俺のお菓子も、一緒に食べまショウ」
 開いた箱から出て来たのは、カラフルで美味しそうなチョコレート。
 その横に、眠堂がさりげなく並べて来たのは敢闘賞(おまけ)で貰った金平糖。全員の、何とも言えない視線が集う。
「眠堂は何か『持っている』気はしていたが――」
 帷がぽつり。多分恐らく間違いなく、当人が思っていたビギナーズラックとは大分違うだろうが、これもある種のラックではあろうか。勝敗以前の問題だが、それは些細な事だと眠堂は笑う。
 勝っても負けても、楽しんだ者勝ち。即ち、ここにいる全員が勝者であるとも云える。
 無論、シィラは射的勝負の『絶対勝者』であり、約束は約束だ。
「わたし、たこ焼きが食べたいです!」
 肌寒くなって来たこの時季の、あつあつほこほこはきっと最高だ。それを皆と分かち合えるらなおの事。
 ギュッと戦利品のくまぬいを抱き締める彼女に頷いて、眠堂はふと視線を転じた。
「ザラも、くまぬい獲れるといいな」
「がんばッテ。と、お誕生日おめでトウございマス」
 エトヴァからも応援と祝いの言葉を受けて、ザラは気恥ずかしげに視線を逸らした。ほんのり紅くなった耳を、髪を撫でつける仕草で隠そうとしている。
「あ、ああ、有難う。皆も佳いひと時を過ごしてくれ」
 そんな彼女に緩く手を振って、射的屋台から離れる四人。
 勝者の希望を叶えるべく、お祭り屋台フード巡りへと繰り出して行く。

(「狙ってるのは、あのくまぬいかぁ……」)
 彼女の視線を辿って事情を察したラウルとシズネは顔を見合わせた。
「よし!」
 と、まずはシズネが肩を回しつつ前に出る。直接声をかけるでもなく、彼女の手本となるべく立ち上がった彼をラウルは微笑ましく見守っている。
「あのくまの急所をズドンと撃ち抜いてやるぜ」
「頑張ってね。でも急所を撃ち抜いちゃダメだよ」
 謎の自信を漲らせるシズネに楽しげにツッコミを入れつつ、さりげなく己も参戦。案の定、シズネの弾道は狙いから逸れまくり、次第に追い詰められた表情を浮かべて終いには、
「くっ、なかなかやる……!」
 この捨て台詞である。
「俺に任せて!」
 悪戦苦闘している連れと交代するラウル。何と頼もしい言葉だろう。後はやっぱり本職に任せようとあっさり引き下がったシズネの目の前で、彼の好きなキャラメルの箱が爽快な音を響かせコテンと転げ落ちた。思わず歓声を上げる傍から、続け様、くまぬいにスポポンと多段ヒット。大きなぬいぐるみの重心を崩すポイントを誰かに教える様に、ラウルはコルクの弾をリズミカルかつ丁寧に撃ち込んで行く。
 そんな二人の様子に暫し熱視線を注いでいたザラが、再び銃を手に取った。感情を呑み込んだ意志の強い眼差しが、抑え切れない負けん気を放っている。無言のまま、別のラインに居るくまぬいを狙い――残念、外れである。
「……行けそうな気がしたのだが、気の所為だったか」
 小さく零れた呟き。そこへ――近付く自信ありげな笑顔。
「ふふ! お困りでーすかっ、お嬢さん♪」
「っわ」
 いきなり隣に顔を出したメリーナに驚いて仰け反るザラ。
「ん? あれ欲しいの? よし! お祭り旅団、芸能賢島組にまかせろー!」
 反対側から要が支え戻せば、驚きのあまり絶句して高速瞬き。状況を呑み込めず満面に疑問符を浮かべる彼女を後目に、颯爽と射的に挑戦する要とメリーナは如何にも何か成し遂げそうな雰囲気を醸しながら、双方手際良く弾込め、構え、照準――腰を落としたメリーナの構えには何故だかバスターライフルの幻影が浮かび上がって来るかの様で、あたかも現物がそこに存在しているかの如く、彼女はターゲットを見据えて引鉄を引く。
 コルクの弾丸は勢いよく飛び出し――棚板の下方にすうっと消えて行った。
「……あら?」
 理想のラインはもうちょっとこう――。
「も、もう一回でーすよっ♪」
 二度目は、ぽいーん、と、くまぬいのふっくらおなかに弾かれた。三、四で手前のお菓子の箱に当たり、五で遂にお菓子の箱を転がし、ゲット。ちょっぴり嬉しいけれど、今求めているのはそれではないのだ。
「お菓子を盾にするなんて卑怯ですー!?」
「ピョロ~。ピョロロヒ~」
 気の抜ける音色は、要が全弾を消費して唯一獲得した笛の玩具『吹き戻し』。
「ピロロー?」
 笛言語で要が何か問いかけて来るが、それを解する術を誰も持たない。彼のテレビウム『赤提灯』も射的に関してはこれと言って役に立てない様だ。彼らがここに来るまでに他にも屋台を回って来た様で、戦利品の数々で彩られた赤提灯はまさに『おまつり限定ちょーちん』と化している。
「ピョロフ」
 何となく謝罪の様にも聞こえる申し訳なさそうな笛の音。
 相変わらずの有様に戸惑うばかりのザラの頭上に、後方から影が落ちる。辺りの屋台を軽く回って来たという【賢島組】メンバーの一人、英世が、ふかふかの甘い香りを纏う紙袋を手にして、そこに立っていた。
「ごきげんよう諸君。どうやら手古摺っているようだが、とりあえず、スイートポテトでも食べるかね?」

●思いは一つだ!
 甘いものは、疲れた頭と心を癒し、活性化させるエネルギーとなる。
 ここらで一服、休憩がてらこの時間を使って、英世による講座が始まった。とは言っても、内容は適当な事をざっくりとそれっぽく並べているだけなのだが。
「標的はあのクマか。あの弾力やサイズ等を踏まえると、狙うべきポイントは――」
 本気でくまぬいを狙っているのであろう、ザラは至極真面目に、真剣にそれを聞いている。
「今なら大丈夫かな?」
 ふと、空気を揺らしてやって来たのは、先ほど渡し損ねたものを持って来たと云うラウル。休憩中ならちょうど良かった、と。後ろ手にしていた物をザラに向かって差し出した。彼が手本がてらに落して見せた、あの『くまぬい』だ。
「誕生日おめでとうザラ。良かったらこの子、貰ってくれる?」
「なんだザラは誕生日だったのか、おめでとう!」
 ついて来たシズネもひょっこり。
 そういうことなら、と、ザラの掌を上に向けさせキャラメルを一粒、ちょこんと乗せた。
「しあわせ一粒、おすそわけ。ま、オレが獲ったんじゃねぇけどな!」
「ふふ、それは、見てたから知ってる。……有難う、ラウル殿、シズネ殿。大事にする」
 二人の笑顔につられる様にザラが笑った。
 周囲に伝播するにこやかな空気に、ハッと我に返った彼女はすぐに居住まいを正したが、取り繕っても無駄である。
「よし、元気が出て来たな、ザラくん。さっきまではそれはもう酷い様相だったからね」
 確かに色んな意味でカオスだった。
 英世は振り返りつつ、周囲を促し立ち上がる。
「それでは後半戦――実践と行こう」

 そして再びのカオスがそこに待ち受けていた。
「小銭の残弾が尽きます先生!」
「何ィ、こんなこともあろうかと、私がたっぷりと用意して来たあの軍資金がかね!?」
 悲痛に叫ぶメリーナに、愕然とする英世。安物のプラモなど落している場合ではなかったというのか。いや、そんな筈はない。むしろカオス度合は増している向きである。そんな中――菓子など食べながら観戦&応援していた要は、ふと思う。
(「折角、大分当たる様になって来たのに――」)
 黙々と地道にくまぬいに挑み続けるザラを見て、一計を案じ、再び参戦。
「こりゃさすがに1人じゃ厳しそうね」
「私もお手伝いしますよ!」
 要とメリーナで合わせて10発。ケルベロスらしく連携攻撃で行こう、と目配せをして、くまぬいを狙い撃つ。
「コルクは欠けていないか? スプリングの強度はどうだね? しっかりと腕を伸ばすのだ」
 ザラに飛ばす英世のアドバイスは真剣味を増して仲間達にも響いた。全てが巧く行く訳ではない、むしろ当たらない弾も多いが、それでも皆の努力の賜物で、次第にくまぬいがぐらつき始めた。要とメリーナの弾が尽き、いよいよ最後の一発。
「今よ、ザラちゃん。トドメを!」
「左右いずれかの上角を狙うのだ。射角は――」
「――ッ!」
 鋭い呼気と共に、最後のコルク弾が射出された。
 アドバイス通りに一方の上角を狙い、まずまずの軌道に乗る。しかし。
「「「あっ」」」
 コルクは――揺れるくまぬいの耳を掠めて、後ろの壁に跳ね返された。瞬間、一日分の記憶が断片的に甦り、ザラを含む全員の脳裏に過る『敗北』の二文字。それは、くまぬいがぐらつく挙動にシンクロして崩れ、大きくバランスを崩して倒れ去る。遂にあのくまぬいが、落ちた――?!
 全てがスローモーションに見えたその一瞬、完全なる無音が場を支配していた。
 静寂を破ったのは、メリーナが吹き出す声。あの流れで外すのも、獲れてしまったのも、何だかツボにはまってしまってけらけら笑いが止まらない。
「お――めでとう……?」
 英世が絞り出した言葉が疑問形になるのも致し方なし。
「あ、ありが――」
 戸惑いながらザラもまた言葉を絞り出そうとした。その時。
 うおおおん。
 突如響いた泣き声に驚いて首を縮めるザラ。通行人も何事かと振り返る。
 そこには射的の屋台にすがりつく少年と、それを引き剥がそうとする少女の姿が在った。年の頃は十代半ば、少女の方が少し年上に見える。
「嫌じゃあああああ!」
 ぐぎぎぎぃ、と意地でも屋台から手を離さない少年――ルイスが号泣しながら叫ぶ。
「マジカル(中略)フィギュア・リミテッドエディション、手に入れるまで、絶対帰りたくないんじゃあああ!!」
「アホかお前は! 射的に何万円溶かす気だよ!? フィギュアなんて、お前の部屋で増えすぎて、既に集落作ってるだろが! これ以上愉快な入植者増やしてどうすんだ!」
 ぎぎぎぃ、とルイス(義弟)を引っ張る少女――マリオンも我を忘れてヒートアップしている。普段の雰囲気、淑やかな話し方とはあまりにも激しいギャップに驚く者もいるかもしれない。或いは、コレに関してはいつもの事なのか。
「フィギュアフィギュアと軽々しく語るんじゃねぇ! 特にこの限定版は、(中略)伝説の名シーンを再現したマニア垂涎の品……! 背中のボタンを押すと、実際に音と光が出るんだぞ!? ネット予約でも瞬殺だった品を、まさかこんな場所で目にするとは……!」
「あ・き・ら・め・ろ~~~~!!」
「あ・あ・あ~~~……!」
 抵抗するルイス。だが、もう手の感覚が無い。財布の中身も無い。これ以上戦えないというのか……!
 敗北感に押し流された義弟をずるずる引きずりながらマリオンはケルベロス達に気付いて会釈。すれ違う手前で一度立ち止まる。
「ザラさんお誕生日おめでとうございます。これ、余波で手に入れた物ですけど、すっごく可愛いので、ご迷惑おかけしたお詫びに貰って下さいね!」
「ん、ああ……有難う。本当に、良いのか?」
 呆気に取られるザラに、手早くリボン掛けした『くまぬい』を渡したマリオンは満面の笑顔。ザラは感謝の言葉を重ね、力なく引き摺られて行くルイスに「ドンマイ」と心の中で言葉を投げた。気持ちは解る。引き摺り引き摺られながら二人はまだ何か言い合っている様だったが、祭の喧噪に紛れてもう聞こえない。
「諦めなければ、きっとまたいつか機会は巡って来るぞ……!」
 欲しかった物を入手できずに終わる悔しさは、彼女も身に沁みて痛い程に知っている。
 今日も今日とてそうなりかけた。皆のおかげで獲る事が出来た上、こんなにも――貰ってばかりで――。
「――ああ、もう、何と言えば良いかわからなくなった」
 解るのは、ただ一つ。
「皆、本当にありがとう。おかげでとても良い一日だった……!」
 借りが出来たな、と抱え切れない程のくまぬいを根限り掻き抱いて、埋もれる笑顔でザラは言った。
 紅葉に染まる好朔日。毎年始めの一歩を刻む日に、皆と一緒に過ごせて良かったと。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月22日
難度:易しい
参加:11人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。