絹の誕生日~紅葉狩りに行ってみないか?

作者:沙羅衝

●パレードロードのヴァルキュリア
「ほほう……これは、皆華やかで、なかなかに凝っているな……もぐもぐ」
 ハロウィンのパレードロードを歩きながら、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)は、満足そうに貰ったお菓子を頬張っていた。
「毎年ハロウィンというものは、お菓子が貰えるし、とても良いイベント……」
 その時、リコスは楽しんでいた顔から一転、険しい表情に変わる。
「……ハロ……ウィン……だと!?」
 顔に掌をあて、俯く。
「……しまった。あれだけ準備をしていたのに!?」
 そしてリコスはポケットからお菓子を撒き散らせて、一目散に駆けていったのだった。

●リコスの誘い
 バン!
 机を叩く音がする。リコスが鼻息を荒くし、会議室に集められたケルベロス達を見て、口を開く。
「皆、紅葉狩りに行くぞ!」
 そして唐突な言葉。例によって、その言葉の真意を理解した一人のケルベロスが、絹の誕生日だから? と聞く。
「そう言うことだ! 飲み込みがよくて助かる。そう、明日は絹の誕生日なのだ! そこで今回は、皆で弁当を持ち寄って、山に紅葉狩りに行こうと言う企画になる。よろしく頼むぞ!」
 得意気なリコス。とは言え、時刻はもう夕方から夜になろうとしている。急いで準備をしなければならないだろう。すると、一人のケルベロスが、目的地や施設の詳細を尋ねた。
「ええとだな、場所はここになる! ええとだな、かみ……と? 市のま……なんとか山という所だ!」
 リコスはスマホを取りだして、案内する。当然、新しく買い換えたというスマホの画面は既にバキバキだ。
「えっと……ひょっとして、神戸市の摩耶山?」
「そうとも言うかもしれん! どうやらけーぶるかーと言うものと、ろーぷうぇーと言う乗り物があるらしいぞ! 私は飛べるが、たまには乗り物に乗ってみるのも良いかもしれんと考えている」
 リコスへのツッコミはおいておいて、確かに紅葉を空から眺めると言うのも良いだろう。
「その駅に併設されてある展望台の公園が、今回のメイン会場になる。当然紅葉も良いが、夜になれば夜景も楽しめるぞ! メインの時間はお昼だが、散策も出来るな。近くに登山道があるから、穴場を見つけることも出来るかもだ!」
 大きな戦いがあったばかりだ。たまには自然に触れると言う事は、ケルベロス達にとって一時ではあるが、その戦いの日々を忘れる事は出来そうだった。
 全員の顔を見ながら、リコスは最後にこう締めくくった。
「友人や親しい者を連れて、是非一緒に楽しんでくれればと思う! 良い時間にしようじゃないか!」
 こうしてケルベロス達は、準備に取り掛かったのだった。


■リプレイ

●色付く葉の山で
「うわあ! すごいなあ!」
 山頂に向かうロープウェーで、宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が感嘆の声を上げる。
 眼下には赤や黄色、橙と様々に色付く葉が揺れている。バラバラのようでバラバラでなく、一つの集合があったと思えば、その中にポツリと違う色も混ざっている。それはさながら一枚の絵画のようでもあった。
「本当ですね! これは美しいです!」
 イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)もまた、同じように感動をしているようだ。
 ケルベロス達は、ケーブルカーから途中の駅をロープウェーに乗り継いで摩耶山の山頂に向かっていたのだ。遠くには海と街。目の前には山がある。その自然と人工物の密集の様子が、ここからは良く見えた。
 言わば自然のサンドウィッチという所だろうか。
 そんな素敵な景色を見ていると、時間を忘れることが出来た。ずっと見ていたいと思える景色だったが、そんな空の旅も終点はきてしまう。
 終点を告げる案内と共に、ケルベロス達はロープウェーを降り立った。
「ねえリコス。着いたけどどうするの? すぐにお弁当かしら?」
 黒住・舞彩(鶏竜拳士ドラゴニャン・e04871)が、少しワクワクしながらリコスに尋ねる。
「そうだな。私としてはすぐにでも食べても良いのだが……。それも少し、もったいない気がするぞ。私の勘が何かを告げている……。何かはわからん」
 リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)が舞彩の質問に答えた。
「……リコス君は、先ほど街でカツサンドとコロッケを食べていたからな。きっと、腹ごなしが必要なのでは無いか?」
 背中の大きなバックパックを降ろしながら、神崎・晟(異世界召喚に手を染める竜王・e02896)はリコスにそう答えた。
「それだ! 流石だな! いやあ、アレは旨かった」
 晟の回答に納得がいったのか、リコスはうんうんと頷いた。
「そういえば晟は、荷物が多いな? 何が入っているのだ? あ、わかったぞ、弁当だな!」
「はははっ。さすがに食材は入っているが、全てではないぞ。まあ、備えあれば憂いなしってやつだな。いくら整備されている山といっても、気を抜いては……」
 そう色々と言う晟だったが、山の景色を見て、うむ。と言うに留めた。
「では、少し散策と行きませんか? 私はこの公園と周囲を観て回りたいです」
 イッパイアッテナはそう提案すると、一同は同意の表情を浮かべる。イッパイアッテナのミミック『相箱のザラキ』も、嬉しいのかガタゴトと体を揺らして体を動かした。
「ええなあ! ここんとこめっちゃ忙しかったから、うちも散歩してみたいわ!」
「紅葉狩り……風流ですが絹さんは好きなのですか?」
 イッパイアッテナはそう絹に尋ねた。
「めっちゃ好きやで! ちゅうか、うちな、自然が大好きやねん!」
 イッパイアッテナに嬉しそうに頷く絹を見て、リコスは少し拳を握った。そして提案する。
「なら決まりだな。では一度、腹ごなしといこうか!」
 こうして一同は、散策に行くメンバーと、昼食の準備や景色を眺めるメンバーとで別れ、それぞれに自然の空気を楽しんだのだった。

●青空の下
「アメリーちゃん、なんだか、すっごく楽しかったよ!」
「ええ、自然の中というのは、良い香りがしますし。気分もよくなりますね」
 ヴィヴィアン・ローゼット(びびにゃん・e02608)とアメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)が、散策の感想を言い合いながら戻ると、昼食の準備が、ビニールシートを敷いて一画として確保されていた。アメリーは防寒対策ばっちりの、もこもこの上着を着込んでいた。
「おお、帰ったか」
「あれ? 晟さん、そんなに本格的なことまで準備してたん!?」
 絹が思わず晟にそう声をかけた。晟はその準備の中でもちょっとした調理場のようなスペースを作り出していた。
 本人曰く、簡単な登山用のセットを組み合わせただけ、とのことだが、そういった事をした事がないメンバーから見ると、それは立派な調理場だ。
「シチューが出来ているぞ。さあ、昼食にしよう」
「おお、そうしようそうしよう!」
 そう言ってリコスは、ビニールシートに飛び載って皿をスタンバイ。そんな様子を見ながら、全員が思い思いに座った。

『お誕生日、おめでとーう!』
 そしていよいよ、お弁当の時。お弁当やデザートを広げ、一斉に声を合わせた。
「有難う!」
 絹は満面の笑みで、全員の顔を見てはお礼を言う。
「絹ちゃん。このお弁当、アメリーちゃんと一緒に作ったんだよ!」
「ええ、僭越ながら、少々心得がありまして。如何でしょう?」
 ヴィヴィアンが弁当を広げて、アメリーが少し得意げにおかずを紹介する。
「じゃあ、うちのお弁当と一緒に食べようか! あ、炊き込みご飯やね! それにお野菜も沢山や。すごいなあ!」
 二人が作ったお弁当は、一生懸命に作ったことが良く分かり、とても素敵であった。
「妾は愚弟に作らせたものを持ってきたんですの」
 スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)は、そう言って5段の重箱を並べていく。そして、一升瓶が当然のようにスノーの隣で鎮座していた。
「……リコスも食べて良いわよ? 皆で食べましょう?」
 開けられていく重箱に、リコスはよだれ止めない。
「もちろん、戴こう!」
 そして絹も、持参した弁当を並べていく。
「うちは今日、あんまり時間なかったから作ってたやつを持ってきたで! ほら、皆で食べよう!」
 絹が用意したものは、ローストビーフ、から揚げ、牛肉の時雨煮といったものだった。当然、そんなにすぐ用意できる訳ではなく、リコスがバタバタと動いていた所を見抜いていたからだが、此処では内緒にしておいた。
「絹さん、やっぱり凄い……」
 アメリーがそう言って感心すると、ヴィヴィアンも頷く。
「そんなことないって……」
 謙遜する絹に、益々感心しきったあと、ヴィヴィアンは何かを思いついたようだ。
「でも、あたし達も頑張ったし、ここはリコスちゃんにも食べてもらおう!」
「はははっ。私は食べるだけだがな!」
 と言うのはリコス。既に箸を持ち、並べられたおかずを皿に盛っている。
「おお……、ヴィヴィアン達のお弁当も旨いではないか。もぐもぐ……」
「でも、絹さんは……なんと言いますか、完璧、ですね」
 リコスとアメリーの表情がリンクする。幸せな顔が花開いている。
「ははっ。嬉しいわ。二人とも満足してくれているみたいで! うん。美味しいわあ」
「え、わたし今、リコスさんと同じ表情してました?」
 そんな幸せな一時。少し冷えるが、温かな日差しと、晟のシチューのおかげでほっこりとする。風にのって飛んできた赤く染まった葉も、その様子を楽しく彩る。
 だが、そのお弁当たちをじっと見る舞彩の姿があった。
「ん? どうしたのだ舞彩? 私は白米は大好きだぞ?」
 リコスの視線は、舞彩の弁当箱に注がれていた。
「あ、いや。その……」
 舞彩は鶏ファミリアのメイをじっと見る。メイはと言うと、既にファミリアロッドに戻っている。
(「後で、お仕置きかしら……ね」)
 どうやら、うまくお弁当が用意できなかったようだった。ほんの少し考えたあと、彼女は意を決して口を開いた。
「……宮元、リコス、ごめんなさい。お弁当のおかず、わけて……!」
「ええよええよ! 皆で食べよ!」
 舞彩の少し哀しそうな表情が、ぱっと明るくなったのだった。

「じゃあ、改めまして。絹ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「え? プレゼント!? 有難う!」
「うん、お気に入りのお店のお茶っ葉で…キャラメルの香りがする紅茶なの。
 ささやかだけどプレゼントさせてもらうね」
 一通りの昼食が済んだ後、晟がパーコレーターで人数分のコーヒーを出してくれていた時、ヴィヴィアンが絹にプレゼントをする。
「青空の下、綺麗な紅葉を眺めてのお弁当、それにお菓子。……気持ちがいいですね」
 アメリーが故郷から送ってもらったというマカロンを、全員で食べながら、ゆったりした時間を過ごした。
 ……一人、コーヒーではなく、透明な液体を飲んでいるヴァルキュリアはいるのだが。
「紅葉を肴に一杯するのも風流よねぇ……。更に1歳……んん! 大人になった! 絹もイケル口かしら? よければみんなで飲みましょう! お酒苦手な子は甘酒もあるわ」
「ははっ。スノーちゃんは、いつでもお酒やなあ。ほな、貰おうかな」
 実はこの時の酒が、スノーの運命を左右するなど、誰も想像できてはいなかった。

●空を飛ぶ
「うそ……」
「どうしたスノー?」
 そして数刻の後。ぽかんとしているスノーの姿に、リコスが尋ねた。
「いえ。あの……ひょっとして絹って……」
 スノーの手の一升瓶は、既に空になっていた。当然スノーも飲んではいるのだが、そんなに自分が飲んでいた記憶は無かった。
「ああ、酒の事か? ザルだぞ。しかも無類の日本酒好きだ。知らなかったのか? 何でも世界中の酒を求めた果てに、結局日本酒に戻ってきたそうだ」
 リコスはそう言って、最後のマカロンを口に入れた。
「……あ、それは良いのですが、酔いはしますの?」
「ああ、ちゃんと酔うぞ。ほら……」
 リコスがそう言うと、スノーの背後から絹がスノーに抱きつく。
「スノーちゃん。そういえば昔。うちのこと何てってたっけ?」
「え!? なな! なんのことですの!?」
「みそ……なんとかって言ってなかった?」
「いえいえそんな。めっ! 滅相もございませんわ!」
「お酒、なくなってしもたなあ……」
「そ、そうですわね! でも、此処にはお酒なんて売って……」
「ちょっと、こっち来ぃ」
 絹はそう言って、展望台の前にスノーを連れて行く。
「あの海のへんって、何があるか分かる? 灘五郷って言うねん」
 絹は目の前に広がる海との境を指差す。そして、スマホを取り出し、ここやな。と詳細を見せた。
「あ、ひょっとして酒蔵があるところですの?」
「せや。んでな、うち灘五郷のうちでも、ここの蔵の酒が一番好きやねん。……うちの言いたいこと、わかる?」
「ど、どういう事ですの!?」
 絹はいつもより押しが強かった。それだけは分かった。そして有無を言わせない迫力も。
「……スノーちゃん。立派な翼、あるんやなあ」
「はっはい! 行って参りますー!」
「私もついていこう! 大変だろうからな! ははっ」
 こうしてスノーは、リコスと共に翼飛行で飛んでいくのだった。
 後々に分かったことだが、リコスはこの時逃げたらしい。

「……ええなあ」
 そんな二人のヴァルキュリアの飛んでいく様子を見て、絹はふと呟いた。
「ひょっとして、空を飛べるのが?」
 舞彩は絹の表情から、なんとなくそう思っているだろうなという事を尋ねた。
「せや。さっきロープウェーから見た景色。あれがいつでも見れるわけやろ? やっぱり羨ましいは、羨ましいで? ヘリオンは大掛かりやしな……」
 そう答える絹。其処へ、イッパイアッテナも同意して頷いた。
「そうですね。それは私も時々思います。やはり自由……ですからね」
 紅葉を眼下に捉える様子は、翼がある者にとってはいつでも見れる景色でも、翼を持たない者にとってはそうではない。
 すると、舞彩と晟の視線が交差した。そしてヴィヴィアンとアメリーもまた、その意図を察してふわりと翼を広げた。
「私は宮元。神崎はイッパイアッテナでOK?」
「ああ、問題ない」
 主が翼を広げると、ボクスドラゴンたちも同じく翼を広げる。そしてザラキは、晟の肩にちょこんと乗る。
「宮元、空の旅にいってみる? って言うか、いくわよ!」

 こうして、秋の空にケルベロス達は飛び翔る。
 肌に感じる風と温度。
 この地に彩る景色を眼下に納め、思い出とする。
 戦いの日々には、思う事も無い感覚を、共有する。
 それは、良く晴れた秋の日の事だった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月16日
難度:易しい
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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