●ざわざわ
月が皓々と輝く夜の事である。
満月ではないが、遮る雲の一片もなく降り注ぐ白光によって夜道は明るく、路地に面した空き地までうっすらと光を帯びているかの様だ。
子供達が学校帰りに立ち寄って遊ぶ事もある。散歩中の犬を遊ばせる事も。
住宅街の狭間に位置するそんな空き地の一角に群生しているススキが夜風に揺れる。柔らかな月明かりの下、花期を終えた白い穂がたなびく様は淡い金色の波の如く。
静寂の片隅に、何かの胞子が舞っている。
風に運ばれて来たのだろうか、ススキの種子とは明らかに異なるそれが、ふっ、と尾花の波間に舞い降りた。
ざわり。ざわり、と。
さざめきに密やかに生じる異変。風向きに逆らう様に蠢くススキが複数本。
葉擦れの音に微かに刃物が擦れる様な硬質の音が混ざる。
朝を待つ住宅街の一画に、やがて何も知らない新聞配達の自転車が近づいて来る――。
●芒鳴夜
「おう。まずはこいつを言っとかねェとな。――お疲れさん」
普段より少しだけ畏まった口振りでケルベロス達を労い、久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)は風で緩んだゼブラ柄のマフラーを指先で押さえると、さァて、といつも通りの軽いトーンで切り出した。
「そんじゃ聞いてくれ。今回は攻性植物の事件だぜ。大阪市内で謎の胞子を浴びたススキが複数体、夜明けと共に暴れ出しそうだ」
爆殖核爆砕戦の後から今なお続く、大阪城周辺における攻性植物達の市街侵攻。
大阪市内を中心に拠点の拡大を狙っているのだろう。侵攻の規模そのものは大きくないが、かといって放置できる類のものでもない。
「そいつら、人を見つけるや否や殺そうとする危険な奴らでな、数が多いってのは単純に脅威だし、元々同種の群れの中から生まれた所為か連携力も高ェ。油断ならねェ相手だが、奴らは常に集団で動き、戦い始めたら逃走もしねェから、やりようはあるだろうぜ」
件の空き地に面した路地は、地域の生活道であり通学路。
子供達が登下校に使用する他、犬の散歩にジョギングにと地域住民も往来するが、道幅はさほど広くない為、どの時間帯であっても車は殆ど通らない。
ススキの攻性植物が生まれるのは夜間であり、夜明けまで人通りは無いと言って良い。何も手を打たなければ、早朝に路地を通過する新聞配達員が最初に遭遇する事になるだろう。
「そうなる前に――こっちから仕掛けて、夜の内にカタを付けちまえば、住民達を危険にさらさずに済む。まあ、近づくだけで奴ら襲って来るからそこはシンプルに行けばOKだ」
よろしく頼む、とヘリオライダー。
「倒すべき敵は5体。ススキの穂は鎌であり、鞭であり、手裏剣であり……光って仲間を回復したりもするみてーだな」
「手裏剣か……」
何気なく呟いたザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)に、ヘリオライダーは真顔で何かを言いかけてやめた(何かくだらない事を言おうとしたのは明白であった)。代わりに少しくだけた表情で、至って真面目に続ける。
「……忍者っぽいと言やァ、そうかもしれねーな。全部が全く同じって訳じゃないんだろうがススキの見分けはつかねェし。5体の強さにも格差は無ェ様だが、互いをカバーする連帯力、連携力が図抜けてっから、突き崩されない様に、皆も気を付けるんだぜ」
ややあって、正直あまり心配はしてねーけどな、と彼は朗らかに笑った。
「皆のこと信じてるからなー、俺は。――さて、とにもかくにも、住民達が寝てる間に起きる異変だ。出来れば彼らが目覚める前に全てを終わらせてやりてェよな。その後は皆で朝日を拝んで、どっかで朝飯食って帰るのもいーんじゃねーかな!」
ケルベロス達を激励する言葉も少々軽いが、この男は得てしてそういう男である。
黙々と己の装備を確かめ、出立準備に勤しんでいたザラは、小さく肩を竦めて仲間達に静かな情熱と、若干の困惑が滲む視線を送るのだった。
参加者 | |
---|---|
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550) |
新条・あかり(点灯夫・e04291) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
パティ・ポップ(溝鼠行進曲・e11320) |
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711) |
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602) |
モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624) |
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254) |
●夜風にそよぐ
月明かりに導かれる様に一行は夜道を急ぐ。
静寂の闇から白く切り取られた一画――件の空き地で淡い金色が揺れている。ススキの海。その光景に、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は河原のススキ野原に潜って遊んだ子供の頃の記憶を重ね、美しい夜だと新条・あかり(点灯夫・e04291)は思う。
(「その立ち姿も、その花言葉も、僕はとても好ましいと思ってる。だからこそ、おまえたちに人を傷付けさせたくはないんだよ」)
心を締め付けられながらも表情は揺らす事なく、少女は無言で白衣の裾を握り込んだ。
この美しい輝きの中には既にデウスエクスが潜伏しているのだ。
住民達の憩いの場を、生徒児童の安全を守るべく、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)と鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)も神妙な面持ちで周囲の気配を探る。
何処にいる――どこから仕掛けて来る?
警戒を絶やさず、ケルベロス達は空き地に足を踏み入れる。
「植物を攻性化ちゃちぇるなんて、どうかと思うでち」
舌っ足らずに愛らしくも、怒っているのか呆れているのか小さなネズミのパティ・ポップ(溝鼠行進曲・e11320)が一人ごち、モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)が口を開いた。ススキの海に、油断なく目を走らせつつ。
「夜の内に、何もなかったかのように片づけてしまいマショウ」
住民達に危害が及ぶ前に必ず倒す。決意と共に頷く仲間達。
「大阪城勢力の影響圏拡大は阻止しねえとな」
重ねる様に相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が呟いて、ふと首を傾げた。
ススキが揺れている。
先ほどまでと何ら変わらぬ光景なのだが、何故だか奇妙な違和感を覚える。
この時季の、冷え込む夜であっても、半裸裸足を貫く彼の素肌に直接触れる冷たい空気。
――風?
揺れるススキを注視すると同時に耳を澄ませながらモヱは、同じくススキが奏でる音に聞き耳を立てているアトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)と視線を交わす。
「足元を取られぬよう気を付けないとね」
アトリが仲間達にそう注意を促した時の事だった。
風は少し前から凪いでいた。にも拘らず、ススキは素知らぬ顔で今も揺れていた。
じっくりと観察する間もなく、葉擦れの音は終始止む事なく、そんな中、どこからか聞こえた刃を擦る音。
「来マス、備えて下サイ!」
警句を発したモヱが駆け出した。一刃から仲間を護る盾となるべく。
「「「――!」」」
来ると解っていても、瞬時に張り詰める空気。【それ】は周囲のススキを薙ぎ払い、空を裂き、風を斬って、無軌道にケルベロス達へと迫り来る。
「ちゃあ!」
思わず眼前に翳したパティの腕を斬り裂く二の刃。三の刃に首を狙われた道弘は小さく呻いて飛び退る。避け切れず、胸元に奔る朱線。
【それ】は、確かにススキの穂であった。鋭い回転を伴う金色の穂先。
(「わー、ほんとにススキだー。当たっても痛くなさそ……」)
何とはなしにそれを目で追っていたひなみくだったが――自分の方に走り込んで来たモヱをふと見遣った瞬間、身体を突き抜けたかと思うほどの衝撃に、悪寒と共に視界が白んだ。
「痛っ――! 何これこわい!」
ぴゃっと思わずミミックと一緒にモヱの後ろに身を隠し、そこで素早く気息を整える。
「こっ、怖いけど、頑張るんだよ……!」
「その意気デス」
ススキの海に視線を留めたまま、モヱはこくりと頷いた。
反射的に武器を構えたアガサは【それ】の出処の一つを辿る様に軌道を遡って狙いを定めると、すかさずフロストレーザーをぶっ放す。朝飯前にぶっ飛ばしてやるとばかりに。
「ススキの忍者モドキが暴れていい場所じゃないんだよ……!」
「忍者なら忍者らしく、ずっと潜んどけってんだ!」
凍結光線の射線を遮る様に飛び込んで来た芒影を捉え、その挙動に確信を持つと同時に道弘も水色のチョークを投げつけていた。彼の手のサイズに見合った太さのそのチョークは、着弾と同時に砕け散り、飛散と共に対象の周囲の熱を急速に奪う。
「………」
耳が痛い者若干名。実の所、言い放った当人も棚上げの自覚が無い訳でもない。それについては一旦脇に置いておくとして。
彼らの攻撃を物ともせずに【それ】が振り抜く鎌の穂先をモヱもまた、退くよりも前に出て受け止める。輝く左手で横から【それ】に掴みかかりつ漆黒纏う右の拳を振りかぶる泰地を視界に映しながら、彼女は前列の布陣に名を付けて破魔の力を齎さんとしていた。
轟く爆音。青白い世界に彩添えるカラフルな爆炎を背負い、士気を高める爆風の只中に爆破スイッチを手にしたひなみくの姿が在った。そんな彼女のミミック『タカラバコ』が煌めく偽宝をばら撒いてススキの惑乱を誘う中、モヱのミミック『収納ケース』は牙を剥いて彼奴等に喰らいついて行く。
ススキのひとつが発した輝きの行先を見遣り、負けじとあかりも前線で戦う仲間達の列を癒し護る雷の壁を展開。巧く手分けをしても相応に時間はかかるが、元より覚悟の上だ。
「アトリさん、お願い」
「任せておいてよ。ほら――キヌサヤ」
アトリはあかりの要請に応えて自らのウイングキャット『キヌサヤ』に後列を任せる指示を出す。その羽ばたきが齎す清浄の風に包まれ、癒されて行くのを感じながらパティが武器を抜く。アトリが簒奪者の鎌を敵めがけ、軽やかな足捌きから弾みを付けて己の身体ごと回転する勢いで投げつけるのを横目に見ながら、やや出遅れて地を蹴った。ナイフを両手に携え、敵の懐に飛び込む彼女を逆サイドからカバーする様に、駆け抜けるザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)はオルトロス『コノト』と共に、刃を揃えて影の如く密やかに敵の急所を斬り込んで行く。
●月白に穿つ
大きな月を背に、縦横無尽に波間を奔る軌跡と並走しながら、或いは迎え撃つ位置取りで、彼らは標的を捉えて離さない。各個撃破を狙った集中攻撃を妨害するかの如く、散、斬と降る手裏剣の雨を厭わず、時にその鋭い一閃を掻い潜って喰らい付く。――ミミック。オーラの弾丸。侵食する影の弾丸は毒を植え付け、親愛なるファミリアは魔力を帯びた体でジグザグの軌跡を描いた。
「さぁ、もう十二分だろう。まずは1体送り返してやろうぜ! 後が詰まってるからな!」
「応とも!」
道弘のコートから溢れるオウガ粒子に超感覚を呼び起こされ、追い風に乗る様な心持で更に一歩を踏み出す泰地の目の前で、
「『喰らうでちゅ』! ――あうっ?!」
ススキの後方から飛び掛かったパティが弾かれる様に着地失敗しながらも、不敵な笑みを向けて来た。首根っこを狙った彼女のショックドライヴに敵は倒れない。――が。ころりんと地面に転がる彼女から引き離す様に、【それ】を捕まえる泰地の輝く【左】――引き寄せる動作に重ねて炸裂する漆黒の【右】が、最初の1体を跡形もなく粉砕した。
「っしゃあ!」
鋭い息吹は短い歓喜の雄叫びへ。
分かち合う間もなく次の波が来る。それが解っているからこそ、ケルベロス達もすぐさま次手に備えて敵の動向を追う。各列を襲う手裏剣は健在。だが、後方支援に徹するあかり達は落ち着いていた。
(「始めに刃の飛礫――その後に、鎌か鞭が来る」)
(「次は、どちらだ? 鎌か、鞭か」)
刃に追い付かれ、インパクトの瞬間には思わず眉根を寄せるも、分散している分だけ脅威の度は下がる。とはいえ、連続で攻撃を喰らってしまう不運もあるにはある。否、ある意味必然だろうか。
盾として在る限り。
「痛ーっ!」
四翼を震わせ耐える。しかし、痛いものは痛いし、【それ】が鞭の様に全身をしならせて巻き付く様に打ちかかって来る様は、ひなみくには恐怖だった。気遣わし気なあかりの眼差しに『大丈夫』と笑顔で返しながら、心の支えはそこかしこに。担い手達と視線を交わし、回復の手は足りていると見たアトリはキヌサヤと共に地を蹴った。その足先に影の刃を宿しながら。
「行くよ、キヌサヤ。あのススキなら思いっきり遊んで良いからね!」
ススキの穂で遊びたそうに見えて窘めかけたが、思い直してけしかける。心なしかキヌサヤが嬉しそうに見えたのは彼女の気の所為だろうか。兎角、じゃれつく様な手つきから繰り出されるキヌサヤの凶悪なひっかきに重ねて、高々と跳躍した中空からアトリの『爪』は猛禽のそれの如く、急降下して敵を裂き、着地と同時に地に融けた影は、次いで無数の黒き爪となって地表に出現する――『鷲爪猛襲突(ホークピアッサー) 』。
「『冥く鋭き影、猛禽の剛爪の如く――刺し貫く!』」
天を衝くが如く。
次なる標的に刻み付ける、第一打。
同じ要領で1体目より遥かに易く順調に2体目を削り潰したケルベロス達を強撃が襲う。
「次はあなたデス」
既に何度か受け止めた覚えのあるその感覚に掌を添えて確認する動作から、モヱが投射したのは対デウスエクス用のウイルスカプセルだ。各個体の戦力に差はないと言えど、その特性は異なる事を識っている。こいつが敵の主力である事は疑いない。
「仲間達に随分と痛い目を見せてくれたね。お返しだ!」
数回合の機が巡り、初手反撃の後は支援に終始していたアガサがここで攻撃に加わった。発憤する様に放つエネルギー光弾。モヱや道弘らの布石でアンチヒールは既に十分と判断した彼女の一撃に重ねてアトリも発砲。目的は同じく、敵ご自慢の刃を削ぐ――打ち砕くべく。仲間達がすぐさまその期待値を高めてくれるだろう。道弘のファミリアシュートが、ザラのシャドウリッパーが、サーヴァント達も各々の主と共に着実に攻撃を重ねて行く。
深手を負いつつある同胞を包む輝く穂は、充分な効果を発揮する事なく立ち消えた。
喰らい付くミミックを、しなる一撃で振り払う、その痛打は尚も強力ではあったが恐るるに足りず。跳ね戻った収納ケースを抱き留めたモヱの胸元が内なる力に震えた。
怒りではない、もっとシンプルかつ確実な唯一の事。
制する様な一閃が眼前で弾けたが、既に攻撃態勢に移った彼女は止められない。
「奴はもう終わりだな」
道弘は胸中で合掌すると、自らは横槍を入れて来たススキへと向き直った。水色のチョークを手の中で転がしながら軌道を追い、間合いを計って振りかぶる。次の一手でこちらの雌雄が決するという確信。そして、その通りに――変形したモヱの胸部機構から露出した発射口から放たれる必殺のエネルギー光線に呑まれた【それ】は跡形もなく焼失し、ほぼ同時に彼が放った水色のチョークはその空間を矢の様に通り抜け、次なる標的を捉えて炸裂したのだった。
●芒鳴りの夜は遂に
戦場を駆け回る内にススキの海から引きずり出された【それ】もいよいよ残り2体。二度と潜らせまいと、距離を取る者、詰める者――それぞれが己の役割を全うすべく展開する。
「皆準備はいいね?」
「もちろん」
呼吸を整え、呼吸を合わせて、応えた時にはもう各自行動に移っている。手筈通りに事が進んでいれば残っているのはキャスターとスナイパーの筈で、それは十中八九間違いない。
「喰らえ!」
道弘が先んじて仕掛けた相手に泰地が放つオーラの弾丸が喰らい付く。先ずはスナイパーから片付けるべく、仲間達も後に続く。
「あと少しだ。このまま畳みかけるぞ! ――っと」
檄を飛ばす道弘の左右から襲い来る芒薙ぎ。
交差する刃の一方をモヱが撥ね付け、肩越しに仰いで無事を確認する。危うく巻き込まれるかと咄嗟に身構えたアガサもまた彼を見遣った。
「挟撃されたのに楽しそうだね、先生」
「おっ、そうか? まぁ興味深くはあったな」
穿たれた腹を擦りつつ彼。よく解らないと言わんばかりに小さく肩を竦めたアガサは敵に向き直り、道弘は無意識の内に上がっていた口角を親指と人差し指で挟み込む様にして笑い皺を伸ばした。そこで、モヱがまだ己を見ている事に気付く。
「ここに至って彼らも戦い方を変えて来マシタネ」
「だが今更だ」
「ソウ。あと少しデス」
【それ】が、残った面子でより勝ち目のある戦い方をするのだとして、それすらも最早破綻しているかに思われた。逃走の恐れもないならそれはもう、最後の悪あがきだ。
充分な時間がある様でもタイムリミットはある。
夜明けはまだ先だが、空気の温度と匂いが変わり始める刻限。あかりは、軽く鼻の頭を一撫ですると、仲間達が最後まで存分に力を発揮できる様にと心を砕く。何かを迎える様に両手を広げ、
「『――さぁ、いって』」
影から現れ出でた黒豹が、戦場を所狭しと奔り回ってその凛々しく優雅な姿を見せつける。もふもふ尻尾に癒される仲間達のみならず、彼女自身もその姿を見るだけで元気になれる気がした。
「……これで最後か」
最終局面にて遂に攻撃に参じたひなみくは真剣な顔つきで【それ】を屠るや、妙にビターな言を吐く。
遂に最後の一体を残すのみとなり、いよいよ総攻撃という様相――次第に追い詰められながらも時としてケルベロスの攻撃を躱す驚異の身のこなしを見せつける最後の一体。
だが、ケルベロス達とて最後まで手は抜かない。感覚を磨き上げ、奮い立たせて、確実に捉えに行く。持続ダメージにより徐々に生命活動を凍り付かせて行くその身体を、地表を食い破る様にして貫くアトリの『爪』が、完全に『捉えた』。
そして、備えのある全員が一斉に攻撃を叩き込んだのだった。
風が吹き――ススキが揺れる。さらさらと澄み渡る音を湛えて。
●朝は来る
幸い、激闘の痕はヒールせずとも均せる範囲に収まっていた。
ススキは戦い始めに少しばかり蹴散らされてしまったが、種子は風に運ばれた先できっとまた芽吹くだろう。この場所のススキを守ろうと考えるならば尚の事、ケルベロス達は必要最低限の後処理に留める事にする。そんな最中、
「この古タイヤ……不法投棄のものでショウカ……」
「古くともきちんと手入れ管理されている物の様だ」
空き地の片隅にあるソレを気にかけるモヱに、ザラが少し考えてから私見を述べた。こういった物もここでは遊具代わりになっているのかもしれない。
「であれば、そのままにしておきマショウ」
始めに自分で言った様に『何もなかったかのように』終われる事は、素晴らしい成果だ。
漸く人心地。通り一つ向こうを新聞配達と思しき自転車が通過して行く音を耳にして、ふと見遣った東の空が明るくなり始めている。
――もうじき何事もなかった様に、朝が来る。
「……――」
ほっと小さく息を吐くあかりの表情は変わらず淡々としているが、ぴこぴこ動くその耳が何より雄弁に彼女の気持ちを物語る。
今日も明日も、この場所がいつも通りで在る様、願わずにはいられない。
ホッとしたら何だかお腹が空いて来た。
同じことを考えたのか数名が顔を見合わせたのに気づいて、道弘は膝を打つ。
「――いい時間になったしな。行くか、朝飯」
折角だからこのまま日の出を眺めて――皆で朝食を食べて帰るとしよう。音頭を取る彼はまさに引率者然としていて、思わずひなみくが「はい!」と挙手してしまうのも無理からぬ事か。
「朝食は! 久々原さんのおごりと聞きました!」
道弘は軽く肩を竦めた。
(「ったく、年下に奢らせる馬鹿が何処に居るってんだよ」)
心遣いに感謝はすれど、年長者としてはそれでは気持ちが収まらない。支払いは自分もある程度負担するつもりである。若人達は何にせよ構わないといった様子で各々、食べたいものを思い浮かべている様だ。
「やったねタカラバコちゃん! わたしね、パンが食べたいな~!」
思うに留まらず、声に出しもする。フレンチトーストで優雅な朝食を決めるのがひなみくのご希望らしい。どちらかと言えばパン派のアガサも遠慮なく同席する姿勢。
「あちしはチーズをいっぱい!」
パティもノリノリだ。折角だからとアトリも同調する。葉物多めのサラダがあればと。
「イートインベーカリーが、『すぐそこ』だそうだ」
――『朝7時オープン』と、ある。パン屋の朝は早い。
路肩に立つ地域の掲示板を指すザラの遠慮がちな微笑に応えるケルベロス達と、やれやれともう一度肩を竦める道弘。皆、一仕事終えたイイ表情をしていた。
かくして、一行は、朝日に向って清々しい気分で撤収するのだった。
地元のパン屋さんの美味しい朝食を目指して。
作者:宇世真 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年11月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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