『赤ずきん』再誕計画~パンプキンケーキは魔女の手で

作者:秋月きり

 光すら届かない海底で、蠢く影がいた。
 一つは老婆。巨大すぎる巨体を保つ彼女こそ、ドリームイーター達の首魁の一つ、寓話六塔ポンペリポッサであった。
 そして無数に蠢く影は南瓜の頭にパフェを思わせる身体をした死神――その名を『南瓜うにうに』と言った。

 ポンペリポッサは語りかける。それは数百にも及ぶ『南瓜うにうに』達にではない。ここに居ない誰かに向かっての台詞であった。
「『赤ずきん』や、ようやく準備ができたよ。このハロウィンが、『赤ずきん』を蘇らす事ができる最後のチャンスだ」
 語り掛ける相手はここに居ない。
 そう、どこにもいない。今は、まだ。
 だが、それが届こうが届くまいが、老婆には関係なかった。何故ならば、これは只の決意表明だからだ。
「あたしがハロウィンの魔力を死神に渡せば、ジュエルジグラットは今度こそ終わりになるだろうさ」
 老婆は唾棄する。全てを奪う暴君の存在を。それに突きつける否の歌を紡ぎ、静かに首を振る。
「だけど構いやしない。あんたを見捨てたジュエルジグラットなど、何度でも捨ててやるのだから」
 顔を上げた老婆の視線に先には何もいない。作戦を共にする3体の死神達も、無数にいた南瓜うにうに達も、何もかも。
 やがて、ポンペリポッサの姿すら消えていく。
 そして深海、デスバレスの海底に、いつもの静けさが戻っていった――。

「『暗夜の宝石』攻略戦、お疲れ様。思うところは色々あるかも知れないけど、みんなの頑張りはずっと見てた。……うん。凄く頑張った結果だと思う」
 ヘリポートの中、リーシャ・レヴィアタン (ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声が響く。
 2体のクルウルク神族、螺旋忍軍ソフィステギア、そして、ビルシャナ大菩薩。巨敵の撃破は誇るべき物だと心底、嬉しそうな表情の彼女に、少しだけ頬が緩んでしまう。
「さて。月での戦争が終わった直後だけど、みんなにお願いしたい事があるの」
 もうすぐハロウィンよね、と顔を綻ばせるリーシャ。今年はコスプレ参加するつもり、との事だ。
 その言葉が終わるや否や、表情は一転して真摯な物へと転ずる。即ち、それは――。
「ハロウィンを狙って、死神勢力と合流したポンペリポッサが動き出す事が予知されたわ」
 予知の言葉に、誰かの呟きが混じる。「やはり」と。
 そう、ポンペリポッサの狙いは当然の事ながら『ハロウィンの魔力』の強奪だ。そしてその目的は『赤ずきん』の復活にある事は間違いないだろう。
「ポンペリポッサと共に行動するのは3体の死神。そして、数百体の死神の群れ」
 それらを全て撃破し、ポンペリポッサ達の目論見を阻止して欲しい。
「ポンペリポッサ達は最も盛り上がったハロウィンパーティーの場所に現れて、ハロウィンの魔力を強奪しようとしているわ」
 つまり、ケルベロスハロウィンを大きく盛り上げる事が出来れば、ポンペリポッサ達の狙いをケルベロスハロウィンに絞り込む事が出来る訳だ。
「そうすれば、一般人への被害は最小限に抑える事が出来るし、みんなの土俵に誘い込む事で、戦いを有利に進めることが出来る」
 その為に、皆に望まれている事は自分の担当するケルベロスハロウィンの会場を盛り上げ、ハロウィンの魔力を高める必要があるのだ。
「みんなの担当場所は『パレードロード』よ。そこにポンペリポッサが出現する筈なの」
 ここで注意して欲しいのは、ポンペリポッサの出現場所は、『最も盛り上がった場所』だと言う事だ。パレードロードも広く、その条件にそぐわなかった場所については、彼女の配下となった『南瓜うにうに』と言う死神の群れが12体、出没するようだ。
「先の説明通り、ポンペリポッサも南瓜うにうにも目的はハロウィンの魔力なんだけどね」
 ポンペリポッサはその強奪の為、目の前にいるケルベロス達を蹴散らした後ハロウィンの魔力を回収、そして撤退する事が予想される。
 それを阻止する為には、パレードロードの各所に散った班も、急ぎでポンペリポッサの出現場所に向かう必要がある。
 だが、そこで一つ、問題があった。南瓜うにうにの存在だ。
「戦闘に加わろうとする南瓜うにうにを撃破しない限り、ポンペリポッサの出現場所に向かう事は難しいわ。だから、邪魔な南瓜うにうにを撃破しなければならないの」
 そして、そこでまた、ハロウィンの魔力が関わってくる。南瓜うにうにはハロウィンの魔力が大好物なのだ。
 パーティ会場が大きく盛り上がっている場合、彼らはハロウィンの魔力を集める事に夢中になってしまう様である。その為、自身がダメージを受けるまでは戦闘に加わる事が無いのだ。
 この特性を利用すれば、12体の南瓜うにうにの幾らかを各個撃破する事も出来るだろう。また、戦闘に加わっていない南瓜うにうにを無視し、ポンペリポッサの元に急ぐと言った手段も考えられる。
「まぁ、援軍に向かう事を優先するなら、だけども」
 ただ、その場合、集められた魔力は放置された南瓜うにうにによって、デスバレスに持ち帰られる事となるようだ。よって、何を優先するか、考える必要があるだろう。
「ビルシャナ大菩薩撃破後にポンペリポッサとの戦いだから、厄介な事、この上ないけど――」
 それでも、ハロウィンの魔力を集めて好き勝手しようとするポンペリポッサを放置する事は出来ない。
 必ず撃破して欲しいと告げるリーシャは、いつもの笑顔でケルベロス達を送り出すのだった。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
端境・括(路傍で裁くは地獄か菓子か・e07288)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ

●ハロウィン・灰被り・パーティ
 賑やかな喧噪と音楽が溢れ、消えていく。
 電飾豊かな光景に、道行く通行人達はうっとりと目を細め、輪の中心で踊る幻想は、仮装と言う異世界をパレードロードに紡いでいた。
 そう、今日はハロウィン・パーティ!!
 10月の終わりを告げるこの日に、人は、そして街は浮かれていく。
 過ぎ去る季節を想って。新しい季節を想って。
 さあさあ、幻想達のお通りだ! 悪霊共の居場所は何処にもないぞ!

「トリックオアトリート!! お菓子を皆にあげちゃうよ!」
 パレードを広げる団体の中で、ひときわ目を引く団体があった。
 南瓜の馬車をモチーフとした櫓に腰を下ろし、ぱらぱらとお菓子をばらまく露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)の笑顔に、道行く子供達が浮かべたのは満面の笑みであった。
「リリはコロポックルのリリポックルだよ」
 白いドレス姿の沙羅の傍らで、アットゥシ――アイヌ民族の伝統的な織物だ――に袖を通した少女もまた、手を振り、お菓子を振りまいている。
 少女の名はリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)。自己紹介から察するに、アイヌの伝承に登場する小人の仮装のようであった。
「南瓜の馬車のお通りじゃーっ! シンデレラよ帰ってこーい」
「お前がシンデレラかー! さっさと神社の竈掃除に戻らんかー!」
「シンデレラめ……見つけたら帰って私と素振り1万本だぞ」
 下に目を向ければ、馬車に随伴する笠地蔵、そして二人の巫女が、大声で場を賑やかせていた。
 笠地蔵に扮するは端境・括(路傍で裁くは地獄か菓子か・e07288)、そして二人の巫女は炎燃ゆる継母、ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)と剣帯びた長姉、ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)であった。
「はてさて。ここに灰被りはいるのやらいないのやら」
 硝子の草履と言う不可思議な履き物を携えた烏天狗の言葉に、ふむと紳士然の王子が頷けば、傍らの懐中時計からプシュリと蒸気が迸る。電気文明の最中、しかし、蒸気文明もまた、華やかに彩りを添える、そんなコンセプトなのだろう。王子こと霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)の言葉に、従者を装うメイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は、道行く女性へと硝子の草履を差し出していく。
「今日はハロウィン! 誰もが主役、シンデレラになれる日ですよ、レディ?」
 気障な台詞は大仰な身振りと、悪戯げな眼差しによって紡がれていた。
 うっとりと頬を染める少女は、更なる夢心地へ。
 白いマントとドレス姿の魔女――ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が手渡しするお菓子は、さぞかし、奇妙な夜を甘く染めてくれただろう。
「あ、ありが……」
 礼の言葉は紡がれるよりも速く、魔女の人差し指によって塞がれてしまう。
 熱を帯びた瞳は白い魔女へ。
 魔女の微笑みは柔らかく、そして妖艶に紡がれ、そして、それが起きたのはその刹那だった。
「――ッ?!」
 沙羅が異変に真っ先に気付いたのは、馬車の上に立つが故か。それとも狙撃手としての恩恵か。
 数キロ先のパレードに、光の放出を捉えたのだ。
「まさか?」
 リリエッタが静かに紡ぐ。見渡せば、ヒメも険しい表情を浮かべていた。
「ポンペリポッサ――!」
 視界に映ったそれは、魔女の巨躯。数キロ離れたこの場所でも視認出来るそれが、誰かの仮装である可能性など零に等しい。
(「今すぐ向かう――向かいたい処なのじゃが」)
 括は思いを飲み込む。
 あの場所を守るケルベロス達も、即座に駆けつけようとする仲間達もいるだろう。自身らもそれに続くべきだ。だが、それでも、まだ向かう訳にいかなかった。
「……成る程、お前達が『南瓜うにうに』ですか」
 その理由の出現に、メイザースは蛇絡む杯の杖を身構える。
 ハロウィンの魔力を集めようと跳梁跋扈するのは、ポンペリポッサのみではない。彼女に変わり、それを為そうとする存在を、皆は知っていた。
 南瓜頭にパフェを想起させる身体を保つ死神の群れ。
 それが、彼らの元に現れた敵――南瓜うにうにの容姿であった。

●南瓜うにうにを追って
 祭りは喧噪に包まれていく。
 祭りとは騒がしい物だ。騒がしくなければ、それは祭りなどではないのだろう。
 だから今回も騒がしくて正解なのだ。敵も味方も、輪になって踊るように。

 視界内を南瓜頭が縦横無尽に飛ぶ。その動きはパレードロードに充満するハロウィンの魔力を追って、だろうか。
「許さないけどね」
 小さな呟きと共に響いたのは銃声だった。
 銃弾が捉えた一体。そこに向けられた硝煙たなびく対の銃口はリリエッタの小さな手から伸びていた。
 抜き撃ち、単射。居合いの如き速度で引き抜かれた自動小銃と回転式拳銃から放たれた弾丸は、遍く敵の存在を許すつもりはない。
「みなさん。私たちはケルベロスです! 落ち着いて避難して下さい!」
 緋と翠。二刀に雷を宿らせながら、ヒメが声を上げる。淑女たる凜としたそれは、一種の魔力と化し、路上を駆け巡っていた。
 ケルベロス達が恐れるのは一般人達が恐慌状態に陥る事だ。それさえなければ。
(「大丈夫、みんな強い」)
 地球人がデウスエクスの襲来に幾年晒され、そして、どの位の月日をケルベロスと共に戦ってきたと思うのか。それをヒメは知っている。
「さぁ、ハロウィンの魔力も芳醇なグラビティ・チェインもこっちだ! ……渡すつもりはありませんけどね!」
 偽骸の表情に笑みを形成し、ベルベットが挑発を叩き付ける。瞬く間にその表情も炎に包まれ、彼女自身が戦闘態勢へと移行していく。
 挑発に敢えて乗ったか、それとも魔力を集める事にあくまで従順なのか。飛び交う南瓜うにうにの視線が一挙に彼女に集中し、また、それに応じるよう、ウイングキャットのビーストが威嚇の声を上げる。
 無数の視線が交錯する事の意味は即ち。
「今宵の斬霊刀は血に飢えている……ハロウィンなだけにな」
 心穏やかに。ただ、敵を斬る為に魔力を刃に充填する。
 深呼吸と共に大衆へ道を指し示したジークリットの斬霊刀は、人身一体――否、刃身一体の呼吸を以て、南瓜うにうにを切り裂いていく。
「こちらですよ」
 戦う仲間のお陰で、一般人への注意は散漫になっている。その隙を突き、和希が避難路を指し示す。
「慌てず、急がず。それでも拙速にお願いします」
 その為に自分達がいる。そう示すように巨大銃を構える彼の姿は、一般人の目に、頼もしく映っていた。
「美味しいお菓子とパレードは僕らが守って見せる!」
 そして、敵陣深く沙羅が飛び込む。流星纏う蹴撃と翻る短剣の斬撃に、ぐしゃりと南瓜うにうにの一体が潰れていった。
「……あれ? もしかして、そんなに強くない?」
「主目的は魔力集め、と言う事ですか」
 沙羅の言葉に応じたのは、時計草から溢れる黄金の光を仲間に差し向けるメイザースだった。
 この期に及んで死神勢がケルベロスの力を舐めている、と言う事はないだろう。戦闘の利を捨ててでも、魔力を集める事に特化する理由があったと言う事だ。
(「そこまで赤ずきんに執着していると言う事か? ……死神が?」)
 答えの出ない袋小路に迷い込みそうな思考を頭を振って追い出す。切り替えは一瞬だった。
 思考を打ち切ったのは彼の意志。そして、南瓜うにうにによる体当たりだった。
「じゃが、全くの雑魚というわけではなさそうじゃよ」
 割って入り、その一撃を叩き落とした括がふぅと息を吐く。
 若干の痺れを腕に感じる。それ程までに南瓜うにうにが繰り出す体当たりは多大の衝撃を有していた。
「ひふみよいむな。葡萄、筍、山の桃。黄泉路の馳走じゃ、存分に喰らうてゆかれよ」
 流れるような銃捌きは、体当たりの敢行によって体勢崩れる一体へ。幸せな幻影に包まれ、砕けていく最期は、どのような想いで見送られるのか。
 光と消えていく敵を見送る暇もなく、次の敵へと視線を移していく。
「さぁ、ここを突破するのじゃ! ポンペリポッサの元に向かわねばの!」
「そうだね」
 括の声に、リリエッタの静かな頷きが重なった。

●魔女の元へ
 やがて祭りも終わりを迎える。
 だがそれは、新たな祭りの序章に過ぎないのだ。今も昔も、何れも。

「ぐぎゃぁ」
 トドメの一撃となったのは吹き荒れる人狼の剣風だった。それに全身を切り裂かれ、短い悲鳴と共に南瓜うにうには四散していく。
 死神達の最期を見送ったジークリットは視線を周囲に巡らせる。零れた深い息は疲労と感嘆が入り交じったものであった。
「ここまで五分と少々と言った処。それでは、向かいましょうか。老婆に退席を望むべく」
 大仰な口調でメイザースが指し示すことは存分に理解している。
「この勢いに乗って、ポンペリポッサも僕らがやっつけちゃうんだよ!」
 沙羅の勢いは止められない。否、皆の勢いを此処で止める訳にいかなかった。
 12体の南瓜うにうにと交戦し、犠牲者はゼロに抑える事も出来た。ハロウィンの魔力を持っていかせる事も無く、全て倒せた。流れは今、確実にケルベロス達に向いている。
(「リリ達が勝利する」)
 希望を確信に変えて。ケルベロス達は走り出す。その視線が、その足が、巨大すぎる老婆を捉えたその刹那だった。
 激しい風圧がケルベロス達に叩き付けられる。――否、それは地面に叩き付けられた攻撃の残滓が、突風となって彼らに叩き付けられた余波だった。
「おや、まだ沸いてくるのかい。この犬っころ共は!」
「まさか?!」
 ポンペリポッサの唾棄と、ヒメの驚愕は同時に紡がれた。
 殴打はポンペリポッサの顔の動きと共に行われていた。即ちその得物の正体は、彼女の巨大過ぎる鼻だったのだ。
「流石は寓話六塔の一角、と言った処じゃな」
 感心と頷く括の表情から、余裕の色は消し飛んでいた。
 彼女だけではない。残りの7人と1体に浮かぶそれは緊張の色を濃く残している。――既に、ポンペリポッサと対峙していた仲間達が壊滅状態に陥っていた事を知った為だ。
「あの長っ鼻には気を付けろ。それとソーセージを千切って投げてきやがる。威力もご覧の通りの有様で、トンデモないがその反面、ヤツの攻撃は自分自身も痛めつけている」
 ボロボロの風体をした男の言葉に、礼を言う暇はない。
「ありがとう! 後は……無事、逃げて!」
「すまないが、よろしく頼む!」
 追い打ちを防ぐ為、敢えて炎燃ゆる拳でポンペリポッサを殴打しながら、ベルベットが咆哮する。返答のような声が聞こえたが、それを確認する暇はなかった。
 ポンペリポッサの強さは小細工を弄する事の無い、純粋な戦闘力だ。破剣の力は不要と悟った。ならば、治癒をビーストに託し、自身はただ殴りかかるのみ。
「痛いね。ああ。痛いね。この痛み、あの子も味わったんだろうね!」
 噴き出したのは慈愛で、そして憎悪だった。
 ベルベットの拳を、和希の光線を、リリエッタの蹴りとヒメの斬撃を受けながら、それでもポンペリポッサは後退どころか、よろめき一つ見せる事がなかった。
「“赤錆”に命令させるな。召喚に応じろ」
 沙羅の召喚した無数の剣は、赤錆混じりの雨となってポンペリポッサに降り注ぐ。それを皮切りに注がれるのは、括の銃弾、そして、ジークリットによる人狼の咆哮――獣の爪の如き斬撃だった。
 紡がれたグラビティは8人の物だけではない。同じタイミングで駆けつけた8人の仲間達の攻撃もまた、ポンペリポッサに深く突き刺さっていく。
(「本来であれば、避難の暇を稼ぐ事が出来る攻撃だが……」)
 紫電を仲間に纏わせながら、メイザースの視線は周囲へと鋭く向けられる。
 仲間達がポンペリポッサへ攻撃に集中した為、老婆の意識は自分達に向けらていた。それ故、壊滅状態にあった仲間達の撤退は、無事、完了した様だ。
 ならばと身構えた、その瞬間であった。
「いくら沸いて来ようと、全て倒してしまえば問題ないんだよ。赤ずきんや、必ず助けてあげるから。うがぁぁぁぁ」
 遙か頭上から履かれた暴言と共に、ケルベロス達に肉塊が降り注ぐ。
 それは彼女が千切って投げつけて来た、無数のソーセージであった。
「任せて!」
「させんぞ!」
「舐めるな!!」
 盾と塞がるベルベットと括、そしてジークリットの三者に、しかし、その衝撃は容赦なく襲いかかってくる。
 暴風の如き吹き荒れたそれが消えた時、残されたのは圧壊と暴虐の痕、そして、それに晒された3名の姿だった。
「メイザース、ビーストくん!」
 銃弾を吐き出しながら、リリが悲痛に叫ぶ。メディックの治癒がしかし、遠く感じてしまう。それ程までにポンペリポッサの攻撃は強烈だったのだ。
「我が名を以て命ず。其の身、銀光の盾となれ。――堅牢なばかりが盾ではないよ?」
 応じるメイザースの治癒グラビティはベルベットを、ビーストから吹き付ける清涼な風は3者の傷をそれぞれ癒やしていく。
「――治癒術式、展開」
 二者の治癒だけではなかった。援護に重きを置いていた和希の治癒もまた、括の傷を癒やすべく、彼女へと紡がれる。だが、それでも、完治に至らない。老婆が剥いた牙の鋭さに、改めてケルベロス達は戦慄してしまう。
「やらせない!」
「その足――封じさせて貰うわ」
 沙羅の召喚した業炎が、ヒメの斬撃がポンペリポッサを灼き、切り裂いていく。それでも、老婆の勢いは止まらない。鷲鼻の殴打と腸詰めの雨つぶてに、彼らの身体は梳られていく。
「待っておれ、赤ずきん!」
 その狂気に染まる瞳が見る先は、自身を攻撃するケルベロス達ではないのだろう。
 狂乱する老女の見る物は、ただ一つ。
(「――削れるだけ削った、か」)
(「ええ」)
 そしてメイザースは決断する。
 自分達の役割は此処に潰えたのだ、と。
 肯定は和希から。そして、沙羅やヒメにも、意図は無事、伝わったのだろう。首肯と共に半身を退き、じりじりと後退。
「撤退!」
 その声は誰が零したのだろうか。弾かれるようにリリエッタは飛び、傷を庇いながら括を始めとした3者のディフェンダーが転がり出でる。
「逃がさない。逃がさないよ! そう、もう少し、もう少しだよ、赤ずきん。このばばあがこのばばあが……、がうぁぁぁぁ」
 叫びが背後に聞こえた。
 だが、それまでだった。
(「みんな、任せた」)
 此処に集ったケルベロスは自分達だけではない。
 自分達はポンペリポッサの撃破を成す事は出来なかった。だが、それでも継いでくれる誰かがいる。ならば、託すのも立派な戦略だ。
 血が溢れる傷を抑えながら、ジークリットは笑みと共に戦場を後にする。
 獰猛な獣を想起させるそれは、群れで勝つ事を是とする狼の笑み、そのものであった。

 その願いが叶ったかどうか、今の彼らに知る由もない。
 だが、それでも、願わずにいられない。願いこそが、彼らを勝利に導く原動力であるのだから。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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