『赤ずきん』再誕計画~南瓜と魔女と番犬のロンド

作者:ハル


 昏い昏いデスバレスの海底。そこはまるで、海底で着々と準備を進める老婆の心情を何よりも雄弁に語っているようであった。
 在るのは三体のハロウィンを想起させる格好をした可憐な死神の魔女と、数百体を超えるであろう夥しい数の『南瓜うにうに』。そして老婆の姿だけ。
「『赤ずきん』や、ようやく準備ができたよ」
 ふいに老婆が優し気にを声をかける。すると南瓜うにうにの南瓜の瞳に、光が浮かんだ。老婆――『ポンペリポッサ』の声色に、小さな希望の灯がともるのと同時に。思い浮かべるのは、可愛い赤ずきんの顔であろう。
「このハロウィンが、『赤ずきん』を蘇らす事ができる最後のチャンスだ。あたしがハロウィンの魔力を死神に渡せば、ジュエルジグラットは今度こそ終わりになるだろうさ」
 ポンペリポッサが一呼吸置く。
「だけど構いやしない」
 次に出てきた言葉に一切の迷いはない。
「あんたを見捨てたジュエルジグラットなど、何度でも捨ててやるのだから」
 赤ずきんの存在があったからこその協力関係。それがないのなら、老婆に委ねる心などありはしない。それがましてや、ドリームイーターに悲劇を齎した、ジュエルジグラットとなれば……。
 静かに、三体の魔女の姿が海底から掻き消える。続いて、南瓜うにうにも。そして老婆も姿を消すと、海底は静けさと闇に包まれた。


「皆さん、『暗夜の宝石』攻略戦の勝利を、まずは労わせてください。本当に、お疲れ様でした!」
 月面から凱旋したケルベロス達に、山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が敬意を込めて頭を下げる。
 だが、ケルベロス達も呼び出された目的が労いの言葉だけでない事にはとうの昔に気づいているだろう。申し訳なさげな表情を浮かべる桔梗に、本題を切り出すよう促した。
「戦争が終わったばかりですけれど、ハロウィンも、もうすぐソコまで迫っていますよね?」

 ――ハロウィン。そう聞けば、ケルベロスの多くがピンとくるだろう。毎年のように、ハロウィンの魔力を狙ってくる勢力がいるのだから。

「お察しの通りです。『ハロウィンを狙って、死神に合流したポンペリポッサが仕掛けてくる』……そう予知が齎されたのです」
 去年に続いてのポンペリポッサ。だが、今年は例年までとは一味違う予感があった。
「ポンペリポッサと3体の魔女死神が数百体の死神の群れを引き連れて、ハロウィンを襲撃、季節の魔力の一つ『ハロウィンの魔力』を強奪しようと虎視眈々と狙っています。ポンペリポッサの名を聞くと、同時に老婆が執着している『赤ずきん』の事を思い浮かべてしまう方もいると思いますが……ええ、やはり狙いは『赤ずきん』を蘇らせる事で間違いないと思われます」
 敵は強力だ。それでもポンペリポッサと『死神の魔女』を撃破し、なんとか目論見を打ち砕いてもらいたい。


 ポンペリポッサと魔女達が狙うのは、最も盛り上がりを見せたハロウィンパーティーの開催場所だ。
「要するに、我々がケルベロスハロウィンを大きく盛り上げれば、ポンペリポッサ達をケルベロスハロウィンの会場に誘導する事ができる、という事です。他のハロウィンパーティー開催地ではなく、ケルベロスハロウィンの会場に誘き寄せる事で、一般の人々への被害を抑え、有利に戦える場を設ける事もできますね」
 そこで、まずはケルベロス達には大前提として、ケルベロスハロウィンの会場を盛り上げて貰う必要が出てくる。
「皆さんに盛り上げて欲しい会場は『パレードロード』です。ここでは、ケルベロスと一般の人々で仮装して、恒例のパレードを楽しもう! そんな方向性での催しが行われる予定です。そしてこの場に誘い込むべき敵は、本命の『ポンペリポッサ』です!」
 幾度も好戦しつつも未だ滅しきれていない難敵の名に、ケルベロスが生唾を飲み込み、戦意を燃やす。
「私も皆さんと同じ気持ちです。彼女との戦いも、ここで終わりにしなくてはなりません」
 その心情に寄り添うように、桔梗も瞳に覚悟を宿した。
「ただし、注意点が一つ。『パレードロード』には総勢で10近いチームが出動する事になりますが、ポンペリポッサとまず最初に邂逅する事になるのは、ケルベロスハロウィンの会場を最も盛り上げたチームとなります。現れれば、即戦闘となるでしょう」
 ポンペリポッサが現れなかったチームは出現地点に急行したい所だが、ポンペリポッサと死神の魔女達によって生み出された『南瓜うにうに』という死神の群れが12体程立ちはだかる。
「ポンペリポッサが間近に出現しなかった際は、この『南瓜うにうに』を素早く撃破し、ポンペリポッサと真っ向勝負を強いられるチームの救援に向かってください! ポンペリポッサ達敵幹部は、目の前のケルベロスを撃破し終えると、高められたハロウィンの魔力を奪って撤退してしまいます。そうさせないためにも、ポンペリポッサが現れなかったチームも、戦っているチームが全滅する前に援軍に向かわなくてはなりません!」
 ちなみに、『南瓜うにうに』はハロウィンの魔力が大好物である為、パーティーが大きく盛り上がった場合はハロウィンの魔力を集めるのに夢中になって、自分がダメージを受けるまでは戦闘に加わらない公算が高い。
「この特性を利用すれば、『南瓜うにうに』の包囲を防ぎ、各個撃破できるかもしれません。また、あまりに夢中になりすぎて戦闘に加わらない『南瓜うにうに』は、戦わずに放置する事も可能です。放置した『南瓜うにうに』はハロウィンの魔力をデスバレスに持ち帰ってしまうため判断に迷う所ですが、援軍に向かう事を優先する場合は思い切って捨て置くなどの決断も必要になってきますね」
 桔梗は最後に改めて、ケルベロス達に頭を下げる。
「ビルシャナ大菩薩に戦争と、立て続けに事件が起こり大変かと思われますが、ポンペリポッサ撃破にお力をお貸しください! 楽しいハロウィンパーティーを、邪悪な計画にこれ以上邪魔させる訳にはいきませんっ!」


参加者
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
大紫・アゲハ(セラータファルファッラ・e61407)

■リプレイ


 賑やかなハロウィンBGM。ハッピーハロウィンの文字が踊り、南瓜が彩る街並み。
 そこ――パレードロードに、お揃いの緑の衣装に身を包んだラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)とエメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)を先頭に、派手に装飾されたフロート車が合計で4台姿を現す。
「行こうか、ラインハルト殿!」
「ええ、エメラルドさん!」
 ラインハルトが指を鳴らす。瞬間、フロート車に装飾された各種LEDライトが光を放ち、海賊船を模している事が白日の下に晒され――。

「「「わぁああああああ!!」」」

 人々が沸き立つ。同時にラインハルトは海賊船のマストの天辺からワイヤーを支えに人々の方へと飛び降りる。光の翼の燐光と紙吹雪を散らしながらエメラルドが追随すると、人々の頭上でラインハルトの手を取り、軽やかなステップを刻む。
「ピーターパンと妖精さんだ!」
 誰かが叫ぶ。拍手が満ちる。
 その反応に、狼耳と尻尾に加えて肉球グローブまで完備した狼の仮装姿のカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は、踊りながら確かな手応えを感じグッと拳を握る。
「僕は悪い狼さんですよー! 可愛い子はみんな食べちゃいますよ!」
「きゃー、助けてー、猟師さん!」
 カルナが、赤ずきんに扮した植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)とスノーに襲い掛かる素振りを見せると、碧とスノーもお菓子入りの籠を揺らしながら森やおばあちゃんの家がモチーフとなっているフロート車の上で狼から逃げるように小走りし、観客に呼びかけた。
「あ、でも猟師さんに通報するのはやめてください!」
 するとカルナはおどけた様な仕草を見せ、子供達を中心に狼クッキーを配る。
「狼さんも猟師さんが怖くて反省しているみたいよー! ――スノー、小さい子へは貴方からお願いねっ!」
 碧も舞う様に飛行して、スノーと一緒にお菓子を配り始めた。
「おとぎばなしだぁー!」
 少年少女が飛び跳ねるようにして興奮を示す。周囲からカメラのフラッシュがたかれ、盛り上がっているのは子供達だけではない事も窺い知れた。
「正解、その通りだよ。さあ、童話の世界へご招待だ。これはボク達からのプレゼントさ」
「はぁい、不思議の国へいらっしゃぁいませぇ……なんてね♪」
 より集中する視線と興味に、トランプやチェシャ猫があしらわれたフロート車の上から、うさみみが目を引く時計兎に扮したアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)と大紫・アゲハ(セラータファルファッラ・e61407)が声を上げる。「大変だ、遅刻する」そうお馴染みの台詞を口にしながら時計を幾度も確認し、忙しなく不思議の国を飛び出したアンセルムは、シンプルな服装からスタイリッシュ変身。露出度多めのエプロンドレス姿のアゲハは、四方からの視線に背筋をゾクゾクさせながら淫蕩に舌なめずりをしつつ、投げキッスやウインクを添えて、それぞれ不思議の国のアリスを想起させるお菓子を撒く。
「あっちはシンデレラだ!」
 女の子が指を差した。そこには純白のドレスに身を包み、ヴェールで顔を隠した獣人形態のユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)と、白を基調に金の刺繍があしらわれた豪奢な王子の仮装をする北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)の姿が。
(「自由でいいなら、トラックの仮装なんかをしたかったけど、仕方ないですね」)
 計都はそんな事を考えながらも、マジシャンのようにお菓子を人々に向けて優しく撃ち出し、王子らしいキザなポーズを。ガラスの靴を意識して銀色に塗装された上にカボチャの馬車風の被り物をしたこがらす丸も、物珍しさから度々写真を撮られているようだ。
「~~♪ ~~~~♪」
 ユーシスはハロウィンソングを口ずさみながら、大きく手を振った。


「さぁ、締めよぉ。アゲハとあっそびましょ?」
 アゲハが腰をクネらせ、フェロモンを振りまきながらドレスの胸元をクイッと開く。
「子供達はこっちさ! さぁ急いで、急いで!」
 子供達がそれを見ないように、アンセルムは大忙し。
 エメラルドがフェスティバルオーラで、人々を熱狂的な雰囲気に染め上げる。
「さぁ、王子様?」
 ユーシスが、計都にガラスの靴を履かせてもらう。魔法にかかったユーシスはきらきらと光り、ヴェールの下から金髪で理知的な人型の表情を垣間見せた。
(「イメージ変わるなあ」)
(「あら、本当の18歳の頃は、もっと若くてシャワーをはじく玉のお肌だったのよ?」)
 ポカンとする計都の耳元でユーシスは囁きながら、見事な舞踏を披露した。

 その時――カルナの肌が総毛立った。

「っ、来ましたね!」
 そう距離の離れていない別の区画から、猛烈な光が迸った。離れていても垣間見える巨大な影の正体は、まさしくかのポンペリポッサ!
「こっちには来なかったみたいね。『赤ずきん』は『ここ』にいるっていうのに失礼しちゃうわ。ね、スノー?」
 碧は軽く肩を竦めるも、瞳をすぐに真剣さで細める。代わりに出現した12の南瓜うにうにを視界に収めたからだ。
「危険よ、この場から離れて!」
 すぐさま、碧の澄んだ声が雑音を掻き消して周辺に響く。
「変な奴は僕達がやっつけるまで、少し下がっててくださいね」
「慌てず騒がず、落ち着いてください!」
 カルナとラインハルトも、その支援を。
「さぁさぁ、逃げて! こわーいお客様には、ボク達童話の住人からお引き取り願っておくからね!」
 人々を守るための立ち位置を心掛けつつ、アンセルムは明らかな敵意を向けているうにうにのみに対象を絞り、ドラゴンの幻影で先制。
「ハロウィンは一夜限りの夢の時間です。ドリームイーターや死神なんかには勿体無いほどにね!」
 人々が捌けたのを見計らい、計都もDfと思しき同個体に炎を纏ったこがらす丸と共に接近し、機巧廻転鎚【荒徹】から竜砲弾を射出する。
 碧が順次エンチャントを付与。
「ハロウィンを無茶苦茶にさせたりはしません」
 無数の霊体を憑依させたラインハルトの喰霊刀が、うにうにを抉った。
「……半数以上がハロウィンの魔力に気を取られてくれているみたいね。向かってくるうにうにの数は、今撃破した個体を含めて5体、かしらね?」
 ユーシスの構えるスーパージャイアントなボトル、そしてカルナのハンマーから竜砲弾が連続で放たれると、クラッシャー二名の火力もありまずは一体、うにうにを沈めた。
「みたいねぇ。う~ん、あなた達まで不思議の国へ招待した覚えはないんだけどー?」
 甘い匂いを振りまくうにうにであるが、男の視線以上のご馳走にはなりえない。アゲハの飛び蹴りが、2体目のDfうにうにを弾き飛ばした。

「残るDfは1体のみのようです。この数なら、一気に押し切れます!」
「――――!!」
 カルナが踏み込もうとすると、うにうに達も反撃に出てくる。モザイクがかったケーキや、南瓜の瞳から炎が放たれるが、しかし碧とエメラルドが落ち着いて対処を。
「悪いが、貴様達に構っている暇はない!」
 時として攻撃に転じ、エメラルドが稲妻を帯びた超高速の突きで、碧が遠隔爆破も交え、着実にダメージを重ねていく。
「この分なら、ポンペリポッサの加勢にも間に合うかもしれないね。三十路前にもなってうさみみをつけた甲斐があったみたいだ」
「私的には似合っててソソルけどぉ♪」
「自分で言うのもなんだけど、私程じゃないと思うわよ?」
 素に戻ったアンセルムが、アゲハとユーシスにからかわれて苦笑する。
 計都がうにうにを抑え込み、ラインハルトが突撃すると、その後に全員が続いた。
 南瓜うにうにを全滅に至らしめたのは、それからすぐ後の事。


 敵襲から8分が過ぎた頃。
 ケルベロス達がポンペリポッサの前に到着すると、そこでは想像を絶する激戦が繰り広げられていた。ポンペリポッサと対峙する2チームの前衛中衛はほぼ壊滅状態だ。
「これはっ――遅れてすみません!」
 計都が思わず唇を噛む。こちらに気づいた彼らの表情が、何よりもその心情や窮状を物語っている。
「……あの時に感じた怖気は、どうやら本物のようですね」
 カルナの頬にも、冷や汗が伝う。
 ほぼ同じタイミングで追加の増援に3チームが到着するが、恐らく抱く感情に大差はないだろう。
 ともかく――。
「先行していたウィッカさん達が撤退の準備を進めているわ! まずは全力でその支援を!」
「ああ、植田殿の言う通りだ。今はできる事を一つずつ熟すしかない!」
 撤退のためにポンペリオッサへと足止めの一撃を喰わらせた先行2チームに対し、碧とエメラルドがエンチャントで鼓舞する。
 と、支援を受けて速やかに撤退しようとする先行チームの内の一人、満身創痍となった灰色の髪をした男性を軽々と担ぎ上げる白髪の偉丈夫が、擦れ違い様に極めて重要な情報を齎してくれる。
「あの長っ鼻には気を付けろ。それとソーセージを千切って投げてきやがる。威力もご覧の通りの有様で、トンデモないがその反面、ヤツの攻撃は自分自身も痛めつけている」
「なるほどねぇ……ポンペリポッサも随分と傷だらけだと思ったら、そういう事情があった訳ね」
 アゲハが納得するように、どこか似合わぬ厳しい表情を浮かべる。凄惨な激戦――そこには無論、ポンペリポッサの惨状も含まれていた。
 しかしてアゲハは彼女らしさは忘れず、「ありがとねぇ♪」そう媚びるような笑顔で撤退する2チームの背に感謝を。
「あなたが元凶ですか。さぁ、パーティーに付き合ってもらいますよ?」
 ラインハルトが牽制のため、霊体を憑依させた太刀で迷いなく斬りかかる。
「いくら沸いて来ようと、全て倒してしまえば問題ないんだよ。赤ずきんや、必ず助けてあげるから。うがぁぁぁぁ」
「――っく、なんて威力なの!?」
 しかしあらゆる傷がついた血みどろの体ながら、ポンペリポッサの遮二無二な攻撃に些かの衰えも見られない。冷静なユーシスの眼鏡の奥の瞳に、情報を知らされていてもなお驚愕が浮かぶ。時間を稼ごうと前に出た2チームが、猛烈な勢いと威力の攻撃に押されている。ユーシスが満月に似たエネルギー光球をぶつけても、単発ではとてもではないが追い付かない!
「命を投げ打つ程の捨て身の攻めという訳だね。ならばボク達も総力戦で挑まなければけないみたいだ」
 死地を味わった同胞からの情報に深い感謝と敬意を改めて感じながら、アンセルムが増援の3チームへと目配せをする。瞬時にその意図は伝わり、4チーム中の2チームがポンペリポッサを抑えるため、確固とした決意を持って前へと出た。そしてアンセルム達ともう1チームが、2チームを援護・支援する布陣を取る。
「ハロウインパレードはまだ終わっていないんです。勝利を収めて続行ですよ! 穿て、幻魔の剣よ」
 カルナが魔力を圧縮させて形成した不可視の魔剣を拡散させる。それらはポンペリポッサに難なく命中し――当たり前のように無視される。手応えがあるのに、ポンペリポッサが倒れる気配は僅かもないのだ。
「ダメージが通っていない訳じゃないはずです! 1発なら躱される弾丸でも、6発同時――」
 こがらす丸が炎を纏って突進し、計都が弾丸を急所に狙って放つ。その眼前で、前衛2チームが長い鼻で薙ぎ払われ、計都は奥歯を噛み締めた。
「力尽きた人達のためにも、負ける訳には……いかないのよっ!」
 甚大な被害を受けた前衛2チームに、碧が「寂寞の調べ」を奏でる。アンセルムが黄金の果実から聖なる光を放ち、アゲハが桃色の霧を散布。回復能力を有するケルベロスが2チームがかりで支援しているのに、消耗はむしろケルベロス側の方が大きいという異常事態。
「彼の者は来たれり!」
 エメラルドが懸命に英雄を称える勇壮な歌で鼓舞するが、戦況は好転せず。
 やがて前衛2チームに限界が訪れた。前衛と後衛を入れ替え、一縷の望みにかけて耐え忍ぶ。
 なおもポンペリポッサは容赦なく、文字通り自らの血肉を千切り削ってはソーセージで乱舞する。
「――っ、ぅぁ……!」
 辺りに轟音と粉塵が立ち込め、ラインハルトが呻きを上げながら崩れ落ちた。
 計都は朦朧とする意識の中、限界を超えて辛うじて踏ん張る。
「もう少し、もう少しだよ、赤ずきん。このばばあがこのばばあが……、がうぁぁぁぁ」
「スノー!?」
 狂乱のポンペリポッサが血を吐くように叫ぶ。
 カルナを庇ったスノーに加え、こがらす丸までもが消失し、碧の表情が悲壮に歪んだ。

 敗北の二文字が脳裏を過る中――それは起こった。

 重力の鎖の奔流が迸り、ポンペリポッサの片腕がもげ、胴体に風穴が穿たれたのだ。
「え?」
 エメラルドが思わず呆けた声を上げてしまう。不死身と思われたポンペリポッサが、もがき苦しんでいた。それは、いつの間にかポンペリポッサの背後に回っていた増援からの一斉攻撃。
「こ、この機を逃してはいけません!」
「あなた達、ここが踏ん張りどころよ!」
 カルナが声を僅かに上擦らせながら、魔法の光線を浴びせかける。ユーシスが雷を纏った「ドラゴンの幻影」を放った。複数チームによる総攻撃は、瞬く間にポンペリポッサを瀕死に追い立てる。
「どうやら、あたしはもう終わりのようだね。だけど、最後まであきらめないよ」
 今度は苦悶を上げる側となったポンペリポッサが、攻撃の手を止め、耐えかねたように蹲る。
 それはまるで、死を受け入れた者の態度であったが。
「何かおかしいよねぇ?」
 アゲハの瞳に、ふと疑念が浮かぶ。
「確かに……はっ! あれだけ赤ずきんの復活に執念を燃やしていたポンペリポッサが、こんなに容易に諦めるはずがないよ! ――まさか!?」
 アンセルムがポンペリポッサの意図に気づく。
 老婆が密かに、ハロウィンの魔力をデスバレスに送るつもりだと!
 ケルベロス陣営が、さらに攻勢を強めた。
「ごめんよぉ、赤ずきんや。これっぽちの魔力じゃ、あんたを生き返れないよねぇ」
 すると今度こそ、ポンペリポッサの全身が崩壊を始め、本気で泣き崩れる。
「あれは!?」
 そんなポンペリポッサの前に、ふいに赤ずきんの幻影が現れ、計都が目を剝く。
「おぉ、赤ずきん。最後にばばあの所に来てくれたのかい? あんたはやさしいねぇ。あぁ、あぁ、そうだね、あたしらのような犠牲はもうたくさんだよねぇ」
 現れた赤ずきんは何事かをポンペリポッサへと伝え、ハロウィンの泡沫の夢のように消滅した。伝えられた言葉に、ポンペリポッサは涙を流しながらしみじみと呟く。
 それはケルベロス達への最後のメッセージ。
「お前達、ジュエルジグラットには気を付けるんだよ。ジュエルジグラットの秘密を暴かなければ、モザイクが晴れる事は決して無いのだから」
「……覚えておこう」
 ケルベロス達は心を奪われた者達の忠告を胸に刻み、ポンペリポッサを跡形もなく消滅させるのであった。

作者:ハル 重傷:ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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