決戦フレンドリィ~落葉の表裏

作者:深水つぐら

●仄か
 落葉が教える季節は寒空の晩秋だった。
 既に暦の上では冬を迎えていたが、ここが山間の学校であるせいか幾何か紅葉が残っていた。だからこそ『最後の紅葉狩りだ』と笑った川園・沙奈に、加々見・美穂はいつものように愛想笑いを浮かべた。
 手にした紙コップからは香ばしい匂いが立ち昇り、美穂の鼻を緩く湿らせている。その香りを彼女が好ましいと思えないのは、コーヒーの持つ苦みが苦手なせいだ。
「やっぱりコーヒーは美味しいね」
「う、うん。そうだね……」
 曖昧な答えを何度返してきたか。友達に嫌われたくない──その一心で美穂はこれまでずっと苦手なものが好きな振りをし続けていた。周りに流されていれば受け入れてもらえると信じて嘘をつく。
 孤独になるのは嫌だ。だから自分の心を隠すのは仕方のない事だ。
 そう思っていたのに。
「なあ、お前それでいいのかよ」
 不意に投げられた言葉に美穂は身を硬くする。驚いて顔を上げれば、いつの間にか一人の少女が彼女達の目の前に立っていた。
 見るからに腕っぷしの強そうな不良少女の出で立ちをした相手は、スマートホンを握り締めて美穂に向かって鋭い視線を向けていた。
「嫌われたくないから周りの顔色を窺って。周りに流されてるのがどこがいいんだ」
 その言葉に美穂は動悸が止まらなかった。この人は自分の心を読んだとでもいうのだろうか。嫌な事は嫌だと言え──そう告げる女の顔は不機嫌だが不思議な魅力があった。
 思わずその言葉に従いたくなったが、隣の沙奈の顔を見てしまうと気持ちが萎んでいく。
「でも、わ、私……」
「ったく。いい、いい、あたしが勝手に作る」
 告げた後で美穂の心臓には巨大な鍵が突き刺さっていた。次いでかちりと音が聞こえ、瞬く間に美穂の背中から鮮やかな緋色のモザイクが炎の様に躍り上がった。
 それはまるで季節を終える落葉の様に赤く紅く。
「美穂!」
 不慮の事態に沙奈が声を上げる。その目は確かに怯えていたが、それでも名前を呼んだ少女とお揃いのミサンガを強く握りしめていた。その様子に鍵を持つ少女は口元を引き締める。
「もう負けてられないのよ」
 呟いた夢喰い──フレンドリィの口はめんどくさそうにへの字に曲がっていた。

●落葉の表裏
 以前より懸念されていたドリームイーターの行方が判明した──単純な報告ではあったがケルベロス達の努力が実った結果であった。
「まあ、ちょっと時間は掛かっちゃったけれど地道な調査だものね」
 そう告げたのはギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)に助言したフィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)だった。彼女の予測を頼りに調査していたところ、全国の高校を襲うドリームイーターの集団──その一体であるフレンドリィが出現する予知が見えたのだ。
「これまでの事件から得た情報では奴らはケルベロスが到着する前に立ち去っていた。だが、今回はそのドリームイーターが現場にいる時点へ介入できる」
「つまり、今回が奴の仕留め時ってことかな?」
 フィーの言葉にギュスターヴはそうだと頷くと、改めて今回の状況について話を進めた。
 事件現場となるのは紅葉の美しい山間に建てられた全寮制の高校だという。事件発生時は創立記念日であり学校自体は休みだが、被害者となる高校生の二人は部活動の用事で学校に来ていたのだという。そこでフレンドリィに襲われる──。
「君らが介入できるのは新たなドリームイーターが生まれた直後だ。その直前に行動となると予知が曲がるというのもあるが取り逃がす可能性が高い」
「んん? その根拠は?」
「彼女達はまだ戦力を作る事を諦めていないからだよ、フィー」
 ギュスターヴの言葉にフィーは森色の瞳へ僅かな緊張を走らせた。
 諦めていない証拠は戦力を作り続けている事であり、それ故に持ち帰る目的がある以上は新たなドリームイーターが誕生すればかの夢喰いをこの場に留める事ができるはずだ。
 ならば小細工は必要ない。現場は休日であり人払いは不要でもある。一気に攻めていきたい所だがひとつ懸念があるという。それは被害者と夢主が同時にいるという点だ。
「夢主である美穂はその場で気絶し、被害者となる沙奈もその場にいる。襲撃者から引き離すよりも彼らを守る形で動く方がいいだろう」
 つまり、あえて難点を考慮した上で作戦を練れば良い。今回は状況が好転するまで迎撃と護衛に分かれる手が使えるのだ。勿論それ以外に良い策があれば優先してもいい。
 セオリー通りに行くならば転機は『美穂の生み出したドリームイーターへの説得』により訪れるはずだ。そのタイミングはこれまでの事件と同様に夢の源泉である『空気を読む事への疑問』を弱めての弱体化である。
「予知からもわかったと思うが、夢主の美穂はフレンドリィの意見に完全には同調していない。にもかかわらず無理矢理に夢を利用された形だ。そこが楔になる」
 夢の源泉。その部分を理解して言葉をかければ力は削げるだろう。しかし、『空気を読む事への疑問』の否定という事は、美穂の言いたい事が言えない気持ちを強化する事になる。
「もしかするとそのまま気持ちを開放した方がいいのかもしれん。彼女の想いを認めてくれる存在が居るなら、だが」
 それが不利となっても──独り言ちたギュスターヴは改めて手帳を捲ると、さらに戦闘になるとフレンドリィが自身の守りを固めながら戦う様だと告げた。それは出来る限り生まれたドリームイーターを庇いながら戦うという事。また、フレンドリィは耐久に優れており、その守りの隙から美穂のドリームイーターが攻撃を仕掛けてくる形だという。
 攻守バランスの取れた戦闘スタイルの様だが追い込める以上は負ける訳にはいかない。
「長く暗躍したドリームイーターだ。ここで確実に叩いてほしい」
「もちろん。ここで逃がしちゃうなんてもったいない!」
 ギュスターヴの言葉にフィーは元気よく返事をすると、その豊かな赤い髪を揺らして不敵に口元を上げる。それは天真爛漫な彼女らしい微笑みで。
「君らは希望だ。よろしく頼む」
 ギュスターヴは穏やかに告げると、その瞳に猟犬達への揺るぎない信頼の色を見せた。


参加者
楡金・澄華(氷刃・e01056)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
フィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)

■リプレイ

●鈍
 痛みに声があるとすれば、今この耳に響く音なのかもしれない。
 問い詰める言葉達に身を縛られ動けなくなった少女達は、互いの秘め事をモザイクに燃やして悪夢の贄となろうとしていた。故に見事な紅葉など愛でる間も無く、ただただ夢が欲しいと嘆くばかりだ。
 それが晩秋の予知。しかし、広がる光景は同じではない。
 寒空の下でしなやかに躍る四肢──黒猫の尾を流した月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)は、少女の背から緋色のモザイクが生まれた直後に彼らの間へ巨腕を大きく振った。
 それは一瞬であった。
 燃え伸びる緋色のモザイクは縒の一撃を素早く飛び退って躱し、耳を劈く奇声を上げた。
 生まれたばかりでも一人前に威嚇をするのか──一足遅く駆け付けたムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)も不定から人形へと定まり始めた相手を望んで小さく苦笑する。
 未熟を笑うのは忍びないが、学園を渡る夢喰い達がそんなものに頼らなくてはならないとなれば些か滑稽でもあった。だからこそ渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)は挑発する様に声を上げる。
「フレンドリィなんて名前の割には友達どころか仲間すら居ないなんて哀れな奴だな」
「は、私一人で十分ってだけだ」
 じろりと睨み返した夢喰い──フレンドリィと呼ばれる少女は、手にした巨大な鍵を振ると一同をねめつけた。
 集い始めたケルベロス達は被害者である少女らの盾になる形に布陣していく。割り込みを優先したせいか相手との間合いが近すぎるものの第一段階としては成功だろう。
「もう大丈夫、心配しないで」
 そう穏やかに告げたニケ・セン(六花ノ空・e02547)は沙奈の肩に手を置いて下がる様に促した。同時に隣で横たわる美穂へと視線を向けると、彼の共であるミミックが心配そうにかぱかぱと口を開閉していた。夢主である彼女に怪我はなく単純に気を失っている事に安堵する。その傍らでフィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)は口端に不敵な笑みを浮かべた。
「ふぅん。でも残念だったねぇ、今回も負けて貰うから。イグザクトリィと同じように、ね」
「てめぇら、ケルベロスか」
「ご名答」
 その言葉の後でエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)は手にした得物をフレンドリィへと向けた。彼女の瞳にはこれ以上の蛮行は許さないと言わんばかりの殺気が滾っていたが、その感情を叩きつけるには些か邪魔な焔が在った。
 ともすれば眩しくも、ともすれば暗く。ゆらりと昇る緋は鮮やかで艶めかしい。その塊が完全に人型のモザイクへと変わったと知ると猟犬達はそれぞれの得物を構えた。
 新たに生まれた夢喰いが携えるのは剥き出しの敵意だ。その源は『周囲との同調』──その心に紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)もまた覚えがあった。
(「空気を読む事、か。俺も時々その場の空気に合わせようと周りに合わせてしまう事があるな」)
 自身の心にも潜むその感情をいとも簡単に利用しようとしたのが、眼前で猟犬達を睨む者だ。そんな蛮行を続けさせる訳にはいかない。
「さてさて、大将首だ。確実に御首を挙げにいこう」
 言って楡金・澄華(氷刃・e01056)が己の得物である蒼く輝く大太刀の切っ先を向けると、フレンドリィの口端がゆるりと上がった。
「面白い、かかってきな」
 告げた夢喰いが手にした巨鍵は薄い冬陽を返し、仄かに目を刺した様に思えた。

●琥珀
 鈍色が割れ、黄金が生まれる。
 自身の身に宿る攻性植物からそのひとつを生み出すと雅雪は朗々と告げた。
「奇跡の果実よ、その神秘なる力を仲間に分けてくれ!」
 途端、輝きが最前を守る者達へ渡り、その身に加護を与えていく。更に輝きを高めようとムギの全身装甲から光輝くオウガ粒子が飛散し、更には縒が放った紙兵が戦場へと広がった。
 戦への備え──その準備が整った後で澄華はすぐさま地を蹴った。
 滑る様に這う様に。低くした姿勢のまま素早く駆ける氷刃の姿に、新たな夢喰いは嫌悪の咆哮を上げると、『スカーレット』と呼ぶに相応しい身を燃え上がらせた。その姿に澄華は目を細ませる。
 自分はあまり口が上手くないと自覚しているからこそ言葉をかける事を躊躇った。そのかわり出来る事──自分の仕事は戦での務めを果たすのみ。
 間合いを詰めた彼女が素早く己の得物を突刺させるとそのまま呪詛を流し込む。ごわりと蝕む呪いにスカーレットは苦痛の声を上げ、次いでその手が素早く横を薙ぎぐと紅葉かと見紛う魔力の線が浮かんだ。
 来る。
 予感は誰の胸にも浮かんでいた。
 だからこそエステルは真っ直ぐにその光へと突入する。
 地を蹴ったその先で飛び散る魔力波がエステルの四肢を切り裂いた。しかし彼女の瞳に宿る柘榴石は怯まずスカーレットへ肉薄する。
 しかし。
「甘いね」
 告げた言葉は嘲りか。エステルが得物を振り切る前にフレンドリィの鍵が受け止めていた。エステルはすぐに飛び退って後ろに蠢くスカーレットの姿に眉根を顰めた。
 轟々と燃えるモザイクは心を表している気がして、ふと言葉が滑り出た。
「私達、ケルベロスには戦いで死ぬ人もいます」
 死はいつ来るかわからない。だから、私は本当の気持ちを隠して死にたくないから思い通りに生きている──その心地を分かつ相棒がエステルにはいるのだという。彼女には何も隠さず、空気も読まずにナチュラルな会話ができるのだ。それで『良い』と思えるのは信頼があるから。
「だからどうした。それを……」
「空気を読む事は間違ってはいない、周りと合わせる事で話題が盛り上がって自然と自分も楽しくなるからな」
 エステルの言葉に続いたのは雅雪だ。その視線は真っ直ぐにスカーレットへ注がれている。
「だが、どんな時でも空気を読む必要もないと思うぞ。本当の自分を曝け出すのも時には重要だ。本当の自分を見せないと、本当に『形だけ』の友好関係になってしまうぞ」
 それはかの奥にある想いを掴もうとしている様だった。効果の是非は不明だが少しずつでも、声を掛け続けよう。
 その想いを掴む為にフィーは自身の周囲へ手にした小瓶の中身を振り撒いた。途端、浮かび上がるのは周囲を癒す輝きだ。その光の中心でフィーは真っ直ぐにスカーレットを望み射抜く。
「人に合わせられるのって、優しい子なんだよ。でも、何でも同調するのは違う……それじゃむしろ空気読めてない」
 言葉を拾い、集め、届けようともがく。その一端を縒もまたそっと支える為に言葉を紡いだ。
「空気を読むのは全然悪いことじゃないよ。嫌われたくないのもそうだけど、友達に嫌な思いをしてもらいたくないんだよね。それが悪いことのわけないじゃん」
「……急に襲われて、それでも逃げ出さず美穂ちゃんの側を離れない沙奈ちゃんが珈琲位で美穂ちゃんの事、嫌いになると思ってる?」
「うん。もうちょっと友達のこと、信じてもいいんじゃないかな。好きなものを苦手なくらいで嫌われたりなんてしないよ」
 言葉を重ねる度に目前に映るモザイクの色が変わっていく。鮮やかな緋に黒が混ざり暗い琥珀とも見える色を得ていくのだ。その様子が何かに溺れていく様だと思いながら言葉を紡いだ。
「だって君の友達は、すっごく怖いのに逃げずに君の傍にいるんだよ。そうやって君を大切にしてくれる友達の気持ち、信じてあげて」
 言葉の後でフィーの視線が縒の持つキーホルダーへと向いた。それは青空と夕焼けに一輪の桜を描いた彼女らの持つ揃いの証だ。だからこそ敢えてこの言葉を二人は送る。
「ねえ、気持ち、読もうよ」
「美穂……あれ美穂なの?」
 滑り落ちた言葉は背後から聞こえた。見れば震える唇のままに眼前の異形を望む沙奈の姿がある。そんな彼女の怯えと戸惑いを取り除く様に穏やかな声を掛けたのはニケだった。
「正しくは美穂の隠していた本心かもね」
 それは悪い意味ではない。人の心は誰にも縛られはせず、それがわかっているからこそ難しい。ならば空気を読む事を状況に応じて使い分ける事も処世術だ。
「勿論、言いたい事が言えない時もあっても良いし、それでも言いたい事を言って結ばれる絆もあると思う。分かっているんじゃないかな、君も」
「黙れ!」
 ニケの言葉を遮る様にフレンドリィの一喝が響くと、その手が鍵を翻して巨大な牙を持つモザイクを生んだ。その一撃を飛来した凍結光線が打ち砕く。
「往生際が悪いぞ。お前は一人孤独にここで果てろ!」
 冰の残滓の間から数汰がそう声を上げるとフレンドリィの舌打ちが聞こえた。

●紅
 互いにもう何度目かわからない魔力波の後で、ニケのミミックはフレンドリィに向かって刀を投げ付けていく。
「もう、負けてらんない……!」
 痺れを切らしたフレンドリィは叫んだ後で巨鍵を回した。もはや意地であろうか、次第に沙奈へと攻撃を集中し始めた相手を望むとムギは改めて息を吐いた。
「もう負けられないか、悪いがそれは叶わない」
 何故ならば護るべき人々がいる以上、俺たちだって負けられない。
 だからこそ、攻撃によって半身を崩壊させつつあるスカーレットを討つ必要があった。ぐずぐずと零れるモザイクを抱いて威嚇の声を上げるスカーレットにムギは改めて言葉を投げ掛ける。
「空気を読む事は決して悪い事じゃない」
「ああ、空気を読むこと自体を悪いとは思わない」
 ムギの言葉に数汰が賛同すると、その口元に微笑みが浮かぶ。その視線がしっかりとスカーレットを捉えると言葉は自然と生まれていく。
「誰もが自分の思う事を好き勝手に言えば、それは会話ではなく言葉の殴り合いだ。相手の事を考えられるからこそ人は空気を読めるんだと俺は思う」
 けれどもそれは決して何に対しても本心を隠せと言う事ではない。何故ならば相手が信頼して本心で話しているのに、それに応えず自分の本心を隠すなんてそれこそ空気が読めてないから──。
「友人同士なら本心同士でぶつかり合ったっていいんだぜい」
 友達ならきっと本音にも耳を傾けてくれる。それを促す様に数汰もまた言葉を零していく。
「嫌われたくないのはそれだけ相手を大事に思ってるから。だからこそ、そこから一歩進んでみたらどうかな」
 美穂の中にもそんな気持ちがあるからこそ、最初の甘言に頷かず迷ったのだろう。しかし、当のスカーレットは言葉を受けても僅かに焔をくすませるだけで今だ止まる気配は見えなかった。
 これまで戦いの流れが変わるきっかけ──スカーレットの弱体化を目指して猟犬達は言葉を掛け続けていた。それは事態が好転すると信じての行動だったが、一方でフレンドリィの主張を認めている言葉を使っている以上は今回の説得としては少し弱い主張になっていた。
 それは美穂を思っての言葉選びではあったが、好転の鍵とするには些か弱い手札だったかもしれない。けれども確実に楔は打たれている気がしてならないのだ。
 そんな予感を感じながら、数汰は己が手に限界まで圧縮したグラビティを形成した。その手が狙うのは未だ動き回るフレンドリィだ。
「刹那は久遠となり、零は那由他となる。悠久の因果は狂い汝の刻は奪われる……狂え、時の歯車!」
 呪に導かれ解き放たれた力がフレンドリィの身を蝕む。そこへフィーの放つウィルスカプセルが追い討ちを掛ければ相手の口から苦痛の悲鳴が漏れた。その声を耳にエステルはスカーレットへ肉薄する。
「この戦いには負けない。おまえ達は横暴すぎる!」
 一喝を鍵に突き上げるような掌底打ちが繰り出された。その手に集う力は螺旋──放射線状に広がった力は夢喰いの身を震わせる。
 その時、少女の声が聞こえた気がした。
「美穂さんも、信頼できる相手には遠慮せずに話してみましょう、実は相手も、それを待ってます!」
 『空気を読まれている』とは相手にも伝わってしまうものだから。
 そうして投げられた言葉を受け止めたのはいつの間にか立ち上がっていた沙奈だった。
「そうだよ、言いたい事を言ってよ、私、美穂とちゃんと仲良くなりたい、美穂の事を知りたい!」
 どんな事が好きで、どんな事が苦手なのか。空気を読むのは確かに難しいけれど互いに歩み寄っていけたらその空気もきちんと心地良くできる。叫んだ彼女は手にしたミサンガを強く強く握りしめていた。
 その言葉にスカーレット・モザイクの全身が血の色へ変化する。
「お、おおお、おあ……おおおおおおおおお!」
 零れた声は歓喜か、苦悶か。
 意も知れぬ嗚咽に似た声を放ちながらスカーレットの魔力波が猟犬達へ遅い掛かった。幾度か分らぬ鮮血が舞い、それでも苦痛の声は聞こえない。
 何故ならば。
「自然を廻る霊達よ、人々の傍で見守る霊達よ。我が声に応え、その治癒の力を与え給え!」
 雅雪の願う声が精霊達からの癒しを導き痛みの激しい者を癒していく。同時に回復術を持つ者達が更なる癒しを与えれば戦場の士気は衰えるはずも無かった。
 だからこそ、眼前のモザイクが音を立てた事に目を見張る。
 崩壊が始まったのだ。

●緋
 それからは一気に猟犬達の動きが変わった。
 縒の放ったケルベロスチェインが戦場に魔法陣を敷き、最前列の攻め手を強化する。その祝福を受けた澄華は躍る様に間合いを詰めるとスカーレット目掛けて己が愛刀を閃かせる。
「凍雲、仕事だ……!」
 吐いた言葉の導き通り、冷気を纏った空の如く容赦ない斬撃が舞う。それが決定打となった。薙いだ腹からモザイクが溢れスカーレットの身が崩れていく。
「てめぇら!」
 激昂の声を上げたフレンドリィにニケは小さく笑みを浮かべると、エステルの背に狙いを付けた。
「さぁさぁお立ち会いってね」
 揶揄い調子の詠唱唄に朱き鎖の影が伸び、更なる力の加護を与えていく。そうして獣化した手足を繰りエステルはフレンドリィの胸へ素早い一撃を解き放つ。
 悲鳴と共にモザイクが溢れ、夢喰いの目に絶望の色が宿った。だがそれもすぐに色を失いほろりと零れて淡い残滓として消えていく。
「謝りはしない、俺たちの勝ちだ」
 崩れていくフレンドリィにムギは静かに言葉を葬った。
 そうして決着が付いたのだと知ると猟犬達の間に安堵の息が満ちる。それぞれに無事を確認し治療を施し始める間に雅雪は改めて二人の少女達を眺めていた。
(「やはり、自分の本音を話すのも勇気が必要な事なのだろう」)
 ぼんやりと思うのは沙奈が美穂の手を握って懸命に声を掛けているから。
 美穂はきっかけがなければこのまま隠し続けただろうか。それともいずれ明かしたか。
 もしかしたら合わせるうちに本当に気に入る日が来たかもしれない。誰かと一緒にいたいと思えば、相手に合わせる必要もある。それを過度にしない為には信頼と言う鍵が必要なのだろう。
「この二人にとってはミサンガなのかな」
 フィーは改めて傍らの桜の一片を望むと目を閉じて願った。
 叶うなら友情が続きますように、と――。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月5日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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