「ガガガガッ!」
ホテルの一室。コンピューターを操っていた男が憤る。
「なんで、こんなときに紙詰まりするんだよ! このポンコツ!」
怒りながらも、プリンターにあたる訳にもいかず、慌てながらも丁寧に詰まった紙を取り除き、印刷を続ける。
「早く早く早く早く! ケルベロスたちが来ちゃうじゃんかよ~」
凄まじい勢いで、データを暗号化し、印刷していく男。
「よし! あとは印刷が終われば……、オッケー!」
印刷が完了し、ファイルにまとめると、データを残さないために、男はメインコンピューターを物理的に破壊した。
「全部終わったよ! みんな! これで逃げられ……、えっ!?」
気が付けば、部屋はガラガラで、男以外には誰もいなかった。
「ひどいっ! なんでボクにばっかり仕事押し付けるの!?」
ほとんど、泣き顔に近い顔で男が叫ぶ。
「と、とにかく! このデータは絶対に死守して、脱出しないと!」
男は機密の入ったファイルをギュッと抱え込む。
「脱出経路はどうしよう……、もし、入り口をふさがれてたら……、よし!」
男は何かを思いついたのだろう。
ファイルを抱えて、猛烈な勢いで走り出した。
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がケルベロスたちに状況を説明する。
「城ヶ島の強行調査によって、城ヶ島の『固定化された魔空回廊』の存在が明らかになりました。この固定化された魔空回廊に入り、内部を突破できれば、ドラゴンたちの使用する『ゲート』の位置を特定することができるでしょう」
つまり、『ゲート』の位置が特定できれば、その地域の調査の後にケルベロス・ウォーによる『ゲート』の破壊も試みることができるのだ。
「ドラゴンたちの『ゲート』の破壊を成功することで、彼らの新たな地球侵略を防ぐことが可能になります。すなわち、城ヶ島の制圧で固定化された魔空回廊を確保することはドラゴンの勢力の急所を押さえる意味があるのです」
セリカは一呼吸おいて、話を再開する。
「さらに、調査の結果、ドラゴンたちは固定化された魔空回廊の破壊は最後の手段と考えているようです。つまり、電撃戦により、素早く城ヶ島を制圧することによって、魔空回廊を奪取することは不可能では、ないということです。そのためにも、皆さんの力が必要なのです。どうか、お願いします」
セリカは目の前のケルベロスたちに向かって、このチームの役割を話し始める。
「目的から、端的に話しますと、皆さんには螺旋忍軍のデータの奪取をお願いします。強行調査の結果、城ヶ島の東側にあるホテルが、螺旋忍軍の拠点であるとわかりました。彼らはその拠点の破棄を決めたようで、メインコンピューターから情報を暗号化したものをファイルに、コンピューターを破壊するようです。しかし、この破棄作業にはかなりの時間がかかるはずです」
つまり、うまくいけば、ファイルを持った螺旋忍軍から、それを奪える可能性があるということだ。
「ファイルの奪取が終わっても、解析には時間がかかることでしょう。ですが、ここにはデウスエクスに関する多くの貴重な情報があるのは間違いありません」
セリカが敵の情報について説明する。
「今回、皆さんに追ってもらう螺旋忍軍の情報技官ですが、ホテル内の宴会場に設置されたメインコンピューターを破壊した後、外部への脱出を図るので、逃がさずに倒し、彼の持つ機密ファイルを手に入れてください」
それから、と言って、セリカが続ける。
「予知によって、敵の行動がわかっています。ケルベロスがホテル入り口から入ってきたときには、彼は『露天風呂』を通って外部へ脱出するようです。この情報は重要ですので、うまく考慮してください。また敵の戦闘能力についてですが、情報技官として、戦闘に特化しているわけではありませんが、螺旋忍者としての基本的な能力は持っています。また、装備には『エアシューズ』を準備しているようです。とはいえ、脱出を念頭に置いている敵ですので、積極的な戦闘はしてきません。隙あらば、外部への逃走に向かいますので、それを防ぎつつ、確実に仕留めて、重要情報の奪取をしてください」
最後にセリカがケルベロスたちにお願いする。
「この機密情報の奪取がデウスエクスとの戦いを有利に進める鍵であるといっても過言ではありません。螺旋忍軍の撃破、そして、ファイルの入手、絶対に成功させてください!」
参加者 | |
---|---|
秋草・零斗(螺旋執事・e00439) |
ティセ・ルミエル(猫まっぷたつ・e00611) |
ベルタ・プリメーラ(アンヘルガラクシア・e01960) |
カチューシャ・ヤコブレフ(そのためのマジカル物理メイド・e02490) |
レイヴン・ディアブル(夢魔・e03853) |
石流・令佳(元ヤン社長令嬢・e06558) |
丸口・真澄(ええいああと慄くすみマル・e08277) |
ナカ・ミミ(ちょいナルチェイン術師・e10203) |
●走る男
猛スピードで館内を走る男が一人。
「ハア……ハア……」
その忍は飛ぶように走っていく。
抱えたファイルをギュッと抱え込み、男はようやく出口へと辿り着いた。
が、しかし。
「来たで!」
丸口・真澄(ええいああと慄くすみマル・e08277)が左手の手袋をキュッと整えると男に向かって飛び込んでいく。
「くそっ! もう来てたのか!」
忍の男はケルベロスたちの姿を確認した瞬間、すでに回れ右をして走っていた。
「予備の経路を使うしかない!」
あらかじめ襲撃を予測していたのか、スムーズに進路を変えて逃げ出す。
「逃がさないわよ! 待ちなさい!」
レイヴン・ディアブル(夢魔・e03853)も敵の進路に合わせて追いかけていく。
「逃がしません!」
カチューシャ・ヤコブレフ(そのためのマジカル物理メイド・e02490)が、その可愛らしいメイド姿には似つかわしくないオーラを纏いながら猛然と敵を追う。
「螺旋氷縛波!」
秋草・零斗(螺旋執事・e00439)が敵に氷を叩きつけようとするものの、うまく当たらない。
「やはり、逃げている相手に攻撃するのは難しいようですね。……仕方ありません。進路はわかっているのですから、慌てず追い込みましょう。カタナ、行きますよ!」
敵の動向に注意しつつ、相棒のライドキャリバーと共に追いかけていく。
忍はケルベロスたちが予知で知らされた通りに浴場へと向かっていく。
男はその入口に向かうと脱衣所を通り過ぎて、露天風呂へと向かう。
もちろん、脱衣はしない。
ケルベロスたちも後に続いて脱衣所を通り過ぎて露天風呂へと向かう。
……もちろん、脱衣はしない。
バンと、勢いよく露天風呂の扉を開き、忍の男がとうとう露天風呂に突入する。
「よし! ここから外に出れば、すぐに脱出が……」
そのとき、男の目の端にキラリと何かが光るのが見えた。
●獅子奮迅
「気咬弾!」
岩場の陰から可愛い猫の形をしたオーラが飛び出し、男の腕に噛みつく。
「全てはこの一撃のために、です!」
岩場からティセ・ルミエル(猫まっぷたつ・e00611)が飛び出す。
「くそぅ! 待ち伏せされていたのか!」
男はファイルを抱えていた右腕を攻撃されたものの、とっさに左手に持ち変えることで、落とさずに済んでいた。
「お願い! 当たって!」
ほっとしたのもつかの間、男をさらに攻撃が襲う。
「舞い散れ、桜華。舞い踊れ、迅雷。舞い立て、天翅。いざ、魅せましょう。桜の舞…セレサ・バイラオーラ・バイレをっ!」
露天風呂に桜吹雪のような光が舞う。
幻想的な光景ではあるが、ここは戦場。
男の目は光によってくらませられ、気づかぬうちに左手を切りつけられる。
「くっ!」
何とか耐えるものの、周りをよく見れば、紅い雷と高速で動く何かが男を狙って、うごめいていた。
二撃目、三撃目とファイルを持つ左手を中心に切りつけられていく。
ベルタ・プリメーラ(アンヘルガラクシア・e01960)の連撃が男を切り裂いていく。
そして、とうとう。
「あっ……」
男の左手から力が消える。
ファイルを取り落とす。
かに思われた。
「うぐぅ!」
なんと男は二本の腕をだらりと下げたまま、ファイルに向かって噛みついた。
血走った目でケルベロスたちを睨む男。
顔の上半分を仮面で覆っているものの、男の激情を見て取ることはできた。
「もう逃げ場は無ェ。やろうと思えば楽にフクロに出来るってわけだ」
ふと、男の後ろから声がかかる。
石流・令佳(元ヤン社長令嬢・e06558)が、手で鏡を弄びながら歩いてくる。
(「なるほど、さっき光ったのはこれか。これで合図を」)
男が奇襲のタイミングの良さを理解する。
「大人しく、それを渡しちゃくんねえか?」
令佳が男に向かって提案する。
「……」
睨みつけたまま沈黙する男。
「渡すつもりはないか。残念だ」
男は会話によって、気がそれていたのだろう。
だから、ギリギリまで気づかなかった。
自分のくわえたファイルに鎖が巻き付いていることに。
「油断したな」
露天風呂に隠れていたケルベロスはまだいたのだ。
ナカ・ミミ(ちょいナルチェイン術師・e10203)がシュッと鎖を引くと、口の力だけではどうにもならなかったのだろう。ファイルがミミの手元へと飛んでいく。
「しまった!」
思わず落胆の声を漏らす忍の男。
ケルベロスたちの怒涛の攻撃がファイルを奪い去る。
まさに獅子奮迅の勢いである。
だが、これで終わりではない。
まだ、男はファイルを奪い返す算段を考えていた。
しかし、男にとって戦況は最悪。
すでにホテル入り口にいたケルベロスたちは追いついている。
待ち伏せしていた四人と合わせて、合計八人のケルベロスに囲まれていることになる。
圧倒的な不利。
ここで、令佳が再び前に出る。
●四肢粉塵
「大切なファイルもこっちの手に渡った訳だが、少し話をしねぇか? ……んっんー、すみません、ちょっと口調を元に戻しますねー」
令佳が咳払いをして、口調を丁寧な女性らしいものに変える。
「正直な話、暗号解読に時間かかるので寝返って頂けませんか?」
ストレートに要望を伝える。
「貴方の腕をそんなにしといて言うのもなんだけど、私たちとしても出来ることなら、あまり手荒なことはせず穏便に済ませたいの。貴方が逃げようとしない限りは待つから、ゆっくり考えてちょうだい」
レイヴンが相手に考える余裕を与えながら語り掛ける。
「……」
男は無言を貫いている。
「螺旋忍軍って同族との付き合いも大変みたいやね。でもウチらは種族関係なく助け合うねん。そういうん面白そうちゃう? 今までと違う世界、一緒に見てみよや」
黙す男に向かって、真澄が語り掛ける。
「むずかしい事はよく分かりませんけど、お友だちにおいてかれちゃったんですよね? なら、ボク達と来ましょうよ。きっと楽しいです」
ベルタが彼なりの説得を試みる。
「そうなのです。仲間に置いていかれて、見捨てられて、可哀想なのです。……一緒に行こー?」
ティセがうるうるとした目で上目遣いをしながら、忍の男に手を差し伸べる。
カチューシャや零斗は黙っている男を厳しい目で見守っている。
何かあれば、すぐに動くだろう。
「……フッ」
少しの沈黙のあと、男が微笑む。
「……実に魅力的な提案だ。飲めば、この最悪の状況は終わるだろうし、ボクの身もある程度は保証されるのだろう?」
男はここでキュッと顔を引き締める。
「しかし、ボクは忍だ!」
言葉に力がこもる。
「意地や矜持を捨ててまで、媚びるつもりはない!」
強く言い放つ。
「両腕が使えない? 上等じゃないか。腕が使えないなら、足がある。足がもげても首がある。例え手足が粉みじんになろうとも、任務を果たす義務がある!」
ファイルを持つミミを睨みつける。
「それを返してもらう!」
男が動き出す。
「ちっ! 説得は無理だったか。殺陣号! ミミを守るぞ!」
令佳が荒っぽい口調に戻り、相棒のライドキャリバーと共にファイルを持つミミの元に走る。
「カタナ! あなたもです! 紙兵散布!」
零斗も自分の相棒をミミの元へ走らせる。自身も白いケルベロスコートをはためかせながら、仲間を守護する紙の兵隊を作り出す。
「……残念やわ。 紙兵散布!」
真澄もさらに紙の兵隊を作り出す。仲間たちへの守護が厚くなる。
「ぐす……分からず屋さん! マジックミサイル!」
闘牛士を思わせる衣装で軽快に動きながら、涙目のベルタが攻撃を放つ。
魔法で放たれたミサイルは男に向かって真っすぐに飛んでいく。
男はそれをぶらりと下がった腕にわざと当てて受ける。
「ぐっ!」
さらに痛ましい状態になる両腕。
しかし、彼は止まらない。
「止まれと言っているのが聞こえないのですか?」
走る男の前にカチューシャが回り込む。
「邪魔をするな!」
もちろん、強行突破を図る男。
「失礼な態度です。……言葉の後にマムを付けなさい!」
男の正面までスッと移動したかと思うと、カチューシャが走って勢いのついた相手の股間に躊躇なく蹴りを叩き込む。
「ヒュッ!」
相手の口から息が漏れる。
「あれは……やばいわね」
「……!」
レイヴンと零斗が青白い顔になって目をそらす。
「その性根を叩きなおしてあげましょう!」
男の悶絶を無視して、カチューシャの連撃が続く。
股間だけでなく、顔を打ち、胴を打ち、首を絞め上げ、口で罵倒する。
滅多打ちにした挙句、もう一度、股間に蹴りを決めて、露天風呂に叩き込む。
バシャッと大きな水音をたてて、男が沈む。
しかし、足をプルプルと震わせながら、すぐに立ち上がる。
「止まるわけにはいかない……!」
満身創痍の身になっても、無理やり走る男。
ミミに向かって走り寄る。
そこへ、二体のライドキャリバーがスピンしながらの体当たりで男を止めようとする。
「邪魔だあぁ!」
男が回し蹴りの要領でぐるりと蹴りを回すと、強烈な風が起こり、ライドキャリバーたちを吹き飛ばしていく。
「いい足止めだった! 殺陣号!」
吹き飛ばされた相棒を褒めながら令佳も突っ込む。
「縛霊撃!」
蹴りを放った直後の体勢から避けられるはずもなく、令佳の拳が直撃する。
さらに殴りつけると同時に霊力によって相手を緊縛する。
「今だ! やれ!」
令佳の号令に真澄が反応する。
「悪いけど、ここで止まってもらうで」
真澄が浴場の岩を勢いよく投げると、不思議なこと加速しながら岩が飛んでいく。
まるで男に重力の中心があるかのように、吸い寄せられるようにして飛ぶ岩を男は胴で受ける。
「ぐぁ!」
ミシリと骨の軋む音が聞こえたかと思うと、男が吹き飛ぶ。
傍目にも立ち上がるのが困難な傷。
それでも男は立ち上がる。
そして、走る。
「……そのファイルは、……返してもらう!」
渾身の力を込めて進む男。
「ダメよ。貴方には止まってもらうわ」
レイヴンが呪文を唱えると不思議な光線が男に向かって飛んでいく。
「くっ! なんだ! 足が動かない!」
男の動きが鈍る。
しかし、それでも男は歩みを止めない。
その先にいるミミが攻撃の構えを取る。
「守られているだけだと思わないことだな」
ミミがトランプのジョーカーを指で挟み、男の足元に向かって投げつける。
「……冥界に棲まうは銀の姿、染まりしは鎖の意思……嗚呼……常世に現し我に従え!」
男の足元に刺さったジョーカーのカードから闇が広がり男を囲む。
そして、その闇から銀色の鎖がいくつも現れ、男を縛っていく。
「ぐうぅっ!」
いくら力を込めてもほどけない鎖。
そもそも男にどれだけの力が残っていただろうか。
「もう終わりにしましょう?」
ティセが男に向かって、気が込められた拳を放つ。
「……!」
ドンッという音と共に鎖から解放されながら吹き飛ぶ男。
大きく飛んで、再び湯の中に落ちる。
水しぶきを上げて、風呂の中に落ち、そして、もう浮かんでくることはなかった。
忍者はもう、走らない。
●浴場で奪取したもの
「逆巻く時の渦よ、巡り巡りて返り咲け……」
ホテルの宴会場、壊されたメインコンピューターを零斗がヒールで治していく。
「どうです? どんな内容か楽しみなのです~」
ティセがワクワクしながら聞く。
「……ティセ様、申し訳ございません。コンピューター自体は治ったようですが、データは壊れたままのようです」
零斗が肩を落として伝える。
「そうですか~、仕方ないですね。じゃあ、終わりましたし、温泉に入りましょう! 終わったら入りたかったんです!」
ティセがのんきなことを話す。
「ダメよ、この島はまだ戦場だし、そんな暇はないわ」
レイヴンがやんわりと止める。
「それより、ミミちゃん? そのファイルに何が書かれているか気になるのですが、見てみませんか?」
すっかり、お嬢様口調に戻った令佳がミミに問いかける。
「そうだな。私も気になっていた。みんなで少し見てみるか」
そう言って、ミミがファイルを広げる。
その周りに集まるケルベロスたち。
「これは……なんや?」
内容に首をかしげる真澄。
「パズル……でしょうか? 解いていきたいですが、今は時間がありませんね」
ファイルの内容に頭を悩ませるケルベロスたちだったが、いつ状況が変わるかわからないため、すぐに帰還することにした。
「ベルタ様? 帰りますよ」
ロザリオを握って祈っていたベルタに向かって、カチューシャが呼びかける。
「あ、はい! 今行きます!」
返事をしてから、もう一度、ロザリオを握って祈るベルタ。
祈るのはあの忍者のこと。
「ごめんなさい、忍者さんっ……」
敵とはいえ、彼もまた自分の信念に散った一人。
せめて、この後は安らかにと、ベルタは心で祈り、先に待つケルベロスたちの元へ戻る。
一人の忍者が命を賭して守ろうとした謎のファイル。
奪取したその内容は果たしてどのようなものなのだろうか。
作者:ZOO |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 13
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