『赤ずきん』再誕計画~策謀のハロウィン

作者:坂本ピエロギ

 人々がハロウィンに沸く10月の夜。
 地球にあらざる場所の暗い海の底で、その老婆は静かに呟いた。
 ――『赤ずきん』や、ようやく準備ができたよ。
 老婆の名前はポンペリポッサ。
 ドリームイーター寓話六塔の一角にして、数多の戦場でケルベロスを苦しめ続けた巨躯の魔女。いまデスバレスの海底に身を沈めた彼女は、ひとつの賭けに出ようとしていた。
 成立の目は途方もなく小さい、失敗すれば己の命すら危うい、そんなリスクに釣り合うほどの大勝負。
 『赤ずきん』をサルベージするという、その賭けに。
 ――このハロウィンが、『赤ずきん』を蘇らす事ができる最後のチャンスだ。
 そう言って魔女が首を上げれば、デスバレスの海底にはお菓子の身体を持つ南瓜頭の死神が幾百もの灯を点して揺蕩っていた。その中には、人間の姿をした死神の姿も見て取れる。ポンペリポッサから力を得た『死神の魔女』達の姿が、3つ。
 ポンペリポッサは考える。自分がハロウィンの魔力を死神に渡せば、ジュエルジグラットは今度こそ終わりになるだろう、と。
 そうなれば、そこに住まうドリームイーターもただではすむまい。
 残る寓話六塔の二人も、そして恐らくは……己自身も。
 だけど構いやしない、とポンペリポッサは呟いた。
「あんたを見捨てたジュエルジグラットなど、何度でも捨ててやるのだから」
 消えていく南瓜頭と魔女達を見送ると、ポンペリポッサもまた姿を消す。
 後にはただデスバレスの海底が、ひっそりと静寂を湛えていた。

「『暗夜の宝石』攻略戦、お疲れさまでした。皆さんの活躍によって、月の落下を阻止する事が出来ました」
 ムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)はヘリポートに集合したケルベロス達に一礼すると、死闘から帰還した彼らの活躍を褒め称えた。
 ビルシャナ大菩薩を撃破し、妖精族セントールのコギトエルゴスムの回収にも成功。
 加えてクルウルクとマスター・ビーストも撃破。
 今回の勝利は、地球にとって非常に大きな戦果と言えるでしょう――そう言葉を結んで、ムッカは本題を切り出す。
「皆さんは、寓話六塔ポンペリポッサを覚えているでしょうか?」
 ポンペリポッサは七夕寓話六塔決戦でケルベロスが戦ったドリームイーターだ。
 ジュエルジグラットの手がモザイクに包まれる直前、不吉な言葉を残して東京湾へと姿を消した魔女。その彼女が、ハロウィンの日に事件を起こす予知が得られたとムッカは語る。
「姿を消す際、ポンペリポッサはこう言い残したそうです。デスバレスに赴き『赤ずきん』をサルベージするしかない……と」
 果たしてその野望を、ポンペリポッサは実行に移そうとしているという。3体の魔女死神と数百体の南瓜型死神を引き連れ、『ハロウィンの魔力』を奪うことによって――。
「ポンペリポッサの目的は『赤ずきん』の蘇生と見て間違いないでしょう。皆さんには彼女と配下の死神を撃破し、その目論みを阻止して欲しいのです」
 ムッカはそう言って、作戦の詳細を説明し始めた。

 ムッカの依頼では、ポンペリポッサを相手に戦う事になる。
 現場となるのはパレードロード。南瓜行列のパレードが行われる場所で、仮装した大勢の民間人が催しを楽しんでいる。そこへケルベロスも仮装して参加し、ケルベロスが開催する『ケルベロスハロウィン』へ敵を誘い込んで迎え撃つ……というのが作戦の流れだ。
「パレードロードの作戦は、10チームの合同作戦になります。各チームは現場に分散してハロウィンを盛り上げ『ハロウィンの魔力』を高めて下さい。ポンペリポッサは最も大きく盛り上がったチームの所に現れます」
 ポンペリポッサは強力なドリームイーターで、1チームのみでは勝ち目はない。遭遇したチームが敗北すれば、ポンペリポッサはハロウィンの魔力を奪って撤退してしまい、彼女が望みを果たす確率は大きく上がってしまう事だろう。
 そのため、残る9つの戦場にいるケルベロスは、一刻も早く合流する事が望まれる。
「ですが、ここで問題がひとつ。ポンペリポッサが引き連れる死神達の存在です」
 ムッカによると残る9つの戦場には、『南瓜うにうに』と呼ばれる死神の群れが出現し、ハロウィンの魔力を奪えるだけ奪った後、デスバレスへと撤退するという。
「各現場には、それぞれ12体の南瓜うにうにが現れます。彼らは戦いよりも魔力の収集を優先するので、ハロウィンのイベントが盛り上がっていれば、自分がダメージを受けるまで戦闘に加わる事はありません。この性質を利用すれば各個撃破も可能と思われます」
 ただし、ハロウィンパーティーがあまり盛り上がらなかった場合、南瓜うにうにの多くは普通に攻撃を行ってくるため、これらは撃破が必須となる。攻撃をしない南瓜うにうには、平均的な盛り上がりで6体程度になるでしょうとムッカは言った。
 ポンペリポッサ戦の援軍に向かう事を優先するならば、無害な南瓜うにうには無理に撃破しなくても良い。味方の援軍と死神の撃破、どちらを優先するかは十分に話し合って決めて下さいねと伝え、ムッカは説明を締めくくった。
「『赤ずきん』を蘇らせるというポンペリポッサの計画を放置する事はできません。どうか皆さんの手で、魔女との戦いに決着をつけて下さい」


参加者
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
狼炎・ジグ(恨み喰らう者・e83604)

■リプレイ

●一
 10月31日、ハロウィン。
 仮装行列で賑わうパレードロードに、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)の弾む声が響く。
「トリック・アンド・トリート~♪ 魔法の国から、悪戯の魔女がやってきました~♪」
 とんがり帽子を被った魔女を演じるメリーナの声は、腹式発声と割り込みヴォイスを用いたもの。お菓子をくれても悪戯しちゃうぞ、そんな朗々たる口上は道行く人々の足を止め、その耳目を集め始めた。
「――ねえ魔女様。悪戯に協力したら、私の願いを叶えて下さる?」
 そこへ涼やかな声で現れたのは、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が演じる黒鳥の花嫁と、白鳥の花婿に扮したビハインドのアルベルトだ。
「許されぬ婚姻を永遠のものに……そんな願いを、私達は叶えたいの」
「もっちろ~ん! この魔女にお任せで~す♪」
「おいおい魔女様、仲間外れだなんて水臭いじゃねえか?」
 そこへ空の彼方から舞い降りたのは、竜翼を生やした『悪の魔神』を演じる狼炎・ジグ(恨み喰らう者・e83604)だ。
「楽しそうだな。俺も悪戯に混ぜてくれ!」
「大歓迎でーすよ♪ じゃあ始めましょう!」
 お菓子、飾り、ペンライト。クラッカーと投げテープに花吹雪。魔法の品々を詰めた籠がアウレリアとジグに手渡され、悪戯劇が幕を開ける。
「さぁ、魔女の魔法をお分けしましょう。どう使うかは貴方達次第」
「ハッハァ! こりゃ愉快だ、皆も遊ぼうぜ!」
 籠を提げる手でアルベルトの手を握り、軽やかに宙へと跳ぶアウレリア。
 ジグもまた、ドラゴニアンの翼を広げて空へと舞い上がる。
「さあ皆さんも! レッツいたずらタ~イム、ですよ!」
「待ちなさい、魔女さん!」
 歓声を送る観客に魔女が悪戯を呼びかけた矢先、一人の女性が颯爽と現れた。
 武闘シスターに扮する、クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)だ。正義を司る修道女は鈍器のごとき赤白縞々キャンディケインを掲げ、魔女に向かって口を開く。
「貴方の狼藉は見逃せません。観念して裁きを受け――きゃっ!」
「隙あり、で~す♪」
 めくれそうになるスリットを咄嗟に抑えるクラリス。魔女は彼女の脇を通り抜け、巨大なクマシールをその背へ貼りつける。
「鬼さんこちら、で~すよ♪」
「まっ、待ちなさ~い!」
 こうして、番犬の即興劇が幕を開けた。

●二
 クラッカーが幾重にも鳴り響き、花吹雪が雨のように降り注ぐ。
 観客達はペンライトとお菓子を手に、拍手と歓声を惜しまない。広がっていく悪戯の輪の中、笠地蔵に扮した櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は大仰な仕草で天を仰いだ。
「おお。何とした事だ、これは」
 千梨は真っ新な米俵を掲げてみせ、嘆きの声を魔女に向ける。
「配っていた甘酒が、米に戻ってしまった。悪戯が過ぎるぞ、魔女め」
「ふふっ、驚くのは早いですよ――ご覧なさい?」
「何だと……こ、これは?」
 千梨は観客の視線を誘導するように、会場のあちこちを見回して絶句する。
 ふと気づけば会場の床も建物も、カボチャや魔女の落書きでいっぱいではないか。
「いつの間に? む、犯人はお前か」
「わわっ、ばれたかー!」
 千梨の声に、グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)が手を止めた。
 ローブ姿の彼女は、水溶性塗料を塗したブラシを手にダイナマイトモードを発動。派手なワンピース姿へドドンと派手に変身を決める。
「トリック・アンド・トリート~! 芸術は爆発、だー!」
「許さんぞー。悪戯妖精めー」
 うろちょろと逃げ出すグラニテを千梨が追う。妖精と地蔵のコミカルな追いかけっこに、観客からは更なる歓声が沸き上がる。
 グラニテを見失い途方に暮れる千梨。そこへ現れたのはクローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)。輝くティアラを戴いた女王だ。
「お地蔵さん、お困りかな?」
「これは女王殿。実は、魔女の悪戯に手を焼いておりまして」
「そうか。ではお地蔵さんとシスターに協力するとしよう!」
 クローネはオルトロスのお師匠がくわえた籠から金貨のチョコを掬い上げ、威厳と気品を感じる仕草で観客にそれを配り歩く。
「さあ、きみ達も共に戦ってくれないか? 報酬は弾むぞ?」
「ふふっ。なら私達もどんどん悪戯するので~す♪」
「待ちなさーい! 捕まえたらお仕置きよ!」
 負けじと逃げるメリーナ。それを追うクラリス。ジグは空中でクラッカーを鳴らしてはキープアウトテープで邪魔な道を塞ぎ、アウレリアはペンライトの雨で会場を照らす。
「残念だなぁ、ここから先は通行止めだ! 広くて安全な道からお家へ帰りな!」
(「偶にはこういうのもいいかしら」)
 アウレリアは花吹雪を楽しそうに投げる夫を見て、ほんの少し昔を思い出す。
 光とキャンディ、そして花の雨。彼も生前はこんなお祭り騒ぎをよく愛したものだ。
 と、そこへ――。
「魔女さん、皆さんを困らせてはいけませんよ」
 正義の女神に扮したマヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)が、煌く紙吹雪の輝きと共に舞い降りて来た。純白の衣に身を包んだ女神は、観客達に白いペンライトを配り、クライマックスの到来を高らかに告げる。
「魔法の灯りを授けます! 光と歌でエールを!」
 地を揺らす歓声と共に、数え切れぬ程のペンライトが夜の底を照らす光景を眺めながら、グラニテのギターが奏でるヘリオライトの旋律に乗って大合唱が始まった。
『ヘリオライトが僕を照らすように 君の未来へ届くように 強く光を放てたら』
 ギターの弦を爪弾きながら、グラニテは思う。
 地球とは、なんと素敵な星だろう。アスガルドにいた頃には想像もしなかった出来事が、こんなに沢山起こるなんて。
『欠けた地球が僕を笑っても それでもずっと輝いて』
 眩しく温かい光。魂に宿るグラビティ・チェインの輝き。
 仲間と祭りを楽しみながら、ひとつ齢を重ねる喜びを、グラニテは静かに噛みしめる。
『ちぎれそうな空の隙間に 虹をかけるよ』
「観客の皆、ありがとう!」
 声援とペンライトの輝きを全身に浴びながら、クラリスは煌くキャンディケインを魔女へゆっくり向けた。
「これ以上の悪戯は見過ごせません。浄化の光を受けなさい!」
「うわ~! やられた~!」
 ふらふらとよろけた魔女は笠地蔵に支えられ、悲しそうに泣き出した。
「魔女よ。何故こんな事をした?」
「だって誰も遊んでくれないんですもん~! うあーん!」
「ならば悲しむ事はない。ほら、ごらん」
 そうして顔を上げた魔女の目に映るのは、周りの皆が彼女に送る笑顔だった。
 黒鳥と白鳥。女王とシスターと妖精、女神と魔神。そしてエールを送った観客達も。
「お前には、こんなに沢山友達が出来た。もう寂しいと嘆く事はないのだよ」
「本当に? ……ふふっ、じゃあ悪戯はお終いで~す♪」
 そうして話を結ぶのは、メリーナと手を取り合ったクラリスだ。
「皆さんのお陰で、魔女は優しい心を取り戻せました。ありがとう!」
 悪戯魔女のお話は、これにてお終い。
 沸き上がる拍手の中、いつまでも止まぬかに思われた歓声は、しかし、
「……さて。本番といこうか」
 千梨が見据える先、床に現れた巨大な魔法陣によって終わりを告げる。
 冷たい光の中から現れたのは、12体の『南瓜うにうに』の群れだ。
「――本物の悪者です、皆さん逃げてっ!」
「うむ。ここは私達に任せ、離れていてくれ」
 番犬へ戻ったメリーナとクローネの声で観客は我に返り、一目散に避難していった。
 シャーマンズゴーストを連れたマヒナが、牙を剥いた死神の前を塞ぐ。
「行くよアロアロ、皆と一緒に!」
 隊列を組んだ番犬に、襲い来る死神。そんな彼らの遥か向こうで――、
『これだけの魔力があれば、赤ずきんは蘇る。
 なら、このばばあの命など、いくらでもくれてやろうじゃないか!』
 大魔女ポンペリポッサの咆哮が、ハロウィンの夜空に響き渡る。

●三
 連携を取った集中砲火で襲い来る死神達を撃破すると、番犬達は大魔女と戦う仲間の元を目指し、急ぎ駆けていく。
「ちっ。あのババア、化物かよ……!」
 先頭を飛ぶジグは、思わず舌打ちした。
 大魔女は巨大な鼻を振り回し、ばら撒いたソーセージを炸裂させている。いずれも未知の範囲攻撃グラビティだ。鼻を振り回せば反動でよろめき、ソーセージが尽きれば大魔女は己の肉体を削って補充した。
 本当に死ぬ気で来ている――それを知ったマヒナの胸は鈍く痛んだ。
(「ポンペリポッサ。そうまでして『赤ずきん』を……」)
 戦場が近づいてきた。目を凝らせば、大魔女の猛攻に耐える番犬達も見える。
 無傷の者は一人もいない。ある者は倒れ、ある者は負傷者を抱えて離脱しながら、複数のチームで懸命に耐えている。
 応援の仲間達が来る、恐らくはその事を信じて。
(「急がなきゃ。急がなきゃ――」)
 真正面を見据えるマヒナの視界に、走る番犬達の姿が入ったのはその時だ。
 今から応援に向かうチームなのだろう。マヒナはすぐに手を振って、仲間達と一緒に彼らの元へ合流した。
「皆、無事?」
「そうね。こっちは上手く行ったところよ」
 赤い瞳のドラゴニアンの女性と、そして更に途中で合流してきた別班の刀剣士の男性とも情報を交換し、マヒナは自分達の置かれた状況を概ね把握した。
 合流した仲間はマヒナを含め3チーム。残る7チームは戦闘中か撤退済であろう事。
 そして、このままでは応戦しているチームの壊滅は時間の問題だという状況を。
 そうなれば、今いる24名だけで大魔女を撃破せねばならない。重い沈黙が降りるなか、東方の僧侶に扮した青年から、一つの提案がなされた。
 このまま正面からぶつかっても勝機は薄い。全員で背後を突かないか――と。
「了解したわ。やりましょう」
「うむ、異論はない。……急ごう」
 オオカミの仮装をしたレプリカントの女性が頷く。千梨と仲間達の答えも同じだった。
 今は一分一秒が惜しい。番犬は各々の班へ戻り、大魔女の背後へと回り込んでいく。
『もう少しだよ、赤ずきん。このばばあがこのばばあが……、がうぁぁぁぁ』
 半狂乱となり猛攻を浴びせる大魔女。クローネの目に映るのは、その攻撃を必死に耐える仲間達の姿だ。
(「皆……お願い、頑張って!」)
 奇襲の好機は今しかない。祈る気持ちで建物の影を進むことしばし、ついにクローネ達は大魔女の背後に辿り着いた。
 無言で支度を終え、流れるように陣形を組み、番犬達は準備を完了する。
 ほんの一瞬の間の後、勇者に扮した青年が日本刀を手に飛び出したのを合図に――。
 攻撃が、開始された。
「さあ、最後の舞踏を踊りましょう」
 夜のように黒い靴で、宙を跳ぶアウレリア。摩擦熱で燃え盛る蹴りと共に、アルベルトの金縛りが大魔女の背中へと浴びせられる。
「アロアロ。ワタシに力を貸して」
 正義の女神、マヒナの掌から発射されるのは特大の霊弾。弾が狙った先を正確になぞり、アロアロが意を決したように神霊撃を振るう。
「かなしい結末になんか、させないんだー……!」
 グラニテが深紅の絵具に乗せて『深紅の嵐』を走らせる。刃の如き鋭い風に込めるのは、この温かい世界を守る決意だ。
「ほんの気持ちだ、受け取ると良い」
 地蔵だって、やる時はやる。簒奪者の鎌を軽々担ぎ、妨害の力を込めて投擲する千梨。
「レッツゴーなのでーす♪」
 メリーナが放つのは青い蝶。傷口をジグザグに切り開く力を秘めた使い魔だ。
「さあお師匠。ぼく達の力、教えてあげよう!」
 クローネがドレスの裾を翻し、蹴飛ばす星型オーラで大魔女の服を破る。
 お師匠もまた、心得たとばかり神器の瞳で大魔女を睨み、緑色の肌を焼き焦がした。
「覚悟しやがれ、しわくちゃババア!」
 ジグの体から噴き出す溢れんばかりの地獄炎が、巨大な炎弾と化して叩き込まれる。
 時を同じくして他班の番犬が放った矢が、射線上のあらゆる物を燃やしながら、炎の激流と化して大魔女を包む。
 そこへクラリスが、
「これで終わりだよ――ポンペリポッサ!」
 ヤドリギの模様を踊らせたフェアリーブーツで特大の星型オーラを形成し、
「いっけえええぇぇぇっ!!」
 全力で、蹴飛ばした。
 24名の番犬が心を一つに放つ、全身全霊の攻撃。
 その想いは、巨大な矢さながらに大魔女の胴を貫き、片腕を吹き飛ばしたのだった。

●四
『……どうやら、あたしはもう終わりのようだね……』
 苦悶の呻きをあげて己の最期を悟った大魔女は、しかし赤子を抱え込むようにして、その場にうずくまった。
『だけど――最後まであきらめないよ』
 それと同時、防戦に徹していた番犬達が攻撃に転じた。凄まじい集中砲火を一方的に受け続けた巨躯は、水を浴びた砂糖菓子のように崩れていく。
 大魔女は反撃も逃げもしない。ただその眼に爛々と光を湛えるのみだ。
(「まさか、大魔女は!?」)
 それは、かつて七夕の魔力を従えたメリーナだからこそ得た直感かもしれなかった。
 間違いない。大魔女は今も、ハロウィンの魔力をデスバレスへ送り続けている――!
「皆さん、攻撃を急ぎましょう!」
 雪崩の如き猛攻が大魔女を飲み込んだ。巨躯は更に崩れ、もはや魔力を送る事すら叶わぬと知ると、大魔女はおいおいと滂沱の涙を流し始める。
『ごめんよぉ、赤ずきんや。これっぽちの魔力じゃ、あんたは生き返れないよねぇ』
「己を犠牲に愛しい者を、か」
 千梨は目深に被った笠で顔を隠すと、『散幻仕奉「絡繰レ無」』で大魔女を絡めとる。
(「それでも……幸福な結末は与えられぬのだよ、魔女殿」)
 番犬の猛攻に耐えきれず、大魔女の体は原型すら失っていく。
 そして最後の一斉攻撃が番犬達から放たれようした、その刹那――。
『おぉ、赤ずきん。最後にばばあの所に来てくれたのかい?』
 かすれる声で微笑む大魔女の前に、少女の幻が現れた。
 赤いフードに、胸のモザイク。寓話六塔『赤ずきん』に間違いない。僅かな季節の魔力によって、ほんの一時だけ現れる事を許されたのかもしれなかった。
 『赤ずきん』の幻は大魔女に歩み寄ると、そっと何事かを呟いて、
『……そうだね、あたしらのような犠牲はもうたくさんだよねぇ……』
 それを聞いた大魔女は全ての未練を清算したように最期の息を吐ききり、『赤ずきん』の幻と共に消えていった。
 ――お前達、ジュエルジグラットには気を付けるんだよ。
 ――ジュエルジグラットの秘密を暴かなければ、モザイクが晴れる事は無いのだから。
 最後の最後、番犬達にそう言い残して。
(「……愛していたんですね」)
 平穏を取り戻したパレードロードでメリーナは魔女の帽子を脱ぐと、仲間達と静かに祈りを捧げた。ふたりの魂が、どうか安らかに眠れるようにと――。
「おやすみなさい。よい夢を」
 番犬と大魔女のおはなしは、これにてお終い。
 ハロウィンの夜に起きた、ひとつの小さな物語だった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。