きみのかけら

作者:OZ

●きみのかけら
 もう動かなくなったから――とはいえ、思い出深い品物を即座に手放せる人間というのは、あまり多くはない。
 機械というものは技術の進歩とともに様変わりや代替わりをしていくものだし、ファクシミリなどは歴史遺産として博物館に展示されるようになって記憶に新しい。
 いつからか、はまったままにされている古ぼけた色の写真フィルムもそのままに、老人が腰を上げた。
 今日も動かないことを確認するだけして、倉庫のひとつのオブジェと化したものの埃を払い終えたからだった。
 数刻後、デウスエクスに寄生されることとなるその懐かしい代物は、スライドプロジェクターという。


 正直、若い方は知らないかもしれないですね、と、ざっくばらんにダモクレスの討伐依頼内容を説明した九十九・白(白夜のヘリオライダー・en0086)は言った。
「まあ、映画とかでたまに見ますけど……」
 見たことありますか、と話を振られて、素直に横に首を振ったのは夜廻・終(よすがら・en0092)だった。
 白はその返答に「ですよねえ」と、三十路を控えている僅かな憂いを滲ませつつ、息を吐くとともに肩を竦めた。
「まあ、基本、いつも通りですね。寄生されたスライドプロジェクターが暴れる前にどうにかしてください、と。そういう。ただ……その。これは俺の希望なんですが」
 眉尻を下げた白を終が見上げる。相変わらず静かな目をしているが、以前のような陰鬱さは本当になくなったな――などと白は思いつつ、返答のように微笑んだ。
「フィルムがね、セットされたままで。……できれば、できるだけ、回収してあげてほしいなと。本体のほうは……まあ、壊さず仕留めろというのは難しいでしょう」
「フィルム?」
「ああ……」
 そこからか、と、白は終の素朴な疑問に目頭を押さえた。
「あー……まあ、写真のモトだと思ってください。ちょっと硬い厚紙くらいの、これくらいの大きさのものがね。ダモクレスの中に入ってます」
 両手で長方形を作りつつ説明した白から哀愁が拭えない。終は結局曖昧に頷いてから「行くまえに調べておく」とだけ言ったから、白はそうしてくださいと頷くことにしたらしかった。
「それじゃあ、いってらっしゃい。――世の中も色々、忙しいですけど。俺にはいってらっしゃいしかどのみちできないので。できることをします」
 少しばかり伸びた白の髪が、首をかしげることで、やはり少しばかり揺れた。
 倉庫から逃げ出した、いまはもう動かなかったはずのものを、改めて止めに、ケルベロスはこうして送り出される。
 かつては、誰かの面影をうつしだしたものを血染めになどできないのだから。


参加者
ティアン・バ(此処に咎あり・e00040)
イェロ・カナン(赫・e00116)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
ドミニク・ジェナー(晨鐘アンダンテ・e14679)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
六角・巴(盈虧・e27903)

■リプレイ


 つよく、踏み込む。
 目標に向けた視線をそのままに、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は切り込んだ。
「こりゃ、壊さずに壊すってのは――なるほど不器用にゃキツい仕事だ」
 空気が白い。目視こそできないが、寒さの粒子が漂うような薄ぼんやりと霞む早朝のだだっ広い畦道の真ん中に、ほんの僅かに本来から形を変えたそれは居た。出発前の説明の中では語られていなかったその形状は、分厚い円盤から数本の脚を生やし、宙に浮くようなものであり、だから夜廻・終(よすがら・en0092)などは、レスターとは別にこう呟いていた。
「……UFOっぽい」
 終が小声で発した感想に、ドミニク・ジェナー(晨鐘アンダンテ・e14679)とナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)なぞはほぼ同時に「ふは」と気の抜けた笑みを零した。
「今はもうデジタル主流だもんねえ。なつかしーって言えちゃうシロモノなんだなあ、スラプロ」
 ナクラはどこか優しげに目を細め、『UFO』に――もといダモクレスに斬りかかった前衛たちに即座に援護を送った。 手動でフィルムを送る、小さな座布団程度の円形のそれ。スライドプロジェクターは、かしゃかしゃと小さな稼働音を立て続け、レスターを迎え撃った。ドミニクは隙を縫うようにして一撃二撃とちからの塊を打ち込んで口を開く。
「写真、なァ。……ここンとこ撮った覚えがねェのォ」
「……写真……撮る機会が、そもそもないもんな」
 攻撃の苛烈さとは裏腹に、ドミニクの声色はゆるい。必要程度の緊張感は保ちつつ、寄り添うように立った終は応える。目標には視線を向けたまま、それに頷き返して「じゃろ」と言ったドミニクに対して、今度はナクラが眉を上げた。
「えぇ? 勿体無い。カメラあるなら、『いいな』って思ったもの、なんでも切り取っちゃえばいいんだぞ」
「切りとる?」
「そ。美味しかったもの、綺麗だと思った景色。どんなに良いカメラでも、そりゃ目で見たとおりには写せないかもしれないけど――っと!」
 彼ら目掛けて放たれた害意ある魔力を、彼らは数歩退くことで躱す。
 まあ、今は。
 そう放たれたナクラの言葉に、ドミニクと終は改めて顎を引いた。

 ちらつく炎の毛並みが、六角・巴(盈虧・e27903)の傍に在った。とはいえその獣らは戯れていたわけでもなく、瞬時にしてダモクレスに向けて放たれる。眼前にいるものは全て餌だとでも言うように、空腹を癒すには不適切なものだとしても、巴の獣は構わずに牙を突き立てるのだ。
 ひゅうとマイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)が口笛を鳴らした。
「フィルムは食べちゃダメだよって言っておいてね?」
「ん。――はは、ああ。大丈夫だ」
 マイヤの声に巴が応じる。
「腹は空かせた奴らだけど、なかなか俺には従順でね」
 握った拳を引くような動作を巴が見せたと思いきや、ダモクレスに食らいついていた獣は霧散する。
 な? と口のはしを上げて冗談めかして笑った巴に、マイヤもまた笑って応えた。――と。ぺしんと軽くマイヤの頭を叩くもの。
 叩く――とは言えども、友人を諌めるような触れかただった。「今は気を抜くな」とでも言うかのように、マイヤの色を色濃くしたような暗色のボクスドラゴンがマイヤを見ていた。
「あ、ラーシュ。えへへ、ごめん、そうだね。今はお気楽にしてるときじゃ――ないねっ!」
 踏み込む。切り込む。蹴り上げる。そのたびに、マイヤの首元を飾るような地獄が踊るように揺れた。
 イェロ・カナン(赫・e00116)は実のところ、マイヤのボクスドラゴンをじっと見つめている、己に付き従う己のボクスドラゴンの瞳に気付いていた。真逆とは語れまいが、対局を成すような冬の色をしたボクスドラゴンは、おそらくイェロが『気付いている』ことにも気付いているのだろうが――気付かないふりをするかのように、己の仕事を為していた。
(「なに考えてるの? ――なんて聞いたら、怒られそうだな」)
 主人、あるいはパートナーたる『ヒト』と仲がいいのは羨ましいかい、などと聞く気は毛頭ないが、よしんばからかったとしたら、これの記憶に自分は残るだろうかとそこまで考え――イェロは思考を止める。
 考えたとてせんなきこと。
 それこそ脳裏に焼きついたような思い出は、遠くの落日にも関わらずイェロの心を温め――時折焦がす。イェロの思い出には、もはや『かたち』はないが――だからこそ、イェロはここに立っているのだ。
「……な、もう少しだけ、俺に付き合ってくれな」
 イェロ『の』などとは言えないボクスドラゴンは、その言葉にちらと視線だけ向けた。何を言っているのかわからないとでも言うように、冬色のボクスドラゴンはつんと鼻先を前に向けたままだが、それでもきっとわかっているのだろう。
 このイェロ・カナンという男が、誰かの思い出を守るためだけに、デウスエクスの前に立てる男だということを。


 お。――とだけ、ティアン・バ(此処に咎あり・e00040)の口元から音が滑り落ちた。油断していたわけではないが、ケルベロスの攻撃によりわずかに照準がブレたダモクレスの攻撃が、傍を駆け抜けたからだった。
「……駄目だろう、『思い出』が誰かを傷つけるような真似をしたら」
 静かに、それでも叱りつけるようにティアンは言った。
「それは、おまえが――歪めていいものじゃない」
 美しいものだけがフィルムに切り取られている、とはティアンは思わない。それでも不思議なものだとは思う。うまく切り取ろうとして切り取ったはずの『一瞬』というものは――どんなに不恰好に写されていたとしても、時を重ねるごとに鮮やかに、美しいものになる。人はこれを美化とも呼ぶのだろうが、ティアンはそれが悪いことだとは、やはり思わなかった。
(「狙う、のは……むずかしいな」)
 一瞬、怯む。攻撃のタイミングを捉え損ね、ティアンは飛び退いた。
「ん、どーした?」
「いや……」
 己がかけた声に、僅かな狼狽を滲ませるティアンにアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)は一度大きく目を瞬かせた。
「壊すの、怖いか?」
 応えない。が、だからこそそれを肯定だとアラタは受け取るだろう。
 前衛に加護をばら撒きながら、アラタは口元を緩めて笑った。
「今回は、レスターもだな。すごく考えて動いてる。――あ、いつも考えなしに突っ込んでるとかそういうことじゃないぞ!」
 ティアンの瞳に、慌てるようにアラタは付け加えた。
「でも多分な、フィルムが少し壊れてしまっても……きっと大丈夫だ」
「……こわれないほうが、良いだろうに」
「そりゃそうだ。残ってるに越したことはないとアラタも思うよ。でも……」
 アラタは一瞬だけ、どこか遠くを見つめるような眼差しをティアンに向けた。――ああ、知っている、とティアンは思った。この眼差しを知っているのだ。己に向けられているようでいて、その瞳は己越しに何か遠くのものを――『思い出』を見つめているのだ。
 これはそういう目だ、とティアンが思ったときにはもう、アラタはいつものように笑っていた。
「かたちのあるものって、思い出を思い出すきっかけに過ぎないんだぜ!」
 だってそうだろ、とアラタは続けた。
 ティアンは正直なところとても驚いていて、その後アラタが発していた言葉を拾うことがうまくできなかったのだが。
「考えなしって、そりゃねえな」
「あっ……だ、だからそういう意味じゃないって!」
 背後から聞こえてくるアラタとティアンのやり取りは、一部だけレスターにも届いていた。斬撃を打ち込むや飛び退って反撃を警戒したレスターに笑われ、アラタは眉尻を下げて謝っていた。レスターの瞳がティアンを一瞥する。
「……大丈夫だ。おまえは誰の思い出も壊さねえから」
 だから、ちゃんと壊せと、レスターは――誰かの思い出のそれではなく、ただの『敵』に眼差しを向けなおし、ティアンだけではなく己にもそう告げた。

 直すこと、治すことなどケルベロスには――少なくとも自分には畑違いだなと、攻撃を打ち込みながら巴は思った。静かだった霞みがかっていた景色には朝日が滑り込み、今日が晴れるだろうことを知らせている。
 眩しくはなかった。サングラスのおかげというものだろう。ガラがよろしくないと言われがちな風貌も、巴自身は気に入っている。だが――と、一瞬過ぎる考えがひとつ。
 この姿形が、誰かの思い出になるのだとしたら。それは好きものであるだろうかと。
(「……生憎、俺は綺麗な過去なんて持ち合わせがないけど」)
 そこまで思って、また気付いた。そうか、という納得が胸の内にあった。
 美しく思える過去というものが『思い出』になるのであって、例えば誰かを踏みつけてきたような過去は――トラウマと名付けられるのだと。
 売られた喧嘩を丁寧に買い取ってきた過去には――さて、果たしてどちらの名前をつけようか。
「……?」
「ああ、ははは」
 いつの間にか表情が緩んでいたらしい、怪訝な目でマイヤが己を見ていることに気付いて、巴は口元を思わず片手で覆った。それでも溢れる、如何ともしがたい笑みに、マイヤは改めて首を傾げる。
「……大丈夫?」
 巴は頷く。問いに対して肯定を返されて、まあおそらくその通りなのだろうとマイヤも頷いた。
「そんなに強くないけど……難しいね。一部壊さないように、って」
「……そうだな。でもたぶん――壊しちまっても大した問題にはならないと思うんだ」
「え? いやいやそんなことないでしょ、大事なものだよ! ……どんなものでも、思い出のカケラって、壊しちゃいけないと思う」
「それを言うならきっと、フィルムだけじゃなくて――あれをかしゃかしゃ回して、『誰か』と思い出を共有したことも思い出なんだろうさ。……でもあれはもうダモクレスになった。壊さにゃならない。だろ?」
「それは、そうだけど……」
 でも、と続けようとしたマイヤに、巴はサングラス越しに視線を投げた。
「……お前さんの思うこともわかる。でも、きっとフィルムを守っても、あれを壊しても……あれの持ち主が抱えてる『大事な思い出』には、傷はつかない」
 きっとな、と巴は続ける。
「フィルムの中身なんて、だってとうの昔から見られなかったんだろう。でも――きっと脳裏に焼き付いてんだ。忘れていようが、思い出したくなかろうが……焼き付いた過去は、どう足掻いたって剥がせねえからな」
「……なんとなくはわかるよ? カタチがなくても思い出のカケラはカケラだって。でも、やっぱり……」
 マイヤは抗うように踏み込んだ。
「わたしは、どんなカケラでも壊れていいなんて言わないっ! そんなの、最後の最後の手段なんだから!!」
 苛烈な光が爆ぜた。あらゆる色の星の群れが、空を覆った。
「壊れていい派vs壊したくない派――色々だね」
 ふたりのやりとりを耳にしていたイェロが笑った。
「けど、やるべきはひとつ。――デウスエクスは倒さなきゃ」
「……壊す、ってえと罪悪感が出てきやがるからな。そうだな、倒そう」
 ダモクレスの攻撃をいなし、間合いをとったレスターがそれを継ぐように言った。
「思い出か。……どいつもこいつも、大事なもんがありすぎるな」
 レスターは珍しく、己の脳裏に大切だったものたちの笑顔を、過去を描いた。己の懐にとて、思い出のかけら一葉程度はある。滅多なことで取り出さないそれは――なんとも言い難い心地を覚えるからでもあったが、他にも理由はあるのだろう。
 それはそうだ。見ずとも、触れずとも、こんなにも鮮やかに脳裏に描くことができる『景色』は、落日に伸びる己の影のように、決して手放せはしないのだから。


 続けざまにドミニクは斬撃のような弾丸を放った。かつては過去を撃ち殺すために放っていたそれは、今では誰かの何かを取り戻すために使われている。恐らくいまの『ドミニク』というものは、抜けた記憶を『取り戻した』だけではないのだろうとドミニクは思う。トラウマも、思い出も、ひとつひとつの今のかけらも、どれかひとつが己を作るわけではない。それらすべてが材料に過ぎないのだから。
 かつての己は一色であったともドミニクは思っている。それは別の名で呼ばれていた頃の己であり、呼ばれたかった己であり、そう呼ばれなければそう在ることができなかった己であり――いま、那由多の色を持てる自分とは別のものだ。
「なーんか、ドミニクってたまに難しい顔をするよね」
「……おン?」
「終と話すときはデレデレ激甘のお兄ちゃんなのに、たまに……なんていうか『ドミニク』っぽくない顔するっていうか」
 うまく言えないなあと笑うナクラに、悪意は当然のようにない。
 いつものように思うことを思っただけ、伝えただけだ。彼の傍らから、遊撃のように前衛たちのサポートを行うマシュマロのようなナノナノも、くるくると回転して高くまで舞い上がり、そこでちからを発揮している。
 怒んないでね? そう笑ったナクラに対して――ドミニクは、ふっと苦味混じりの笑みを返した。
「はッ、なァンもキレるとこじゃねェじゃろに。怒らんよ。ただ――そうなァ、『ドミニク』ぽくねェか、そォか」
 それからひどく、ドミニクは嬉しそうに笑った。
「……そォさな! あとなァ、ナクラじゃったろ。ワシが『ドミニク』『ぽくねェ』なら――そう呼ばんでえェぞ。……『ニック』でいい」
「おっ、愛称で呼ぶお許し出ちゃった!? やったぁ。共にかき氷で財布を軽くした甲斐がようやく実ったね!?」
「……いまの時期、マンゴーのはないけど別の新しいの出すって、DMきてた」
 ドミニクとナクラのやりとりを耳にしつつ、終がポツリと言ったのを、やはりふたりは聞き逃さない。
「おゥ終、……しっかり行きたそォな顔しよってからに、コレ片付けたら行くかのォ」
「うん」
 行きたい、と弾幕をばらまきつつ口元を緩めた終に、ドミニクはにっかと笑った。
 やっぱり激甘じゃない、とナクラも軽く笑ってから終に視線をちらとやる。
「ていうか終、DM配信受け取るほどあのお店気に入ったんだ……? ちなみに今は何やってるの?」
「ティラミス」
「ああ、確かにそれは美味しそうだ……」
 でも高そう、と少しばかり前の『思い出』の値段を思い出しつつナクラは半笑いになった。はにかむ終の頭を、ドミニクが撫でるよりも先にぽんぽんと軽くあやして、ナクラは微笑む。ニーカよりも、終の髪の毛は柔らかいなと――これも、どれも、やがて鮮やかな思い出になるのだろうと、そう思いながら。

 白く霞んでいた景色の中に、時折ダモクレスは――元・スライドプロジェクターは何かを映していた。動いた『はずみ』で作動したのだろう、内部にセットされているフィルムが、一瞬一瞬、霧に投射される。受け皿たるものが曖昧が故に、それは像を結ぶほどのものではなかったが――それでも、『思い出』が映し出されたのだろうことは容易に受け取れた。
 レスターが言ったことを繰り返し呟いてからティアンはくっと唇を噛んだ。
「だれの思い出も、わたしは、こわさない……」
 ほんの小さな呟きは、だれにも届かなかったように見えて――うまく聞こえすらしなかったが、レスターの耳には届いていた。
 戦闘に迷いが禁物であることを、レスターは知っている。動物を殺すにしても、何を屠るにしても――その刃が迷うほどに、無駄にそれを苦しめる。
 だから――心の奥底がたとえ一瞬、目を背けようとしても。
 剣を、己を作り上げる炎の矛先を。
 迷わせるわけにはいかないのだ。


 随分遠くに来たものだ――などと、イェロは、行動を停止したダモクレスのかけらに触れて思った。
(「つよく、なっちゃったもんだなあ」)
 手を抜いたわけでもないが、いつしか、気を緩めたままでも戦えることが増えたように思う。視線の高さ程度を飛び回っていたものは、誰かの思い出の抜け殻になった。ケルベロスたちの奮闘により、粉々――というわけでこそないが、やはり、二度とは本来の動きをすることはないだろう。
「……モトから動かなかったとはいえ、ちょっと、なんかさ……さみしいね」
 かけらを拾い集め、マイヤがぽつりと言った。
 フィルムも、大半は無事でも――いくつかはどうしようもない状態だろう。

 元の持ち主のもとへ『結果』を報告しに向かう道中、終はナクラから教えてもらったように、日差しにフィルムを透かしていた。何が写り込んでいるのかは、はっきりとは見えなかった。だがこれがとても大切にしてこられた思い出だと痛いほどにわかり――つい、ドミニクの背中に飛びつくに至ったのだ。
「――おゥ!?」
「……カメラ、そういえばスマホにはついてるから」
 言うや、設定など微塵もされていない、小さくないシャッター音がひとつ鳴った。
 はじめて写した、好ましい人と己をおさめたセルフィーというものは、きっととても不恰好なものだろう。それでも終は画面を確認すると、背中から抱きついたままドミニクに告げる。
「帰りね、コンビニも寄りたい。プリントするから」
「……どうせなら撮り直ししねェか、多分いまの、ワシ、ひっでェ顔しちょるぞ……」
「……へへ」
 やだ、と。やがて思い出になるだろう今を切り取った終は、改めてくしゃりと笑った。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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