城ヶ島制圧戦～星列せる剣

■リプレイ

●戦場を舞う
　かつて、このような光景を見たことがあろうか――あちらこちらで、ケルベロスとドラゴン、或いはそれに付随する軍勢がぶつかりあう戦線を一気に飛び越えて、三機のヘリオンが征く。
　死地に飛び込むために。
（「竜の血が流れると母より聞かされたこの身で、まさにその竜との一大決戦」）
「滾るのぅ」
　自らのルーツに思いを馳せ、織神・帝（レイヴンドマーセナリー・e00634）はしみじみ零す。
　とはいえ、力の差にせよ状況にせよ、戦いそのものを楽しむことはできなかろうと、自嘲に似た笑みを口元に湛えつつ。
　もし倒れても退くことも儘ならぬ、前進するしかない戦場。その果てに待ち受けるは、道中数多見かけたドラゴンよりも更に頭一つ抜けた、巨大なそれ。
「いよいよだけど……段取りは覚えてるよね？」
　答えはわかっているという風で、ニケ・セン（六花ノ空・e02547）は軽く問うた。出立前に、皆で様々に意見を交わし、幾度も確認した――勿論だよ、とアリス・マコーニー（ダークストライダー・e02863）は長い髪を掻き上げた。
「私はトレジャーハンター。その価値を見極め持ち帰るのが信条」
　お宝をもって帰らないとね、と彼女は不敵に笑う。
　頼もしいな、とそのやりとりに薄く微笑みつつ、ネロ・ダハーカ（マグメルの柩・e00662）は自らの胸をそっと触れる。そこに忍ばせた大事な子から貰ったお守り――夜の海と光を模した一葉の栞。
（「――待っていてね。ネロは必ず、帰るから」）
　彼女に限らず、大半の者はひとつの覚悟を抱いて、この戦いに挑んでいた。勝利のためならば、暴走も辞さぬ覚悟――もしそうなれば、勝利しても帰還することは叶わぬ。
　常と同じ表情で呉鐘・頼牙（天蓋を刺し貫く双つ槍・e07656）は静かにその時を待つ。冷たい印象を与える銀の瞳が、あるものを捉え、細くなる。
　白龍神社、と呟いたのは誰だろうか。
　通信機で状況の最終確認をしていた白銀・紫金（為虎添翼の導き手・e05700）が、他班も含む仲間に向け、言葉を贈る。
「皆が切り拓いてくれた道、無駄にするわけにはいかないね。絶対にこの作戦を成功させて帰るんだ……！」
『そうですよぅ。必ず成功させて、無事に帰りましょ～』
　槙島・紫織からのいらえに、紫金は笑みを浮かべる。そう、皆で帰る――その意志は皆同じだと、言葉を聴かずとも伝わったような気がした。
　ヘリオンの内部を一瞥すれば、皆強い視線を返してくれる。
「勝って帰って美味しいお酒を飲む為に、気合入れていくわよ！」
　解放された戦場への扉に手をかけた七星・さくら（桜花の理・e04235）の一言を合図に、紫金が先頭となって次々と降下する。
「さて、敵は星列刀皇……この身も刀を扱うものとて……勝負……」
　最後に一言、クライス・ミフネ（月華美刃・e07034）は地上に向かって言い放ち、空に身を投じた。

●星列刀皇
　それは泰然とケルベロス達の前にあった。小さきものどもを煩わしそうに見やる鉛の瞳は、見上げてもなお届かぬ場所にある。座してはおらぬが、襲撃者達に威嚇するような素振りもない。
「角を持つ種族同士だ、仲良くやりたい所だが……君たちの地球でのマナーが悪すぎるのでね――ご退場願おう」
　自分より遙かに大きな相手であろうが、ネロはいつもと変わらぬ調子で宣戦布告をする。
　その態度が強者であるゆえの慢心ならば――その傲り、後悔させるまで。
「汝、朱き者。その力を示せ」
　ニケの短い詠唱が、開戦を告げる。やや遅れ、さくらの詠唱がほぼ同時に重なる。
「わたし１人では無理でも、"わたし達"ならきっと大丈夫……広がれ、星翼！」
　朱奪――朱き鎖の影が前を守るものたちに伸び、星翼――星の光が降り注ぎ、翼のように広がったオーラが包み込む。困難を打ち砕く力を、さくらからの鼓舞を受けながら、注意を引きつけるようクライスは腹の底から吠える。
「森羅万象の理を以ち、天に轟し、地に堕ちよ、、天龍の嘶きよ、、疾れ！」
　森羅流奥伝・響天導地――重力を籠めた脚で、地を蹴れば、それごと揺らぐかのごとく。
　更に刀と拳を、鋼の身体に叩き込む。内部を通う血すら振るわせるほど、重い一撃。その衝撃は龍の咆哮のような轟音で突き抜ける。
　和紙で飾られた桐箱のようなミミックが生み出した黄金の影に紛れ、蒼大剣『鎮魂歌』を振り上げた頼牙は、一足で懐まで跳び込むと、その勢いも乗せてデストロイブレイドを叩きつけた。
　躍動する彼らの動きを見守りながら、ネロが炎を呼ぶ唄を紡ぐ。
「途に立ち竦む君に柔く暖かな絶望を、灼灼たる暗渠に腐ちる屍に新たな子を、」
　祝火の夜――炎から現れた死者の腕が、それよりもずっと巨大な竜を抱こうと腕を伸ばす。
　その腕より後ろから、可視化された重力の鎖が巨躯を捕らえようと放たれる。
「竜血により命ずる！　魂をも縛り堕とす重力鎖よ、捕えよ！」
　帝の声は朗々と響き、重力鎖縛咆はまっすぐ星列刀皇を縛った。
　その連携は想定していたよりも流れるように、自然に繋がった。手応えも確かだ――鉛色の目が、いよいよケルベロス達に強い敵意を見せたのを、帝は見た。
　星列刀皇は足下にあるケルベロス達を突き放すように、一度転回して姿勢を変えた。鋼が数多の光を反射して、妙にぎらりと目を引く動きであった。地面に対して水平に伸ばされた翼、低く構えた姿勢を見たニケが短い言葉を投げる。
「来るよ！」
　素早く呼応して、ネロ、クライス、頼牙そしてミミックが身構える。
　屈強な鋼の前肢が、地を蹴ったと同時に空を滑る――彼らが認識できたのは、そこまでだ。
　それはあたかも突如暴風の中心にたたき込まれたかのようだった。巨大な剣の一薙ぎ、それが起こした剣風は、準備を重ねたケルベロス達の守りを、意図も容易く上回った。
　吹き飛ばされまいと踏みとどまるも、容赦なく身体を斬り裂く鋼で身を守る防具が、削れる。血が、弾けるように飛んだ。

　三分経つ――相手は二度踵を返すように突っ込んで、刃こぼれ一つ見せないが、対するケルベロス達は無惨な姿だった。
　敢えて挑発し、時に庇い攻撃を受け止めてきた前衛たちは、もう誰が倒れてもおかしくはない。
　この敵を前に六人と一体で耐えるということはそういうことだった。
　攻撃よりも回復を優先し、何とか戦線を維持する――それでも、苦痛と疲労は少しずつ蓄積する。痛みで自由が儘ならぬ状態でも、そのまま気を抜かず立ち回らねばならぬのだから、焦燥もある。
　疲弊していく前衛を前にさくらは表情を堅くし、ニケも自分を庇って倒れた相棒の復活を放棄したまま、治療に専念している。
「これより貴様が挑むのは、無限の武具が作り出す絶対不可侵の剣戟結界……破れるというのなら、破ってみるといい」
　頼牙は静かに詠唱する。我纏うは千剣の理――頭上に無数の剣が並び、彼らを守る。
　その守りを砕かんと、剣を連ねた撓る尾が垂直に振り下ろされる。
　鉄塊剣を両手で盾のように支えて頼牙は堪えたが、腕がみしみしと音を立てて、砕けた。衝撃は大地を深く抉り、その底で全身を赤く染めた頼牙があった。腕をだらりと下げていたが、剣は離さず睨め付ける。
「そのままで！　すぐ治すわ！」
　声をかけながら、さくらがエレキブーストを放つのを見届け、アームドフォートを構えた帝が難を逃れた二人の名を呼ぶ。
「ネロ、クライス、行くぞ」
　互いに視線を合わせ応じる――その前に、とニケが改めて朱奪を二人に重ねる。
　帝のフォートレスキャノンが、星列刀皇の鼻先に着弾する。厭うように頤を上げたそれの懐に、ネロとクライスが飛び込む。
「竜よ、立派な図体の癖にケルベロスひとり潰せやしないのか？」
　冷ややかな声音で挑発しながら、まずネロが旋刃脚を繰り出す。傷付いた身体に走る反動に、僅かに顔をしかめ――それでも、彼女の一撃は鋼の体躯を強ばらせる。更にクライスが僅かな傷を抉り開くべく、視認困難な斬撃を振るう。
　手応えあり、距離をとったネロが顔をあげた瞬間、吹き飛ばされる。尾が、横から薙ぎ払ったのだ。白い腕が無数に斬りつけられたようにずたずたに裂け、倒れ込んだ地を朱に染める。
　挑発へのいらえではなかろうが、不敵に吼える龍の声がやけに遠くに聞こえる。起き上がろうとするが叶わず、地に伏せたままのネロは胸元を押さえた。
　――暴走するか。
　それは裡から湧き起こる蠱惑的な誘い。ここにある六人は、揺れていた。
　幾度呪いを重ねても、いくら仕掛けても形にならない儘、一撃であっさりと一蹴される――だが、ここですべての力を解放すれば、状況は変わるだろう。
　誰かが口を開きかけた、その時。

『――押してる！　勝てるよ！！』

　紅焔と戦っている班より、通信が入った。
「そう、諦めるにはまだ早いよね」
　再び治療の準備をしながら、いつもの調子を崩さずニケが言う。危うくはあるが、まだ誰も倒れていない。決めたラインは切っていない、と彼は断言した。
「ああ、あちらの竜を倒すまで耐えきる程度、造作もない」
　内腑からの痛みを涼しい表情で覆い隠し、頼牙は構え直す。
「何、効き目が出ておらぬなら、沈むまで搦め捕るまで」
　藍色の髪を靡かせ、帝が言い放つ。静かに頷き、クライスは前を見たまま告げる。
「さくら、ニケ。ネロの治療を頼む」
　彼女もまた傷のないところを探すのが難しい状態であったが、苦痛を表情には出さなかった。
　何かを振り切るよう、さくらは小さく頭を振って、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。ピンチの時こそ笑顔を忘れない――それが信条だから。
「ええ、任せて」
　今できるのは耐えるだけ。だが、此処を耐えれば、先がある。
　彼らを嘲笑うように竜は喉を鳴らす。例え滑稽に見えたとしても、土に、血にどれほど汚れようと何度でも挑む。
　振るわれた尾の軌道を読んで躱そうとしたが叶わず、地に叩きつけられたクライスは口内の血を吐き出し、すぐに立ち上がる。見逃さず、さくらがエレキブーストを送る。
　重力鎖縛咆が尾を縛るに合わせて、その深度を深めようとニケの支援を受けた頼牙はジグザグスラッシュで斬りかかる。
　瞬間、耳をつんざくような絶叫があった。
　遠いようで近い所から響くそれは、徐々に弱く遠くなり――そして、確信する。
　これは、紅焔の断末魔であろうと。
　異常事態に気付いたのは相手も同じ。それは尾を無造作に振るって頼牙を遠ざけようとしたが、彼は垂直に構えた剣で受け止め、言い放つ。
「残念だったな、タイムオーバー……チェックメイトだ」
　その口元には、不敵な笑み。
「世界を阿る戦の神よ、我に彼の護りを打ち破らせたまえ」
　そして、まるで応えるように詠唱が響き、十字が降り注ぐ――戦神召喚を放って戦線に加わったアリスがしなやかに振り返る。
「待たせたね！」
「さあ、ここから反撃開始だよ」
　愛刀の鋒を正面に向け、紫金は次なる死闘へ瞳を輝かせた。

●剣、砕ける時
　六名の援軍と共に、星列刀皇と向かい合う。彼らも紅焔との戦いで随分と疲弊していたが、それで力が落ちるわけではない。
　各個撃破が現実的ではなくなったことで、それは翼を広げ、一気に散らすことを選ぶ。
　守りを固めた前衛がやり過ごせさえすれば、マキナ・アルカディアと紫織がライトニングウォールを重ね、クレア・エインズワースは降魔真拳をもって、相手から体力を吸収しようと立ち回る。
　合わせて、後衛に三人加わったことで、攻撃の数も増える。アストラ・デュアプリズムが洗脳電波を放ち、目を瞑り集中を高めた紫金は開眼すると、一気に距離を詰める。
「我が一撃、受けきれるかい？　白銀流奥義―――紫電一閃！！！」
　紫光を纏う稲妻が如き一太刀、それは高い音を立てて打ち合った剣の鱗に傷を与えた。
　すかさずアリスが放ったペトリフィケイションが鋼を石に変え、更にクライスが影のような斬撃を与え、砕く。
　それは思いの外広がり、前肢半分ほどの剣の鱗が剥がれ、夥しい朱が流れ出す。
　目に見えるほどのダメージを与えたのは、これが初めてだった。
　そこからは前衛が再び攻撃を集め、中衛以降が崩しにかかり、回復を交えながら強力な一撃を与える――気付けば、足下から始まった刃こぼれは、胴体の半ば、ひびに至っては首元にさしかかるまで広がっていた。
　毀れゆく身体に危機を覚えた星列刀皇は、ぐっと身体を丸め、一塊の鋼のようになる。
　それは現状のケルベロス達において、絶好の好機である。
「畳みかけるわよ！」
　アームドフォートを構えたさくらが、威勢良く声をかける。応、とそれぞれの答えがあちこちから返ってくる。
　彼女のフォートレスキャノンを号砲に、ニケが影の弾丸を放つ――傷から影が浸食していき、それを蝕む。頼牙はナイフの形状を変化させ、更にその浸食を深めるよう深く埋め込む。
　素早く腕を引き、斬り裂き――その、散々にケルベロス達を苦しめてきた忌々しき尾を落とす。
　――グォオオォオ……。
　落下による地響きよりも、より低く怨嗟を籠め、星列刀皇は咆えた。
　その崩壊をもう止めることはできず、その身体を守る剣が次々剥がれ崩れていく。集中を高めた紫金が氷を纏う一閃を放ち崩れかけた剣を凍らせ、アリスのガトリング連射が凍り付いた場所から粉砕していく。
　攻撃と苦痛のわななきに大きく揺れる、その身体を駆け上る三つの影。
「さあ、疲れただろう。もう眠るといい」
　優しさを感じるほど穏やかに、ネロは囁き、しなやかな蹴撃を繰り出す。合わせて、彼女の尾が翻る。
　それは首元を強かに打ち、仰け反るそれの耳に、甲高いチェーンソー剣の回転音が届く。
「竜よ、お主らの戦い様は、偉大なる竜が矮小なる人の姑息な戦の餌食となった悲劇として語られるであろうよ」
　帝は薄く笑みを浮かべ、両の剣を水平に横薙ぐ――スカーレットシザースによって起こった炎をクライスの刀が巻き上げながら駆け抜ける。
　そして終点、その頭部に垂直に突き立てた。
「これで……終わりだ！」
　彼女が吠えると同時、星列刀皇の身体は細かくひび割れ、剣の鱗が四方に弾けた。

　討ち取った――勝利に沸き立つよりも、十二人は残るドラゴンを振り返る。遠目にも解る巨躯はまだ健在であった。
　彼らが駆けだそうとした瞬間に、凄まじい勢いで頭部に飛び乗る影を見た。途端、眩い光が放射状に漏れ出す。少しずつ水晶の鱗が落としながら、それは崩壊していく。
「任務、完了」
　通信を通し届いた静かな声とともに、彼らのところまでさらさらと粉雪のように舞う水晶の欠片が流れて来た。
　即ち――その瞬間を目撃した十二人は、それぞれに顔を見合わせる。
　緑の信号弾を祝砲代わりに打ち上げ、声が震えそうになるのを堪え、帝は告げる。通信先は三名のヘリオライダー。そして、その声が聞こえる限り全てに向けて。
「魔空回廊、確保完了！」

作者：黒塚婁	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月9日 難度：難しい 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 38／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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