城ヶ島制圧戦~人銃一体の極致

作者:真鴨子規

●不落要塞
「クルガン殿。撤退準備、つつがなく整い申した」
 報告を上げた螺旋忍軍に、首肯で返したクルガンという男は、そのまま撤退の開始を促した。
「御意。さればクルガン殿も共に」
 その言葉に、クルガンは自嘲気味に笑った。螺旋の面で表情は分からないが、口元を歪めた気配だけがした。
「ここを死守するというドラゴンとの契約は、彼らが城ヶ島を放棄するまでは有効でね。何があろうと、俺がここを離れるわけにはいかないだろうさ」
「ならば、それがしもお供を」
 螺旋忍軍の申し出に、クルガンはかぶりを振って拒絶した。
 螺旋忍軍は黙って頭を垂れた。
「なに、彼らが勝てばそれで良し。敗走するなら、俺もさっさと逃げるとするさ。我らの次の雇い主を探さなくてはな」
 その言葉で、会話は終わっていた。螺旋忍軍は静かに、影に溶けるようにしてこの場から立ち去った。
「俺の命運は、そうさな。ケルベロスのみぞ知る、と言ったところか」
 難儀なものだ、と。クルガンは静かに、腰に差した拳銃を撫で付けるのだった。


「よく来てくれた、諸君。早速依頼内容を説明しよう」
 恭しく一礼をしてから、宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)は微笑んで周りを見渡した。
「先の城ヶ島強行調査において、諸君らの功績により、かの地に『固定化された魔空回廊』の存在が確認された。この回廊の内部を突破できたなら、ドラゴンたちが使用する『ゲート』の位置の特定もできる。つまり――」
 ゲートの位置さえ分かってしまえば、ケルベロス・ウォーによってそのゲートを破壊することも可能だ。そうすれば、ドラゴン勢力の地球侵略を阻む結果に繋がるというわけだ。
「『固定化された魔空回廊』は、言わばドラゴンの急所だ。電撃戦で城ヶ島を制圧し、これを奪取できたなら、我々にとってその恩恵は計り知れない。
 今回の作戦は、その手段の内の1つであると認識して欲しい」
 極めて重要な作戦ということだ。ケルベロスたちが耳を澄ませるのを確認して、きぃは満足そうに頷いた。
「調査の成果は他にもあってね。城ヶ島東部に位置するグランドホテルが、ドラゴン勢力に雇われた螺旋忍軍の拠点となっているらしいんだ。
 その螺旋忍軍というのが、最近巷を騒がせていた、例の偽ケルベロス事件を起こしていた一派だと判明した」
 城ヶ島のドラゴンと偽ケルベロス事件に繋がりがあった。その事実にケルベロスたちは驚愕した。
「さて、ここで君たちへの依頼だ。螺旋忍軍たちは撤退準備を進めているが、その指揮官と思しき人物が1人、ホテルの一室に残っている。これを撃破してもらいたい。
 その一室というのが、この場所だ」
 きぃはホテルの見取り図を取り出し、一点を指し示した。広さ15畳の本館和室――ここが司令室として使われているということなのだろう。
「指揮官の名は『クルガン』、二丁拳銃使いのガンマンだ。指揮官故に逃げられる心配はないが、その戦闘力は並の螺旋忍軍の比ではない。圧倒的な射撃能力を持つ難敵、倒すには相応の覚悟が求められるだろう。
 使用してくるグラビティは、『ハイクイックドロウ』『ガンブレード・ブレイク』『ツインスイーパー』『絶対守護の誓い』。いずれも強力な技ばかりだ」
 通常のガンスリンガーやリボルバー銃とは違った対策が必要となるだろう。
「クルガン……チュルク語で『城塞』か。なるほど、螺旋忍軍の枢軸を守護する難攻不落の要塞という訳か。だが、対する君たちは『地獄の番犬』の名を冠するケルベロス、何も恐れることはない。己が力を信じ、この強敵を打ち破って欲しい。
 さあ、いざ発とう。この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
ルナ・リトルバーン(見敵必殺・e00429)
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)
小熊・正(流離ノ銃鍛冶人・e03388)
逢坂・明日翔(審判の銃弾使い・e11436)
ノア・ウォルシュ(月に手を伸ばせ・e12067)
筧・風花(ウェアライダーの螺旋忍者・e14952)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)

■リプレイ

●城塞
「静かじゃな。調査に来たときもこんなだったのか? ノア」
 ホテル内はしんと静まりかえっていた。その静寂を壊すまいと、小熊・正(流離ノ銃鍛冶人・e03388)は小さな声で仲間を振り返った。
「様子は、だいぶ違うな。何より敵の気配がまったく感じられない」
 正に対し答えたのは、一度調査でホテルを訪れているノア・ウォルシュ(月に手を伸ばせ・e12067)だ。同じく小声で話すが、仲間たち以外にその声を聞く者がいるようには思えなかった。
 黒く塗りつぶされたホテルの内装は整然としていた。禍々しい気配はあれど、動くモノの息遣いや衣擦れの音はない。やはり前回の強行調査を受け、ここを拠点としていたデウスエクス――偽ケルベロス事件を起こしていた螺旋忍軍は、この場を放棄したということか。
「だが、本丸は残っている。警戒はすべきだ」
 ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)は背に納めた刀から手を離さずに、注意を促す。
 ケルベロスたちは一様に頷いた。
 頭に叩き込んだ地図と目前のホテル内部とを照らし合わせながら、先頭を歩くのは筧・風花(ウェアライダーの螺旋忍者・e14952)だ。都合幾度目かの曲がり角を迎え、慎重に前進していく。
 そうしてたどり着いた襖の前。風花はそっと襖に耳を当てる。そしてハンドサイン――ここに、いる。
「危ない、風花!」
 その直感は、見事だったとしか言い様がない。
 逢坂・明日翔(審判の銃弾使い・e11436)が風花を突き飛ばす。その直後、銃声が鳴り響く。そして、穴の空いた襖と、風花がいたまさにその場所に刻まれた弾痕を、一同は目の当たりにした。
「くそっ、開けるぞ!」
 危険を察した呉羽・律(凱歌継承者・e00780)が襖を蹴り飛ばす。ケルベロスの脚力を叩き込まれた紙張りの間仕切りは容易く弾き飛ばされ、それと同時に全員が雪崩れ込むように突入する。
「ふむ。着弾音からしてかわしたな。なるほど、烏合の衆というわけではないようだ」
 15畳といわれた空間は、思った以上に広く感じられた。その最奥に、その男は佇んでいた。
 螺旋の面、そして黒いコートを着込んだ偉丈夫。両手はだらりと両側に垂らされ、予知にあった銃は握られていない。だがそれ以外に人影も仕掛けも見えない。今の攻撃は間違いなく、その螺旋忍軍によって成されたはずだ。
「螺旋忍軍の指揮官か」
「いかにも」
 風花の独り言に敵が応える。
「螺旋忍軍が頭領の一、『不落要塞』のクルガンだ。ようこそ、ケルベロス」

●不落要塞
「よっしゃ! 指揮官ということは大将だな。手柄首だ!」
 勇んでケルベロスコートを脱ぎ去り、ルナ・リトルバーン(見敵必殺・e00429)は手足を甲冑で包んだ姿を晒した。2本の刀を抜き、一気に敵との距離を詰める。
 放たれる旋刃脚。鋭い刃と化した蹴撃はしかし、予期していたかのような動きで回避される。
「出たなー、螺旋忍軍中間管理職! お前たちが起こす事件のせいで平和が乱されるじゃないか! ぷんすか!」
 ずびし、と平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は敵を指差した。
「は、手厳しいな。だがそれを言うならケルベロス、お前たちとて我らが同胞の多くを葬った。お前たちに倒された仲間は、最早奪還することもできない。お互い様ではないのか」
 感情の見えない、ともすれば気怠げな調子で、クルガンは言う。
「そうだな。俺は今までに螺旋忍軍を4人斃してきた。貴殿で5人目だ」
 律の言葉に、ほう、とクルガンは口にした。
「歴戦の勇士といったところか。それで? 勇者様ご一行はここへ何しに来たね?」
 言葉にするまでもない。各々武器を手に、ケルベロスたちはその意志を示した。
「ドラゴンの狙いはなにか吐いてもらおうか。貴様が死ぬ前にな」
「答えたら、諦めて帰ってくれるのかね」
 勿論、否である。ルナは好戦的に笑って返す。
 そのとき、外から大きな音が聞こえた。何かが爆発するような音だ。正確なことは分からないが、どこかで戦闘が起きているようだった。
「おぬしの雇い主はワシらの仲間が必ず倒すぞ。観念することじゃな」
 正は一瞬にして巨大な砲塔を創り出し、クルガンへと銃口を向けた。『対敵性体用零式削岩百糎砲 羅戦(ラセン)』。超弩級の削岩用ドリルが撃ち出され、轟音と共に敵へと迫る。
 だがこれもかわされる。ドリルは敵後方の壁にぶち当たると、凄まじい騒音を立てて建物に風穴を開けていった。
 それを、ケルベロスたちは開戦の合図と受け取った。
「さあ、戦劇を始めようか!」
 律が明日翔にグラビティ『第六の凱歌(エオリア・コンチェルト)』を掛ける。青の協奏曲は大気を揺るがせ、狙撃手の視界をクリアにしていく。
「銃を使う敵が相手とあっちゃ負けるわけにはいかないな。きっちり倒してドラゴン勢力の周囲に風穴開けてやる!」
 次はかわさせない。その意志を胸に、明日翔はドラゴニックミラージュを解き放つ。龍を模した炎の咆吼がクルガンを襲う。
「怖いな」
 突如鳴り響く銃声。それと同時に龍の幻影は急激にぼやけ、霧散した。これは相殺、敵の攻撃によって明日翔の技がかき消されたのだ。だが。
「……前に戦ったやつとは違う、な」
 ノーグが思わず呟く。無理もない。なぜなら、敵の攻撃があったにも関わらず、クルガンの体勢は先程と一切変わっていないのだ。
「どうした? ガンナーなら分かるだろう? 銃弾撃ち(ビリヤード)される可能性くらい」
「まさか……いや、だけど」
 明日翔の鮮明な視界は、しかし何も捉えてはいなかった。
「今のが『ハイクイックドロウ』……? それとも別の技? 銃口が、見えなかった」
 風花にも、いや誰にもそれは見えなかった。さながら達人の居合抜きだ。コートの下にあるのだろう拳銃を抜き、そして納める。その動作が、ケルベロスの目にさえ留まらぬ速さで行われたという、驚愕の事実。
「どうやらかなりの手練れみたいだね……。みんな、気を抜くなよ」
 ノアがライドキャリバー『スーパーノヴァ』と共に前に出て、敵の攻撃に備える。その判断は実に正しい。
 対銃の戦闘においては、銃口と引き金から射撃線と攻撃タイミングを予測することで、敵の攻撃を回避できる。
 銃口が見えない。攻撃の瞬間が読めない。それはつまり、敵の攻撃を回避する術がないということに他ならない。
「悪いね。こちらにも、譲れないものがある」
 窺い知れない螺旋の面の下で、クルガンは不気味に笑ったのだった。

●攻城戦
「遠距離からの狙撃、大したものだが……これはどうかなっ!」
 ルナが軸足を深く踏み込む。ほとんど同時に後退するクルガンを逃すまいと、握られた双刀が流星のような軌道を描く。単純な攻撃のようで、相手のかわす行動さえ予測した不可避の斬撃だ。
 さらに間合いを取ろうと下がろうものなら、その喉元を刺し崩してやる。鬼人のごとき覇気を纏って突進するルナを、しかしクルガンは正面から迎え撃った。
 金属の噛み合う音がする。クルガンの両腕――恐らくはコートの下の籠手――によって受け止められた2本の刃は、そのまま外側へ弾かれる。
 がら空きになったルナの胴体。当の本人がしまったと思うよりも早く、一閃の煌めきと銃声が奔る。
「ノヴァ!」
 両者の間へ、スーパーノヴァが滑り込む。弾を防ぎきった車体は、急激な方向転換の代償に横転した。
 その騒動の隙を、主人が突く。絶妙なタイミングでのスターゲイザーを放つノア。
 相手は強敵。だがそれはいつものことだ。小さな力をより集めて強者を倒す、それがケルベロスの戦いだから。
「知ってるかい? 『千丈の堤も蟻の穴より崩れる』って諺があるそうだよ」
「さて。俺の辞書にはないな」
 クルガンの両手がノアの脚を遮る。腕だけでなく全身でもって衝撃を和らげている。ダメージは通っているだろうに、鉄壁を絵に描いたような立ち振る舞いがそうとは思わせない。これが銃士の戦い方だろうか。否、敵は『螺旋忍軍』。行儀の良い戦い方などとは対極に位置する存在だ。
 直接的な攻撃が通らないならば。
「ヒャッハー! これでも喰らっとけ!」
 和の禁縄禁縛呪が敵を掴む。微かに漏れる呻き――その後に、揶揄するような笑い。その程度かと言われた気がして、和はむっとした。
 だが、そう思ったのは和だけではなかった。律がそうだ。
「我が戦友を嗤うか」
 敵であろうとも敬意と礼を失しない律だからこそ、その怒りは芯からのものだった。憤怒を双剣に宿す星天十字撃が、渾身の一撃として見舞われる。
「――!」
 迫り来る刃に対し、クルガンは両腕での防御をしなかった。手品のように突如として手に握られていた鋼鉄で、律のゾディアックソードを防御する。
 そうして初めて、クルガンの二丁拳銃が衆目に晒された。
 右手に握られるのは、夜闇よりも深い漆黒の銃。左手に握られるのは、紅い銃身に金色の装飾を纏わせた一品。共に超大口径、地上で世界最強の銃と呼ばれる象狩りの拳銃でさえ見劣りするサイズは、決して片手で扱うような代物には思えない。
「すげぇ欲しい」
 などと、同じ銃使いの明日翔が零すほどだ。
 だが、完全に防御に徹した今こそ、攻撃の好機である。
「咎を――焼き尽くす!」
 白い炎が、クルガンを包み込んだ。ノーグの『清焔』は踊り狂う大蛇のように敵を貪った。
「やるね。が」
 クルガンは両手を交差し、身を縮ませるように構えた。それが守りのスタンスでないことに気付いたのは明日翔だった。
「範囲攻撃!」
 その叫びに、全員が身構える。
 クルガンは両腕を一気に広げ、その間に都合10発もの炎弾を撃ち出した。扇状に開かれた鉛弾は前衛の利き腕、或いは軸足を正確に捉えた。獣のような獰猛な速度と、機械仕掛けじみた精密さを併せ持つ銃撃『ツインスイーパー』である。
「甘いっ! 想定通りじゃ!」
 明日翔の叫びと同時に起動させた正のヒールドローンが、被弾した仲間の頭上を即座に駆け巡り、回復する。その素早い対応は予測していたからこそできたもの。だが、そうとは知らない敵には想定外の出来事だ。
「おい、本気かよケルベロス――! 奥の手を切ってその程度だなんて、とんだ笑い話だ!」
 呆然とする刹那、敵はその異変に気付く。風が吹いている。それは瞬く間に爆風と化し、クルガンの動きを封じるまでに成長した。
「ここまで来たら、もう僕にも止められないよ」
 風花の雷槍。稲光を轟かせる必滅の魔槍が解き放たれ、クルガンを貫いた。
 言葉にならない叫びが室内を埋め尽くす。
 それをかき分けるように、2つの銃口で狙いを定める明日翔。
「これが貴様を討ち果たす技だ! 凌げるもんなら凌いで見やがれ! 全力全開! Meteoright Braker!!」
 星辰よ、輝きて穿て。その願いを一身に受けた弾丸は、盾に見立てられた二丁の大口径銃を砕き、クルガンを貫いたのだった。
 
●忍
「はあ……。ついてねぇやな」
 クルガンは大の字に寝そべって、また1つ溜息をついた。
「キミ、どうしてドラゴンなんかと共闘してたのさ」
 ふと気になって風花が問う。
 ケルベロスたちはクルガンの周囲を取り囲み、万が一にも取り逃がさない構えだ。
「雇い雇われの関係に理由なんか求めるなよ。お前は息をするのに一々理由を考えるのか」
 そんなものだろうか。地球に住まう自分たちと彼らでは、価値観が違うのだろう。風花は小首を傾げた。
「偽ケルベロス作戦ってさ、本当は何か別のところに狙いがあったんだろう?」
「っていうか、お前たちの変装へったくそだから! 忍者のくせに!」
 ノアと和の言葉に、クルガンはちっちと指を振って見せた。持ち上げた腕が震えている。
「雇い主のオーダーに全力で対応するのが忍ってもんなんだよ」
 お前らからしたら馬鹿馬鹿しいことかも知れないけどなと、クルガンは乾いた笑いと共にぼやいた。
「どうせだったら、ケルベロス側に雇われて動く気はないか?」
 ノアの一言に、クルガンはしばし考えるように黙りこくった。そして。
「まあ、それも悪くはなかったかもなぁ」
 そうして、静かに。クルガンは息を引き取ったのだった。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。