紅月を狙いし死神

作者:雨音瑛

●同じ夜
 気付けば、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)はボクスドラゴンの紅蓮とともに外を歩いていた。
 人一人歩いていない市街地は妙に静まり返っていて、心地よいのか心地悪いのかよくわからない。
 並ぶ外灯に導かれるようにしてたどり着いた先は、初めて訪れる公園。やはり誰もいないその空間を、ルティエは紅蓮とともに散策する。
 肌寒い、と思うと同時に空を見上げたルティエは、あ、と息を漏らした。
「そういえば、故郷を失ったあの日も――」
 地獄化した右腕で、右耳のカフスとピアスに触れる。ほとんど無意識に。
 そうして寄せる波のように襲い来る記憶を無理矢理振り払おうと、ルティエは紅蓮の姿を探した。少し立ち止まっているうちに、どうやら離れてしまったらしい。
 とはいえ大して広くない公園だから、紅蓮の姿はすぐに見つけられた。
 だが、藍瞳の銀狼が見たのは、小さな竜だけではなかった。
 蝙蝠のような翼と淡く赤い翼を持つ者は紅蓮を見下ろし、次いでルティエへと視線を送る。その隙に、紅蓮はルティエへと駆け寄った。
 細められる彼の者の赤い目と、冬の気配を帯び始めた風が揺らす銀の髪。それはルティエにとって、見覚えのある姿だ。
「ファステレイン――!」
 ルティエがその名前を呟くと同時に、ファステレイン、と呼ばれた者は笑みを深めて剣を振るった。切っ先から巻き起こされた炎は渦を成し、ルティエを包まんばかりに襲い掛かる。

●ヘリポートにて
「やはり、連絡がとれない、か……」
 ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)は小さくため息をつき、集ったケルベロスたちへと向き直る。
「ケルベロスの一人である深緋・ルティエが、宿敵の襲撃を受けることが予知された。そのことを彼女に報せようとしたのだが、未だに連絡がつかないんだ」
 おそらく、ルティエは既に宿敵の襲撃を受けているのだろう。だとしたら、一刻の猶予もない。
「相手はデウスエクスだ、ルティエ一人で立ち向かうのは難しい。彼女が無事であるうちに、救援を頼みたい」
 ルティエを襲撃したのは「ファステレイン」という名の死神だという。剣を使った攻撃の他、翼で風を起こす攻撃も仕掛けてくるそうだ。
「剣での攻撃は二種類。炎の嵐を起こすものと、加護を破壊する一閃だ。翼で起こす風は、受けた相手の動きを鈍らせる効果があるようだな」
 しかし一番の懸念事項は攻撃そのものの威力だと、ウィズが付け足す。そのうえファステレインはルティエを優先して狙うようだから、そのあたりの対策も必要となるだろう。
「さて、向かってもらう場所は市街地の公園だ。ヘリオンで輸送するから、ルティエとファステレインが戦っている場所のすぐ近くに降下できるようにしよう」
 公園自体に目立った設備はない。また、周囲に民間人の気配も無いため、降下後はすぐに戦闘に入ることができるだろう。
「……予知で見えた範囲では、ルティエとファステレインには浅からぬ因縁があるように見えた。しかしどんな事情があるにせよ、彼女が決着をつけて無事に帰ってこられるよう――迅速に、君たちを現地へと届けよう」
 そう言って、ウィズは空に輝く月を見上げた。


参加者
天崎・祇音(霹靂神・e00948)
草間・影士(焔拳・e05971)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
クレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)
月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ

●炎と過去と
 渦を成して眼前に迫る炎の渦。それをどこか他人事のように、しかし冷静に、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は受け止めた。
「ファステレイン……やっと……」
 咄嗟に受けた右の腕に熱と痛みを感じながらも、ただ目の前の相手を見据える。
「覚えてくれていたようで嬉しいよ。感動の再会、というわけだ」
 ファステレインはゆっくりと目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
 対して、ルティエは藍色の目を見開き、震える手で日本刀「紅華焔」を抜く。
 すると、故郷が炎に呑まれて崩れてゆくのが見えた。夢か現か、立ち尽くすルティエの右腕が地獄化してゆく。『親友』が胸を貫かれて倒れてゆく。
 ファステレインの、手によって。
 視界が紅く染まりゆく過去が、感覚によって再現される。ルティエは声にならない叫びを上げ、仇の懐へと踏み込んだ。無意識に斬りつけたのは、薄赤色の翼。食い込んだ刃によって羽毛が数枚散る。
「『これ』を返して欲しいのか? 残念だが、返せと言われて返せるようなものではないよ」
「その翼は――ッ、オラトリオの――、千織の――!」
 名前を口にしたとたん、ルティエはどうしようもない息苦しさを覚えた。ボクスドラゴンの紅蓮によるヒールを受けて、感覚はわずかに現実の方へと傾く。
「それでも――その翼は、お前のものではない。右腕もだ」
「いいや、今は私のものだよ。この翼も、この右腕も」
 ファステレインは両翼を広げ、風を起こす。ルティエは凶暴な向かい風にその身を投じた。鈍る動きを痛みで麻痺させるように、ただただ真っ直ぐに進む。
「それでも、返せ……」
 不可能だ、と口にするファステレインの言葉を遮り、ルティエは踏み出した足で地面が抉れるほどに強く突き進む。
「あの、愛しい時間を返せ……」
 左の腕の肘から先に、銀色の毛並みを宿して。
「あの暖かい日々を返せ……」
 ひときわ強く、地を蹴って。
「唯一無二のアイツを返せェエエエ!!!!!」
 激高と共に、真正面から拳を叩き込んだ。
 かつてのルティエにとって唯一無二の存在であった親友。彼女を護るためならば、命を捨てたって構わないと思っていた。
(「いや、今だって。アイツの仇を討つためなら――」)
 ファステレイン相手に、相打ちなど生ぬるい。死に瀕した際には力を解放する決意をしたルティエの耳に届いたのは――、
「ルティエ姉!」
 天崎・祇音(霹靂神・e00948)の声だった。

●その声で
 続くのは、凛とした怪盗の言葉だ。
「他者を傷つけて盗み取って、残されたものの憎しみを煽る……そんな所作に盗みの美学は感じられないな」
 と、ステラ・フラグメント(天の光・e44779)は無粋な死神を指し示した。
「お前みたいな者の手に、ルティエの大切なものを渡しておけるかよ。この怪盗ステラ、今宵お前からお前の奪ったものを盗み取ってやるさ」
 思わず振り返ったルティエに、ファステレインは容赦なく剣を振るう。
「左腕も奪ってやろうか?」
 ルティエがファステレインへと向き直ると同時に、炎が弾けた。ルティエよりも少し、前で。
「奥さまの大切なものを色々と奪っといて、さらに奪おうとするなんて――無事に帰れると思うなよ?」
 クレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)が、凄絶な笑みをファステレインへと向けながら庇っていたのだ。
「傷つけるだけじゃなくて、死者を弄ぶその手癖は頂けないねぇ……」
 そう零す月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)の隣で、ビハインドのユエが歌声を紡ぐ。わずかに動きを止めたところで、ユアはすかさず月詠銃歌の銃口を向け、引き金を絞る。
「ルティエの大切も、腕も奪った君は死刑確定だよ。覚悟しなよ? ――この継ぎ接ぎ野郎!!」
 放つ光線はファステレインへ一直線、回避する暇すら与えずに焦がす。
「邪魔をするとは、良い度胸だ……何だ、炎の道だと?」
 ファステレインがそう認識するが早いか、何者かが一気にその道を駆け抜ける。両手に炎の刃を纏った草間・影士(焔拳・e05971)は速度を落とさず、むしろさらに加速して、ファステレインの脚に刃を振り下ろした。勢いのままにファステレインから離れ、仲間と合流する。
「どうやら、間に合ったようだな」
 仔細は分りかねるが、と影士は続ける。
「深緋、邪魔して悪いが戦列に加えて貰うよ。一人で闘ってる奴がそこにいるのなら、俺が駆けつけるには充分な理由になるからね」
「わかった、頼む」
 憤怒に染まりかけたルティエの思考では、そう告げるのが精一杯だった。
「ふん、いくら集まろうと――」
 ケルベロスたちを見渡すファスレテインを、上方からの剣技が襲った。
「無駄、とでも言いたいのかえ? 此度の襲撃こそ無駄だと理解させてやろうぞ!」
 雷鳴の指輪を剣へと変じさせた祇音の一撃だ。咄嗟に剣で受け止めたファステレインであったが、体重をも載せた祇音の力に押し切られ、肩へと無様な傷を受ける。
 祇音はファステレインの反応を待たずにルティエへと駆け寄った。
「余計な世話かもしれぬが、来たぞ……ルティエ姉!」
 ボクスドラゴンのレイジが癒すルティエの顔は、祇音の予想通り厳しいものだった。だから今はそれ以上のかける言葉が見つからない。
「助かる。今はあいつを消し去るのが優先だ、礼は後で必ず」
 再び紅華焔を手にしてファステレインへと斬りかかるルティエ。紅蓮も炎のブレスを吐きつける。
 面を外した安海・藤子(終端の夢・e36211)は、銀狼の戦い方を見て肩をすくめた。
「そう急ぐな。ここはひとまず仕切り直しと行こうじゃないか。なあ、クロスもステラもそう思うだろ?」
 返答代わりに駆け出したオルトロスのクロスが、剣を振るう。その間に、藤子は増幅したオーラでルティエの傷を塞ぐ。
「ああ、藤子の言う通りだ。窮地の時こそ冷静に、怪盗の基本だ! そういうわけで――ガジェットくん、頼んだぜ!」
 ステラも、ガジェットくん ver3.から噴射する蒸気をルティエへと向ける。ウイングキャットのノッテが送る風は、癒しと耐性を与えてくれる。絆の護りを築くクレーエによって、前衛の護りは整えられつつある。
「簡単にルティエを倒させやしないぜ」
 そのための対策が、天音・迅(無銘の拳士・e11143)の手に握られたバスターライフルだ。
「こういうのはあまり性に合わないんだが――今回は特別だぜ。存分に喰らいな!」
 引き金を引き、光弾を発射する。
 格闘が本分の迅だが、今回ばかりはそうも言っていられない。ひとつの因縁を断ち切らんとする者を支援するために駆けつけたのだから。

●唯一無二の
 主に負けじと奮戦するサーヴァントたちを見遣って、藤子は黒鎖を展開した。
「守りは手堅く――そう、支えるためにはな」
 と言っても、実際に支えるのは容易でないのを藤子はよく知っている。ルティエの縁においては、殊更だ。それでもクレーエがよく『支えている』ことも知っている。
 ここが一つの区切りになることを願いながら、藤子は見知った者たちの背を眺めた。
「目標は『みんな揃って無事に帰還』だな」
「ああ、誰ひとり欠けさせやしないぜ」
 不敵な笑みを浮かべた迅は、軽やかに数歩下がる。
「――さあ、どう捌くんだい?」
 剣の間合い外から放たれる、衝撃波の嵐。一度で終わるはずもなく、迅の掌打から紡がれる演舞の連撃。捌ききれなかったファステレインは眉根を寄せた。
「弱体化は順調だぜ、ルティエ! 存分にやんな!」
 迅の言葉に、ファステレインは敵意を露わにする。
「なるほど、お前たちから奪うのも楽しそうだな?」
「させると思うのか!」
 叫ぶルティエを前にファステレインは一歩下がり、翼を動かす。強風から庇い立てるクレーエとレイジの後ろから、束ねられた木の枝が飛んでゆく。ユエの歌声、その音程が上がると同時に加速した木の枝が死神の視界を遮った。
「本当、気に食わないんだよねぇ……その態度」
 過去に戦った者を一瞬だけ思い浮かべ、ユアは言の葉を口にする。
「満ちる月と共に深く、ゆるやかに堕ちてゆけ…。せめて、この月の腕で眠らせてあげる」
 満ちる宵と顕現する月は、さながら舞台装置。主演の歌声は子守歌のように優しく、もたらす刃は残酷な一瞬を届けた。
「祇音さん、今だよ!」
「ああ、ユア殿に続こう――天罰、執行」
 身体に黒い紋様が浮かび上がらせた祇音は、神力による打撃を叩き込む。少しでも役に立てるようにとここへ来たのだ、力をふるうことを――禁術の使用を厭わない。
 余裕めいていたファステレインの顔に、焦りが滲みはじめる。
「……クレーエ、好機じゃ」
「ありがと、祇音」
 レイピアの切っ先で花の嵐を起こすクレーエ。その渦中にいるのは、大事な人の大事なモノを奪った相手だ。怒り、というだけでは収まらない気持ちがある。けれどいま優先すべきことを理解しているから、クレーエは隣に立つ者へとそっと呟く。
「悔いの残らないようにね」
 ルティエは静かに頷いて、地面を蹴った。続いて外灯のポールを足場にして宙へと躍り出、戦場を見渡せる位置を取る。ファステレイン――と、家族、そして友人たちが見える。彼ら彼女らも唯一無二だと理解してはいる。だが目の前にいる死神がその思考を許さない。
 足先に重力と星屑を纏って降下すると、衝撃に伴って土煙が舞い上がる。
 土煙ごしに見えるルティエを、ステラは目で追った。ルティエを気遣う、ひとりの友人としての顔つきで。
 それに気付いてかどうか、影士がステラの肩を人差し指で二度、叩いた。
「ステラ、合わせられるか?」
「あ、ああ、もちろんだ、いつでもいいぜ!」
 怪盗の顔で答えたステラは、影士がファステレインの懐に入り込んだタイミングで脚に魔力を纏わせた。剣を牽制しながら一撃を喰らわせた影士が離脱するのと同時に、ステラは地を滑る。スライディングからの悪戯な流れ星を、ファステレインは剣で受けた。一瞬の焦りの後に笑みを浮かべようとしたファステレインは、剣に走る亀裂を見て忌々しげに舌打ちをした。

●満月の夜に
 喰霊刀「建御雷神」で、祇音はファステレインの腹部を貫いた。
「……おかしい、あまりに無防備じゃ」
「奥の手があるか、さもなくば限界が近いか、だな」
 星屑の蹴撃を加える影士も、手応えの変化を感じ取っていた。レイジのブレスを回避する素振りすら見せないファステレインの動きは、あまりに精彩を欠いている。
「後者の可能性が高そうだ」
「なるほどな……さ、今夜最後の仕事だ。手を貸してくれ」
 惨劇の記憶から抽出した魔力で、藤子は前衛を癒す。
 クロスの念が灯した炎を目印に、迅はバスターライフルから光線を放った。
「ぎりぎりまで弱らせて、ルティエに最後を決めてもらおうか」
「奪うつもりが奪われるとは――ならば、せめて!」
 ルティエの左肩口に振り下ろされる、ファステレインの剣。ルティエは食い込む刃を片手で握り、折る。
「何度言わせる気だ、させないと言っている! お前はこのまま――!」
「待ってルティエ、確実に倒したいのならいったん下がって!」
 ユアの呼びかけに応じ、ルティエはファステレインから離れた。
「そこの死神、僕の銃弾から逃げられると思うなよ?」
「おいおいユア、そこは『僕たち』だろ?」
 と、拳銃形態に変化したガジェットくん Ver.argentoを手にするステラ。なるほどと微笑んで頷くユア。
「僕たちの銃弾から」
「「逃げられると思うなよ?」」
 月詠銃歌から放たれる光線と、それを追うガジェットくん Ver.argentoから射出された弾丸は、確かに目標を穿った。
(「にゃんともと怪盗さんは絶好調だね」)
 微笑ましくも頼もしく思い、クレーエはルティエの左肩に見える傷を霧で塞いだ。
 ルティエの視線を受け、クレーエはゆっくりと頷いた。
 そして、愛しい横顔と、彼女の右手に握られたRoter Stosszahnを見送る。
 息を吸って吐くそのタイミングで、ルティエは真正面からファステレインへと挑みかかった。
「業火に灼かれ、地獄へ堕ちろ…紅月牙狼・爍蓮」
 ファステレインの顔面から足先へ、赤みを帯びた刀身が縦断する。地面へと到達した刃が大きな亀裂を地面に生み、続けて蓮を模った炎が飛び散ると、ファステレインは笑い出した。
「……はははは! この程度とはな、笑わせてくれ――ッ!?」
 ファステレインの翼が熔け始めるのを見て、ルティエはナイフを収めた。
「お前にくれてやるものなど何一つ無い。塵さえ残さず燃え尽きて、地獄の底に堕ちろ」
「やめ――あ――」
 業火の熱が、ファスレテインの顔面に及ぶ。
 翼も右腕も、もうわからない。熔け切った醜い塊は、何一つ残さずに消え去った。
 数秒の後、祇音は警戒を解いて肩の力を抜いた。
「……終わったか」
「ああ、深緋も皆も無事で本当に良かった。それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」
 戦いが終わったのなら、影士の仕事は終わりだ。
「みんな、おつかれさん! オレも帰らせてもらうぜ!」
 つとめて明るく笑う迅は、どこか急ぐように公園を後にする。仲間に背を向けた後、いまルティエに寄り添えるのは――と、考えて小さく笑いながら。
 面を外した藤子も、踵を返す。
「あたしも帰るとしましょうか。ほら、くーやんも行きましょ」
 ルティエに声をかけるには自分では「足りない」と理解しているからの行動だ。

 ひとり満月を見上げるルティエの頬を、涙が頬を伝った。
「終わっ……た、終わったんだ……」
 けれど、両親も親友も還って来ない。ルティエは涙を拭うこともせず、声を上げて泣き始めた。
「……わしらも帰ろう、レイジ。急ぎ、この身の穢れを祓わねばな……」
 周辺のヒールを終えたレイジと共に、祇音は公園の出入り口へと歩みを進める。しかし、少しだけ心配になってルティエの方を振り返った。様々な想いを抑えていた義姉の感情を受け止めるのは――、
「……クレーエ。あとはお主の役目じゃ」
 そう小さく告げて、祇音も公園を去る。
「って、言っても……」
 戸惑うクレーエの右肩を、ユアの手が押した。
「そうだよ。ほら、クレーエ」
「行ってこいよ、クレーエ」
 ステラも、ノッテと一緒に左肩に手を置いて押す。
「……うん。わかったよ」
 クレーエは、遠慮がちにルティエへと歩み寄る。
 ふたりを見守るユアは、空を仰いで唄を紡ぎ始めた。戦いは終わったのだと、その慟哭が終止符となれと、死者を悼み、生者を慰む鎮魂歌が月夜に響き渡る。
 少しだけ躊躇したクレーエは、ゆっくりとルティエを抱きしめた。
 かける言葉は「頑張ったね」「お疲れさま」……どちらも違うと思案の末、ルティエにだけ聞こえる音量で口にする。
「……大丈夫。絶対、俺は居なくならないからね」
 小さく頷くルティエが、クレーエの背を強く抱いた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。