月面ビルシャナ大菩薩決戦~鳥の月

作者:絲上ゆいこ

●月に啼く
 皿洗いをする音がキッチンから響いている。
 月見酒なんて開けたビールを片手に、窓の外を見上げれば。
 厚ぼったい深い海の底のような夜色のなかに、ぽっかりと浮かぶ冴え色の星。
「ねえ、きみ。今日の月はなんだか変だよ」
「はぁい? 月がどうかしましたか?」
 洗い場の向こうで聞き返した彼女に、窓の外を眺める彼はスルメイカを齧りながら。
 目を凝らして夜空を見上げて、呟く。
「ああ、まるで――」
 その月は、鳥のように見えて。

●地球の危機
「よう、月の異変にはもう気づいているよな?」
 片目を瞑って、掌上に月の軌道予測の資料を浮き上がらせたレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は、ケルベロス達に確認するかのように視線を合わせてから。
「アメリカ航空宇宙局と宇宙航空研究開発機構からの報告によると、あの月はビルシャナ大菩薩化していてなァ、放っておけば約一ヶ月程で地球に衝突してしまうそうなんだ」
 人類滅亡の危機を皆にお知らせした。
「よしんば人類が生き残れたとしても、だ。大惨事は免れねえ上に、被害者から搾り取られたグラビティ・チェインは、ビルシャナ大菩薩になった月に吸収されてこの世はビルシャナ大菩薩の支配下に置かれちまうだろうな」
 肩を竦めたレプスは一度資料を閉じて、顔を上げ。
「それを阻止するために、――この前、皆が竜十字島から持ち帰ってくれた『月の鍵』があるだろう? どうやらあの鍵を使うと、月の軌道を元に戻す事ができそうなんだ」
 しかし。
 鍵を使用する為には、月の裏側にある『マスター・ビーストの遺跡』まで『月の鍵』を運ばねばならぬのだと、レプスは言葉を次いだ。
「っつー訳で、だ。月面までこの前の『ケルベロス大運動会』の収益でアメリカ合衆国が開発していた『試作型宇宙用装備』を取り付けられた――俺のヘリオンで一緒に行こうか」
 秘密裏に進められていたらしいヘリオン強化計画は、最終的には宇宙だけでなく深海や異世界でも飛行可能な上、ケルベロスの行動や戦闘の補助も行える予定ではあるそうだが、今回は急ピッチで取り付けられた試作型宇宙用装備だけだそうで。
「……ああ、おやつは300円までだぞ」
 なんて、おどけてみせてから。
 ケルベロス達へと視線を戻したレプスは、指を2本立てた。
「今回は大きく2チームに分かれてもらう予定でな。『遺跡への突破口を開き、宇宙装備のヘリオンの護衛をするチーム』と、『月の遺跡内部に突入し、遺跡を制圧、鍵を使って月の落下を止めるチーム』に分かれて貰うンだが、……ここに集まってもらった皆は後者。『遺跡内部への突入チーム』に編成されるぞ」
 遺跡内部の敵の数は、けして多くは無いが。基地内部に隠れ潜み、奇襲を仕掛けて『月の鍵』を奪い取ろうと手を尽くして来るであろう、と彼は言い。
「月の遺跡内部は、マスター・ビースト配下の獣人型デウスエクスが待ち構えているようだ。ほら。この間お前達の倒した、月から来た奴らと同じような連中だろうなァ」
 月はビルシャナ大菩薩化しており遺跡の外側は、ビルシャナ勢力によって制圧されているが――。
 このチームが対応する内部で待ち構えているのは、あくまでもマスター・ビースト配下の獣人型デウスエクス達であると念押しするレプス。
「どうやら遺跡の中心までは『月の鍵』が導いてくれるので道に迷う事は無さそうだが――、敵の襲撃もモリモリ現れるだろうしな、慎重に周囲を索敵しながら進んでほしいぞぅ」
 中心部まで『月の鍵』を持って行けば遺跡を制御して、月の落下を止める事ができるようだ。
 途中で強敵が現れた場合の対策や、『月の鍵』をどのチームが運ぶかなども含めて慎重に決定する必要があるだろう。
 そして、もう一つの問題。
 もう一方の『突破口を開いて維持する』チームが、脱出口を維持していてくれるとは言え、敵の本拠地でずっと耐える事も難しい事だ。
 その上……。
「しかもどうやら、マスター・ビースト勢力であるソフィステギアが、グランドロンと共に月に向けて移動を開始しているみてェなんだ。……ソレも含めて時間との戦いだなァ」
 ――それもこれも、ケルベロスから『月の鍵』を奪い取る為の、マスター・ビースト勢力の捨て身の作戦であろう、と予知には出ていた。
 肩を竦めたレプスは、眉を寄せて苦笑に似た笑みを浮かべ。
「正直、この作戦が失敗すれば人類はかなり厳しい事になっちまうだろうな。でも――」
 お前達に任せておけば、大丈夫だろう?
 レプスの瞳に揺れるのは自らの命も含めて、ケルベロスに預けるという信頼の色。
「さあ、ちょっくら地球を救いに行こうぜ」


参加者
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
小車・ひさぎ(コズミックストレンジャー・e05366)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
朧・遊鬼(火車・e36891)

■リプレイ


 幸いな事に月へと近づいたウェアライダー達が、狂月病を発症する気配は無い。
 ――地球から見えぬ月の裏側は、夜色を喰らったかのような漆黒色。
 宝石めいた地を覆わんばかりの鳥達を、抑え込まんと飛び出した制圧班を横目に。
 敵達の隙間を縫うような滑空で、安全運転とは言い難い着地を果たしたヘリオンより飛び出したケルベロス達は、マスター・ビーストの遺跡へと一気に駆けて行く。
「禍々しいものだな」
 アリアドネの糸を揺らして先歩むコロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)が険阻に眉を寄せる。
 まるで生き物家のように脈打つ地に、壁。
 足止めを請け負った班が先陣を切って歩みだした遺跡の中は、月の内部を喰らい蝕む肉芽の如く。
 奥へ奥へと、道がぐるりと伸びていた。
「気温も安定、酸素もあるようでございますが……」
 酸素供給装置を装着したクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)は、確かに感じる空気の流れに金絲の髪を揺らして。
 テレビウムのフリズスキャールヴが、ぴょんぴょんと跳ねてその重力を確かめる様に。
「しかし、この酸素には毒が含まれているようですね」
 相棒のキャリバーこがらす丸に跨った北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)が、レプリカントめいた装備の計器を確認しながら答えた。
「――敵だ」
 ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)の冷えた声音。
 眸を眇めて、鞘より引き抜いたナイフを構える視線の先。
 奥より姿を現したのは、全身に口を、指先に目を、掌に耳を。
 絡む触手が冒涜的に蠢く、人と言うにはあまりに歪な――邪神の眷属めいた敵の集団であった。
 そのままヴォルフがナイフで弧を描けば、吹きすさぶは横殴りの吹雪風。
「……マスター・ビーストの遺跡だよね、ココ!?」
 敵が飛びかかってくる前に一気に踏み込んだヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は、小振りな竜槌を前に突き出して撓る触手を絡め留めて。
「えー……? こいつら螺旋忍軍……でいいの?」
 普段よりも、うんと身軽に跳ねる身体。
 蠢く壁を蹴って勢いをつけて、流星の蹴りを叩き込んだ小車・ひさぎ(コズミックストレンジャー・e05366)が、勢いそのまま旋転しながら敵を薙払い。
 怪訝そうに金の眸を揺らして、仲間たちに尋ねた。
「ど、どうだろう……?」
「忍軍のようには余り見えないでありますね……!」
 答えに詰まりながらも、ヴィルフレッドの足さばきには迷いは無い。
 ヒールドローンを纏ったクリームヒルトの盾で、その身を隠し。触手の群れを掻い潜って、手榴弾を敵軍へと叩き込む。
「状況は複雑みたいですが、俺達の為すべきことは変わらないでしょう!」
 タイヤが悪路に火花を散らし、こがらす丸に跨った計都がその速度を一気に上げる。
 そう、それは。――人々の笑顔を護る為に。
 ぐるんと回転した腕パーツより顕れた竜槌を、砲へと変形させて。
 敵軍へと突っ込んだ計都が大きく槌を一体の敵へと叩きこむと、敵の体が爆ぜるように跳ねた。
「やれやれ、全くその通りだな」
 叩き上げられた敵を見上げ、ぐっと踏み込んだコロッサスは奥歯を硬く締め。
 逆袈裟斬りに二振りの機械剣を重ねる形で薙ぐと、呪詛を宿した剣の軌跡が敵の身体を3つに叩き潰す。
 マスタービーストの遺跡に現れる、邪神めいた敵。外にはビルシャナ共。
 あと仲間が一人程、地球人の筈なのにレプリカントみたいな変形をする。
「まるでデウスエクスの詰め合わせのよぉだな……、ルーナ!」
 皮肉げに肩を竦めた朧・遊鬼(火車・e36891)がナノナノに声を掛けると、なのなのっ! とハートの加護を仲間へと宿し。
「まぁ。奴らに好きにさせる気は、更々無いなかろう?」
「あァ? たりめェだろが」
 首を傾いだ遊鬼の跳躍に合わせて、伏見・万(万獣の檻・e02075)は軽口一つ。
「何にせよ襲い掛かってくンなら、全部喰ってやらァ!」
 星宿した遊鬼が敵へと蹴り込みざまに触手を鷲掴み、壁へと叩き込みながら強引な着地を決めると。
 万がその身に光を宿して、仲間へと加護を叩き込んだ。


 幸い通路は一本道。
 隊列を組むケルベロス達は会敵する眷属めいた敵達を薙ぎ倒しながら、奥へ奥へと進み行く。
 続く螺旋を描く道は、奈落の底まで同じ風景が続くようにも思えたが――。
 少し開けた場所に、蠢く肉壁以外の物が遠く見えた。
「あれは……水槽、ですか?」
「うわー、何か浮いてるね、……これは猫に、犬に……?」
 計都とヴィルフレッドの言葉通り。
 異様な色をした液体に満たされた水槽が、立ち並び始めた通路。
 その不気味な水槽の中には動物の死骸や、何なのかも分からぬ肉が浮かび。
 そして。
 ケルベロス達の歩みが奥へと向かうに連れて、徐々に水槽の様相も変化して行く。
「あれ?」
 隊列を組むケルベロス達の中で、誰かが気づきの声を上げた。
「……これドードー鳥、じゃない?」
 ハーストイーグル、オーロックス、ジャイアントモア。
 水槽の中身、様相の変化。
 ――水槽に浮かぶ生き物の死骸に、何百年も前に絶滅したと言われる動物が混じりだしたのだ。
「これは……、どうにもぞっとしない光景だな。まるで何かの実験室のようだ」
 コロッサスの呟いた言葉に、ひさぎが獣の耳をピンと立て。
「そういえば、マスター・ビーストがウェアライダーを創造したんよねー? ……もしかして、ここって……」
 ――その刹那。
「月の鍵は、奥だな?」
 唸り声が鈍く響いた。
「通さないで、ありますッ!」
 咄嗟に降り落ちてきた青い影に向かって、地を蹴って玉のように飛び出したクリームヒルトは大きな盾を構え。
「……ぐ、うっ!」
 力任せに盾へと振り落とされた狂爪は、強かに盾に深い爪痕を残して。
 構えた盾ごと弾き飛ばされたクリームヒルトが、蠢く肉壁に背を打ち据えられる。
「寄越せ」
 重ねられた木の根のような足先を靭やかに蠢かせて、青い毛並みをしたライオンの獣人デウスエクスがケルベロス達を睨めつけた。
「まずは、名乗れ」
 二振りの剣を携えたコロッサスは、その濁った漆黒と視線を交わし。
 コロッサスの短い問いへの返答は、大きく振りかぶられた獣の一撃。
 そこに鋭き一撃へと駆け込んで来たこがらす丸が、体当たりでライオンの拳を捨て身で反らして。
「させんッ!」
 敵へと向かう途中にこがらす丸より飛び降りた計都は、腕に装着された槌を変形させ。音を立てて回転弾倉式連装砲と化した銃身より、重ねて6発高らかに弾を撃ち放つ。
「――そうか」
 矜持無き獣と、眸を細め。短い言葉を重ねたコロッサスは、大きな踏み込みで足をバネのように撓らせて。
 銃勢に蹈鞴を踏んだライオンへと、一気に間合いを詰めて叩き潰すように機械剣を振り落とした。
「!」
 咄嗟に幾重にも重ねられた強靭な鉄の様な太い腕を、ガードに上げたライオン。
 そこへ雷の如く、突き出された槍。
「は、ああああっ!」
 突っ込んできたのは、光の翼を広げて勢いをつけたクリームヒルトであった。
 彼女が先程のお返しとばかりにライオンを弾き飛ばすと、吹き荒ぶは氷河の如き吹雪。
 大振りなナイフで弧を描いたヴォルフは、値踏みするかのように冷えた視線で敵を睨めつけて。
「何も奪わせねェし、何も倒れさせねェよ」
 大きく腕で空を掻くように万が再び光を加護と化すと、同時に手榴弾が破裂した。
「さっきの敵とは違って、君はまだ獣人の形をしているね」
 ヴィルフレッドは、眸を瞬かせて首を傾ぐ。
「月の鍵欲しさに随分と大胆な作戦に打って出たもんやねー」
「全くだ。月を落とそうなんて、全く大それた作戦を思いつくものだ」
 間髪入れず飛び込んできたひさぎと遊鬼が、星宿る蹴りを同時に叩き込む!

 ――鍵を持つ者を護る形で布陣したケルベロス達は、作戦通り。
 班毎にライオン……そしてウサギとカイギュウの獣人達と剣戟を交わし出したのであった。


 轟音と衝撃が場に舞い、肉壁がビリビリと震える。
 ちらりと確認をすれば、一番の強敵に見えたカイギュウが3班の見事な連携によって地へと倒れ伏していた。
 後、残るは2体。
 ケルベロス達が安堵に小さく息を吐いた。
 ――その刹那。
「……え?」
 カイギュウがむっくりと立ち上がる様が見えて、思わずクリームヒルトは声を漏らしていた。
 それもそうだろう。
 倒れた筈の敵が再び立ち上がり、敵を倒した筈の仲間を貫いていたのだから。
「マスター・ビーストにより産み出された最高傑作たる、神造レプリゼンタの我らは滅びる事は無い」
 朗々と響く、カイギュウの声。
「んん? 『レプリゼンタ』……?」
 レプリゼンタ、――最終生存体。
 続いたひさぎの呟きは、絶句に等しい響きであった。
 できれば冗談であって欲しい。
 ……その言葉が事実であれば、彼らは不滅の存在だと言う事なのだから。
 そんな敵を3体も相手どって――。
「ここは任せて、皆は先へ!」
 そんな中、カイギュウを相手取る一人の少女が叫んだ。
 飛びかかってきたライオンの一撃を、槌で滑らせるように受け流したヴィルフレッドがコックリ頷くとあえて笑う。
「……うん、たかがレプリゼンタを相手取るくらい。僕たちなら余裕でしょう?」
 勿論。
 例えケルベロスであれ、不滅の存在を永久に相手取る事は出来ない。
 それでも――月の鍵を持った班が、先へと進めるように。
「ああ、全くだ」
 軽く同意を重ねたコロッサスは改めて武器を、握り直した。
 月がビルシャナ化して、地球へと落ちる。
 そんな冗談のような滅亡を、地球が迎えて良い訳が無い。
 ――地球には、コロッサスの守るべき人々、愛する人達がいるのだから。
 ならば。
「絶対に負けん、――征くぞ!」
 ここは仲間たちを信じて食い止める他に、選択肢は無いだろう。
「何度喰えばお前は倒れてくれンだろうなァ」
 大きく薙がれたライオンの腕を避け。
 肉壁に突き立てたオウガメタルを引いて身軽に跳ねた万が、天井へと星の加護の陣を描きながら軽口めいて笑う。
「……、へえ」
 ヴォルフは知らず、唇に笑みを浮かべてしまったことに気づいているのであろうか。
 彼にとって、敵は殺す為の対象だ。
 では不滅の存在とは、果たして殺す事が出来るのだろうか?
 幾度殺しても立ち上がるという事は、幾度も殺せるという事になるのではないだろうか。
 ――興味深い。
 それは深淵なる好奇心、深い興味。
「……ふっ!」
 敵が腕を振り抜いた、攻撃後の一瞬の隙。
 鋭い呼気と共に竜の紋様が刻まれた偃月刀で、ヴォルフは敵の喉元を刺し貫く。
 そのまま肉壁へと押しこんで。
「滅びる事が無いと言っただろう?」
 鈍い音と共に穂先を引き抜いたライオンは、その傷口を再生させながら黒い眸をヴォルフに向けた。
 ――その様子にヴォルフは、また少しだけ笑う。
「奥へ行く班が戻ってくるまで、倒し続けましょう!」
 フリズスキャールヴが凶器を振り回しながら、こがらす丸に載ったまま突撃をカマし。
 それに重ねて計都は、幾度も弾丸を叩き込む。
「……まさかレプリゼンタを相手することになるとはなぁ」
 鬼火をひゅうるりと指先に宿した遊鬼が、困ったように肩を竦めた。
「――大丈夫であります、皆様はボクが守るでありますから!」
 盾を大きく構えたクリームヒルトは、癒やしの光で自らを包みながら。
 マントを靡かせて大きく吠えた。
 たとえ、勝ち目の出来ない戦いでも。
 たとえ、自分たちが倒れたとしても。
 ――地球を救う事さえできれば、それはケルベロス達の勝ちなのだから。
「あー……、そうやねえ。……やるしかないか!」
 強く地を踏み込んだひさぎは、槌をぎゅっと握りしめて。
 ――花房!
 ひさぎの周りを泳ぐ半透明の金魚の吐き出した炎玉が、ライオンへと殺到した!


「我、神魂気魄の斬撃を以て獣心を断つ――!」
 コロッサスが闇を纏う炎の剣を、抜き胴で叩き込み。
 ライオンが炎に焦がされながら、食らいつかんと大口を開く。
「させな、いよっ!」
 敵の攻撃の前へと躍り出たヴィルフレッドが、槌でその口を横殴り。
 着地した瞬間に足元がふらついた。
 ――一体。
 幾度、倒しただろうか。
 幾度、倒れそうになっただろうか。
 もうどれほど戦っているのか、10分? 20分?
 ヴィルフレッドへと狙いを定めた敵に向かって――。
 大きく飛びかかったのは、ひさぎの姿であった。
「爆ぜろ、"凍星"ッ!」
 透明な金魚――御業がひさぎより泳ぎ踊り。
 振りかぶるは竜槌。
 砲に形を変えた槌を後頭部へと押し込むと――言葉通り、氷がライオンのたてがみごと頭を凍らせ爆ぜ。
 逆再生されたビデオのように、爆ぜた頭が元に戻る。
「っ……!」
 その隙を逃さず一気に駆け込んだヴォルフは、敵の破壊を約束する事で喚び出した精霊の加護をナイフへと纏わせて。
 ――Weigern。
 斬る、斬る、斬る、斬る。
 殺し続ける、殺し続ける、殺し続ける、殺し続ける。
 身体を崩れさせながらも大きく腕を振るったライオンが、うっとおしそうにヴォルフを跳ね除けると逆回しのように身体を元の形に戻しながら。
「!」
 突然。
 目を見開いて動きを止めたライオンは、肉壁へと手を添えた。
 そのまま肉壁へと腕を押し込むと、まるで飲み込まれる様に姿を消し――。
「……?」
 何が起こったのか一瞬分からず、ぽかんと口を開いたひさぎは瞬きを一度、二度。
「撤退し、た?」
「……何とかなったようです、ね」
 満身創痍とは、この事だろう。
 スーツの何処かしこも壊れまくった計都は、キャリバーに寄っかかってなんとか立ち上がる。
「そうだねー、……あ、奥に行ってた班も帰って来たみたいだ」
「後は、急いで帰らねばであります、ね……」
 ぴょーんと膝に飛び込んできたフリズスキャールヴに、クリームヒルトは手を添え。
 歩もうとした瞬間に、ヴィルフレッドと一緒に床へと座り込んでしまった。
「あァ。でも誰も倒れなかったのは、流石だなァ」
 万が励ますように、癒やしの力を重ねて施し。
 飛び回っていたルーナも、慌てて回復を重ねる。
 ついでに万は取り出したスキットルから、酒を一口。
 口内の傷口にめちゃくちゃ染みるが、――多少の痛みは消毒なんて彼は笑って。
「皆、立てるか?」
 コロッサスが座り込んでしまった、仲間達に手を伸ばした。
「……」
 不滅の存在。
 殺すことの出来ない対象。
 また、きっと機会は巡ってくる。
 ヴォルフはふっと興味を失ったかのように踵を返して、その場を後に。
 はたはたと飛んできたルーナを肩に載せた遊鬼は、眸を眇めた。
「――これで月は、元に戻るだろぉか……」
 右手首に揺れる編み込み飾り。
 今はただ、帰り道を守ってくれている仲間達の元へ。
 ――護るべき、愛しき人の待つ地球へと。
 ケルベロス達は外へと向かって、歩み出す。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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