月面ビルシャナ大菩薩決戦~月面に舞う

作者:つじ

●今日は月が近い
 子供部屋の窓の向こう、屋根の合間から覗く夜空を眺めていた少女が、小さく首を傾げる。
「……あれ?」
 今夜は月が綺麗だった。いつもよりも眩しくて、明るくて、少しだけ大きく見えるくらいに。広がる光はまるで背に生えた翼の様で、まだまだ不思議なお話に心惹かれる年頃の彼女には、お誂え向きの光景だっただろう。
「どうしたの、おねえちゃん」
「……何でもないわ。もう寝ましょう?」
 けれど、何故かとてもそんな気分にはなれなくて、小さく身震いする。そして、後ろで眠い目を擦っている弟の手を引いて、窓から遠ざけるようにベッドへと連れて行った。
「明日は遊園地に行くんだから、早く眠っちゃわないと」
 楽しみだね、と呟く弟の手を握って、自分に言い聞かせるように少女は言う。きっと何もないだろう。悪い事は、何にも。
 
●月までの距離
「皆さん! どうか落ち着いて聞いてください!! 緊急事態です!!!!」
 いつもよりも一段か二段気合の入った大声で、白鳥沢・慧斗(暁のヘリオライダー・en0250)がケルベロス達へと呼びかける。彼が指差すのは遥か上空、夜空に浮かぶ、月だった。
「あの月が!! 地球への衝突コースに入ろうとしている事が判りました!!!」
 天体の移動などそう簡単に起こるものではない、だが月そのものがビルシャナ大菩薩化したというなら話は別だ。荒唐無稽に聞こえる話ではあるが、NASAとJAXAの調査によれば、このまま月の軌道が変化し続ければ、約1か月で地球との衝突コースに入ってしまうという。
「もし、月が地球にぶつかれば……被害の計算をするのも馬鹿馬鹿しいですね! 人類存亡の危機です!!」
 さらに言うならばそれだけではなく、死亡した人々のグラビティ・チェインがビルシャナ大菩薩に吸収され、世界はビルシャナ大菩薩によって支配されてしまうだろう。
「しかし! しかしです! 皆さんにはそれを阻止する手立てが一つあるのです!!」
 続けて彼が言及したのは、先日の戦いで、竜十字島から持ち帰られた『月の鍵』について。実はこれを正しく用いる事で、月の軌道を元に戻すことさえ可能なのだ。とはいえ、実行には月の裏側にある『マスター・ビーストの遺跡』まで『月の鍵』を運ばなければならないという。
「非常に危険な任務となりますが、地球に住む皆の為、どうか、この任務を成功させてください!!」
 
 とはいえ、何しろ向かう先は月である。移動手段が気になるところだが……。
「その辺りは僕にお任せください!」
 一行の懸念を読み取ったように、慧斗が胸を張る。ばっとその手を向けた先には、いつも彼の使っている、赤白黄色、ニワトリカラーのヘリオンがあった。
 ただし、何か増設パーツでごつくなっている。
「アメリカさんのご協力により! 僕のヘリオンであるところの『けいこさん』が!! 宇宙に行けるようになりましたので!!!」
 月までお送りします! と少年は高らかに宣言した。
 情報によれば、現在月の裏側はビルシャナによって制圧されている。
 ビルシャナ達は、ビルシャナ大菩薩化した月を地球に落下させる儀式を行っており、その儀式の中心に、『マスター・ビーストの遺跡』があるようだが……。
 連中は儀式に集中している為、直接儀式を妨害しない限りは、儀式を継続し続けるだろう。しかし、遺跡に突入する為には、周囲のビルシャナを撃破して突破口を開かなければならない。
「こちらのチームの皆さんの出番は、ここからになります!」
 まずは、宇宙装備のヘリオンから月面に降下、遺跡周辺のビルシャナを撃破し、突破口を開くというのが第一の任務だ。
 突破口が開いたら、『月の鍵』を持った突入チームが遺跡に突入する。
 突入チームが遺跡に突入した後、ヘリオンは遺跡内部に突入して緊急着陸し、彼等の帰還を待つことになる。
 その後、突入チームが帰還し脱出するまで、ヘリオンを防衛を行うのが第二の任務になるだろう。
「個々のビルシャナの戦闘力は高く無く、一度に襲ってくる数も多くありませんが、無尽蔵に数がいる為、防衛し続けるのは困難になるかと思われます」
 ヘリオンの防衛を第一としつつ、集まってくるビルシャナに対して突撃を行うなどして、敵の動きをかく乱させる必要があるかもしれない。
 また、消耗の多いチームを一旦後方に下げて休ませるといったローテーションを行う事ができれば、長期間戦い続けられるかもしれない。ヘリオライダーはそう付け加えた。
 
「いやー、僕も宇宙に行くことになるとは思いもよりませんでした!」
 こういう状況じゃなければ楽しいんですけどね、とこぼして、ヘリオライダーは改めて、ケルベロス達に向き直った。
「今回もまた、人々の未来のための大勝負です! 全部救って、皆で一緒に帰って来ましょう!!」


参加者
奏真・一十(無風徒行・e03433)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)

■リプレイ

●月の正体
 高高度までプロペラで上昇したところで、ヘリオン内のケルベロス達を、いつもとは違う衝撃が襲う。窓越しの狭い範囲でしか把握できないが、その機体は一部の変形と共に、宇宙航行形態へと移行していた。
 そこから先はプロペラではなく、増設されたロケットエンジンが推進力となる。点火と共にかかるGは中々のものではあったが。
「……案外、あっさりしたものだね」
 特に動じた様子もなく、瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)が言う。難なくそれを乗り越えたケルベロス達は、ついに宇宙の旅へと踏み出した。目指すは、太陽に次いでメジャーな天体、月である。
「――父さん、お先に宇宙に来たぜ」
 窓の外に広がる闇を見ながら、レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)が感慨深げに呟く。思い返されるのは、昔、共に旅していた父親のこと。この話を聞けば、彼は何と言うだろうか。――まぁ、その父親と死別しているとか、そういうことはないのだけど。
「思わぬ所で月旅行ができたな」
「こういう状況でないなら、月面探査とかしてみたいんだけど……」
 期せずして訪れた機会を面白がるウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)の横で、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は無重力ゆえに浮き上がった人形を、互いを繋ぐ蔦で抱き寄せた。
 向かう先、翼を広げたように輝く月には、果たして何があるのか。ヘリオンでの道行きしばし楽しんだ後、彼等の旅路はその場所へと至る。
「ついに到着か!」
「此処が月……!」
 わずかな緊張と高揚と、それらを胸に奏真・一十(無風徒行・e03433)とシア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)が眼下の星を見下ろす。そこにあるのは、岩石にクレーター……写真などでよく見る『月』そのものだった。
「裏側に向かいます!」
 慧斗の操作により、ヘリオンは他の機体に合わせるようにして、共にその境界を超える。
「これは……!」
 一同が、息を呑む。
 月の裏側――自転と公転のペースが一致しているため、地球からは決して見る事のできない領域。ダークサイドとも称されるその場所は、黒く輝いていた。
「まるで宝石……ですね」
 分析するように、葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)が視線を注ぐ。表側で見られたような岩石は、そのすべてが破壊されたものらしい。表面を覆う岩石を引き剥がされた月は、その内側――漆黒の宝石のようなその身を日の下に晒していた。
 思い出されるのは、ズーランドファミリーの者達が口にしていた単語。
「暗夜の宝石……でしたか」
「まさか、月そのものがそれだと?」
 シアの呟きに一十が反応する。だがそれを確認する術は、今のところない。
「あの表面……模様が歪んでいませんか?」
 かごめの指差したそれは、黒く輝く月の一部だ。漆黒の宝石のようにも見えたそれだが、よく見れば、瑪瑙のように縞模様が走っているのがわかる。そして、その模様の一部が、無理やり引き裂いたように歪んでいることも。
「歪みの中心を追えますか?」
 右院の言葉に従い、ヘリオンが方向転換して、しばし。ヘリオライダーが息を呑む気配を察して、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が問う。
「どうかしたか?」
「ええと――これは、見ていただいた方が早そうですね」
 機体が少し傾いで、窓から前方のそれが確認できる。黒く輝く宝石の大地に、放たれる光が眩く反射する。その光は、間違いなく攻撃の余波だろう。合点がいったというように、レスターとレヴィンが頷いた。
「ああ、ここまで来て見慣れた連中のお出ましか」
「ビルシャナか、すげぇ数だな」
 敵の攻撃の届かぬ高度で、12機のヘリオンはその上空へ。下方には月の宝石の一部に無理やり埋め込んだような、禍々しい遺跡が見える。
 ビルシャナの群れの中心には、その遺跡の入り口があるようで、連中は、そこに向かって攻撃を仕掛けている。
「あそこに入るんですよね?」
 その尋常でない数に呆れるようにしながら、アンセルムが言う。しかし、地球をこの月の接近から守るには、他に選択肢はない。ならば――。
 武装を確認しながら、ウリルが立ち上がった。
「旅行にしては、ハードなプランになりそうだな?」
「当機はこれより降下体勢に入ります! 皆さん、お願いしますよ!!」

●道を開く
 エアロックを開いたヘリオンから飛び出して、ケルベロス達は月の裏側、ビルシャナのひしめく漆黒の地へと降りていく。
 眼下の敵達を打ち払うため、味方の力となるべく右院が空中でオウガ粒子を散布する。陽光と熱気を反射し、輝く粒子は、共に降下するケルベロス達の感覚を鋭敏化していく。
 ――ああ、これなら外しようがないな、とレヴィンが笑う。月を、宇宙空間を楽しむように空中で一つ回ったかごめも共に、ハンマーを変形させる。輝きと反動、音の響かないそこで二つの砲口が連続して吠えて、ビルシャナ達に砲撃の雨を降らせていった。着弾による衝撃は、砕ける黒い宝石の欠片と、吹き飛ぶビルシャナの様子から見て取れるだろう。
 同行する他チームからの攻撃もあり、ケルベロスの接近に気付いたビルシャナ達が、俄かに混乱を見せる 状況の理解に及んでいない者、咄嗟に反撃しようとする者、それらを一切区別することなく、レスターと一十がそれらの只中に突っ込んだ。重力は軽く、戒めは緩い。ならば解き放つべきだろう。
 月面に、地獄の炎の花が咲く。
 青く、黒く燃える炎は一十の右足。――ちょっと失礼。そうして月面に刻まれたその大いなる一歩は、噴き出す炎と共に血を震わせ、月面を伝う衝撃波を生じさせる。
 一方、銀色に輝くのはレスターの右腕。握る五指から伝わり、銀炎は竜骨の剣に宿る。躊躇も迷いもない大上段の一太刀は、不運なビルシャナの一体を叩き伏せた。
 ――邪魔だ。ここをどこだと思っている。
 それだけに留まらず、刀身は月面を打つまで押し込まれ、銀の炎が爆ぜる。
 クレーターでも作ろうかという両者の攻撃、そして隙を埋めるようなサキミのブレスに振り払われ、敵の群れの中にぽっかりと穴が開いた。真空中を巻き上がり、消えていく地獄の炎を超えて、他のメンバーも無事、この場所へと着地した。
 まさか、月に降り立つ時が来るなんて思いもしなかった。足元の黒い宝石を撫でるようにして、シアはそんなことを考える。
「――全人類の平和を希求してここに来れり」
 そして足元を確かめるように踏みしめて、かごめが口の中でそう呟く。かつて月面に立った者の言葉を引用した彼女は、シアと共に迫りくるビルシャナ達へとその目を向けた。
「今回の作戦に似合う素晴らしい言葉です。月は落とさせません」
 音は伝わらなくとも、彼女の意思は形となって振るわれる。その手から飛んだ氷結輪は、大きく弧を描いて飛んで、秘めた冷気を解き放つ。月の表面に、そしてビルシャナ達の身に刻んだ傷に、描かれた氷の軌跡に重なるように、加えて青く煌めく氷の花が咲き乱れる。
 ――さあ、もっと青く。
 シアの放つ『瑠花』による氷の花は、ビルシャナの群れに境界線を描くように猛威を振るった。そして踏み出す一歩を阻害された彼等に、さらなる牙が向けられる。
 駆け抜けよ雷の竜。そして喰らい付け、妄執の毒蛇。
 ウリルのパズルから迸る稲妻が螺旋を描いて駆け抜けて、アンセルムの身から伸びた蔦が形作る大蛇が、その身をビルシャナの集団の元へと叩きつけた。蔦触手と共に捕食形態の特性、牙を剥いた大蛇は、手当たり次第に敵に喰らい付いていく――!

 着地後、こうして周りのビルシャナを蹴散らしはじめた突破班は、現場の制圧のほかにもう一つ、欠かせない仕事がある事に気付く。
「――!」
 遺跡の入り口に取り付き、その扉を開かんとしているビルシャナが二体。他とは圧倒的に違う体躯を誇るこれらを除かなくては、突入班の動きに支障が出る。
 ――あれを仕留めよう、というウリルの目配せに、他のメンバーも呼応する。狙うのは、手前側に位置した大型ビルシャの一体。もう一体には別のチームが向かう準備をしている。
 さあ静かに眠れ、とウリルがCauchemarを発動し、周りのビルシャナごと巨大な個体の注意を引く。早速、意図を察したその他のチームの援護で、その巨体への道が開かれた。

 可能ならば速やかに倒したい。他のチームが敵を遠ざけてくれている内に、シアは星の剣に力を注ぎ、仮初の聖域を作り出す。加護よ此処にと唱えた彼女に背中を押され、一十は跳んだ。
 地球とは違う重力により、その高度はかなりのもの。声には出さず、心中で笑いながら彼は攻性植物をその腕に纏わせた。――探し出した鍵の成果はこの向こう、興味は尽きず、だからこそ「君は邪魔だ」と断じることができる。地獄を宿した植物が上空から巨体のビルシャナを打ち据えた。
 ケルベロス等に明確に狙われていることを悟り、扉から一時離れ、そのビルシャナもまた反撃に出る。信仰による光の帯がその背から放たれ、迫りくる者達を狙った。
「――!」
 広げた翼で姿勢を制御し、右院がその身を捻って躱し、かごめはあえて別の個体に向けて砲撃を放つことで、反動で射線から逃れ、二人は共に見事な反撃を決める。
 逆にスターゲイザーで高く跳びすぎたウリルは、アンセルムの伸ばした蔦を掴むことで軌道を変えて、奇襲となる鋭い一撃を放つ。そうして、初の宇宙空間に戸惑いながらも、その特性を生かして彼等は戦い続けた。
 敵の剛腕による一撃、振り下ろされた拳を、レスターが剣の腹で受け止める。踏み止まった彼も、通常ならばそのままでは力ずくで倒せられてしまうだろうが――。
 攻撃の死角でダブルジャンプ、いつもの数倍の高みから、シアがゼログラビトンで敵の腕を撃ち抜き、レスターを押さえつける腕を浮かせる。
 銀炎が胴を薙ぐ、そして生じた隙を、レヴィンが正確に掴み取った。
 反動を流すべくしっかりと大地を踏みしめ、砲撃形態に変えた槌を敵に向ける。
 ――喜びな、全弾プレゼントしてやるよ。
 温存を捨てた全弾発射、砲身を染めながらの連続砲撃で、レヴィンは巨体のビルシャナを打ち破った。

 その巨体が倒れ行くのとほとんど同じタイミングで、もう一体のビルシャナも他チームのケルベロス達に倒される。
 ――よし、扉を確保した。
 周囲の掃討もある程度進んだところで、ウリルは突入班へと合図を送った。

●死守せよ
 上空で待機していたヘリオン達が、扉の前に舞い降りる。固く閉ざされていたそれは、突入班の手にした月の鍵に呼応し、自ずと扉を開く。まるで招き入れるようなその様子に戸惑いながらも、突入班のメンバーは遺跡の内部に踏み入って行った。
 ――さて、ここからは防衛戦だな。
 彼等を見送りながら、レヴィンは再装填と共に残弾を確認する。一十達の負った負傷もあり、敵主力と交戦したこのチームは他に比べてかなり疲弊しているが……。
 そうも言っていられんだろうな、レスターは鉄塊剣を構え直す。全ては皆無事で帰るためだと、アンセルムは改めて仲間達の姿を確かめた。
 ここからは、回復に専念するアンセルムの重要度が上がるはずだ。襲い来る敵は万を超える。止むことない増援を迎え撃つ、彼等の長い戦いが幕を開けた。

 ケルベロス達は、ローテーションを組んで前衛チームを入れ替え、戦線を維持する道を選ぶ。そんな中で、このチームが担うのは、敵の攪乱。遊撃のような立ち位置である。
 だが迫りくる敵の方が、その手の事情を汲んでくれるはずもない。役割を果たすべくケルベロスの『囲い』の外へと走る彼等は、激しい攻撃に晒される事になる。
 今日何度目になるとも知れないが、ビルシャナの放つ光がアンセルムを狙うことを察知し、右院がそれに先回りする。翼を広げて自らを盾に。
 ――セスルームニルで一輪摘んで、吸いし甘露はいずこへ去りぬ。花の幻影で負傷をカバーした彼を、前衛ごとアンセルムのブレイブマインが癒した。
 敵を振り払うように攻撃しながら、彼等は戦う。だが無尽蔵に近い敵増援は、確実にケルベロス達を疲弊させていた。
 ――だが、ここで全力を尽くさねばならないとウリルは思う。手元のタイマーに一度視線を送って、彼はその鎌で以て付近の一体を切り裂いた。『ドレインスラッシュ』、噴き出す血が攻撃と同時に我が身を癒す。
 地球には大切な人がいる。思い浮かぶのは妻の笑顔。何があっても、この戦いには勝たなくてはならないのだ。
 そんな中、レヴィンとかごめが撃ち抜いたビルシャナを、別の個体が踏み越え、その経典を広げる。その二人を守るべく前に出た右院は、催眠を伴うその内容を、もろに目にしてしまった。頭に浮かんだのはある種の幻影、自分たちが壊滅させられる姿だ。襲い来る焦燥に耐える合間に。
 ――動かないで、と目で言って、駆け付けたアンセルムが彼にウィッチオペレーションを施す。その間の攻撃は、傷ついてなお堂々と立ち塞がった一十と、剣を地に突き立てたレスターが庇った。
 ――ああ、土産は月の石と決めている。ここでくたばる訳にはいかない。そうして踏み止まったレスターの斬撃が、敵の経典を斬り飛ばした。

 仲間と共に耐え抜いて、ヘリオンを守り続けた彼等の元に、突入班が帰還する。
 どうなったのか、目的は果たせたのか。今はまだわからないが、役割を全うするべく、彼等は最後の力を振り絞った。

●地球への帰還
 負傷者を連れた突入班の盾となり、レスターと一十、右院が中心となって目の前の敵群を抑え込む。とはいえ、こちらの負傷も限界が近いのは明らかだ。飛び立っていくヘリオンが六台になったところで、彼等もヘリオンの方へと後退を開始した。
 ――これで帰還するのならば、弾を残しておく意味はない。牽制がてらにレヴィンがありったけの弾丸で砲撃をかけて、かごめが身の内に残っていたミサイルを一斉発射する。
「皆さん乗りましたね!? 発進します!!」
 殿を務めた彼等を収納し、暖機を終えていたヘリオンは、速やかに月の上空へと飛び立った。
 下から飛んでくる攻撃をかろうじて躱し、上昇――。

 やがて月から地球へのコースに乗ったと知らされて、月面の敵にバスターライフルを撃ち込んでいたシアが銃口を下げて、肩で息をする。振りむいた先の窓には、青く輝く我らの星が映っていた。
 ああ、なんて綺麗。改めて、彼女は溜息を一つ吐く。遠くに見えるあの星には、何十億もの命があるのだから。
「……壊させる訳にはいかないわ」
 月の裏側、あの遺跡の中で何が起きたかは、道々明らかになるだろう。けれど戻ってきた彼等の様子から、何もかもが解決したとはとても思えない。
 これから続く戦いを思い、シアは決意を新たにした。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。