雨とコスモス

作者:文相重邑

●コスモス
 朝から降り続ける絹糸のような雨を、差した傘で避けながら、若い女性がまばらに咲くコスモスを見つめ、溜息をついた。
「辺り一面のコスモス! って、ネットに書いてあったから来てみたんだけど……」
 雨に揺れる花の数は、そう、多くはない。
「でも、これはこれで、きれいかな。写真撮ろうっと」
 白、赤、ピンクの三色のコスモスが、全て撮影できる場所を探し、歩き出した時だった。
 不意に現れたもやが、濃くなり始めた。蕾だったコスモスが次々に花を咲かせ、意志を持ったかのように蠢きながら、女性を取り囲んでいく。
 咄嗟に振り回した傘は、伸びてきた根に払われ、やがて無数の根が女性を包み込んで、その姿を隠した。

●ヘリオン内部
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、揃ったケルベロス達に資料が行き渡ったことを確認すると、一礼して話し始めた。
「都市部より離れた場所にある広い公園内で、攻性植物が確認されました」
 続けてセリカが、資料にある地図を広げた。
「公園内にはコスモスを植えた区画があり、観光客が多く訪れる場所として、相応の知名度がある場所のようです。ですが幸いなことに、雨の影響もあって観光客は少なく、被害女性以外の方々は既に避難誘導を完了、周辺地域の封鎖も順次、行なっており、皆さんが到着するまでには、戦闘に支障がない状況を準備できると思います」
 一人ひとりの顔を見ながら、セリカが続ける。
「ご覧頂いている通り、攻性植物が発生した公園は非常に広く、この入口付近が」
 と、セリカが地図を指し示す。
「駐車場もあり、戦闘に適した場所だと思います。邂逅予測地点として、この場所を使用する許可も得ました」
 セリカが少し、間を置いた。
「討伐対象となる攻性植物は一体のみで、配下はいません。取り込まれた女性は攻性植物と一体化しており、攻性植物を倒すと同時に死亡してしまいます。ですが、攻性植物にヒールをかけながら攻撃を仕掛け、倒すことで女性を助け出すことができます」
 グラビティによる攻撃で相手に与えるダメージには、ヒールで回復可能なダメージと、回復不可能なダメージがある。この回復不可能なダメージを蓄積させることで倒すという方法だ。
「攻性植物は防御に特化した能力を持ち、身体の一部をツルクサの茂みのように変化させる蔓触手形態、戦場を侵食し敵勢を飲み込む埋葬形態、破壊光線を放つ光花形態の三つの形態を使い分け、攻撃を仕掛けてきます」
 資料を見返し、伝達条項の抜けがないことを確認して、セリカはケルベロス達に向かって頷いた。
「女性は、一人旅の観光客で、日本各地を休暇を利用して回っていたそうです。せっかくの旅の思い出を、こんな形で終わらせていいはずがありません。最優先は攻性植物の討伐ですが、できればどうか、皆さんで、女性を助けて差し上げてください」
 そう言って、セリカは深く頭を下げ、説明を終えた。


参加者
ティアン・バ(此処に咎あり・e00040)
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
美津羽・光流(水妖・e29827)

■リプレイ

●戦端
 空から落ちてくる雨が、風で軽く舞う。その踊る雨を目で追っていたウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)の、視線の先に攻性植物が現れたのは、ケルベロス達が待機を始めてから、間もなくのことだった。
「あれだな」
 ティアン・バ(此処に咎あり・e00040)が話しかけると、美津羽・光流(水妖・e29827)が、せやな、と返した。
「女性は、助けたい」
「ああ。それでええと思うで」
「んう、ぼくも、さんせー」
 伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が、二人を見上げながら会話に加わる。
「そろそろ、行こう」
 ウォーレンのその言葉が、合図となった。
 四人が一斉に走り出し、動きを止めている攻性植物へと向かう。
「散開して! 囲い込むように!」
 万が一に備え、攻性植物の逃走経路を断つべく、ウォーレンが皆に指示を出す。
「了解や」
 光流が走る速度を上げ、ウォーレンの横を通り抜けざまに声をかけた。
 ケルベロス達の接近に合わせて、攻性植物が動き出した。散開したケルベロス達の中心に向かって、ゆっくりと進み始める。と、不意に、身体が光った。大気を焼く炎の光線が、四人の後方を狙い、伸びていく。
「まもるー!」
 射線に割って入った勇名が、光線を受け止め一瞬、動きを止めたが、身体に絡みついた炎を気にすることもなく、再び、走り出す。
「大丈夫だ」
 戦いの状況をしっかりと見定めていたティアンが、手の中に溜めたオーラの輝きを押し出すようにして勇名へと届け、炎を払い傷を癒した。
 攻撃が届く範囲へと走り続ける光流と勇名に向かい、ウォーレンが描き出した鎖の魔法陣が、守護の力を投げかける。
 間髪をいれず、身を低く屈め、光流が攻性植物の真横を抜け振り向きながら投じた手裏剣が、螺旋を描いて剥き出しの根に突き立った。
「なかのひと、かえしてもらう」
 片手で握る長剣を逆手に構え直し、下に向け描き出した星座が、守護の光で味方を照らし出す。降り続けている雨が光る。
 強まり始めた風が、後方に控えるティアンの灰色の長い髪を、不規則に揺らがせた。

●膠着
 雨で濡れたナイフを、勇名が一閃した。攻性植物に裂傷が刻まれると同時に、勇名の傷が癒えていく。
「はー」
 肩で息をつき、そしてその場から飛び退いて、距離を取る。
「敵の回復が足りていない。対応を」
 互いの声が届く位置に向かいながら、ティアンが身体を美しい所作で揺らした。呼び起こされた花びらのオーラが、勇名と光流へと舞いながら落ちていく。
「すまん」
「ありがとー」
「気にするな」
 相手の視界に常に入るように立ち回る勇名に、攻撃が届く機会も多い。その勇名を巻き込む形での、攻性植物の攻撃の頻度も増えている。
 味方の回復の手が足りず、ウォーレンがその助勢に回れば、攻性植物の回復が間に合わなくなり、攻撃を控えなければならなくなる。
 ウォーレンがティアンに向かい、頷いた。息を吸い、そして吐く。
「大丈夫。きっと助ける」
 細い雨に、粒の大きな雨が混ざった。ウォーレンの手の中に光が溢れ、落ちてくる雨を照らす。
「だからもう少し、頑張って」
 投げかけられた光が攻性植物に刻まれた数多くの傷跡を消し、そして辺りを大小様々の真珠が舞うかのように見せた。
「仕切り直しやな」
 刀を相手に向けたまま、光流が攻撃の手を止める。
 前衛二名の維持を大前提にしつつ、攻性植物の回復も行なわなければならない。この回復を怠れば、捕らわれている女性を救い出す手段が潰えることになる。
 攻性植物が根を振り回して駐車場のアスファルトを砕き、その身体を沈めた。同化した駐車場そのものを巨大な顎に変えていく。
「来るぞ!」
 ティアンの声と同時に、地面に亀裂が走った。

●収束
 ようやく、掴み出すことができた勝機だった。
 味方を守ることを重視した戦術が功を奏し、四人のうちの誰一人として欠けることなく、捕らわれている女性を救い出すための布石が、形になり始めていた。
 攻撃の威力を抑え、手数を増やす。そうすれば、攻性植物への回復回数を減らし、味方の回復に注力することができる。
「ずどーん!」
 勇名が放った低空飛行の小型ミサイルが、砕けたアスファルトを巧みに回避して攻性植物の根元へと入り込み、炸裂した。煙のような雨をスクリーンに、色とりどりの火花が、鮮やかな色彩を辺りに撒いていく。
「もうすぐだからね」
 ウォーレンが攻性植物に取り込まれている女性に、優しく語りかけ、手を開いた。
 光が溢れ、照らす雨を束の間の真珠に変えていく。直前に炸裂した火花の色が、雨に映り込み、空から落ちてくる真珠を虹色に変えた。
「もう、回復は必要ない」
 後衛から味方への指示を的確に出し続けたティアンの声に、安堵の色が現れている。
 胸元から溢れ出た幾つもの炎が、零れ落ちていく。炎の花が数を増やしながら攻性植物の周囲を埋め尽くし、虹色の真珠を地表から赤く照らす。
「西の果て、最果ての栲縄よ。訪れて繋げ。貴きも卑しきも、等しく底の水沫なれ」
 刀を左手に持ち替え、光流が右手を伸ばした。指先で描いた模様が空間を切り開き、現れたのは白い縄だった。まるで生きているかのように、攻性植物を絡め取り、その自由を奪っていく。
 ふと、戦場が、静かになった。
「……ようやくやな」
「……終わったんだね」
 光流の一撃が、攻性植物を絶命させていたのだった。
「……成功だ」
 攻性植物が枯れ落ちながら、雨に降られて溶け出していく。何もかもが消え、あとに残ったのは、捕らわれていた女性の姿だった。
「……おわっ……たー」
 味方をかばい続けた勇名が、その場に座り込む。そして。
「……ねむ……ねむ」
 眠り込んだ。
「って、おい!」
「あれ?」
「大丈夫か!」

●花園
「んうー……はっ!」
 ティアンの癒しの力を受け、勇名が目を覚ました。捕らわれていた女性は、勇名以外のケルベロス達の手で治癒され、救護班の担架に乗せられているところだった。
「ゆっくり休み。な?」
 光流がかけた言葉に、疲れた表情を見せながらも頷いた女性を、救護班が救急車へと運んでいく。
 雨は長い戦いの後も降り続き、空は灰色に翳っている。雲を貫く陽射しは弱く、日暮れは間近なようだった。
「写真、好きなんやったっけな。……代わりに、撮りに行ったるか」
 目を細めて空を見上げていた光流が、歩き出す。
「レニも一緒にいこか」
「写真、そうだね。撮りに行こうか」
 救護班に運ばれていく女性を見送っていたウォーレンが、レニ、という呼びかけに振り返り、頷いた。
 コスモスの咲く区画の方へと歩いていく二人を、ティアンが目で追う。
「ティアンも、行こうかな。写真」
「しゃしん?」
 見上げる勇名には何も言わず、手にしていた傘をティアンが開く。真っ白なリボンに飾られた、鳥かご傘だった。
「行こう」
「行こう、ティアン。花は、ほわほわする」
 光流とウォーレンのあとを、二人が追う。
「お、ティアン先輩と勇名先輩も来たんやな」
「さっきはびっくりしたよ。座り込んでそのまま寝ちゃったから」
「けが、いっぱいすると、ねむねむになる」
「そういうことだったんだ。なるほどね」
「ねー」
 視線を下げ、小柄な勇名に話しかけているウォーレンを見て、光流が笑う。
「どうした?」
「いや、良かったなー、思うただけや。お、見えてきたで。あれか、コスモス咲いてるところは……」
「ひどいな」
 攻性植物が出現した場所を中心に、コスモスが植えられている区画は惨憺たる有様だった。
「でも、向こうの方は無事みたいだね」
「ほんまやな。ほな、スマホで」
「傘。持ってきてたんだった。光流さん」
「ありがとな」
 ウォーレンが差しかける傘に入り、光流がスマートフォンを構える。レンズが捉えているのは、途切れ途切れに咲くコスモスの姿だ。
 そのレンズを、光る蝶が横切った。ティアンが呼び出した癒しの力だった。コスモスが植えられている区画の片隅にとまり、攻性植物が破壊した痕を修復していく。何も言わずに、ウォーレンが真珠の雨を降らせ、修復作業に参加した時、おー、と勇名が言った。
 翳っていた空を、日暮れの陽射しが強く焼き始めた。雲が朱色に染まり、同じ色の影を公園全体に投げかけていく。
 草花に残る水滴が、朱色の真珠のように光り、その風景の中を輝く蝶が飛んでいる。
 スマートフォンのシャッター音が、一度だけ鳴った。

作者:文相重邑 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月3日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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