●
一秒間に一・四ミリメートル。
ごく普通に、お前がパンにバターを塗っているときも、シャワーを浴びている時も、テレビの前で大笑いしているときも、月は地球に向かって落ちてきているんだよ。
いつまでたっても衝突しないのは、月が落下と同時に毎秒一キロというものすごいスピードで横へ動いているからだ。
「じゃあ、どうして月はそのまま宇宙のどこかへ飛んで行ってしまわないの?」
鼻にそばかすを散らした赤毛の少年が、天体望遠鏡をのぞき込みながら質問する。
老人はかろうじてため息をこらえた。
「月は地球の重力に引かれて、一秒間に一・四ミリメートル落下しているからだよ。落ちると同時に横へ。一秒後にはまた、地球から三十八万キロメートルのところに月があるというわけだ」
少年は話が解ったような、解らなかったような、ひどく間の抜けた返事をした。
相変わらず望遠鏡から目を離さない。
「……じゃあ、大丈夫だね。月がいつもより大きく見えるから……落ちてきてるんじゃないかって心配になったんだ」
それは目の錯覚だよ、と言いかけて、老人は口をつぐんだ。
月が地平近くある場合、大きく見える。これは目というよりは心理的錯覚による現象だ。
だが、いまこの時間、月は天中にある。しかも、孫は天体望遠鏡で月を見ているのだ。毎晩のように月を眺めているこの子が、おかしいと思うのであれば……。
「ちょっと見せてもらってもいいかな?」
まさかな、と思いつつ、老人は腰を上げた。
少年が天体望遠鏡から目を離したそのとき、あたりが真昼のように明るくなった。突然の光はまるで鳥が羽ばたくように揺らぎ、影を伸ばしたり短くしたり、強くしたり弱くしたりした。
原始的な恐怖に貫かれ、老人は孫を胸に力いっぱい抱きしめると、きつく目を閉じた。
●
「月だよ、月。月がどうやったらビルシャナ大菩薩化するんだよ、もう」
ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)は怒っていた。天体観測が趣味のゼノもまた、月の異変にいち早く気づいた一人だ。
「どーせ『月の鍵』を奪われて焦るマスター・ビーストの勢力が苦し紛れでビルシャナたちを引き込んだんだろうけど……ビルシャナ、マジいらね。みんなもそー思うよね?」
ビルシャナへの罵詈雑言をひとしきり吐き出して、少しすっきりしたゼノは、それでも怒りを目じりを釣り上げたまま、緊急招集の理由を説明し始めた。
「ビルシャナ大菩薩化した月が、地球への衝突コースに入ろうとしている。日に日に月が落ちてきていることは、みんなも気づいているだろ? あの翼のような光を見た人も多いんじゃないかな」
NASAとJAXAの調査によれば、このまま月の軌道が変化し続ければ、約1か月で地球に衝突するらしい。
「もし、月が地球に衝突するような事になれば大惨事だ。それだけじゃすまない。月の衝突で命を落とした人々のグラビティ・チェインが、そのまま月のビルシャナ大菩薩に吸収され、世界がビルシャナ大菩薩によって支配されてしまう」
このビルシャナ大菩薩には教義もくそもない。
いや、月に行ってビルシャナたちを問い詰めれば、「あまねく地上を照らす月の光こそ、大菩薩の慈悲」云々の屁理屈が聞けるかもしれないが、そんなもの地球に月をぶつけようとしている時点でちゃんちゃらおかしい。
激高したゼノが体を震わせる。
「こんなこと、絶対に許されない。阻止しなくちゃいけない! 幸い、手はある。月の裏側にある『マスタービーストの遺跡』で『月の鍵』を使えば、月の軌道を元に戻す事が可能なんだ」
月?
月へどうやって行くんだ、とケルベロスたちの間に動揺が走る。
そこでゼノはにぃぃと笑った。
「特別仕様のヘリオン……アメリカ合衆国で開発していた『試作型宇宙用装備』を取り付けたこのヘリオンで月へ行く。もちろん、ヘリオライダーのボクも一緒に」
●
ちょっぴり自慢げに、ゼノは後ろのヘリオンを親指で指示した。
「月の裏側ではビルシャナたちが、ビルシャナ大菩薩化した月を地球に落下させる儀式を行っている。あ、これは予知で得た情報だよ。で、その儀式の中心に『マスター・ビーストの遺跡』があるんだ」
ビルシャナたちは儀式に集中している為、直接妨害しない限りは儀式を継続し続ける。しかし、遺跡に突入する為には、儀式を行っている周囲のビルシャナを撃破して、突破口を開かなければならない。
「うん、だからまずは、ボクたちで宇宙装備のヘリオンから月面に降下、遺跡周辺のビルシャナを撃破して、突破口を開く必要がある」
突破口が開いたら、『月の鍵』を持った突入チームが遺跡に突入する。
「突入チームが遺跡に入ったら、ヘリオンも遺跡内部に突入して緊急着陸することになっているんだ。突入チームが帰還し脱出するまで、みんなでヘリオンを守ってほしい。いっとくけど、これ、とっても大変だよ。ま、ここにいるみんなは大丈夫だろうけど」
ビルシャナを個々でみると戦闘力は低く、一度に襲ってくる数も多くない。しかし、無尽蔵に数がいる為、防衛し続けるのが困難なのだ。
「ヘリオンの防衛は第一に、他のチームと連携して長期間戦い続けられるような作戦を立ててみて」
でも、と言葉をつなぐ。
「マスター・ビースト勢力であるソフィステギアが、グランドロンと共に月に向けて移動を開始しているという情報があるんだ。あまり時間が長引くと、彼らが増援として月に現れるかもしれない……」
こればかりは防衛チームがどうすることもできない。
突入チームが戻ってくるまで、いかなる敵からもヘリオンを守りきるのみだ。
「こんな事態じゃなければ、楽しい月旅行だったかもしれないのにね。ほんと、ビルシャナってうざい。マジ、いらね。みんなで頑張って、月を取り戻そう!」
参加者 | |
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露切・沙羅(赤錆の従者・e00921) |
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771) |
四辻・樒(黒の背反・e03880) |
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557) |
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770) |
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455) |
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532) |
那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383) |
●
個性も欠片もないビルシャナの群が、一様に嘴を半開きにして、漆黒の空から落ちてくるものを見上げている。
宇宙仕様のヘリオンから飛び出したケルベロスたちは、おそろしいほどゆっくりと、太陽光を照りかえして光る月面へ降下していた。遺跡の入口附近はビルシャナが多すぎて、ヘリオンが着陸できなかったのだ。
高度一千メートルから降下して、現在八百メートル。まだまだ攻撃はとどかない。
四辻・樒(黒の背反・e03880)は腕を伸ばし、すぐ横を一緒に落ちていく月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)の手を取って指を絡めた。
「今まで色々な場所に行って来たが、ここまで環境が違うところは初めてだな。灯は大丈夫か?」
灯音は不思議そうに眉をひそめていたが、どうした、と問いかける樒の声を聞いて破顔した。
「大丈夫だ。ただ……」
「ただ?」
「月でも普通に喋れるのだな」
ああ、そういえば。真空にさらされても、ちゃんと息ができている。
ヘリオンに乗り込む前、宇宙服は用意していないと言われて唖然としたものが、ケルベロスなら大丈夫というゼノの言葉は正しかった。
念のため酸素供給装置を持って来たが、今のところ問題はない。
高度が下がるにつれて照り返しが和らぎ、黒い地表の色がよりはっきりと確認できるようになった。
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は首をひねった。ヘリオンの中から初めて裏の月の顔を見た時もそうだったが、あらためて疑問に思う。
空気のない月の表面は、苛烈な太陽光に炙られてカラカラに乾ききっている。月の昼であるいま、地表は白っぽく見えるはずなのになぜ黒いのか、と。
「ドワーフの私にとっては、黒い方が目に優しくて助かるのですが……どう考えても不自然ですね」
パートナーのひとりごとを横で聞いた罠箱の『相箱のザラキ』が、フタ、もとい口を開けてシャベルとツルハシを取りだした。
体を揺すって音を立て、これこれ、とイッパイアッテナの気を引き、ぴんと伸ばした足の先でビルシャナたちを指す。
「ん? どうかしました――あ、ああ! なるほど、そういうことですか」
ビルシャナたちによって遺跡を除く月の裏の岩石が全て破壊され、地が漆黒の面を見せていたのである。
よく見ると地表の黒には『瑪瑙』のような縞模様があり、その縞模様の一部が不自然にゆがんでいる。その歪みの中心点にビルシャナが集まって、ビーストマスターの遺跡を攻撃していた。
「実に興味深い。月の上面が全て剥がれたら……もしや、月自体が『暗夜の宝石』なのでは?」
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)はふっと息を吐いて、先ほど思いついた自説を宇宙へ流し、ゆるりと首を振った。
さがった眼鏡を指の先で押し上げる。
「私としたことが。そう断定するにはいくらなんでも早すぎますね。突入チームから報告を聞くまで結論は待つとしましょう」
酸素ボンベを脇に抱えた那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)が、すぅっと、斜め上から近づいてきた。
「奏過ー、どうしたの。首なんか振っちゃって。もしかして、酸欠?」
これ、よかったら、と医学生らしく酸素ボンベを差し出す。
「いえ、結構です。心配してくれてありがとう。いつでも医師として動けるよう、私も酸素を持って来ていますから」
微笑みながら、背負った酸素供給装置の横を叩く。
「じゃあ、なんで首を振っていたの?」
「あれは、その……下を見て月が『暗夜の宝石』ではないかと想像をたくましくしたものですから、自分がおかしくて……」
戦闘医が弱々しく遊ばせた語尾に、摩琴はぱっと飛びついた。
「『暗夜の宝石』! そうだよ、きっとそう。ヘリオンの中から月を見た時、ボクも漆黒の宝石みたいだなって思ったもの。他のみんなもそう感じていると思うよ」
二人して辺りを見まわした。
空気がないため、同じ班の仲間たちはもとより、遠く離れている他班のケルベロスの姿までくっきりと大きく見える。
何人かは考え込むような顔で、月面と遺跡の入り口で毛を逆立て戦うビルシャナたちを睨んでいた。
「あのビルシャナがいっぱいくるのは凄い光景かなー? 今まで倒してきたビルシャナと同じように倒してヘリオンには近づけさせないぞっ」
がんばろうね、と東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)は箱竜の『マカロン』を振り返った。
『マカロン』が、そうですね、といった感じで静か頷きを返す。ええ、頑張りましょう。みなさんと力を合わせて――。
落下時に煽られて曲がったままの黄色いネクタイ、太陽の光を反射してキラリンと光る眼鏡。いつもどおり、『マカロン』は冷静だ。
苺は自分たちが真空と低い重力下でいつも通りに動けていることに満足し、荒涼たる月面へ視線をむけた。
ぐんぐん黒い地表が迫ってくる。
「あ~あ、それにしても……月にこられるなんて嬉しいけど、こういう時じゃなかったら良かったかなー」
また来たいね、と『マカロン』に笑いかける。今度は青い地球が見られる場所がいいなー。 もっとも、月が地球に落下してしまえば、そんなことは望めなくなるのだ。
「ビルシャナ化による月落とし。止めるためにもお仕事、がんばっていこうッ!!」
露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)は、ビルシャナたちの頭にむけてゾディアックソードを振った。
ウサギ座のオーラがスターダストを散らせながら落ちていき、尾の鐘を激しく振り鳴らすビルシャナたちを打った。
ケーっと悲鳴をあげ、散るようにして逃げてくれたおかげで、着地の場所が確保された。
「月にいていいのはトリじゃなくてウサギ! エヴァリーナさんもそう思うだろ?」
「うんうん。沙羅ちゃん、そのとおりだよ。今後も楽しく美味しくお月見メニュー食べる為に、鳥さんたちには出て行ってもらわないとだね」
掘り返しの跡も生々しい、ザクザクとささくれ立つ月面に降り立つと、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)はすっと顔をあげた。
少し先、いや実際はかなり先に、地表よりもなお暗い遺跡の入り口が見える。まるで『邪悪な神の神殿』のようだ。
その『邪悪な神の神殿』の扉を、ひと際体の大きい二体のビルシャナが攻撃していた。まずはあの二体を排除しなければ、突入チームを乗せた六機のヘリオンも、自分たちを月まで運んで来てくれたヘリオンも、遺跡の中に入ることができない。
「ゼノ班、集合ねがいます!」
先に着地して、他の班と素早く連絡を取ったイッパイアッテナが、腕を上げて仲間を呼んだ。
「扉前にいる二体の巨大ビルシャナを大至急倒さなくてはなりません。急遽、六班中の二班を割り当てることになりました。独断で決めてしまってすみませんが……私たちを含む残り四つの班で、無限増殖する雑魚ビルシャナを押し返しましょう」
誰もが時間勝負であることは判っていた。長引けばグランドロンが、ソフィステギアを連れて月へやって来る。
「イッパイアッテナくんはおまとめありがと~。じゃあ寒天ちゃん、お願い」
エヴァリーナにお願いされるのはいいが、その名で呼ばないでほしい。黄金の輝きを放つオウガメタル『寒天』は、渋々、注射器の形に変形した。
地を揺らす駆け音とともにビルシャナたちが、ケルベロスめがけて集まってくる。
「みんな、がんばろ~。地球に戻ったらお月見しようね」
●
ずずんと、大地の揺れ上がるような衝動がケルベロスたちの体をつき抜けた。直後、雹が地面を叩くような音が聞こえ、空が黒く陰った。
巨大ビルシャナが倒され、大量の砂ぼこりが防衛ラインに飛んできたのだ。
突入班を乗せた六機のヘリオンが次々と、黒い砂煙の中を、遺跡の大扉の前に強行着陸していく。
しばらくして、音もなく遺跡の大扉が開かれた。
地表よりも黒い穴からよどんだ空気が流れ出したが、扉を過ぎた途端に、漆黒の空へ吸い上げられていく。
どうやら遺跡の中で空気が作られているようだ。ただし、突入班が一瞬怯んだところを見ると、毒が混ぜられているのかもしれない。
「これからが本番です。みなさん、最後まで気を抜かずに戦い抜きましょう」
奏過は肩の骨折にも構わず、槍のように伸ばしたオウガメタル『鬼瓦』を突き出し、炎の衝撃波で片方のビルシャナを吹き飛ばす。
『この炎に焼かれた傷が消え去る事はない。お前を溶かし、焦がす痛みに狂うがいい』
炎に巻かれたビルシャナは最後の気力を振り絞り、目前に迫る死の恐怖を怒りでおおいい隠した。
「クェー!」
喚き狂いながら、数珠を手に、息が上がりかけている奏過に突進する。
「おっと。私の後ろへは一歩たりとも行かせませんよ」
ガードに入ったイッパイアッテナは、見えはしないが青アザだらけの脚を素早く動かし、ビルシャナの足を払って転ばせた。
舞いあがった漆黒の破片が、おそろしいほどゆっくり、燃える羽毛の上に落ちていく。
残る片方が頭に振り下してきた経文を、『相箱のザラキ』が体で受け止めた。
ぼすん、と音がして四角い頭がへこむ。
「ザラキちゃん、危ない!」
調子づいて経典をふりあげたビルシャナを、苺が『マカロン』とともに気を吐きながらつき飛ばす。
ビルシャナはザーッと黒い破片を高くしぶかせながら滑っていった。
後方で控えていた三体目が、ケルベロスたちから一斉に鋭い視線を浴びてきょどる。
「いまです、トドメを!」
奏過が叫ぶと同時に、苺につき飛ばされたビルシャナが戻ってきた。
樒は素早く攻撃位置へ移動するため、ビルシャナの手前にケルベロスチェインをしっかりと打ち込み、強く引っ張った。
反動で樒の体が前へ飛ぶ。
「灯音、沙羅、後ろのやつを牽制してくれ。摩琴とエヴァリーナは回復をたのむ!」
破壊の光が放たれ、ケルベロスたちの目を焼いた。
その機に乗じ、前列に突っ込んできたビルシャナが経典を振り回す。
「やらせるか!」
斬。手刀の刃が描く軌跡が閃光を放ち、冷ややかに真空を切り裂いた。
ゆっくりとビルシャナの首が横へ滑る。ほとなくして体を離れた頭は、黒い地面に向かって沈むように落ちていった。
「奏兄たちは、沙羅ちゃんとわたしが守るよ!」
「うん、じゃあここは射手座かな?」
恨めし気に漆黒の地をついばむ鳥頭の上を、灯音が放った矢が半獣神の加護を纏って飛び過ぎていく。
綺羅星の矢は、経を唱えようと嘴を開いたビルシャナの喉に、見事命中した。
「えい、やあ!」
苺が漆黒の大地もろとも、喉に刺さった矢を抜こうとしていたビルシャナを割って倒す。
「中々ハードな戦いだけど、勝って地球に帰ろうね!」
摩琴がキュアウインドを前衛ラインに打って援護する。回復がとどかなかった仲間は、エヴァリーナがメタリックバーストで癒した。
扉前をほぼ制圧し、残る六機のヘリオンが扉前に着陸した。
ここからは防衛戦だ。突入班が戻ってくるまで、十二機のヘリオンを守りぬかねばならない。
エヴァリーナはしっかりと地表に足をつけると、辺りを見回した。
「もう、おかわりが来ているよ~」
新手の一団が月の地平線の向こうから現れ、黒い砂煙を上げてやってくる。
力づく、考えなしに襲いかかってくるビルシャナを仕留めることなど、ケルベロスにとって実にたやすいことだ。
ただ、数が多かった。いったい、どこから湧いて出てくるのか。倒しても、倒しても――キリがない。
加えてこの皮膚を貫くこの暑さ。太陽が容赦なく月面を照らし、まともに浴びる砂岩が熱を吸収していた。上から太陽に、下から放射熱に、常に焼かれているのだ。戦っていなくとも、容赦なく体力が削り取られていく。
ケルベロスたちは短い間に、代わる代わる酸素を吸って活力を蓄えた。
他の班は大丈夫なのだろうか。幸い、また緑色の信号弾を一度も見ていないが……。
●
これでもう何度目の戦いだろう。
高熱に焼かれた跡も生々しい砂礫が、ここまでの戦闘の激しさを物語っている。月面での爆発には音も風圧もない。石の雨と閃光がそれと裏づけるだけだ。
巨大ビルシャナを倒した班が戻ってきて、六班でローテーションを回しながら戦い続けて来た。丸一日、月面で過ごしたような気がしたが、休憩にヘリオン近くまでさがった時、ゼノがまだ一時間もたっていないと教えてくれた。
たった十分ほど前の事だ。
なのにもう、体中が悲鳴を上げている。
ケルベロスたちは奥歯を食いしばり、限界という言葉を飲み込んだ。
たとえどんなピンチに陥ろうとも、突入班が帰還するまでは暴走できない。いや、みんなで帰ると約束をした以上、してたまるか。
「その動き抑えさせて貰う」
低く腰を落とした樒が、流星の蹴りを放ってビルシャナの脛を砕く。
灯音が練り上げた気を猟犬の牙に変えて放ち、倒れたビルシャナに食らいつかせた。
『相箱のザラキ』が飛び出すパンチで嘴を叩いて止めたビルシャナの心臓を、奏過が拳に巻いた『鬼瓦』で正確にぶち抜ぬいた。
途切れることなく襲い掛かってくる敵を前に、イッパイアッテナが吼える。
「がんばりましょう、『勇気ある民に報いるために!』」
摩琴は、おー、と腕をあげて激に応えた。
「そんじゃあ、苺。防御アップ、いくよー」
動力装甲から魔導金属片を含んだ蒸気を噴出し、最前列を維持するディフェンダーに吹きかける。
『マカロン』もちょっぴりおこぼれに預かって、白い鱗を強くした。
ペアで跳んできたビルシャナを弾き返す。
「よし、そこーッ!」
沙羅が黒い地面を蹴って飛ぶ。渾身の一撃で、苺たちがあげたビルシャナを叩き落とした。
――ん? 止まった?
それは微かな兆しだった。
漆黒の空に輝く星々の動きが止まっていた。それはすなわち、月の停止を意味する。
「やりましたね」
「ああ、やってくれた」
「地球は……助かったんだね」
怪我人を抱えながら、突入班のメンバーが大扉の内から出てきた。続々とヘリオンに乗り込んでいく。
「ラスト! 蹴散らしていこうー」
沙羅は守護星座をゾディアックソードに宿し、駆けてくるビルシャナたちを全力で薙いだ。
全員で残る力を出し切り、攻撃する。
ビルシャナたちも負けずに激しく応戦してくる。
後ろでヘリオンに特別につけられたジェットエンジンが火を噴いた。突入班を乗せた六機が月面を離れていく。
「私たちも離脱しましょう」
「ヘリオンに戻るよ。急いで!」
摩琴が癒しの風を吹かせる。
「樒、地球にかえろう」
灯音は満身創痍の愛する人を支え、走りに走った。
全員が駆けこんですぐ、ドアも閉じずにヘリオンが浮上する。
飛び立たせまいと群がってくるビルシャナたちを、ドアの縁から全員で蹴散らした。
天はまっ黒、地は荒涼たる黒い砂と岩石礫。生も死もない、まさにこの世ならぬ『魔力を失った抜け殻』である月を脱し、ケルベロスたちは青く輝く地球に帰還した。
作者:そうすけ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年10月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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