月面ビルシャナ大菩薩決戦~鍵が導く先へ

作者:犬塚ひなこ

●月は煌めく
 その日、月が異様な光を放った。
 空を見上げていた子供も、天体の観察を行う天文学者も、皆一様に異変に気付く。
 本来は太陽の光を反射するものであるはずの月。
 それがまるで自ら発光しているように眩く輝いている。それだけでも不思議だというのに、その姿は宛ら、生き物のように――鳥の如く動きはじめた。

●月の異変
「皆さま、たいへんでございます! 空を……月を見てください!」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は天空を指差し、普段とは明らかに違う様相をした月を示した。
 あの月は今、ビルシャナ大菩薩化している。
 そして更に月が地球への衝突コースに入ろうとしていることが判明した。それは航空宇宙局および宇宙航空研究開発機構の調査報告からして確かなことだ。
「どうして急にこんなことになったのかの理由は不明です。けれども、このままでは地球人類の存亡に関わる大惨事になってしまいます!」
 もし月が地球に衝突するような事があれば、人類の存続が危ぶまれる大惨事となる。更にそれにより死亡した人々のグラビティ・チェインが大菩薩に吸収されれば、世界はビルシャナによって支配されてしまう。
 リルリカは真剣に告げ、どうかこの危機を救って欲しいと願った。

 危機ではあるが、実はケルベロス達にはこれを阻止する力がある。
 先日、竜十字島で手に入れた『月の鍵』に月の軌道を元に戻して落下を阻止する力があることがわかったのだ。
「でもでも、落下を止めるには月の裏側にある『マスター・ビーストの遺跡』まで月の鍵を運ばなければいけないのです」
 しかしどうやって宇宙空間にある月まで行くのか。
 その答えはリルリカが普段から操縦しているウサチャン号。即ち、ヘリオンにある。
 実は今回、アメリカ合衆国で秘密裏に進められていた『ヘリオン強化計画』が一役買っている。つまり月面までの移動は試作型宇宙用装備を取り付けたヘリオンで向かうことができる。ウサチャン号、月に発つというわけだ。
「安心してくださいませ。リカも皆さまといっしょに宇宙に行くのです。月の裏側までひとっ飛びなのでございますよ!」
 そして、リルリカは月面に到着してからの説明を行っていく。

「ここに集まった皆様には、『突入班』を担っていただきます」
 遺跡への道は、別班の突破・防衛チームがひらいてくれる。
 突入班の役目は突破口が開かれた後、遺跡に突入して中枢を目指すことだ。
「月の遺跡内部は、ビルシャナではなくてマスター・ビースト配下の獣人型デウスエクスが待ち構えています。敵の数は多くないのですが、基地内部に隠れ潜んでケルベロスに奇襲を仕掛けて『月の鍵』を奪い取ろうとしているので注意してください」
 月の軌道を元に戻すには、遺跡の中心部まで月の鍵を奪われることなく運び込まなければならない。中心部までは月の鍵が導いてくれるので道に迷う心配はないが、進む度に敵の妨害も激しくなっていくはずだ。
 突入班は月の鍵を持つチームを中心にして周囲を索敵しながら進み、敵の襲撃を阻止する必要がある。脱出口も維持し続ける必要がある為、時間との戦いにもなるだろう。
「強敵が現れた場合は、一部のチームが強敵を足止めしている間に他のチームが先に進むといった作戦も必要になるかもしれません。それから、月の鍵をどのチームが運ぶかも出発前に決めておいてほしいのです」
 また、マスター・ビースト勢力であるソフィステギアが、グランドロンと共に月に向けて移動を開始しているらしい。それらが月に増援として現れると厄介なことになる。
 すべてはケルベロスの作戦と行動次第。
 責任重大な任務となるが、ただ月が落下してくるのを見ているだけにもいかない。
「さすがにリカもいきなり宇宙に行くとは思いませんでした……。けれどリカだって……いいえ――わたしだって、地球が滅ぶのはみたくありません!」
 月が地球に激突すればその被害は予測も出来ない。絶対に阻止するために自分もできる限りを行いたいと話し、少女はまっすぐにケルベロス達を見つめた。
「わたしは、いつも皆さまを信じてきました。だから今回だってへっちゃらです!」
 ――ウサチャン号、発進。
 そして、大切な仲間と未来を乗せたヘリオンは宇宙に飛び立つ。


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
上野・零(焼却・e05125)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)
鞍馬・橘花(乖離人格型ウェアライダー・e34066)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ

●月の遺跡へ
 普段見ている月とは違う、裏側の月面。
 強行着陸します、という声と共にヘリオンが大きく揺れ、ケルベロス達は身構える。振動が収まったと同時に扉が開けば、先に遺跡の入り口が見えた。
「さて、参ろうか」
「うん、ビルシャナと戦って道をひらいてくれた皆に報いるためにも!」
 四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)と若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)が駆け、上野・零(焼却・e05125)とゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)も続く。
「……これが目的の場所か?」
「マスター・ビーストの遺跡のようじゃのぅ」
「ふむ、邪悪な神殿のようじゃ。それにしても身体が軽い軽い!!」
 零とゼーが禍々しい雰囲気と僅かに軽いを確かめる中、服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)も僅かに軽い重力への思いを零す。
 どうやら遺跡内部の温度は一定に保たれ、空気も存在している。言葉が届かないのではないかと心配していたが、会話が可能であることはひとまず安心だ。
「どこもかしこも禍々しいですね」
「脈打っているのは……肉の、芽……?」
 鞍馬・橘花(乖離人格型ウェアライダー・e34066)が頭を振り、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)も遺跡内に食い込んでいる怪しげな肉の芽を見遣る。
「それにしても月に来る事になるなんて思ってもみなかったわ。こんなものじゃなくて可愛いウサギさんが歓迎してくれる遺跡とかないのかしら」
 思わず溜息を零した遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)は仲間達と頷きあい、突入と足止めを担う班の者達と共に一気に遺跡内へと突入した。

 脈動する肉めいた壁。淀んだ雰囲気。
 まるで毒でも孕んでいるかのような空気に顔を顰めるゼーは、匣竜のリィーンリィーンに気を付けるよう注意する。
 そして進んでいく最中、妙な気配を感じた沙雪と零が先を示した。
「何かが居るようだね」
「……何であっても突破するのみ、かな」
 其処に現れたのは化け物そのものの姿をしたクルウルク達だ。
 形こそ人間型ではあるが、赤黒い身体の至る所に唇や目が生えており、触手のようなものも蠢いている。めぐみはぐっと掌を握り、ナノナノのらぶりんと一緒に身構えた。
「あなたたちなんて怖くないも~ん」
「いざ、いざ! ぬぁあああああああーーーっ!!」
 めぐみが悪意の嘲りを発動したと同時に無明丸による無明伝説の力が振るわれる。敵への挑発、其処からの全力の一閃。
 それらは景気付けの一発となるに相応しく、他の仲間達も其処に続いた。
「――術式弾装填、目標基部の拘束を試みます」
 橘花は敵が動く前に徹甲弾を放ち、クルウルクの行動を制限する。その隙を狙った刃蓙理が猟犬縛鎖の力を解き放ち、敵を穿った。篠葉は鎖で魔方陣を描き、仲間の援護を担っていく。そんな中でふと篠葉は疑問を落とした。
「それにしても……ここはマスター・ビーストの遺跡よね?」
「そうじゃが、どうかしたのか?」
 篠葉の言葉にゼーが首を傾げる。すると敵を炎上網で屠っていった零も違和感があるのだと口にした。
「……獣ではない敵が出るのは不思議だ」
「そうだね、明らかにこれは邪神でしかない」
 沙雪も印を結びながら立ち塞がる敵の様子を見つめる。そして、印を四縦五横に切った瞬間、顕現した光の刀身がクルウルクを打ち倒した。
「理由はわかんないけど、次にいくよ~」
「進むしか……ありませんね……」
 めぐみと刃蓙理は周囲の敵が散ったことを確かめ、行く先を指差す。
 謎は残るが今はとにかく遺跡の奥を目指すだけ。橘花と無明丸達は頷き、背後に付いてきている月の鍵を持つ者達の露払いとなるべく先導してしていく。

●実験場の先
 まるで胎内巡りのようだ。
 ぐるぐると螺旋状に伸びていく遺跡の通路を駆け抜け、感じたのはそんなこと。
 道は一本道であり迷うこともない。これならばアリアドネの糸や合図なども要らないだろうと感じ、橘花は気を引き締める。
 そして敵を蹴散らしながら進むこと二十分ほど。
 徐々に周りの様子が今までの肉壁とは違う様相に変わっていくことがわかった。
「な、何これ……?」
「水槽か! おお、何やら漂っているようじゃ!」
 篠葉が周囲を見渡す中、無明丸が透明な硝子のような壁に触れる。中には動物の死体のようなものが浮いており、めぐみは思わず口元を押さえた。
「何だか気持ち悪い~」
「……神造デウスエクス。ここはウェアライダーを産み出す実験場……?」
 めぐみの傍ら、零は予測を立てる。
 そうかもしれぬと答えたゼーは双眸を鋭く細め、先に進んでいった。
 水槽の中身も、最初は犬や猫や兎といった一般的な動物だった。だが、奥に進むにつれてドードー鳥や、ステラーカイギュウ、ジャイアントモアなど――おそらく、デウスエクスの大侵略期に絶滅した動物の死体が増え始めた。
 沙雪はいよいよ、此処がウェアライダーを作り出す実験場であることが濃厚になってきたと感じる。
 クルウルク達はもう居ないが、刃蓙理は別の気配を感じて周囲を探る。
 すると、水槽通路の向こう側に三体の影が現れた。
「皆さん、あれを――」
 橘花が呼びかけた先には天球儀を掲げるウサギ、鋭い牙と爪を持つライオン、そして巨躯のカイギュウ型の獣人型デウスエクスが居る。
 どうやらそれらは月の鍵を奪いに訪れた刺客のような存在らしい。
 足止め班である自分達の出番だ。そう感じた番犬達は即座に陣形を作り、他の班の者達を目配せを交わしあった。考えている暇はない。狙うべきは一番近くにいる個体だ。
「わしらは兎の相手をするぞ!!」
「はい……。やはり、月には兎が相応しい……」
 無明丸の声に答え、刃蓙理は黒色泥土の大槌を構える。すると兎の獣人は静かに口を開き、武器を構えた。
「フム、貴方達は鍵を持っていないようですね。邪魔です。お退きなさい」
「やだよ。そう簡単には通さないも~ん」
 兎獣人の前に立ち塞がっためぐみはらぶりんに癒やしに徹するように願う。まだ刃を交えては居ないが相手が強敵だと感じ取れたからだ。
「そうじゃ、わしらとて生半可な覚悟では来ておらぬからのぅ」
「鍵は絶対に渡さないわ。それから、あなたを倒して先に進むんだから!」
 ゼーと篠葉が其々の思いを言葉にすると、兎獣人はくだらないと言わんばかりに一笑に付した。だが、橘花をはじめとした番犬達が即座に相手を取り囲んだことで無視はできなくなっている。
 零と沙雪は無言で頷きあい、武器を構えた。そして――。
「さぁ! いざ尋常に、勝負ッ!!」
 威勢のよい無明丸の声が響いた瞬間、強敵との戦いの幕が開けた。

●不死身の敵
「いいでしょう、一人ずつ殺してさしあげます」
 兎獣人は手にした天球儀に魔力を巡らせ、此方に光の一閃を解き放ってくる。
 しかし沙雪は怯まず、刀印を結んだ指で神霊剣・天の刀身をなぞった。
 ――陰陽道四乃森流、四乃森沙雪、参る。
 心中でそう呟いた沙雪は壁を蹴り、その勢いに乗せて破邪聖剣の力を振るう。浮遊する天球儀が刃を弾いたが、沙雪は身を翻して敵との距離をとった。
 其処に続いためぐみは絶望しない魂を歌い上げ、敵に怒りを付与していく。すると敵は僅かに眉間に皺を寄せた。
「引きつけるから、今のうちに!」
「大丈夫かのぅ。じゃが、その機を逃す訳には行くまい」
 めぐみが敵の気を引いている間にゼーが動き、降り止まぬ雨を降らせてゆく。更に其処に零が続き、結晶焼却と物理焼却を同時に発動させた。
「……燃え上がるは我が心体、我が地獄」
 高純度の黒い地獄は決して敵を逃さない。ゼーの雨と零の黒焔が兎獣人に衝突し、大きな衝撃を与えた。
 だが、敵は怪しげな視線を此方に向けるのみ。
「それなりにやるようですね」
「わはははははははっ! わはははははははは! 其方もなかなかじゃな!」
 敵の強さを改めて確かめた無明丸はからからと笑い飛ばし、ひといきに敵との距離を詰めた。全力全開で敵を殴り抜こうとする無明丸。だが、敵は素早く身を引く。
 命中率が足りていない。そう感じた刃蓙理は光輝くオウガ粒子を放出し、仲間達の感覚を研ぎ澄ませてゆく。
「今です。この隙に……」
「ええ、呪いパワーは月でも健在よ」
 刃蓙理の呼びかけを受け、篠葉は黄金の果実をみのらせていった。
 二人の援護を受けた仲間達は次の一手を与えるべく其々に動いていく。橘花も特殊拘束術式付与型徹甲弾を解き放ち、少しでも相手の動きを止めようと狙った。だが、それを振り切った兎獣人が反撃に入る。
「まずは貴女からです」
「……っ! らぶりん、お願い治して!」
 そして、敵が狙い打ったのはめぐみだ。鋭い魔力の軌跡が容赦なくめぐみを貫き、その身を急いでらぶりんが癒やす。
 その状況が拙いと感じたのは零だ。
 確かにこの強敵の相手をすることで自分達の役目は果たせるだろう。だが、怒りを付与しためぐみ一人に攻撃が集中してしまう。
 沙雪もそのことに気付き、鎖で守護の魔法陣を描いていった。
 敵を倒す気概も大事だが今の自分達の役目は足止め。無明丸は月の鍵を持つ班の者達を護るため、兎獣人に殴りかかっていく。
「ぬぅあああああああーーーッッ!!」
「貫きます」
 橘花も無明丸に合わせ、熾炎を迸らせる。次の一手は見事に命中したらしく敵の身体が揺らいだ。ゼーは匣竜に仲間を守り続けることを願い、自らも打って出る。
「ふむ、では此れはどうじゃ?」
 体勢を崩した竜槌で敵を穿ったゼーは身を翻し、尻尾で以て二撃目を叩き込んだ。しかし兎獣人も床を蹴り上げて素早い身のこなしで立ち回った。
「駄目ですね……目で追う事は出来ても……体がついていかない……! ――でも、」
 刃蓙理は敵の疾さに一瞬首を振ったが、すぐに己の力を紡ぐ。
 速いのならば動きを止めればいい。解き放たれた汚泥爆散が敵を捉え、爆裂した。泥に塗れた兎獣人は痺れるような感覚をおぼえる。
 その間に篠葉が仲間を支える癒やしの力を放った。
「――有象無象の御霊よ、此処に在れ」
 神籬を振り、有象無象の御霊を呼び起こした篠葉。
 思わず背筋がぞわりとした。だが、それは呪いの癒力だけが要因ではないのだろう。
 此方が有利に動いているというのに敵の様子がおかしい。妙な余裕があるのだ。攻撃を行いながらも零や橘花は何となくそう感じていた。
「フフ……貴方達は強いですね」
 兎獣人は薄く笑み、天球儀を輝かせる。
 広がった光の一閃を避けた沙雪と無明丸は身構え、左右から一気に敵を挟撃した。
「――だが、お前はここで終わる」
「さあ! いざと覚悟し往生せい!」
 沙雪の神霊剣、そして無明丸の天輪刀が薄く煌めく。そして次の瞬間、二人の一閃によって兎獣人はその場に伏した。
 やがて、獅子やカイギュウの獣人も他の班によって倒されるだろう。
 しかし――。
「何じゃ、兎獣人が……」
「待って、再生してる!?」
 ゼーとめぐみが驚愕し、他の仲間達も警戒を強めた。
 確かに敵は撃破したはずだ。しかしすぐに再生が始まり、その身は瞬く間に蘇ってしまった。どういうことなのかと訝しむ橘花や刃蓙理を前にして、獣人デウスエクスは語る。
「マスター・ビーストにより産み出された最高傑作たる、神造レプリゼンタ――我らは滅びる事などありません」
「……『神造レプリゼンタ』?」
「だから不死身だっていうの?」
 零と篠葉が疑問と驚きの交じる声を上げる中、兎獣人はケルベロスに向けて更なる魔力を放った。幾重もの光が仲間達を貫き、迸る。
 鋭い痛みが走る中でゼー達は悟った。敵の撃破は不可能だ。それゆえに足止め班である自分達が神造レプリゼンタを相手取り続けるしかない。
「鍵を持って突破するのじゃ!」
「ここは私達に……任せて……」
「マスター・ビーストの勢力、必ず止めてみせます」
 ゼーと刃蓙理、そして橘花が呼びかけると月の鍵班達が遺跡の奥に駆けていった。零と沙雪が鋭い視線を向ける中、兎の神造レプリゼンタは双眸を細めて告げる。
「さあ、死にたい人からかかってきなさい」
 戦いは終わらない。
 それがどれほど過酷であろうと戦い続けると誓い、番犬達は覚悟を決めた。

●撤退と脱出
 十分、二十分――。
 どれほど戦っただろうか。幾度も、何度も攻防が巡った。
 倒しても倒しても兎獣人は蘇り、疲弊したケルベロス達を倒さんとして魔力を紡いでくる。既にめぐみとらぶりん、匣竜が倒れ伏しており、彼女を護るように篠葉と刃蓙理が立ち塞がっていた。
「まだ……まだ、戦えるわ……」
「ここで、倒れる訳には……」
 しかし、もう誰もが限界に近い。気力で何とか立っている状態だ。
 果敢に攻撃を行い続けていた無明丸、零やゼーの息もかなりあがっていた。後一撃でも受ければ自分も倒れるのだと沙雪も悟っており、絶体絶命の危機が訪れている。橘花も自分の得物を支えに立っているのがやっとだ。
「私達は……負けません……」
 己の力を暴走させる時が来るのだろうか。
 そのことも織り込み済みで訪れていた篠葉とゼー、零が覚悟を抱いた、そのとき。
「無駄です。どれだけ足掻こうとも……む?」
 兎の神造レプリゼンタが不意に顔をあげた。同時にケルベロス達も遠くで何かが起こったような気配を感じた。
 事態を飲み込めぬまま、零は強く身構え直す。
「……何が起こったんだ?」
「貴方達を殺しきれなかった事は残念ですが、どうやら幕切れのようです」
 兎獣人は壁際に下がる。
 同時に獅子やカイギュウ獣人も戦いを止め、三体の神造レプリゼンタは自ら肉壁に飲み込まれるようにして消えていった。それは一瞬のこと。もはや追いかけようと駆け寄る気力さえ、番犬達には残されていなかった。
 そして暫し後。
 ――マスター・ビーストが撤退した。
 遺跡奥から戻ってきた突破班と鍵班からそう知らされ、番犬達は神造レプリゼンタ達が撤退を選んだ理由を理解した。
「ひとまず遺跡から出よう」
 沙雪は重い体を引き摺り、仲間達に呼びかける。頷いた篠葉と橘花は気を失っためぐみを抱え、刃蓙理も仲間を支えた。
「月の落下は……止まった……?」
「ここからでは確認できないが、相手が撤退したならこの戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ! 鬨を上げい! わははははっ!」
 無明丸は力を振り絞って拳を突き上げ、先陣を切って駆け出す。
 遺跡の外までは一本道。あとは外のビルシャナ制圧チームが防衛しているはずのヘリオンに乗って、月から脱出するだけだ。
 ゼーと零も仲間をいざない、元来た道を辿ってゆく。
 ウェアライダーの実験場。神造レプリゼンタという存在。そして、首魁の行方。
 未だ謎は多い。
 それでも自分達に課された役目は果たした。
 どんな形であれ、確かにマスター・ビーストの勢力を退けたのだと確かめ、ケルベロス達は駆けていく。
 この先に、守りきった未来が続いていることを信じて――。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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