桃栗三年柿の怪

作者:星野ユキヒロ


●柿の木のある家
 山梨県。小学五年生の少女、望月・未亜は両親の里帰りで里山に近い村に訪れていたが、大人たちの昼間から酒の入った会合がつまらなく、近くを散歩していた。
「確かこの辺に……」
 幼稚園児のころ、柿の実がたわわに実った木のある家があったが、誰も住んでいないので近づいてはいけないと親に言われていたのを思い出したのだ。その頃は誰も住んでないのに柿だけあんなに生ってるのは変だなあとだけ思っていて、なんとなくまだあの家はあるのだろうかと軽い探検心が疼くままに、家から遠いところまで歩いて来た未亜。おさげに結った髪を金色の粒がキラキラとかすめる。
「あったあ……」
 果たしてその家はあった。誰も住んでいないので記憶よりも老朽化が進んでおり、とても入ろうとは思えない怖さがあり、未亜はごくりと唾を飲む。
 しかし廃墟と不釣合にというべきか、記憶の中の柿の木は記憶のままにたわわに柿の実を実らせていた。
 おそるおそる木に近づくと、その柿の木が急にぐにゃりと膨れ上がる!
 悲鳴を上げるまもなく、少女は飲み込まれてしまった!

●攻性植物討伐作戦
「ケルベロスの皆サンお疲れさまネ!全員揃ったアルか?今日の作戦の説明を始めるヨ!」
 クロード・ウォン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0291)が集まったメンバーを見渡し、説明を始めた。
 山梨の山村で柿の木の攻性植物の事件が起こることを御影・有理(灯影・e14635)は懸念していたという。
「有理サン、バッチリ的中ヨ。なんらかの胞子を受け入れた柿の木が変化したと思われる攻性植物が山梨の村で確認されたヨ。その村出身のご夫婦の小学生のお嬢さんが柿の木の攻性植物に取り込まれ宿主にされてしまったアル。急いで現場に向かって、一般人を取り込んだ攻性植物を退治して欲しいネ!」

●説明
「攻性植物の能力の資料を読みあげるアルヨ」
 埋葬形態・地面に接する体の一部を大地に融合する「埋葬形態」に変形させ、戦場を侵食し敵群を飲み込みます。侵食された大地は戦闘後にヒールで治ります。
 蔓触手形態・身体の一部をツルクサの茂みの如き「蔓触手形態」に変形させ、敵に絡みつき締め上げます。
 捕食形態・身体の一部をハエトリグサの如き「捕食形態」に変形させ、敵を喰らい毒を注入します。
「現場の村は近くの住民にも注意喚起、避難してもらって人払いは済んでるヨ。周りの人の安全とかは気にしないで行ってすぐ退治してもらえば大丈夫アル。大丈夫のコトだけど、被害者は攻性植物と一体化してるカラ普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまうネ。相手にヒールをかけながら戦えば、戦闘終了後に取り込まれてた被害者を救出できる可能性がアルネ。ヒールグラビティを敵にかけて敵が回復しても、ヒール不能ダメージは少しずつ蓄積するカラ、粘り強く攻性植物を攻撃していけば最終的には倒せるネ。ケルベロスの根気強さを攻性植物に知らしめチャイナ!」

●クロードの所見
「はるばる訪ねて来たお孫さんが大変なことになって、被害者の祖父母も大層心配しているネ。とっても可愛がっているのウォンさんにも伝わって来たから、どうか頑張って助けてあげて欲しいと思うアルヨ」


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
鉄・千(空明・e03694)
フィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)
東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)
御影・有理(灯影・e14635)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
影守・吾連(影護・e38006)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ

●秋の気配
 ヘリオンから降りたケルベロス達は、情報に聞いた廃屋に向かって歩いていた。
「本来であれば一般人の、それも小学五年生程度の子供に痛くて怖い思いはさせたくない。荒療治になるし、気を引き締めてかかるよ」
 鋭い眼光のアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)の決意する声は優しい。
「未亜のお父さんとお母さんもそうだけど、じーじとばーばも心配しておりますのだ! 無事に帰してあげないとだ!」
 今日はなんだか全体的にもふもふしている鉄・千(空明・e03694)は本人もじーじっ子だからなのか、被害者の家族を気にしていた。
「未亜ちゃんを待ってる家族がいるからね。絶対返してもらうから」
 赤いずきんのフィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)は、自分は家族を持たないなりにそんな千の気持ちを汲んで同意する。
「女の子が心配です。早く助けなければ……!」
 東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)は角のない銀髪を揺らしほんのりと微笑みながらも緊張感を出していた。
「まだ助けられるんだね……必ず救出してご両親を安心させてあげたいな」
「彼女の家族のためにも必ず助けよう」
 御影・有理(灯影・e14635)と鉄・冬真(雪狼・e23499)の夫婦は子供が一人でダモクレスの害にあったという事実に心を痛めているようだ。自分たちに子供がいて、安全が脅かされたら、とどうしても想像してしまうのだ。サーヴァントのリムが有理を気遣って見上げている。
「思い出の場所にある柿の木、大切なものだと思います。その木が攻性植物と化して取り込まれた未亜さんの気持ちを考えると心が痛みます」
 如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)は故郷のことを少し思い出した。幼い頃の自分にも大事な思い出があったのだ。
「女の子にとって柿の木は小さい頃の大事な思い出だったんだろうね。ご家族に悲しい思いをさせたくないな。うん、必ず助けよう!」
 影守・吾連(影護・e38006)は駆けていく小さな女の子のイメージが頭を離れないでいる。
 一同それぞれの思いを胸にたどり着いたその廃墟に、その柿の木は禍々しくそびえていた。

●柿の怪
 その柿の木には、異様なほど大きな柿の実がひとつ成っていた。細い枝がそれを包み込むように絡んで、元の形がどうだったかわからないような異形と化している。
「これは嫌なかんじだねぇ……思い描く結末はーーもうその掌の中に」
 フィーの紡ぎ出す幻想のオーケストラが後衛に耐性を付与した。
「ありがとうフィー!」
 付与を受けた有理が流星の煌きと重力を宿した蹴りを柿の怪に見舞い、戦闘が始まる。リムが続いてブレスを柿に浴びせた。
 めきめきと音を立て、柿の木にあるまじき蔓触手が伸び、広がった。かばう暇もなくリムに絡みつく!
「今助けるのだーっ!! ちゃーっ!!!!」
 千が飛び出し、指天殺で絡みついた蔓をちぎりほぐすと、ころんと転がりでるリム。
「すぐに治します!」
 沙耶が前衛にライトニングウォールを展開すると前衛に耐性がつくとともにリムの傷が治る。
「攻撃しなければ助けられないのなら今は甘い考えを捨てて切り込まねば。そこだ」
 アジサイが放つ一撃が蠢く蔓を掻き分け貫いた。
 大きな柿の実がちかちかと光る。それは脅かされる少女の生命の輝きにほかならない。
「苦しんでいるね。もう少し頑張って。夜を照らす月神よ 恵みの灯を齎し 闇に抗う魂へ祝福を与え給え」
 冬真が御業「白姫」と「黒姫」を召喚すると月を司る存在は上空で舞い踊り、柿の木の周りに咲くささやかな花たちを清らかに照らす。それに呼応してか大きな柿の実の光がやや落ち着いた点滅を見せた。
「冬真さんのおかげでまだ攻撃できそうだな、中衛に付与するよ!」
 吾連の散布した紙兵が中衛を守護していく。
「なるべく真ん中には当てないようにしていきますね」
 凛が放ったオーラの弾丸が真ん中を逸れて端からかじり削った。
 救出任務は長丁場。戦いはまだ始まったばかりだ。

●命のキャッチボール
「望月……こんな大きな男が殴りかかってきて恐ろしいな? 必ず助けるから、最後まで一緒に戦ってくれ」
 アジサイのドラゴニックハンマーが加速して木の幹を横合いから殴りつける。元の太さがわからないほど醜悪に膨れ上がった柿の木の幹が少女を守るが、強すぎる振動はしっかりと伝わっている。せめて少しでも恐怖が和らぐようにアジサイは声をかけていた。
「聞こえるかな、ほんとに、すぐ助けるから頑張ってね」
 フィーがすぐさま切り開き、ウィッチオペレーションを施した。少女の顔がちらりと見えたがすぐに塞がなければいけない。それが手術だ。しかし、しっかりと生きているのが確認できる。
 柿の木がぶるぶると大きく震えた。攻撃が来る!
「させません!」
 フィーに向かって広がった大きな口のような幹を沙耶のゼログラビトンが中和し弱体化させ相殺した。無事に戻ったフィーと沙耶が無言でハイタッチをする。ジャマー二人の相性はいいらしい。
「助けてみせる……」
 有理が古代語を詠唱し、魔法の光線を放つ。動きの鈍くなった柿の木にリムがブレスを吐き、架せられた効果がかさ増しされていった。
「待っててな未亜! 悪い木は千がバリバリ爪とぎしてやるのだ!!」
 千が両手を硬化させ、バリバリと呪的防御ごと貫く。
「なかなか固くて加減が難しいね……みんな、気をつけていこう」
 冬真は手加減攻撃しつつ、仲間に注意を促した。
「そうだね! それに自分たちの守りもちゃんとしなきゃ!」
 吾連の散布した紙兵が後衛を守る。
「あまり長引かせたくはないですが……」
 中空から螺旋の手裏剣を放ちながら、凛はさらなる長期戦を覚悟した。

●柿と重力
 攻撃と回復を繰り返す、行ったり来たりの戦いが続いた。
「この一撃で……沈め!」
 被害者の残り体力を危惧していた凛は死角から螺旋の衝撃波で決めようとするが、柿の木は頑丈でなかなか倒れない。そして、今倒してしまっては救出ができない。
「倒す前に中身だけ助けることはできないよ。削って治して、削って治すんだ!」
 すかさずフィーのメスさばきが光る。
 ショック打撃を撃ち込み、後ろに下がったフィーの目の前に、いつのまにかはびこっていた地下茎がズミズミと立ちはだかる。
「やらせはしないのだ!」
「守ってみせる!」
 ジャマーの二人を守るため、千と冬真が身を挺した。
 次の瞬間、吹っ飛ばされ回転する千の目に、飲み込まれる冬真が映る。
「冬兄ー!!!!」
「冬真ーーーーーー!!!!!!」
 叫びながら駆け寄った有理が、巻き付いた蔓をむしりながら詩篇を詠唱しはじめた。
「冥き処に在して、三相統べる月神の灯よ。深遠に射し、魂を抱き、生命の恵みを与え給え!!」
 被害者へのヒールを徹底していた有理だったが、愛する人の危機にはなりふり構っていられない。リムも主人の回復を手伝った。
(友人をあんなに傷つけられては黙ってはいられん!)
 冬真の怪我を目にして動揺したアジサイの後ノ先が柿の実のすぐ上を貫くと、赤い液体が噴出する!!
「わーーーー!!!! もみもみにゃんこ団! 出陣!!」
 吹っ飛ばされて戻ってきた千が作務衣姿の猫の幻影を急いで召喚すると、猫たちは敗れた果実をもみもみして塞いでいく。猫の一匹が濡れた肉球を千の唇に押し当てる……?
「ん? 甘いのだ! これ血じゃなかった!! なんかどろどろに熟した柿の実なのだ!!」
「千、顔が枝に引っ掻かれすぎてメロンみたいになってるよ! 我が身に宿りし雷光よ、此の者に天の恵みを与えん!」
 猫の肉球をぺろぺろしている千に、吾連が癒しの纏雷を纏わせて傷を治してやった。
「どろどろに熟している……? 熟した果実ならじきに落ちるね……」
 一瞬気絶していたらしい冬真が立ち上がり、果実と共に期も熟したのを悟る。精神を極限まで集中させると、柿の木の攻性植物を爆破させた!!
 爆ぜた枝から、巨大な柿の実が放り出される。地面に叩きつけられた柿の実は、その瞬間水風船のように破裂し、少女のクッションとしての役割を終えた。
 あとには、煙をあげる焼け棒杭と少女が残されている……。
 投げ出された少女に駆け寄り、次々と回復を施すケルベロスたち。戦闘中から彼女を気にしていたアジサイは特に熱心に声掛けを試みていた。
「望月……望月! ダメなのか……!?」
「……ん……? だれ……」
 少女の目覚めの声を聞いて、ケルベロスたちは秋の空に歓声を響かせた。

●秋の道を歩く
 ケルベロス達はお互いの傷を治しあい、廃墟を元の壊れ具合程度に修復してその場をあとにすることにする。
 アジサイを見て初めは驚いてべそをかいていた少女、未亜も今はアジサイの背ですうすうと寝息を立てている。
 任務完了を電話連絡をすると立ち入り禁止が解除されたのか、祖父母の家まで行くまでもなく家族たちが迎えに来て、何度も礼を言いながら未亜を引き取っていった。
「夢にまで怖い俺が出てくるようでなくて安心した」
「一時はどうなるかと思ったけれど、助かってよかったですね……」
 戦闘前から少女を心配していたアジサイと凛は、やっとほっとできたようだった。
「ふむ。任務成功したらお腹がすいてきてしまったですのだ……やや? これは? 干し柿もってきちゃいましたのだ~! みんなもどうかな?」
「さすが千だね。準備がいいなあ。俺もお茶持ってきてるけどよかったら飲む? 甘い干し柿にぴったりだと思うよ」
「むふ~、吾連褒め上手……もちろんいただくのだ! 里山のおやつたいむにはピッタリなのである!」
「実は~? 僕も~? ぽいぽいぽい!」
「わ……美味しそう、是非いただきたいですね」
「沙耶さん、ほんと~? 僕振舞っちゃうよ!」
 干し柿とお茶を取り出した千と吾連の後からフィーも柿を使ったお菓子をバスケットから取り出し、急遽プチハイキング気分になるケルベロス一同なのだった。
 おやつに満足すると、冬真と有理のお散歩デートの気配を察したフィーが僕らはちょっと探検しない? と他の仲間に申し出て、彼らは二手に分かれることになった。

●それぞれの秋
 探検をしたいとはいったが、凛や沙耶、アジサイたちはもちろんフィーの真意はわかっている。しかし、吾連と千のどらごにあんずは探検という言葉に浮き足立って、二人でわっと駆けていく。
 吾連は駆けながら、また何かを思い出しそうになっていた。
(俺も彼女みたいに、小さい頃に探検した覚えがあるなぁ。確か『あの子』と二人で……。ん、あれ。あの子って誰のことだっけ?)
「昔過ぎて思い出せないや!」
「吾連何をもぐもぐ言ってるのだ? まだ柿飲み込んでないのか?」
 そんな二人を見ながらフィーがぽつりと呟く。
「うーん、家族っていいよねぇ。僕はレプリカント化したタイプだから、家族とかいないけど、血の通った温かさみたいな空気は、わかるようになった気がするんだー。ほら、身近に仲良し家族がいるからさぁ」
 両親を失った凛、婚約者と離れ離れになった沙耶、奴隷だったアジサイも、フィーの言葉を噛み締めて聞く。
「ねえねえ僕ねぇ、親友夫婦にこどもができたらその子とも友達になりたい」

「くしゅん!」
 フィーたちと別れた冬真と有理の夫婦は、まだ紅葉には全然早いにしても夏とは違う空気になった小道を歩いていた。
「夕方になると冷え込むね、ほら、もっとこっちにおいで」
 くしゃみをした妻に自分の上着を掛け、引き寄せる冬真。
「どこか痛くないかい?」
「大丈夫、あなたがいつも守ってくれるから。それより、さっきは怖かった」
「ごめん、でも回復をありがとう」
 この辺は家の近くと雰囲気が似ていておちつくね、と落ちているどんぐりを爪先で軽く蹴る有理。リムがそれを追いかけて集めているのを見てうふふと笑う。
「いつか君と子供とこんなふうに散歩できたらいいな」
 突然そんなことを言った冬真を少し驚いて見上げる有理。
「そうだね、いずれ貴方と子供と一緒に幸せな秋を過ごしたいな」
 秋は郷愁を誘う。それぞれの過去と未来と。ケルベロス達は想いながら、秋を感じて歩いていくのだった。

作者:星野ユキヒロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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