頻繁に沸かす電気ポット

作者:baron

 森の中で、シュシュシュと何かが抜けて行く様な音がする。
『ピー!』
 大きなすると木々が揺れる。
 暫くは静かだったが、やがて再びシュシュシュと音がして、森の入口付近が揺れた。
 ずっと見ている者が居れば、少しずつ森の出口に近付いて居るのが判っただろう。
 だが熱い蒸気を巻き散らし、時々電流さえ放つソイツを、ワザワザ見守る者は居ない。
『ピー!』
 何度目かの音がした後、ナニカが猛烈な蒸気で森の入口を焼き、次いで電流が迸った。
 出て来たナニカは周囲に誰も居ないのを確認すると、街の方に移動して行く。


「電気ポット……と思うのですけれど、なんで何度も沸かしているのです?」
「良くある中途半端な仕様の結果、捨てられてしまったようですね」
 花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)が予知情報について首を傾げると、セリカ・リュミエールが端的に語った。
「高額だけれど大容量で保温性抜群な物。保温性は全くないが直ぐに湧かせる物。そして湧く速度も容量も中間で、保温性はあまり高くないが沸かし直せば良いというパターンがあると思ってくれや」
「高い物は修理するけれど、中途半端な物以下は買い直す方が早いもんね」
 その情報をケルベロス達が補足すれうと、成るほどと反応が返って来た。
 なんのかんの言っても、こういった易いが中途半端な品というものは、壊れると放置されたり処分費用の問題で捨てられることが多いのだという。
「いずれにせよダモクレス化した廃棄家電を放置することはできません。犠牲者が出ない内にお願いしますね」
 セリカの言葉に皆は頷き、詳細な情報を待った。
「このダモクレスは炎の様に熱い蒸気と、頻繁に放出される電撃を主体として居ます。格闘は出来なくはないと言う程度ですね」
「電気ポットをモデルにしたからかな? まあ普通の電気ポットは攻撃なんかしないけど」
「半分は機能を参考にして、もう半分は電流が流れや易い仕様というか、故障を参考にして居るのかな」
 セリカが能力を説明すると、ケルベロス達はメモに情報を書き込んで行く。
「繰り返しますが、罪もない人々を虐殺するデウスエクスは放置できません。対処をよろしくお願いしますね」
「頑張って、戦闘ですの」
 セリカの言葉に綾奈たちは頷き、相談を始めるのであった。


参加者
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)
雪城・バニラ(氷絶華・e33425)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
ルージュ・エイジア(黒き使者・e56446)
海原・リオ(鬼銃士・e61652)
リィン・ペリドット(奇跡の歌声・e76867)
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)

■リプレイ


「電気ポットは便利なのだけどね」
「私もいつも使うから、それがダモクレスと化するのは悲しい事だな」
 雪城・バニラ(氷絶華・e33425)と海原・リオ(鬼銃士・e61652)は思わず苦笑した。
 それも仕方あるまい、森から現われた敵が電気ポットだからだ。
「本当に最近は破棄された家電製品が多いものね」
「使おうと思えばまだ使える筈ですけどね。本当に勿体ないです」
 バニラの言葉にミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)が頷く。
 捨てられた家電製品の多くは、ちょっとした故障。
 修理しないと不便レベルでしかなく、それなのに修理すらされずに捨てられるのだ。
「故障したら捨てられるのですか、命を持たないものとはいえ、可哀そうですね」
「最近では性能が良いものが、多数出ているので。古いタイプは、どんどん捨てられるのですね、悲しい事、です」
 首を傾げるリィン・ペリドット(奇跡の歌声・e76867)に、花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)が補足する。
 技術は日進月歩と言うが、日に日に新しい物が発売され……。
 壊れる頃には時代遅れに成って居る事も多いのだ。
「ふむ……中途半端は確かに扱いづらいようだな」
 ちなみに今回捨てられていたタイプは、種類的にも問題があった。
 嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)が言う様に、何もかも中途半端なのだ。
 容量はあまり入らずコーヒー数杯分でお茶会一回分、あるいは一人の作業の添え物程度。
 それだけならば使えなくもないのだが、問題なのはその作業中に何度も沸かすのだ。
「私家であれば、そんな時は使い分けますけれどね」
「便利さの裏返しね。そんな物が無かった身としては、あるだけありがたいけれど」
 ミントが良いお茶を手に入れれば、電気ポットには頼らないだろう。
 あるいはリオの様に、今まで無かったからこそ少々の不便であれば気にもしない。
「頻繁に動作するということはそれだけ寿命も縮まるだろう。あえて利点を挙げるとすれば、冬の寒い日にストーブの上で沸かしっぱなしの薬缶のように……」
「あの、残念ですけど、加湿……というほどじゃないって」
 槐は使い道を考えようとして、綾奈の言葉に溜息を吐いた。
 意味があるのであれば、リオの様に利便性の為の代償として受け入れるのだが。
 普段目を閉じて作業して居る身なので、意味もなく湯を沸かされたらたまらない。
「まぁ電化製品に罪は無いんだろうが、ダモクレスと化して人を襲おうとするなら、放ってはおけないな」
 ルージュ・エイジア(黒き使者・e56446)はそう締めくくって、戦闘準備を整え始めた。

 森から出た電気ポット型ダモクレスが、そろそろ射程圏内に入って来るからだ。
 道で待ち構えていた分だけ、こちらには展開する余裕がある。
「準備は良いな? いくぞ」
「人々に危害を加えようなんて許さない、絶対にダモクレスの思い通りにはさせないよ」
 ルージュの言葉に頷いて、笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)は左右に分かれ始めた。
 まずは道を塞いで町へは行かせない為である。
『ピー!』
 相手が動きを止めると、濛々と上がり始めた蒸気。
 どうやら相手は射程ギリギリで攻撃を放ったらしい。
「気を付けてください、攻撃が来ます!」
「大丈夫! もう動いて居るから」
 リィンの忠告に氷花は足を止めつつも、急加速していく前衛陣を頼もしそうに眺めた。
「さぁ、ダモクレス。私達ケルベロスが相手してあげるわよ」
 盾役に前を譲りながら宣戦布告し、バニラはハンマーに魔力を集中させ始めた。


 甲高い音を立てて、薬缶のように電気ポットが音を奏でる。
 本来であればここまでの勢いでも音でもないが、そこは変異強化ゆえだろうか。
 灼熱の蒸気が迫った時、立ち塞がる影があった。
「やらせぬ」
「させま……せん」
 槐は湿気の上昇を感じて走り出し、綾奈は翼を広げて滑空する事で追いついた。
 そして今回は、槐が我身を盾に、蒸気を防ぐことに成功する。
「まずはその動きを牽制します」
 やや遅れて飛び出したミントが、彼女ら盾役に紛れて攻勢を掛けた。
 素早い蹴りを浴びせて牽制し始める。
「穢れなく純真であれ、混じりなく清浄であれ」
 槐は正逆を反転させ、痛みと傷を退けた。
 裏変える事象の代償が待ち受けているとしても、五里霧中の未来に変わりはあるまい。
 その覚悟があるならば、全てはいつか来る事柄の一つに過ぎぬと豪語してみせよう。

 ここからケルベロス達の本格的な反撃が始まる。
「その身体を、かち割ってあげますよ」
 綾奈は翼を畳みながら斧を振り抜いた。
 ポットの丸いボディを叩き割る為、刃を喰い込ませたのだ。
 その瞬間に感じたことは、装甲を割る感触とその後のキュっとした違和感。
「中は……ただの断熱材……だったのですね」
「ああ、それは温度が下がっちゃうよね。……素早い動きをしないように、先ずはその動きを封じるよ!」
 綾奈が言う様に、中間種のポットが何度も沸騰させるのは保温機能が無いからだ。
 ちゃちな機能に苦笑しつつ、氷花は飛び蹴りを浴びせてダモクレスのバランスを崩しに掛った。
 動きを止めれば全体が当て易く成るし、そうすれば倒す時間も早くなるだろう。
「このまま取り囲むわよ。竜砲弾よ、敵の動きを止めなさい!」
「包囲ですね。隙ありです、飛び蹴りでも食らいなさい!」
 バニラが衝撃波を放って抑えつけ、そこへリィンが飛び込んだ。
 蹴りを食らわせつつ重力波で敵を縫い留める。
「これなら街へ行かせない様にできるかな? ……奇跡の実りよ、その神……秘的な力で皆を護る力を与えよ」
 リオは後方から相手の動きを確認し、仲間達が包囲していくのが判った。
 上手く足止めできているので、その陣形を維持するべく黄金の光を放って結界を張る。
「闇に染まるが良い、そして自身の行為を悔いる事だな!」
 ルージュは天に魔力を放ち、漆黒の雨を降らせた。
 それは腐食性の性質を持っており、ダモクレスの装甲を蝕んで行く。
 さしものダモクレスもこれには弱く、徐々にその力を失って行くであろう。
 こうしてケルベロス達はダモクレスを捉えたのである。


 それから数分が経過し、戦いは本格化した。
 一進一退の攻防にも慣れ、範囲攻撃を防ぎ切れなかった事で手を取られた事もあるが……。
「薬液の雨よ、仲間を癒す力を与えよ!」
「大丈夫か、すぐに治すから安心しろ」
 それも直ぐにリカバリーし、徐々に盛り返し始めていた。
 リオは薬剤の雨を降らせ、ルージュは周囲の記憶から仲間たちの姿を元に再現する。
「助かりましたの。夢幻もありがとうです」
「また活躍してもらうから構わない。それに……おそらく、これほど厄介なことはもうないさ」
 綾奈がルージュや翼猫の夢幻に礼を言うが、今回は負荷が累積し続け許容範囲を越えた結果だった。
 耐性を上げる結界は張られているし、ガード役の綾奈だからこそここまで累積して居たとも言える。
 今後の負荷を受けることはあっても、彼が再び動くまでに消えるか、先に倒してしまうだろう。
『ピプー』
「構えよ、また来るぞ。これは……電流だな」
 槐は手足の痺れが再び襲いかかって来る瞬間を幻視した。
 しかし今回は痺れることはなく、また仲間も無事に守り切れている。
「こ、こちらも大丈夫です。反撃と参りましょう」
「そうですね。追い込むまでには足りませんので、もう少し削りましょうか」
 綾奈に守られたミントは、その影から飛び出て足を振りあげた。
「しかしこう何度も漏電して出力が上がらないのでは、この方が電気で沸かすよりも、手っ取り早いのでは?」
 ミントの足に再び炎が宿り、電撃を放ったばかりのダモクレスを蹴りつける。
「それよりも水の量に限りがあるなら蒸気はだんだん弱くはならないだろうか……」
 その言葉に頷き掛けた槐は、苦笑しながら仲間の傷を確認した。
 今回は範囲攻撃だが負荷を受けておらず、傷も範囲攻撃ゆえに浅いので自分が手伝う事もないだろう。
「ダモクレスだから、そんなにうまい話はないか何せ故障も攻撃にしてしまうぐらいだしな」
 槐は一向に減らない蒸気や電力を思い出し、意識を切り替えることにした。
 そうなればオウガである彼女の事、考えるのを止めて力任せに殴りつけて行く。
「もう判って居ると思いますが、傷口をえぐられると痛いですよ?」
 綾奈は斧槍を天に掲げ、空を引き裂いて振り降ろす。
 風の刃が敵の装甲の内側で、断熱材や電源ケーブルを引き裂いて行く。
「チャンスってやつかしら。血がでないのは残念だけど、貴方の中身でこの辺を染め上げてあげるよ!」
 氷花は漆黒に塗られた刃を引き抜いて、踊る様にダモクレスの身にナイフを振るう。
 クルクルと舞う度に刃が奔り、一足早い冬の訪れを告げる様に冷気すら伴う斬撃を放つ。
「遅いわよ、死角からの一撃、見切れるかしら?」
「あら、居たの? いいじゃない、一緒に踊りましょう」
 バニラが仲間達の陰から陰に移動し、死角を渡ることで急接近した。
 そして氷花と何度もすれ違いながら、刃を突き立て引き裂いて行く。
「これだけ繰り返せば、もう身動きとかできないと思うけど……」
「念の為にダメ押しです。……私の声よ、あなたに届きなさい。あなたの心を蝕んであげます!」
 バニラが離れて行くのと入れ替わりに、リィンの悲しげな声が周囲に鳴り響いた。
 それはダモクレスに届く様に調整され……いや、ダモクレスにこそ届ける為の言葉。
 今の電気ポットは元の電気ポットに非ず、ダモクレス化したことは悲しい事なのだと、現実を突きつけたのである。
「……もう必要ないかな? まあ駄目押しといえば、これも駄目押し」
 リオは今回の範囲攻撃で、仲間に負荷が付与されていないことに着目した。
 先ほどはこれまでの負荷が累積した悪い結果であったし、今無事なのはこれまでの結界が累積した良い結果なのだ。
 もはや大丈夫とは思いつつも、念のために黄金の光で結界を強化して行く。
「ならば私も心おきなく攻撃できると言うもの。……古代語の魔法よ、再び敵を石化させる光を放て」
 ルージュは治療を助ける必要が無いと知って、改めて攻撃を再開した。
 魔書より力を導き、ダモクレスを石化して行く。
 だがそれは敵を硬化させることはなく、身動きだけを縛って行くのだ。
 こうして戦いは終局へと向かって行く。


 更に数分の時間が過ぎれば、戦況は決定的に変化する。
 攻撃が避けられることは少なくなり、点けられた火は炎と化して大炎上して居る。
「後は……逃がさない為。じゃなくて、大怪我する前に倒すってところかな」
「そうですね。念のために早めに囲みましたから」
 バニラとリィンが連続で攻撃を叩き込んで行く。
 衝撃波を浴びせたダモクレスに、蹴りを叩き込んでその場に釘付けにした。
 もはや浮かび上がる事も出来ず、その場で転がって上下を戻すのが精々だ。
「これが最後の回復になれば良いのだが」
 そういってリオは何度目か忘れてしまうほどに放った、黄金の光を放つ。
 当初は他の力や、仲間の援護と組み合わせていたが、今ではこれ一本だ。
 相手はジャマーなので火力も無ければ、まぐれ当たりで強烈なのが無いのも大きい(もっとも負荷は極大だが)。
「さぁ、このナイフを見よ、お前の最後を想起させてやろう。念仏は今の内から数えておくがいい」
 ルージュはナイフの刃に敵の姿を映し出した。
 おそらくは故障した時の光景だとは思うが、他者には判らない。
 だが最後の時がやってきているのは、本当である。
『ぴ、ぴ、ピー!』
「初動も随分と遅くなりましたの。次はもう……ありません」
 蒸気がたまるまで時間が掛ったのか、綾奈は余裕を持って受け止める。
 そしてケルベロス達はすっかり与力の無くなったダモクレスに、最後の引導を渡しに動き始めた。
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい!」
 ミントの銃弾が撃ち込まれるよりも速く、刃が空に現われて敵を刻む。
 次々と着弾する弾と、槍の穂先はどちらが多いだろうか?
 ミントは一瞬だけ呼び出された友人に礼を言いつつ、とって置きの一発を撃ち込んだ。
「もはや倒す方が早いか。燃え尽きる定めはもはや代わらぬものとしれ」
 槐が掌底を打ち込むと、終わりゆく定めを炎が告げる。
 なんとか飛び出て来たところへ、迫る影が二つ。
「トドメは……お願いしますね」
「任されたわよ! さあ、元の位置に戻りなさい!」
 綾奈が斧槍を叩きつけると、跳ね返って来た所で氷花が蹴り飛ばした。
 燃える足がヒットしたからか、それとも炎の中に押し戻されたからか。
 燃え尽きる運命には変わりなく、ダモクレスは火の中で動きを止めた。

「ふう、終わったねー。それにしてもダモクレスって、次々に出てくるから、本当にキリがないなぁ」
「心がけて捨てられる方も、処分して回る方も多いと思うのですが……」
 氷花が労いの言葉を掛け、リィンは目を閉じて電気ポットを弔った。
「処分費用が掛るのが逆にネックに成っている……というところでしょうか」
「理解しかねるな。まだ使える物を捨てようと言うのだ、むしろ企業の方が受け取り値を払らい、使える物を再利用すれば良いと思うが」
 ミントの言葉にリオは首をかしげざるを得ない。
 便利な物であれば、パーツや素材を使えば良いのにと思う。
「利益を考えたらそうもいかないのだろうよ。しかし……再利用というのは鹵獲兵器を考えれば面白いか」
 ルージュは無理だろうと告げつつ、ダモクレスが宿る時にナニカの力を得ているのだろうかと思った。
 特殊なナニカがあるならば、研究してみても面白いかとでも考えたのだろう。
「まあその辺りは後回しで良いだろう。森が高熱で枯れたりしたらたまらないからな、ヒールしてしまおう」
「そうね。面倒くさいけどさっさと片付けてしまいましょうか」
 槐がヒールを始めると、バニラは気力を移して行く。
 表情こそ代わらないものの、アスファルトを一々戻しながら修復するのは面倒そうだ。
「手分けして一気に修復するか」
「では私は空から見て参りますね。夢幻もお願い」
 リオが薬剤の雨を降らせていくと、綾奈は翼を広げて流体金属を散布して行く。
 そして夢幻を伴って、空から森を癒して行った。
「こんなところかな? 改めておつかれさま」
 氷花はキリの良い所で歌うのを止めた。
 見た所、特に壊れた場所は無いようだ。
「あとは他に何かないか、だな」
「では他にも不法投棄物がないか、一応パトロールだな」
「私もご一緒しますね」
 ルージュが森陰を見ていると、槐は気にせず森の中に入って行く。
 人の良いリィン達がそれに続き、一同は思い思いに帰還して行った。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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