『酒は佳いねぇ。酒は日本文化の極みだよ……だがしかし!』
突如として温泉町に現れた鳥人間が、わめきだした。
『酒は常温に決まってるでしょうが! キリリと冷やす? あったかい? 何いってんのさ!』
そういって酒処が店先で試飲している屋台を破壊し、律儀に露天販売は手を出さない。
常温なら何でも良いのかと疑問を抱く者も居ようが、こいつはビルシャナなので仕方無い。
信者ともども、常温以外のお酒を認めないと言う怪しい主張を繰り返しているが、常温の酒の味方なのである。
そいつらは酒燗の酒や冷やした酒、ついには酒を使った鍋をひっくり返して行った。
●
「個人的な主義主張により、ビルシャナ化してしまった人間が、個人的に許せない対象を襲撃する事件が起てしまいます」
「うーん。美味しいってだけならひじょーに納得できるんだけどねえ」
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)は依頼の文章では無く、セリカ・リュミエールの掲げたパンフレットを凝視した。
そこには温泉町で行われる、お酒フェアという催しが書いてあったのだ。
ドワーフである彼女にとって、酒は一生の朋である。
「ビルシャナそのものは強力ではありませんが、信者を連れているのが厄介です」
「うんうん。お酒を飲みながら説得すればいいんだよね!」
「任務の最中にお酒が飲めるなんてとっても素敵ですわ……じゃやなくて、真面目にいきましょう」
問題なのは洗脳された信者達にはまともな話しが通じ時ないと言う事だ。
彼らはビルシャナの盾になったり、こちらを攻撃してきて何かと物騒である。
「えっと、お酒が飲めないと説得は無理なんですか?」
「いいえ。洗脳ゆえにインパクトがあれば問題ありません。極論、禁酒を求めても、他の方の相の手を入れながら信者を気絶させるタイミングを測って居ても良いのです」
「禁酒は勘弁してほしいな……。町内の集会にもおつまみがあれば何も要らない子もいるし、話を合わせてくれればいいよー」
信者は怪しげな競技に洗脳されているだけなので、インパクトのある説得であれば話の整合性は要らない。
それこそ一人が禁酒を宣言し、他の者が熱燗や冷酒を進めても良いくらいである。
そして住人ほど信者が居るため、説得できなかった信者を気絶させる役目でも良いだろう。
「という訳で被害が出ない内にお願いしますね」
「「おー!!!」」
「了解です」
一部に何故か嬉しそうなメンバーを交えつつ、ケルベロス達は相談を始めたのである。
参加者 | |
---|---|
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686) |
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841) |
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157) |
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720) |
エリザベス・ナイツ(星騎士・e45135) |
八刻・白黒(星屑で円舞る翼・e60916) |
●
温泉町では湯気が漂うものだが、その一角では酒の匂いが漂っていた。
「えっと、こんな所かな?」
お酒の販促コーナーにて準備するグループの一人。
エリザベス・ナイツ(星騎士・e45135)がチーズやハムを切り分けている。
「ええ、構いません。できればもっと……」
「もっとグっと厚切りに!」
どちらかといえばクドい味付けなのだが、酒呑み達は気にしない。
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)と颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)は視線を交わすと頷き合った。
「豆類とかイカとかならまだ判るけど……。でも大丈夫というなら良いんじゃないかな」
「本当に良いのかな~。でも、こうしちゃえば大丈夫だよね? 美味しく……な~れ」
まだお酒のことは良く判らないフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)が、軽くつまみながら苦笑いを浮かべる。
しかしエリザベスは飲む事もできないので、仕方なしに防具の前に指先を這わせた。
手を組んでその能力を起動し、どんなモノでも美味しく食べられるようにすると、あら不思議。
「なんだか良い感じですね。ワインは神の血、聖餅は神の肉と言いますが……これは」
「おっ。いける口だね~。じゃあ後でこの辺とかもいっちゃおー。癖になるよー」
フェルディスが真剣な表情でチーズを味わっていると、ちはるはなんと塩その物を取り出した。
まだまだ難易度が高いと思うのだが、今なら美味しそうに思えるから不思議である。
「今は湿度も高めですから、もう少し待った方が良いですね。その手のモノは気温と湿度で変わりますから」
「……寿司やなんかだと重要なポイントらしいぞ」
「そうなんですか?」
八刻・白黒(星屑で円舞る翼・e60916)やセルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)が巧みに話題を逸らして行く。
塩でお酒を飲む様になったら、ド嵌りするまで待ったなしである。
だが今はその時ではない、思い出に浸るよりも先にビルシャナを倒す時なのだ!
「らしいな。だが今は楽しく話す時間じゃない。連中が来たようだぞ。準備はいいか?」
セルリアンが視線を向けた先には、鳥人間が信者を引き連れている。
それに合わせて彼は、下に置いて居たクーラーボックスをテーブルの上に引っ張り上げた。
同じ様に他のケルベロス達も、いつでも出せるように器を用意して行く。
「準備は万端に整っておりますよ。いつでも対応可能です」
白黒は鳥人間……ビルシャナの方に向かいつつ、自作のパンフレットを用意する。
そしてやって来る者達にパンフレットを手渡しながら、ゆっくりと微笑んだのである。
『酒は佳いねぇ。酒は日本文化の極みだよ……だがしかし! 酒は常温に決まってるでしょうが!』
「常温とは申されますが、では日向燗と人肌燗のどちらがお好みですか?」
なん……だと!?
白黒の言葉にビルシャナ達は機先を制された。
まさか常温の酒に、種類があるとは思いもしなかったらしい……。
「常温酒とかただぬるいだけじゃないか! そんなの飲んだって美味しくないぞ!」
『なんだと!?』
「まあまあ、ここは座学から行きましょう。暫く蘊蓄をお聞きください」
フェルディスが割って入って口論しようとするが、白黒が宥めてパンフレットを開かせる。
こうしてモノクロという意味では無い、白黒劇場から論戦は始まったのである。
●
勢いを止められたビルシャナ達に、ここぞとばかりにケルベロス達は詰め寄った。
一気に話を進ませて、押し切る算段である。
「まず熱燗の分類と特徴から行きましょうか。御手元のパンフをご覧くださいな」
『こ、これか……?』
白黒の言葉にビルシャナ達がおずおずと続くと、そこにはグラフの脇に複数の御猪口が描いてある。
大雑把な日本酒の温度別の呼び方は、冷や、常温、熱燗であるが……。
詳細な温度は無数にあり、代表的なモノが五度刻みで描かれている。その一つ一つに温度域と古風な名前が付いているではないか。
『待て。我々は醸造場に見学に来たのでは無い!』
「いかにも。御酒が好きなのならばわかるはずです。小難しい話を聞きながらストレスを感じて飲むよりも、楽しく美味しく飲むのが一番なのではないでしょうか?」
ハッキリ言って、お酒の蘊蓄を聞いて楽しい人間は無い。
精々が酒を飲みながら、誰も覚えていないよと馬鹿話として肴にするくらいだ。
「好きな御酒を飲む時くらい、楽しく飲みたいでしょう」
「お酒とは寛ぐもの、楽しむもの。押しつけられてはたまったものじゃありませんね。常温のお酒、それが悪いとは申しませんが」
白黒はそこを突いて、真正面から待ったを掛けたのである。
そこにシデルが相乗りして、ビルシャナ達の意見は理解出来るのだが、押し過ぎは注意だと反省を促した。
白黒がブロックであるとするならば、シデルは受け止めた所で投げ技を掛けたと言えるだろう。
「ですがそれではお酒の魅力を全て知ったと言えるのでしょうか? ここには各温度域の酒とおつまみが用意してあります。さあ……」
「まずは椅子に掛けて掛けて。直ぐに色々と持ってくるから」
シデルが紹介すると、エリザベスがおつまみと駆け付け一杯を置いて行く。
これが洒落た料理屋ならばアミューズ・グールとカクテルだが、まずは常温で一杯。
そして彼女が推す為の酒を、二杯目以降からグイグイ持ってくる予定だ。
「えっとね、お酒の事って私、良く分かんないけど、このお料理と熱燗って絶対に合うと思うんだ」
「ボクは冷えてる方が好みかなあ? ということで……ここにキンッキンに冷えた日本酒があります。オラァ! まずは飲んでみろ!」
ここでエリザベスとフェルディスが両脇から挟んで来た。
料理に文字は描かないし、接待もしないが良い感じで酔ってしまいそうである。
しかしながらビルシャナは紳士であり、エッチなのはいけないと冷静さを保って居た。
『うーん。悪くは無いけど、やはり常温が一番だね。ボクかぁ……そう、この基準だと花冷えかな』
「それって実質、冷酒だよね! やっぱり冷酒が一番なんだ!」
だがフェルディスは回避を許さない。
常温と冷やの中間のはずだが、キンキンに冷えて無くとも冷酒だと断言してしまった。
冷やは常温の一種だとか言ってはいけない。
「ほう……それを選んだのか。常温のお酒は香りがいいやつは美味しいけど、のどごし重視のだとあまり美味しくないよね」
『むむ』
セルリアンは一応相手の選択を認めつつ、僅かに疑義を呈して来た。
「常温って秋とか春はいいけど、夏と冬は物足りなくないか? その温度だって今は常温に思えるが、夏と冬で変わってくるぞ」
『確かにそうだが……』
まだ暑さが残るからこそ、十度前後の『花冷え』を選んだのではないか?
場合によっては『涼冷』から『日向燗』が良いのではないかと、セルリアンが指摘する。
「冷や、花冷えの温度によって香りや味の感じ方もガラッと変わります。熱燗もバランスの取れた御酒でも風味が崩れやすく、香りやアルコールもきつくなります」
白黒は長口上で、ビルシャナ達も話半分に聞いて居るのを自覚しながら一気に話し切った。
「常温は御酒本来の風味が楽しめるがある程度温度調節をしなければ……冬は冷たく夏は温くなる。温度の微調整や管理をしてまで常温に拘るならば誉めましょう」
ここで重要なのはインパクトで洗脳を押し切ることであり、理論を覚えさせるためではないのだ。
細かい理論は仲間達の説得を味付けする為であり、援護射撃に過ぎない。
「んーむむ……温度については、結局はそのお酒次第になるんだけど……。……話だけじゃやっぱわかんないよね?」
『ま、まあそうだな』
学問的な事や、体感温度で語られても判らない。
その心理に付け込んで、ちはるは御猪口を一つ取り上げた。
「よーしよし、じゃあ飲んで確かめてみよう! まずは冷酒ね! フルーティーなタイプの吟醸酒で!」
そしてコンコンと自分用の物も注ぎ、きゅーっと一杯率先してしまう。
『いや、それは常温じゃあ』
「お酒次第って言ったでしょ、これは冷酒、ちはるちゃんがそう決めたの」
酔っ払いとドワーフに酒のことで逆らってはいけない。
理屈も減ったくれもなく、ちはるは自分が呑みたいからこそ皆の分も注ぎ続ける。
説得? そんなものは後で解決してれば良いのだ!
●
着々と杯が開けられ、未成年以外が良い空気を吸っている。
未成年には後でデザートでも振舞ってバランスを取ろう(温泉まんじゅうだけは勘弁な)。
「んー。折角色んなお酒があるんだから……それぞれに合った飲み方してあげないと勿体無いし可愛そうでしょ、めっ!」
そのままをぎゅっと味わえる常温、素敵。
飲み心地や香りがしっとり落ち着く冷酒、素敵。
香りも味もふわっと広がる燗酒、素敵。
「誰が一番なんて決めらんない! だってみんな親友だもの!」
ちはるの雄姿を見た時、仲間達は誓いあった。
こいつ、酔っ払ってやがる。早く何とかしないと。
「それはともかく……。熱燗は塩辛や鳥の甘辛煮。冷酒は漬物やぬた。こうやってつまみによって酒の温度を変えるのが通というものでは?」
シデルは気を取り直すと、つまみだけではなく料理の比重が高い物を要求し始めた。
腰を落ちつけて呑むなら、腹にたまる物を……じゃなくて!
「ああ、豆腐を冷奴と湯豆腐にして、温度に合わせて頂きましょう。……ふむ、温度によって全く印象が変わりますね」
シデルはゴホンと一息吐いて、比較し易い物を選んだ。
確かに豆腐と酒、その温度差だけという組み合わせで判り易い。
「先ほどの繰り返しに成りますが、冷やは甘辛さや酸度によって適温が変わる。雪冷えだと香りが立たず楽しみが減る御酒もあります」
「こういうのは説明より、実際に口にしてみないとわからないもんだからね!」
白黒が理論で攻めて、フェルディスが体感で攻める。
先ほどは熱燗と冷やの二重攻撃であったが、今回は頭と体の体操だ。
知識をインプットさせ、舌先で味あわせてドンドン追い込んで行こう。
ビルシャナはまだまだイケル口だが、信者はそろそろ怪しく成って来た。
なんだか説得するのではなく、酔わせて倒している様な気がするが、気にしてはいけない。
最終的に解決してればOKだ。
「冷やといえば……これは逆に冷やす事を前提にした酒に成る」
セルリアンは宴もたけなわと言う所でクーラーボックスを開いた。
「最近、氷酒って流行ってるよね。まぁ君らは常温ばっかりだから知らないと思うけどさ……」
「わわっ。すごーい。撮っても良いかな?」
セルリアンが凍らせた酒を注ぐと、良い感じで溶けて来たソレは杯の上でシャーベットになる。
それを見たエリザベスは思わず携帯を取り出し、撮影許可を取ってからパシャリとやった。
「どうぞ。こうやってグラスに注ぐとシャーベット状になるのさ。見た目とかパフォーマンス性に注目されがちだけど、味も勿論いいんだよ?」
セルリアンはそう言って説明し、冷やすと美味しく成る酒を選んでいると告げた。
発酵を止めて無い原酒など、香りや味の強いモノなどだ。
「昨今は如何に『映え』が良いかっていうのも重要なステータスみたいだし、いい写真が撮れたら君たちもモテモテかもね?」
彼も酒が進んでいるのか、次第に言葉に力が……というか挑発めいたものが入って来る。
「すごいよねー。私はまだお酒呑めないのが残念だよー。……あフェルちゃん」
「お酒は楽しく飲みましょう! 迷惑をかけちゃダメですよ! ビルシャナは例外ですが!」
『なんだと?』
シャーベット状の酒をエリザベスが眺めていると、フェルディスがドンと来いなんて言いつつ飲み干した。
頭がキーンと成るかもしれないが、このくらいは何でもない。
良い感じに出来上がって来た所で、ビルシャナとの戦いに突入するのだから!
●
かくしてビルシャナとの激戦は終わった。
え、見て無い? シカタナイナー。
きっと酔っぱらってるうちに、信者が居なくなったんだよ。
みんなでフルボッコにして終わったに違いない。
「お酒は人間と同じです。様々な一面があり、奥が深いのです」
くどくどとシデルが呟いているが、説教して居るのであって虎になっているのではない。
彼女はお酒に強いのだ。
「よーし終わったぁ! お酒フェア行こう!!」
「ひと仕事終わった後だし楽しまないと損だよね」
ちはるも山ほど呑んでいた筈だが……とセルリアンは苦笑しながら頷いた。
逆らっても仕方無いし、彼自身興味があったからだ。
「今日は散財しちゃうぞー……ちふゆちゃん、荷物持ちお願いね!」
「おや、解散ですか。では私も迎えさ……いえ、友人にお土産を買って行くことにしましょう」
ちはるがキャリバーのちふゆに声を掛けつつ買い物に出かけると、シデルも颯爽とそれに続いた。
「なんだか……我に続けー! って感じだね」
「戦国大名かな? まあ当時の酒は甘かったし、濁って居たそうだけどね」
「今の透明だよね。不思議~」
フェルディスが笑って宴会の後を片付け始めると、セルリアンやエリザベスもそれに続く。
「透明なのは灰を放り込まれた営業妨害が、転じたと言う逸話もありますね」
白黒も参加して片付けた後、彼女はフェアではなく温泉の方に向かった。
「私は湯に浸かって舟を浮かべる事にしましょう」
こうして白黒も去ってくと、残るは二人だけだ。
「そう言えば20歳のお祝いまだだったよね?」
「和食がいーかな? せっかくだし、コレ作ってよ」
エリザベスが御祝いを言い出すと、フェルディスが指したのは酒を使った鍋だ。
あっさりとした鳥肉に地元の野菜、そして地酒を使ったメニューらしい。
「手作りの料理は、あんまり得意じゃないけど……」
おいしくなーれっ!
その言葉と共に、にぎやかな依頼は終わりを告げた。
作者:baron |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年10月4日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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