コピー・スキャット

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 星空の下、ビルの屋上で二人の男が対峙していた。
 一人は、狼の人型ウェアライダーであるリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)。
 もう一人は、黒い革のベストとパンツを身に着けて、ハート型のギターを持った青年。悪魔を思わせる角や尻尾や翼を有しているため、サキュバスに見える。
 だが、本物のサキュバスではない。
 ケルベロスとしての経験と天性の勘によって、リューディガーは気付いていた。目の前にいる者の正体を。
「この辺りにデウスエクスが出没しているという噂を聞いて調査に来たのだが……どうやら、貴様がその噂の主らしいな」
「イエース!」
 と、男は大声で答え、ギターを奏で始めた。それは誰もが知る名曲に似ていた。ただ似ているだけであり、本物には遠く及ばないが。
「俺様の名は『ルナティック・ルージュ』。おまえらが『ドリームイーター』と呼ぶ種族の一人にして、チョーすげード級スーパーグレートエクセレントなアーティストさ!」
「ドリームイーターに付き物のモザイクが見当たらないが……」
「当然だ。俺様に欠落しているのは目に見えるものじゃなくて、『才能』だからな」
「チョーすげード級云々を自称しておきながら、才能がないことは認めているのか? 尊大なのか謙虚なのか判らん奴だな」
 リューディガーが思わず苦笑を漏らすと、ルナティック・ルージュもまた笑った。苦笑ではなく、嘲笑だが。
「勘違いすんなよ。偉大なる俺様の場合、『才能の欠落=無能』ってことじゃねえ。なまじキャパシティがありすぎるもんだから、そこに詰め込むべき才能が追っつかねえだけの話さ。だから――」
 演奏曲が変わった。またもや名曲に似ているだけの曲。
「――他の奴らの才能を奪って奪って奪いまくって、どんどん詰め込んでいかなくちゃいけねえんだよ。おまえの才能も奪わせてもらうぜ。ついでに命もな」
「命のほうが『ついで』とはな」
 蔑みと憐みが入り混じった眼差しで自称『チョーすげード級スーパーグレートエクセレントなアーティスト』を見据えて、リューディガーは得物を手にした。
 戦士としての才能を発揮するために。
「キャパシティがありすぎるというのは、言い換えれば、空っぽということだ。空っぽのまま、死ぬがいい」

●音々子かく語りき
「東京都港区でリューディガーさんがピンチに陥っちゃうんですよー!」
 ヘリオライダーの根占・音々子が予知を告げた。
 時は夜。ところはヘリポート。音々子の前に並ぶのはケルベロスたち。
「もちろん、ピンチというのはデウスエクスがらみですよ。『ルナティック・ルージュ』というドリームイーターがリューディガーさんの前に現れるんです。そいつは才能がモザイク化しておりまして、人の才能を奪って回ってるみたいですねー」
 ルナティック・ルージュは今までにも多くの人の才能を奪ってきたらしい。にもかかわらず、万能には程遠いようだ。
「才能を奪うことはできても、奪った才能を発揮することはできないみたいですねー。本人は発揮してるつもりみたいですが、ただの劣化コピーというかパクリにしかなってません。器用貧乏というレベルにすら達していない、猿真似野郎です。とはいえ、侮ることはできませんよ。グラビティーの猿真似もできるようですから」
 そう、敵が使用したグラビティーをルナティック・ルージュはコピーできるのだ。種族や武器の制限に縛られることなく。さすがにサーヴァントのそれはコピーできないようだが。
「猿真似野郎はもう一つ特徴があります。いえ、特徴というよりも習性もしくは弱点と言うべきなのかもしれませんが……『欠落を埋めたい』という欲求を抑えることができないんですよ。ですから、誰かが自分の才能をアピールしながら戦えば、その『誰か』を優先的に狙うと思われます。逆に才能がないと思わせたら、狙われ難くなるでしょうね」
 その修正/弱点を上手く利用すれば、戦闘の主導権を握ることができるかもしれない。
「では、行きましょう!」
 音々子はヘリオンに向かって歩き出した。
「皆さんのオリジナリティ溢れる力で劣化コピー剽窃パクリ盗作猿真似デウスエクスをこてんぱんにしちゃってください!」


参加者
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
劉・沙門(激情の拳・e29501)
武蔵野・大和(大魔神・e50884)

■リプレイ

●物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
 水銀の弾丸を込めたリボルバー銃『捕鳥部万』を手にして、私は仲間たちとともにヘリオンから飛び出しました。
 眼下に広がるは港区の夜景。
 もっとも、視界という名のスクリーンが夜景で満たされたのはほんの数秒であります。落下速度に合わせて、フォーカスイン。二人の男性――同僚のルーディ殿とドリームイーターのルナティック・ルージュが対峙しているビルの屋上へ。
「リューディガーさーん! お助けにきたのよー!」
 着地ざまにルーディ殿に呼びかけたのはレプリカントのフィアールカ殿。
 その横に降り立ったシャドウエルフのシル殿がすぐさま地を蹴り、再び舞い上がりました。宙で弧を描き、白銀のエアシューズを履いた足を突き出し、ルージュめがけてスターゲイザーを放ちます。
「さあ! 流星の煌めき、受けてみて!」
「受けねえよ!」
 道化師めいた剽軽な動き(本人はカッコよく動いたつもりなのでしょう)で回避するルージュ。
 しかし――、
「攻撃は空からだけだと思わないことですね!」
 ――シル殿が描いた弧線の下にオウガの大和殿が直線を引きました。ドロップキックのごときスターゲイザーを放ったのです。こちらは命中。
「皆、来てくれたのか……すまんな」
 ルーディ殿は私たちに感謝を示してくれました。蹴りを受けたルージュを睨みつつ、後衛陣にスターサンクチュアリを施しながら。
「当然でしょ。ねえ?」
 後衛の一人であるオラトリオのさくら殿がヒールドローンを展開。お返しというわけでもないでしょうが、対象はルーディ殿を含む前衛陣です。
 ちなみに『ねえ?』と同意を求められたのは竜派ドラゴニアンのヴァルカン殿。さくら殿の夫君でありますよ。
「くっくっくっ……」
 ヴァルカン殿がさくら殿になにか答えるよりも早く、ルージュが肩を揺らして笑い始めました。スターゲイザーによるダメージに苦しむ素振りも見せずに。
「数で優位になったからといって、調子に乗んなよ。おまえらなんざ、あらゆる才能をコピーしてアップデートを重ねてきたチョーすげード級スーパーグレートエクセレントなアーティストの俺様の敵じゃないぜ!」
 アップデートというか……ただパクってるだけですよね?

●七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
 チョーすげード級スーパーグレート以下略……ものすごく残念で頭の悪い匂いがぷんぷんする。
「武術であれ、芸術であれ、学問であれ、己を高めるあらゆる物事は習い、倣うことから始まるもの」
 と、愛しの旦那様――ヴァルカンさんがルージュに語りかけた。耳の穴をかっぽじって、よぉーく聞きなさい!
「だが、それを積み重ねた先に人は己だけの『一』を築き上げるのだ。研鑽もなく、他者から奪った才をひけらかして悦に浸る愚者め。貴様こそ、我らの敵ではないと知れ」
 そうだ、そうだ!
「まあ、才能を求めているというのなら――」
 同族の帳くんが指先を強く噛み、そこから流れる血で地面に魔法陣を描いた。
「――見せつけてさしあげましょう。私たちのきらめく才能を!」
 魔法陣から影が伸びてルージュに触れた。奴の足下が沼に変わり、そこからゾンビみたいなのが何体も姿を現して、腐った手でまとわりついていく。
 その間に行動を起こしたのはフィアールカちゃん。
「私の才能は……やっぱり、バレエかな」
 くるりとターンを決めると、ロシアの民族衣装っぽい衣服に付いてる装飾品(を模したオウガメタル)から金色の粒子が放出された。
 命中率を上昇させるその粒子群を浴びながら、ヴァルカンさんがゾンビまみれのルージュに突進して、日本刀を一閃。
 間髪を容れず、ミミックのスームカもエクトプラズム製の大刀を一閃。
 そして、四本腕の女神も曲刀を一閃。もちろん、本物の女神じゃないよ。その正体は、人派ドラゴニアンの沙門くんがガネーシャパズルで召喚したカーリーの幻影。
「俺の才能は忍耐力だ」
 と、沙門くんはルージュに言った。
「滝に打たれ、風に吹かれ、雪にまみれ……幾星霜も厳しい修行を積んでこれたのも、この忍耐力があったからこそ。さあ、奪えるものなら、奪ってみるがいい!」
「ああ、奪ってやるさ!」
 ルージュが自分の指を噛み、血で魔法陣を描き出した。さっきの帳くんのグラビティを真似してるみたいだけど……魔法陣、ヘタすぎ!

●武蔵野・大和(大魔神・e50884)
 ルージュが描いたヘタクソな魔法陣から影が伸びました。その先にいるのは沙門さん。カーリーレイジに付与された怒りが働いたのでしょうか?
 だけど、ディガーさんが素早く割り込み、沙門さんの代わりに影を受けました。
 次の瞬間、ディガーさんの足下が沼に変わり、帳さんの時と同じように屍人が……いや、同じじゃないですね。屍人というよりも、出来の悪いマネキンのようです。
「俺に才能があるとすれば、それは耐久力だろうな」
 マネキンたちにまとわりつかれながらも、ディガーさんは眉一つ動かすことなく、ルージュを挑発するために自らの才能をアピールしました。
「元・警察官として、そして、今はケルベロスとして、我が身を盾となし、市民を守るのが使命。やすやすと倒れては、命を賭けた激務は勤まらん」
「わたしの才能はこれ!」
 続いて、シルさんがアピール。六色の宝石がついたマインドリンクから魔力の剣を発生させ、ルージュに斬りつけました。
「この溢れる魔力、真似できるものなら真似してみてっ!」
「真似できるわけないわ! 魔力なら、シルちゃんが一番よ!」
 さくらさんが大袈裟に褒めちぎってます。きっと、シルさんのアピールに信憑性を持たせようとしているのでしょう。
 そして、帳さんも自慢を始めました。禁縄禁縛呪でルージュを攻撃しながら。
「私は、お酒を飲むことにかけては誰にも負けません!」
 えーっと……それは『才能』と言えるのですか?
「先日、ある居酒屋さんで飲み過ぎて、出禁になってしまったほどです! その居酒屋さんは飲み放題を謳っていたにもかかわらず!」
「すごいわ、帳くん! どこにでもいるような平凡天使の私とは大違い!」
「いや、さくら殿も同じ店で私以上に飲んでいたじゃないですか。あれだけの飲みっぷりを披露しておきながら、平凡を名乗るとは……貴方は鯨飲道を極めようとしているのですね。さすがです」
 賞賛の言葉を交わす帳さんとさくらさん。
 その様子をフィアールカさんが冷ややかな目で見つめています。

●シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
「僕はパン屋です。多くの仕事と鍛練によって、パン作りの腕を鍛え上げました」
 たくましい腕を突き出して、大和さんが才能をアピール。
「この才能を貴方は奪うことができるかもしれない。でも、僕の心の太陽までは奪えません!」
「俺の才能も見せて……いや、聴かせてやるぜ!」
 体を大きく反らして『紅瞳覚醒』を弾いているのはヴァオさん。名演奏だと思うけど、ルージュは興味を示さずに沙門さんめがけてスターゲイザー(私と大和さんのどちらをコピーしたんだろう?)を放った。
 私を含めて半分以上のメンバーがさっきからずっと才能をアピールしているにもかかわらず、ルージュの攻撃の大半は沙門さんに向かっている。怒りを植え付けた人が他にいなかったからかな?
 もっとも、リューディガーさんやミミックのオウギくんが何度か盾になったので、沙門さんが受けたダメージはそんなに大きくないはず。
 今回の攻撃もリューディガーさんに防がれた。
「才能とは、人が努力と研鑽によって磨き上げた、かけがえなきものだ。その『かけがえなきもの』を踏みにじり――」
 スターゲイザーのダメージをものともせずにリューディガーさんは拳銃を発射。
「――上辺だけを掠め取ることしかできぬ輩に、才能の真髄など判るまい!」
 でも、ルージュのほうも銃撃をものともせずに声を張り上げた。
「上辺だけで充分なんだよ! 俺のような天才は一を聞いて十を知り、十を知って百を極め……いたっ!?」
 尊大な言葉が途切れたのは、沙門さんが殴りつけたから。ガネーシャパズルを使って。
「おお! パズルをガチャガチャいじくり回すよりも、こうやってぶん殴った方が早いな」
 と、沙門さんはなにやら脳筋じみた感想を述べてるけど、今のはグラビティじゃないから、ルージュはノーダメージ。
 もちろん、私はグラビティを使うよ。とっておきの『六芒精霊収束砲(ヘキサドライブ・エレメンタルブラスト)』を……いえ、それを使うのは敵にもっと状態異常が溜まってからにしよう。
 ルージュは『六芒精霊収束砲』もコピーできるのかな? どんな感じになるんだろう? ちょっと楽しみかも。

●ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
「才能が欠落していて、人真似ばかり繰り返すド阿呆だと? まるで、どこかの誰かさんだな」
 玉榮・陣内殿が奇妙な筆(グラビティ・チェインで生成した物だろうか?)で花々の絵を描き、我々にエンチャントを施してくれた。口許が嘲笑に歪んでいるが、ルージュのことを嗤っているのではないだろう。
「こいつくらいのポジティブさが俺にもあったら、少しは違っただろうか……」
 嘲笑を浮かべたまま、自称『どこかの誰かさん』はそう呟いた。しかし、それを聞いたのは私だけだったかもしれない。シル殿が大声を響かせたから。
「才能よりも大切なのは九十九パーセントの努力! どんなに才能があっても、活かす努力をしなければ、自分のものにはならないんだから!」
 箴言とともに放たれたのは、碧色のゾディアックソードの一撃。
 それを食らいながらも、ルージュは怒鳴り返した。
「ばっきゃろー! 本当の天才ってのは六十六パーセントの才能と三十二パーセントの自信と二十五パーセントの模倣でできているんだよぉー!」
 百パーセントを超えているんだが……どうやら、今までに奪ってきた才能の中に数学(というか、『さんすう』のレベルか)に関するものは含まれていないらしい。陣内殿は勘違いしているな。奴はポジティブなのではない。ただ愚かなだけだ。
 その愚かな男に大和殿が迫り――、
「じっくり目に焼き付けろ! これが僕の太陽だ!」
 ――太陽のように輝く手を押し当てた。
「うぉぉぉーっ!?」
 ルージュは絶叫を響かせ、飛び退った。大和殿が触れた場所には焼き印じみた手形が刻まれている。
 大和殿はパンだけでなく、デウスエクスを焼くのも得意らしい。

●劉・沙門(激情の拳・e29501)
 物真似ショーじみた戦闘が始まってから、何分が過ぎただろう?
 コピー野郎にしては健闘したルナティック・ルージュではあるが、俺たちの攻撃を何度も受け、かなり弱っているようだ。
「おまえはあらゆるグラビティを真似できるらしいが――」
 ヴァルカンが赤い翼をはためかせて舞い上がり、空中で日本刀を構え直した。
 その後方で同じように舞い上がった者がいる。白黒まだらの翼を広げたさくらだ。息ぴったりの夫婦だな。
「――これを真似ることができるか? いくぞ、さくら!」
「うん!」
 さくらが横に飛びながら、ライトニングロッドを振り、ルージュめがけて雷撃を放った。続いて、彼女が刻んだ軌跡を断ち切るようにしてヴァルカンが急降下し、斬撃を浴びせる。さくらも急降下して二発目の雷撃を発射。それが標的に命中するまで待つことなく、ヴァルカンは後方に回り込み、また刀を振るい……と、目まぐるしく飛び回りながら、二人でルージュに連続攻撃を仕掛けていく。ワイルドグラビティというやつか。
 合わせて三十を超えるであろう斬撃と雷撃をわずか数秒の間に食らわせた後、翼を持つ夫婦(まさに比翼連理だ)は地面すれすれを飛んで、同時に後退した。
 その場に残されたルージュは――、
「や、やるじゃねえか!」
 ――大きなダメージを受けたにもかかわらず、まだ倒れてない。
 そして、反撃に転じた。
 ルージュは(翼もないのに)舞い上がると、ヴァルカンの周囲を飛び回りながら、斬撃(刃物もないが)と雷撃(どこから放っているのかは謎だ)を繰り出した。
 二人がかりのワイルドグラビティを一人で再現するとはたいしたものだ……と、言いたいところだが、『再現』と呼べるレベルに達していない。ヴァルカンとさくらが飛翔する様は龍と白鳥の競演を思わせたが、ルージュのそれは死にかけた蠅のワンマンショーといったところ。
 しかも、ヴァルカンにはただの一発も命中しなかった。
 オウギが同じ速度で動き回り、すべての攻撃を小さな四角い体で受け止めたからだ。

●フィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)
「よくやった、オウギ」
 オウギくんを労う沙門さん。優しい!
 でも、すぐさま表情を引き締めてジャンプ。カッコいい!
 そして、お祈りでもするかのように両手を組んで――、
「八方天拳、一の奥義! 帝釈天!」
 ――ルージュの喉笛に叩きつけた。痛そう!
 たまらず体勢を崩すルージュ。
「やっぱり、パズルを使うよりもこういう戦い方のほうが性に合ってるな」
 と、沙門さんが笑ってる(かわいい!)間に雷鳴と銃声が響き、ルージュは体勢を立て直すこともできずにのけぞった。さくらさんがエレキブーストを迸らせて、それを受けた帳さんがクイックドロウを披露したの。
「私もこれが性に合うのであります」
 銃口から漂う硝煙をフッと吹いてみせる帳さん。この勇姿を見ている限りでは、酒飲みのダメダメな大人とは思えないんだけどね。
「次はわたしの番!」
 そう叫びながら、シルさんがマインドソードで斬りかかった。
「結局、『六芒精霊収束砲』を使う段階まで状態異常が溜まらなかったかったじゃない! もっと粘りなさいよ、この根性なし!」
 ……ものすごく理不尽なことで怒ってるような気がする。
 ルージュもそう思ったのかもしれないけど、反論はできなかった。
 口を開く前に大和さんに回し蹴りの降魔真拳を食らっちゃったから。
 ルージュはついに転倒し、その拍子にギターのネックがへし折れた。
「この野郎! よくも俺の大切なギターを!」
 地面にはいつくばった状態で大和さんを睨みつけるルージュ。
「大切と言ってる割には雑に扱ってましたよね」
「うるせえ!」
 ルージュはなんとか立ち上がり、ストラップを引きちぎって、ギターの残骸を乱暴に捨てた。やっぱり、大切じゃなかったみたい。

●リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)
「ギターを! 誰か、代わりのギターをよこせ! ギターをくれたら、王国をやるぞぉーっ!」
 目を血走らせて、ルージュが叫び始めた。有名な芝居の台詞のアレンジか……とことん、オリジナリティーのない奴だ。
「さっきも言ったけど、私の才能はバレエの才能なの!」
 フィアールカがバレエのステップを思わせる動きでルージュに近付き始めた。いや、『思わせる』ではない。本当に踊っている。
「かつてロシアの国立バレエ団にいたおばあちゃんに叩き込まれたんだけど、私のこれは血筋に胡座をかいたものじゃない! リューディガーさんやシルさんが言っていたように、才能というのは――」
 くるくると舞いながら、フィアールカはルージュを蹴りつけた。何度も何度も何度も。これもおばあちゃん仕込みなのか?
「――努力なしで花咲くものではないのよ! 判った!? サラスヴァティー・サーンクツィイ!」
 流れるような動きでルージュから離れ、観客代わりの俺たちに恭しく一礼するフィアールカ。こういう状況でなければ、拍手したかもしれない。
 一方、彼女の華麗かつ猛烈な連続蹴りを食らったルージュは片膝をつき、苦しげに体を震わせている。
「ディガーさん! とどめを!」
 大和がそう叫ぶと、フィアールカも顔を上げて俺を見た。
「やっちゃえ、リューディガーさん! あんな奴、クシャポイしちゃえなの!」
 では、『クシャポイ』させてもらおう。
 ルージュは片膝をついたままだが、ギターの残骸に手を伸ばしている。それを武器にして、誰かのグラビティをまた使うつもりなのだろう。
 しかし――、
「貴様の茶番は見飽きた」
 ――行動を起こす暇など与えることなく、俺は奴の頭にゾディアックブレイクを叩き込んだ。

●ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)
「さて――」
 帳がにこりと笑い、皆の顔を見回した。
「――ルーディ殿の無事と我らの勝利を祝って、飲みに行きませんか?」
「賛成!」
 と、真っ先に声をあげたのはフィアールカ。
「私、鳥刺しが食べたい! 未成年だから、お酒は飲めないけど」
「わたしも行くわよ。お洒落なバーで夜景を見ながら、勝利の美酒を味わうなんて、最高じゃない」
 そう言いながら、酒豪のさくらがヴァルカンの上腕に手をあてた。そして、ウィンク。けっ!
「まあ、べつにお洒落なバーでなくても最高なんだけどね。わたしを幸せにする『才能』に溢れたあなたと一緒なら」
「おまえら、爆発しろぉーっ!」
 俺は思わず叫んだが、二人だけの世界を築いているさくらとヴァルカンの耳には聞こえていないようだ。
「おい、リューディガー。このバカ夫婦になんとか言ってくれよ」
「ちょっと待ってくれ」
 リューディガーは懐中からスマホを取り出した。
「『帰りが遅くなる』と妻に伝えておかないと……」
「おまえも爆発しろぉぉぉーっ!」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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