残暑お見舞い申し上げます~アーヴィンの誕生日

作者:あき缶

●まだまだ暑いからさ
 そういえば、そろそろ誕生日だね。と話しかけられ、アーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)は眉を下げる。
「……っつっても、もうそんな誕生日が嬉しいとかそういうトシでもねーんだよな」
 まだ三十路でもないのに達観した面でアーヴィンは呟いた。
 だから、と彼は続ける。
「誕生日は、俺が生まれた意味を考える日にしようと思って、滝にでも行こうと思う」
 重い。滝に行く理由が重い。
「滝行して、改めて俺の決意を確かにする。……この炎に懸けて、デウスエクスは必ず滅ぼすという決意を」
 重い。滝行する理由が重い。
 デウスエクスの度重なる襲来により、日本の地形は刻一刻と変わっている。ヒールがあるとはいえ、それでも川の流れや山の高さは変わらざるを得ない。
 そんなわけで、新しい滝が島根に出来たそうだ。アーヴィンはその滝を目指そうとしている。
 一般人は危険なので立入禁止だが、ケルベロスは滅多なことでは死なないので規制の範囲外だ。こんな程度で死にかけていたら、ケルベロス運動会なんぞ出来やしない。
 故に、一般人に迷惑をかけずにケルベロスが好き勝手する遊び場には丁度、という塩梅である。
「興味があるなら来ればいい」
 滝行せずとも、そばの河原でバーベキューやら魚釣りやら、川遊びやらできるだろう。水温はそろそろ冷たくなっている頃だが、極寒の海でも戦えるケルベロスだから問題ない。
 滝が出来るほどの落差がある地形なので、飛び込みやらボートでのフリーフォールなど一般人では命の危険がある遊びもやりたい放題である。
 ――周りで遊ぶと滝行に支障があるのでは……?
 否、心配御無用。その程度で集中が乱れるようなら滝行の意味はない。


■リプレイ

●島根の山奥で
 ドドドドドと滝が轟いている。
 近くまで行くと飛沫がかかって、残暑厳しい今日は嬉しいミストを恵んでくれる大瀑布だ。
 ここは島根の山の奥。押し寄せるデウスエクスとの戦闘の影響で生まれた滝にケルベロスたちは来ている。
 その滝の真下でアーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)が仁王立ちしているのを見て、美津羽・光流(水妖・e29827)はウンウンと首を縦に動かした。
「お、やっとるやっとる。アーヴィン先輩は滝行やな。シリアスな空気がこっちにも伝わってくるで」
「島根か……本拠地を置いていたローカストとの戦いを思い出すね」
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)は木々に囲まれたマイナスイオンたっぷりそうな周囲を見回しながら、隣の光流に話しかける。
「ああ、せやねぇ。ローカストかぁ。ずいぶん昔に感じるな」
 光流は頷き、遠い目をした。いまやローカストは地球に受け入れられた定命化種族だ。
「ローカスト、螺旋忍軍、それからドラゴン……色々ゲートを破壊してきたけど」
 と目を細めるウォーレンを、光流は遠い目をしたまま見つめる。
「レニもシリアスになってるやん」
 よぉし、と光流は、来し方行く末を想うウォーレンの背後に回り込んで、ぴゅっと上流の冷水をかけてやった。
「戦いはこれからも益々――って?! 冷たいー?」
 不意をつかれて跳び上がるウォーレンを、光流は大成功とばかりに笑っている。
「むー」
 下唇を突き出すウォーレンは何やら思考を巡らせているようだ。
「ほなレニ、アーヴィン先輩の誕生日祝いにいこか」
 持ってきた荷物からプレゼントを取り出しつつ、光流は恋人に話しかけた。
「滝行、お邪魔しない方が良いような?」
 こてんと首をかしげるウォーレンだが、光流はカラカラと笑い飛ばす。
「本気で邪魔してほしくないなら、そもそも声かけへんて! 表に出さへんだけで祝ったら喜ぶクチと見たで」
「そういうものかなー」
「そういうもんやで」
 ちゅう訳で。と二人は滝に近づいて、滝音に負けぬ声量で話しかけた。
「アーヴィン先輩!! アイスケーキ置いとくさかい、受け取ってや!! 食べ切れんて思うたら声かけてなーー!!!」
 光流は、ごとんと川岸にクーラーボックスを置いた。
 ウォーレンはその上にふかふかのバスタオルをそっと乗せる。吸水性抜群のタオルは、きっとびしょ濡れのアーヴィンを暖かく包んでくれるだろう。
 アーヴィンは手を振り頷いてから両手を合わせ、了解と感謝を二人に示した。

●修行修行修行!
 目を輝かせながら、
「誕生日に滝行とは修行みが溢れてるっスね!」
 修行馬鹿ことハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)は声を上げる。
「誕生日に滝行とは……」
 隣で呆れ果てているシグリット・グレイス(夕闇・e01375)を尻目に、
「自分もやるっス! 燃えるっス!」
 あらゆる修行になりそうなことには燃えてくるタチなハチは、俄然やる気満々である。
 ハチのキラキラ視線から逃げるように顔をそらし、シグリットは、
「流石に俺は一緒にはやらん。俺は近くで応援してるから、思う存分修行して来い」
 と言いながら、チョイチョイと手を振って、近場の岩に腰掛けた。全力で動かない宣言である。
 だがそんなことで駄々をこねたり、機嫌を損ねたりしていては、恋人同士ではやっていけない。
 ハチは満面の笑みのまま、大きく頷き、ガッツポーズをしてみせる。
「うっス! 行ってくるっスよ天使様!」
 だだだーっと走って、川際で踏み切ったハチはきれいなフォームで滝へと飛び込んだ。ざぶーんと水柱があがる。
「適任がいったぞー!」
 シグリットは口に手をメガホンのように当てて、アーヴィンに叫ぶと、そっと岩場から離れた。
 ざぶざぶとクロールで滝に到達したハチは笑顔で、アーヴィンの隣に並んだ。
「へへへ。アーヴィン、お誕生日おめでとうっス! これ終わったら、一緒にバーベキューしないっスか? 大丈夫、機材や材料は持参済みっスよ!」
 冷たい滝の温度も忘れそうになるくらいの太陽のような笑顔を向けられ、アーヴィンは思わず口元に笑みを浮かべる。
「そうだな、温かいものはありがたい。すまねぇな」
 快諾を受け、へへへーとまた笑ったハチだが、ハッと何か思い至った様子で笑みを引っ込める。
「これってもしや……煩悩まみれ……なのでは……? っとと、今は修行、修行っス! き、気を取り直して! 心頭滅却っスよ!」
 ハチは真面目に顔を引き締め、滝に打たれ始めた。
 そんな彼の上にふよふよと飛来したのがシグリットである。
 クールな顔だが、何事か企んでいるようで、そーっとハチに近づくと、ウィッチドクターらしい器用さで、ハチの頭にイタズラした。
「痛ったぁ!」
 跳び上がるハチを見て、シグリットは肩を震わせている。
「何スか今の!? なんかちょっと笑ってないスか天使様!?」
 と上空を見上げるハチの視線を受けるやいなや、シグリットは笑いを収め、表情を悪戯っぽい笑みに変えると、
「いや。ハチ、修行が足りないんじゃないのか」
 とごまかして、滝から離れていった。
「う……、確かにこの程度で集中が切れるのは修行不足っスね……。天使様は自分にそれを教えてくれたんっスね! さすが天使様っス!!」
 超ポジティブにとらえて、ハチはシグリットへの尊敬ポイントを高めると、改めて滝行に専念し始めた。
「……すげえな」
 一部始終を隣で見ていたアーヴィンはボソリと思わず呟いた。

●サービスアンドアドベンチャー
 ウォーレンは二人が滝壺にいるのを見て、そわそわとしている。彼もまた滝行をするつもりで来たので、行衣姿なのだ。
「レニ、滝は逃げへんて。折角やから川で楽しんでいこ」
 光流の言葉を聞いたウォーレンは何やら思いついたようだ。
「ん。じゃあ、脱いじゃおうかー」
 とじっくりゆっくり、恋人に見せつけるような動きで脱ぎ始めた。
「は!? えええ?!」
 驚いたのは光流だ。もしや脱いだら全裸……という展開も無きにしもあらず。
「いやここでサービスはせんでも?!」
 素早く周囲を見回し、恋人の肌を他人に見せまいと慌てだす。
「ふふ、下は水着だよー」
 健全だった。急に安堵で脱力した光流がしゃがみ込むと、ウォーレンも目線を合わせて微笑む。
「さっきの仕返し、びっくりした?」
 大きなため息をつき、光流は力なく笑む。
「……びっくりちゅうか、君、少し俺に似てきたな」
 差し出された手を取り、光流は立ち上がる。
「よし、ほな滝壺潜りに行ってみよか」
「滝の下? いいよ、潜ろうー。川で泳げる機会あんまりないから新鮮ー」
 泳げて、滝も浴びることができるので滝行にもなるだろう。
(「ついでに頭も冷やせるな……」)
 大自然の中でウォーレンの裸体披露という想像を一瞬でもしてしまった頭を振り振り、光流は彼氏の手を引いて、川へと向かう。
 アーヴィンとハチは滝行を終わらせたらしくもう滝にはいないようだ。
(「いま、滝はレニと俺で貸し切りやな」)
 光流がそんな事を頭によぎらせたことなど露とも知らぬウォーレンは、水底で綺麗な石が見つかったら、アーヴィンの誕生日プレゼントに追加しようと無邪気なことを言う。
「ん。俺は伝説の剣でも探そかな」
 光流はそう言うと、水妖という自らの称号にふさわしく、水の中を自在に泳ぎ回るのだった。

●ホットコーヒー飲もうよ
「さあ、修行の後はお楽しみ、バーベキューっスよ!」
 シグリットがバーベキューの用意を整えているわけもなく、まっさらな河原にハチは鼻歌交じりでバーベキューの機材を設置し始める。
 それとは別に、シングルバーナーで湯を沸かしていたハチは、
「肉と肉と、後は肉も大事っスが先ずはこれ! はいっ、アーヴィン!」
 と、早速ウォーレンのプレゼントしたタオルで身体を拭っていたアーヴィンに、湯気のあがるマグカップを渡してくれた。
「これは……?」
 芳醇な香り。真っ黒なコーヒーの上に真っ白で溶けかけたマシュマロが浮いている。
「マシュマロコーヒー! 滝行で冷えた身体が温まるっスよ!」
 とハチ自身も同じものを飲みながら説明してくれる。
「ありがてえ。何から何まですまねぇな」
「今年も誕生日を祝えて嬉しっス! 改めておめでとうっス!」
 シグリットもしれっと同じものを嗜みながら、
「何もしなくてもケルベロスは死なないとは言え、何も準備してないにも程があるだろう」
 とボソリと正論を呟いてから、机に乗っているバーベキューの食材を見渡して、肩をすくめる。
「案の定だな。野菜がない気がしたので野菜ときのこだけ持ってきたが……どうやら正解だったようだ」
 と自分の荷物から、野菜やきのこ類を取り出した。
「あっ、アーヴィン、野菜もあるらしいっスよ!」
 炭火が熾って肉が焼けている網に、さっそくハチはシグリットが用意してくれた野菜も乗せながら、ハチはアーヴィンに皿と箸を差し出す。
「おう、ありがたくいただくぜ」
 コーヒーを飲み干し、シグリットはアーヴィンを優しい声で祝った。
「野郎ばかりで悪いが、まぁ、なんだ。今年も誕生日おめでとう」
 アーヴィンはバツ悪気に頭を掻く。
「ありがとな。……誕生日が嬉しいとかそういうトシでもねーと思ったけどよ。こうやっていざ祝われたら、嬉しいもんだな」
 アイスケーキもクーラーボックスの中で出番を待っている。
 滝で遊んでいた光流とウォーレンも戻ってきたようだ。
 光流は手に錆びついた刀を握っている。滝壺で本当に見つけてしまったらしい。『伝説の剣』かどうかは、定かではないが……どことなく厳かな雰囲気を感じる刀だ。
 アーヴィンは二人に声をかけた。
「おい、さっきはケーキとタオルありがとな。やっぱホールじゃ食いきれねえから手伝ってくれ」
 光流はニヤニヤと笑いながら頷いた。
「やっぱり~? しゃーないなー。アーヴィン先輩がお困りやから手伝ったろ!」
 その間にハチは人数分の食器を机にじゃんと並べる。
「肉も野菜も食べごろっスよ! 皆でお腹いっぱい食べるっス!」
 大自然の中の誕生日パーティーが始まる。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月29日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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