こがね、咲きて

作者:東間

●収穫の時
 わぁわぁ、きゃあきゃあ。
 楽しそうに遠ざかる小さな背中は沢山。それを導いていく大きな背中は、少し。
 それをニコニコと見送っていた老人だが、足に何かがぶつかって「おや」と下を見る。それを見上げたのは灰色毛に白靴下――畑をテリトリーにしている野良猫だった。
 んなぁ、とまろやかな鳴き声をひとつした後、頭をぐりぐり擦りつけてきて。それからゆっくりと目を細めた猫に、老人もゆるゆると目を細めて手を伸ばす。
「はっは、ありがとうな。セッカイもお疲れさん。あの樹から見ててくれたんだろ? よしよし、いっぱいぽんぽんしてやろう」
 背中から尻尾の付け根にかけて、骨張った手がぽんぽんっと叩いていく。
 今年も沢山芋が採れたんだ。
 あの子達スゴイぞ、俺より芋掘りが上手いんだ。
 尻尾をぴんっと立てたセッカイに語る老人は、心底楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうだった。老人を見上げていたセッカイも喉をグーグー鳴らしていた――のだが。
 ふわふわ漂い落ちてきた『何か』が、畑の隅にあった銀杏の樹にくっついた。
 これから冷え込めば、今は緑色の葉を鮮やかな黄に変えただろう銀杏はたちまち別の生き物となって――。

●こがね、咲きて
「そのご老人を宿主にした……という事ですか」
「その通り」
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)の肯定に、連城・最中(隠逸花・e01567)は静かに息を吐いた。
 この時期になると、さつま芋掘りを楽しむ園児や子供、時には大人といった映像がテレビで流れるようになる。賑わう場所であれば当然、人は多い。
 そんな農園に邪魔者――デウスエクスが現れるのでは、という予感が当たった事に緑の双眸はそっと目線を落とし。そして、報せを持ってきたヘリオライダーに向けられる。
「子供たちは」
「三人の保育士と一緒に農園の外さ。攻性植物出現当時、農園の持ち主である『堀田・長次』以外、農園に人はいない。彼が可愛がっている野良猫のセッカイは、凄い勢いでどこかへ逃げたから、彼……いや、彼女?」
 どっちだと悩んだ後、とにかく無事だと告げてから攻性植物の撃破を依頼したラシードに、花房・光(戦花・en0150)がしっかり頷いた。
 攻性植物は銀杏型一体のみ。
 配下は無し。
 長次を取り込んだ敵は、まず園児達がいる方角へ向かおうとするだろう。それを止める為、ラシードはケルベロス達を農園のすぐ隣を走る道路――その上空まで連れて行くと言った。
「一般人よりももっと近い場所に君達が現れれば、敵は必ず君達のいる方へ向かう。それで彼らの安全はひとまず確保される筈だよ」
 戦闘になれば、敵は攻性植物がよく使うグラビティを三種、その時々に合わせて使ってくるだろう。命中精度が高く、どれも厄介な効果付きではあるものの、しっかり対策をしていけば問題はない。
 懸念があるとすれば――。
「普通に戦って倒した場合、堀田・長次も攻性植物と一緒に死ぬ」
 ラシードがハッキリ告げた言葉を、最中は黙って受け止める。
 無言で続きを促す眼差しに、ラシードは短く頷くと“その先”を紡いだ。
「経験のあるひともいると思うけど、一応説明を。敵にヒールをかけながら粘り強く戦えば、癒しきれなかったダメージが蓄積する。そうすれば攻性植物だけを倒せる筈だよ」
 宿主である長次を敵もろとも殺さないよう戦うのは骨が折れるだろう。でも君達がそれを選ぶのなら――と言ってすぐ口が閉じて。言う必要なかったな今の、と笑う。
「精神的にも肉体的にも疲れる戦いになるだろうからね。終わったら、農園と隣接している店へ行くといい。バラエティ豊かな和と洋のスイーツが揃った地元の人気店らしいんだ」
 長次一家が営む『ほった屋』は持ち帰りのみだが、見て楽しい食べて幸せと大評判。
 一般的な和洋のスイーツも並んでいるが、メインを張るのは農園で採れた野菜を使ったスイーツ群だ。
 人参、南瓜、トマト――今のメインは、園児達も楽しく収穫したさつま芋。
 さつま芋を練り込んだふっくらパウンドケーキに、ココア生地にさつま芋クリームの渦巻きが鮮やかなロールケーキ。白い生地の中に金色の芋餡を抱いた饅頭や、芋羊羹などなど。
「和と洋の両方に会えるお店……」
「洋菓子と和菓子、ですか」
 光の大きな尻尾がそわっと揺れて。
 呟いた最中は、指先で眼鏡のブリッジを軽く上げ――倒しましょう、と零した。
 作物を育て、甘味を作り、届ける。
 それを成した人の命と未来が、デウスエクスに収穫されていい筈が無い。


参加者
エレ・ニーレンベルギア(月夜の回廊・e01027)
連城・最中(隠逸花・e01567)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
薊野・鏡花(触れないで・e17695)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)

■リプレイ

●今は未だ、
 風を裂くようにして降り立ったケルベロス達の気配に、攻性植物となった銀杏が全身を揺らしながら農地と道路の境界を越えてくる。
 元々大きかったのか、それとも変じた事で巨大化したのか。銀杏の天辺を楽しげに見上げた桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)は、あーあ、と零し――くすっ。
「まったく。植物って食べちゃダメなものがわかんないのかなー。なぁんて」
「銀杏も美味いよね、とか言ってる場合じゃねぇか」
 あんだけデカけりゃかなり採れンだけど、と笑うキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)にサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は銀杏パーティのご予定でも? とニヤリ。
 収穫の秋感溢れる会話にラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)も微笑み、聳え立つ銀杏を見上げた。
 不自然に膨らんでいる箇所が一つ。巡る季節の恵みを育み、沢山の人達とセッカイを笑顔にして、幸せの連鎖を生んでゆく優しい彼が――命が、あそこにある。
「あんなに素敵な人を、構成植物には渡せないよね」
 散らせなどするものか。宙に踊らせた指先から咲かせた花が戦場ごと敵を彩ってすぐ、キソラは精神を太い枝の一点に注ぎ爆破する。
「っし。子供らと甘味の為にもじーさん助けねぇとネ」
 銀杏が梢の音を降らし、巨体支える根が蛇のようにうねった。その姿、在り方を見据えた薊野・鏡花(触れないで・e17695)の手が、縛霊手に触れる。
「実りの秋、とは言いますが……悪の実は、これ以上大きく、させません。ここで、絶やさせてもらいます」
「ええ。あれは、野放しに出来ません」
 連城・最中(隠逸花・e01567)は剣のグリップを握る。あれは何も実らせず奪うだけのものだ。真っ先に奪ったのは、これからも大勢を幸せに出来る筈の人。だが、彼はまだ死んでいない。
「……必ず、助けましょう」
 輝く星座と鳥のように舞う紙兵と、花房・光(戦花・en0150)の手繰る黒鎖。一瞬で広がった光景に機嫌良く笑んだサイガは、根を足場に思いきり跳ぶ。
「もうちょいすりゃキレーに菓子にでもされてたろうにな。葉っぱは葉っぱらしく喰われてろっつの」
 勢いのままに蹴り抜いた直後、どうと迸ったのは神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)が無言で撃ち出した一発。その衝撃でゆらりとした銀杏に、萌花の瞳がそっと絡み付く。
「ねぇ、あたしのお相手、ちゃんとしてくれるでしょ?」
 そのためのおめかし、しっかりしたのよ。
 艶めく唇の囁きは甘さを増して銀杏の奥深くまで染み込んで――ざわり。青い葉全てが鳴いた瞬間、うねっていた根がアスファルトを穿つ。
 薄氷のように容易く割られたそこから後衛目がけ飛び出した根は複数。ラウル、最中と共に庇ったエレ・ニーレンベルギア(月夜の回廊・e01027)は、翼猫・ラズリの起こした清風を受けながら敵を見て――笑った。
(「本当に、デウスエクスは場所、時を弁えませんね……」)
 だからこそ“攻性植物化した銀杏の傍に偶然いただけ”の長次を絶対救い出さねばならない。根気の要る戦いになるが、笑っていれば絶対大丈夫と黒鎖を奔らせて。想う。
(「お爺さん、私たちも頑張りますから、負けないでください……!」)

●遠くて、近い
 ずるり、びたんと根でアスファルト叩く銀杏の姿。自分達が取った行動。
 常と違い射抜くような目で敵を見るラウルの「回復に寄せるか」に、キソラは「それじゃ」と明るい眼差しを銀杏へ注ぐ。
「ちょっとサービスしちゃおっか」
 今回攻撃手を担うあおも、無言でこくんと頷いた。
 感情無き目に映る敵越しに見るのは過去の事。血縁者の姿。虐げられてきたが、たった一人の遺された存在――だった。記憶の中にある一番新しい姿は、ひとの形をした『攻性植物』だ。
(「……あの、老人を、早く、助けま、せんと……」)
 手の届くうちに。手を伸ばせるうちに。
 あの時と、今は違う。
「……こうせいしょくぶつは……まかせて、ください……」
「ありがとな」
 囁きにも近いあおの言葉の後、妖精靴の踵の音が軽やかに響く。ふわふわひらりと舞い踊る花のオーラの後ろでは光の黒鎖が駆け巡り、二つの音を耳にキソラとあおは癒しを紡いだ。
 銀杏を包み込むのは目覚めを告げるような靄。淡く眩いその内に虹雫が密かに生まれる中、あおの持つ創世詩魔法のひとつが唄となり重なった。
 痛みが大きく薄れたのだろう。ざああ、ざああと銀杏が葉を鳴らす様は歓喜で震えているように見えた。しかし重ねられた癒しは銀杏の為ではない。
「堀田さん、聴こえてますか」
 鏡花は前に立つ仲間のもとへ紙兵を向かわせながら訴える。
 銀杏に囚われている長次が意識を失っていても、音は届く筈。
「大切な子供達の成長を、今後も見守っていく為に――もう少し、頑張って下さい」
 ニャンッと元気に続いた猫の声。ラズリの羽ばたきが生んだ清風がキソラを撫で、エレは澄んだ空色に煌めく天青石でもって銀杏を癒していった。
 続けられた回復はまさに至れり尽くせり。再び葉を鳴らす銀杏の天辺、その近くまでサイガが跳ぶ。神斧握る手に、ぐ、と力を籠め――ニヤリ。
「安心しろよ、テメェの相手はちゃんとしてやっから」
 薪割りならぬ銀杏割りとはいかないが、それに限りなく近い一撃を叩き込む。
 途端響いた激しく軋むような音は銀杏の悲鳴か。最中はかすかに眉根を寄せるも、それをすぐにかき消して。
「そこです」
 こころは“外”との境をなくした双眸で見抜いた一点へ。集束させた精神を種に爆発起こした眼差しは、すぐに長次がいるだろう所へと静かに注がれる。そこは銀杏の体で唯一傷ひとつ付けられていない場所だ。
 たんっ。アスファルトを涼やかに蹴る音が響く。ふわり踊った春色が駆ける速度に乗って鮮やかに翻った。銀杏が揺れる僅かな間にすぐ傍まで迫った萌花が、指先でするりと銀杏を撫でて。
「あたしもあなたをフリーにはしないから、安心してね?」
 華やかに煌めく揚羽蝶から見舞ったのは、灼き斬るような蹴撃ひとつ。
 すると太い枝が数本、みしみしと音を立てながら集まり始め――チカッ。一瞬灯って煌めいた光が破壊の一撃となって放たれた。それは初撃と同様に後ろを狙い、ラズリだけを貫こうと宙を翔る。しかし勢いよく飛び出した最中がそれを防いだ。
「連城さん」
「大丈夫です」
 腕を焼かれはしたが、攻撃と共に与えたものによって威力は削がれていた。
 動けないほどではないと、その証とするように鏡花へとしっかり返し、銀杏を見据える。
 自分達が願い、目指すのは、銀杏を倒して長次を救う事。だから。
「どうかもう少しだけ、頑張ってください」
 己の内へと向けられた声を否定するように、銀杏が巨体を揺らす。
 蛇の如く蠢いた根が、アスファルトの上を跳ねるようにして迫った。

●収穫の時、来たりて
 刻み付けたばかりの傷を癒していく。その次も、そのまた次も。
 攻撃しては回復を施す。その繰り返し。
 それは撃破のみを求められる戦いと比べ、進め方だけでなく意識の配り方も違う。しかし繰り返すその全ては、長次の未来という境界線を越えない為。彼を救うという結末を得る為に撒いた種だ。
 誰も彼もが諦めず、声をかけ合い、常に敵の状態に意識を傾け、現状を共有する。
 そのさなか、あおの手が日本刀に触れた。かすかな音を立てて即、青空の下に月の軌跡を描いたのは仲間の声と己の目――大丈夫、という確信があったから。
 しかし斬られた銀杏はギイギイみしみしと体中を鳴らし、ずどんとアスファルトを叩く。
「何か図体のでかい駄々っ子みてぇな……」
「サイズが80%オフったらまあ、ギリで」
 駄々っ子と形容してやってもいい。サイガの呟きにキソラはくくっと笑い、そーねと同意し――そこに、一際大きな“ずどん”が被さった。アスファルトが砕かれ、割れ飛ぶ。
「ラズリ!」
「ニャン!」
 エレとラズリの二人は我が身を盾にしてすぐ、敵と味方それぞれへ癒しをもたらした。
 休息の石は眩く輝きながら銀杏へ。真っ白な翼は禍に抗う力と共に、前に立つケルベロスへと。
 斬撃の痕がするすると癒えていくが、完全に消えてはいない。残るそれに萌花は「そっか」と呟き、ぽこんと膨らんでいる所へとカメラに向ける時のような、華のある笑みを向けた。
「おじーちゃん、もうちょっとだから頑張ってね。……あなたは覚悟してね?」
 なぁんて。
 悪戯っぽく笑った瞬間、足元彩る揚羽蝶をきらり輝かせ魂食らう蹴撃を一発。表皮の破片がばらばらと舞い散り、銀杏が仰け反るように後ろへと体を揺らす。不自然に膨らんでいるそこがぶつんと切れて落ちる気配は――その心配は、無いけれど。
「大丈夫。俺達が必ず助けるから。今少し耐えてくれ」
 そこに眠る長次へと語りかけたラウルが、いつ『Lune』から銃弾を見舞ったかなど銀杏にはわからなかっただろう。気付けば己に風穴が空いていて。それを、ふわりと優しい朝靄が包んでいく。
「じーさん待ってる人、結構いるしネ」
 俺らも、そう。
 だから返してもらうわと不敵に笑うキソラの後ろから、灰と黒が飛び出した。根の上を駆けて幹の高い所――“やってもいい場所”にサイガの狙いがぴたりと定まって。
「こっちは買いもんする気で来てんだ、店主がいなきゃ始まんねえだろ」
 ざくりと深く抉るような蹴撃に銀杏が巨体をぐわんぐわんと揺らす。
 その揺れを躱して迫るのは、掌に螺旋秘めさせた鏡花。自然愛する双眸はあおあおとした葉を一瞬見て。それから、目の前の敵へと注がれた。
 無言で見舞われた一撃は外ではなく内部を喰らうように砕き、その威力が表へと現れる。内から裂けたそこに、一瞬で迫った色が映り込む。
「あなたには不運なことですが……」
 最中の居合いは瞬きよりも速く、閃きは一瞬。
 僅かに残った雷力の色が数秒とたたず薄れて消えて――ぱちん。刃は仕舞われる。
「いつかまた、実りの季節を迎えられますように」
 静かな声と共に銀杏が崩れ始めた。
 ぱらりばらりと崩れゆくそれを見ながら、最中は仕舞っていた眼鏡を取り出して――にゃおにゃおと聞こえた声に振り返れば、白靴下柄が目に付く灰色猫が、こちらへと全速力で向かってくるのが見えた。

●実りし、こがね
 長次とセッカイ。どちらも無事であると確認し、現場をヒールしてから訪れた『ほった屋』でまず目に付いたのは、長い長い商品ケースだった。
 中をずらりと埋める和と洋のスイーツ群の内容は聞いていた通り。
 エレは楽しそうにチェックしながらラズリにも何かと考える。
(「あ、折角なので和菓子にも挑戦しましょう!」)
 ならば大人気の札が添えられている芋餡饅がピッタリの予感。
 しかし糖度の高い南瓜を餡にした饅頭も適任の気配が漂っている。
 あおもケースの中を眺めていた――のだけれど。
(「おやさいが、おかしに、なる、の、ですか……?」)
 やや半信半疑で並ぶ品々をきょろきょろり。種類の多さが悩ましく、どれがいいんでしょうかと無表情でいる姿に――困ってるのでは、とエレから助け船が入る。
「あおさん、何かありましたかー?」
「……あ、」
 声を掛けられ慌てるあおに、ケースの向こうから「こういうものもありますよ」と助け船二号。小分けにされた物を見て、無言の目がぱちりと瞬きした。
(「いっぱい、買えば、良いのですね」)
 クッキー、団子。
 日持ちする物を選ぶ様子にエレは微笑んで、私もと楽しい物色再始動。

「すげーカラフルだ……!」
「ね。どれにしようか悩むなぁ」
 しかし和と洋の菓子はそれすらも夢の如き幸せに変えるから凄い。
 食べる専門のシズネは並ぶ品の華やかさが不思議で、同時に作り手達の腕前に感心しきり。ラウルが指差すフロランタンは秋色に艶めく牛蒡だという。味の想像がつかない。
 色のコントラストが見事な大福にロールケーキ。作り手の愛と、野菜の甘さと彩りに満ちた全てに、ラウルの視線は何度も行き来と一時停止を繰り返す。
「どうしようシズネ……」
「たくさん買えばいいんじゃねぇか?」
 オレはぜんぶ食ってみたいなあなんてちゃっかり付け足した時にはもう、甘味好きの心は陥落。うん! と笑顔で頷くその手は財布を握っていて。
「沢山買って帰ろう。二人なら色んな種類が楽しめるしね」
「おかわりいっぱいできるな!」
 独りじゃなくて二人だから、甘味も、共に得られる幸せも増えていく。分かち合って過ごす時間は秋の実りのように豊かで格別で、きっと言葉に出来ないだろう。
 菓子の数だけ交わす言葉も増えて。
 そしてきっと、自分達だけのこがねが咲く。

 贅沢の二文字が相応しいラインナップを前に、萌花と光は揃って真剣だった。
「ね、ね、光ちゃんは何買うの? あたし、和菓子も洋菓子もお土産におさえときたいんだよね」
 美味しい物は好きだけれどあまり沢山は、という萌花でも、土産にすれば大事な人達と一緒に味わえる。うーん、と悩む萌花の横、光がそっと手に取ったのは野菜クッキー詰め合わせの小袋だった。
「偶然ね桜庭さん。私も同意見なの」
 南瓜のタルト、芋羊羹。あそこの人参ドーナツも捨てがたい。
 萌花が見つけた野菜のケークサレも実に美味しそうで、二人の青い目はキラキラ熱視線。
「これ断面映えじゃん?」
「成る程、これが断面映え……」
 和菓子のオススメはと探す二人に長次が照れながら勧めていた頃、てててと店内を歩くセッカイの尾がたしんと叩いたそこにサイガの目が向いた。
「甘い米? きな粉ふりかけで雪化粧……? コンビニじゃ拝めねえモンが多いな」
 整然と並ぶのは猫用玩具に非ず。金や紅、紫が美しい芋餡おはぎである。
「なぁコレ」
「ん? って相変わらず美味そうなの見付けてくんの早ぇな」
 キソラが甘党でもないのに大丈夫かと突っ込めば、そん時はお前や某石油王がいますし? とレアものハンターは不敵な笑み。
「まぁ確実に喜ぶだろうケド……お、これは」
 空色を惹き付けたのは、話に聞いた通りの鮮やかな見目を持つロールケーキだ。綺麗な色合いや実に良し。けれど芋羊羹も大変に、と目移りしていると夜空色の柔らかそうな棒――羊羹を指差されて。
「ナニ味だと思う」
「え、凄ぇねコレ。金箔銀箔? この色どうやって……」
「食えねえお野菜でも泣くんじゃねえぞソラチャン」
「もう買ったのかよ! じゃあ違うの買ってくかな」
「サイガおにーさんそれ買うの?」
 何それと覗き込む萌花と光の手には、これと決めたらしい菓子の箱が幾つかあった。乙女達が見つけた“レアい映えスイーツ”に惹かれた分だけ、欲張りな店のコンセプト通りサイガの荷物が増えていく。
 どんだけ食うンだよ、とキソラが笑っていられるのも今の内。未来を知らぬ青年は、麗しい菓子を前に沸いた撮影ごころに従ってカメラ取り出した。
「良けりゃ撮らせて?」
「いーよ。良い写真撮ってよね」
「モチロン。じーさんも、宣伝用に一枚撮っとく?」
「じゃあセッカイと一緒に……!」
「ンなぁお」

「花房さんも気合が入っているようですね……」
「ふふ、大収穫よ」
 家族等へのお土産にするらしい。レジへ向かう背に最中は成る程と納得し、心くすぐる秋の甘味をじっくり見る。
「俺は特に芋や栗が好きでして。薊野さんは?」
「お芋も栗も、旬の今が一番ですね。僕は、南瓜に人参、トマトに落花生……」
 全部好き、っていうのは、ダメですか。
 ぽそり落とされた声に、嗚呼、やはりと緑の双眸が鏡花を見て、菓子を見る。
「野菜系がお好きかなと思っていました」
「……見抜かれていましたか」
 勘が当たっただけですよと呟き、まず目が行ったのは芋羊羹に饅頭といった和菓子。が、ケーキやプリンも捨てがたい。秋の実りが詰まった色、形はどれも魅力的で、絞るのが至難なのは鏡花も同じだった。――なので。
「連城さん。和菓子と洋菓子、半分こなんてどうでしょう」
 折角の機会。ここは少し贅沢したくもある。
 鏡花の真面目かつ贅沢な提案に、最中は瞬いた後にかすかな笑みを浮かべた。
「……良いですね、贅沢にいきましょう」
 そして、そんな贅沢は独り占めせず、旅団の皆にもお裾分けという名のお土産に。
「皆さん何が好きでしょうね」
「そうですね……」
 共に過ごし語り合う彼らの顔を思い浮かべ、考える。
 トマトゼリー、南瓜とココアのクッキー、栗羊羹に芋のきんつばや饅頭等々――それらを前に暫し漂った静寂は、土産も選ぶのが至難という証。
 先に口を開いたのは鏡花だった。手には財布。視線はケースの中。
「……ちょっと奮発しても、良いですか」
「勿論、大奮発ですよ」
 選ぶのは至難だが、“そこ”は至極簡単。
 なぜなら、実った秋を前に我慢するというものほど勿体ない事はない。
 そして実った輝きを誰かと共に味わったなら、そこにもまた、新たな実りが咲くだろう。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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