生死の狭間のその先に

作者:椎名遥


 都会の町並みは深夜になっても光が消えることは無く、行き来する人影もまた、数こそ減ることはあっても絶えることは無い。
 けれど、その喧騒は昼間よりもはるかに小さく控えめで、立ち並ぶビルの屋上へも届くことなく夜風の中に紛れて消えてゆく。

 静かな闇に包まれたビルの屋上を、ふいに一陣の夜風が吹き抜けて。
 ――リン、と鈴を鳴らすような音が響いた直後、闇の中に小さく緋の光が灯る。
 かすかな光の中に浮かび上がるのは、一人の男の姿。
 腰まで伸ばした黒みがかった赤い髪を鈴をつけた紐でうなじで括り、右目につけたモノクルの下に走るのは一筋の傷跡。
 紫煙をなびかせる煙草を口元へ運び、男は彼方へと視線を向ける。
「エインヘリアルの動きは予想以上だったが……まあ、これはこれで悪くない」
 その視線の先にあるのは、八王子焦土地帯。
 かつては死神が占拠し、そして今は磨羯宮『ブレイザブリク』の出現によってエインヘリアルの侵攻を受けている土地である。
 目視することもかなわないほどに離れながらも夜空を通して届く不穏な空気に、男は軽く笑みを浮かべて煙草を手にしたままの右手を前へと伸ばす。
 そのまま男が右手を虚空に躍らせれば、煙草が残す赤の残像が夜闇に魔法陣を描き出し、
「――ふむ。現状ではこの程度か」
 うっすらと光を放ちながらも、それ以上の変化を示さない魔法陣を手の一振りでかき消すと、男は屋上の縁へと歩き出す。
 現状では魔法陣を起動するには力が足りない。
 けれど、足りぬ力は地上に満ちるグラビティチェインを奪えば補える。
 そして、他勢力が大規模な活動を行ったタイミングこそ、個人が暗躍するには絶好の機会となる。
「せっかくエインヘリアルが派手に侵攻してくれたんだ。そっちに目が向いている間、せいぜい自由に動かせてもらうとしよう」
 そうして屋上から飛び降りる間際――ふと男は後ろを振り返る。
 そこにあるのは、屋上への出入り口。
 誰かが現れる気配もなく、扉は閉ざされたままではあるけれど――。

「さて、私はこう動くわけだが――お前はどう動く、玉緒?」


「東京焦土地帯に、エインヘリアルの要塞である磨羯宮『ブレイザブリク』が出現した事件はご存じの方も多いかと思いますが……その影響を受けて、死神勢力に動きがありました」
 集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を始める。
「現在、東京焦土地帯は死神とエインヘリアルが土地を奪い合っている状態にあります」
 元は死神によって占拠されていた東京焦土地帯だが、磨羯宮『ブレイザブリク』が出現し、同時に第九王子サフィーロの軍勢も姿を現したことによって、エインヘリアル勢力に一部の地域を占拠された状態にある。
 その争いの結果起こったのは、東京焦土地帯に配置されていた一部の死神が居場所を奪い取られ、東京都市部へと押し出される事態の発生である。
 居場所を奪い取られ、追い出されたと聞くと、敗残兵と言うような印象を受けるかもしれない。
 だが、配置されていた死神の中には、人の意識が強すぎたり性格に難があったりした結果、実力とは別に失敗作として扱われた個体も複数存在していた。
 東京焦土地帯を破壊不能とする『儀式』の『パーツ』として配置されていた彼らは、エインヘリアルの侵攻を役目から解き放たれる好機とすることで、死神勢力にも縛られない自由を手にしている。
 このまま放っておけば、死神勢力とも異なる第三軍として人々を襲うようになるだろう。
「ですので、そうなる前に皆さんの力で対応をお願いします」
 そこまで語ると、セリカは一度息をついて地図を取り出して詳細の説明に入る。
「今回皆さんにお願いするのは、本日の深夜にこちらのビルの屋上に現れる死神『オクサリス』の撃破です」
 地図の一点を指し示し、ついで取り出すスケッチに描かれているのは一人の男の姿。
 右目にはめたモノクルに、シワひとつ無いジャケットにスラックス、隙を見せない立ち振る舞い。
 一見するならば年齢不詳の執事、と呼ぶのがふさわしい姿だろう。
「相手は一人だけで、ビルの中にも屋上にも人は残っていないために人払いを考える必要はありません。皆さんはオクサリスを逃がさず倒すことだけを考えて戦ってください」
 その見た目にそぐわず――あるいは見た目にふさわしく、オクサリスの操る魔術と格闘術は決して侮ることのできない域に達している。
 部下となる下級死神を連れることもなく単独で行動しているのは、それだけの実力を持っていることの証でもあるのだ。
「東京焦土地帯から解放されたオクサリスが何をしようとしているのか、十分にわかっているわけではありませんが……」
 まだ見えない相手の目的に考えを向けて、セリカはわずかに目を伏せて。
 そして、首を振って意識を切り替えるとケルベロス達を見つめる。
 相手の目的がどこにあったとしても、その過程で出る人々の犠牲を放っておくわけにはいかない。
 だから、まずはやれることから一つずつ。
「暗躍しようとするオクサリスを、ここで止めて下さい――ご武運を」


参加者
伏見・万(万獣の檻・e02075)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)
那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ

「さて――お前はどう動く、玉緒?」
「――そう、ね」
 夜闇に響くオクサリスの呼びかけに、答える声がかえる。
 そして、屋上への出入り口の扉が開くとともに、一つの人影が歩み出る。
「わたしをご指名……かしら?」
 長い髪と羽織った白のジャケットを風に髪をなびかせて、ゆっくりと近付く西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)に、オクサリスもまた静かに歩み寄る。
「これで、指名は二回目ね」
「ああ。また会えて何よりだ」
 互いに手を伸ばせば届くほどの距離で、笑みを交えて交わす会話は親し気ではあるけれど――同時に、隠しもしない殺意と敵意にも満ちていて。
「……そうそう。以前のお代だけど……未払いなのは覚えてる?」
 自然な動きで銃を引き抜き、ジャケットを脱ぎ捨てる玉緒の胸元にあるのは、背中までつながる貫通痕。
「忘れた――なんて言いやしないわよね」
「無論、忘れてはいないとも。大切なお前とのつながりなのだから」
 わずかに目を細めて問う玉緒に、親愛の情を込めて答えるオクサリス。
「……ふっ」
「……ふふっ」
 互いに視線をかわし、笑みを浮かべて。
 そして、
「「――っ!」」
 直後、玉緒が手にした銃を突きつけて。
 その銃が火を吐くより早く、オクサリスの拳が銃口を叩いて逸らす。
 そのまま打ち込まれる拳を玉緒はわずかに身をそらして回避して。
 続けて、下から突き上げるように繰り出されるオクサリスの蹴撃を、玉緒はピンヒール型エアシューズ『叛逆ノ顎』で受け止め、蹴りに乗るようにして後ろへと飛んで威力を殺す。
「未払い分を払うのは吝かではないが――その前に、今のお前をもっと見せて見ろ」
 空中で撃ち込むクイックドロウを意に介することもなく、オクサリスの右手が閃き宙に方陣を描き出し――、
「やらせません!」
 追撃とばかりに撃ち出される火炎弾を、翼を広げて夜空へと舞い上がった如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384) の竜砲弾が撃ち砕き。
 四散する炎の残滓の中を走り抜け、踏み込むレヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278) の流星の輝きを宿した蹴りがオクサリスを襲う。
「なるほど、一人ではなかったということか」
「そういうことだ!」
 続けざまに打ち込まれるレヴィンの蹴りを受け止め、後ろへと飛んで距離を取るオクサリスに、さらに踏み込んでレヴィンは追撃をかける。
 捌かれ、防がれ、直撃こそしていないものの、オクサリスの動きを縛るには十分な攻勢。
 その間に着地し、体勢を立て直した玉緒の左右に並び、得物を構える伏見・万(万獣の檻・e02075)とサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)。
「よォ、久し振りだな。いつだったかの借り、返しに来たぜ」
「俺は初対面だが……まあ、ケルベロス様に死なれては困るんでな」
 見知った者、初対面の者、関係性はそれぞれだけど誰もが同じケルベロスの仲間達。
「玉緒に消えない傷を付けた相手……ならば今度は傷付けさせたりしないよ」
「ええ。玉緒さんの体と共に心にも深い傷を負わせた相手。絶対に許せません」
 グッと拳を握った那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383) が癒しの力を高めて相手を見据えて。
 仲間として、同じ女性として、玉緒に癒えぬ傷をつけたオクサリスに強い怒りを燃やして沙耶は得物を構え。
「こっちの事は気にすンな。好きに動いてぶっ潰してやれ」
「派手にやっちまいな!」
 万のブレイブマインが、サイガのスターサンクチュアリが。
 さらに、摩琴の呼び出す光の蝶もが玉緒を包みこんで加護を与え、力を高めてゆく。
「宿縁にカッコよく決着を付けてよね!」
「ええ……見せてあげる」
 仲間の声に背を押され、笑みを深めると玉緒は深く身を沈み込ませる。
 狙うは一瞬。
 レヴィンの打ち込む足元狙いのスターゲイザーをかわし、着地点を狙った沙耶の轟竜砲を裏拳で払いのけ、
「――そこ!」
 そうしてオクサリスの注意がそれた瞬間、一筋の炎を地面に残して玉緒は疾走する。
 気付いたオクサリスが回避しようと動くが――わずかに遅い。
 低い体勢から蹴り上げるように放たれた炎を纏った蹴撃は、オクサリスを捉えて跳ね飛ばす。
「超過料、相当なものよ? ……あなたの命一つじゃ足りない程に……ね」
「いや、この程度ならば問題ない。まだまだ払える範疇だとも」
 積年の恨みも込めて見つめる玉緒に、空中で体勢を立て直すとオクサリスは軽く肩をすくめて答える。
 その素振りからは、今の一撃のダメージは見られないけれど――。
「……それは良かったわ」
 そう、笑って玉緒は答える。
 一瞬で終わるほど安くないことはわかっている。
 相手の力も、自分の想いも。
 だから、
「ここからが本番、と――そういうことでしょう?」


 視線を交わし、呼吸を合わせて踏み込む玉緒と万。
「合わせられる?」
「任せな!」
 飛び上がり、オクサリスの顔面へと繰り出す玉緒の蹴り。
 それを受け止め、足を止めた隙を突いて回り込んだ万のマインドソードが振るわれ、同時に、相手の腕を足場に身をひるがえした玉緒の蹴撃が頭上から打ち込まれる。
 即興のコンビネーション。
 その連携を、弧を描くオクサリスの蹴撃が迎撃して打ち返し。
 着地し、距離を取ろうとする玉緒に追いすがり、追撃をかける拳を割り込んだサイガが受け止める。
「――っ!」
 武器を噛ませ、衝撃を逸らし。
 その上でなお、守りを抜けて伝わる衝撃にサイガは表情を歪め、
「――お供も連れずとはケチ臭い、魚の一匹くれえ馳走してくれよ」
 それでも歯を食いしばって拳を受け流し、軽口を叩きつつ呼び出すのは無数の実体のない刃。
「ならば、やつらの巣に送ってやろう。好きなだけ喰らいあうといい」
 降り注ぐ無数の刃の雨を、オクサリスの呼び出す怨霊の群れが迎撃する。
 ぶつかり合い、喰らい合い、数を減らしながらも勝るのは怨霊の群れたち。
「そこだ!」
 そのままサイガを襲おうとする怨霊を吹き散らして、レヴィンのサイコフォースが疾る。
 不可視の衝撃は身をひるがえしたオクサリスを捉えられず、虚空を爆ぜさせるにとどまるけれど――、
「――宜しく頼むよ、沙耶さん」
「ええ!」
 爆発は当たらなくても、その衝撃にわずかに足を鈍らせたオクサリスに沙耶の時空凍結弾が撃ち込まれる。
 弾丸は裏拳で弾かれるも、弾が宿す魔力は消えることなくその腕の時間を凍り付かせ、
「「――おお!」」
 一瞬、腕の動きが止まった隙を逃すことなく、踏み込んだサイガと万が拳を振るう。
 サイガの降魔真拳と万の戦術超鋼拳。
 二人の拳が飛び退くオクサリスを捉えてよろめかせ、
「これはどうかしら?」
「ふむ。悪くない」
 続けて追撃をかける玉緒の蹴撃とオクサリスの拳が交錯し――玉緒の体が大きく後ろに飛ばされる。
「だが、そこまでだ。また、あの時の繰り返しをするか?」
「いや、そうはならないよ!」
 跳ね飛ばされた玉緒を受け止め、摩琴はまっすぐにオクサリスを見据える。
「キミと玉緒の過去に何があったのかは聞いた事しか分からないけど」
 手にする指揮棒『Asvinau's Taktstock』を介した大自然との繋がりが玉緒の傷を癒し、再び立ち上がる力を与えてゆき。
「今の玉緒にはボクたちがいる。繰り返しになんかさせないよ」
「……ならば、確かめてみよう」
 わずかな沈黙の後、距離を詰めて繰り出すオクサリスの蹴りを、サイガの旋刃脚が受け止める。
「死の神だなんだと仰々しいが、此処じゃてめえらも翻弄される側だ、デウスエクスさんよ」
 互いの蹴りがぶつかり合い、狙いをそらし。
 体勢を立て直して打ち込まれる拳を、万の戦術超鋼拳が打ち払い。
 同時に、回り込んだレヴィンの達人の一撃をかわし、飛び退くオクサリスを沙耶のペトリフィケイションが捉え、石化の呪縛を刻み込む。
「で、コイツはおめェの何なんだ? ……って聞くとこだろうが、別にいいか」
 腕に残る衝撃をマインドシールドで回復させながら、万は軽く笑って得物を構え直す。
「いけ好かねェのは見りゃわかる。それで十分だ」
「……ええ、そうね」
 その言葉に、小さく苦笑を浮かべて玉緒は頷きを返す。
 相手の姿が、声が、戦う度に玉緒の記憶の奥底を揺さぶり、何かを思い出させようとするけれど――今は心理的な揺さぶりをかけてくるものでしかない。
 目の前には因縁の敵がいて、周りには仲間がいる。
 それが全てでそれでいい。
 揺れる思いを受け流し、笑みを深めて身を沈め、
「二度とないこの機会。もっと楽しみましょう」
 そして、駆ける。


 銃弾、拳、刃に魔術。
 無数の攻撃が交錯し、火花を散らしてぶつかり合う。
 玉緒のグラインドファイアとオクサリスの蹴撃がぶつかり合って相殺し、打ち込まれた衝撃を受け流しつつ玉緒が距離を取るのと入れ替わりに踏み込むレヴィンの達人の一撃を、後ろに飛んで回避するオクサリス。
 その着地点を狙って沙耶が撃ち込むゼログラビトンを火炎弾で迎撃しつつ、着地と同時に踏み込むオクサリスの拳の一撃を割り込んだ万が固めた拳で受け止めると同時にサイガの拳がオクサリスを殴り飛ばし。
 万が受けたダメージを摩琴が大自然の護りで回復するのに並行して、再度地を蹴る玉緒の蹴りとオクサリスの拳が交錯する。
(「……流石に、強いですね」)
 ケルベロス達の連携と真正面から渡り合うオクサリスの力に、沙耶の背に冷たいものが走る。
 単独で行動しているオクサリスは、一人でも充分ケルベロス達を相手にする事の出来る強敵という事。
 それはわかっていたし、誰も油断していなかった。
 最初から全力で、全員の連携も併せて迎え撃って――その上で、押しきれない。
 ともすれば押し返されそうなほどに、相手は強い。
 無論、オクサリスも無傷ではない。
 ケルベロス達の攻撃は確かに届いている。
 戦いが進むにつれて重なる呪縛は、確実にその動きを縛っている。
 最善は尽くした。
 後は、どちらが先に崩れるか。
 そして――。
 幾度目かの交錯か。
 レヴィンのサイコフォースと沙耶のゼログラビトン。連携して撃ち込む二重の射撃を火炎弾で迎撃した直後、これまで以上の速さで、オクサリスがサイガとの距離を詰める。
「なかなか粘ったが――そろそろ終わらせるか」
「ちっ!」
 咄嗟に得物を引き上げ守りを固めるも、それをすり抜け、怨霊を纏った右腕が突き付けられ――。
「まず、一人」
 至近距離から放たれる怨霊弾を受けて崩れ落ちるサイガを振り払い、踵を返して周囲に視線を巡らせ、
「甘えよ」
「――なに!?」
 その足を、倒れたままのサイガが掴む。
「キミはここで終わるんだよ。その手は玉緒に届かない、届かせないからね――みんなの情熱に一陣の風を! アンスリウムの団扇風!」
「お目当を潰せりゃあ満足なんだとして、そうは問屋が卸さねえってな。なんせ我々、地獄の番犬なもので?」
 消えそうになる意志を魂を燃やしてつなぎとめ、摩琴の振りまく薬で高まった力でもって身を起こし。
 振り払おうとするオクサリスの蹴りを受けながらもサイガのその手は緩むことなく、歯をむき出しにした凄絶な笑みのままに呼びかける声は、戦いの中でオクサリスが呼び出し使い捨てた怨霊の残滓も編み込んだ無数の刃を作り出す。
「さあ――祈ってやれよ」
 鴉羽(マガイモノ)。
 降り注ぐ実体のない刃が豪雨の如く降り注ぎ。
 同時に、
「狩られるのはテメェだ、逃げられると思うなよ!」
 ここが勝負どころと見た万が呼び出す、己を構成する獣たちの幻影が影となって地面を走りオクサリスへと絡みつく。
 無数の刃に切り裂かれ、無数の獣に絡みつかれ、
「く――まだ、まだだ!」
 それでもなお、オクサリスは幻影を振り払って距離を取る。
 手傷は負った。天秤はケルベロスに傾いた。
 それでも窮地は脱した。
 ――否。
 窮地を切り抜けた直後、オクサリスの意識がわずかに緩むその瞬間こそ、レヴィンが狙う一瞬の好機。
 精神を集中させ、両の手に握るリボルバー銃を構え。
「……視えた、そこだー!」
 放たれた銃弾は、ゴーグルの奥にわずかに揺れる灯火が導くまま、オクサリスの両腕を撃ち貫き、
「皇帝の権限にて、命じます!! 『止まれ』」
 よろめくオクサリスに、沙耶が運命を示す。
 運命の導き「皇帝」(フェイト・ガイダンス・エンペラー)。
 皇帝が発する権限が、オクサリスの動きを抑え込んで動きを縛りつける。
 大勢は決した。
 もう、数合も攻撃を交わせば、オクサリスは倒れるだろう。
 だからこそ、
「最後はお前か」
「ええ、こればっかりは他の人に譲れないもの」
 皇帝の圧力を振り払うオクサリスに、二丁のリボルバー銃『RAGING BULL改』と『HOWLING BULL』を突き付けて玉緒は微笑む。
「そうか……ならば、やって見せろ!」
「もちろん。できるだけ耐えて頂戴。簡単に逝かれちゃあ、愉しめないし……ね?」
 刹那、玉緒とオクサリスは同時に地を蹴る。
 バレットタイムで引き延ばされた時間の中、周囲を七色に輝く蝶の羽の如き神気が舞い踊り。
 繰り出される銃底と拳がぶつかり合い。
 続く頭上からの急襲が迎撃の蹴りよりも早くオクサリスの四肢を打ちぬいて。
 展開した神気を収束し、踏みつけと共に撃ち込む一撃が、長き因縁に終わりを告げた。


「今度はこうなるか……まあ、これはこれで悪くない」
「今際の際だってのに……まだそんな軽口叩けるの?」
 連撃を受けて叩き伏せられ、倒れたままどこか満足げに笑うオクサリスに玉緒は小さくため息をつく。
 既に体の端から崩れ始めている以上、その存在は程なくして消え去るだろうが……。
「お前に討たれるなら、それも悪くないだろう。なあ……アヤメ」
 消え去る間際、言い残していったのはこの場にいない、居ないはずの誰かの名前。
「……ええ。そう。そう……なのね」
 その場所を見つめて、うつむいたまま玉緒は小さく呟くけれど、
「……玉緒さん」
「大丈夫よ」
 沙耶の声に応えて顔を上げた時には、普段通りの彼女に戻っている。
 心配そうに手を握る摩琴に、安心させるように笑って手を振って、
「祝杯なり気晴らしなり、一杯やんなら付き合うぜ」
「ふふ、それもいいわね」
 肩を叩く万に軽く答えると、玉緒は仲間達と屋上へのドアへと歩き出す。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月9日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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