明ける夜の星と月

作者:雨音瑛

●波音聞こえる夜に
 太陽が昇るのを数時間後に控えた沖縄の夜は、ひどく静かだった。
 スクラップ工場に積まれた金属片が崩れる音がするまでは。
 地面に空いた大穴から、ゆっくりと何かがせり上がってくる。
 星の光の下、完全に姿を晒したのは人間の身長を遙かに凌駕する銀色の機人であった。
 元は幾何学的に組み上げられていたのであろう外装は、ところどころズレて内部が見えている。仄かな紫色の光はジェネレーターか何かだろうか。
 機人にとっては、どうでも良いのだろう。歩き始めた彼の足取りは凄まじい重量を伴うものであるから、無数の家屋はただただ破壊されてゆく。時間が時間だ、眠りについていた者は即死であっただろう。異様な音に気付いて逃げ出した者も、敢え無く踏み潰される。
 彼の者が向かう先は、海の上を細く伸びた道路。
 その先には、沖縄本島が見えていた。

●秋の沖縄へ
 沖縄県うるま市に、巨大ロボ型ダモクレスが復活して暴れ出すという予知がされた――と、ステラ・フラグメント(天の光・e44779)はどこか興奮を隠せない様子で話し始めた。
「スクラップの下から何か出てくるんじゃないかと思ってヘリオライダーに予知を頼んだんだ。まさか出てくるのが巨大ロボとは思わなかったけどな!」
 紫の瞳の片方が、悪戯っぽく閉じられる。
「っと、ヘリオライダーから聞いたことを伝えるぜ。復活した巨大ロボ型ダモクレスは……うーん、なんだか味気ないな。銀色のボディをしているらしいから、この巨大ロボ型ダモクレスを仮に『アルジェント』と呼ぼうか。アルジェントは、イタリア語で『銀』を意味するんだ。それに何だか、ロボットの名前っぽいだろ?」
 すると、話を本筋に戻せと言わんばかりにウイングキャット「ノッテ」が尻尾をびたーんとするから、ステラは咳払いした。
「……続けるぜ。アルジェントは、先の大戦末期にオラトリオが封印したものらしいんだ。そこから随分な年月が経つから、グラビティ・チェインが枯渇しているせいもあって、戦闘能力は大幅に低下してる、って話だ」
 かといって、放っておいたところで一般人が対処できるような存在ではない。それに、アルジェントは多くの人がいる場所へと移動し、殺戮を繰り返しながらグラビティ・チェインを補給する活動を行う。
「もしアルジェントが力を取り戻せば、いっそうグラビティ・チェインを略奪する。その後は体内に格納されたダモクレス工場を稼働させて大量のダモクレスを量産するみたいなんだ」
 そうなる前に手を打てるのだったら、対処した方が良いに決まっている。
 つまり、アルジェントが本来の力を取り戻す前に撃破するのが今回の仕事だ。
「そうだ、重要なことが一つあったんだ。アルジェントが動き出してから7分が経過すると、魔空回廊が開いて撤退するらしいんだ」
 撤退をされたら撃破は不可能。つまり、魔空回廊が開く前にアルジェントを撃破する必要があるというわけだ。
 戦闘となる場所は、沖縄本島から「海中道路」――海中といっても本当に海の中にあるわけではなく、海の上を渡る道路だ――と呼ばれる道を介して行ける島だ。
 もちろん現地まではヘリオンでひとっ飛び、上空から降下しての戦闘となるから交通に関しては何の心配も無い。
 しかしヘリオンからの降下ポイントはちょうど海中道路を背にした場所。ある意味、後がない、状態なのだが――ステラは不敵に笑った。
「心配無用! 現地に着いたら、すぐに戦闘に入れるんだ。一般人の避難誘導なんかも必要ないぜ。なにせ、ケルベロスが到着する頃には避難は完了しているんだからな。それに住民からは『思い切りやってほしい』って言われてるんだぜ!」
 建造物は破壊されてもヒールで直せる。けれど、人の命は――。
 デウスエクスを止められるのなら、一時的とはいえ建物が破壊されるのは人々にとって大したことではない。何よりデウスエクスを倒せるのはケルベロスしかいないのだから。
「現地に着くのは、午前四時頃。天気予報からするに当日はうっすら明るいはずだぜ」
 次は敵の情報だな、とステラはヘリオライダーから聞いたことを思い出す。
「攻撃手段は三つだ。麻痺効果のある稲妻を纏わせた薙ぎ払いと、胸部を展開して発射する極太のビーム。そして真っ直ぐに手指を伸ばして指先で突く近接技だ」
 そしてもう一つ、重要な情報があるとステラは語る。
「さっきも話したけど、アルジェントはグラビティ・チェインが枯渇しているから戦闘能力は全体的に低めだ。けど、戦闘中一回だけ……たった一回だけフルパワーでの攻撃を行えるみたいなんだ。この攻撃、アルジェント本人もダメージを受けるらしいから――」
 うまくいけば、撃破の好機となるだろう。
「さて、アルジェントを撃破した後は戦場のヒールをして、帰りのヘリオンを待つわけだけど――その間、無人の海中道路を散策なんていいと思わないか?」
 自分たち以外は誰もいない、静かな海辺。道路を歩くか、砂浜に降りて歩くか。いずれにせよ徐々に明るくなる頭上の色は、穏やかな時間をもたらしてくれることだろう。


参加者
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
クレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ

●来訪者
 海風と波音をかき消す、轟音。
 無粋な銀色の機人は、平安座西公園付近へと降下した番犬たちの姿を目に留めて胸部を展開した。
 ほとんど直感ともいえるような攻撃に、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)のボクスドラゴン、紅蓮が本能とも呼べるような機敏さでその身を晒す。
 小さな身体で極太の光線を受け止めた小さな竜は、ひとまず無事であるようだ。それを確認したルティエは、振動を伴いながら歩み来るデウスエクスを見上げてため息をついた。
「おっきいロボットですねー……!」
「あれ、奥様も意外と興味あったり?」
 すかさず問うのは、ルティエの伴侶であるクレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)。
「うーん、私の興味に比べれば……」
「あー……なるほど。『また』って感じかな?」
 ルティエが示した先を見てうなずきつつ、クレーエは仕事に取りかかった。Gladius de《Leo》の切っ先を地面に突き立てて削り、浮かべるは呪いをはね除けるための魔法陣。
「気持ちはわかる、わかるけど今回もちゃんと撃破しよーね」
 呆れ顔を浮かべつつもどこか落ち着かない様子なのは、クレーエも男の子だからなのだろう。
 銀色の毛並みを膝から下に宿し、ルティエは紅蓮とともに『アルジェント』――この事件の予知に一役買ったステラ・フラグメント(天の光・e44779)がつけた名だ――の身体を駆け上った。アルジェントの頭部に、本気の蹴りが炸裂する。
「とっても残念ですが、ぶっ潰しましょう!」
「それってつまりいつもと同じ、ってことだよね?」
 月詠銃歌の引き金を引き、月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)が笑う。放たれた光線は、まずはアルジェントの腕を凍らせた。
「ね、ね、ユエ、ノッテ。ステラが怪我しないように、見守りながら殺ろっか」
 ユアの提案に快諾するように、ユエはアルジェントの来訪によって崩れた建物の破片を飛ばし、ノッテは黒い翼を用いて前衛に癒しの風を送る。
 機構とジェネレーターに穴が空くほどの視線を送り、ステラは自身を抱きしめるようにして俯いた。
「君と此処で出会わなければ、運命は違っていたかもしれないのに……残念だよ、アルジェント」
 次いで顔を上げ、演技めいた動作で両腕を広げる。
「けれど! 君に多くの命を、大切なものを奪われるわけにはいかないんだ!」
 仮面を軽く押し上げ、今度は片手をアルジェントに差し出すようにして。
「今宵、君を盗み出させてもらおう」
 差し出した手を握ってアカギツネの色を灯したステラは、力の限りアルジェントの足へと拳を叩き込んだ。
 直後、小さなリングがアルジェントの装甲を窪ませる。玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が猫、とだけ呼ぶウイングキャットのものだ。
「アルジェントとは、ずいぶんと御大層な名前だね」
 見上げ、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)は金の瞳を細めた。
「だけど、もうすぐスクラップになる奴にそんなものはいらないだろう」
 アルジェントの胸元に咲く華は、装甲の内側へも到達している。
「たしかに! それに『惜しい奴を亡くした』っていうにはうってつけの名前だしね!」
 火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)はにっこりと笑って「かぶーん」と名の付いたスイッチを押し込んだ。
「つまりぶっ壊すってこと! タカラバコちゃんもガンガンいっちゃっていいんだよ!」
 主のお墨付きとあって、ミミックは自慢げに偽の黄金をばらまきはじめた。カラフルな爆発を背後に、ご機嫌の様子だ。
「次はボクの番! 夢現合一モードでお相手するんだよ!」
 一呼吸置いて、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)の口から近いにも似た言葉が次々と紡がれる。
「夢は傍ら」
「現の果まで」
『――零を番えて無限と成せ』
「「『零夢現六花白蓮ッッッ!!!』」」
 アルジェントに描かれる、雪の華。手応えだけで結果を感知した瑪璃瑠は、黒豹の獣人に大きく手を振った。
「たまにい!」
 瑪璃瑠の声に、陣内は無言で頷く。
「ここから先には行かせない」
 沖縄本島へと向かう道を一瞥して、陣内はアルジェントの真正面に立つ。警戒するアルジェントは思案するように制止する。
「もちろん、その後ろにも下がらせない」
 銀に重なる、琉球硝子を思わせる氷がぴしりと音を立てる。
 ただ、この場に釘付けにして叩き潰す。それが陣内のすべきことだ。

●計画
 わずか数分、されど数分。七分ののちに撤退が確定している相手であるから、一手たりとも無駄にできない。アルジェントの攻撃は、徐々に瑪璃瑠と陣内を狙うものになっていった。
 五分が経過して六分目に突入するかという頃、アガサは如意棒二本を多節の棍として操り、いくつもの打撃を叩き込む。同時に、アルジェントへと急速に集まっていく熱を感知する。
「陣、リル、どうやら“来る”みたいだ」
 予知されていた「フルパワー攻撃」であると判断したアガサは、中衛二人に告げる。
 陣内と瑪璃瑠が視線を交わし、身構えた。
 アルジェントの機械の指が真っ直ぐに伸び、地面を抉らんばかりに突き立てられる。瑪璃瑠の立っていた場所が一段下がり、彼女の姿が見えなくなったものだから、誰かが息を呑んだ。
 だが、アルジェントの腕が持ち上がって――。
「……一度言ってみたかったんだよね。計画、通り! なんだよ!」
 ふてぶてしく笑う瑪璃瑠が、顔を出した。
 怒りを以て中衛に攻撃をひきつけ、フルパワー攻撃のダメージを抑える。まさに『計画通り』の展開に、番犬たちは勢いづく。
「なら、次は俺の相手もして貰おうか」
 陣内は足元に虹を集めながら跳躍、瞬く間に効果してアルジェントの肩を抉った。
 着地した陣内の肩を足場に跳ねた猫は、装甲にひっかき傷をつくる。
「瑪璃瑠さん、だいじょーぶ? ――っと、まだ回復の余地がありそうだね。ひなみくさん、頼める?」
 霧を放つクレーエが、ひなみくを見遣った。
「よしきた、もいっちょいくよ、瑪璃瑠ちゃん! ――届け、届け、音にも聞け。癒せ、癒せ、目にも見よ」
 右の二翼と左の右の二翼からそれぞれ1本ずつ羽根を抜き取ってグラビティを纏わせ、矢を射る体勢を取るひなみく。数秒と経たず手元に出現したグラビティ製の弓で、瑪璃瑠に向けて癒しの矢を射る。
「クレーエさん、ひなみくさん、ありがとう! さあ、畳みかけていこっか!」
 戦えるだけの体力を取り戻した瑪璃瑠は電柱を蹴り、アルジェントよりも高い場所を位置取る。
 足の先には妖精靴「軌跡」、虹を纏って落ちる先は銀の兵。
 尊敬する贈り主に恥じぬよう、南の海と空の間で瑪璃瑠は舞い踊る。
 上方からの攻撃で、アルジェントが傾いた。すかさずユエが体当たりをし、無用な被害を広げぬよう立ち回る。
 微笑みかける黒髪の少女の動きに、ユアは大きく頷いて呼吸を整えた。
「赤き月が見守るその刹那、死に満ちるキミの命灯よ。さぁ、最期を飾ってあげようか?この歌と共に乱れ逝け」
 朝焼けの空、ではなくユアのすぐ後ろに赤い月が出現する。それが幻影と理解するだけの判断をアルジェントができるかどうか。どちらにせよ、月光は鋭き刃となってアルジェントの中心部を貫くだけだ。
 アルジェントのジェネレーターから零れる光がちらつくのを見て、ステラはため息をついた。
 もしもアルジェントが人々に危害を及ぼす存在でなければ。戦う必要がなければ――。
「――もっとじっくり観察できたのにな」
 ぽつり零した言葉に、ユアをはじめとした知人の視線が痛い。
「い、行くぜ、ノッテ!」
 誤魔化すようにアルジェントの背へと回り込み、ステラは棍での連撃を決めた。
 制限時間が迫る中、サーヴァントたちも懸命に攻撃を仕掛ける。リングを飛ばすノッテをはじめ、噛みつくタカラバコ、体当たりする紅蓮。攻撃してきた相手を逐一見るアルジェントは、首の後ろに立つルティエには未だ気付いていない。
「おい、何処を見ている。余所見をしている場合か?」
 ルティエは紅華焔にグラビティを纏わせ、首筋に斬り上げた。

●銀
 フルパワー攻撃を終えたアルジェントの動きは、目に見えて鈍っていた。
 クレーエが広げた翼の後ろには、無傷の海中道路が広がっている。癒すのは、数多の傷を負った中衛の二人だ。
「怪盗さん、いけると思う?」
「さあ、俺のガジェットと君のボディ、どちらが勝てるかな?」
 ステラのガジェットから踊る星屑を思わせる砲弾が飛び出し、アルジェントへと着弾する。
「やったか!?」
 身を乗り出すステラを見遣りながら、ユアは月詠銃歌の銃口から光線を発射した。すると光線と併走するユエが、アルジェントの破片を浮かせて叩きつける。続けざまに、ノッテの爪も直線を描く。
 すると、タカラバコが何やらひなみくの隣でジャンプし始めた。
「えっ、『いや、まだだ!』――って、伝えたいみたいだよ!」
 Missa8//Kyrieの光を陣内へと放つひなみくが、ステラに伝える。
「! よくわかってるじゃないか!」
 破顔するステラの隣に行って、タカラバコはまたぴょんぴょこ跳ねる。開いた蓋から飛び出したエクトプラズム製の大砲から砲弾が発射されるのを見て、ステラは目を輝かせた。
「ああ、わかってる。大砲もロマンだよな!」
 何やら通じ合う怪盗と小さな箱、彼らの恋人と主は苦笑しつつ笑みを交わすのだった。
「もうすぐ時間だよ!」
 瑪璃瑠による三位一体の斬撃がアルジェントの右腕を襲えば、逆手に持ったRoter Stosszahnに氷塵を纏わせたルティエがアルジェントの左腕を襲う。傷口からは氷の藤蔓が伸びはじめ、つぼみ、開花と一気に進む。アルジェントの全身は、すでに氷で覆われていた。
 さらには紅蓮のブレスで、重ねられた数多の呪が増えてゆく。
 中衛ふたりに向けられた薙ぎ払いの威力は、当初に比べれば余りにも弱々しいものだ。
「効かないな」
 体勢を整えようとするアルジェントの腕に乗り、陣内は魔力を籠めた小動物を撃ち出した。アルジェントが膝を突く。
「アギー、今だ」
「わかってる」
 アガサが拳に降魔の力を籠める。
 このダモクレスは両親を殺した者とは全然違うが、それは決して放っておいていい理由にはならないと理解している。
 何より、ひとが傷つくのは、もうたくさんだ。
 それに、沖縄はアガサの生まれた場所だ。むかしの記憶こそおぼろげなものの、今でも大事な人が住んでいる。
 アルジェントの膝、腕、肩を足場に、アガサは頭部に狙いを定めた。
「……くたばりやがれ」
 至極単純な、たった一撃の音。アガサが冷たい温度を覚えた拳の先、アルジェントは完全に停止した。

●光
 ケルベロスの傷はひなみくが、市街地の傷はクレーエが癒してゆく。修復しきれない瓦礫などはアガサが運び、いくつかの場所にまとめる。ほどなく戻る人々が元の生活を送れるようになるのならば、大して苦にはならない仕事だ。

 そうして修復が終わった後、平安座西公園では両手を合わせて頭を下げるステラの姿があった。懇願する相手は、いつも助けてくれる仲間と愛しい人だ。
「ちょっとだけ、ちょっとだけアルジェントを観察させて!」
「いーよ、怪盗さん。奥さまもにゃんともも、待てるよね?」
「もちろん。こうなるんじゃないかって思ってましたから」
「うん、いいよ。でもちょっとだけ、だからね?」
「ありがとう! すぐに済むから!」
 巨体であったためか、ゆっくりと時間をかけて消えゆく「アルジェントだったもの」を、ステラはまじまじと観察し始めた。すぐ後ろにユアがいるのにもかかわらず、だ。
「ガジェットに応用するとしたら……杖型にして……紫の光が見えるようにして……」
 待ちきれないとばかりにステラの袖を引いたユアに、ステラははっとした。
「もー、おわった……? お散歩、いける……?」
 振り返ったステラにの手を、ユアがぎゅー、と握る。
「ああ、勿論! 俺の歌姫様!」
 いったん手ごと抱きしめた後、ステラはユアの手を引いて歩き始めた。
「僕たちも散歩、行こうか。二人の邪魔しないように、ね」
「そうですね、お散歩して帰りましょう。ほら見て、クレーエ。夜明けの空、綺麗だねぇ」
 クレーエとルティエも、ステラとユアを見守りながら砂浜を歩いてゆく。
「海が綺麗ですね、歌姫様。その意味通り、君に溺れるなら構わないな」
「溺れるのはダメ……! 溺れないで一緒にいて。じゃないと、嫌いになる……」
 甘えるように、ステラの腕に抱きつくユア。
「ずっと、一緒にいるさ」
 少しの沈黙の後、ステラはユアに身体を寄せ、優しく告げた。

 長い長い海中道路は、思い思いに過ごすにはちょうどいいのかもしれない。
 いやいや、と言わんばかりに体をひねるタカラバコの横に座って、ひなみくが語りかける。
「タカラバコちゃん、まだお水だめ? でも海辺で戦う事だってあるんだから、お水に慣れないと駄目だよ~!」
 指先を人の足のようにして砂浜を歩くように動かす。
「ほら、怖くないよ! 海さんだよ~! ちゃーぷちゃーぷ!」
 それを見て恐る恐る波に触れるタカラバコの片足。は、すぐに海水から離れ、ひなみくの足元に身を隠すためにの動きを取った。
「も~! 可愛いから許しちゃう~!」
 タカラバコの足をくすぐるように撫で、ひなみくは笑いながら砂浜に寝転んだ。

 砂浜の上、瑪璃瑠は躊躇無く手足を広げて寝そべった。見上げた空には、薄い三日月が浮かんでいる。
「月よりも美しいものを知ったボクたちだけど。それでもやっぱり、月は綺麗だ……」
 呟き、目を閉じる。
 次の瞬間、そこに少女の姿はなく、波の音に聞き入る兎が一匹いるだけだった。

 高校生だった頃は毎日この道路を通ったという陣内であったが、さすがに無人の状態というのは初めての経験だ。
 ただただ不便だと思っていたあの頃、煙草に火をつけて煙を吸い込むいま、比べたところで何が変わったのかはよくわからない。
「綺麗だなあ」
 陣内がそう呟いた矢先、ぽつぽつと歩くアガサに追いついた。
「……おじさんとおばさん、元気にしてるかな」
 ここをずっと行けば浜比嘉に着くのだとぼんやり思うアガサの耳に、陣内の言葉が届いた。
「どんな奴だった?」
 何が、と問い返さなくてもわかる。一呼吸の間を置いて、アガサは口を開く。
「さっきのとは形が違う。奴は黒かった」
 アガサの視線は、ずっと海に注がれている。歩くのは止めない。たとえ目の奥が熱くなっても。
「……知ってるぞ、その顔。我慢しやがって」
 陣内は歩くアガサの肩を抱き寄せ、やや雑に頭を撫でた。
「ほら泣け。泣いちまえ」
「……い」
「うん?」
「朝日が、眩しい」
 ぐしゃりと手で目元をおさえるアガサ。そのまま少しの間、記憶の中の光景を瞼の裏に浮かべた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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