クジラは歌わず

作者:洗井落雲

●空を泳ぐ
 東京、その市街地――。
 その時、人々は空を見上げて、驚愕にその口を開いた。
 ビルの谷間を縫うように、悠々と泳ぐそれは、朱い、巨大なクジラであった。
 その脇には、随伴するように小さな、奇怪なる魚の姿も見える。
 見るものが見ればわかっただろう。その魚が、死神であったことに。
 であれば、その巨大なクジラも、死神である。
 巨大なクジラがその身を震わせると、随伴する魚型の死神たちが、ふわりと舞い降りてくる。あっけにとられた人々は避難が遅れた。そしてその数秒が、彼らの命を奪うのに充分な時間だった。
 眼下にて繰り広げられる虐殺に、クジラは何を思うのか。
 ただただ悠々と、クジラは空を泳ぐ。

●赤鯨
「集まってもらって感謝するよ。では、今回の任務について説明しようか」
 アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、ケルベロス達へと向けて、そう言った。
「東京焦土地帯に、エインヘリアルの要塞……『磨羯宮『ブレイザブリク』』が出現した事件は聞いてるかな? ブレイザブリク出現の結果、東京焦土地帯にいた死神たちの一部が、東京焦土地帯から追い出されるように、東京市街部へと移動しているようだ」
 その結果、市街地にて死神による住民の虐殺事件が発生してしまうのだという。
 このような行為を見過ごすわけにはいかない。
 速やかに現地へと赴き、敵を撃退してほしいとの事だ。
「敵は巨大なクジラ型の死神……『『舞台鯨』ナグルファル・ニブルヘイム』。それから、それらに随伴する3体の小型の魚型死神の、計4体だ」
 戦場となるのは、東京の市街地にあたる。日中であるため、人通りは多い。
「だが、今回は事前に避難活動を行う事が可能だ。というのも、敵は焦土地帯から追い出されるように移動していて、その進路上の人を無差別に襲っているだけだからなんだ」
 そして、敵の進行ルートはあらかじめ予知されている……あらかじめ人々を避難させ、敵を迎え撃つことが可能、というわけだ。
「東京焦土地帯での動きも気になるが、ひとまずはこちらの事件の解決をお願いしたい。君たちの無事と、作戦の成功を、祈っているよ」
 そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出した。


参加者
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
ユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405)

■リプレイ

●空を泳ぐクジラ
 その日、東京の市街地には、響くサイレンの音と、警官・消防隊による避難を促す声が響いていた。
 突如襲来を予知された、死神の群れ。
 それからの避難を促す声であった。
 ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)らにより、事前に自治体への協力が要請されていたため、避難自体はスムーズに、静かに進んで行く。
「この一帯は間もなく戦場になります。迅速な避難をお願いします」
 もちろん、ケルベロス達もただ黙ってみているわけではない。声をあげ、避難誘導を手伝うのは、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)だ。
「死神が来るよー……いや、比喩表現じゃなくて、本物の死神」
 ユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857)が声をあげる。殺気を放ち作り上げられた殺界。この周囲から、自主的に人が離れていくように仕上げる。
「大丈夫、手を貸すから、ゆっくり歩いて」
 微笑み、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)は道行く老婆をその身体で支えてあげた。老婆は何度も頭を下げながら、避難を継続していく。
「――ありがとうございます。了解いたしました」
 ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)は、アイズフォン通話を行いながら、そう答えた。
「結里花お嬢様。住民の皆様の避難は完了いたしました。後は、敵を待つのみでございます」
 恭しく頭を下げる――神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405)へと向けて。
 結里花は静かに、頷く。
「……『舞台鯨』ナグルファル・ニブルヘイム。「死都混声合唱団」の舞台である死神……」
 ゆっくりと、空を見上げた。予知によればもう間もなく、件の死神が空を泳いでやって来るのだ。
 周囲は避難も済み、静まり返っていた。それはまるで、これから起こる戦いを、地球全体が静かに待ち受けるかのようにも思えた。
「姿が見えぬと思っていたら、このような場所に隠れていましたか」
 ユーカリプタスの言葉に、
「なぜ合唱団のメンバーから逸れ、単独行動をしているのか……それは分りません」
 結里花が言った。言葉は静かに。しかしその眼には、確かな意思を宿していた。
「ですが……それはチャンスととらえるべきでしょう。相手が本領を発揮する前に、此処で個別に撃退します」
 ナグルファル・ニブルヘイムを宿敵とする結里花にとって、これは千載一遇のチャンスである。
「かしこまりました」
 ユーカリプタスが恭しく一礼をした。
「間もなく、時間か」
 ビーツーが、ボクスドラゴン『ボクス』を伴い、やって来る。ボクスが挨拶するように、「ぐぁ」と鳴いた。
「一族の宿敵……なんだったな」
 ビーツーの言葉に、結里花が頷いた。
「はい。……皆様には、お力をお借りすること、本当に有難く思います」
「かしこまらなくても……デウスエクスは、共通の敵だからね」
 瑠璃が微笑む。
「そうそう! 親友の宿敵だし、手伝わない選択肢はないよ」
 ユーフォルビアは元気よく笑った。
「地球生命を脅かす存在……であるならば、駆除を行うのが我々猟犬です」
 絶奈もうっすらと、微笑んでみせる。
「……! 皆様!」
 ユーカリプタスが声をあげた。ケルベロス達が慌てて空を見上げれば、巨大な影が、ゆっくりと空を遊弋するのが見えた。その影は、やがてその全容を、ケルベロス達の前へと、さらす。
 空を泳ぐ、巨大な舞台――舞台鯨、ナグルファル・ニブルヘイムだ! ナグルファル・ニブルヘイムは三匹の魚型死神を引き連れ、ゆっくりと、ゆっくりと、此方へと泳いでくる。
「現れましたね……」
 結里花が、ぎり、とナグルファル・ニブルヘイムを見据える。
「一族の敵、「死都混声合唱団」……! 神宮寺家、当代雨冠の巫女、結里花。参ります!」
 結里花の声と共に、ケルベロス達は一斉に構える。
 ナグルファル・ニブルヘイムはケルベロス達を発見。ゆっくりとその身を泳がせ、深く深く――地上へと向けて、ダイブした――。

●前哨戦
 ビルを粉砕しながら、ナグルファル・ニブルヘイムが深く空を潜る。ケルベロス達が一斉に飛びのくと、瓦礫の雨があたりを濡らした。
「まずは随伴している魚型から叩こう!」
 瑠璃が叫び、エクトプラズムのよる疑似肉体を生成した。疑似肉体が仲間たちの体を覆い、敵の攻撃に対しての防護壁となす。
 三体の魚型が、まるでミサイルのごとく突撃してくるのを、サーヴァントたちがその身体を以って受け止める。
「ひきつけなさい、テレビウム」
 絶奈の指示に従い、テレビウムはこくりと頷いて、魚型死神へと殴り掛かる。
 がつん、と、テレビウムの凶器が魚型死神へと突き刺さった。ぎぎ、と悲鳴を上げる魚型死神へ、絶奈のドラゴニックハンマーが迫る。
 超重の一撃が、魚型死神へと突き刺さる。魚型死神は進化可能性を奪われながら、ぎちぎちと身体を凍り付かせるかのようにこわばらせていく。実際に身体のあちこちから刃のような氷が突き出し、動くたびにその身体を傷つけていった。
 ビーツーが、ボクスへと一瞬、目くばせをする。それだけで意志は伝達する。『アダマントガロン』を砲撃形態へと変形させたビーツーは、魚型死神へと向けて、竜砲弾を撃ち放つ。合わせて放つ、ボクスのブレス。
 二つの砲撃が、魚型死神に突き刺さった! 魚型死神が悲鳴を上げながら、地へと落下していく。地を舐めた魚型死神は、なおも浮かび上がろうとするが、しかしその体力は限界に到達したようだ。ぐちゃり、と溶け、地にしみていく。
「ちょこまか逃げさせはしませんよ!」
 結里花の『白蛇の咢』、その蛇の顎から放たれる砲弾が、魚型死神を撃ち落とす。一方、ナグルファル・ニブルヘイムがその巨体をゆっくりと動かし始めた。腹に抱えたスピーカーから流れ出る、激しい重低音が打ち鳴らされるや、標的となった結里花の肉体を、まるで物理的な衝撃を叩きつけたかのように打ちのめす!
「くっ……! 私を狙いますか……何か因縁のようなものを、お前も感じているのでしょうね」
 結里花が言う。ナグルファル・ニブルヘイムは、言葉をあげない――その理由を、結里花は理解していた。
「義妹によって声を奪われた……その義妹も、貴女の妹である青い指揮者を討ちに行っている――」
 結里花は手にした『如意御祓棒』を高く掲げた。体に走る、『雷装天女』――羽衣のような形状のバトルオーラが、雷を纏い、結里花の戦意を現すように、輝いた。
「ならば、同じ姉として貴女をここで撃ち滅ぼしましょう」
「援護はお任せくださいませ! トラッシュボックス、前へ!」
 ユーカリプタスは叫び、ミミック『トラッシュボックス』と共に、前へ、前へ。
 立ちはだかるのは、魚型の死神だ。トラッシュボックスが魚型の死神に噛みつき、魚型の死神が悲鳴を上げる。ユーカリプタスは手にした爆破スイッチのボタンを押す。
「盛り上がって行きましょうか」
 仲間たちを鼓舞する爆発が周囲に巻き起こり、
「まずは、お前達からっ!」
 その爆発を背に、勢いをつけたユーフォルビアが、『花盛』の刃を煌かせた。その刀身にまとわりつく氷の力が、ほの青い光を輝かせる。
「凍りつけ!」
 振り下ろす氷の斬撃が、魚型死神に斬りつけた。走る氷が魚型死神を飲み込み、氷のオブジェと化したところで、間髪入れず斬り上げる!
 斬! 真っ二つの氷の彫像が、地に落ちて粉々に砕ける!
 残る魚型死神は、甲高い声をあげながら、決死の攻撃を仕掛けた。放たれる怨霊の弾丸がケルベロス達へと降り注ぐが、ケルベロス達を倒すには、遠い!
「あとは、お前だけだ!」
 『霊杖「金木犀」』に肉食獣のオーラを纏わりつかせ、瑠璃が魚型死神へ向けて振り下ろす――魚型死神の身体に残る、噛み傷のような傷跡! 魚型死神が悲鳴を上げる。
 そこへゼロ距離、手を突きつけたのは、絶奈である。
「劇団員でもなければ、舞台を整えるでもない……ただの野次馬には、ご退場願いましょうか」
 浮かぶ、狂笑――放たれた生命の奔流が、蒼い槍のように魚型死神を貫いた。
 ぎ、と悲鳴を上げ、魚型死神が沈んでいく――それは地において、泡となって消えた。

●クジラは歌わず
「あとはクジラ――ナグルファル・ニブルヘイムだけだ!」
 ビーツーが叫び、薬液の雨を降らせた。クジラ泳ぐ戦場を水中とするならば、それは水底に降る雨だ。
「ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ。雷の右!!」
 ならばそれは、水底を走る雷か。結里花の右手に宿る、因達羅の御業。放たれた雷が、空をかけて、クジラへと迫る。
 爆発するかのような雷撃が、ナグルファル・ニブルヘイムを襲った。内部から爆発するかのような放電が空気を焼いた。イオンの匂いが鼻を衝く――それほどの高電圧を受けながら、クジラはまだ、身じろぎをして見せた。
「――――」
 クジラは鳴かない。すでにそのクジラは、声を失っていたからだ。
 その役割(ロール)は舞台。舞台は歌わない。舞台は踊らない。ただそこに在るのみ。
 だが、悲鳴のような超超高音が、ケルベロス達へと襲い掛かった。耳をつんざく――鼓膜すら破壊し、その身をすくませるような高周波が、ケルベロス達の身体を切り刻む。
「星々の癒し光よ。ここに!」
 ユーカリプタスが美しく空を舞った。その舞から、空へと描くはさそり座の軌跡。描かれたさそり座が、温かな光を放ち、高周波に傷つけられた仲間たちの傷を、たちまち癒していく。
「陸に上がったクジラが、空を泳ぐな――ッ!」
 ユーフォルビアの『鳴刀 松風』がうなりをあげ、ナグルファル・ニブルヘイムの巨体を撫で斬りにする。皮膚とも外装ともつかぬ何かがズタズタに切り裂かれ、宙を舞う。
「力を借りるよ!! グリフォン、その武威を示せ!!」
 瑠璃が叫ぶとともに、霊獣、グリフォンがその姿を現した。グリフォンが雄たけびを上げると、その衝撃がナグルファル・ニブルヘイムのスピーカーに衝撃を与え、バリバリと外装を破壊していく。
「さすがに生命力はありそうですが――」
 絶奈が放つ氷結の輪が、ナグルファル・ニブルヘイムの身体を走る。一直線に描かれた氷の刃が、ナグルファル・ニブルヘイムの皮膚を切り裂く。
「だが、奴の体力とて無制限ではない」
 ビーツーが答える。反応が鈍いため分かりづらいが、此方の攻撃も、決して聞いていないというわけではないようだ。それは、敵をよく観察していたビーツーには、よくわかっていた。
「だとするなら……落ちるまで、戦い続けます!」
 結里花はそう言って、駆けだした。『白蛇の咢』による氷結の打撃を叩きつける。お互いの体格差は、まさに蟻と象――いや、人間とクジラであったが、その高潔なる意志は、決して引けを取るものではない。
 ナグルファル・ニブルヘイムは身じろぎをして、ふわり、と宙へと逃げた。流れ出る、かすれたような優しい旋律……歌い手なき優しい旋律は、それでもナグルファル・ニブルヘイムの身体を癒すには充分であった。
 そして、敵が回復――守勢に回ったという事は。
「皆様、もうすぐ――あと一息でございます」
 ユーカリプタスが言った。ならばここより、此方は一気に攻勢に転じるのみ。
 ユーカリプタスはナグルファル・ニブルヘイムを追って、跳躍した。
「跳び蹴りは侍女の嗜みです」
 星を射落とす、鋭い飛び蹴りが、ナグルファル・ニブルヘイムへと突き刺さる!
「おまけっ! コイツももらってけーっ!」
 ユーフォルビアの弱点を狙う鋭い斬撃が叩きつけられ、
「――――!」
 声にならぬ悲鳴を上げながら、ナグルファル・ニブルヘイムが地へと落下していく! ずしん! すさまじい地鳴りと共に、クジラは地に落ちた。
 だが、まだトドメには遠い。徐々に浮遊していくナグルファル・ニブルヘイムへと、
「一気に攻め立てよう!」
 氷結の弾丸を撃ち放つ瑠璃。次々と突き刺さる銃弾に、ナグルファル・ニブルヘイムはその身をよじらせた。
「政治に振り回され、棲み処を追われた……と、考えれば同情心もわきましょうが」
 絶奈は微笑みながら、竜砲弾を撃ち放つ。
「いえ、ですが相容れぬ人類の敵。なれば私は変わらず、貴方を撃ち落とすのみ」
 衝撃が、ナグルファル・ニブルヘイムの肉体にかける――走る激痛。だが、ナグルファル・ニブルヘイムは悲鳴を上げることは出来ない。
「決めろ、結里花殿!」
 ビーツーが叫び、雷の賦活の力を、結里花へと放った。受け取る、結里花。雷のオーラ、雷の力。その様はまるで、雷の化身!
「我が一家の敵、ナグルファル・ニブルヘイム――!」
 結里花は再び、その右手に因達羅の御業を纏った。それは、先ほどより『一段強化された』、必殺の雷――!
「これで決めます! 因達羅の御業、とくと味わうがいい!」
 放たれた雷撃が、ナグルファル・ニブルヘイムへと突き刺さった! 再び内部より爆発する雷が、クジラの肉を、周囲の空気を、すべてを嘗め尽くし爆散する!
「――――!」
 まるで断末魔の悲鳴のように、ナグルファル・ニブルヘイムは身体をよじらせた。だが、やがてその動きが徐々に弱まっていくと、ついには、地にゆっくりと倒れ伏し、脱力した。
 クジラの舞台は、まるで幻であったかのように薄く溶け、消え始めた。
 そしてあっという間にこの世から、消滅したのであった――。

●舞台の終わり
「一家の敵――確かに、討ち取ったっす!」
 結里花はにっこりと笑った。口調の違いは、それが戦いが終わったことを現していた。
「お疲れさまでした、結里花お嬢様……そして、皆々様」
 ユーカリプタスが恭しく一礼し、結里花と、そして仲間たちの拳闘をたたえた。
「まだ歌い手たちが残ってるんだよね?」
 ユーフォルビアの言葉に、結里花は頷いた。どうやらまだ、因縁は続きそうだ。だが今は、一つの戦いに勝利したことを喜ぼう。
「東京焦土地帯……まさか死神たちが潜んでいたなんてね」
 瑠璃の言葉に、絶奈は頷いた。
「今回の件……死神とエインヘリアルは袂を別ったと言う事でしょうか?」
「まだわからないことが多いな……」
 ビーツーが頷いた。いずれ事態は、また動き出すのだろう。
「さて……それじゃあ帰る前に、街を直していくっすよ! 結構派手に暴れたっすから」
 結里花の言葉に、仲間達は頷くのであった――。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月2日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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