●探し人
「あいつはどこだ。俺がいなければ――」
(また暴走してしまう。また力に呑まれてしまう)
時浦・将悟は周囲を見回す。黒い着流しに左右には日本刀。現代の東京には少し目立つその恰好。白い肌に赤い目が輝く。
慌ただしく行き交う人々、どこからか聞こえる流行りの音楽に複数の人の声。現代を象徴する取り残されてしまいそうなスピード感にはどこか目眩さえ覚える。
将悟はゆらりと幽鬼のごとく抜刀した。
悲鳴があがった。突如何気ない日常はパニックに襲われる。
どこからともなく、将悟の背後に魚が現れた。空中を泳ぐそれは禍々しい気を纏わせながら、威嚇するように鋭い牙を見せる。
「探せ、探すんだ」
(どこかで、だれを)
将悟の言葉に応じて、鮫に似たそれは方々へ泳ぎ始めた。
――邪魔をするものは斬って突き進むのみ――。
●概要
アーウェル・カルヴァート(シャドウエルフのヘリオライダー・en0269)は、ヘリオンに集まったケルベロスたちへと顔を向けた。
「皆さん、東京焦土地帯にエインヘリアルの要塞、磨羯宮『ブレイザブリク』が出現した事件は聞いているかと思います。その結果、東京焦土地帯の死神の一部が、東京焦土地帯から追い出されるように東京市街部に流れ込み、事件を起こそうとしています」
今回の目標は、追い出された死神の撃破だ。
配下の魚型の死神を3体引き連れている。グラビティはよくある3つを使うため、これまでの戦闘経験が役立つはずだ。
「そして追い出されたその死神ですが、武器としては日本刀を所持しているようです。通常の死神のグラビティとは少し違うかもしれません」
斬りつけることで、相手の生命エネルギーを奪うもの。周囲の怨念や人の心にある恐怖を自在に操り、己の力に変えたり、攻撃手段へと変えてしまう。
怨念を武器に宿し、攻撃力を強化するもの。銃弾のように飛ばしたり、遠隔操作の爆弾のように爆破させたり。身体能力を強化させる場合もあるかもしれない。
考えればいくつでもパターンはある。
「現場は市街部ですから、人の多い大通り。もちろんビルや個人の商店、信号などもあるでしょう」
攻撃のグラビティが分からない以上、逃げている一般人もいるだろうが警察に任せてしまったほうが良いだろう。
アーウェルは再びケルベロスたちの顔を見回した。
「だれかを探すような素振りが見えることも気になりますが……しかし、罪のない人々が殺されるのを見ている訳にいきません。皆さん、頑張りましょう!」
参加者 | |
---|---|
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313) |
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) |
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004) |
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290) |
●戦闘開始!
警察が一般人を誘導し、避難させている。そんな人波を逆に走り抜ける影があった。ビルの屋上を飛ぶ人の姿もある。
人の波が引いているその先、黒い着流しに日本刀を腰に帯びた青年。そして鮫に似た空中を泳ぐ魚が、その尾びれで街路樹を薙ぎ倒していた。
「――いない、ここも」
時浦・将悟の白刃がビルの壁を斬る。コンクリートが石となり、粉塵が舞う。
探しているのは、あの日妖刀に操られていた少年。暴走した彼を止めた。そして2年の時を過ごし、病の果てに死んだ。
己の全てを教えた。解放されたあの日から、共に過ごした2年の間。
肌が異様なほどに白い。一見すると時代劇の役者のようにも見える黒の着流しだ。色の濃い茶色の髪が風に合わせて揺れる。
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)がグラビティを発動した。
「とてもおっかないですが、ここは頑張りどころなのです……!」
百戦百識陣は陣形を見出すことで、皆に力を与えるものだ。
あこのサーヴァント、ウイングキャットのベルが翼を羽ばたかせた。死神が纏う禍々しい気を祓う。
続いたのは、ゲシュタルトグレイブを構えた喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)だ。
「誰を探しているの?」
正面から将悟を見据え、波琉那が低く問いかけた。
将悟がこちらを向いたその時、彼の赤い目が光る。
違う。肌の白さと髪色もあり、目の色が目立つのだ。
「……おまえたちには関係ない!」
「そうね、それも一理あるわ。けど、残念だけど……」
波琉那が踏み込む。火花が散りそうなほどの、鉄同士のぶつかり合い。打ち合う度に、何度も甲高い音が響く。
ただ誰かを探しているだけなら、関係ないと言い切れるかもしれない。
しかし、今回はそれだけではない。
「そうも言ってられないっすね」
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)も、宙を泳いでいた魚型の死神に仕掛ける。
構えた鉄塊剣に地獄の炎を纏わせ距離を詰めた。魚の視界に入らないうちに高く飛び、魚の頭上を狙う。そのまま、鉄塊剣を魚に叩きつけた。
真っ二つになる。
魚型の死神はすんでのところで、その体を捻らせ、鉄塊剣を避けた。とはいえ、完全に避けきれたわけではなく、ヒレを焼き、斜めにその肉を斬り裂いた。
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)は、マインドリングから浮遊する光の盾を具現化した。仲間たちを護り、守護するものだ。
「死してなお求めるか。それほどまでの想いなら、違う形もあっただろうに」
「きみが探している人は、どんな人だったんだろうね」
相沢・創介(地球人のミュージックファイター・en0005)がギターを鳴らす。
追憶に囚われず、前に進む者の歌。将悟の想いは、そう簡単に揺らぐようなものではないだろうが、それでも歌を紡いだ。
●死神と人間と
「とても素敵な人だったんでしょうね、1度会ってみたかったわ」
「それをおまえたちが知ったところでどうなる!? 俺の邪魔をするなら、斬りすてるのみだ」
将悟は声をあらげ、刀を構える。
波琉那が日本刀を抜いた。睨み合い。どちらも動かない。
将悟はもともと、剣士だったのだろうか。まっすぐに中段の構えをし、隙が見られない。
雑音を意識的に遠ざけた。
攻撃による爆音すらも、その耳に届かなくなるほどの集中力。
風が吹いた。枯葉が舞う。
きっかけは僅か。ベルの羽ばたきの音。
緩やかな弧を描く波琉那の斬撃と、将悟の袈裟斬りがぶつかる。
鉄が重なる耳障りな音が響いた。
鍔迫り合い。
互いに弾かれるように後方へ飛びのいた。
「――あいつは、あいつは俺が止めないと」
将悟が何かに憑りつかれたように呟く。
「そんなに意識が残っているなんて、とても残酷なのです……!」
あこの言葉。
将悟に限らないだろうが、サルベージされた人間にとって、人間であった頃の記憶が残るのは良いか悪いか。
少なくともその記憶に振り回されている彼の姿は見ていられるものではない。
あこは破壊のルーンを波琉那に宿らせる。破壊のルーンは、魔術加護を打ち破る力だ。
佐久弥が鉄塊剣を構え走る。噛みつこうとする魚型の死神の尾を切り落とした。
「魚料理の時みたいに、真っ二つにはならなかったっすね」
2枚おろしでも狙っていたようだが、上手く行かなかったらしい。
波琉那との鍔迫り合いのなか、創介が将悟の真横へ、粉塵や物陰に紛れて近づく。
将悟が後方へ飛びのき、憑りつかれたようにつぶやいたその瞬間。
「中途半端に覚えているのも辛いだろうね、ましてこんなに壊れてたらさ」
創介が卓越した技量からなる、達人の一撃を放つ。
横目で将悟を観察していた槐は、ガジェットを拳銃形態に変形させた。尾を斬り飛ばされた1体目の怪魚に向け、魔導石化弾を放つ。
「まるで亡霊だな。これも死神のなれの果てのひとつだろうか」
魔導石化弾の衝撃で飛ばされた怪魚はビルへぶつかり動かなくなった。
ケルベロスたちに真実は分からない。しかし目の前の出来事は現実である。
死神にもなりきれず、人間にも戻れず。これでは探している相手をどこまで覚えているのか。
どこか悲しい現実に、ケルベロスたちはそれぞれの思いを抱えながら、戦闘を続けるのだった。
●過去、狂気、刀
幾度目かの攻撃。押して引いてを繰り返しながら、地道にダメージを重ねてはいるものの、致命傷までには至らない。
傷の大小はあれど、死神もケルベロスたちも消耗している。土埃で汚れ、服は裾が破れていた。
槐は拳を握る。
間合いは当然だが拳と刀では、刀のほうが長い。
「ほう、目が見えぬ鬼か。それでも戦うか」
「視ようとしているものが違う、視えるものが違う。ただそれだけのことだ」
確かに皆と同じものは槐には見えない。見えるものは少し歪な、異質な世界。しかしこの世界を感じることはできる。
将悟の挑発には乗らない。槐は冷静に返した。そのまま踏み込む。
力任せの単純なパンチ。その一撃は、如何なる魔術防護でも止めることはできない。
ふと将悟の姿が槐の感覚から消える。
違う、身を低くしたのだ。しかしそれを予測した槐が、将悟の動きに合わせて狙いを変えた。
将悟が吹っ飛ぶ。
道路をそのまま転がる。受け身をとり、器用に膝をつき、即座に態勢を整えようとしたその時。
あこがルーンアックスを構え飛んだ。将悟の頭上だ。
「探している方も、あなたのそんな姿は見たくないと思うのです!」
高々と飛び上がり、頭上からルーンアックスで叩き割る。
衝撃音。
コンクリートがひび割れ、将悟を中心に沈み込むように円を描いている。
創介がバイオレンスギターを鳴らす。
ふと創介の視界に影が落ちた。3体目の魚型による怨霊弾が数発。
創介が避けるより早く、その怨霊弾を受けたのは小さな影。
ウイングキャットのベルだ。ベルは花壇に突っ込んだものの、すぐさま平気だと言わんばかりに立ち上がり、あこの元へと走り寄った。
「ありがとう、ベル。……きみが探してる人も剣で戦うのかな」
ベルに礼を言った後、創介は歌い始める。生きることの罪を肯定するメッセージが、仲間たちを癒す歌。
これほどまでに縁があった人ならおそらく、同じような剣術を使うのだろうと思う。心は壊れても、その剣筋はそう簡単に変わるものではない。狂気に溢れ、歪んだ精神でも、体に染みついたものはそう簡単に変わらない。
「その人を探して、どうするの?」
波琉那が仕掛けようとしたところへ、魚型の2体目が尾びれを横薙ぎに払う。
それを横へ転がることで避け、咄嗟の反撃。
波琉那の全身を覆うオウガメタルを「鋼の鬼」と化し、拳で敵の装甲を砕く。
殴り飛ばされた2体目の魚型は、ビルに突っ込み、動かなくなった。
将悟の肩が大きく上下している。ケルベロスたちと同じように、着流しの裾は破れ、土埃で汚れ、白い肌も切り傷や掠り傷が多い。頭から赤いものが流れていた。
ダメージもだいぶ蓄積しているようで、刀を杖代わりに将悟はようやく立ち上がった。
「あいつは俺が助けなきゃ――刀に囚われて、暴走してしまう」
「力に囚われ、暴走した人を助けたか止めたか……どっちにしても絆は強そうっすね」
佐久弥は惑星レギオンレイドを照らす「黒太陽」を具現化し、敵群に絶望の黒光を照射した。
●最後の時
「あとはきみだけだね」
3体目の魚型が倒れた。創介は将悟へ顔を向ける。
崩れたビルのコンクリートに埋もれるように魚型が横たわっている。
「もうひと息なのです……! すべすべでぷにぷになのです!」
癒しの肉球――イヤシノニクキュウ。
あこは癒しの力を持つ「光る肉球」を飛ばし、味方を回復する。
残るは将悟と配下の魚型が1匹。
ベルが将悟へと駆けた。
大きく跳躍。その手、いや、前足を振り上げた。
キラリと爪が光る。
「小賢しい……!!」
将悟の二刀流。片方の刀をベルへと振れば、怨霊弾のように複数の黒い刃が生まれた。
かまいたちのような斬撃。
しかしベルは、しなやかに避け足取りで着地。
ベルに気を取られた将悟の周囲に、ふわふわと白いものが集まり始める。次第に形を成していくのは、機械のような姿。その体は透けて見える。
「同胞よ――いまひとたび現世に出で、愛憎抱くトモを守ろう。ヒトに愛され、捨てられ、憎み、それでもなおヒトを愛する我が同胞達よ――!」
付喪神百鬼夜行・地縛――チリヅカカイオウ。
佐久弥のグラビティ。自身の躰を構成するネジの一本、歯車の一つとなった“人に廃棄され、人を憎み、それでも人に使われることに喜びを覚え、人を愛した”廃棄物のダモクレス(付喪神)達への呼び掛け。宿る思念が応える時、ほんのひと時思念体(ゴースト)として現世に還り、ヒトに害なす輩を地に縛り付ける。一種の操霊法であり、廃棄物の付喪神達の王たる所以である。
思念体に捕まった将悟の手から刀が滑り落ちた。
「これで最後にさせてもらうよ」
創介が絶望しない魂を歌い上げる。
その歌に乗って、波琉那と槐が同時に走りだす。
「あいつには俺がいないと――邪魔だ、貴様ら。どけえええええええええ!」
手首、足、胴体、首、全てに食い込みそうなほど将は暴れる。しかし思念体の拘束はそう簡単に解けない。
波琉那がゲシュタルトグレイブを、槐がガジェットを構える。
「強い想いがあろうと、人を殺めることを認めるわけにはいかんな」
「悪いけど、どかないわ。いつかその人にどこかで会えるといいわね」
轟音と衝撃。
粉塵と木の葉が舞い、道路がひび割れ、水道管が破裂する。
魔導石化弾と稲妻を帯びた突きが将悟を直撃した。
●星が刻む時の音、そして
秋を告げる心地よい風が吹く。
時浦・将悟を撃破したその瞬間、配下の魚型の死神はさらさらと砂になり、風に乗って空へと消えた。それは将悟も同じで、その体と着流しは砂になり空へ溶けるようだった。
ひとつ魚型と違う最後といえば、将悟のほうは風に乗った砂がまるで星のように光ったことだ。もちろん、そうなった理由も原因も、ここにいるケルベロスたちには全く見当もつかない。
佐久弥が空を見上げた。雲が流れる。まるで川のようで、空に溶けた将悟の心が流れに乗って、探し人の元へ行こうとしているのか。
ぽつり呟く。
「……いつかどこかで会えるんっすかね」
「それは分からないのです……」
戦闘で崩れたコンクリートの塊の上に座っているあこが視線を落とした。あこを慰めるようにベルが膝に乗り、主人の頬をぺろりと舐めた。
戦いは勝利に終わった。少し休憩と怪我の手当を終えたら、周辺の修復だ。
「……どこで食い違っちゃったのかな……今度生まれ変わったら、友達にでもなれたら良いのにね……」
あこの隣にいる波琉那が付け加えた。
今日会えていたからといって、良い結果になるとは限らない。悪いほうに転がるかもしれない。良くも悪くも整理がつくという意味でなら、会えたほうが良かったのかもしれない。
とはいえ、それも第三者の想像でしかない。過去のいつどこで何があったのか、断片的に語られたことしか分からないが、そのうちの何で食い違ったのか。将悟や将悟と縁の合った人物がどう考え、どう思っているか。本当のところは分からない。
「せめて、私たちの手で終わらせたことに意味があったと信じよう」
槐が己の掌を見やり、固く握りしめる。
本人たちしか分からないことも多い。それらを聞ける機会があるとも思えない。だからこそ、信じていないと何かが揺らぐ。その何かは多分それぞれ違うはずだ。
あと出来ることはひとつだけ。
「そうだね、そして過去から解き放たれて、安らかに眠れるよう祈るだけだよ」
創介はいまだ刺さったままの日本刀を見て、両手を合わせた。
ひとりの死神が、ひとりの人間が死んだ。
辿っていたのは星が刻まれた時計が、時を紡ぐ音。探していたのは、その先にいるはずの人。
全てを教え、たった2年でひとりにさせてしまった弟子のこと。
どうか、幸せに。どうか、安らかで平穏な日を。
今も願うのは、ただそれだけ。
作者:宮下あおい |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年10月3日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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