『橙の魔女』シフォピール

■リプレイ

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　夕日に染まる街。
　場違いな静寂の中を歩く女は、逆光の中に現れた影に目を細めた。
「あの子は何処？」
　問うまでもない。行く手を阻むそれは彼女の敵。だが女――シフォピールは、相手が誰であろうとも、何千と繰り返した問いを投げかけて。
　遂にその答えを得る。
「――あなたは」
　フィロヴェール・クレーズ（高らかにアイを歌え・e24363）を突き動かす、既視感と呼ぶには激しすぎる衝動。一歩、二歩と踏み出して、少女は喉を震わせた。
　あなたはだれ、と。
「ああ、ここに居たのね――フィロ」
　一方、魔女はその声が耳に入らなかったかの様に、ただ少女の名を口にする。
　華咲く笑顔。そして、昏い瞳。
　目を見開いたフィロヴェールに構わず、橙の魔女はそっと手を差し上げた。途端、激しく明滅する宝玉達。夕日を塗り潰す濃黄の光が眩く輝き、そして一本の光条へと集束していく。
「一緒に行きましょう？」
　光の奔流。周囲を満たすプレッシャー。迸る魔力の光が、狙い過たず少女を撃ち抜く。
　いや。
「――っ、きみの目的が何かは判りませんが」
　顔の前で交差した両腕の籠手。
　二人の間に割って入った仁江・かりん（リトルネクロマンサー・e44079）が、その光線を受け止める。もっとも、その腕からは血が流れ、無傷というには程遠い。
「悪い事をするつもりなら、ぼく達が止めますよ！」
　けれど幼き少女は眼を逸らさずに、そう高らかに言い放つ。身に沿わせた光盾は、一歩も退かぬという意思の表れか。
「どうやら縁があるようですが……問答無用とはいただけませんね」
　いま一人の護り手、藤守・景臣（ウィスタリア・e00069）もまた、かりんの隣に並び立つ。既に戦場の空気に曝された藤色の瞳は、いまや明確に『敵』となった死神を映していた。
「僕が出来る事など限られていますが、始めましょうか」
　腕に這わせた藤が齎した果実を、力のままに握り潰した。指を戒める銀を汚した果汁は、瞬く間に香気の霧と化し、戦場を覆う。
「……クレド。力を、貸して」
　そして、護り手を隔ててなお隠される事のない殺意。それを受け止めるばかりの少女は、絞り出す様に夕暮れ色の相棒の名を呼んだ。

「る。る。あぶない、ね」
　次いでケルベロス達を襲ったのは、意志を持つかの様に舞う四本の剣。
　その一本が、蝶の翅を羽ばたかせて低く飛ぶルー・ルールー（光・e83810）の正面で刃を煌かせる。咄嗟に身体を捩って躱したルー。僅かにかすった金の髪が、煌いて散った。
「ずっと、さがし、て。るる。の」
　すれ違い様に見た剣の意匠は、フィロヴェールが抱えた鞘剣とよく似ている。彼女は未だ戸惑っているが、やはり二人には因縁があるのだろうか。
「でも、ひどいことは、させない。がる」
　だからこそ、この先へ進ませる訳にはいかない、と。狙いも粗く引鉄を引けば、銃口から吹いた火箭が虚空舞う剣を弾く。
「助かりますっ！」
　ルーの援護に感謝ひとつ、深海・小熊（旅館の看板娘・e24239）が、たん、とアスファルトを蹴って方向転換する。攻撃が緩んだならば、今度は反撃のターンだ。
（「優しそうだし、とても悪い人には見えないけど……」）
　その続きは心の中だけに押し込めて、白刃を閃かせ迫る小熊。
　感傷を呑み込んで戦う術は、もう身に付けている。ちらり視界の端に見えた馴染みのカラーのテレビウム。鉄くん、と呟いて、彼女は加速した。
　すれ違い様に疾る一筋の銀閃。そして、駆け抜けた小熊を追う様に影が落ちる。
「流星の煌めき、じっくり味わって！」
　高く跳んだシル・ウィンディア（蒼風の精霊術士・e00695）の声。地を撃ち抜く流星の予告。空と同じ色に染まった銀の靴先が風を斬り裂き、魔女を肩から蹴り抜いて。
「死神も追い出されて大変だけど、でも虐殺なんてさせない」
　そのまま距離を取り、びしっと指を突きつける。
「街へ行きたかったら、わたし達を倒してからにするんだね！」
「そうだな。オレ達がやらねばなるまいよ」
　フィロヴェールクンが止めようと願うならな、と応じた目面・真（たてよみマジメちゃん・e01011）が、油断なく魔女の動きに目を配る。
　あれだけの執着を見せるなら、魔女は逃げないだろう。であれば、観察し、妨害し、戦場を支配する事が自分の仕事だ。
「しもべ達よ、皆を守れ！」
　真の呼び声に従って、ドローン達が宙を駆ける。――さあ、手の内をさらけ出してくれ。
「あなたが探してる人は、だれかをこわさないと見つからないのかな」
　隠・キカ（輝る翳・e03014）もまた、決意を胸に此処に居る。彼女は知らない。赤毛の少女の過去を。この死神が何者であったかを。
　けれど。けれど。
「そんなことないよね。だって、フィロヴェールはあなたを見つけられたもの」
　――だから、だれもたおれたりしない。
「きぃは、そのためにここにいるの」
　九尾の扇が導くは、少女達が織りなす破魔の陣。甘やかな声に、キカは決然と意志を込める。
　しかしその片手は、ポーチから顔を覗かせるロボットを痛いくらいに抱き締めていた。

●
「今までも全力だけど、もっと全力でお相手するからね」
　戦場を支配する剣と宝玉。ケルベロスを圧倒する魔女を前にして、シルはそう啖呵を切ってみせる。仲間の因縁を別にしても、逃げ出す事が許される相手ではない。
「ここからが本番だよ――少しでも想いが届く様に、わたしは剣になるっ！」
　左手に構えた小剣が蒼く輝いた。纏うは星と風の魔力。繋ぐは指輪の約束。
「これがあるからわたしは戦えるっ！」
　戦靴より白銀の翼を広げ、シルは一足に跳び出した。爆発的な加速。魔力の乗った重い斬撃が、魔女へと牙を剥く。
「後詰は任されましょう」
　その背を景臣が追った。くすみ一つない直刀に、ゆらりと踊るは紅蓮の炎。ちりちりと伝わる痛みは、敵のみならず遣い手の身をも焦がす熱故か。
「大切な何かを奪うもの。いや、あるいは奪われたものか。いずれにしても――」
　焔纏う愛刀を、上段に振り上げて。だん、と強く踏み込んだ。跳ねる身体。爆ぜる炎。袈裟懸けの刃に、確かな手応えが伝わる。
「手向けへの一助として――この刃を揮うのみ」
　それは必殺の一撃。なれど、シルと違って彼は離脱を考えていない。故に、無視できぬダメージと引き換えにして、彼は半ば無防備な姿を魔女の前に曝していた。
「がる。る。る！」
　だが、景臣の身に魔女の災厄は及ばない。乾いた破裂音。二度、三度と鳴る銃声と同時に、銃弾が敵を喰らうべく襲い掛かる。
　それはルーの左手から放たれた銃撃。もっとも、彼の攻め手はそれだけではない。牽制に死神が怯んだかと思うと、一息に距離を詰めて。
「とおさ、ないよ、がる。る」
　本命は右手の細剣。すれ違い様に繰り出した切先が橙の魔女を穿ち、その動きを止める。
「よし、頼んだぞ翔之助！」
　好機と見たか、真は相棒のずんぐりとしたボクスドラゴンをけしかけつつ、両手に鈍色の金属を纏わせる。急ぎ魔力を練り上げれば、漏れ出でる冷気。
「一気に片を付けよう……足掻くと苦しむコトになるぞ？」
　それは時間すら凍てつかせるオラトリオの魔弾。魔女の足元を中心に爆ぜた氷の嵐が、彼女を閉じ込める結界へと変わる。
　しかし、魔女はその笑みを崩さない。す、と掌で喉元から顔をなぞれば、傷も、血の汚れも、全てが美しい肌の色に戻っていく。同時に、数々の呪詛と束縛が霧と消えていった。
　まるで、全てが厚いドーランで塗り潰されたかの様に。
「……はっ、どんな傷やシミでも隠せるなんて、御婦人方が躍起になりそうだな」
　まだ、戦いは終わらない。その確信を、真は軽口で隠した。

「こわくないよ。みんながいるから」
　それは誰に告げた言葉か。運命と対峙する少女。集いし僚友達。そして。
「キキも、いるもの」
　あるいは、誰も欠けさせないと繰り返す、プラチナの髪の少女――今もオウガ粒子の輝きを放つキカ自身に。
　喪失の記憶。強い決意は失う恐怖と常に裏腹だ。そして、フィロヴェールの名を呼ぶあの死神は、もう『こわいもの』に成り果ててしまっている。
　そんなキカへと、小熊が屈託なく笑いかけた。
「ええ、皆居るからね」
　小熊にとっても、死神は明確なる敵だ。
　ああ、でも。この魔女を憎み切れないと思ってしまう。そうかもしれない。違うかもしれない。けれど、『自分達』を重ねてしまう事は、止められない。
　だからこそ。
「いくよ――轟け、聖なる雷よ！」
　掛け声一つ、しなやかなその脚に、グラビティの電流が火花を散らす。いや、それは残像だ。火花を目に留めた瞬間に、小熊はもう魔女の懐へと入り込んでいる。
　そして、シフォピールの目を向けさせたその一撃――それこそが、魔女を本気にさせた。
「……そう。なら、貴女達もフィロと一緒に……！」
　ぞわ、と濃くなる周囲の魔力。それに真っ先に反応できたのは、誰あろうフィロヴェールだ。誰も小熊の前に割って入れないと見て、彼女に出来る最善の方法を選び取る。
　魔女は歌う。魔力を高める触媒にまで昇華した旋律を。
　少女は歌う。記憶の中に刻まれた、誰かを励ますための歌を。

「「――飛び、歌え。我らが歌は我らのものなり」」

「……この歌を、どうしてあなたが……！」
　小熊が橙の矢に撃ち抜かれ、少女の歌声に気力を取り戻す。
　目を見開いたフィロヴェールが我に返ったのはその数瞬後、再びかりんが彼女の前に立ってからだ。
　小柄な身体、けれど大きく感じられる背中。幼きせいぎのみかたは、砲口を開いた戦槌を死神に向けて。
「大丈夫です。例えあの人が誰で、何をフィロヴェールに齎すとしても」
　あの男とは違うのかもしれない。けれど退く訳にはいかないから。
　かりんは言い募る。何度でも。
「――ぼく達が、絶対に支えますから」

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「フィロヴェールクン、これはキミの戦いだ」
　続く戦いの中、真は僚友へと呼びかける。少女の宿命に決着を付けるには、死神を倒す以上の何かが必要だと判っていた。
「キミはキミの戦いに終止符を打て」
　口癖の様に繰り返した、任せたぞ、という言葉。ありったけの信頼を込め、彼女は疾った。中距離支援を旨とする真が、あえて採った零距離の間合い。
「今のうちに畳みかけるぞ――破ッ！」
　鋭い刃の如き高速の蹴り。正樹の脚は、正面から魔女を捉えた。そして、その隙を逃さず、シルが掌を大きく広げて魔女を狙う。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ――」
　その指にはシンプルな、けれどかけがえのない誓いの指輪。荒れ狂う魔力が身体を軋ませようとも、決して揺らがぬ約束の未来が彼女の背を支え続ける。
「――六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ！」
　そして途切れる詠唱。蒼き光翼を広げ、莫大な魔力を解き放つシル。その奔流は橙の魔女を呑み込み、傷を消す化粧すら流し落とす。
「さあ、あなた達の想いの全て、ぶつけてきて！」
「そうだね。きっと、今しかないんだから」
　小熊の刺突剣が後を追う。深い湖の色の瞳が、ちらり赤毛の少女を視界に留めた。
　そうだ。
　護りたい、と思った。
　支えになりたい、と思った。
「だから――だから、私も戦うよ。……あなたが死神だからじゃない。フィロちゃんの大切なものを護る為に」
　剣より出ずる花弁の嵐。華やかなる戦場の檻。思わず見とれる程に絢爛なるそれが、いまひとたび橙の魔女を縛める。
　そして、花嵐の中を駆け抜ける、蝶の翅の銃剣士。
「みつ、から。ない、は。こまる。ね」
　縦横に位置を変えながらも、狙い済ました一撃を見舞うルー。
「おもい、だせない、も、こまる。るる。ね」
　フィロヴェールは未だ魔女が何者かを思い出せていない。けれど、どんな形であれ、もう一度出会えたのだ。
　それは、幸せな事なのか、そけとも不幸な事なのか。
　ルーには判らない。知っているのは、彼はまだ見つけていない、という事だけだ。
「ともだち、だいじ。わかる。るー。よ」
　せめて、最後は笑顔で居られる様に。そう祈って、少年はまた引鉄を引いた。

　魔女の化粧は全てを隠す。
　それでも、長い戦いの果ては近い――そう、皆が感じ取っていた。
「きっと、きみはフィロヴェールの大事な人だった、そんな気がします」
　友人の盾となり護り続けたかりんもまた、セル手に加わっていた。その爪先には溢れる理力、輝ける幸運の星が瞬いて。
　――だから、これ以上酷い事をしないように。
「いきましょう、いっぽ！」
　彼女が名を呼ぶと同時に、紅いミミックが魔女へと襲い掛かる。その牙自体はほとんど魔女の肌を傷つけはしなかったが――。
「ぼく達が止めるのです。止めてみせるのです！」
　決して離さないとばかりに食らいつくいっぽ。離れられない魔女に、蹴り飛ばした理力の星が降り注ぐ。
「もしかすると――いえ、未練でしょうか」
　友を思う少女の言葉。それを耳にして何かを言いかけ、しかし景臣は言葉を呑み込んだ。
　乱れた心で得物を握るつもりもなく、もはや大切な者達を捨てて修羅へと墜ちるつもりもない。
「ああ、やはり……僕が出来る事など限られている」
　小さく笑った。愛刀を握る手に力が籠る。
　一閃。
　するりと近づいて振るった刃、込められた霊力が、ドーランで隠しきれない傷を押し広げた。
　ああ、それは魔女の最後の護りまでも斬り裂いて。
「……っ、フィロ、あなたと一緒に……！」
　今度こそ余裕をなくした声色のシフォピール、周囲の宝玉へと集束していく魔力。幾度か見せた橙色の魔法。その光が狙うのは――もちろん。
「連れていくわ……！」
　その光条は、景臣やかりんを振り切って。
　まっすぐに愛し子の胸へと突き刺さり、爆ぜた。
　一瞬の静寂。止まる時間。
　しかし次の瞬間、キカの囁くような声が、時間を再び前へと進める。

「思い出を――きぃにかしてね」

　残酷かもしれない、と思った。
　それは幸せな過去を呼び覚ます魔法。
　優しい記憶を無理にでも思い出させ、癒しの力へと変える奇跡。
　けれど。キカは信じている。
　フィロヴェールという少女を形作ってきたのは、辛い過去だけではなく。
「教えて。みんなのこと、たいせつなたからものを」
「大丈夫、大丈夫よ。わたし、今ちゃんと幸せだわ」
　一度は昏倒しかけた赤毛の少女が、癒しの奇跡を一身に浴びて立ち上がる。
（「ああ、わかった。きっとこの人は――」）
　構え直した山羊座の鞘剣。高まっていく山羊座のオーラ。
　星辰の力が、満ち溢れていく。
「あなたのお陰で、今のわたしがいるの」
「……そう、よかったわね」
　躊躇う心を押し切り、振り抜いた。おそらくは、それが止めとなったのだろう。容を保てなくなった死神の身体が、霧の様に溶け、消えていく。

「おやすみなさい、ありがとう――『おかあさん』」

　上手く笑えていただろうか。見送るフィロヴェールの頬を涙が伝う。
　鮮やかな夕陽が、肩を震わす少女と握り締めた剣を橙に染めていた。

作者：弓月可染	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年10月2日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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