カデンツァ

作者:雨音瑛

●夕暮コンチェルト
 駅前に設置されたステージの外側から内側へ、両サイドから一斉にキャンドルが灯る。夕闇の中に現れた舞台の上には、楽器を手にした奏者と指揮者、そして一人佇む男性。
 次いで指揮棒が振られると同時に、曲が始まった。
 オーボエのゆったりした旋律を、ピッコロが可愛らしく彩る。秋の訪れを告げる鳥の鳴き声でも表現しているのだろうか。
 やがて佇む男性が微笑み、おもむろに口を開いた。楽器の音に重なる声は、紛れもなくソプラノ。男性が軽やかに音を繋げていく中、指揮者は不意に指揮棒を止めた。すると、ぴたりと音と歌声が止まる。
 広場に響くのは、悲哀に満ちたピアノの音だけだ。
 聴衆も含め、誰もが不思議そうな顔をする。広場にはピアノなどないのだ。
 誰がどこで――その疑問は、すぐに氷解した。
 ステージの真正面に立つタキシードの青年がそうなのだと、誰もが理解した。
 青年はステージの上に立つソプラノ歌手を一瞥してゆっくりと首を振った。整った顔立ちで行われる一連の動作は、上等な教育を受けた者の振る舞いにすら見える。
「やはり……あの子ではないんだね」
 青年は紫水晶の瞳を伏せつつも、光の線が織りなすピアノを左手で弾き続けていた。
 右の手には、僅かな力で握られた銀色のロケットペンダントがひとつ。
 しかし何より異様なのは、青年の周囲を取り巻く五線の骨、そして青年自身の背から生える骨の翼だ。
 そうして半透明の魚が数匹、彼の前に展開する。男性はロケットペンダントをそっと仕舞い、両の手でピアノを弾き始めた。
 繰り返される、旋律と悲鳴。あるいは幾重にも重なるように。
 魚が泳ぎ、人々を食いちぎる。血飛沫で汚れる石畳。
 ピアノの音が広がり、人々を苛む。成す術なく倒れる、戦うちからを持たぬ者たち。
 青年の奏でる楽曲がもたらすのは、ただただ静謐な時間であった。

●ヘリポートにて
 東京焦土地帯にエインヘリアルの要塞である磨羯宮『ブレイザブリク』が出現したのは記憶に新しい。
 だが、そのせいで東京焦土地帯に配置されていた死神の一部が東京市街部に流れ込んで事件を起こそうとしているのだと、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)はケルベロスたちに話す。
「この死神たちは、東京焦土地帯から追い出される形で東京の市街部へと流れ込んだようだ。無論、どんな事情があろうとこの死神たちをそのままにしてはおけない」
 一呼吸置いて、ウィズはひとりのケルベロスの名前を口にした。
 その名は、エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)。今回ウィズが予知で捉えた死神『先生』は、何故か彼を探しているらしい。しかし、現時点で『先生』の目的、そして彼の生前については不明だ。
「判明していることといえば、まずは『先生』の使用するグラビティ3種についてだろうか。どのグラビティも、彼が弾く『光の線で構成されたピアノのようなもの』から繰り出される楽曲を通してのものとなる。『光の海』という楽曲は癒しに加えて状態異常を消し去る効果があり、『灰の丘』という楽曲は『先生』の一存でダメージを与えるものにも癒しを与えるものにも変化し、『闇の空』という楽曲は高精度な命中率で相手の体力を削る効果があるようだ」
 また、ヒールグラビティには全て状態異常を消し去る力があり、攻撃グラビティには全て破魔の力が付与されているという。
「加えて三体の深海魚型死神とも戦う必要がある。深海魚型死神は、噛みついて体力を吸収したり、及び回って体力を回復したり、毒で浸食する黒い弾丸を撃ち込んだりするようだ」
 合計四体の相手と戦う場所は、コンサートが開かれている駅前の広場。
 ケルベロスが介入できるのは、ちょうど『先生』と深海魚型死神が出現した頃だ。
 現地には多くの一般人がいるが、彼らの避難については既に現地の警察に連絡済みだから、ケルベロスが避難誘導を担う必要は無い。到着後は速やかに戦闘に入った方が良いだろう。
「……エレオスを探す『先生』か――いや、私が考えても仕方のないことだな。どうか事件の解決を、よろしく頼む」
 ウィズは目を閉じ、頭を下げた。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
春日・いぶき(藤咲・e00678)
藤咲・結弦(若藤・e19519)
カタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)
左潟・十郎(落果・e25634)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)

■リプレイ

●音
 夕暮れと共に開かれるはずであった、音の祭典。その会場となる駅前広場は静まり返っていた。
 浮遊する魚と共に佇む男は、ゆるりとあたりを見回している。
「残念でしたね! 人々なら、とっくに避難させましたよ! ここに、死神がいていい場所はありません!」
 帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)にとって、デウスエクスは復讐の対象だ。特に家族を奪った死神が相手であるなら、なおのこと。
 翔の声を聞いて、男は口元に手を当てた。この状況をどうしたものかと考え込むように。
 直後、白皙の青年と視線が合った男の顔に笑みが広がる。
「エレオス……!」
「先生――」
 普段ならば未知に煌めく翡翠の瞳も、不安の色をたたえている。真白の髪を風に弄ばれるがまま、エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)は『先生』を前に口をつぐんだ。
 ずっと探していた。逢いたかった。だというのに戸惑ってしまう自分に、エレオスは困惑していた。
「因縁、か……」
 周囲の状況に気を配りながら、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が口にする。半円形のステージも、設置途中であったスピーカーも、戦闘の支障となることはないだろう。いつでも速やかに戦闘に入れる体勢を取りつつ、先生と魚たちから決して目を離さない。
「ヴェレッドとの因縁がありそうだが――果たして」
「何にせよ、彼の望みに従うまでだ」
 赤い瞳で鋭く状況を見渡し、カタリーナ・シュナイダー(血塗られし魔弾・e20661)が呟く。彼女もまた、既に臨戦態勢だ。
 たった数十秒が経過しただけだというのに、いやに長く感じる。
 かつてエレオスが左潟・十郎(落果・e25634)に話してくれた、先生との思い出。内容もそうだが、先生のことを話す大切な友人のとても幸せそうな顔が印象的だった。先生のことが大好きなんだと伝わってくる顔をしていたのだ。
 けれど、今のエレオスはどうだろう。
 先生とエレオスを順に見ながら、十郎は小さく息を吐いた。
「彼が、『先生』か……」
「エレの育ての親……」
 ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)が、静かに頷く。
「それが死神だったとは、不思議なものですね」
 春日・いぶき(藤咲・e00678)も、エレオスの口から先生の話を聞いてはいた。エレオスの知る『先生』が死神に利用されているのでないなら、止めるのはエレオスの仕事だ。
「ゆづさん、無用な手出しは不要ですよ」
「わかってるよ、いぶくん」
 いぶきと藤咲・結弦(若藤・e19519)は、今はただエレオスを見守る。
 彼が立ち続けるために、背中を押せるように在るために。
 二人の沈黙を破ったのは、ピアノの音色だった。先生の指先が光の鍵盤に触れ、どこまでも優しい音色が紡がれる。
 背にある翼は、エレオスにあの夜の記憶を想起させる。
「先生が……死神だったとしても、私が先生を大切に想う気持ちは変わりません」
 エレオスは真っ直ぐに先生を見て、告げる。先生が、頷く。
「ねえ、最初に訊かせて下さい。この星を愛することは出来ませんか?」
 奏でられていたピアノの音が止まる。
 先生は、静かに首を振った。

●願い
 先生は、エレオスただ一人に向けて手を伸ばした。
「――けれど、エレオスが望むのなら」
「共には……いけません。断ち切りたくない大切な繋がりが出来たんです」
 振り返ったエレオスの視線が、ヴェルトゥと交差する。彼がいるから、帰る場所があるから。エレオスは先生と向き合い、翼を持たない『人』として生きる選択ができる。
「だから……私はこの手で。貴方を、」
「それなら――仕方が無いね、エレオス」
 エレオスの言葉が遮られたのは、偶然か。
 先生が光の鍵盤を無造作に叩き、魚たちが襲い来る。
 ひときわ強い音が耳に届くと同時に、十郎は地面を蹴っていた。
 目には見えぬ衝撃波とも音波ともつかないそれを、十郎は確かに受け止めた。
 噛みつかれた腕を振り払い、鬼人は越後守国儔で斬撃を加えた。単純な動きでありながら、恐ろしいまでに無駄が無い。
「さて、露払いと行こうか。春日、回復は任せた」
「ええ、そのための僕ですから。エレオスさんのために、できるだけのことをしましょう」
 いぶきが振りまく硝子の粉塵は、傷口を流れる血に溶けて皮膜となり、盾の役割を成すものだ。さらには毒をも消し去るのは、いぶきがいま癒し手を担っているからこそ。
「無粋な魚には早々にご退場いただいて、貴方の歌を響かせましょう?」
 見遣るは、エレオスの背。彼が味方の状況を気にすることなく先生と決着をつけられるように支えるのが自身の役目だと、いぶきは仲間の様子に気を配る。
 直後、いぶきはつい笑んでしまう。見慣れた背が自身満々に反れたからだ。
 『どう、かっこいい?』と言わんばかりの笑みを浮かべている結弦が、いぶきには容易く想像できる。
 結弦は視線を感じながら、杖の先から光を迸らせた。
「お魚を回復されると長引いちゃうからねー、ひとまず一度だけ、ねー」
 そう言って、先生に雷撃を落とす。
 あとに続くのは、夕闇を切り裂くようなオーラの弾丸。十郎から放たれた光は、魚の死神を追尾する。
 数秒経たずに弾かれて跳ねた魚を、ボクスドラゴンのモリオンが夜色の煌めき宿すブレスでさらに一段浮かせた。それを、すかさずヴェルトゥが撃ち抜く。
 ふたりの視線も、やはりエレオスに注がれている。
「苦しい時、すぐに飛んできてくれたんだ。俺にできることがあったら、すぐに言えよ」
 今回十郎が駆けつけたのは、単にその時の恩返し、というだけではない。心優しいエレオスを大事に思っているからこそ。エレオスが最後まで立ち続けて望むところを成すためにできることを全うしたいからこそ、だ。
 一度交わした視線を思い浮かべながらも、ヴェルトゥはエレオスが前線に立つことを心配していた。けれど、エレオスが選んだことであるのならしたいと思ったことであるのあなら、別の言葉を口にするだけだ。
「エレ。……悔いが、残らないように」
「はい、ヴェル。みなさんも……ありがとう、ございます」
 ケルベロスチェイン「Convallaria majalis」を意思の力で操りながら、エレオスは先生を真っ直ぐに見る。
「なぜ私を探していたのか、問えば答えてくれますか?」
 鎖は先生を捉え、締め上げる。
「会いたくなったから、では駄目かな?」
「……っ!」
 鎖を握る手が緩む。同時に先生が戒めから解かれたのを見て、カタリーナは引き金を引いた。
 ため息ひとつ、ライフルの銃口から冷気を纏わせた光線を放つ。
(「もしエレオスが躊躇するようなら、奴が人を手にかける前に葬る――」)
 そう、カタリーナにとってはいつもと同じ仕事なのだ、結局のところ。
「死神は地獄に帰りな! 嫌だっつっても帰らせてやるぜ!」
 戦闘ともなれば、好戦的な性質が顔を出す翔だ。普段とはうってかわり、粗暴な態度で腕を大型砲台へと変形させる。
「風穴開けてやらぁ!」
 口の端に凶暴な笑みを浮かべた翔は、混沌の砲弾が確かに命中したのを確認した。

●独唱
 音の応酬が響き渡る中、カタリーナは自らの仕事を淡々とこなしていた。
 一瞬で終わる計算が見いだしたのは、瀕死の魚の弱点。
「そこだ」
 カタリーナの一撃によって、地面に叩きつけられる魚。陸の上では呼吸はできぬというように痙攣した後、魚は光の泡となって消えていった。
「一匹、片付けた」
 カタリーナの言葉の後、鈍い音が聞こえる。
「奇遇だな、こっちもだ。……へ~、この棒も悪かねぇな!」
 如意棒で魚を貫いた翔が、満足げに笑った。
 残るは魚が一匹と、先生のみ。魚も先生もそれなりに負傷が蓄積しているが、先生の奏でた曲で魚の傷が癒えてゆく。
「何度でも回復すればいいさ、それ以上のダメージを与えればいいんだからな」
 刀を構えて地面を蹴りながら、ふと鬼人は思う。
(「こいつらは、東京焦土から来たんだったか。死神があそこに集まってたって事は、何かやってたんだろうが――」)
 魚を斬り伏せた鬼人が、先生に問いかける。
「東京焦土で何をやってたんだ?」
 先生が首を傾げる様子からは、判断がつかない。それ以上言わないのならば、鬼人としても追及するつもりはない。
 下がる鬼人と入れ違いで、箱に入ったモリオンが先生へと体当たりした。
 次は自身の手番と解ってはいるが、ヴェルトゥはほんの少しだけ戸惑ってしまう。
 死神の、先生。すなわち、エレオスにとって大切な人を攻撃すしなければならない。
 されどエレオスの望む結末へ導くのがいまの役割だと気付いた瞬間、そうも言ってられないのだと理解する。
 先生を締め上げた鎖に桔梗がほころんで星屑のように散った後は、エレオスの口から願いにも似た言葉が零れる。
「全ての命を抱く母なる海よ。夜の底をゆく我らに、癒しの光を届け給へ――」
 そうしてエレオスの口元から紡がれる、清らかな声。
 歌声から想起されるのは、水平線に昇る朝日。次いで、水面を染めゆく波間へ零れる金色の雫。やがて黄金色の光が幾重にも重なってエレオスの傷を癒すと、先生の目が嬉しそうに細まった。
「ここが戦場でなければ、拍手のひとつでも送りたかったのですが……いまは代わりにこれを」
 エレオスの歌に聞き入っていたいぶきが、ゆっくりと目を開ける。魔力を抽出し、癒しへと変えて前衛の傷を消し去りながら、いぶきは微笑む。
(「僕の願いがひとつ叶いましたが……このような形で、というのは少し残念ですね」)
 それでも喜ばしさが僅かに勝ってしまうのは、それ以外は要らないと言えるエレオスの声を存分に聞けたからだろうか。
 曇天を体現したかのような椋鳥を招来しながら、十郎は先生へと言葉を発した。
「『先生』、あんたにはエレオスの歌が聞こえているか」
 穏やかな瞬きでひとまずの肯定を示した先生の指先が、断続的に音を奏でる。
「聞こえているよ。とてもよく、ね」
 聞き取れた旋律の一部は、先ほどエレオスの奏でた音を確かに再現していた。
 だから十郎は確信する。たとえ一欠片でも、正しく愛情と呼べるものが彼の中に存在したのだと。
「僕には『先生』というものはないけれど……」
 氷の一撃を打ち込みながら、結弦はどうしても考えてしまう。
(「大切な人が本当は悪い人で、自分に襲いかかってくる……。もし『先生』が彼だったら僕は立ち向かえるのだろうか」)
 背中の向こうにいる暖かな存在を少しだけ意識する。いや、今は駄目だ。
 自分はやれば出来る子。そう言い聞かせ、今は、今だけは考えないようにする結弦だった。

●幼子
「いぶくんヒールー!」
「ゆづさんはまだ大丈夫でしょう?」
 苦笑と共にいぶきが癒す相手は、エレオスの代わりに攻撃を受けた十郎だ。
 私情でヒール先を優先するわけにはいかない。とはいえいぶきが癒し手を担う以上、誰ひとりとして膝を突かせるつもりはないのだと結弦もわかっている。
 迸る天の光を先生へと向かわせる結弦の視界に入るのは、エレオスの真白の髪。彼の横顔がきれいで強くて美しいと感じたから、
(「君の選択は間違いじゃない。僕はいつだって君の味方だよ」)
 今は胸のうちで、そっと語りかける。
 カタリーナの放った光線が到達すると、翔はひときわ大きなキャノン砲へと腕を変形させた。
「よし、風穴開けてやらぁ!」
 砲口に収束する、凄まじいエネルギー。翔の意思ひとつで放たれた混沌の光線は、先生を追う。光線が弾けると、先生もまた攻撃のための音を奏でる。その音が不意に揺らいだ気がしたから、鬼人は刀を抜く手を止めた。
 十郎とヴェルトゥも、無言ながらも問うようにエレオスを見つめる。
 エレオスが、ゆっくりと頷く。
 もし叶うのならば一緒にいたかったという言葉をはじめ、思いを飲み込む。
 進む道は最初に選んだはずなのに、鎖はまだ動かない。
(「十郎さん、許してください。あなたに貰った優しい願いを止めに使う事を」)
 金属の温度がいやに冷たく感じる。数秒先に訪れるであろう感覚に比べれば些末だ。
「……大好きです、先生」
 残酷な感覚とは反対側にある、言葉。
 すべてが終わったその時、先生はただ笑っていた。
 気付けばエレオスは先生に駆け寄り、抱き留めていた。腕の中の人のかたちは、次第に光の泡沫に変じてゆく。
「せん、せい……」
 呼ばれ、先生は手元で銀色のロケットペンダントを開き、エレオスへと手渡した。瞬間、先生のすべてが消え失せる。
 はめこまれた写真には、両親と思しき者たちに抱かれて無邪気に笑う真白の子が映っていた。
 とたん、エレオスの抑えていたものが溢れ出した。幼子のような慟哭が、まっすぐに響く。
「エレオスさん――」
 そこまで言って、翔は黙り込んでしまった。だが、自身の経験がそれ以上はさせない。
「デウスエクスは必ず討たねばならない存在だ。一度デウスエクスになってしまった者はを救うことは出来ない。だが、倒すことが救済だと考えるのならそれも間違いではない」
 聞こえるか聞こえないかの音量で、カタリーナが続ける。
「結局のところ……何が一番正しいのか、決めるのは自分自身だからな」
 そう言って去るカタリーナを見送る結弦が、いぶきの手を引く。
「いぶくん、僕たちも行くよー。お邪魔虫はたいさーん、ってねー」
「……そうですね。ではエレオスさん、また後ほど」
 一人、また一人と広場を後にする。
 先生が消えたのを見て、鬼人は小さく黙祷を捧げた。次いで婚約者からもらったロザリオに手を当て、無事に戦闘が終わった事を祈る。
「……因縁ってのは、出来た時から人生が終わるまで、ずっと付きまとうものだからな」
 エレオスにとって悔いの残らない別れができればいいと願いながら、鬼人は戦闘の跡を静かに消してゆく。その後は関係者に報告すべく、速やかに広場から立ち去った。
 自身も胸が締め付けられる思いで、ヴェルトゥはエレオスの様子を見守っていた。それしかできない自分が、何より上手い言葉が見つからないことが、歯がゆい。
 だから今はせめて傍にと、いつものようにエレオスの頭を撫でるヴェルトゥだ。
(「僅かでも慰みになればいいのだけれど――」)
 今は心のままに泣けばいいと、十郎もエレオスの震える背に手を添える。
「こういう時は、あるだけ吐き出してしまう方が良い。それが嘆きであれ、痛みであれ。君が再び立ち上がる気になるまで、俺はずっとこうしているから」
 頭と背に感じる、温かな温度。エレオスは流れる涙をそのままに、ロケットペンダントを握りしめた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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