竜十字島救援~うさぎは跳ねる

作者:絲上ゆいこ

●竜十字島の調査
 駆け出したリューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)へと、一斉に視線を向けたズーランド・ファミリー。
 彼らの目的は、ひとつ。
 彼女の抱える黄金に光る全長1m程の『鍵』――月の鍵だ。
 ケルベロスたちの目的も、ひとつ。
 今回の探索の成果――月の鍵を持ち帰る事だ。
 ぴょんと跳ねる短い兎尾。
 跳ねる、跳ねる。
 少女を追って、うさぎは跳ねる。
「フォーマルハウト!」
 そんなうさぎの足取りを止めるように。
 白箱のミミック――カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)の『友達』フォーマルハウトは友の願いに大口を開いて、まるでバネのように飛び跳ねた。
「……っ!」
 牙の生えた蓋が閉まる、その瞬間。
 足先で鎖鞭を踏み引きしぼり。ミミックの噛みつきをあしらった桃色の兎獣人――ズーランド・ファミリーの紅一点、『愛欲』のミゼルコディアは肩を竦めてカロンを睨めつけて。
 彼女が足を止めたその隙を逃す事無く、ポーンと大きく跳ねたカロンは彼女の進路を阻む形で割り入る。
「ここから先は、通しません!」
 武器を構えて稲穂色の大きな耳を揺らしたカロンは、ミゼルコディアと視線を真っ直ぐに交わし。
「ふぅん。アナタ一人で、アタシを足止めできると思っているんだ、へぇぇ……」
 対するミゼルコディアは、どこか小馬鹿にしたような口調で嘲笑に唇を歪めた。
 事実。
 その姿にふさわしく彼女の立ち振舞いには、歴戦の強者たる風格が感じられる。
 ――決してカロンは、ケルベロスとして弱い訳では無い。
 どちらかと言えば、ケルベロスの中でもとてもとても強いうさぎである。
「……ふたりです!」
 しかし、しかし、その彼ですら。
 フォーマルハウトと二人で彼女に立ち向かって、勝つ事が出来るかと言うと――。
 小さく首を振ったカロンは、思考を断ち切り。
 足元へと帰ってきたフォーマルハウトと、小さく頷き合った。
「あは、そうねぇ。そっちの箱は壊しがいも無さそうだけど、――あなたは壊しがいがありそうだわ!」
 紅い紅いミゼルコディアの瞳が被虐に揺れ、再び鎖鞭が撓って地を叩く。
 太陽の瞳に強い意志を秘めたカロンは、ぎゅっと武器を握りしめた。
「少ぅしだけ、遊んであげる」
「……通さないと言いましたよ!」
 同時に駆け交わしたうさぎとうさぎの武器がぶつかりあい、魔力が火花のように爆ぜた。

●月の鍵
「急いで声をかけたってェのに、集まってくれてありがとうな」
 小さく頭を下げたレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は、挨拶もそこそこに。説明は中で聞いてくれと、ケルベロス達をヘリオンへと乗り込むように促した。
「――竜十字島の調査に向かっていたケルベロス達が、隠されていた『鍵』を見つけたそうだ」
 ヘリオン内部のベルトを引き絞りながら、後ろを向き直る事も無くレプスは言葉を紡ぐ。
「しかし、しかしだな。その後、突然現れた8人の敵によって彼らが危機に陥る予知が出たンだ。『鍵』を持って逃げたアルマトラクンを逃がす為に、皆敵を一人づつ足止めをしちゃァ居るが――このままだと調査隊は全滅しちまうだろうな」
 準備を終えたのであろう、手を止めたレプスは一度息を漏らし瞳を眇め。
「俺たちが担当するのは、レインズクンがミミックのフォーマルハウトクンと一緒に対応している『愛欲』のミゼルコディアだ」
 掌の上に現れたイラストは、鞭を手にした燕尾服を身を纏った桃色のうさぎ獣人。
「この軍のボスの愛人らしいンだが……嗜虐的な性格で、緊縛と流血を好む……いやァ、全く性悪オンナだなァ。文字通り搦め手を使ってくるだろうから、その辺りの対策は頼んだぞぅ」
 掌の中の映像を掻き消すように掌を閉じた彼は、前を向いたまま更に言葉を次ぐ。
「……レインズクンは、最悪の場合到着時点で既に戦闘不能になっている可能性がある。そうで無くとも随分とダメージを受けている筈だ。着いたらまず、レインズクンを助けてやってくれよな」
 と、言う訳で、と。
「今から超特急でぶっ飛ばすぞぅ、舌を噛まないように気をつけてくれよな。そうすりゃァ、――予知のあった襲撃のちっと後には着ける筈だ!」
 そこでやっと後ろを振り向いたレプスは、ケルベロス達を見渡して少しだけ笑って見せた。
「出てきた敵サン共を見る限り、『鍵』とやらはマスタービーストに関わるモンかも知れねェ感じだなァ。大事に大事にしまってあった『鍵』をしっかり奪ってやろうぜ」
 仲間の危機へと駆けつけるが為。
 急ぎ、動き出したヘリオンは低く唸り声を上げ――。


参加者
狗上・士浪(天狼・e01564)
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
ナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)

■リプレイ


 幾度も重ねられた傷は身体を軋ませて、頭の奥をどこか濁らせるけれど。
 それでも、それでも。
 ――ここを通すつもりは、一つも無い。
「フォーマルハウト!」
 指輪より現れた輝く盾は、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)に守りの加護を。
 声掛けにカロンの友達が吐き出したエクトプラズムは星と成り、跳ねるミゼルコディアを追い爆ぜる。
「ま! アタシも貴方を虐めたい訳じゃないのよ?」
 彼女は撓る鞭で星をパチパチと散らし絡め取り、加虐的な赤に揺れる瞳を細め。
 深い踏み込みから獣の膂力。
 そうして一瞬でカロンの前へと躍り出れば、悪戯げに笑い。鞭の持ち手の先で、カロンの顎を擡げさせた。
「ねぇ、通してくれないかしら」
 それは彼女とカロンの力量を知らしめるような、挑発的な動き。
「……通しませんよ」
 首を振ったカロンは、腕の動きだけで鞭を打ち払って大きく後退し。
「あら。そっちのガラクタを壊せば、気分も変えてくれるかしら?」
 唇を尖らせるミゼルコディアが打ち上げた鞭がフォーマルハウトを狙い伸びると、友達を庇って体当たりのように跳ねたカロンを代わりに縛り上げる。
「どうせ勝ち目が無いのに、健気ねェ。……それとも、何か勝算でもあるのかしら?」
 軋む骨。
 鋭い鞭はカロンを蝕むようだ。
 彼女がのんびりとカロンを責め立てるのは、彼女の加虐心を満たすが為。
「……僕とフォーマルハウトだけでは勝てないなんて、知ったことか」
 滲む血。
 金を揺らしたカロンは、締め付けられる鞭の中で一瞬脱力をし。合わせてフォーマルハウトがニセの財宝を、ばら撒き投げる。
「あら」
 そうして鞭の緩んだ、瞬間。
 カロンが一気に力を籠めると鞭より逃れ、再び大きく後ろに跳ねて間合いを取った。
 そして光を受けて幾重の色を映す鎖を引き絞ると、彼女を睨めつけ。
「キミは強いでしょう」
 月の鍵等という得体のしれないアイテム。
 他のチームの仲間の命、自らの命。
 すべて、すべて、こいつらに渡してなんかやるものか、と。
「だからこそ――ここで倒します!」


 植物が独りで捻れ、小さな道を作り出し。
「そうだな、お前はここで倒れて貰おうか」
 そこに響いた声音。
 敵とカロンの間へと放たれた銃撃が、地を爆ぜさせて高らかに音を立てた。
 空より降り落ちて来たもの。肩に翼猫を載せたナザク・ジェイド(とおり雨・e46641)が、俵抱きで抱えた黒豹とその背中にひっしと捕まる兎。
 そしてカロンの目前へと着地しざまに、大きく腕を振るうとミゼルコディアへと黒豹を投げつけた。
 黒豹が地を蹴る、一気に跳ねて。
 刹那、伸びた手足。
 ――お前の恨み辛み。苛立ちを臓腑ひっくり返して、全て吐き出せ。
 敵の背後へと回り込みながら、完全なる獣より獣人の姿と成った玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が、グラビティを爆ぜさせて。
 ナザクの肩より飛び立った猫は、その翼に加護の風を翼にはらませる。
「どうも、月からの使者さん。――かぐや姫のお眼鏡に叶えば、向こうまで飛んで行けるのかい?」
「それにうさぎはね、ここにもいるんだよ!」
 陣内が冗談の様に交わす言葉。
 ライオンラビットはその姿を少女――七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)へと変えて、光刃を宿すアンクを握りしめた。
 そのままアンクをカロンへと当てると、大地の加護を癒やしと揺らす。
「さてさて。とてもとても強いうさぎとその友達は、性悪うさぎなんかに負けないってこと見せてあげようよ」
 笑った瑪璃瑠の祈りは、傷ついたカロンの傷を塞ぎ。
「……あらぁ、これを待っていたのかしら。玩具はそんなに要らないのだけれど」
 ナザクより投げつけられた、冷気を帯びた戦輪が鼻先を掠めて。
 視界の端で散った菊花に、ミゼルコディアは笑んで見せ。
 その頭へと空より降り落ちてきた流星の如き蹴りが、鋭く叩き込まれた。
「いったぁい!」
「……は、テメェの好みなんざ知らねぇよ」
 地へと降り立った狗上・士浪(天狼・e01564)が、ザリとエアシューズで地を掻いて。
 ――月、ウェアライダー、鍵。
 ……あぁ、クソ。
 考えれば考える程、頭の中がぐちゃぐちゃの線に塗りつぶされるようだ。
 今無駄に頭を捻るより、仲間を護ることを優先すべきだと士浪は首を振って。
 渦巻く感情を押し殺した真紅の瞳で、敵を睨めつけ直した。
 ひいらりひらり。
 そんな士浪へと舞い降りるは、蝶の加護。
 光の蝶を宿したパズルを片手に、アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)はカロンへと腕を貸して。
「よく耐えたね、カロンさん」
 翼猫のキヌサヤが加護の風に翼を揺らし、アトリはさあ、仕切り直そうかと唇に笑みを載せた。
「まだ、敵は倒せていないですけれどね」
 カロンは腕を借りてしっかりと立ち上がると、ぱっと離して。
 照れ隠しのようにぴょんと一度跳ねてから、気力を溜めるようにぎゅっと拳を握りしめる。
 ――例えカロンとフォーマルハウトだけでは勝てなくとも、仲間達が居れば。
 それは、きっと。
「二人で頑張って貰った所っすけれど、もう少しだけ一緒に頑張ってほしいっす!」
 大きな背中に、大きな尾。
 ヒールドローンを侍らせた青いドラゴニアン――セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)が、皆を護るように前へと出て。
「はい、カロンさん。大変な目にお遭いになったようですけれど、もう少しお付き合いをお願い致します……!」
 ――昔はあんなに可愛らしかったカロンさんが、こんなにも立派なお仕事をなさっているのです。
 自らよりもすっかりと強くなってしまった彼だが、――まだ自らに出来る事もあるだろう、と。
 小振りな白翼をはたと揺らし、その胸には、煌めく星時計。
 バラの花弁を散らし細剣を突き上げたアウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)は、一気に踏み込んで。
 鞭を撓らせてその刃を受けたミゼルコディアが、自ら後退して衝撃を殺す。
「随分と仲良しこよしなのね。いいわ、そういうの嫌いじゃないの。誰から壊そう、誰に壊して貰おうかしら?」
「いいや、何も奪わせるつもりは無い」
 何処か楽しげな敵に、陣内は朗々と。
「仲間は死なせない、鍵も触れさせはしない――もう月には、これ以上何も奪わせはしない」
 緑の瞳の奥に覚悟を揺らして。
「へぇ……、何を奪われたって?」
 ミゼルコディアはただ、首を傾いだ。


 陣内は囁く様に。
「――狂月病」
 満月の喚び声に抗う事のできない、ウェアライダーの抱える病『狂月病』。
 大事な人と並んで、月を見上げる事すら叶わぬ身体。
 陣内はただ、彼女の横で綺麗だと。
 月が綺麗だと、心から呟きたいだけであるというのに。
 ――それだけが、陣内の願いだと言うのに。
 叶わぬ願い。
 月さえ無ければと、何度願った事であろうか。
 陣内はこの病を、恥じ、悔い、憎んで生きてきた。
 あらゆる手段で手掛かりを探り続けた、病の情報。
 目前にいるのは月より――月面拠点より現れた獣人だ。
 この機会を逃す事はできぬと、彼は言葉を紡ぐ。
 陣内はずっと考えていた。アポロンが絶対制御コードを使った時から、ずっと。
「――満月を見ると発症する『狂月病』は、月に封印されたマスタービーストの『絶対制御コード』による呪縛なのだろう?」
「へぇ、アナタ達おかしくなるの? 大変ね」
 言いがかりも良い所、初耳だわ、といった様子で。耳を揺らしたミゼルコディアは反対側に首を傾げ。
「――ふうん、それにしても狂月病ねぇ。それって、暗夜の宝石の力が失われた事が原因じゃないかしら」
 撓る鞭が大きく振られて、放射線を描いて前衛達を打ち据える。
「それって、あの抜け殻……満月を見て発症するのでしょ?」
 カロンの前へと出たナザクは、喰霊刀を真っ直ぐに構えてその鞭打ちを押し止めて。
「暗夜の宝石の力……っすか?」
 首を傾げるセット。
「……抜け殻?」
 一気に踏み込んだ陣内が、跳躍から横一文字に炎を纏った蹴りを叩き込みながら言葉重ね。
「でもまあ、どうでもいいでしょ? どうせアナタ達、ココで死んじゃうんだから。たぁくさん可愛がってあげるわ」
「そりゃ、お前の方だろう」
 彼女の甘い喋り方――。
 『愛欲』の名を冠する響きは、種族特性を疎ましく思うナザクにとっては苦手な響きだ。
 どこかうんざりした様子でナザクはけだるげに片眉を上げて、刃で空を掻いた。
 揺れる、揺れるちいさな火花。
 敵へと纏わり付くは、毛皮を焼くことすら叶わぬ微細な炎。
「……そうかい」
 会得が言った様子で士浪は、言葉を零した。
 ああ、なぜこんなに心をかき乱されていたのかを、士浪は理解をする。
 自らが生まれた理由も分からず、それでもほんの少しでも掴めそうな気がしたからこそ。
 だからこそ、こんなに悶々としているのかと。
 後は、そう。
「――いいぜ、全部喰い尽くしてやる」
 目前の敵を倒せば良い。
 初速から一気に最高速に達するほどの踏み込み。
 士浪の右腕に絡みついた黒が、膨らみきって破裂した風船のように膨れ割れ――ブラックスライムが敵へと喰らいついた!


 ――其は終焉の記憶。月よりも美しいヒト。
「『わたし』を塗りつぶしていいのは、あのヒトだけ……」
 瑪璃瑠の記憶に焼き付いた、美しい美しい光景。染まる色。
 自らを癒す、その色は――。
 幾度となく重ねられた攻防は、搦め手と搦め手。
 陣形名は獅子博兎陣だなんて、アトリは嘯いていたけれど、
 自ら達に回復と加護を重ねては、操られた仲間の正気を取り戻して敵の動きを封じる番犬達。
 番犬達へと誘惑を重ねては、番犬達の加護を剥がす兎。
 ミゼルコディアはたしかに強敵である。
 搦め手には十全以上に安全策を、敵の兎は一匹だろうと全力で。
「――行きますッ!」
 それは閃光が駆けるかのように。アウラが鋭く跳ねて、槍を突き出した。
「はぁ……アンタ達いい加減諦めてくれない?」
 うんざりした様子のミゼルコディアは鞭で狙いを反らしながらも、疲れからか捌き切る事ができずに。
「それはできないお願いっす!」
 その鞭より仲間を庇い、間に割り入ったセットは左右に首を振った。
「ああ。そう……」
 すげなく願いを断られ肉を抉られたミゼルコディアは、幾度も幾度も立ち向かってくる番犬達にただ肩を竦め。
「そうだよ」
 肩にキヌサヤを載せたアトリは、何を言っているのかという顔で首を傾げた。
「カロンさんは――いいや、ケルベロスってのは、お前達がどれだけ強大だろうと臆せず立ち向かうものでね」
 弄ぶかのように振るわれた鞭を飛び避け、そのまま跳ねるアトリは木の幹を蹴り上げて。
 真っ直ぐに向かった兎の耳元で、彼女は囁く。
「――要は自分達は、お前以上に強いって事」
 いつかの朝顔市での大きな敵。
 今まで重ねてきた、沢山の冒険。
 この地球において、ケルベロス達の絆で守られた物はとてもとても多いものだ。
「ナメすぎだよ、お前」
 そして放った影の斬撃を纏った蹴りは、半円を描いて敵を抉る!
「ああ、全くだ。……それにな。搦め手が専売特許だなんて、自惚れてんじゃねぇぞ」
 嫌がらせってのは俺も得意分野でな、なんて。
 兎が蹈鞴を踏んだ先で、士浪は上半身を捻って大きく握りしめた拳を引き絞って。
「特にテメェみてぇな奴には『ソレ』をくれてやりたくなるもんでなあ、……外も中も、ズタズタになれや!」
 ――食い破れ!
 叩き込んだ拳に纏った氣が、衝撃波と化して奔り、貫く。
 満身創痍の彼女には、何よりも効くであろう。
「……ぎっ!」
 負傷箇所を起点に。
 腹奥から起こった振動がその身を裂き、『動作精度』を狂わせる。
 びくんと大きく跳ねた彼女に、ぴょんとカロンはスタンピング。
 がぶりと噛み付いたフォーマルハウトに合わせて、魔力を漲らせた掌で彼女を撫でた。
「――最初に言った通り。そろそろ倒れて貰います!」
 一瞬で彼女の身体を駆け抜けたのは、魔力で生んだ身体の自由を奪う電気信号だ。
「うふふ、……意地悪なのね」
 痺れる身体、歩む事もままならぬ身体でミゼルコディアは笑った。
 ああ本当に、コイツらは憎らしい程に喰らいついてくるのね。
「そうそう、ボク達は性悪うさぎになんて負けないって言ったもんね!」
「鍵を持っているリューインさんも心配っすしね、――そろそろとどめと行くっす!」
 頷きあった、瑪璃瑠とセット。
 竜槌を巨大な砲と変えて振りかぶるセットの背を、瑪璃瑠は兎足で蹴りあげて。
 大きく大きく跳躍した瑪璃瑠は、ぎゅっと上半身を引き絞った。
「いくっすよォ!!」
「……君にはもう、誰も、何も、奪わせないっ!」
 セットが振り放った砲は腹奥が震えるほどの鈍い声を上げて、ビリビリと空気を震わせ。
 上から降り落ちてきた瑪璃瑠の獣化した拳は、その脳天を貫く程の衝撃を。
「お前の話は、参考になったよ」
 彼女が先程語った言葉は、陣内の喉から手が出る程欲しかった情報のひとかけらだ。
 もう真っ直ぐに立つ事も叶わず。
 蹈鞴を踏んで目の前へと倒れ込んできたミゼルコディアに向かって、礼に似た言葉を陣内は口に。
「……ああ、そう」
 吐き捨てる様に呟いたミゼルコディアは、祈るようにその拳を合わせた。
 ああ、――本当にしつこい奴ら。
 ボスは、大丈夫かしら。
 陣内は足を押し出す動きに炎を纏わせて、彼女の背を蹴り込み――。
「じゃ、さよなら」
 陣内に合わせて、地を踏んだナザクは肩を竦めて。氷の戦輪を指先でくるくると回してからご苦労さんと、瞳を眇め。
 そうして音もなく真一文字に奔らせた氷の一撃は、彼女の首を割いた。
 ――倒れ伏したミゼルコディアが、立ち上がる事はもう無い。
「……勝ち……、ました?」
「そうみたいっす、ねえ……」
 呆然としたカロンの呟きに、セットが応える。
「うん、……ボク達の、勝ちだ!」
「やりましたね……!」
 ほう、と胸を撫で下ろした瑪璃瑠が、へんにゃりと微笑んで。
 合わせてアウラもこっくりと頷いた。
 番犬達も満身創痍。
 しかし、他のチームの事も気になるもので。
 気を抜けば座り込んでしまいそうな身体に鞭打ち、なんとか立ち上がる。
 そこに。ああ、そうだ、とアウラがカロンの横へと歩み寄った。
「ねえ、カロンさん。遅くなりましたけれど……。これ、ありがとうございました」
 誕生日の礼を今伝えるのも、遅いかもしれないけれど。
 御守を彼へと手渡して柔く笑んだアウラの胸に揺れる、宝石細工の星時計。
「……借りを作ってしまったようだね。ありがとう」
 受け取った良縁成就の御守を見やって、カロンは笑った。
 カロンは照れくささが勝って、全ては言葉にはできないけれど。
 いまだかつて無い程の強敵。
 そこに駆けつけてくれた仲間達には本当に、心から感謝をしている。
 そう。
 今日来てくれた仲間達との良縁は、既に訪れているのだと。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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