竜十字島救援~月と鍵と蒼槍と

作者:秋月きり

「『月の鍵』を返してもらおう。それは、お前達が持って良いものでは無い」
 ゴリラを思わせる螺旋忍軍――ズーランド・ファミリーの首魁と思わしき彼の言葉が皮切りとなった。
 道を塞ぐ敵、デウスエクスの数は8体。対峙する自身らも同じく8人。絶体絶命の窮地に、しかし、誰もがまだ、希望を捨てていない。
 応戦に駆け出そうとした瞬間、胸に堅い物が押しつけられた。ふゆりとたわむ胸が受け止めたそれは、黄金に輝く1m程の棒。――今し方、破壊した封印から得た『鍵』であった。
「――ッ」
 声は喧噪に紛れて聞こえない。頼むとも、任せたとも言われた、そんな気がする。彼女に鍵を渡した黒いドラゴニアンは振り返らず、ハンドサインのみで彼女に告げる。――行け、と。
 礼を言う暇はなかった。その時間すら惜しいと刹那、リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)の身体は空へと舞っていた。
 ただ逃げる。その為に飛ぶ。
 それが、仲間達と交わした約束だったから。
 彼女の背の向こうで、仲間達の編み出すグラビティの轟音が、そして、デウスエクス達の怒号が木霊していた。

 竜十字島の空を疾走する。
 翼で空気を叩き、持ちうる限りの全てを吐き出しながら、リューインは空を飛ぶ。
 まずは敵から距離を取る。竜十字島から脱出して、鍵を持って帰って、援軍を呼んで、そして、それから、……それから?
 ぐるぐると巡る思考はしかし、次の瞬間、途切れる結果となった。
「何処に行こうってんだ? お嬢さんよ!!」
 繰り出された斬撃は獅子の爪の如し。
 一拍遅れ、左脇腹から右肩に掛けて、熱い衝撃が迸る。逆袈裟に斬られたと悟った瞬間、リューインの身体は砂浜へと墜落していた。
 零れる血液を、痛みを訴える傷口を押さえながら、それでも立ち上った彼女を、感嘆混じりの口笛の音が出迎える。
「唐竹割りにするつもりが、手元が狂っちまったわ。許せ。地獄の番犬」
 最初に視界に入ってきたのは、獅子の螺旋忍軍。それが太刀と見紛う巨大剣を無造作に担ぎ、リューインへと近付いて来る。
「このっ!」
 リューインが魔槍を引き抜くのと、サーヴァントのアミクスが得物を構えるのは同時だった。そして、獅子もまた、次の行動に移っていた。
「俺の名は獣獅郎。『唐竹割りの』獣獅郎っつーんだ。さて、鍵を返して貰おうか」
 名乗りと共に放たれた唐竹割りは、居合いの如き音速でアミクスを斬り伏せる。二閃、三閃。刃が煌めくと共に、アミクスの身体が切り裂かれ、短い呻き声が零れた。
「ざっとこんなもんだ。さて、あんたも覚悟を決める時間だぜ?」
 光の粒へと消えていくアミクスを背景に、獣獅郎はにぃと笑う。
 それは獲物を前にした肉食獣そのものの笑みであった。

「みんな。緊急事態よ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は焦燥の声を零す。それは、彼女の見た予知が穏やかならざる物である事を暗示していた。
「竜十字島に向かった調査隊が敵に捕捉されたわ」
 それがヘリオライダー達の見た予知の全容であった。
 息を飲むケルベロス達の反応を待たず、リーシャは予知の詳細を紡ぐ。
 竜十字島に向かった調査隊は、そこに隠された『鍵』を発見したものの、突如現れた8体の敵によって窮地に陥った様なのだ。
 ケルベロス8人に対し、デウスエクス8体。それらがぶつかり合った結果は火を見るよりも明らかだろう。
「ただ、今から急行すれば、襲撃の数分後には駆け付けられる筈よ」
 幸いな事に、調査団は玉砕戦法ではなく、鍵の保持を優先し、バラバラに逃亡した様子だ。時間稼ぎが為されている今だからこそ、最悪の事態を回避する可能性はあった。そう、今なら、未だ。
「みんなにはその内の一人を助けに向かって欲しい」
 他の7人については各々のチームが救援に向かう手筈となっている。よって、今は、自身らが担当するメンバーの救出に尽力して欲しい。
 緊張を含んだ顔で、リーシャはケルベロス達にそう告げる。
「それで、みんなにはリューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)の救援をお願いしたいの」
 ヴァルキュリアの翼で飛行し、敵から逃れようとしたが、現在、『ズーランド・ファミリー』が一忍、『唐竹割りの』獣獅郎に捕捉されている状態と言う。
「状況は芳しく無いわ。リューインのサーヴァント――アミクスは既に消失。このままだとリューインも獣獅郎によって殺されてしまうわ」
 流石は7人のケルベロス達によって作られた壁を突破した猛者と言うべきか。獅子の膂力を伴った大太刀使いの能力は一言、『強い』との言葉だけで表されていた。
「アミクスが消失してから3分後。どんなに急いでも、それがみんなの到着出来る時間になる」
 その間、リューインが倒されている可能性もあるだろう。倒されずとも、重度のダメージは免れない可能性が高い。よって、治癒の手段は確保しておくべきだろう。
「大切なのはリューインを信じる事だと思うわ。彼女も歴戦の勇者。易々と倒される子じゃない筈よ」
 それはむしろ願いだった。だが、奇跡とは願い、叶える為の努力を尽くしてこそ、起きるものなのだ。
「あと、みんなの中には獣獅郎の斬霊と戦った事のある人もいるかも知れない。だから、忘れないで。本物は斬霊ほど甘くないわ」
 空飛ぶリューインを切り落としたグラビティの存在は、その証左なのだろう。
「『鍵』によって世界はまた動くわ。鍵そのものがマスタービーストに関わるアイテムの可能性が高い事、そして、『鍵』の発見は、大阪のグランドロンに大きな衝撃を与える筈。……それこそ、新たな動きが出てきても不思議がないくらいに」
 だが、それも全て、ケルベロス達が鍵を確保し、持って帰る事が出来るのであれば、であった。
「まずはリューインの命を、そしてみんなの無事な帰還を祈っている」
 だからとリーシャはケルベロス達を送り出す。信頼し、帰りを待つ。それが彼女の出来る唯一の、そして絶対の理だった。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 祈りは、いつもの言葉と共に。


参加者
板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ

●獅子と蒼槍
 消える。消える。消えていく。
 太刀が振るわれる事、三度。袈裟掛け、逆袈裟。そして、唐竹割り。『唐竹割りの』獣獅郎と名乗る螺旋忍軍の斬撃を受け、アミクスは光の粒子へと消えていった。
(「アミクスッ」)
 思わず息を飲む。
 それはただの三太刀だった。だが、その三太刀で自身のサーヴァントは倒れてしまった。
(「強い」)
 リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)は唾を飲み、魔槍を正眼に構える。先の自身を切り裂いた攻撃と言い、アミクスを滅した攻撃と言い、月面拠点から来た精鋭部隊は、只の螺旋忍軍とは一線を画している様だ。
 汗が噴き出す。彼から沸き立つ重圧に、対峙しただけでも押し潰されそうだった。
「月にはウサギがいるかと思いましたけど、いたのはライオンなんですね」
 零れた軽口は、挑発とも時間稼ぎとも取れた。
「ああ。いるぜ。獅子だって蟹だって、乙女だってな」
 律儀とも言うべき応答に、内心舌を巻く。軽口には軽口を。殺気には殺気を。それが彼奴の信条らしい。軽口を口にしながら、しかし、視線はリューインから動いていない。真っ向から斬り伏せると、獅子の目は言っていた。
 そして獅子が飛ぶ。これまでにリューインに一太刀。アミクスに三太刀。それでも。
 戦いの幕が切って落とされたのは、この瞬間であった。

 光が弾け、火花が舞い散る。
 槍の穂先が刃によって弾き飛ばされ、返す刀で鎧ごと、肌が切り裂かれる。疵は浅く、だが、それは相手も理解している。二太刀目はより深く、より力強く。空に逃げようと翼を広げるが、上段からの刃はそれを許さない。裸の肩口を抉られ、深紅の血が噴き出した。
「腑に落ちないって顔だな」
 浮かぶそれは、禍々しい笑みだった。
「サーヴァントを喪った使役使いの体力なんぞ、高々知れてる。防御に徹した処で、体力の無さを補う事は出来んぞ」
「黙れっ!」
 吠える。吼える。叫ぶ。
 痛みを、怪我そのものを吹き飛ばそうと行った絶叫は、己の体力を回復していく。
 だが、それでも。
(「足りない!」)
 被ダメージは回復量以上の速度でリューインを蝕んでいた。回復量の少なさは、使役使いの弱点の一つでもあるのだ。
 殴打が足を抉り、斬撃が鎧を剥いでいく。
 一刀一刀は重く、そして速く、リューインの身体を傷つけていく。
 対するリューインの槍撃はしかし、獣獅郎を捉える事が叶わない。躱され、或いは太刀に弾かれ、有効打すら繰り出せずにいる。
「何故防御に徹する? 助けが来るとでも思ってるのか?」
 戦いの最中、獣獅郎が問う。
「答える義理なんてないわ!」
 叫びと共にリューインは雷光を槍に纏わせた。一撃必殺。神より授けられた秘儀は獣獅郎を打ち砕く。その筈だった。
「神々より託されしこの一投、神殺しの一撃を受ける栄誉をあなたに授けましょう。そして真の死をあなたに」
 詠唱は力と成り、神をも討つ轟きと化す。
「……クングニルバスター!!」
「おおっとっ!」
 全身全霊の一撃はしかし、獣獅郎の頬と髪を焦がすに留まった。空に奔るそれは、まるで逆さまに落ちる雷光の様でもあった。
「余り時間を掛けるとヤバそうだ。ここらで終わりにしようぜ」
 そして太刀が振り下ろされる。
 全てを出し切ったリューインに、それを避ける余力など残されていなかった。
(「みんな――」)
 ただ祈った。
 ズーランド・ファミリーと戦う7人の仲間の無事を。鍵を守り切れなかった悔悟を。全てを持って帰れなかった悼みを。
 最期を迎える間際、彼女に出来たのはそれだけだった。

●番犬と獅子
 稲妻が奔った。
 季節は初秋。変わりやすい季節とは言え、雨一つ無い青空の下、それの発生理由など、一つしか無かった。
「近い」
 それがリューインの放った蒼雷であると、リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)は声を上げる。戦場はすぐ傍だ。
「リューインさん!!」
 加速し、駆け抜ける影は隣に並んでいた親友――ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)であった。
 得物の斧を抱え、直線的に走る彼女を阻害する物はない。
 一直線に駆け抜けた先、そこにあった物は――。
 ガチリ。
 振り下ろした刹那、敵ではなく足下の岩石に食い込んだ刃先を見下ろし、ミリムはちっと舌打ちをする。
「頭かち割りにするつもりが手元が狂ってしまいました。ごめんなさい」
「はん! 怖い挑発だな、ねーちゃんよ」
 攻撃を躱すと共に飛び上がった獣獅郎はそのまま砂地に着地。太刀を抜刀し、ケルベロス達に睨視を送る。
 その数7人と1体。否。トドメを刺し損ねたヴァルキュリアを含め、8人と1体と言った処か。
「家族を突破した、って訳じゃねーよな。別口の救援か」
「そうじゃよ! リューインも月の鍵も、好きにはさせぬのじゃ!」
「僕たちが来たからにはね!」
 巫銃を構え、言い放つ端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)の言葉に北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)の宣言が重なる。両美女――計都は女装であったが――の言葉に、獣獅郎の眉がピクリと跳ね上がった。
「リューインさん確保! 運命に抗う者よ。汝に溢れる光と命を。倒れし者達を揺り起こす、癒やしの力を与え給え!」
「ついでに鍵も確保、ですぜ。名前を書いてないから、取得物って事でいーよね」
 倒れ伏せるリューインにユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)が治癒を施し、きつく握りしめていた月の鍵を板餅・えにか(萌え群れの頭目・e07179)が受け取る。白い肌には紅い裂傷が走り、呼吸は浅い。傷痕を見聞する暇はないが、打撲などの状況を見る限り、骨も何本か折られているだろう。
 それでも、生きている。
 皆が辿り着くこの瞬間まで、何とか耐えきったのだ。
「おかしな話もあるもんだな」
 獣獅郎は不意に言葉を零す。
「救援にしちゃ早ぇ。それにそっちの姉ちゃんの挑発も、何処かで聞いた口上だ。まさか、な」
「ごちゃごちゃ言っている暇があると思っているの?!」
 独白を封じたのはジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)の虹色に輝く跳び蹴りだった。
 空から降り注ぐレプリカントの蹴りを片手で受け止めた獣獅郎は、ちげえねぇと唾を吐き捨てる。
「地獄の番犬が7人。独り言の暇は確かにねーな」
 それでも浮かぶ肉食獣の笑みは、言葉とは裏腹に余裕に満ちた物であった。
(「これがリューインを歯牙にも掛けなかった月の精鋭」)
 えにかから受け取った月の鍵をアイテムポケットに収納しながら、リリエッタは戦慄する。
 強さを知るのに、立ち振る舞いだけで充分だった。
(「これはリューインが無事でも、ポジションチェンジの余力はなかった、かな」)
 少しでも付け入る隙を与えれば、即座に崩してくる。
 それだけの凄みが目の前の螺旋忍軍――獣獅郎にあったのだ。

●緩慢な自殺
 豪快奔放。その太刀筋を表すなら、それ以上の言葉はあるまい。
 真っ向から振り下ろし、しかし、自由自在な動きは一太刀一太刀でケルベロス達を追い詰めていく。獣獅郎の太刀を受けながら、計都はただ嘆息する。それは感嘆であり、憂戚でもあった。
「さあ、当ててみろ……当てられるものならな!」
 挑発と共に自身の胸元を指さす。描かれた三重丸に獣獅郎が気を取られた刹那、その横合いを可変した機巧銃で撃ち抜いた。
 横合いを殴りつけられ、踏鞴踏む獣獅郎はしかし、その一撃で倒れる事は無い。勢いのまま回転し、横合いから計都の胴体を断たんと、太刀を振り抜いてくる。
「仲間は守ってみせるわ、必ずね!」
 その太刀筋を阻害したのは、飛び出したジェミであった。
 己が身体を盾に太刀を受け止めた彼女はしかし、代償として膨大な血を周囲に飛び散らせる。
「――なん、だと?!」
「この、くらいっ!」
 獣獅郎から驚嘆が零れるの致し方なかった。腹を割かれた瞬間、ジェミは全力で腹筋を締め、その太刀を押さえ込んだのだ。
 それは獣獅郎が見せた一瞬の隙。だが、ケルベロス達に取っては勝機の瞬間でもあった。
「リリちゃん!」
「ミリム」
 ミリムの斬撃が、リリエッタの蹴りが獣獅郎を捉える。無骨な蛮剣の一撃と、星の闘気を纏う回し蹴りは、獅子の強靱な肉体をも打ち砕いていく。――その筈だった。
「フンっ!」
「なっ。ちょっと?!」
 その双撃が獣獅郎を捉えるより早く、ジェミごと、その太刀が旋回したのだ。
 真芯を捉えるはずの斬撃と蹴撃はしかし、獣獅郎の体表を掠めるに留まってしまう。
「なんと?! 非常識にも程がねーですかい?!」
 いくらデウスエクスの膂力とは言え、太刀と人間一人を振り抜く膂力など反則も良いところだ。投げ出されたジェミの腹部を緊急手術で癒やしつつ零れたえにかの突っ込みは至極真っ当な物であった。
「ふん。覚えておけ! 真の漢に取って、女の重さなど無きに等しい物だと!」
 言い切った。一見、紳士じみた台詞だったが、その実、彼の行為はジェミに突き刺さった太刀を振り抜いただけである。そこに紳士らしさなど、欠片も存在していなかった。
「女好きは残霊と変わらないのね」
 むしろ、それが性分かとユーシスは肩を竦める。
 併せて紡ぐのは、奮起の歌だった。盾となった計都、そしてジェミを癒やすべく、戦姫の声援を歌い上げる。
「成る程。合点がいったぜ」
 ケルベロス達の連撃を捌きつつ零れた彼の声は、何処か飄々と紡がれていた。
「てめえら、俺の残霊に会ったんだな。畜生。あれも善し悪しだな。手の内が知られているのはその所為かよ」
 悪態は、むしろ楽しげな響きを帯びていた。
(「いや、楽しんでるのじゃな」)
 括は獣獅郎への評価をそう下す。彼は生粋の戦闘狂なのだ。むしろ、困難に活路を見出す戦好き――要するに単細胞なのだ、と。
「なぁ。獣獅郎。お主の残霊が言っておったぞ。嫁探しをしていると」
 括の言葉に獣獅郎の動きが止まる。否。鋭い眼光と、構えた太刀だけは残されていた。下手に動けば斬り捨てると静かに告げる彼に、括は言葉を重ねる。
「どうじゃ? わしらはそれに相応しくないか? むしろ主が定命化を選ぶなら、その道を考えても良いのじゃぞ?」
「ほぅ」
 一瞬の静寂。そして、その後に紡がれたそれは――。
「どわっはっはっ!」
 爆笑であった。
「な、何じゃ! 人が真面目に言っ――」
「いやはや。それも合点が言ったわ。嬢ちゃん方――一人、男も混じっているが、お前らが一歩引いてた訳がな。そうかそうか。只の好色漢と思われてたか」
 それがツボに入ったと破顔を崩さない。だが、その声も、一瞬にして冷めていく。
「そいつに関してはお生憎様って言ってやろうか。俺にも好みってのがある。それとな」
 言葉が一瞬だけ途切れた。そこに込められた想いは、おそらく、ケルベロスの誰もが理解出来ない物なのであろう。
「そこの兄ちゃん以外は全員、元お仲間って訳だ。だからって訳じゃないが」
 視線は巡る。ウェアライダーのえにか、括、ミリム、そしてユーシスに。レプリカントのジェミに。そして、シャドウエルフのリリエッタに。
「お前達が自殺の道を選んだのは構わねぇよ。どうせ、俺達は最後の一人になるまで殺し合う運命だ。だが、俺達ファミリーは、全員が全員、最後の一人となろうと誓った。だから、俺は」
 構えた太刀は正眼に。そこに込められたのは敵を打ち砕くという絶対の意志。
「自殺なんて絶対にしねぇ」
「そう」
 小さくリリエッタは独白する。無限の寿命を持つデウスエクスにとって、定命化の捉え方は様々だ。獣獅郎にとってそれは、100年程度で命を終わらせる生き様――即ち、緩慢な自殺と言う認識なのだろう。
 それは彼女ら――定命化を選んだ先祖や今を生きる自分達に対する否定でもあった。そして、リリエッタにとってのそれは、看過出来ない侮蔑でもあった。
(「私は――私たちは現在を生きている!」)
「ルー、力を貸して! ――これで決めるよ、スパイク・バレット!」
 背後に残霊が立つ。華と彩られた親友の影から伸びた掌は自身の手に重なり、そこに集う魔力は茨棘の色に染め上げられていく。
 それこそが茨の弾丸であった。二人の手によって射出されたそれは獣獅郎に着弾すると縦横無尽に急成長し、その身体を縛り上げていく。
「眼を見開きとくとご覧あれ! 刹那のショーを!」
「蘆原に禍事為すは荒御霊。荒ぶり来たらんものを通す道はないのじゃ。おぬしの悪行もここまでじゃよ」
 追撃はミリムの呼び覚ます奇術、そして括の災厄の弾丸だった。爆発と穿ち。その二種に抉られ、獣獅郎から零れたのは、驚愕にも似た呻き声だった。
 そしてその身を幾多の刃が貫く。
 それは炸薬に加速された計都の斬撃であり、そして、ジェミの大鎌による虚無の一撃であった。
「ぐ、がっ」
 だがそれでも、獣獅郎は踏みとどまる。自身の死が家族を、そして仲間達を窮地に陥れる。それが彼が倒れる事の出来ないたった一つの理由でもあった。
 一矢報いるべく振り下ろされた太刀は、肉薄した計都の頭を捉える。自身の抱く二つ名通り、見事な唐竹割りであった。
「こがらす丸!」
 しかし、その一刀は彼に届かない。彼のサーヴァントが行った横合いからの体当たりによって、阻害された為に。
「ちっ。締まらねぇ」
「そうね。おばちゃんもそう思うわ。――じゃ、鍵は貰っていくわね。勝負事に恨みっこ無しって事で」
 無数の乱撃が獣獅郎の身体を襲う。それがユーシスの纏うオウガメタルが繰り出した鉄拳だと彼が気付くや否や。
 獣獅郎は自身の意識を手放す。死に顔は悔悟と諦観が混じった、複雑な形をしていた。

●月の鍵と蒼槍と
 バラバラとヘリオンのロータリー音が響く。
 今頃、他のメンバーも無事、保護なっている頃合いだろうか。
「よくもまぁ、リューインさんはあれに耐えきったよなぁ」
「運が良かった、と言う他ないやもしれんな」
 計都の台詞に括が同意する。メディックの支援無く、使役使いの体力で獣獅郎の斬撃を受け続け、命を落とさなかった。それだけで僥倖だと思う。
「だよねー」
 うんうんとジェミが鷹揚に頷く。浮かぶ遠い目は、強敵に何かを告げようとしているのか。その内容を彼女の横顔から読み取る事は出来なかった。
(「それを貴女が言いますか」)
 対して、ツッコミを入れるか入れまいか。逡巡した挙げ句、えにかは自身の言葉を飲み込む。ユーシスとえにかの治癒によってその腹部には今、傷痕一つ残っていないが、割腹の損傷など洒落になっていない。傷が残ったらどうするつもりだったのか。
「リューイン、大丈夫かなぁ」
「帰ったらお見舞いに行く、でいいんじゃないかな? 喜ぶと思うわ」
 神妙な顔のミリムとリリエッタに、年長者らしくユーシスが一言添える。
「それに、一番の功労者を労うのは悪くないわ」
 視線の先で、リューインらが得た物――月の鍵が、静かに輝いていた。

作者:秋月きり 重傷:リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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