竜十字島救援~ Lapin de lune

作者:そうすけ


「待つのじゃ!」
 あまりの素早さに、『道化』ランバーニは目の前に立ちはだかったゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)を避けて抜くことができなかった。
 月の鍵を手にしたケルベロスが逃げていく。その背を『唐竹割りの』獣獅郎が追っていく。
 他の仲間は、と横目で伺えば、自分と同じようにケルベロスから足止めを食らっていた。頭領のトロピカル・コングも、だ。
「ちぃ……」
 ランバーニは長い耳を後ろへ寝かせ、赤い目を細めて邪魔者を睨む。
「そこをどきたまえ、ケルベロス」
 水墨画から抜け出て来たような老竜人の口から、軽く乾いた声が洩れる。
「そう急ぐこともあるまい。どうじゃ、この老骨と手合わせしてみぬかえ?」
 わしの名はゼー・フラクトゥール。
 ゼーはひょうひょうとして名乗りをあげると、自然体で得物を構えた。
 ランバーニは耳をピンと立てると、すっと体を後ろへ引いた。ゼーとの間にわずかな距離を取ってから、くたりと片耳を折りまげ、腹に白手袋の手を当てて、クツクツとくぐもった嗤い声をあげる。
 ゼーは白銀のあごひげをひとしごきした。
「はて。わしが何かおかしなことを言うたかのぅ」
「手合わせ? この私と……お前が? ……ククク、占うまでもない」
 ランバーニは左手に浮かべていた天球儀を消すと、腰帯からゾディアックソードを抜き取った。剣先をすっとゼーの胸に突きつける。
「『道化』を前に『道化』る者よ。数秒後、お前は地にひれ伏している」
「そんなことはやってみなくてはわからん。のう、リィーンリィーン?」
 白い毛並みが美しいボクスドラゴンが、墨色をした竜翼の裏から滑るように出てきた。
 くちばしを開いて低い声で唸る。
 何か爆ぜ、大地が揺れた。周りで戦いが始まったのだ。まばゆい光がいくつも走り、地に影を躍らせる。
 ランバーニは剣先を下げると、見えざる観客に向かってお辞儀した。
「これより老いた竜による最後のショーのはじまりでございます。お相手は月の兎……みなさま、勝負は一瞬でございます。老竜の無様な死にざま、お見逃し無きよう」
 ランバーニは顔に狂気じみた笑みを浮かべた。


「みんな、緊急事態だ! 竜十字島の調査に向かっていたケルベロスたちが、大ピンチなんだよ!」
 ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)の顔は、恐怖で青ざめてひきつっていた。
「竜十字島に隠された『鍵』を発見した直後に、敵が現れて調査隊が取り囲まれる予知があったんだ。このままだと、みんな殺されて『鍵』も奪われてしまう」
 震える声でそう言い切った。
 どうやら調査隊を取り囲む敵たちは、只者でないようだ。調査隊が見つけた『鍵』は、敵にとってよほど重要なものなのだろう。
「今から急行すれば、予知にあった襲撃の数分後には駆け付けられる。さあ、ヘリオンに乗って! すぐ出発だ」
 詳細な説明を受けぬまま、ケルベロスたちは急いでヘリオンに乗り込んだ。
 離陸して数秒後、スピーカーを通じて操縦機のゼノから説明があった。
「調査隊は『鍵』を持ち帰る為、バラバラになって敵と戦っている。だからこちらも竜十字島に8チームで応援に向っている」
 小さな窓の外に編隊を組んで飛ぶ他のヘリオンがあった。
 いま、他のヘリオンの中でもケルベロスたちがヘリオライダーから説明をうけ、作戦を立てているはずだ。
「みんなに助けて欲しいのはゼー・フラクトゥールとボクスドラゴンのリィーンリィーン。敵はズーランド・ファミリーの一員、『道化』ランバーニだ」
 ゼノが予知で得た『道化』ランバーニの情報を明らかにする。
「ランバーニはウェアライダーの螺旋忍軍で、ゾディアックソードが武器だよ。螺旋忍軍が使う技のほか、星座に関した技を使う。トリッキーな動き……かなりスピードがあって回避能力に優れているみたいだ。ヒット&ウェイ戦法をとるよ。詳細はプリントを見て」
 プリンターが動いて紙を吐き出した。
 一番近いところにいたものが、落ちた紙を拾い上げて全員に配った。
「……あと、あまり言いたくないんだけど……救援時点でゼーが敵に倒されているかもしれない。そうでなくても、かなりダメージを受けているはずだから……。合流したらすぐに回復してあげて」
 かなり際どいことになっているようだ。
 一刻も早く現場へ、と気は焦るが、すでにヘリオンは最高速度で竜十字島に向かっている。
 沈黙していたスピーカーが再びゼノの声を伝える。
「『鍵』は、マスタービーストに関わるアイテムである可能性が高そうだね。敵が獣人型であるのも、それが理由であるのかもしれない」
「『鍵』の発見で、大阪のグランドロンにも動きがありそうなんだ。早急な対策が……事が動き出せば一人でも多くケルベロスが必要になる。……調査隊もみんなも、全員無事に戻って来て欲しい」


参加者
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)
フレデリ・アルフォンス(ウィッチ甲冑ドクター騎士・e69627)

■リプレイ


 星屑の尾を引きながらゾディアックソードが風を切り、膝を折ったゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)へと迫る。
「死ね」
 両目をかっと開いたまま、ゼーは動かない。
 ――直撃。
 いや、ゼーはわずかに首を傾げて刃先を避けていた。
 瀕死の箱竜のリィーンリィーンが、封印箱ごと横からゾディアックソードに体当たりして、ゼーがかわした刃を更に遠ざける。
「ちっ、まだ動けたのか」
 『道化』ランバーニは悪態をつきながら、横へ弾き流された剣を引き寄せた。
「まったくもってしぶとい。ズーランド・ファミリーの一角であるこの私を、ここまで手こずらせるとは……いやはや」
 剣に体当たりして師を助けたリィーンリィーンは、幾度も攻撃を受け、もう飛ぶ力すら残っていない。だらりと広げた翼を引きずりながら、ゼーを守らんと膝の前に戻る。
 白く美しかった毛並みは土埃で汚れているが、眼前の敵をにらむ瞳はまだ輝きを失ってはいなかった。
「その体でまだ死にかけのじいさんを庇う? ふはは、なんて健気なチビなんだ。いいだろう、一緒に切り殺してやる」
 ランバーニは一歩、二歩と前に進み出てゼーたちと距離を縮めた。
「じいさん、今度こそ終わりだよ。辞世の句? いま思いつくなら聞いてやるぞ」
 その時、ゼーの口からふっと笑うような息が漏れた。
「なにが可笑しいのかな?」
「いささかしゃべり過ぎじゃのぅ。まったくもって『道化』とは言い得て妙じゃ。ほれ、いまもお喋りに夢中で手が止まっておる。まあ、おかげで助かったがのぅ」
 ランバーニは鼻筋に皺を寄せ、長い耳を寝かせた。
「まだ聞こえぬかえ? わしにはよーく聞こえておるがのぅ……仲間たちの、ケルベロスの力強い足音が」
 老獪なドラゴニアンは、端から自分たちだけでランバーニを撃破しようとは思っていなかった。
 ちゃらちゃらした言動とは裏腹にランバーニがかなりの使い手であることを瞬時に見抜いたゼーは、それとは悟らせぬように、月の鍵を託したリューインの逃走と、ケルベロスの仲間たちが助けにくる時間を稼いでいたのだ。
 ゾディアックソードを握る皮手袋が鳴る。
 次の瞬間、ランバーニの足が鋭く振り上げられた。


 思わぬ下からの打撃に、顎を強打されたゼーは上半身を仰け反らせた。そこへ柄を握り直したランバーニがゾディアックソードを振り下ろす。
「お待たせ!」
 二人の間に飛び込んできた橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)が、流星の一振りを光り輝くグラビティの盾が防ぎ止めた。
 星の加護を受けた鋭い刃とマインドシールドの光装甲が鎬を削り、火花が散る中で、芍薬とランバーニが睨みあう。
「二人とも大丈夫……じゃないわよね。とりあえず、九十九やっちゃって」
 テレビウムの九十九が光盾の下から顔を光らせて、ランバーニを怯ませた。
 白光に凛とした声が響く。
『聖王女よ、彼の者に加護を!』
 フレデリ・アルフォンス(ウィッチ甲冑ドクター騎士・e69627)の言葉とともに空に花びらが舞い、輝き放つ灯が現れた。
 聖なる灯は広がって白き翼となり、深手を負ったゼーとリィーンリィーンの体を優しく包み込む。
「そこの兎、『お年寄りをバカにしちゃいけません』と教わらなかったのか?」
「ほう、それではまず、この私に敬意を表してもらおう。年寄りというなら、私はこの中で一番年を重ねている」
「詭弁を弄するな!」
 身にまとった甲冑を黄金色に光らせながら一歩前に踏み込んだフレデリに対し、ランバーニはおどけたしぐさで後ろへ跳び下がる。
「詭弁? 私はお前たちが生まれるはるか前から『黄金に輝く月』にいて、この星を見おろしていたのさ」
 構え直した鋭の先を芍薬、いや九十九の顔面モニターに据え、細めた目で新たに現れたケルベロスたちを順にねめつけていく。
 破裂寸前の緊迫した空気の中で、ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)はゼーに向けて腕を伸ばし、活力に満ちた気を飛ばした。
 テレビウムの『あるふれっど』も応援動画を流してリィーンリィーンを鼓舞する。
「ゼーおじさま、しっかり」
「おお、ゼルダ殿。良く来てくれたのぅ」
「ゼノくんが予知してくれたから間に合えたんだもの、皆で一緒に帰らなくちゃ。無理はだめ。さあ、こちらへ。一緒に戦いましょう」
 ケルベロスたちは、毛を逆立てる兎を半月の形に取り囲んだ。完全に取り囲もうと二度、三度と試みるが、背後は取らせてもらえない。
 ――と今度はランバーニの足が、じり、じりっ、と一寸刻みに横へ動き始めた。
「てめぇが考えていることなんて丸わかりなんだよ!」
 兎の赤い目がゼーを盗み見たことに気づくや、グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)は射線を断ち切るように敵の懐へ飛び込んだ。
 舌打ちの音とともに振り下された刃の下を掻い潜り、固めた拳を鳩尾に爆発の、痛烈な一撃を見舞う。
「おらっ、どうよ!」
 衝撃波が狂兎の背を突き抜けて、背後にあった木の幹を揺らし、葉を騒めかせた。
 うっ、と呻いてランバーニが体を折る。
「好機!」
 横から走り込んできたオニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)が、長耳を垂らす頭へチェーンソー剣を豪快に振り降ろす。
「ぬう!」
 唸りを上げて回転する刃が、柔らかな兎の毛を刈って風に飛ばす。
 身を切るギリギリのところで、ランバーニは体を捻って回転刃から逃れた。そのままバランスを崩して横へ転がる。
「お、おのれ……」
 立ち上がったランバーニの頭に小さなハゲができていた。
「ほう、吾の一太刀をかわしたか。汝、なかなかやるな!」
 こんどはちゃんと首を刈ってやろう、とオニキスは大地に食い込んだチェーンソー剣を抜いた。
「さあ、ハゲ兎。吾と死合え」
「失礼、オニキスのお嬢さん。ちょいと割り込ませてもらうぜ」
 ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)は、バズーカ―に変形させたドラゴニックハンマーを肩に担いだ。
 兎が反撃に移る前に素早く照準を合わせ、竜頭弾をぶっぱなす。
 ランバーニはゾディアックソードを前にして砲撃を凌ごうとしたが、剣を構えたままの状態で押し飛ばされて、木の幹に背をぶつけて止まった。両足の前に引かれた二本線の長さが、砲撃の威力を物語っている。
 ミシミシと音を立てて、ランバーニの後ろの木がゆっくり倒れ始めた。
 叫び声のように甲高い、木の裂ける音がして、それが消えると次に短いうめき、ざわめき、こすれるような音が続いた。鈍い、どよめきのような音とともに幹が地面に倒れ、揺れる。
 直後、衝撃波が広がって地面をはらい、あたり一面が土ぼこり埃と闇に包まれた。
(「こうも容易く追い込まれてしまうとはな……少し遊びが過ぎたか」)
 このまズルズルと駄犬どもの相手をしている場合ではない。月の鍵を追わねば。
 ランバーニはこの機に乗じて動いた。ダメージを受けた直後に関わらず、軽い身のこなしで土埃に沈む半月の囲いを跳び越える。
「ショーは終わりだ」
 土埃が晴れた空にクリムゾンスターの赤い色が光り、ウサギの形をしたオーラが宇宙空間の冷気を纏ってケルベロスに飛びかかった。
「御機嫌よう、さよう――!?」
 空中で身を返して逃げ出すランバーニの足に、重力の黒い鎖が絡みつく。
 鎖の先を握っているのは、全身に禍々しい死影の呪紋を浮かび上がらせた淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)だった。
 死狼は攻撃を受けてもランバーニから目を離さなかったのだ。
「ちょこまか動こうが、捕まえちまえばこっちのもんだ!」
 ぐいっと腕を引いて、死狼は狂兎の足首に絡んだ鎖を締めつけた。体を回しながらケルベロスチェインを肩に担ぎ、力いっぱい引き倒す。
「このまま放さず、地獄に叩き落としてやらあ!」
 脱走を試みた兎は、ケルベロスが作るゲージの中へ投げ込まれた。


 丸い囲いの真ん中で、捕らわれた兎は体を弾ませた。
 九十九が顔のモニターを激しく瞬かせて、身を起こしたばかりのランバーニを怒らせる。
 額にかざした手の下で、目の色が赤から金色へ変化していく。
「ショーの続きをお望みか! 命知らずの愚かものどもよ!」
 芍薬は右下段に選ばれし者の槍を構えて、囲いの中に踏み込んだ。
「ええ、是非。でも、ショーの内容は変えさせてもらうわ、あたしたちが馬鹿兎を退治するものにね!」
 芍薬の手元から伸びるように繰り出された突きは神速に達し、稲妻を帯びる穂先が回避する狂兎の脇腹をえぐった。
 狂兎は槍に突かれた勢いを利用して駒のように体を回しながら、星座の力を解放したゾディアックソードを薙ぐ。
 先ほどと同じ攻撃。
 ケルベロスたちは見切りをつけてかわそうとした。
「――!!!」
 狂い猛るランバーニの力が、僅かにケルベロスたちの動きを上回った。
「お婿さん!」
 ゼルダを庇ったあるふれっどが地に伏す。
 同じく仲間を庇いに入った芍薬と九十九、グラハと死狼が傷を負い、少なからぬダメージに膝を折った。
「あるふれっど殿はリィーンリィーンが助ける。ゼルダ殿はみんなを癒すのじゃ」
 リィーンリィーンがあるふれっどに属性注入するその後ろで、ゼーはゼルダにマインドシールドをかけた。
「ありがとう、ゼーおじさま」
 ゼルダは人差し指の背で目じりに浮かぶ涙を拭きとると、自ら精製した回復薬を入れた瓶を取りだした。
 空高く放り投げられた瓶に過剰反応した狂兎が、ゾディアックソードで叩き割る。
 空に萌るような緑色の霧が広がった。
 傷ついたケルベロスの体を、静かに降り注ぐ命の雨が癒していく。
 フレデリは全身からオウガ粒子を放出してグラハをバックアップする一方で、ローラーダッシュし、回復の邪魔をさせないように炎を纏った激しい蹴りでランバーニを牽制する。
「――守るも潰すも必要だってんなら、遂げてやろうじゃねぇか」
 フレデリからの支援を得たグラハは、狂気に顔を歪ませると、全身から怨念の黒い霧を噴出させて鎧のように纏う。
『ドーシャ・アグニ・アーパ。病素より、火大と水大をここに与えん。――これこそ最後の晩餐、ってか? 己で己を貪り殺せ』
 月の魔光に狂う兎を、悪霊鬼が狩る。爆発した黒く大きな拳で、振り下されたゾディアックソードを叩き折り、鼻を叩き潰した。
 狂兎はすかさず螺旋を乗せた左の手のひらを突きだして、グラハの黒い鎧を粉砕する。続けざまに折れたゾディアックソードを振りかざし、殴りかかろうとした。
「くそ犬どもが! 私は月の鍵を取り返す。これ以上、じゃれついてくるんじゃねぇ!」
 地に火粉の弾けるの筋を残し、オニキスが韋駄天のごとく駆ける。
「『鍵』とやらに随分執着するではないか。くく、そう簡単には渡せぬよなあ?」
 オニキスは戦いの喜びに身を震わせながら、跳んだ。曲げた膝を腰より高く上げて振りぬき、流星の蹴りを放つ。
 飛び別れて互いに距離をとった後、ランバーニは片手で血を流す鼻を押さえた。ふん、と鼻から息を抜く。血の塊が土に落ち、黒い染みを作った。
 己を律するように、とんとんとその場で小さく飛び跳ねる。
「ちょっといいかな?」
 ヴィクトルは落ち着き払った声を出しながら、魔導機にグラビティチェインを集めて大猫の姿に変えた。
「今、ゼーの仲間が手にしているもの……、お前さんらが取り戻そうとしているのは何だ?」
「なんだと思う?」
「ふむ。こいつがお前さんを襲っている間に考えてみよう」
 ヴィクトルはガジェットを兎狩りへ解き放った。
 機械仕掛けのリンクスは真っ直ぐ狂兎に飛びかかり、鋭く尖った金属の爪で肩から胸を引き裂いた。
 ヴィクトルはガジェットを回収し、変形を解いた。
「もしかして、レプリゼンタ・ロキが言っていたというマスター・ビーストのガジェットなのか?」
「は? お前たち、レプリゼンタ・ロキの知り合いなのか。いまお前が言った『ガジェット』とは……融合実験体の事を指して……」
 狂兎の金の目が、危険なほど細まる。
「ふん、あのような失敗作と比べられるのは業腹だな」
 ガジェッティアの血脈の出であるヴィクトルは、月の鍵についてずっと気になっていた。だから、月の鍵がマスター・ビーストのガジェットなのではないか、と問うたのだが……。
 ロキの名が出たことに驚き混乱したランバーニは、自分を含めたズーランド・ファミリーを指していると勘違いしたようだ。
 フレデリに顔を殴られ、頭を激しく揺さぶられた影響が出ているのかもしれない。
「まぁ、知り合いというなら丁度良い。レプリゼンタに伝言を頼むよ、私たちは模造品だが、いつかお前たちに並び立ってみせるとね」
 今度はケルベロスたちが戸惑ったような顔をした。
 それを見て、またもランバーニは勘違いをする。耳と耳の間、頭の一部に丸ハゲを作り、鼻が潰れて真っ赤に膨らんだ顔に、口か割けたような笑いを浮かべた。
 まさに道化そのものだ。
「ああ、すまない。お前たちはここで死ぬのだから、レプリゼンタに伝言なんてできないな」
 道化兎の戯言に、死狼が噛みついた。
 ケルベロスチェインを握りしめ、腹の底から吼える。
「やれるものならやってみやがれ。仲間は誰一人としてやならせない。僕は自分を抑えずに戦うだけだ!」
 一足飛びに距離を詰めると、ランバーニの首にケルベロスチェインを撒きつけた。螺旋掌を腹に叩き込まれながらもひるまずに釣り上げる。
 フレデリが清浄なる灯の熱で、ねじれ切られた腹を修復してくれた。
「うおぉぉっ!!」
 鎖を巻きつけたまま、死狼はランバーニを頭から地面に叩きつけた。何度も、何度も繰り返す。
 限界まで鎖が張ったところを狙い、ランバーニは折れた剣の根元で断ち切った。
 反動で鎖は蛇のようにくねり、恐ろしい勢いでランバーニの手首を叩き折る。
 高くバウンドした狂兎の手からゾディアックソードが滑り落ちた。
「あとは叩き潰すのみだ!」
 グラハは落下地点に向かって突撃した。伸ばした黄金の角で落ちて来たランバーニを突き、再び空へ飛ばす。
「最後まで手は抜かぬ。吾は汝と全力で戦うぞ!」
 オニキスは手首を鋭い歯で切ると、呪われし竜の血を指先に集めた。混沌の水に混ぜ込んで、蹴鞠のような赤と黒の筋が入った玉を作り上げる。
『雪げぬこの血の呪い、汝にも分けてやろう。祟れ、捕喰竜呪!』
 蹴り上げられた呪いの毬は青い空を割り裂いて闇を広げ、ランバーニを月の光がとどかぬ地獄の底へ叩き込んだ。


「やれやれ、これでようやくほっと一安心じゃ。次の舞台は月になるのかのぅ」
 ゼーの言葉にぼんやりと頷きながら、ヴィクトルは葉巻の吸い口を切った。口には運ばず、左手の指に挟んだまま、ランバーニが残したレプリゼンタへの伝言を思い返す。
(「『私たちは模造品だが、いつかお前たちに並び立ってみせる』……か」)
 葉巻を口の端にくわえて顔をあげる。
 いつの間にか空に月が浮かんでいた。

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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