●追跡
ズーランド・ファミリーの誰もが、リューイン・アルマトラを追う。
そのズーランドファミリーを、ケルベロスたちが追う。
ティアン・バ(褪灰・e00040)が躍り出たのは、ゴリラの獣人『ザ・ボス』トロピカル・コングの前であった。
「行かせるものか」
「私を倒すつもりか、お嬢さん?」
笑むトロピカル・コングに、ティアンは黙って首を振る。この状況がどれだけ不利なものか、ティアンは重々承知している。けれど口から零れるのは淡々とした言葉、あるいは宣戦布告だ。
「まさか。足止めができれば充分だ、リューインが完全にこの場を離脱できるまで、な」
「ほう、私も舐められたものだな……良いだろう、君を倒した後に『鍵』を追わせてもらうとしよう」
トロピカル・コングが不敵に笑み、構えた。
●ヘリポートにて
いたく真剣な表情で、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)がケルベロスたちに告げる。緊急事態だ、と。
いわく、竜十字島の調査に向かっていたケルベロスの調査隊が危機に陥る余地が成されたという。
「彼ら彼女らは竜十字島に隠された『鍵』を発見したようなのだが、突如現れた敵によって危機に陥ってしまう。このままでは調査隊は全滅し――『鍵』も敵に奪われてしまうだろう」
調査隊の面々は『鍵』を持ち帰るため、それぞれ個別に敵と戦っているようだ。
今から竜十字島へ向かえば、予知によって判明した襲撃開始から数分後には駆けつけられるという。
「こちらのヘリポートからは、調査隊の一人であるティアン・バのいる場所へと向かって欲しい。彼女が戦っているのは、突如現れた敵『ズーランド・ファミリー』の頭領である『ザ・ボス』トロピカル・コングだ」
救援到着時、状況によってはティアンがトロピカル・コングに撃破されている可能性もありえる。そうでなくとも、相当のダメージを受けているのは確実だ。救援に駆けつけたのなら、彼女を回復する必要もあるだろう。
「トロピカル・コングは、ズーランド・ファミリーの頭領だけあって高い攻撃力を誇る。礼節を重んじる理知的な紳士ではあるが、敵と見なした者には容赦なく武力を行使するようだ。状況が状況だ、交渉などは不可能と見て間違いないだろうな」
戦闘において、トロピカル・コングは3つのグラビティを使用する。
ポケットから取り出したコインに炎を纏わせて弾き出す、拳に風を纏わせて相手に叩きつける、地割れを起こすほどに大地を踏みしめて加護を破壊する、といったものであるようだ。特に威力が高いのは風を纏わせた拳だと、ウィズが付け足す。
「『鍵』の発見で大阪のグランドロンにも動きがありそうだ――が、今はティアンの救援が優先だ。今後のことは、ひとまず調査隊の救援と『鍵』を持ち帰ってから考えた方が良いだろうな。君たちなら彼女を救えると、信じているぞ」
少しばかり思案顔になっていたウィズはすぐに顔を上げ、次いでケルベロスたちに頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
ティアン・バ(うしろすがた・e00040) |
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122) |
叢雲・蓮(無常迅速・e00144) |
フィー・フリューア(歩く救急箱・e05301) |
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206) |
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331) |
除・神月(猛拳・e16846) |
ミレッタ・リアス(獣の言祝ぎ・e61347) |
●拳
「曲がりなりにも『ザ・ボス』なのでね。全力で戦わせてもらう」
トロピカル・コングは帽子と上着を脱いだ。
高練度のケルベロスであるティアン・バ(うしろすがた・e00040)にはわかる。コングは一派の首魁というだけあって半端な強さではない、と。
先に動いたのは、コングだった。
弾かれるコイン、その速度を認識はできたがあと一歩、回避までは及ばなかった。
痛みと熱が、ティアンの肩口を抉る。
「……遠距離攻撃でこれか」
受けるダメージを半減できているとはいえ、その痛みは凄まじい。何度も受ければ、すぐに戦闘不能となってしまうことだろう。
ティアンは自身を癒やすべく、叫びを上げた。喉の奥にある傷が声量を制限するが、それが何だというのだろう。今ならば傷が割けても構わないと張り上げた声は、どこまでも届きそうなほどだった。
「攻撃に出ないのなら、足止めは出来ないぞ」
コングが踏み出す。間合いを調整するように、ティアンが下がる。木を避けるようにして下がるティアンの動きは、月の鍵とは逆の方向に誘い込むためのものであった。コングが気付いていようが、この際どうでもいい。少しでも月の鍵との距離を取れれば。
大木の幹に背を預けながら、ティアンは地を割る一撃を受けた。
眉根を寄せつつも引き金を絞り、銃弾を射出する。弾丸がコングの胸元に埋まり、シャツが血に染まった。コングは微動だにせず笑む。
「銃か。銃はシンプルでいい、引き金を絞れば弾が出るからな。拳も同じだ。叩き込めば――」
コングが拳を振り上げる。ティアンは背にしていた大木を蹴り、コングの背面に抜けようとする。追うようにして振り返るコングがティアンの背に拳を伸ばしたその時、衝撃音が森の中に響いた。
「しっかり聞こえたぞ、ティアンの声」
全身で拳を受け止めたアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が、にっこりと笑った。そうしてアラタがコングと相対している間に、ケルベロスたちはコングの包囲を開始する。
「レスターさんとフィーさんを先頭に、森の中を突っ切ってきました。それと、霧島さんが声と音の方角を示してくれました。結果、2分ほどで到着できたみたいですね。ティアンさんが無事で良かったです」
どこかのんびりした様子で告げるミレッタ・リアス(獣の言祝ぎ・e61347)の言葉に、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)とフィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)が頷く。
「ひとまずは無事で何よりだ」
ティアンにとって聞き慣れた、奏多の落ち着いた声音。
「ミレッタに同意。ティアンが無事で良かったけど――ねぇねぇ、何してくれちゃってんの?」
赤頭巾姿の少女の態度も、慣れたもの。
「何、って――コングの足止めだ」
「へぇ! 一人でここまで抑え切るなんてカッコいいじゃん!」
「ティアン姉、大丈夫!? 傷は――火傷と、打撲かな?」
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)も、ティアンに駆け寄った。
「ああ、そんな感じだな」
火傷と、打撲。蓮の言葉を胸の内で復唱して、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は右腕に灯る銀の炎を滾らせた。
「……もう一度こいつに手を出してみろ。その首、月まで斬り飛ばしてやる」
明確すぎる殺意に、コングは肩をすくめて笑う。
「ってわけデ、一対八ダ。ここは通さないゼ。覚悟しナ、コング!」
両の拳を打ち鳴らし、除・神月(猛拳・e16846)はにかっと笑った。
●問
「さて、あんたに質問だ。頭領が狗の群れも潰せねえなぞ部下はどう思う」
「頭領として認めんだろうな」
コングと問答をしつつ、レスターは蜃から揺らめく陽炎のような光を放った。届く先は、隣に立つティアンだ。今のうちに下がれ、と鋭い眼光で告げる。
しかし、ティアンは首を振る。
たった2分戦っただけだが、ティアンは充分に理解していたのだ。攻撃も回復もできない状態が、戦線の崩壊に繋がりかねないと。
そんな緊張感を持ちながらも不思議と負ける気はしないのは、どうしたことだろう。
――皆いるからだろうか。傷跡をなぞるにとどまった言葉は音にはならず、代わりとばかりにティアンは炎弾を以てコングの体力を奪った。
「よし、アラタもティアンの傷を治すぞ! 先生は後ろを頼む!」
アラタがここに立つのは、ただ彼女がケルベロスであるから。そして、ティアンを信じているからだ。
緊急切開をするアラタと後衛に風を送るウイングキャットの先生の動きは素早く、的確だ。
「ティアンがどう戦うにせよ、まずは傷を癒さないとね!」
フィーが取り出した薬瓶から、黄金の光が溢れてくる。あたたかな光は、優しく傷を塞ぐ。
「ありがとう、フィー。……必ず全員無事で、竜十字島を出よう」
「ティアンがそれ言う?」
「確かに」
噴き出すフィーに釣られるように、ティアンの口角が上がった。
何度も共に仕事をした相手に救われた今日は、せめて竜十字島で死なない人の思い出を作ってあげられるように。
そう思案したティアンの視線が、奏多と重なる。この男には一人の所を見られてばかりのような気がして、どんな表情を浮かべていいかわからなくなる。
奇しくも、奏多も昔のことを思い出していた。
いつか誰かが彼女に向けた『僕は無責任に貴方を生かしてみせます』という言葉。今と異なる状況でのものだが、不思議と脳内で追想めいて木霊している。
そうだ、それが矜持であった筈だから、
「鍵を追いたくば、ボスとして先ずは我々とお相手願おう」
表情ひとつ変えず、奏多はコングに水を向けた。すかさず繰り出される銀の拳が、コングの防備を弱める。確かな手応えを感じてなお、奏多は淡々としていた。
ともすれば気怠い雰囲気すら漂わせているというのに、離脱は無論、余所見すら許さぬという彼の気迫をコングは感じ取ったのだろう。さも愉快そうに、面白い、と呟いた。
「もし私たちを放置して行くなら行くで良いけど――つまりその間殴り続けても良いのよね?」
ミレッタが、花信の蹤で軽やかににこやかに蹴りつける。到着時の雰囲気はどこへやら、次の瞬間は佇む木を蹴り、次いでコングの攻撃で割れた地面を避けて着地するその様子は、森を狩場とする兎そのものだ。
ミレッタの着地音と重なるように、何か小さなものがコングの腕を貫いた。
「念のため言っておくガ――女を放って自分の用事ってのはダセェんじゃねーノ?」
神月の放った小石だ。ただの石であっても、神月の手にかかれば弾丸となる。
蓮は刀を握ったまま拳を振り上げ、
「そうだそうだー! ついでに男の娘も放っておいちゃだめだぞー!」
強かな雷が蓮によって落とされると、コングの衣服も毛並みも焦げる。しかし、コングはまるでたじろがない。ゆっくりと息を吐き、ケルベロスたちを見渡した。
何度も重ねられた問いの答えを、告げるべく。
「心配せずとも、逃げはしない。これでも一応――」
地面を踏みしめるコングの足が、また地面を割り、ケルベロスの体力を削る。
「紳士なものでな」
●個
八人のケルベロスを相手に、コングは焦りひとつ見せず立ち回っていた。
どれほどの攻撃を受けようと揺るがず、たじろがず。ケルベロスの攻撃を受け、時には回避しようとも、彼が見せる余裕は決して消えることはなかった。
「さすがは『ザ・ボス』ですね」
「お褒め頂き光栄、だな」
(「かなり攻撃を当てているのに、まだ……。いえ、コングの体力は有限。選択を誤らなければ、勝てない相手ではないはず」)
ミレッタは表情を引き締める。
「ささやきは傷。寂しくて怖くて苦しくて傲慢な呪いを」
言の葉とともに地面から放たれた、無数の鎖。それらが怨嗟と嫉妬を具現化したものであると知っているのは、ミレッタだけだ。
禍々しい鎖に数秒ほど拘束されたコングは、にやりと笑った。
「来ます、気をつけてください!」
コングの拳に、風が収束しはじめる。
同時にレスターが眼前で盾の如く構えた、骸と云う無骨な大剣。
コングの動きは存外素早いが、常に射線上を位置取っているレスターであれば比較的容易に庇える。
柄を握る指ごしに衝撃が伝わり、確かな痛みを受ける。
しかしレスターに恐れは無い。怯む理由もない。何かを感じ取ったのか、コングは目を細めた。
「ふむ、良い目をするな」
骸に銀の炎を灯したレスターが相手の拳を粉砕せんばかりに叩き込む一撃は、返答ともつかない。
ただ奥底で思うのは、大切なものを奪われるのは一度ですら辛いということ。二度目など到底許せるものではないということ。己の身ひとつ投げ出すだけで救えるのなら、なんと安い対価なのだろうということ。
「生き延びさせてやると、約束した」
父が娘に向けるような言葉の温度に、レスターの後ろに立つティアンは頷いた。その動きを気配だけで感じ取るレスターは、骸を構え直す。
二人を中心に、フィーの放ったオウガ粒子の光が癒しを届ける。
現状は、それなりにケルベロス側が優勢ではあると奏多は判断した。
コングの能力をいくらか下げることに成功しているし、回復も手厚い。
若干の不安があるとすれば、自身の命中率か。比較的コングへと攻撃しやすい位置を取りつつ自らを癒し、奏多は次手に備える。躊躇う理由はもう、無いのだ。
特性の金色キャンディを口の中で転がしながら、アラタは「ひょうひへば」と口にした。音が不明瞭と気付いて、口の中でキャンディを片頬に寄せて言い直す。
「そういえば『ズーランド・ファミリー』といったか? 聞かない名前だが……」
怪訝な顔をするアラタが、一度言葉を切る。先生がひっかいても微動だにしないコングが、続きを待っているようだ。
「動物園の素敵な仲間か!?」
本気とも冗談ともとれぬアラタの言葉に、コングは破顔した。それは予想外の反応であったから、アラタは首を傾げた。
「うん? 正解なのか? 違うのか?」
「うむ、素敵な仲間であるのは間違いない。いずれ、唯一にして最強の個としてマスター・ビーストに仕える仲間なのだからな」
「はア? マスター・ビーストに仕えル? どうしてそうなるのか知らないガ、そうはさせねーゼ! あたしの爪デ、ズタズタに引き裂いてやるゼェ!」
コングの言葉に反応した神月の腕が、パンダの毛並みで覆われた。暗器のように指先から出現した爪は、瞬く間にコングの腹部を深く抉る。それも、既にある傷を抉る形で。
「うん、よくわかんないけど、絶対にここで倒さなきゃいけない予感だけはするよね」
呪いを宿した剣を居合いの如く抜いた蓮はコングの背に直線の傷を刻んだ。その後は地面を蹴り、刀を抜く隙をうかがう蓮だ。笑みを浮かべる蓮の様子は、鬼ごっこかかくれんぼか、いずれにせよ純粋に遊びを楽しむ子どものそれだった。
●生
生成した弾丸がアイスブルーの目に映っていたのは、ほんの刹那だった。媒介とした銀の感覚が奏多の指先に残るうちに、弾丸が炸裂したからだ。
コングの胸元を貫いた弾丸は、彼の体の向こうで姿を失う。
呪詛を載せてなお美しい刃が、コングの懐に迫る。最小限の動きで回避しようとするコングであったが、刀を握る蓮の速度が容易くそれを上回った。
「いくよ?」
銀閃は、少女のような微笑みと共に繰り出される。
蓮の斬撃に押し出されるようにして下がったコングを、ミレッタの足が捉えた。柔らかな兎の毛並みを宿してはいるが、繰り出される蹴りの威力はかなりのものだ。
コングはつんのめりながらも燃えるコインを弾き出す。いま、その射線上にいるのはアラタだ。
「――ぶれた」
突き出した手でコインを受けたアラタに光の盾を纏わせながら、ティアンが口にする。
一人で戦っている時から観察を怠らない彼女の言葉を確かに聞いたレスターは、右の腕から溢れる炎を泳がせる。ひかりの渦は網となってコングを絡め、捕らえるまで大して時間はかからない。
今度は、コングの膝がぐらついた。
「よし、行けそうだね。とどめのサポートするよ、神月さん!」
「遠慮は不要だ、神月は思いっきりいけ!」
フィーによる、神月の攻撃力を高める雷光。アラタによる、何の不安もなく突っ込めるような癒し。先生による、背中を押すような風。
「あア、ありがとナ! ってわけだかラ決着つけよーゼ、コング!」
一度だけ大きく手を振り、神月は全力で踏み込んだ。コングの正面、お互いの間合いが完全に重なる場所に。
「愉しかったゼ、お前と殴りあうのハ」
右の拳に降魔拳士の力を注ぐ神月。
「それは――良かった」
神月の拳より遙かに巨大な拳を握りしめるコング。
鈍い音、ひとつ。
神月の拳がコングの頬を抉っている。コングの拳は虚空に到達している。
クロスカウンターのような様相を呈して止まった時間は、コングが倒れたことで再び動き出した。
「ふむ……見事だ」
コングの巨体が、土の上に倒れた。その形のまま黒煙となり、風に流されて消えてゆく。
コングの拳が掠った頬をそのままに、神月は勝ち誇った笑みを浮かべた。
ミレッタは安堵したようにゆっくりと息を吐く。
「トロピカル・コングは撃破。こちらは全員が無事、ですね」
そう、ティアンを含む全員が、確かに立っている。
「だな! ティアンもみんなも、お疲れさまだ!」
誰一人倒れることなく戦いきった、この結果。かつてこの島で戦った多くのケルベロスたちに恥じぬ戦いができたことを、アラタは密かに誇りに思っていた。
「ああ、お疲れさま。今回は助かった、ありがとう」
駆けつけた者たちに礼を述べ、ティアンは頭を下げる。再び顔を上げると、珍しく穏やかな表情をしていたレスターが目に入った。
「言ったろう、何度でも生き延びさせてやると」
ゆらゆら据わらぬ首で頷くティアンを今度は確かに視界に収めたレスターは、やけに高く見える空を見上げた。
「……さあ、帰るか」
もう少しすれば、迎えのヘリオンが見えることだろう。
作者:雨音瑛 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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