磨羯宮決戦~迎撃、東京焦土地帯

作者:かのみち一斗

 『緊急連絡』『緊急連絡』『緊急連絡』『緊急連絡』……。
 繰り返される機械音声のエマージェンシーコールに、
「……観測所が捕捉、旧八王子周辺……」「形状要素を入力……識別名、磨羯宮……」
「焦土地帯です……民間人の状況は……」「……政府は……を発令、ケルベロスへの……」
 遠く、オペレーターたちの切れ切れの報告が重なる。
 その中、努めて冷静な様子を崩さず、だが緊張が隠せないセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちへ小さく頷くと話始めた。
「東京焦土地帯に、エインヘリアルの要塞が出現しました」
 その名も磨羯宮『ブレイザブリク』。
 エインヘリアル第九王子サフィーロを主とし、配下の蒼玉騎士団が守る一大要塞である。
 セリカが「最大望遠です」と前置きし、モニターへと映像が映し出される。
 衛星写真だろうか、不鮮明な画像に地表を割り裂いて出現した磨羯宮の威容と、そこから整然と出撃する多数のデウスエクスたちの影が写る。
「要塞出現と同時に蒼玉騎士団の尖兵が東京焦土地帯を制圧、周辺へと略奪を仕掛けるべく出陣したようです。指揮官は『蒼狂紅のツグハ』。残虐な性格で市街地で殺戮と略奪を行おうとしています。迎え撃たなくてはなりません」
 敵は統率の取れた騎士団であり数も多く、同時に多数を相手することは自殺行為だろう。
「ただ、彼等はエインヘリアル本星のエリート階級であり、今だ直接戦闘の機会が無いケルベロスの実力を過少に評価してるようです」
 まとまって行動せず、周囲へ分散して略奪を狙うようなので、本隊から引き離した上で奇襲や伏撃を狙うことが可能なのだ。
「『狂紅のツグハ』を筆頭に、1体の蒼玉衛士団督戦兵に率いられた5体の蒼玉衛士団一般兵を最小戦闘単位とした50の小隊で構成され、偵察を行ったり敵の撃退を行うようです」
 その総数、実に300体。分散するとは言え、一つの小隊が戦端を開けば、近くの他部隊が増援されることは確実。増援前に決着をつけるか、最悪でも撤退するしかないだろう。
 逆に、戦闘を行わずにかく乱し、多くの戦力をツグハのいる本陣から引き離すことができれば、ツグハを直接狙っての強襲も可能になるかもしれない。
 そこでツグハを討ち取るか撤退させれば、部隊全てを要塞内へまで撤退させることもできるだろう。
 続いて、セリカが旧八王子市中心部の地図と共にいくつかの画像を表示する。
「戦場は『八王子の東京焦土地帯』です。破壊の限りが行われた末に放棄された地であり、周辺に一般人はいません」
 旧八王子駅を中心に廃墟となった市街地が広がり、高層、低層ビル群、破壊された幹線道路、抉り取られ一部が地上へとむき出しになった地下街や下水道などが点在している。
 人間が消えたことで自然が戻りつつあり、旧公園など森林化が進む場所もあるようだ。
 これらを利用すれば敵をかく乱することができるだろう。
「督戦兵のエインヘリアルは、これまで送り込まれてきた罪人エインヘリアルたちと同等の戦闘力を持っています、一般兵のエインヘリアルはこれより一段落ちるようです」
 6体のエインヘリアルと、まともに正面から戦った場合、勝算は五分。
 勝てたとしても戦闘不能者が複数出るのは確実であり、その場を離脱するしかないだろう。
「ですが、ツグハの人格に影響されてか、各小隊を指揮する督戦兵のエインヘリアルも傲慢な性格をしており、面倒事は全て一般兵に押し付ける傾向があるようです。つまり」
 ──各小隊をさらに分割、各個撃破できるかもしれないということだ。
 又、督戦兵を優先して撃破できれば、残りの一般兵は戦闘継続を諦め撤退しようとするので、指揮官だけを狙う戦術も有効だろう。
 
 そこまで話したセリカ、
「危険な任務です。ですが蒼玉騎士団はエインヘリアルの王子直属であり、本星のエリート。実戦経験は少ない」
 ケルベロスたちを見つめるその眼差しに、信頼の色が加わる。
「皆さんならば、必ず有利に立ち回れるはず。ツグハの部隊を撃破できれば、磨羯宮『ブレイザブリク』の攻略を開始する事が出来るでしょう。これは千載一遇の機会なのです」
 力強く頷き、出撃していくケルベロスたち。
 見送るセリカ、小さな呟きが漏れた。
「これはエインヘリアルゲートを守護する動き……? でも……」
 その口調に険しさが加わる。
「エインヘリアルたちに何が……?」


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
レミリア・インタルジア(薔薇の蒼騎士・e22518)
モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)

■リプレイ

●焦土地帯
 八王子市街地外縁。
 崩壊した民家が立ち並ぶ路地。
 物影から一瞬現れた姿が、纏う風と共に薄れ、廃トラックの陰へ潜むと実体を現す。
 都市迷彩の外套を纏うリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)。
 小さく息を吐く、その傍らへと新たな風が二つ。
 左右から同じ陰へと集まり、実体を現した二人へ、
「どうだ?」
 足音さえも消すエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)が耳打ち、
「見つけましたわ、蒼玉衛士団が多数、市街地中心部へ」
「この距離なら絶対に気付かれないっす」
 都市迷彩の上下に身を包むセット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)が補足する。
「予定通りやり過ごす。2分待機。索敵再開30秒後に前進だ──頼む」
 迷いの無いリューディガーの指示に、頷いたセットが後方へとハンドサイン。
 離れた後方、半ば崩れたブロック塀の影に身を低めるレミリア・インタルジア(薔薇の蒼騎士・e22518)が頷く。
 レミリアが塀の裏へ移動するのと同時。再発動した隠密気流で、三人が姿を消した。

 半壊した民家内。
 朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)が用意した地図に、モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)の掌上に表示させた写真と情報を重ねて立体表示。
 レミリアから情報と指示を伝えられたモヱが、収納ケースに座ったまま、
「現在、スタンドアローン。情報更新シマス」
 立体表示される作戦図を大弓・言葉(花冠に棘・e00431)が覗き込んだ。
 弟分のぶーちゃんを抱えたまま確認するかのように、
「信号弾の方向へ一直線だね」
「恐らく、移動中の索敵も行っていないかと」
 レミリアが小さく同意する。
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)が小さく鼻を鳴らした。傍らのマンデリンも真似して頷いてみせる。
「舐められたものだな。俺らと交戦してないからっつーか、まともに戦績見れる頭持ってる奴がいねえんだろ」
(「お陰で本営を見つけられたがな」)
 怒りに眼光が鋭さを増す。
 竜人は敵の進行方向から作戦図とセットの意見を合わせ、進行方向を修正していた。
 逆視点から確認しようと身を乗り出すと、モヱが僅かに震える。
(「うわ、うわーーー!」)
 推しの一人である竜人の精悍な横顔に、内心のハイテンションを必死に押さえるモヱに、慣れた様子の言葉と環が小さく笑い合う。
 そんな四人を眩しそうに見つめるレミリア、ふと呟いた。
「皆さん、仲が良いんですね」
 言われた言葉、
「チームメイトなんだ。だから今日は」
 モヱごと作戦図を覗き込む竜人と環を背中から抱きしめて、
「心強いんだ!」
 やれやれとばかりに竜人、
「作戦中だぜ、全く。モヱも困ってるぞ」
(「私は今日、死んでしまうかもしれません……! 幸せすぎて!!」)
「また先生みたいなこと言ってる」
「俺は教師だ!」
 くすくす笑っていた環が、ふと周囲へと目を奪われた。
 破壊されて年月が経過し、あったはずの日常が想像もできない室内。
 僅かに唇を引き結ぶも、すぐにお日様の笑顔で。
「友達、だから」
 と、その時。
 ズ……ズズゥッン……。
 遠く。大気を圧する爆発と、銃声、断末魔の叫びが微かに聞こえた。
 味方が戦っているのだ。自分たちを行かせる為に──。

●強襲
 東京焦土地帯へと現れた磨羯宮『ブレイザブリク』
 狂紅のツグハ指揮の元、殺戮を企む蒼玉衛士団の迎撃するケルベロス。
 その作戦は、二発の信号弾で始まった。
 蒼玉衛士団を八王子市街戦に引きずり込み、各個撃破を狙う──9班。
 ツグハ本営へと囮攻撃を行い、誘引した小隊の撃破を狙う──7班。
 残る3班が露払いし、暗殺班がツグハを狙う、これが作戦の骨子である。
 露払い班として、蒼玉衛士団を避け、ツグハ本営を望む岩陰に潜むことに成功した。
 だが──。

「……まだ50近くいるっすね」
 セットの言葉に、重苦しさが周囲を包む。
 本営への囮攻撃により誘引された7小隊、さらなる増援が7小隊。
 それでも尚、ツグハ本営には6小隊が残されていた。
 露払い3班、ツグハ暗殺班を含めても戦力が足りない。
 エニーケが冷徹なまでに正確な分析を口にする。
「これ以上は囮班が持ちません。敵が本営に戻れば戦力差は広がるだけです」
 時間は残されていない。
 迎撃する小隊を突破し、残る小隊をも誘引し、ツグハへと暗殺班の刃を届かせる──。
 他班と共に決意した仲間たちへと、リューディガーが拳銃のスライドを引き、言い切る。
「俺たちにとって悲願たるアスガルドゲートへの足がかり。必ずや確保しこれ以上の悲劇と惨禍に終止符を……!」
 皆が頷くなり、セットが指を立ててカウント。
「3、2、1、GO!」

 リューディガーを先頭に左右を環、竜人が固め、すぐ後方にサーヴァント、レミリア。後方をエニーケ、言葉、セット、モヱ。
 同時に離れた二箇所でも露払い班が続き、三つの矢と化してツグハ本営へと駆ける。
「敵襲!」
 本営で叫びが上がり、慌しく動き出す気配。やはり統率力に長けた軍集団、反応は早い。
 即座に正面へと展開される5体の一般兵と、その背後に督戦兵が立ちはだかる。
 一部簡略した粗末な板金鎧を纏った一般兵たちが、銃剣めいた武器を構え、射撃体勢へ。
 本格的な戦いの火蓋を切ったのは、エニーケの意気揚々な高笑いだった。
「おほほほ! 可哀想とも思いませんので私の敵たる邪魔者共は死ね! ですわ!!」
 アームドフォートが火を噴き、唯一の後衛、督戦兵を狙うも、傍らの一般兵を盾にして受け止められる。
 一般兵が吹き飛ばされ、露出した督戦兵へとリューディガーが続けざまに弾丸を放つも、
「貴様ら、指揮官を守らんか!」
 督戦兵の叱咤に、必死に動く二人の一般兵の銃剣によって受け止められる。同時に督戦兵が小型のサーベルを掲げるや自陣を強化する星座が展開。
「少なくてもディフェンダー3、督戦兵はメディック!」
 叫ぶリューディガー、エニーケを中心に一般兵が構える銃剣から氷のグラビティが嵐となって一斉に射出するも、即座に反応した竜人、
「させるかよ、いくぞお前等!!」
 号令一下、その左右をぶーちゃん、収納ケース、そして足元からマンデリンが次々飛び出し、氷の嵐を受け止めていく。
「敵武器ゾディアックソード。回復します、合わせてくだサイ」
「了解っす。皆さん、これを使ってくださいっす!」
 前衛陣へとモヱが雷壁を、セットが支援ドローンを展開する。全快には及ばないが、致命には遠い。
 最も余裕を持って拳の一閃で氷の嵐を受け流した、竜人──その相貌は髑髏の仮面で覆われ、構える右手は黒竜を纏う──その口元から訝しげな声が漏れる。
「前衛全てディフェンダーかよ、どういうつもりだ」
「逃げるの? ……ううん、左右に分かれて」
 環の氷結輪に切り裂かれた一般兵が、傷を庇いながら接敵を避け、正面を空けるかのように隊列を分けているのだ。
 エニーケの眼差しが鋭さを増す。
「突破させて後方を遮断、ですか。でも、私たちに選択の余地は無い、そうですわね?」
 問われたリューディガー、
(「メディックは督戦兵のみ。与えた傷の回復、陣形再編に4分」)
 そう見積もるや、決断した。
「突破する、足止めを!」
 リューディガーの叫びに、
「言葉さん!」
「任せて!」
 レミリアのステルスリーフを纏う言葉の両手に、いつからあったのか、赤い糸。
 それがひらりと舞った次の瞬間、左右に間合いを取り迎撃体制を整えつつあった一般兵へと、一斉に湧き出した赤い糸の群れが幾重にも拘束を施していく。
 驚愕に相貌が固まり、避けられた者も動きが明らかに鈍っていく──『糸車の罠』
 それを好機と敵陣中心を、番犬たちが突破する。
 その正面──。
 敵本営の中心に、叱咤と指揮を取る邪悪なエインヘリアルの影が。
 ──狂紅のツグハ。
 残虐な笑みが相貌に浮かび、チェンソー剣が鈍く光る。
 だが当然のように、指揮官を守るべく敵の残小隊が動き出した。
 番犬たちの前に現れる、新たな──最後の小隊。
 だが、再び戦況が変わる。
 最初に気付いたのは、常に周囲を警戒していたエニーケ、レミリアだった。
「……早すぎる」
「後方、来ます!」
 モヱが背後を警戒し、
「敵状況光学で確認、回復要素ナシ、バッドステータス変化ナシ」
「初めから癒す気など無かったってことっすか」
 セットが正面を睨みつけて苦々しく吐き捨てる。
 二人を庇うエニーケが、一歩前に立ちはだかり、砲門を向ける。
(「やはりエインヘリアルはケダモノの集まりですわね、ハッ!」)
 後方を遮断する督戦兵が、口を歪めるや、一般兵たちを急き立てる。
「逃がさず、なぶり殺しだ! 手柄を立てればお前達も督戦兵だ、生き残れるぞ!」
 包囲を狭める一般兵。双眸は狂気に濁る。
 恐怖に裏打ちされた狂気と、同じ戦場を生き延び、督戦兵へ至る狂気。
(「自軍の消耗を避けるどころか進んで部下を使い捨てるとは。ハールやレリが見限るのも頷ける」)
 リューディガーの独白も苦い。
 全員が理解せざるを得なかった。
 脱出は不可能と。

 その時──。
 それが、起きた。

 鮮烈なグラビティ・チェインの高まりを、さらに一瞬でかき消す禍々しいまでのグラビティ・チェインの高まり。
 物理的圧力さえも伴うそれに、気圧されたように敵味方の動きが止まる。
 巻き起こる嵐の中心。
 驚くレミリアの腕を掴み、巨大なオーラを纏うドラゴニアン──。
 環が、驚きのまま、叫ぶ。
「竜人さん!!」

●優しき、ケモノ
 レミリアは、覚悟していた。
 撤退は、無い。
 勝算も、無い。
 ならば──私の為すべきことは一つ。
 私に残っているのは過去の思い出だけ。それなら、未来のある人たちを生かさないと。
(「そう、思っていたのに──」)
 暴走を起こすべく精神を集中していたレミリアの腕を、突然つかまれた驚きと共に練り上げていたグラビティ・チェインが霧散する。
 同時に彼女の数倍にも匹敵するグラビティ・チェインが高まり、さらなる大渦へと。
 竜人──右手は黒竜。ドラゴニアンの翼、力強き尾にさえ、赤黒い力が燃え上がる。
「どうして……」
「考えるんだな、自分で」
 言い捨てるなり、レミリアを投げよこす。慌てて受け止める言葉に支えられたまま、呆然と見返すレミリアへと、
「俺が戻るまで……宿題だ」
 冗談めかして言う竜人へ、我慢できずに言葉、
「戻って……くるんだよね?」
「見つけてくれるのだろう? 俺がどうなっても」
 言葉を、環を、モヱを。仲間のケルベロスたちへと、静かに語る竜人の髑髏の仮面が。
 ミチリッ……。
 小さな異音と共に、歪み、食い込み、竜人と一体になるかのように変形していく。
 環は知っていた。仮面の中で彼が笑っている事を。少し困ったような、少年のような。
 ミチミチッ……。
 髑髏が憤怒に染まる。

 気圧されていた督戦兵が、我にかえった。手元のスイッチを高々と掲げ、
「何をしているお前たち! 殺せ! 死にたいのか!!」
「く、くそおおおお!」
 自棄になったように、一般兵の一人が竜人へと銃剣を振りかざし、突進するも、
「うる……せェヨ!」
 ただ、一撃。
 僅かに腰を沈め、すれ違いざまに付きこんだ手刃が、一般兵の装甲ごと貫いた。
 血を大量に吐く一般兵の体を、力任せに引き裂く。
 そのまま、督戦兵を睨みつけるや、
「オオオオオオオオオ!」
 敵の只中へと、突撃していく。
「防げっ、俺を守るんだ、何をしている、貴様ら!!」
 怯えたように督戦兵が喚き立て、正面の小隊も事態の深刻さを掴んだのかこちらへと突進する。
 リューディガーが再び牽制の弾丸──『Donner des Urteils』を連射。
「来るぞ、動くんだ!」
 鋭い一喝に、ケルベロスたちも一斉に動く。
 ──だが。
 後衛陣へ放たれた氷の射撃に対抗詠唱、ヒールドローンを展開したセットが気付いた。
 敵陣を見るのがリューディガーなら、自陣を見るのは自分の役目と任じる故に。
「まずいっす、環さん!」
 呆然と立ちすくむ環を狙い、督戦兵の気の弾丸が唸りを上げて迫る。
 それを、ぶーちゃんが受け止めた。
 臆病なはずの彼が、一歩も引かないとばかりに環の前に立ちはだかる。
 驚き、顔を上げた環に寄り添うように、傍らの言葉、
「戦おう、今は」
 小さく頷いた環。構えた、同時に敵へと向かい、駆ける。
 左を言葉、右にエニーケの援護射撃を受けながら、
「うわぁぁぁぁあああ!!!」
 小柄なウェアライダーが両爪を振りかざし、敵陣ど真ん中へ突入していく。
 喰らった魂を集中し、敵を切り裂く猫の狂気──『強襲式・月蝕凶爪』
 直後、ケルベロスたちと敵小隊が正面から激突する。

 この瞬間、扉はこじ開けられた。
 敵本営に待ち受けるのは、狂紅のツグハ、ただ一人。
 この唯一の機会。
 逃さぬとばかりに戦場を切り裂き、ツグハ暗殺班が駆け抜けていく。
 それを見届けたリューディガーの眼差しに、勝利の色が加わる。
 使命は果たした。
 後は、戦い抜くのみ──。

●ひとつの終わり
 ──激しく、苦しい戦いになった。

 ケルベロスが押し切られても、何ら不思議はない。
 だが敵の武装を予期し、後衛を保護できたこと。後衛への付与が充実していたこと。
 先にディフェンダーを失って尚、バランスを崩すことを防いだのだ。
 その一方、竜人の戦いは凄惨を極めた。
 一撃で一体の敵を屠る、その度に氷が、斬撃が容赦なく竜人の体をえぐる。
 蒼玉衛士団の装甲ごと引きちぎられる肉。
 武器ごと砕かれる骨。
 血の泥濘に叩きつけられ、断末魔の絶叫を上げながら潰される頭。
 そして──血。
 血。
 血。
 血。

 永遠に続くかと思われた戦いは、突然に終わりを告げられた。
 凛々しくも可憐な声が戦場へと響き渡る。
「あなたたちの指揮官、狂紅のツグハは討ち取りましたわ! 音と聞き見るがいい、蒼玉衛士団!」
 督戦兵と、数体まで撃ち減らされた一般兵が必死に撤退していく。
 追う力は残されていなかった。
 スライドが開いたままの拳銃を手に、リューディガーがセットに肩を貸し。
 砲身を背の支えに、開いた傷口に僅かに顔を顰めるエニーケへと、モヱが癒し続ける。
 足取りが覚束ない言葉を案ずるレミリアに礼を言って、視線を投げた。
 そこには、竜人を探し続ける環の姿。
 竜人の姿はもう、無かった。マンデリンも。
 それでも、名を呼び続ける。
 と、環は靴先に触れるものに気付いた。血と泥に塗れた土中に、突き刺さる小さな欠片。
 それは、仮面の欠片。
 拾い上げると、装着者の血が流れて、落ちた。
 環が抱えるように胸元に押し付ける。
 小さく肩が震えて。

 ──心強いんだ!──

「こんな……の……」

 ──友達、だから── 

「……こんなの、ない……よ……」

 環の微かな嗚咽と共に漏れる呟きが、吹き荒ぶ風に溶けて、消えた。

作者:かのみち一斗 重傷:なし
死亡:なし
暴走:相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889) 
種類:
公開:2019年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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