雨月の狐

作者:雨音瑛

●出会い
 空には月、地上には虫の声。心地よい気温に、一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)は伸びをした。こんな日は夜の散歩も気持ち良い。ビハインドの一之瀬・百火も、どこか嬉しそうに白と同じ速度で付き従う。
「こんな気温なら、いつまでも歩き続けられそう――」
 と、月を見上げた瞬間。
 白は、少し先の風景が見えないほどの雨に襲われた。雨は白の頭部に生えた東洋龍の角を伝い、地面に水たまりをつくる。
「前言撤回! 百火、今日はもう帰るよ! でも家まではまだ距離があるから、どこか雨宿りができそうなところは――」
 百花が、白の袖を引いて指差す。その先には、何やら建築物が見える。道は雑草に覆われかけているが、行けないことはない。
「すぐ止むにせよ、このままだとずぶ濡れだからね……百火、行くよ!」
 そうして駆けた先にあったのは、古い寺だった。幸いにして軒下は充分な広さがあるから、強烈な雨も凌げる。
「……ふぅ。助かった」
 身震いし、階段に腰を下ろす白。すると背後で床板を踏む音が聞こえたから、慌てて立ち上がり頭を下げる。
「じゅ、住職さん!? ごめんなさい、勝手に上がって――!」
 顔を上げた白が見たのは、和服姿の少女だった。
「なに、妾とて勝手に上がり込んでいるようなものじゃ。気にすることはない」
 赤い瞳を細めて浮かべられる笑みに、白は困ったように笑い返した。
「ってことは、君も雨宿り? 突然降ってきたから、びっくりしたよね。すぐに上がるといいんだけど……」
 なんて話しつつ、白は失礼にならない程度に少女を見た。
(「そういえば彼女は狐耳――ああ、ウェアライダーなのか。尻尾もふさふさで、九つあって……九つ!?」)
 気付いた瞬間、白のすぐ目の前に少女の顔があった。白の直感が、彼女はデウスエクスだと告げている。
「ふぅむ、なかなか才能のありそうな者じゃ。妾の配下にならぬか?」
「誰が! 百花、戦闘用意!」
 力強く頷く百花とともに、白は構える。
「ふむ、それは拒否、と取って良いのじゃな? なまじ才覚ある者は心も強くて面倒じゃのう……よかろう、ならばその心を折って従属させてやろうぞ」
 袖口で口元を隠す少女の尾が、仄かに光った。

●ヘリポートにて
 降りしきる雨が、ヘリオンを濡らしている。
 集まったケルベロスたちを見て、傘を手にしたウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)は緊張した面持ちで告げる。
「一之瀬・白がデウスエクスに襲撃される――そんな予知されたのだが、当の本人に連絡がつかないんだ」
 このタイミングで「たまたま」連絡が取れないことは考えづらい。つまり、白は既にデウスエクスの襲撃を受けているか、あるいは襲撃直前の状態だと考えられる。
「もはや一刻の猶予もない。白が無事であるうちに、君たちには彼の救援に向かって欲しい」
 白を襲撃したデウスエクスは『白面金毛九尾狐』一体のみ。見た目こそ狐のウェアライダーだが、れっきとした死神だという。
「彼女が戦闘において使用するグラビティは三種類。催眠状態に陥れる一瞥、見えぬ風で足止めする術、雷を落として麻痺させる術を使う」
 また、戦闘となる場所は廃寺だとウィズが続ける。
「現地では雨が降っているが、屋内でも屋外でも戦闘に支障はないから、君たちが戦いやすい方で戦闘するといいだろう。どちらでも、外灯の光が届くことには届くからな」
 傘に受ける雨が強くなってきている。説明を終えたウィズが、一度頷く。
「白と白面金毛九尾狐がどのような関係にあるかは解らないが――ひとまず優先事項は白の救出、だな。どうか、よろしく頼む」
 どこか不穏な雰囲気を漂わせる雨空の下、ウィズはケルベロスたちに頭を下げた。


参加者
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
フィロヴェール・クレーズ(高らかにアイを歌え・e24363)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)

■リプレイ

●狐
 九つある尾のひとつに光が灯れば、少女の顔は嫌でもよく見える。
「――あ、」
 薄闇では気付かなかった。けれど今なら、よくわかる。一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)の短い呟きに、
「なんじゃ?」
 にたりと笑って首を傾げる少女。の、声。
 ついさっきまでは、言葉としては聞こえていても声音の種類までは区別がついていなかった。
 顔と声を認識して繋がる、白の記憶。身を固くする、傍らの一之瀬・百火。
 焼き切れんばかりの温度で展開される、かつての光景。
「白面金毛九尾狐! お前が――村を! 百火を!」
 忘れるはずがない。ほんの少しの間であれ、気づけなかった自分が憎い。握りしめた拳から滲んで落ちた血は、水溜まりを作りつつある地面に混じった。
 九尾狐は数秒の間思案顔となり、無邪気に笑って白と百火を交互に見た。
「誰かと思えば白ちゃんと百火ちゃんではないか! いやあ、懐かしいのう? 元気にしておったか? ん?」
 わざとらしい声でころころと笑う九尾狐に、白は俯く。握りしめた両の拳を、震えるに任せて。
「……ぶ、な」
 不明瞭な白の言葉に、九尾狐は首を傾げる。
「貴様が妹の名を、呼ぶなあああああッ! 貴様だけは、僕がこの手で……この世から魂魄さえ消滅させてやる!」
「ほう、出来るのならやってみよ」
 九尾狐の尾、その先端から放たれる光が一度天に昇り、白へと落ちた。痺れを感じる手をそのままに、白は戦輪を力の限り投擲する。続いて、百火も雨に濡れる石を礫のようにして九尾狐へと飛ぶように仕向ける。
 九尾狐は先ほど傾げたのとは逆の方向に首を傾げ、ころころと笑った。
「妾は久方ぶりの再会で機嫌が良い。今日は尻尾二本で相手をしてやろう」
 先ほどとは別の尾が光る。百火が痛みに顔を歪めながらも、鎖を持つ両手を前に突き出す。それが合図だとわかっているから、白は阿頼耶識の光を際立たせた。
「む、来るか」
 まずは百火の金縛り。――を、九尾狐は力技で振りほどいて。
 次は白の体当たり。――を、九尾狐はひらりといなして。
「ふぅむ、白ちゃんの相手は尻尾一本で良かったかのう? ああ、昔が懐かしいのう?」
 白は歯噛みし、地面に拳を打ち付ける。
 そこから響くのは、声にならない叫びだった。

●仇
「これでは期待外れもいいところじゃぞ、白ちゃん?」
 再び放たれる雷撃。
 ――を、白が受けることはなかった。
「……背負いすぎなんですよ、馬鹿之瀬」
 雨すら避けていくような、力強い言葉。続いて打ち込まれた掌底で、鈍っていた白の感覚が吹き飛んでゆく。
 顔を上げた白は朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)の姿に僅かに驚いたものの、決して気を緩めることはなかった。
「皆、手を出さないでくれ……こいつは僕の、僕と百火の仇なんだ。此処で割り込んできたら――」
 白の沈黙を、駆けつけた者たちは静かに待つ。
「僕は、一生怨む……!」
「……ほんと、馬鹿之瀬。まずはありがとう、でしょうが」
 環は雨に濡れた前髪を掻き上げた。その後は白に背を向け、九尾狐を前にする。
 白はそれを、肯定と取った。
「部長さんがそこまで言うなら、僕は何も言いません」
 言いつつ、エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)の整った顔には怒りが滲んでいた。雨に紛れて降らせた雪で白を癒し、守る盾としながらも。
「支援はしますから存分に戦ってください。貸し、1つですから」
 でも、とエルムは白から顔を背ける。
「――あとで皆にお説教されると良いんですよ。ええ、僕も怒ってますからね」
 独り言の体を装って呟かれたエルムの言葉は、確かに白の耳に届いていた。
「あー……っっ」
 盛大なため息交じりの比良坂・陸也(化け狸・e28489)の声に、白はびくりとした。
「やれるとこまでしかやらねえからな! こんな無茶……っっ」
 ぼやきながらも、星獄鎖を慣れた手つきで魔法陣の形にし、白を含む前衛の防備を高める陸也。ここまでの道を照らしてくれたごつい照明も、もう少し仕事をすることになりそうだと思いながら。
「――仇なら殺すしかないわな。わぁーった、やれよ」
 諦めたように手を振り、陸也は白の目を真っ直ぐに見た。
「でもな、俺らが耐えてる間に始末つけれ。それができねーなら俺らで始末つけるからな。嫌ならとちるなよ?」
 白はゆっくりと頷く。
「熱くなるのはアタシの専売特許でしょうに……」
 地獄化した顔を白に近づけるのは、ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)。
「今の白君には帰る場所があるじゃない! 帰ったらデコピン百回だからね」
 ベルベット自身、仲間の力を借りて復讐を遂げたのだ。強くは言える身ではないのだが、言わずにはいられない。
 そして今度は百火を見遣り、光る蝶を彼女の周囲で踊らせる。
「百火ちゃん、お兄ちゃんはアタシ達が守るから心配しないで……今は自分の仇を!」
 百火がこくりと頷く。ベルベットの気遣いが嬉しかったのだろう、口元にはどこか安心したような笑みを浮かべている。
 ウイングキャットのビーストが翼で起こす風に続いて、小型治療無人機が白の周囲を飛び始めた。
「どれだけ無茶を言うんですか……!」
 水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)の語気もまた、強い。
「無茶だってわかってるから、最初にお願いしたんだ」
「……仇、なんですよね……そういうことであれば、私はできる限りのお手伝いをするだけです」
 諦めではなく決意を紫の双眸に浮かべ、和奏は九尾狐を見据えた。
「一之瀬団長。百火さん。……僕も、出来る限りは支えます。やりたいことはその間に」
 雨の中に紙の兵たちを散らし、霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)はごく冷静に告げた。怨敵ならば確実な撃滅を狙うのが一番だと思いながらも、口にはしない和希だ。歯がゆさを感じながらも、ひとまずは後方で白の援護をすると決める。
 今ここにいるケルベロスは、白がしたいことを自分なりに支えようとする者たちばかりだ。
 フィロヴェール・クレーズ(高らかにアイを歌え・e24363)も、山羊座の力を宿す剣で加護を与える線を描く。
 そこで、白はようやく腹部に受けた傷、その痛みと温度を認識しはじめた。
「フィロヴェール、殿」
 白に名を呼ばれ、ヴァルキュリアの少女は微笑んだ。けれど次の瞬間には、冷たく九尾狐を見て。
「あなたは見る目があるのね。でもそれだけ」
「なんじゃ、お主は?」
「わたしの好きな人はね、お前なんかに屈するような人じゃないし……お前と違って、仲間がいるのよ」
 フィロヴェールの声を聞きながら、これで少しは有利に戦えるはずと、白はぼんやりと考える。
「……みんな、ごめん。ありがとう」
 白の口から零れたか細い言葉に合わせて、百火も口を動かした。
「やれやれ、とんだ邪魔が入ったものじゃ。だが――喜べ、白ちゃん。尻尾三本で相手をしてやろう」
 肩をすくめる九尾狐が、ぬかるんだ地面を踏みしめた。

●介
 フローリア舞踊魔法第三番を中華アレンジしてロック調にした曲に合わせ、ベルベットはステップを踏んだ。
 ぬかるみに一つ、二つ、やがては無数に魔法陣が波紋のように広がって重なり、無数の紅い茨が生じる。茨は壁となり、後衛を守る壁となる。
 百火が丁寧に頭を下げるのを見遣りながら、ベルベットはかつて白から聞いた兄妹の過去を思い出す。重ならないわけがない。かつて故郷を滅ぼされ、戯れに顔面を焼き潰されたベルベットの過去と。ならば目の前の九尾狐にも、自然と怒りが重なるというもの。「倒したい、よねえ。百火ちゃん」
 しかし、現時点で九尾狐が受けている傷はケルベロス側に比べればまだまだ軽微なもの。ケルベロス側は白を中心とした前衛、そして九尾狐が戯れに攻撃する百火の負傷が特に大きい。
 肩で息をする白に、フィロヴェールはそっと触れた。
「白くん。あなたはここで倒れるような、そんなやわな人じゃないでしょう」
 顔を上げる白が見た先は、九尾狐。今はそれでいいと、フィロヴェールは肩に触れた手を離した。
「やれやれ、思い通りにならんのう。妾は白ちゃんだけでいいんじゃがのう」
「この人を、お前なんかにあげるわけないじゃない」
「そうかそうか。ならば、妾は――」
 九尾狐がにたりと笑いながら、後衛の面々を不穏な視線で丁寧になぞる。直後、百火は耐えきれず、消滅した。
「百、火……」
 主が無事ならサーヴァントはいずれ復活する。理解はしていても、白に見えたのはかつての光景だった。
「仕方が無いから、ひとまず百火ちゃんで我慢し――かはッ」
「聞こえませんでしたね。元より言わせるつもりはありませんでしたけど」
 九尾狐が最後まで言うことは叶わなかった。一瞬のうちに九尾狐へと肉薄した環が斬撃を与え、鳩尾を殴りつけたのだ。
「恨まれたとしても、目の前で失うよりはよっぽどマシ」
 殴りつけた方の拳に視線を落とし、環が呟く。
 駆けつけたケルベロスたちは、攻撃に介入しないと約束した。が、白と百火のどちらかが倒れることがあるなら、問答無用で九尾狐に攻撃を仕掛けるつもりでもあった。
 エルムは渋い顔で光の蝶を環に纏わせた。
「ごめんなさい部長さん。本懐を遂げさせてあげたかったけど……もう、限界です」
 何より、仲間の疲弊もかなりのものだ。介入した時からつぶさに様子を見ていたが、制限がある状況で持ちこたえるのは厳しい。
 和希も攻撃に転じる。その時が来たのだと判断し、スイッチひとつを切り替えるかのごとく。
「来たれ、来たれ、来たれ……」
 どこか虚ろな瞳で繰り出された和希の言葉、喚んだ闇とも光ともつかぬ精霊は九尾狐に向けて解き放つ。その瞬間、和希の目には狂気が浮かんだ、ような気がした。
「想定以上に不利な状況ですね。一手も無駄にできません、このまま行きます」
 下手をすれば全員が倒れかねない事態となることを把握した和奏。だからそのまま、和奏は展開した浮遊砲台と共に九尾狐へと砲撃を加える。
「一之瀬さん、これはただの自己満足です。……でも」
 和奏は先ほどまで百火のいた場所に手を伸ばす白を見遣り、決意を新たにする。
「これ以上奪わせやしない」
 一生怨まれてもいい。白がこれ以上、何かを奪われずに済むのなら。みんなで無事に帰れるのなら。
 ひとりが欠けた後衛に、ビーストが起こす風と陸也のつくる魔法陣が癒しと加護をもたらす。
「だな、怨まれても構わねーわな。今、お前がこれ以上失うよりマシだ」
 最良じゃねーけどな、と付け足した陸也は眉間にしわを寄せて白を見た。しかし先ほどまで白がいた場所は雨の降る空間となっていたから、次に考えられる場所を見る。
 ため息交じりに顔を覆った片方の手、その指の隙間から見えたのは――無表情で九尾狐の腹部を斬りつける白の姿だった。
「お前は――殺す」

●消えたもの
 エルムが前衛に降らせる、オーラの花。フィロヴェールが後衛に放つ、クレドによる光る粒子。
 その時々で姿が異なる癒しを得ながら、白以外のケルベロスたちも九尾狐に攻撃を加えてゆく。
「まだまだ油断はできない状態ですけど、」
「そうね。でも、これなら――」
 そこから先、フィロヴェールは口をつぐんだから、エルムは無言でうなずく。白の顔には複雑なものが見えるからだ。
 ベルベットは、もはや気合いとしか言えないような機敏さで白を庇いだてた。
「……百火ちゃんはもっと痛かっただろうにさ」
 マジシャンズ・ストレンジに顔面の炎を移して、力のままに九尾狐を殴りつける。よろめく九尾狐の背には環が戦輪を突き立て、足元には和奏のメテオブレイカーから放たれた光線が到達する。
「あ、が……はっ」
 どうにか踏み止まった九尾狐に、和希は容赦なくリンクスによる蹴撃を加える。
 九尾狐の当初の余裕は、当に消え失せている。腹部を押さえて悔しげにケルベロスたちを見る少女の背に、陸也は金剛杵を叩き込んだ。
「ヴァジュラ・マハル・サムスカーラーーラジャス」
 唱えられた言葉を皮切りに、雷光と暴風が九尾狐の中で炸裂する。
 普段ならば心強い仲間の攻撃は、今の白には歯がゆいだけだった。叶うのならば、自身の手だけで。
 白の視線に気付いた陸也は、視線を合わせずに口を開いた。
「これ以上、失わせっかよ」
 白は陸也とすれ違うように歩き、今にも倒れそうな九尾狐の前に立つ。
「な、」
 九尾狐が絶句するのも無理は無い。先ほど消滅させた百火が白の隣に出現したからだ。
 残霊の百火が操る翠鎖、その動きをよろめきながらも回避する九尾狐は、とうに動きを読んだ白に背中を取られていた。
「人を呪わば穴二つ……お前は策に嵌まったのさ」
「嘘じゃ。嘘じゃ嘘じゃ!! 妾が、白ちゃんごときに!」
「思い知るがいい―――僕達からは、決して逃げられない!」
 踏みしめた地面が沈む。
「百火、千氷髏……犠牲になった数多の人々。全ての無念を拳に乗せて!」
 放つ拳の一つ一つに全力を注ぎ、九尾狐の正中線に沿って撃ち込む。ふたりでひとつのコンビネーションの極致、その結果は見開かれた九尾狐の目が物語っていた。
「そん、な――」
 九尾狐は、膝を突いて泥の中へと倒れ臥した。金の髪も着物も、血と泥で汚れている。そうして、荒い呼吸は次第に弱々しくなってゆく。
「……やった。やったよ、百火。みんな、ありが――」
 泣きそうな顔で白が仲間へと振り返ると、九尾狐がほくそ笑みながら消滅した。
 直後、白が頭を抱えて呻き出す。
「……う、あ……!!?」
「こらっ、馬鹿之瀬ー! 戦い終わってから痛くなるような無茶するなんて……うん?」
 白の角に水平チョップをした環は、無言の白に違和感を抱いた。
「本当に、無茶しすぎですよ。反発する元気もないなんて……」
 ヒールするエルムにも、やはり白は無言。
「ああ、お疲れなんですね。雨で冷えきっていますし、温かいものでも食べにいきましょうか」
 困惑したように首を傾げる白に、エルムはしゃがみ込んで目線を合わせた。
「冗談……ですよね? どうしちゃったんですか」
 気付けば雨は止んでいる。
 だからこそ、沈黙が際立つ。状況を察した和希はただ、眉根を寄せた。かける言葉が思いつかない。
 ベルベットは声を殺し、涙を流す。
「そんな……ごめん、百火ちゃん……約束、したのに……」
「……へましやがって」
 陸也は舌打ちひとつ。それは白だけでなく、この状況を許した自分に向ける言葉だ。
「最後まで……どうして……ッ!」
 既に消滅した九尾狐の痕跡だけが残る場所を睨むように見て、和奏は怒りを露わにする。
「――大丈夫よ。ねえ、白くん?」
 フィロヴェールは凛とした態度で白の手を取り、ゆっくりと握りしめた。
 白が、びくりとする。その後は恐る恐るながらも白がその手を握り返したから、フィロヴェールは笑みを向けたのだった。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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