磨羯宮決戦~蒼紅の輝きは死のメッセージ

作者:秋月きり

「東京焦土地帯にエインヘリアルの要塞が出現したわ」
 驚くほど冷静に、或いは動揺を押し隠してか、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は噛みしめる様、その文言を口にする。
 東京焦土地帯――八王子市一帯は人類に放棄された死神の占領地域。だが、そこにエインヘリアルの要塞が出現するなど、誰が予想しただろうか。
「出現した要塞の名は磨羯宮『ブレイザブリク』。――そう、『魔導神殿群ヴァルハラ』の一つよ」
 過去、幾度と無くケルベロスが対峙した魔導神殿群。その内の一つが再び、彼らの元に現れたと言うのだ。
「この要塞神殿を守護しているのは第九王子サフィーロと、その配下の蒼玉騎士団。それでね、出現そのものも問題なんだけど、それよりも困った事が起きそうなの」
 腕を組み、眉はハの字を形成、口がむぅと噤まれる。何やら本当に困り顔の彼女は致し方なしと言葉を続ける。
「蒼玉騎士団は東京焦土地帯を制圧後、周辺の市街地へと略奪を行うべく、略奪部隊の編成を始めたわ」
 つまり、東京焦土地帯、そして磨羯宮『ブレイザブリク』を拠点としてグラビティ・チェインの略奪を行おうと言うのだろうか。
 なお、当然ながらグラビティ・チェインの略奪とは地球人の殺戮を意味している。略奪部隊とは即ち、殺戮部隊の事でもあるのだ。
「で、その略奪部隊を指揮するのは『狂紅のツグハ』って名前のエインヘリアル。まー。殺戮を好む物騒な性格をしているようね」
 無論、そんな暴挙を許すわけにいかない。
「敵はアスガルド本国のエリート集団だけあって、統制の取れた部隊だけど、逆を言えば、その選民意識で、地球人、ひいてはケルベロスのみんなを過小評価しているわ」
 真っ向からぶつかれば苦戦は必至。だが、複数の小隊に分かれ、奇襲や伏撃――ゲリラ戦を行えば、略奪部隊を疲弊させる事が可能だ。
 その中で指揮官である『狂紅のツグハ』を討ち取る、或いは撤退させる事が出来れば、騎士団は撤退の道を選ばざるえないだろう。
「戦いの部隊は東京焦土地帯になるわ」
 人類の生存圏から外れた焦土地帯であれば、一般人を巻き込む事は無い。故に、八王子市から外に出さない様に戦う必要がある。
 騎士団の規模はおおよそ300体程度。内、250体が蒼玉衛士団一般兵。50体が蒼玉衛士団督戦兵と言う構成だ。
「騎士団そのものも50の小隊に分けられているようね。要するに1体の督戦兵と5体の一般兵からなるチームが複数合わさって騎士団になっていると考えればいいわ」
 行動そのものはこのチーム単位で動いている様だ。
 即ち、ケルベロス達が行うべき事はこのチームを個々で襲撃し、敵を切り崩す事なのだ。
「勿論、異変があれば他のチームがそのチームを偵察したり、或いは増援として送られたりするわ」
 増援が送られ続ければケルベロス達の勝機は小さくなっていく。もしも襲撃するのであれば、ある程度本隊から引き剥がしつつ、速攻で片付ける必要があるだろう。
「もしくは、戦闘を行わず、撹乱に徹すると言う手もあるわ」
 撹乱によって多くの小隊を本隊から引き剥がす事が出来れば、当然、本隊そのものが手薄になる。それを利用し、本隊への強襲をも可能となるかもしれないのだ。
「それと、焦土地帯と言う名前だけど、全てが失われている訳ではない、と言う事だけは覚えていてね」
 廃墟と化しているが、放棄された建物や幹線道路、上下水道と言った設備は残っている。敵も地球の地理や設備に明るいわけではない。それらを上手く使う事で奇襲の手助けになるだろう。
「あと、敵の強さだけど、気をつけて欲しいのは督戦兵になるわ」
 強さの等級で言えば、罪人エインヘリアルと同等くらいか。皆が今まで戦ってきたエインヘリアルと同程度の強さと言えるだろう。
「逆に、一般兵はそれ程の強さじゃない。だから、一つの小隊とみんなが真正面からぶつかれば、勝敗は五分五分と言った処だけど……」
 一戦で戦力を消耗してしまい、撤退を余儀なくされるだろう。
「だからこそ、ゲリラ戦法を駆使して多くのエインヘリアルを倒して欲しい」
 また、特に選民意識の高い督戦兵は面倒事を一般兵に押しつける傾向にあるらしい。
「それも利用出来ると思うわ。そうすれば、各個撃破の道筋もあると思うの」
 また、一般兵は督戦兵がいなくなれば、士気が崩壊して撤退を始める可能性が高い。よって、小隊の指揮官でもある督戦兵をピンポイントで撃破する手段も有効だろう。
「ここに来て磨羯宮『ブレイザブリク』が出現した理由は、八王子市の地下深くに眠るエインヘリアルのゲートを守護する為だと思われるわ。磨羯宮『ブレイザブリク』の攻略が即ち、エインヘリアルのゲートへの道となるでしょうね」
 蒼玉騎士団を、そして『狂紅のツグハ』を撃破する事で、磨羯宮『ブレイザブリク』攻略への足がかりとなるはずだ。
 故にリーシャはケルベロス達を送り出す。紡がれたいつもの言葉には期待と信頼が込められていた。
「それじゃ、いってらっしゃい。皆の武運を祈っているわ」


参加者
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)

■リプレイ

●光色の挑発
 眩い光が空へと上がっていく。それがグラビティに起因する物ではない事は、この距離からでも見て取れた。
 だとすれば無数に打ち上げられるアレは同胞が起こした物ではない事は、すぐに理解出来た。
「市街戦でオレ達を止めるつもりか? 生意気な雑魚め」
 もはや花火も斯くやと上がる光弾、そして狼煙は『人間の街だった廃墟』を光と煙で染め上げている。それを狂紅のツグハは挑発行為と受け止めた。
「死神達の脱出を見逃したのが仇になりましたかな」
 眉を顰める配下の独白に、ツグハは鼻で笑って応じる。
 彼女にとって敵は倒すべき物。殺すべき物だ。それ以上でも以下でもない。まして、デウスエクスですら無い定命種など、敵であろう筈もない。ハールは頻りに危機感を煽っていたが、所詮は政治に心血を注ぐ女の戯言だ。力持たぬ物など、虐殺の対象、ただの玩具だ。
 それが彼女の考えであり、部下達――エリート部隊とも言うべき蒼玉衛士団の共通の考えでもあった。
「お前達、奴らを狩りだして首を持ち帰って来い」
 派手な挑発に応じてやろうと、ツグハは命令を下す。
 彼女の声に従い、督戦兵による応答が唱和した。

「派手にやってるね」
 八王子駅だった方角に視線を送りながら、ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が呟く。2つの班が用意した派手な信号弾は、エインヘリアルへの挑発行為には充分だった様だ。即座に散開していくエインヘリアル達の数は多く、数える気は起きなかった。
「この距離で見つかるとは思えませんが……気をつけましょう」
 廃墟と瓦礫の陰に潜んだ霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)は屈んだ体勢のまま、小声で仲間に告げる。
 応じる皆も、周囲への警戒を向けたままだった。
「倒すべきは一チーム毎。出来れば、一体ずつ」
 それが今回の作戦の肝だと、久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)は丁寧な口調で紡ぐ。だが、滾る血を全て押さ切れない事は、口元に零れる笑みからも明白だった。
 自分でも致し方ないと思う。自身は根っからの喧嘩屋なのだ。
「略奪も虐殺もさせないであります! ボク達で追い返すであります!」
「ええ。地球に害するエインヘリアルを滅ぼす。それがヴァルキュリアである私の使命……」
 己が使命を全うすべしと唱えるのは、巨大な盾を抱くクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)と凍刃の槍を抱くレイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)の二人であった。共にエインヘリアルから離脱した種族として思う処があるのだろう。
「さて、ゲリラ戦の始まりよ。いっぱい、逝かせてあげる」
 妖しげな言葉を紡いだプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)の唇が艶っぽく輝いた。

●釣り野伏
 それから少し時間が経過する。
「遅い」
 苛立ちを隠そうともせず、彼はチッと舌打ちをする。握り潰さんばかりに腕甲を押さえる様は、何かを堪えている様でもあった。
 督戦兵の苛立ちに、周りを囲む一般兵は表情を歪める。宥める者、直立不動で次の命令を待つ者、そして、唇を歪め、地面に唾を吐く者。
 東京焦土地帯――元八王子の市街は広い。
 ケルベロス狩りに動員されたのは全軍の過半数だ。その全てを以てしても間隙の無い捜索、と言うわけに行かなかった。
 まして相手は2メートルに満たない矮躯の地球人。そして、廃墟と化し、瓦礫が散乱した街には、彼奴らの隠れる隙間などごまんとあった。
 故に蒼玉衛士団は捜索の為、督戦兵を中心に30に及ぶチームを作り、東京焦土地帯を散開したのだ。
 彼らもまた、その内の一チームであった。
 6名で構成されたチーム内は、その中でも更に散開し、ケルベロスの捜索に努めていた。――その筈だった。
「ちっ」
 再度の舌打ちは鋭く響く。
 刻限になっても、一般兵の一名が戻ってこないのだ。
 敵前逃亡の可能性は真っ先に否定した。戦闘能力に劣る兵士と言えど、たかだかケルベロス――地球人如きに臆する筈はない。
(「何故戻ってこない?」)
「お前。奴を探してこい」
 先程、唾を吐いた一般兵に命令する。
「俺が?」
 不満を零す彼は、しかし、命令に逆らう筈はない。
 エインヘリアルの序列は戦闘能力の差だ。逆らえばどうなるかは彼ら自身がよく知っている。逆らう気力などある筈もなかった。
 斯くして彼は内心で悪態を吐きながら、戦隊から離脱する。
 ――それらを一部始終、観察していた者達がいる事を、誰も気付いていなかった。

 同僚が向かったであろう方角は、無数のビル群が建ち並ぶ廃墟だった。
「おーい」
 気の抜けた呼び声に、応じる声はない。
 代わりに、どかどかと自身に何かが降り注いでくる。これは――ゴミ?
「お疲れさん。うちらのシマに土足で踏み入ったこと、後悔しながら往生しいや」
 届いた声を理解するより早く、獣の爪撃が喉に食い込む。
 八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484) の蹴りは鋭刃よりも鋭く。振り下ろす刃よりも疾く、エインヘリアルの喉元を切り裂いていた。
「ごぼがっ」
「あら。残念。殿方ですのね」
 自らの血で溺れるエインヘリアルに向けられた烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)の声はとてもつまらなさそうに響いていた。
 同時に繰り出された鉄拳はその腹部を強打。抉るほどの勢いで、衝撃が巨体を貫く。
「凍れ。それがお前の終局だ」
 レイリアの蹴りは、彼への止めとなった。
 鉄靴の先で、ぐしゃりと命を潰されたエインヘリアルは悲鳴を上げる暇もなく、無数の粒子へと消えていく。
「これで二体目、であります」
「順調ですわね」
 辺りを窺うクリームヒルトの言葉に、被さる喜色の声はちさのものだ。敵兵の内、既に二者を葬る事に成功している。残りは四名。だが、まだ本隊に強襲を仕掛ける時ではない。
「また、動き出したようだよ」
 双眼鏡を覗き込むプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432) の視線は、遙か先に陣取るエインヘリアルの集団、蒼玉衛士団の動向に注がれている。
「全員で捜索すれば違うだろうに」
「そう言う組織なのでしょう」
 ヒメの台詞は蒼玉衛士団への軽い批判で、それに対する返答は征夫の静かな声だった。
 エリート意識高い督戦兵は一般兵を見下し、一般兵はそんな彼らに盲従している。また、彼ら全てが地球と言う戦場への危機感が欠如していた。
 だからこそ、チームを分けてケルベロスの捜索を行う。そして、戻らなかった兵の捜索に対しても、皆で行う手間を惜しむ。
「だからこその各個撃破、ですわ」
 ゲリラ戦とは言い得て妙だと華檻は静かに笑う。透ける様な白い肌に裏打ちされた笑みは、何処かぞくりとさせる程の冷笑として紡がれていた。
「さて、次、いくで」
 瀬理が仲間に呼び掛け、微笑みを形成する。その表情はまさしく、狩猟者の笑いであった。

●瀬をはやみ
「クソッ! 卑怯だぞ、出てこい!!」
 叫び声が聞こえる。崩れた瓦礫に向かって叫ぶ彼は、明らかに怯えていた。
「そんなに怯えなくても……」
 その背後に忍び出てきたのは、華檻だった。モデル体型を強調する様に腕を組んでいたが、そうでなければ呆れに肩を竦めていた処だろう。
「立派な武器を持っていても、怖い物は怖いよね」
 対の如く立つプランもまた、己が体型を誇示する様に立っている。露出の高いロングコートがその全てを強調していた。
 地球人とは言え、二人の美女に囲まれた彼はしかし、怯えの色を更に濃くしていく。
 黄金色に輝く斧は無様に震え、焦点の定まらない瞳は二人を行き来している。
「死ね! ケルベロスが!」
 だが、強さこそがエインヘリアルの矜持。一般兵とは言え、定命の者に怯え続ける謂われは無い。むしろ、姿を隠していた敵が現れた。好都合とばかりに斧を振りかぶる。
 ――それが、三体目の犠牲者となった彼の終局だった。
「それはお前だ」
「じゃあね」
 ヒメによって斧は断たれ、恐慌覚めやらぬ内に征夫の日本刀がエインヘリアルの身体を貫く。
 そこに突き刺さるのはクリームヒルトの凍撃だ。震えを堪えた身体は次の瞬間、無数の粒子と消えていく。
「半分であります」
 汗を拭い、荒い息を吐く。
 ようやく、とも、まだとも付かない感情だけが、ぐるぐると頭の中を巡っていた。
 敵のチームは督戦兵と一般兵の混合で6名。
「残念だけど、敵も動き方変えるようやわ」
 双眼鏡を覗き込む瀬理の声は舌打ち混じりに響いた。
 ここに来て、各個撃破されている事に彼らも気付いたのだろう。距離がある為、声こそは聞こえない。しかし、大げさなジェスチャーで味方をなじる様子だけは、手に取る様に理解出来た。
「どうしますか?」
 ここが分水嶺だとちせが呟く。
 ゲリラ戦に徹するか、それとも督戦兵一名と一般兵二名に強襲を掛けるか。
 今が決断の時だと呟く。それは、皆も同じだった。
「行こう。上手くすれば全ての戦力を根こそぎ奪える」
 レイリアの言葉が全てを決定付ける。
 その瞬間、攻守が完全に入れ替わっていたのだった。

 走る。奔る。疾走る。
 風を翼に受け、瓦礫を躱し、敵へと肉薄する。
 それは猛禽の如き狩りであった。
「ヴァルキュリアだとっ? この、裏切り者共めっ!」
 督戦兵の叫びは無視する。まずは手数を減らす事。それこそが、集団戦における勝利の道筋だ。
「――貴様を、冥府へ送ってやろう」
 紅き輝きは冥府への誘い。氷溶かした翼は手を覆い、周囲の空気毎、手を、その周囲を凍てつかせる。
 それこそが深紅の氷槍。鮮血の名を抱くレイリアの生み出す衝突角斯くやの槍撃であった。
「かはっ?!」
 悲鳴を上げる暇もなく、槍を構えた一般兵の命が露へと消える。凍槍に胸を貫かれ、速贄の如く絶命していた。
「臆するな! やれ! やれっ!!」
 督戦兵の叫びと共に、紡がれるグラビティは二種。剛弓が放つ矢と、星座の瞬きの斬撃は、一撃に全てを注ぎ込んだレイリアの命を絶つべく、彼女へと注がれていく。
「させないでありますよ!」
「私たちが守るですの!」
 それを防いだのは無数の壁――クリームヒルトの展開した五枚に及ぶ盾、そしてちさが生み出した爆風であった。
「まだ倒れるには早いであります! 光よ!」
「これを食べてもうちょっと頑張りましょう、ふぁいとですの!」
 そして紡いだ治癒の光と薬効の弁当は、分け入って傷ついた自身らを癒やしていく。エクレアとフリズスキャールヴの紡ぐグラビティもまた、その治癒に一役買っていた。
「季節外れだけど、チョコレートあげるね」
 ディフェンダーが回復しきれない怪我の治癒はメディックの領分とばかり、プランが自作のチョコレートをレイリアへと投擲する。
 受け取った彼女の顔が少しばかり紅に染まったのは、そのチョコレートが甘みを帯びていたからだろうか。
「おのれおのれおのれ!!」
「さあ……わたくしと楽しい事、致しましょう……♪」
 響き渡る怒号は督戦兵から零れた物。
 だが、まだ狩るべきは彼ではないと、飛び出す影があった。
 弓を構える一般兵を抱擁した華檻は、その巨大な胸でエインヘリアルの頭部を圧迫。潰しかねない勢いで抱え込んだまま、身体を捻り、頸椎そのものの破壊を狙う。
(「ああ、残念ですわね」)
 それは自身の運の無さに対する嘆きだった。
 自分達が狙ったチームの兵は、督戦兵から一般兵まで、全て男性であった。女性エインヘリアルがいれば可愛がってあげたかったと心の内だけで嘆く。
 もっとも、女性の地位向上を願ってレリ王女が決起する様な侵略国家だ。それを考えれば、女性兵の数が男性兵に勝るとも考え辛かった。
「イイ夢魅せてあげる」
 そこに投擲されたのは、黒色の魔力球――プランのトラウマボールだ。華檻の胸に抱かれたまま、弓持ちのエインヘリアルは果てていく。零れた血が、まるで命の残滓を彩るよう、彼女のスーツの上に広がっていった。
「――くっ!」
 砕けんばかりに歯噛みする督戦兵へ、三条の影が突き進む。
 最初の一刀は蒼を思わせる白刃――宙を滑る様に肉薄したヒメの対となる魔動機刀だった。
「終わらせて上げるよ」
 それは静かな声として紡がれた。恐るべき宣告であった。
 共に放たれた二刃の衝撃波に、督戦兵の身体が仰け反る。咄嗟に構えたゾディアックソードを以てしても、その衝撃全てを殺す事が叶わなかったのだ。
「さー、狩らせてもらいますよっ!」
 ヒットアンドウエイの教科書の如く離脱したヒメに変わり、督戦兵に肉薄したのは征夫だ。地面に付いた右手を視点に、身体の全てを督戦兵に叩きつけるべく、その場で横回転を開始する。
 両の脚、そして尻尾と、回転毎に殴打は督戦兵を打ち付け、その都度、彼の身体は後退していく。
 軽いと本人が揶揄する一撃はしかし、無数に紡がれる事によって、確かな損傷を敵の体に与えていた。
「地球人如きが!!」
 そして督戦兵は吼える。振り抜いたゾディアックソードは自身の敵を吹き飛ばすべく猛牛の輝きを抱く。
 だが、その輝きが放たれる事は無かった。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から! ……あはっ、丸見えやわアンタ」
 それは捕食者の牙だった。
 それは猛虎の爪だった。
 それは狩猟者の顎だった。
 瀬理の闘気は牙となり、拳の殴打と共に督戦兵へと降り注ぐ。
 喉や胸と言わず、全ての急所を貫かんばかりに放たれるそれは、彼女の怒りを表している様であった。
「じゃあな! ドサンピン! ちっとは自分で戦う事を覚えるんやな! 糞餓鬼!!」
 崩れゆくそれに叩き付けられたのは口汚い罵倒だった。
 そう。瀬理は怒っていたのだ。絵に描いた様な悪徳無能上司の様な生き様は、彼女の最も嫌悪する存在の一つでもあったからだ。
「……ぐ、が」
 反論を口にしようとしたのか、しかし、督戦兵が零せたのは、声にならない声だけであった。
 それが末期の言葉だった。それだけを残し、彼もまた死へと身を委ねていく。
「さーて、次行こうか」
 ただ、軽快な声だけが残っていた。

●この地を思わば
 東京焦土地帯に勝ち鬨の声が響く。ツグハを討ち取ったチームから聞こえたそれは、今やこの地に集うケルベロス達の唱和へとなっていた。
「終わったね」
「で、あります」
 流石に疲弊した、と一同は皆で頷きあう。
 狂紅のツグハが討たれるまで、戦場を走り回ったのだ。疲労困憊も当然であった。
「早く帰って、温泉でも行きたいよ」
「賛成ですわ。皆で楽しみましょう」
「せやねー」
「良いアイディアですわ!」
 一つの戦いに勝利した。そのくらいの贅沢は許されるだろうと、笑いが木霊する。
 ケルベロス達の損害は未だ判らない。対する蒼玉衛士団の損害は、多数の兵と一名の将のみ。故に戦いが終わった訳ではない。むしろ、これは始まりに過ぎないだろう。
(「ですが、束の間の勝利を喜ぶくらいはいいですよね」)
 それが瞬く間に訪れる、戦士の休息だとしても。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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