磨羯宮決戦~東京焦土地帯迎撃戦

作者:白石小梅

●出現、磨羯宮
 緊急の呼集に応じた番犬たちを、望月・小夜が振り返る。
「お集まりいただき、ありがとうございます。早速ですが、ブリーフィングを開始します」
 そしてスクリーンに写されるのは、航空写真。その中心に、見慣れぬ巨大建造物がある、この場所は……。
「八王子こと、東京焦土地帯。ここに突如、エインヘリアルの要塞が出現しました。要塞の名は……磨羯宮『ブレイザブリク』」
 それは、魔導神殿群・ヴァルハラの一角を成す宮殿の名。一方面軍の旗艦に等しき巨大兵器だ。それを動かせるほどの者とは、つまり。
「はい。敵指揮官は、エインヘリアル『第九王子・サフィーロ』。配備戦力はサフィーロ直属『蒼玉騎士団』と目され、これを攻略しない限りもはやアスガルドゲートへ近づくことは不可能。敵は要塞出現と同時に東京焦土地帯を制圧し、更に尖兵を繰り出して周辺市街地を略奪すべく出陣してきました」
 今まで動きのなかったゲートの直上へ前線基地を出現させたかと思えば、守りに入るでもなく出陣……どういうことだ。
「エインヘリアルはドラゴンのゲートが陥落したことに危機感を抱いていたはず。なにかが切っ掛けで防衛戦略を発動させたのでしょう。例えば誰かが、ケルベロスにゲート破壊作戦の動きあり、とでも煽ったとか。それこそ、ハール辺りが……」
 なるほど。疑わしい情報であっても、場所が割れている以上は無視できない。万一に備える必要があるというわけだ。
 だがなぜ、出陣してくるのか。それを問うと、小夜はにやりと笑みを浮かべた。
「そこに、つけいる隙がありそうです。蒼玉騎士団は本国のエリートで構成されている部隊で、よく統率されているものの実戦経験に乏しく、皆さんの実力を過小評価している様子。更に、略奪部隊の指揮官『狂紅のツグハ』は、殺戮を好む好戦的な相手のようです」
 すなわちツグハとその部隊は磨羯宮を守るより、討って出てグラビティチェインを掠奪し、ついでにケルベロスを蹴散らしてしまえばよいと考えているということだ。
「いくつかの小部隊に別れ、奇襲や伏撃を繰り返して敵を翻弄し、指揮官であるツグハを討ち取るか撤退させれば、騎士団も撤退せざるを得ないでしょう。今回の任務は、出撃してきた敵部隊の撃退です」
 本国のエリートどもの出鼻を挫き、歴戦の番犬の恐ろしさを叩き込んでやるのだ。

●東京焦土地帯の闘い
 戦場となるのは『八王子の東京焦土地帯』。周辺に一般人はいない。
「ザルバルクの駆除などでご存知とは思いますが、自然地形の他に廃墟となった市街地や幹線道路などがある無人地域です。廃墟ビルや駅ビルの地下街、下水道などを利用して敵を攪乱してください」
 元々はこちらの土地。地の利を活かして敵を迎撃するのだ。
「敵部隊ですが……蒼玉衛士団督戦兵が約50体、蒼玉衛士団一般兵が約250体……合計で300体ほどの規模です。督戦兵1体が一般兵5体を率いる『小隊』が50あると考えてください」
 何か異変があった場合や、敵が現れた場合、蒼玉騎士団はこの小隊単位で偵察や戦闘を行い、戦闘時の増援も小隊単位で派遣されてくる可能性が高いという。
「すなわちこちらから仕掛ける場合は、ある程度本隊から引き離してから襲撃を掛け、増援到着の前に決着をつけるか、撤退するのが良いでしょう。また、実際には戦闘を行わずに攪乱に徹し、多くの小隊を本隊から引き離す事ができれば、本陣強襲も可能と目されます」
 敵戦力を削ぎに削いで撤退を選択させるか。
 はたまた、攪乱を重ねて本陣を貫くか。
 場合によっては現場での即断も必要だ。
「次に、敵の戦闘能力についてです。エインヘリアル一般兵の戦闘能力は、デウスエクスとしては高くありません。督戦兵は今まで現れた罪人エインヘリアルとほぼ同等。こちらはそこそこの強敵です」
 敵小隊とこちらの各班が、無策無援で真正面から全力で激突した場合、勝利の確率は五分五分。戦闘終了後は、例え勝ったとしても戦闘不能者を抱えて撤退するしかないだろう。
「ですが、督戦兵はエリート意識が高く指揮官の役割を重んじ、面倒な雑用は一般兵に押し付けるきらいがあるようです。それを利用すれば、偵察に派遣されてきた小隊を更に分割して各個撃破出来る可能性があります」
 一方で一般兵は兵卒に徹するよう訓練されており、小隊指揮官である督戦兵が倒れた場合、部隊指揮下に復帰すべく戦闘を中断して撤退するという。
「それはそれで一理ありますが、逆手に取れば指揮官をピンポイントで狙い、敵の撤退を誘発する戦術も有効だということです。ここは上手く利用しましょう」
 そこは、各班の戦術と実力の見せどころというわけだ。

 ブリーフィングを終え、小夜はため息をついて衛星写真を振り返る。
「アスガルドゲートを守る前線基地と化した『ブレイザブリク』……しかし逆に言えば、この基地を堕とせば道が開けるということです。ツグハの略奪部隊を撃破できれば、ダンジョン化した『ブレイザブリク』の攻略を開始する事が出来るはずです」
 この闘いは長きアスガルドゲートへの道の第一歩、というわけだ。
 小夜と番犬たちは頷き合い、出撃準備に掛かるのだった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ


 八王子駅前を押し進む、一糸乱れぬ戦列。
 かつて人馬宮より放たれた紅鎧の軍勢と対照的に。
『隊長!』
 その時、街のあちこちから、次々に信号弾が打ち上がった。
 これ見よがしな囮を、指揮官『狂紅のツグハ』が鼻で笑う。
『市街戦でオレ達を止めるつもりか。生意気な雑魚め。お前達、狩りだして首を持ち帰って来い』
『ハッ!』
 軍勢は流れるように二手に分かれ、出撃していく。
 敵は完璧な統率を誇る、蒼き軍団。
 東京焦土地帯での闘いが、今、始まる……。


 うち捨てられたビル、枯れた街路樹、割れた舗装……それらが、爆音と共に砕け飛ぶ。
 滅びの地は、今や戦場。
(「始まりの地、か。ココに死にに来てケルベロスに目覚めるなんざ、何の冗談だ。まあ今は……拾った命をちっとはマシに使えてるよ、な?」)
 万感の想いを胸に、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)が廃墟を走る。
「時間に置き去りにされた場所って、胸に来るね。あの広告とか何年前のだっけ……」
 桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)が見つけたのは、焼け焦げた化粧品の看板。
 新条・あかり(点灯夫・e04291)がその向こうに闘う陽動班を見つけ、物陰へ身を伏せる。
「いつかこの焦土も、必ず取り返そう……さて。そろそろ八王子駅だけど、敵は……あそこだね」
 ビルの壁に背をつけ、砕けた窓を覗く。駅前広場に百を超える巨体が陣を敷いていた。
「得た情報を警戒して陣張ったのに、肝心の兵士が慢心するなんてね。残存は20隊。陽動で、兵を二つに割ったみたいだ」
「30隊が威力偵察か。警戒は隙がないな。気質は前のめりだが、戦術面は侮れなさそうだ。気を引き締めねば」
 隠密気流の中、ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)とマルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)が敵情を分析する。
「んう。次の陽動で……どのくらい、減る、かな。ぜんぶ、いなくなって、くれると、いい、んだけど……」
 伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が時を見る。
 信号弾打ち上げより八分目。敵陣を、少数の番犬たちが散発的に挑発し始めた。
「囮作戦開始ダ……数は7人」
 隠れるキリノの傍らで、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が敵指揮官を見つける。
『こざかしい雑魚め。あいつらを殺して首を持ってこい!』
「掛かっタ、か。7隊が囮を追って出撃していル。敵の残存部隊は13隊」
「こっちで最後まで残るのは、俺たち入れて4班。1班は指揮官狙いだろ? 13対4は、流石に無茶だなー……」
 尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)がため息をつく。
「……クソッ。猪武者らしく動けよ。戦力配分、誤ったか?」
「あはは。ビミョーに堅実とか、めっちゃヤな奴。どーしよ?」
「囮の七人は、敵を離して待ち伏せに掛ける手筈だ。きっと……」
「うん。待ち伏せ班が粘れば、一隊以上誘引できると見たね」
 焦りと緊張の中、時が過ぎる。
 そして、作戦開始から18分目。
「敵が動いたよ……! 7隊がさっき出撃した小隊を追って出てく」
「帰還の遅さに焦れて増援を出しタな。残りは6隊……か」
「ん……倍、だね。まともに、やったら……勝ち目、ない……けど」
 これ以上、敵が兵を割る見通しはない。むしろ敵の帰還を警戒すべきだ。
「俺たちが時間を稼ぐ間に、指揮官を倒す……しかねえ、よな?」
 重い沈黙の中、視線が絡み合う。
 策は尽きた。
 つまり作戦の成否は、自分たちがどこまで抗えるかに、かかっている。
 そして。


 20分目。
 暗殺班を残し、三班は一斉に飛び出した。
『……敵襲!』
 即応した敵を睨み、ヴィルフレッドが囁く。
「前面に1隊展開、一般兵が前衛に五体。出番だよ。暗殺班の為にも、開戦の狼煙は派手にあげよう……!」
「了解。……さあ、精鋭たち。番犬がお相手しようか!」
 前を指したヴィルフレッドからの加護を受け、あかりは氷河期の精霊を解き放つ。
(「可能な限り引きつける! 僕は倒れるまで、ただ、前だけを……!」)
 その想いは氷の大波となり、一般兵の戦列を打ち据えた。
『押さえろ!』
 だが後衛の督戦兵の叱咤に、一般兵たちは身を覆う氷結に耐える。萌花のデコレーションした竜鎚と、敵の銃口が交わって。
「射撃戦ってヤツ? よそ見しないで、しっかり射止めてよね? こっちも、狙うよ。あなたのハートをさ……!」
 キリノのポルターガイストと共に、竜弾が弾けた。爆炎が一般兵を弾き、瓦礫がその顔面を打ち抜く。崩れた隊列に、跳び込む影は。
「さあ、大将への道を開けな! でなけりゃ……露払いとはいえ痛いの行くぜ! 覚悟しな!」
 ランドルフの蹴りが、銃底で殴りかかってきた敵の顎を抜く。
 そのまま番犬たちは、戦列に割って入って。
『し、小隊長? 指示を!』
 乱戦となり、一般兵は銃打で必死に打ち掛かる。しかし。
「立て直しは、させなイ。広喜、合わせルぞ」
「ああ。ここを抜かれるわけにはいかねえもんな」
 広喜の腕が銃撃を弾き、眸は敵群の中で熱弾を群れを解き放つ。無数の小爆発が、混乱する一般兵たちを押しのけた。
 抜ける。その確信が、番犬たちの胸に宿る。
 この小隊を切り裂き、その先のもう一隊まで攻撃して、敵兵を釘付けにすれば。陣の奥でニヤつく敵将を、仲間の射程に入れられる。
 だが。
「なんか……おかしい。弱すぎ、だし……しょーたいちょう、は? どこ?」
 最初に違和に気付いたのは、前衛を色とりどりの爆煙で後押ししていた勇名だった。
(「……? 確かに。なぜ味方に指示も出さずに、されるがままに……」)
 縋り付く一般兵を蹴倒しながら、マルティナが振り返った時。
『引き込み、ご苦労』
 ぞくりと、背筋に殺気が走る。
「……みんな止まれ! これは、誘引だ!」
 その瞬間。
 爆炎が前衛を呑み込んだ。


 焼け転がりながらも、マルティナは咄嗟に仲間たちの背を庇っていた。
「貴、様……! 仲間を、囮に!」
 だが、辛うじて反撃したサイコフォースに向け、督戦兵は一般兵を突き飛ばす。
「……っ!」
『さあ、起きろ! 敵を包囲したぞ!』
 蹴散らされていた一般兵たちが、悲壮な面持ちで立ち上がる。番犬たちの、背後で。
(「まさか……しまった。退路を……!」)
 振り返りざま、あかりの背を銃弾が撃ち抜いた。咄嗟にオーラの弾丸を放つ後ろで、今度はランドルフが叫ぶ。
「まずい、前のも動き始めた! 挟み込む気だ!」
 こちらが止まったのに呼応して、ツグハの周囲を固めていたもう三隊が動き出す。
 だが横に逸れようとした時、一般兵が飛び掛かってきた。咄嗟に引き抜いたナイフと銃打が激突し、ランドルフの脚が止まる。
「一般兵は、囮ダったか。他二班も……同様、か」
「味方を、囮に、して……次は、盾にする、んだ、ね」
 キリノが応戦する中、勇名は光の蝶を舞わせて眸を癒す。だが銃撃は、彼女を庇う眸の脚を、確実に狙って。
「そういうヒキョーさ、嫌いなんだけど……!」
 萌花の放った石化の閃光が、敵の胸倉を打ち抜いた。しかし一般兵は上官への恐怖に顔を固めたまま、やけっぱちに彼女に組み付いてくる。
「挟撃されれば全滅だ……! 一旦、退がるか、横へ……!」
「それがよ……こいつら、弱いけど意外に堅え」
 ヴィルフレッドの爆破に。広喜の拳に。打ち抜かれながらも、一般兵は縋り付く。
 ただ、番犬たちを逃がさぬためだけに。
『身を捨てろ! 生き延びても死んでも、昇進だ!』
 督戦兵の引き攣った笑みは、同じ地獄を生きる狂気に満ちていた。
 恐らくこの小隊自体、後続がとどめを刺す為の生贄。
 目的の為、捨て駒を打ち続け、最後に勝つ。
 それが、彼らの統率の正体。
 だがそれが歪んでいるとしても、小隊が連携した時、この敵は単なる数を超える強さを発揮する。
(「駄目だ……このままでは!」)
 この小隊は最後まで足止めに徹する。
 敵は、犠牲など気にも留めない。
 つまり。
 自分たちは……――。


 包囲が、閉じつつある。
 逃げ道は、ない。
 督戦兵が爆破スイッチに指を掛ける。
『死ね、狗め! 死……っ!』
 その時。
 青い炎が迸り、吹き飛ばされた一般兵が、督戦兵と激突した。
「……!?」
 それは、全員が動きを一瞬止めるほどの、圧倒的な力の発露。
「お前……そいつは、まさか……禁じ手だろ。駄目だぜ!」
 ランドルフは青炎の根源を振り返り、勇名は慌てたようにその手を伸ばす。
「だめ。なかよしがはなればなれは……ぼく、が、かわりに」
 だがその肩を、ぐっと掴んだのは、あかり。
「だめだよ……今は、戻せない。僕はそれを知ってる……痛いほど」
「ああ。私たちは……後を追えない。生き延びる可能性が、出来た以上は」
 マルティナは、目を落とす。彼に、背を向けたままに。
「なに、それ……暴走、ってこと? それじゃ……おにーさんは」
 萌花が、振り返る。キリノに見つめられ、立ちすくむ眸……いや、その前に立つ男のことを。
「広、喜……」
「ごめンなあ。皆で帰れなクなりそうだと思ったラ……こうなッテた。皆、ソっちヲ頼むゼ」
 尾方・広喜から溢れる力は外装となって身を覆っていき、心は電子の濁りに呑まれていく。それでも最後に、彼は相棒と向かい合った。
『コノ先にハ……守りタイものガ沢山アル。ダカラ俺たチハ、負けラレねえンダ……絶対二。ソウダロ……相、棒……?』
 言う最中にも、その顔は黒いバイザーに包まれていく。
「ああ。ワタシ達は……守り抜く。この地を。ヒトを、ダ」
 最後に覗いた青い瞳は、微かに笑みを浮かべ……彼は、変貌を遂げた。
『こ、こいつ、一体……う、撃て!』
 そして黒面に『ヲ』型の文字を浮かべ、破壊兵器が咆哮する。
「ここは、広喜さんに任せる! 僕らは、こっちだ……!」
 敵小隊に向かう背を振り切らせるように、ヴィルフレッドが眸の腕を引いた。
 そう。闘いは、まだ終わらない。
 敵のもう一隊が、雪崩れ込んで来たのだ。

 襲い来る一般兵を、キリノが金縛りに掛ける。
(「広喜……いくら力を暴走させテも、一人では……だが、ワタシは……!」)
 背後の咆哮と破壊の轟音を振り切り、眸はコアの出力を最大限に高めながら、弾丸の嵐を打ち破る。
「マルティナ、全体の状況ヲ……!」
「他二班も、同じ状況だ! 前面の敵は万全。こちらは手負いで、しかも七人。……だが!」
 その言葉の通り、共に闘う2班でも銀髪の戦乙女と灰髪の竜人がその力を暴走させ、敵を押さえている。
「うん……やってみせる。今度こそ、倒れるまで。僕は剣だ。広喜さんの覚悟を、無駄にはしない……!」
 あかりの傷口から迸るのは、七色の薔薇。蔓に喰らい付かれた敵兵を、マルティナの黒槍が貫いて。
「ああ。ワタシが……盾ダ」
「私もな……やるぞ!」
 この戦場に花と咲くのは、仲間の犠牲を是とする罪。
『構うな! 攻めろ!』
 捨て駒たちを、督戦兵が叱咤する。しかし。
「多摩川を、思い出すぜ。紅の次は蒼に負けて、また逃げるのか? ……いいや。今度は俺も……倒れるまで、やってやるぜッ!」
「広喜の。らんどるふの。みんなの……こころ。ぼくの、こころは、わからなくても……もう、だれのも、なくさせない」
 竜巻の如く舞い上がったドローンの群れは、仲間の鎧となって敵の銃撃を阻む。勇名の援護の中をランドルフが舞い、その咆哮が銃撃と共に敵を撃ち飛ばす。
 督戦兵は舌を打ち、腰の爆破スイッチを引き抜いた。
『足掻くか、狗め! これ、で……』
 と、普段と違う手触りに己の手元を見る。何故か手中には、愛らしいハムスターのような生き物が、きょとんと身を丸めていた。
『は……?』
「それはデグーっていうげっ歯類だ。草食性で良く懐き、知能も高い。その子は特に。なんたって……」
 その解説に、ハッと督戦兵が振り返った瞬間。デグーは手榴弾のように炸裂する。
 手を押さえて悲鳴を上げる敵を冷たく見下げ、ヴィルフレッドは手元に戻る杖を受け止めた。
「僕の、ファミリアだからね」
『この……!』
 だが、起き上がった督戦兵を、今度は白い茨が瞬く間に締め上げて行く。
『こ、こいつら! この士気は、一体……ッ!』
「絶望の、お味はいかが? キミたちにお返ししとくね。……さ。皆行って。アイツに、最高の絶望をプレゼントして。覚悟キメるよ……あたしも」
 幻惑に呑まれ、恐怖の叫びを上げる督戦兵。
 それを一瞥もせず、萌花は鋭く横を向く。
 その視線が射貫くのは、最奥で口角を歪める、狂気の源泉、ツグハ。
 そう。この一瞬こそ、奴を仕留める唯一の機。
「……M158 GATLING SELECT」
 力と心を暴走させた者たちの傍らを。
「この機会……ボクたちは逃しはしないんだよ!」
 身をかなぐり捨てて突撃する3班の脇を。
 ツグハ暗殺班が駆け抜ける……。


 そして。
 信号弾の打ち上げより、32分目。
 肩口から緋を散らし、マルティナが膝をつく。
「……っ」
 闘い抜き、すでに血だまりに沈んだ、あかりの傍らに。
「マル……ティナ、さん。闘い、は……」
 震える唇が、問う。
 彼女を庇い続けた眸は、すでに身から火花を散らし、竜槌を握り締めて倒れ伏している。キリノの姿も、もはやない。
 ランドルフは狩りを終えた狼の如く血塗れになり、萌花も柄にもなく両膝に手をついて、ぜいぜいと息を荒げている。
「びるふれっど……起きて」
 ふら付くヴィルフレッドを、勇名が支えていた。
 もはや、闘う力は尽きた。
 出来るのは、仰ぎ見ることだけ。
 彼方、一人の戦乙女が、千切れたチェーンソーを掲げているのを。
「あなたたちの指揮官、狂紅のツグハは討ち取りましたわ! 音と聞き見るがいい、蒼玉衛士団!」
『馬鹿な……ひぃい!』
『ま、待ってくれ!』
『おいてかないでくれぇえ!』
 生き延びた敵兵たちが、我先に逃げて行く。
「聞こえるか。やったぞ……私たちの、勝ちだ」
 マルティナは、弱々しく頷いたあかりを抱え上げる。
「視界が……不良ダ。広喜ハ……」
 目を明滅させている眸を助け起こすのは、ランドルフ。
「アイツ……すごかったぜ。たった独りで、六人相手によ……」
「でも……何処かに行っちゃった。暴走した人は、みんな」
 萌花の視線の先には、引き千切られた一般兵たちの残骸だけ。
 ヴィルフレッドが、その傍らで俯いて。
「振り切らせて……ごめん。でも、ここは敵地だ。今は……」
 探しにいけない。
 最後の言葉は呑み込んだ。
「……いいんダ。ありがとウ」
 揺蕩う沈黙。そっと勇名が進み出て。
「きずを、なおそう。そしたら、迎えに、いこう……みんなで」

 こうして、東京焦土地帯迎撃戦は幕を下ろす。
 果敢な突撃の結果、多数の行方不明者を出すも、敵部隊は撃退された。
 だが、足を止める暇はない。
 この先にはまだ、血煙に揺らめくブレイザブリクの威容が待ち構えているのだから……。

作者:白石小梅 重傷:新条・あかり(点灯夫・e04291) 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) 
死亡:なし
暴走:尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130) 
種類:
公開:2019年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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