磨羯宮決戦~死灰復然

作者:黒塚婁

●死灰復然
「揃ったか? まあ、いい。説明を始める」
 ケルベロス達を一瞥し、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は腕組みを解くと、東京焦土地帯にエインヘリアルの要塞が出現した、と告げる。
 出現した要塞は、磨羯宮『ブレイザブリク』――内は第九王子サフィーロと配下の蒼玉騎士団が守護している。
 要塞出現と同時に、蒼玉騎士団の尖兵が出陣し、東京焦土地帯を制圧、周辺の市街地へと略奪を仕掛けようとしている。
 この略奪部隊は殺戮を好む『蒼狂紅のツグハ』が指揮しており、儘、許せば、市街地にいかなる犠牲が出るだろうか。
「想像するのも厭わしい。ゆえに、こちらも打って出るしかない。……しかし蒼玉騎士団は本国のエリートで、数も多く、統率のとれた騎士団だ。本来、正面からぶつかれば骨が折れるところだが――幸いなことに、奴らは貴様らを過小評価している」
 辰砂は微塵も面白くなさそうに言い、続ける。
「そこを突くべく、小部隊で奇襲や伏撃を仕掛け、奴らを翻弄し――指揮官を討取る乃至は撤退させれば、騎士団も撤退するだろう」
 一度そう区切ると、彼は金眼を細めた。
 繰り返しになるが、此度の戦場は八王子の東京焦土地帯。
 いわゆるミッション地域であるため、周囲に一般人はおらず、戦闘における特別な配慮は不要である。
「廃墟となって久しい場所だが、ビルや線路、下水道はそのままだ。作戦の都合上、地の利を活かして戦う必要もあるだろう――それらを、頭の隅に置いておけ」
 次に騎士団の構成だが、辰砂は資料へ目を落とす。
 騎士団の規模は蒼玉衛士団督戦兵が五十体、蒼玉衛士団一般兵が二百五十体で、全体で約三百体程度。
 そして実働部隊は、督戦兵一体が一般兵五体を率いる『小隊』が五十あると考えればいい。
 異変や敵を発見した場合、この小隊で偵察を行ったり、戦闘を行う。
 無論、斯様な構成ならば増援もあり得る。
 本隊から引き離すなど、優位な戦闘を心掛けるか、その動きを利用し、攪乱による本隊戦力の分散を狙うのも悪くはないだろう。
「本陣が手薄になれば、指揮官への強襲も可能となるが……こちらも実働次第、といえるか」
 ひとつ零し、辰砂は確認するようにケルベロス達の表情を見やる。
 ――さて、問題の敵の戦力であるが。
 一般兵のエインヘリアル達の戦闘能力は、それほど高くはない。
 督戦兵であれば、エインヘリアルで平均的なケルベロス部隊と対等程度。
 つまり、小隊と正面からぶつかれば、戦力としては五分。勝利そのものは難しくなかろうが、負傷者を抱えることになり――撤退を余儀なくされるだろう。
「だが督戦兵は傲慢で、面倒ごとは一般兵に押し付ける傾向にあるらしい。策を打てば、小隊から、一般兵だけを引き剥がすことも可能だろう」
 あるいは先に督戦兵を討てば、一般兵は戦闘を放棄し、撤退するだろう。
「……箱を分解するために、まず中の箱を分解する、というような話になっているが。いずれも重要な戦闘となろう。相手の戦力を甘く見ず、注意深く――穿ち、崩壊させてやれ」
 何より、その後に磨羯宮『ブレイザブリク』攻略が待っているのだから。
 辰砂は一瞬だけ薄く笑んで、説明を終えるのだった。


参加者
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)

■リプレイ

●臨戦
 羽ばたきの音が戻ってくる――。
「なかなかの大所帯でやってきてますね。これは、歓迎してあげないと、ってやつでしょうか」
 双眼鏡を下げ、顕わになった翡翠が笑みに細くなる。
 高みより降下したカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が告げると同時、開戦を報せる照明弾が上がった。所謂、囮の烽火だ。
 戦闘の気配を感じられる場所で、次弾決行の時を待つ。
「お腹空いた……この戦いが終わったらまた人が帰って来れて美味しいもの食べられるようになるかなぁ……」
 飲食店の名残を鮮やかな花の色をした瞳で見つめ、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は人知れず腹部を撫でた。
 焦土地帯は、かつての街並みを外観だけ残して、朽ち果てている。営みの気配は失われ、終焉とはこうなのだと見せつけるように。
「初めて東京焦土地帯を訪れてからもう数年――人類に放棄されたこの地の脅威を、少しでも取り除けるように……今出来ることを、精一杯頑張るよ」
 迷彩マントを羽織り、懐にお師匠を抱え――クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)は囁くと、月色の視線を上げる。
 ああ、と静かに肯くは、吉柳・泰明(青嵐・e01433)であった。暗い色の衣を纏い、景色に溶け込んだ彼は、灰の双眸を半ば伏せて同意する。
「略奪、殺戮。斯様な所業を許せる訳も無い。不安も焦土も広がらぬよう――街と人々の安穏の為、尽力を」
 彼らと少し距離をとり、一人静かに煙草を薫らせるルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)が、細く息を吐く。紫煙は立ち上った途端に消えていく。
「少し緊張してきたな。しねえ?」
 気儘に過ごす彼の姿とは対照的に、レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)がそわそわと落ち着かない様子で何処へか問えば、はて、と兜が首を捻る。
「わくわくしていますがねぇ」
 抑えめの炎をとろりと零しながら、とラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)が応えた。敵の邪魔はたのしい、が基本指針の彼には愚問である。
 視界の端で、闇が動いた。気付いたレヴィンが目を瞬けば、屈んでいた死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が身を起こしたのだと気付く。
 長い黒髪の合間で、赤い瞳が真っ直ぐに敵陣を見据えている。
「そろそろ……行動開始の頃合いでしょうか……」
 刃蓙理の言葉に、クローネが腕の中からお師匠を解き放つと、白い毛並みがふわりと浮かんだ。
「では……手筈通りに……」
 感情の起伏の浅い平坦な口調で刃蓙理は告げると、するりと廃墟の影から飛び出すと、泰明とお師匠が続く。
「……賽は投げられた、か」
 煙草を咥えた儘、ルースが囁く――盤上に兵を進めた以上、お互いにもう退けぬ。

●縦横
「こざかしい雑魚め、あいつらを殺して首を持ってこい」
 これは囮のケルベロスを確認した狂紅のツグハの指示である。彼女は視認した限りを直接仕掛けて来た部隊と判断し、各一部隊以上割く必要はあるまいとした。
「チッ、何処行きやがった」
 揃いの蒼い甲冑に身を包んだ蒼玉衛士団は、獲物が物陰に姿を隠したことで、舌打ちする。
 周囲が徐々に狭く、視界が塞がれる場所に入り込んだとき、督戦兵の懶が顔を出した。
「お前ら、その先を見に行ってこい」
 部隊長の命令だ――拒否権は無い。
「栄えある蒼玉衛士団の兵が、数で勝る相手に遅れを取るのか?」
 更に斯様な言い分で威圧されれば、従うしかない。一般兵としては面倒事を押しつけやがって――が素直な感想だろう。
 彼らは指示通りに路地に入ると、思ったより入り組んだ道を前に、二分と散開した。
 囮同士で目配せ一つ、泰明が小石を弾いた。そこか、と音に反応して駆け出した彼らの視界に入るように、刃蓙理がもたついた風を装って、振り返る。
「……あ」
 怯えは、巧く演じられただろうか。お師匠が唸るのを刃蓙理が抱えて逃げるようにして、態と出遅れ、追わせた。
「待てッ」
 自分達に怯える小さき者を前に気が大きくなったか。合流もせず、報告にも戻らず、彼らは素直に追ってきた――道すがら、点々と不気味な物体が落ちているのは何故だろうと兵達は思ったが――まさかこれが食べ物だとは思うまい。
 気難しい表情の儘、泰明はゆっくりと息を吐く――刃蓙理と目配せすると、彼は柄を下げた。彼女も隠したバスターライフルに触れる。
 急激に速度を増した疾駆で、二人と一匹は――兵の前から消えた。
「ようこそ、歓迎しますよ――風よ、嵐を告げよ」
 柔らかな言葉と共に出迎えたのは、氷晶の嵐。
 カルナの召喚した次元異相のそれは無防備に踏み込んだ一般兵達を包み、斬りつける。
「命の行動原理はふたつ。「愛」と「恐怖」だ。」
 其れを教示するように、風が啼いた。
 嵐に紛れ、懐に潜り込んでいたルースが対の棍を強か振るう。確認出来る所作はそれのみ。刹那に幾度の打撃が体幹を揺さぶり、エインヘリアルの巨躯を脆くも崩す。
「大した覚悟もなく地球《地獄》までノコノコやって来たのが運の尽きだ。来世では上司を選べよ」
 低く構えた姿勢から、感情を載せぬ声音が告げる。
「……俺は雑魚は雇わぬが」
 嘲弄の余韻が消えるより先、耀く一矢が虚空を貫き、廃屋の内部を銀で照らす。
「統率された騎士団。格好良い響きじゃあないですか――こうやってくだらないことで分断されるのは あまり格好良くないねえ」
 笑い声の代わりに炎を出しつつラーヴァが射出した銀の矢は、狙撃手二人の周囲に覚醒の雨を降らせる。
 ゴーグルを下げて戦闘態勢に入ったレヴィンが砲撃形態へと変じた銃を手に、笑う。
「弾丸使わなくて良いのは助かるなッ」
 彼の喜悦は砲撃を行える事と、節約少々。
 だが放った竜砲弾の破壊力はご覧じろ、だ。兵の鉄靴を見事に砕く。同時に別の兵の腰当を、クローネの一矢が砕く。呼応するようにお師匠が地を蹴って、咥えた短刀で斬りつける。
「では、エインヘリアルご一行様には『さっさと失せろ……ベイビー。』ということで……」
 虚ろな声音が囁く。
 刃蓙理の深く低く構えたバスターライフルから万物を凍結させる光線が放たれ、戦場を貫く。
 彼女の射に合わせ、地を蹴った剣士の白刃は既に閃いていた。
「心血を、此処に」
 真っ直ぐに、ただ基礎に従った一太刀。泰明の業は冴え、軌道を読めども掴めるものにあらじ。
 咄嗟に盾と立ち塞がった兵の肩から胴に赤い線を刻んだ。死には至らねど、深手に違いない――仕上げとばかり、銀絲揺らし、エヴァリーナがウイルスを叩きつけた。
 何処か茫洋とした表情でいて、その瞳は戦場をかっちりと見つめている。
 次、と彼女の放った警告を軸に、剣を振るうべく体勢を立て直した者が――雄叫びをあげ、重力と共に怒濤と踏み込んできた。
 すかさず前へと出た刃蓙理が氷結輪振り上げ、刃を凌ぐ。然れど、刀身より放たれたオーラが二人に激しい衝撃を与える。畳み掛けるように飛来した気咬弾へ、地獄の瘴気纏ったお師匠が喰らいつく。
 双方の放った攻撃の余波で埃が舞う。視界が半ば曇れど。
 淡淡と泰明は突進した。最中、もう一刀を抜き払い、空を打ち払えば――空間ごと断つ二対の斬撃が迎え撃つ。
 エヴァリーナの降らせた薬液の雨が、煙ごと払って、彼らの傷を癒やしていく。
 おおお、エインヘリアルは太い声で朱を零しながら――両腕を断たれそうになりながらも、再度剣を振るう。その内側で潜り込んでいたカルナが軽々とハンマーを振り上げた。
 進化の可能性を奪う重い一撃が兵の腹を容赦なく叩く。
 入れ替わり、息を吐きながら踏み込んだルースが、その脇を駆け抜け、刃を弾かれ体勢を崩した兵へ、両の棍からの乱打を浴びせる。
 食い散らかしたような戦場に、ミサイルの雨が降る。躱そうと兵が足に力を籠めた時、鎖が鳴る。
 巻き付いたケルベロスチェインは兵を結びつけ、クローネは力の限り食い止める。
 タイミングを狙い澄ましレヴィンがブラックスライムを解き放てば――闇に食い尽くされる苦悩と共に、兵たちは斃れた。
「ひい、ふう……まずは二体ですね」
 数え上げるのは全身から炎を立ち上らせるラーヴァ。
「では、残りも片付けて行きましょうか」
 疲労を感じさせぬ軽やかな声音でカルナが笑う。振り返れば、髪の尾が楽しそうに揺れた。

●首
「小隊がもっと迫ってきてるかなって思ってたけど……」
 ハンマー降ろし、クローネがぽつりと零した。分断に成功したもう一方も蹴散らしたところだ。
 彼らは督戦兵を無視し、一般兵だけを狙う算段を立てていたが、ツグハは現時点で追撃の部隊を放っていなかった。
 ――そして督戦兵はケルベロスの首を求め、彼らの探索を諦めることもなかった。
 殺気に、お師匠がひとつ吼えた。
「……見つけたぜ」
 いつまでも部下が戻ってこず、自ら索敵を余儀なくされた督戦兵が、そこにいた。
 咄嗟に散開し、身構えたケルベロス達を値踏みするように眺め、
「クズどもを討ち取ったか。まあ良い、俺がその首叩き斬ってツグハ様に献上してやる」
 刃渡りの短い剣を二対、構えて卑下た笑みを浮かべる。だが、一般兵とは一線を画す圧を発していた。
 相手の力を見定めるようルースが元より鋭い青眼を更に鋭く細めると、その脇を二人が摺り抜け駆った。
「さて……『腐ったエリート集団』……。燃え尽きた筈の私のハートに火をつけて頂きましょうか……」
 右で、刃蓙理の髪が揺れる。纏う死と共に、氷結輪を解き放つ。
 左で、泰明が無言で刃を返す。
 両者の動きを督戦兵は鼻で笑うと、両の剣を耀かせた。瞬時、放たれたルーンが視界を白く染める。
 最後に身を投じたお師匠も、神器で光を斬り裂きながら、耐える。
「援護は大丈夫……! 撃って」
 判断と同時、すぐにエヴァリーナが鎖を放って地に魔法陣を描く。
 迫った三者を退けて――兵は堂々と棒立ちしている。
「此方は過小評価されている……でしたね? ならば、存分に利用させていただきましょう」
 その様を見やり、ラーヴァの頭部から溢れる炎はますます赫と光を増す。
 まずは一矢、彼の放った銀の矢が、後ろで構える二人の感覚を研ぎ澄ます。
 レヴィンはハンマーを手ににやりと笑うと、竜砲弾が轟き吼えた。大雑把な動きだが、狙いは的確に身体の中心を捉え――それを兵は軽い一閃で切り抜けると、巨躯がぐんと迫ってきた。
「なにぃ!?」
 レヴィンが大げさに怯む。そこ、と鋭く告げるはクローネ。同じく別の角度から放たれた竜砲弾が兵のこめかみを撃ち抜く。
「予想外が続きますね」
 春風の如く、カルナが言う。その掌には小さな氷晶が生じている。だったとして――笑みとも嘆息とも取れる短い呼気が、近くで聞こえた。
「……悉く狩るのみだ」
 棍が風を斬る音を背に、ルースが身を低くして、跳んだ。
 背後から、追い風の如く氷嵐が吹きつけた。督戦兵はその巨躯を捻り、それを薙いで掻き消そうとしている。
 その前に泰明が滑り込み、刃を合わせて止める。途端に吹き飛んだのは泰明の身体。負荷に耐えきれず、圧し飛ばされた。
 ケルベロスの苛烈な攻撃を、督戦兵は凌いで見せた。
 その地位に見合う実力を証明するかの如く、剣戟は重く、その身は堅牢だった。
 幾度目かの応酬。斬撃を潜り抜けたルースが至近で棍を振るう。ばらばらと無軌道な残像から、乱れ撃つに等しい。
 揺らぎ、一歩退く。
 そこへ、ひゅ、とお師匠が空を駆った。小さな一刀が、督戦兵の頬を浅く斬る。
「ッ、この雑魚どもが――!」
 ――その傷が、男を一気に逆上させた。膨れあがった怒気が周囲の壁を崩し、剣が宿す星辰の力が昂ぶったことを教える。
 だが、不思議と、くつと笑う声が足元である。
「油断は禁物。驕りや侮りは命取りと心得よ。兵たるならばそう肝に銘じて臨むべき――とは師の受け売りだが。真に、初心を忘れては精鋭も形無しだな」
 隙なく構えた儘、泰明が薄く笑んでいた――嘲り。錯誤では無く、兵はそれを認め、吼えた。
 挑発に乗って、一直線へ彼へと仕掛ける。
 二対の剣が叩き込んできた重力で、足元が沈むように割れた。ゆえに彼は息を吐き、両腕に力を籠めれば刀身に雷が這う。
 両眼は、敵を逸らさず見つめ。
「切り開き、切り崩し、己は初心貫徹を成してみせよう」
 身がひしゃげるような衝撃が叩きつけられた――自覚より先に、腕を伸ばす。渾身の反撃が、届いたかどうか。
 桃色の霧が身を包む――エヴァリーナが何かを発したが、聞こえぬ。
 ハンマーを担ぐようにして、レヴィンが先陣を切った。伸ばした腕から、振り下ろされた鎚はその足元へ、大きな弧を描いて吸い込まれる。
 弾丸節約術――青髪揺らし、彼の唇は手応えに笛を吹く。全身全霊の一撃が、蒼い脛当を戦慄かせた。
「冬を運ぶ、冷たき風。強く兇暴な北風の王よ。我が敵を貪り、その魂を喰い散らせ」
 静かな詠唱が終わる前より差し込む冷気。
 前へと伸ばしたクローネの指で、指輪が耀く。凍風が、獣のように吹き荒れた。獲物をいたぶるように幾度となく翻弄し、巨躯を余すところなく疵付けていく。
 ぐう、と兵は呻いた。間髪入れず竜を象った稲妻がその身を焦がす。
 ラーヴァの力で増殖した身を縛る力が、全身に奔り、身じろぎすら許さぬ。
 目を細めた刃蓙理は、静かに、滑らかに氷結輪を投じる。その軌道を強烈な冷気が凍らせていく。兵の身体を沿うように斜めに飛来したそれは、兵の肩を捉えた。
 傷口が、軋む音を立てながら凍てついていく。
「そろそろ頭は冷えましたか?」
 風を巻きつけるように、カルナが跳躍した。軽やかな身体捌きで蹴撃する、その身が旋風。
 兵の加護を粉々に破壊すると、そのまま督戦兵は前のめりに沈み込んだ。
 ――儘ならぬ自由の中、それは紫煙の薫りを感じ。
「トーキョーを蝕む輩は須く狩られると知れ」
 風を喰らいて強かに打ち下ろされた棍が、蒼い兜ごと、兵の頭を砕く。
 首印を取るほどの相手でもないな――そう、嘯いた。

 音がした、こっちだ――そんな声を捉え、エヴァリーナが首を傾いだ。
「増援かな?」
 まだ戦えそうだが――無謀な戦闘よりは本陣に戻らぬよう極力引きつけた方が良さそうだ。
 彼女は皆へ癒しの力を施しながら、下水道の道順だって覚えてきたんだから、と先導を引き受ける。
 然し、一般兵だけを引きつけたなら片付けることができるのではと、まだまだ盛んに燃える炎を灯すラーヴァが鎧を鳴らす。
「まだまだいけるね?」
 返す皆の表情は一様に力強かった。時間からして、撤退の頃合いだというのに、頼もしいものだと誰からでも無く笑い。
 大丈夫、――クローネが指先を組んで、瞳を閉じる。
「……勝利も、帰り道も、ぼくの一等星が照らしてくれているから」
 橄欖石と火蛋白石の指輪へ視線を落として、深く肯き。
 最後の勤めを果たすため、彼らは駆けだした。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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