●磨羯宮
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。緊急の連絡です」
レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は短くそう、告げるとヘリポートに集まったケルベロスたちを見た。
「東京焦土地帯に、エインヘリアルの要塞が出現しました」
エインヘリアルのみ、でもなく、部隊だけでも無い。
要塞そのものが、出現したのだ。
「出現した要塞は、磨羯宮『ブレイザブリク』です」
第九王子サフィーロと配下の蒼玉騎士団が守護する要塞だ。
「蒼玉騎士団は、要塞の出現と同時に東京焦土地帯へと出陣したようです。目的は東京焦土地帯の制圧、周辺の市街地への略奪を仕掛けるためでしょう」
この略奪部隊は、殺戮を好む『蒼狂紅のツグハ』が指揮しているのだとレイリは言った。
「蒼狂紅のツグハは、市街地で殺戮と略奪を行おうとしています。これを、許すわけにはいきません」
レイリはそう言って、真っ直ぐにケルベロスたちを見た。
「皆様には、この部隊をーー蒼玉騎士団の略奪部隊を迎え撃っていただきます」
敵は、統率のとれた騎士団だ。団員の数も多くーーだが、本国のエリートである彼らは、ケルベロスを侮っているところもあるのだという。
「こちらの実力過小評価している、というところですね。あちらがそのつもりでいてくださるのであれば、こちらはそれを利用させていただきます」
いくつかの小部隊に別れ、奇襲や伏撃を繰り返すことにより敵を翻弄するのだ。
「指揮官である『蒼狂紅のツグハ』を討ち取るか、撤退させることができれば騎士団も撤退していくでしょう」
●焔の地にて蒼穹を穿つ
「戦場となるのは此処、『八王子の東京焦土地帯』となります。幸いなことに、周辺に一般人の姿はありません」
周辺には廃墟となった市街地、幹線道路が存在する。自然のままの地形もあれば、崩れかけのビルに駅ビルの地下街などが存在する。
騎士団の規模は、蒼玉衛士団督戦兵が50体、蒼玉衛士団一般兵が250体で、300体程度だ。
「督戦兵1体が、一般兵5体を率いる『小隊』が50あると考えると分かりやすいでしょうか?」
指をひとつたて、ぱっと開いた手を作って説明をして見せると、ぴぴん、とレイリは狐の耳を立てる。
「敵部隊の動きですが、何らかの異変があった場合、敵が現れた場合は、この小隊規模で偵察を行ったり、敵の撃退を行っているようです」
戦闘時は別の小隊が増援として派遣される可能性が高いです、とレイリは言う。
「戦闘を行う場合は、ある程度本体から引き離して行ない、増援が来る前に決着をつけるか、撤退するのが良いかと」
戦闘は行わずに敵を撹乱し、多くの小隊を本体から引き離す事ができれば、本陣への強襲も可能かもしれません。
「敵の能力についてですが……申し訳ございません。所持している武器については、詳細は掴めていません。ですが、一般兵のエインヘリアルの戦闘能力はあまり高くはないことは分かっています」
対する督戦兵のエインヘリアルだが、送り込まれている罪人エインヘリアル程度の強さがあると言うことが分かっている。
「全力を尽くして戦えば、督戦兵1体と一般兵5体を同時に相手をして、五分五分で勝利することが不可能ではありません」
ですが、とレイリは顔をあげる。
「不可能では無い、という意味でです。戦いの後は、戦闘不能になった仲間を抱え撤退することしか出来なくなるでしょう。簡単なことではありません」
ただ、と少しばかり情報があるのだとレイリは言う。
「督戦兵は、傲慢な方が多いようです。面倒な事は全て一般兵に押し付ける傾向があるようで……これを利用すれば、派遣されてきた小隊を更に各個撃破できるかもしれません」
それに、小隊の指揮官である督戦兵を撃破できれば、残りの一般兵は戦闘を中断して撤退しようとするでしょう。
「指揮官をピンポイントで狙う戦術も有効かと」
そこまで説明を終えると、レイリは真っ直ぐにケルベロスたちを見た。
「最後まで、聞いていただきありがとうございます。最後にひとつ、蒼玉騎士団はエインヘリアルの王子直属のエリートであることが確認できています」
曰く、実戦の経験は少ないのだと。
「それを利用して、有利に立ち回ることもできるでしょう。なにせ、どうにもたーんと甘く見られてしまっているようですので」
ぱーんと驚かせてしまいましょう、と笑みを浮かべ、レイリはケルベロスたちを見た。
「勿論、容易い相手ではありません。磨羯宮『ブレイザブリク』は、エインヘリアルのゲートを守護する為に出現したのだと思われます」
磨羯宮『ブレイザブリク』を攻略しない限り、エインヘリアルのゲートへの道は開かれないだろう。
「略奪部隊による悲劇を防ぐ為、これから続く明日の為……行きましょう。皆様であれば、為せると信じています」
では、出発ですね。とレイリは告げる。
ーー皆様に幸運を。
参加者 | |
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春日・いぶき(藤咲・e00678) |
ガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
火岬・律(迷蝶・e05593) |
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206) |
日月・降夜(アキレス俊足・e18747) |
ティユ・キューブ(虹星・e21021) |
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602) |
●焦土
その地は、正しく廃墟であった。
人の気配など欠片も無くーー否、生者の気配というものがこの地には無かった。
「うん、やっぱり。彼処は少し新しい」
一度伏せた瞳を、ゆっくりと開いてティユ・キューブ(虹星・e21021)は告げた。
彼処は真新しかったから、と。
都市迷彩に身を包み、隠密で先行していた三人に目に不可解に映ったのは、廃墟となったマンションだった。放棄されたこの地にあって、真新しい破壊の跡。ことつまり「これ」を起こしたやつが近くにいる、ということだ。
「道でも作ったつもりなのかな」
ティユの傍、姿を見せたボクスドラゴンのペルルが鼻先を寄せる。交わす言葉は互いに聞こえる最低限のもの。それにハンドサインも決めてある。
「随分と目立つ標識にしたみたいね」
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が指先で一角を示す。見せたハンドサインは敵の発見を告げるものだ。
蒼玉衛士団ーーその小隊か。
「灯台もと暗しって意味を奴らは知らねえんだろ」
は、とレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は息をつく。
性格ゆえか、体格故か。こそこそするのは得意じゃない。
(「煙草が欲しくなるな」)
空の指先に紫煙は無く、軽く肩を竦めて言った。
「デカブツどもの鼻をへし折りに行くか」
返す言葉の代わりに頷きあって、廃墟を出る。たん、と崩れた柱に足をかければひとつ、足音が響いた。
●蒼玉の衛士
「ーーおい、あれは」
足音は、高らかに来訪を告げていた。その存在をエインヘリアル達に告げるには十分過ぎた。
「いたぞ。ケルベロスだ!」
「しまっ……退くわよ」
灰の髪を揺らした女が告げる。慌てたように銀の髪を揺らした女が建物の中に戻る。ぐ、とこちらを向いて唇を引き結んだのは長身の男であった。向けた視線の先は督戦兵だ。
「は、バレたことを私の所為だと言うような目だな。ーー追え」
低く、督戦兵は告げる。
「ツグハ様のご命令だ。逃げ回る雑魚共を狩り出せ!」
「ーーは!」
応じた一般兵達が走り出す。ケルベロスの雑魚共は早々に逃げたらしい。
「奴らを引きずり出し首を持ち帰らねばな」
『こざかしい雑魚め、あいつらを殺して首を持ってこい』
ツグハの言葉が頭をよぎる。
「私は優秀な衛士だ。奴らが死ぬ事があったとしても、私の為に死ねるのであれば本望だろう」
蕩けるような笑みを浮かべ、督戦兵は笑った。
●来訪を高く告げ
「右だぞ!」
「奴ら、あれで足音を隠しているつもりか?」
嘲笑う声が、背に届く。崩れた柱を一気に駆け上がり、通りを行く。慌てた足音はあちらに届いているようだ。
そう、届けているのだ。慌てるような言の葉も足音も全て。
その事実を知らずに来る敵の足音を背に、三人は最後の段差を飛び越え、破壊された階段を飛ぶように行く。こちらからすれば飛ぶ距離だが、長身に追跡者達にとっては少しの歩幅だろう。
「こんな所に逃げ込んで、とうとう諦めて自分から首を差し出す気になったか?」
だん、と響く足音は大きく。蒼玉衛士団一般兵の5人がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。ビルの一階、吹き抜けとなったフロアで三人は振り返った。
「そうだな」
薄く口を開いたのはティユであった。靡く髪を緩くかき上げ、微笑む。
「今時分で舐めてくれるとは有り難い限り。こちらは舐める気は全くないから是非カモにさせておくれ」
「ーーは? 何を言っ……」
続く声は、ひゅ、と風を切る音に喰われる。一拍の後、フロアに踊ったのは鮮血とーー。
「冥く鋭き影、猛禽の剛爪の如く」
影の、刃だ。
「――刺し貫く!」
猛禽の如く急降下から叩き込んだ蹴りが一般兵の腕を裂いたのだ。上空からの襲撃者に、理解さえ及ばぬまま踏鞴を踏んだ一般兵の脚元へと影が伸びる。
「な……っく、ぁああ……!?」
貴様、と吠える声に、影の爪が伸びた。脚を刺し貫かれれば、踏み込みは揺らぐ。暴れるように身を揺らし、ぐん、とこちらを見た一般兵にアトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)は静かに告げる。
「待ち合わせの時間だったよね」
言葉は一般兵へ向けたものではない。えぇ、と応じたアリシスフェイルが、貫かれた一般兵の間合いへと飛び込む。
「会えて良かった」
深く、沈み込んで放つ斬撃が、上段へと一般兵を斬り裂く。ぐ、と呻く兵を視界に、右です、と響いた声に二人は飛んだ。
「散らせ!」
兵の咆哮と共に撃ち出されたのは星座のオーラ。薙ぎ払う剣圧と共に放たれた一撃が後衛を襲う。ーーだが。
「生とは、煌めいてこそ」
血に濡れた指先が、淡く光を帯びていた。肩口、浅く受けた一撃が腕を濡らし指先に届く。囁くように告げた言葉と共に漆黒の髪が揺れていた。春日・いぶき(藤咲・e00678)の指先から溢れた硝子の粉塵がきら、きらと舞いーー同時に、星々の煌めきが戦場へと降り立った。
「焔を」
ティユだ。向けた指先が星の輝きを展開させ、武具へと宿すと仲間へと加護と癒しを紡ぐ。舞い踊る硝子は前衛へと、星の輝きが後衛へと届けば流れた血を残して拭うように傷が消えていく。
「まさか、雑魚の分際で待ち伏せだと!?」
「正しくは誘い出し、ですが……。傲慢な方々が多いご様子で、使われるばかりの兵もさぞ不満でしょうね」
それとも実力自体は優秀なのでしょうか。
笑みを一つ浮かべ、いぶきは一つ息を落とす。
(「……いえ、敵を侮り、自らで動こうとしない輩が優秀であるわけもない」)
その傲慢を、侮りを知っている今こちらは力とできる。剣戟の間、火花と共に切り込んで。
「相手はケルベロス。蒼玉衛士団にとっては雑魚にすぎん。血祭りに上げてくれる!」
咆哮と共に、兵が飛び込んできた。一気に回復手まで潰す気か。だが、その軸線へと踏み込んだのはレスターだ。
「悪いが」
大剣で一撃を受け止め、斬撃の余波が頬に肩に落ちる。
「容易く倒されると思うなよ?」
言の葉を、躱したのはただひとつ踏み込む影に気がついていたから。
「足元注意、ってな」
踏み込みと同時に、日月・降夜(アキレス俊足・e18747)の振りかぶった拳から一撃が放たれた。空を穿つような拳、次の瞬間、力は一般兵の足元に生じた。
「っぐ、ぁあ。くそ、足元に!?」
小さな針状に濃縮されたグラビティだ。足裏から貫かれ、ぐ、とレスターへと刃を押し込もうとしていた一般兵が崩れ落ちる。
「くそ、雑魚の癖に!」
焦りか苛立ちか。荒い踏み込みで、残る兵が降夜の真横から来る。ーーだが、そこに穿つ一撃が届いた。
「見えている」
低く、告げたのはガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)であった。伸びた如意棒を引き戻し、手の中に収めながら一気に踏み込む。敵の数はまだ多い。督戦兵が戻りの遅さを警戒するより早く倒さなければ。
「加減は無用」
獲物に手を伸ばし、接近を厭うように届いた刃に顔だけを逸らす。回復を、と一般兵が叫ぶ。
「急げ!」
「分かって……!?」
払うように構えた星座の剣が光を帯びる。だが、其の瞬間、光が舞った。
「これは!?」
「――此方に」
ひとさし、舞うように男の指先は空を滑る。その光は、舞う指先に残像の形を与え式としたもの。深紫の瞳をそっと開き、火岬・律(迷蝶・e05593)は敵を見据える。
「それを、許すとでも?」
一帯に降り注ぐ式の一撃が戦場に落ちた。
「エイリアンヘルのゲートがこの東京焦土地帯に現れるのであれば、それか、上空の鬱陶しいあれを、早々に片付けたくなりますね」
ゲートのメッカなんて冗談にもなりません。
「……商売の邪魔です。勿論、市街地の略奪等許せるはずもない」
「は! 貴様ら雑魚など、我等の手にかかることを誉と思うべきであろう!」
口の端を上げた一般兵の両の手に構えた星座の剣が鈍く光る。
「我等蒼玉衛士団に首を差し出せ!」
禍々しい魔術の乗った二刀による斬撃が、律に届いた。ぐ、と僅か息を詰めるだけで受け止め、その勢いに身を任せる。体を自然に退かせてーー抜くのだ。
「生憎、差し出す首もありません」
抜刀からの一撃。届かせるそれよりは、間合いを取り直す為のもの。受けた一撃とて、ただ無意味に受けた訳ではない。
「そうね。誰一人差し出す首は無いわ」
頭上より一人、降りる影を知っていたからだ。空で回す身は星の重力を纏い、その勢いさえ利用してアリシスフェイルは一気にーー行く。
「遠慮しなくて良いのよ、折角追ってきてくれたんだもの」
ガウン、と叩き込んだ蹴り一つ、ぐら、と大きく身を揺らした一般兵が、ギリ、と歯を噛んだ。
「貴様……っ」
怨嗟の瞳に薄灰の娘は悠然と微笑んだ。
●勝利の為に
「っぐ、ぁああ……っくそ、我らがこんな……ッ」
あり得ない、と零しながら最後の一般兵が倒れる。淡い光の中へと消えれば、僅かな疲労感が一行に残っていた。流石に急ぎの戦いだ。だがそれでもーーこれで完璧に督戦兵との合流は防げる。
「誘導役のみんなはお疲れ様」
後もうひと仕事だね、とアトリは告げる。頷いたティユが、レスターへと視線を向けた。
「どうかな?」
「痺れを切らした……という所だろうな。だが、動きが掴めている分、追うのはこっちだ」
手配書を手にレスターは告げる。
向こうがどれだけ自分が追いつめているのだと思っていても。
行こう、と告げる声が重なり、ケルベロス達は廃墟を飛び出した。
「貴様ら……」
そして、相対の時は訪れる。督戦兵とかち合ったのは、倒壊したビルが作り上げた大通りであった。足元には窓ガラス。空いた穴には既に瓦礫が詰め込まれている。
「何故此処に」
その上で、督戦兵は立ち尽していた。小さく息を飲んだ兵に、レスターは顔を上げる。
「見つかったことをおれの所為にされても困る」
先の言葉をそのまま返せば、舌打ちと共に、ぐん、とルーンアックスを構えた督戦兵が声を荒げた。
「あの役立たず共。雑魚の一人も倒せなかったとはな……、まぁ、良い。その首、この私が取れば良いのだけのこと!」
斧の刃を撫で、燐光と共に白銀の獲物を構えると督戦兵は吠えた。
「私を煩わせたこと死をもって償うと良い!」
その声と同時に、踏み込みが来た。光り輝く斧の一撃が向かうのはーーガイストだ。
「ーー」
避けるには、流石に足らないか。ならば、と構えた片腕より早く、飛び込む姿があった。
「な……!」
ガウン、と重く振り下ろされる一撃に、ガイストの前にティユが踏み込んでいたのだ。は、と荒く息を零しーーだが、受け止め切った彼女は笑う。
「耐えたさ」
「貴様! 雑魚の分際で!」
星の輝きが弾け、だが膝をつくことなく耐え切ったティユの後ろ、ガイストは前に出た。
「――推して参る」
感謝すると、告げる言葉の代わり通す一撃を礼の代わりとして。ティユへと落とされた斧が引き戻されるより先に、督戦兵の間合いへと沈み込みーー一撃を放つ。透徹たる冰心、冴えた剣閃。太刀風を劈いて生まれ出るはーー翔龍だ。
「ぐ……ッぁああ」
鋭い爪牙が、督戦兵の喉元へと食らいついた。衝撃に、踏鞴を踏みながらも、ぐん、と兵は顔を上げる。
「雑魚が、私にこんな……っ」
「エリート、ってのがお前らの肩書か。普段の勝負相手は戦図や駒か?」
睨め付ける督戦兵の視線を受け止め、は、とレスターは息を吐く。
「……いい機会だ。実戦の味を教えてやる」
ゆらり、と身を揺らすと、たん、と一気に男は前に飛ぶ。右腕の銀の獄炎が、尾をひくように流れ接近を嫌うように突き出された槍を受け止める。
ギン、と鋼と鋼がぶつかるような音がした。
「還せ」
告げるそれは、解放への言の葉。
追いすがる右腕より滔々と溢る銀の蛍火。長く尾をひくしろがねの燐火が、伸ばす腕から捉えるようにーー踊る。
「っぐ、ケル、ベロスがぁあ!」
蛍火が肌を焼いていた。ばたばたと落ちる赤をよりも、己が傷をつけられたという事実に督戦兵は声を荒げる。暴れるように振るわれる斧が、その余波が地面を破る。飛びのいて避けた先、後方からの一撃を向ける。
「鉄から鉛に至り、シの戯れに敗北せよ」
それは魔女の物語。紡ぐ言の葉が解放する力。
アリシスフェイルの手首から奔る赤と黒。二色の光で織り上げる幕が督戦兵へと届く。
「な、これは……!?」
踏み込みが一拍、止まる。血がし吹き、だがダメージよりは見えた恐怖が督戦兵の足を竦ませていた。
「ツグハ様ッ」
ひゅ、と息を飲むそれは、首を取ってこいと言われた己の現状に辿り着いてか。ぶん、と頭を振るい、幻を打ち払った督戦兵とアトリの目が合う。その瞳を見据えたまま、一気に地を蹴った。
「通しはしないし、帰しもしない」
瞬発の加速。アリシスフェイルの描く光の影を渡り、督戦兵へと手を伸ばす。腕を掴み、一気に後方へと回り込んで影の如き刃を突き立てた。
「っぐ、ぁああ……っ雑魚が、雑魚共が!」
こんな、と督戦兵は吠える。あり得ないと。
「雑魚が、ケルベロスに私が、こんな!?」
咆哮と剣戟の中、戦場は加速する。鍔迫り合いの間、上へと弾き上げれば一人が横から切り掛かり、小まめな回復が動き続ける身を守る。流す血を今は置いて、ケルベロス達は動き続けた。戦いの流れを引き寄せたのだから。
ティユといぶきの回復に踏み込む体が一気に、軽くなる。前に出れば、銀の槍が律を迎える。
「散れ、ケルベロス!」
「散るのは、お前だ!」
だが、一撃が届くより先に砲撃が来た。
降夜の一撃だ。光弾を真正面から受け止めた督戦兵が、貴様と叫ぶ。ふ、と降夜は笑い、行け、と律に紡ぐ。
「これで終わりです」
緩やかに描かれた斬撃。刃は督戦兵の鎧を砕きーーその奥に、届いた。
「ばか、な……この、私が……、私、が……!?」
バキン、と鎧が砕けた。穿つ筈の槍は届くことなく手から落ちーー督戦兵は、崩れるようにして消えた。
終わったと、紡ぐ声が荒く落とす息に紛れた。重傷の者こそいないが、流石に疲労感はある。其の状況で終えられたのは。小隊を分断し、敵の動きを把握できたからだろう。だがーー。
「増援です。ゆっくりはできそうもありませんね」
いぶきの言葉に、皆が顔を上げる。流石にまともに戦うのは厳しいがーーだが単純にこちらが離脱すれば本隊と合流する可能性もあるだろう。
「逃げながら時間を稼ぐべきだろうな」
レスターの言葉にアリシスフェイルも頷く。
「それが指揮官の討伐か騎士団撤退に繋がるなら少なくとも一般人に被害は及ばずに済むんだもの」
あちらが倒す気で来るのならばこちらとて、削らせて貰わなくては。
「なら、場所は最初に見た商店街が良さそうだよ」
「決まりだね」
ティユの言葉に、アトリが顔を上げた。
撤退のその瞬間まで為すべきを為すだけ。時を稼ぐのだ。
接敵まであと少し、踏み込んでくる敵へとその戦場を己のものとすべくケルベロス達は駆けた。焦土の戦場を、勝利へと繋ぐその為に。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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