磨羯宮決戦~烈々たる戦野

作者:銀條彦

「ケルベロスの皆さん、大変っす! 東京焦土地帯から――八王子の地下から、エインヘリアルの要塞が出現したっす!」

 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)より火急の報ありと伝えられヘリポートへと集ったケルベロス達。
 エインヘリアルの『魔導神殿群ヴァルハラ』から磨羯宮『ブレイザブリク』が分離し地上に浮上したとの報は確かに緊急事態と言う他無い、火急に対処すべき異変であった。
「磨羯宮はエインへリアルの第九王子サフィーロとその配下の蒼玉衛士団によって守護されているっす。浮上完了と同時にこの要塞からは蒼玉衛士団の尖兵が出陣して東京焦土地帯を制圧、のみならず周辺の市街地へも略奪を仕掛けようと目論んでいるっす!」
 デウスエクスが地球で行う略奪とはすなわちグラビティ・チェインの強奪であり、往々にして殺害行為が伴うものだが――今回の略奪部隊は特に殺戮を好む性質を備える『狂紅のツグハ』によって指揮されており、このまま市街地への侵攻を許せばその略奪はより惨たらしいものとなってしまうだろう。
「そんなこと許す訳にはいかないっす! そこでケルベロスの皆さんにはこの蒼玉衛士団の略奪部隊を迎え撃って欲しいっす!」
 ツグハ達は自他ともに認める本国のエリート集団であり、衛士団としての統率も取れておりその兵数は多い。
 だが、故にこそケルベロスの実力を過少に評価しており、磨羯宮の防衛よりも略奪ののち速やかにケルベロスを蹴散らす事ばかりに注力しつつあるらしい。
「ケルベロスの皆さんが侮られてるなんて本っ当にむかっ腹っすが今回ソコがつけ込み処でもあるっす! こちらが小部隊に分かれて焦土地帯内で奇襲や伏撃を繰り返してやれば、敵は容易に食いついてきて翻弄されてくれるっす!」
 そして敵陣の混乱に乗じて首尾よく『狂紅のツグハ』にまで迫りこれを討ち取る事が出来れば指揮官を失った略奪部隊は撤退を余儀なくされる事だろう。
「今回尖兵として出撃した敵戦力は約300っす。その内訳は蒼玉衛士団督戦兵が50体、蒼玉衛士団一般兵が250体で……督戦兵1体が一般兵5体を率いる『小隊』が50程あるって陣容みたいっすね」
 有事に際してはこの小隊規模での偵察や迎撃が行われる様だとダンテは説明を続ける。
 ケルベロス側はこれらへ各個撃破を仕掛けてゆく事となる訳だが、戦闘時は追って別の『小隊』が援軍として派遣されてくる可能性が高く、敵本隊からある程度引き離した上で交戦し敵増援が到着する前に撃破もしくは撤退を完了させる必要があるだろう。
 また交戦を避けてまともに遣り合わず撹乱のみに徹し、より多くの敵小隊を本隊から引き離すという作戦行動も考えられる。
 本陣に詰める戦力をより多く引き剥がす事ができれば、あるいは、本陣への――略奪部隊の指揮を預かるツグハへの強襲すら可能となるかもしれない。

「ちなみに、尖兵のエインヘリアル騎士たち個々の戦闘能力は督戦兵1体が罪人エインヘリアル1体とおおよそ互角ぐらいっす。リーダー格である督戦兵とそれよりは格下の一般兵達の計6名を同時に相手取って真正面からぶつかった場合の勝率はほぼ五分五分で、一戦した後は戦闘不能者を抱えて撤退するしかないと弾き出されてる、――っすが……」
 だがここでもエリート敵特有の性質が突くべき弱点として機能する。
 『小隊』率いる督戦兵達はいずれも傲慢で、また面倒事は全てアゴでこき使う一般兵任せの傾向が強く見受けられるのだという。
 そして何より……督戦兵・一般兵問わず王子直属のエリート揃いである彼らは、これまでさほど多くの実戦経験を積んではいないのだ。
 その点を巧く利用することさえできれば、派遣されてきた『小隊』を更に分断し重ねての各個撃破へと持ち込めるかもしれない。
「督戦兵さえ倒れれば、残りの一般兵達はどれだけ残存していようが戦闘を中断して撤退を開始するみたいっすから、ピンポイントでこいつだけ狙う短期戦って戦術も有効かもっす。とはいえ退かせた数だけ本隊の守りがまた厚くなるっすからそこは思案しどころっすね!」
 いずれにせよ作戦は地形を利用してのゲリラ戦に近い形での実行が想定されている。
 戦場となる八王子周辺は廃墟と化したビル街や駅前地下街・下水道設備等を擁する市街地や幹線道路、そして焦土と化しながらも僅かに残った自然。
 人類が放棄して既に長いこの地には一般人は存在しないのだから、遠慮なくここと決めたポイントに敵小隊を引きずり込み、敵勢力を撹乱すべく最大限利用すべきだろう。

「それと、どうやら磨羯宮『ブレイザブリク』はダンジョン化しているみたいっす。無事にツグハの略奪部隊を撃破して略奪を阻止できたら、今度はこっちから乗り込んで、天秤宮『アスガルドゲート』への足掛かりを作るっす!」
 ケルベロスの皆さんの力を甘く見た事を後悔させてやってくださいっすとすっかり意気が揚がるダンテと共にケルベロス達は飛び発つ――うち棄てられし焦土の戦野へと。


参加者
連城・最中(隠逸花・e01567)
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
高辻・玲(狂咲・e13363)
除・神月(猛拳・e16846)
草薙・ひかり(往年の絶対女帝は輝きを失わず・e34295)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)

■リプレイ


 今はもうすっかりと人類の居住区としての生活感が失われた八王子市街。
 既に先行する何チームかのケルベロスの手によって、その上空へ、これでもかとばかりにド派手に信号弾や狼煙が打ちあがれば……連続するそれらを合図に焦土地帯における決戦の幕が切って落とされる。

「斬るには事欠かない様相だね」
 深き紅の花弁を漆黒の髪に泳がせ、高辻・玲(狂咲・e13363)は静かに微笑んだ。
 視線の先には街を見下ろす磨羯宮『ブレイザブリク』の威容。
 此れ以上の跋扈を許せば焦土は拡がるばかりとの彼の憤怒は、斬霊の刃と共に、今はまだ鞘へと納められたまま戦いの刻を待つ。
 同様の光景を目撃したであろう敵指揮官『狂紅のツグハ』は市街へと向けて大きく戦力を割いた頃であろうが……かといって流石にいきなり全軍挙げて本陣を丸裸に晒すという程の愚も犯すまい。
 未だ囲う蒼玉すらもこの手で削ぎ落とすのが役割と、息潜めて戦野を往くケルベロス達は己が目標を定めた――狂紅の首狙う仲間達の為に。
 馴染の仲、と呼べなくも無い玲との間で手短に作戦の最終確認を済ませた後、
「焦土も殺戮も広げさせやしない――この星まで、妖精種族の故郷のようにゃさせねーよ」
 鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)の銀瞳は、刹那、戦時の鋭利を湛えていた。
「――そうだね、此処で止めよう」
 しばしの行軍の後ケルベロス達はいったん二手に分かれ策を為す事となる。予知に告げられた敵の弱味……傲慢を煽り、衝く、釣り野伏である。

 囮としての任を担う者達は無人の荒れ路を踏み進む。
(「……相変わらず、不愉快な事をしてくれますね」)
 気配絶つ風纏い、敵影求める連城・最中(隠逸花・e01567)にとって目指す敵の侮りなど何ら痛痒にも感じない。
 だが――。
(「傷付け奪う事は、許さない……」」)
 例によって敵支配圏下では通信機器の類は一切使用不可能であり、二手に距離を隔てるケルベロス間を繋ぐ連絡手段はアナログな笛による伝達のみに託されている。
 けれど使命と信頼とを支えに毅然と進むセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)の胸に不安の影など一片たりと射し込む余地は無い。
(「騎士としては正々堂々と戦いたいところですが、流石に今回は多勢に無勢……ならば、目的を果たす為、迫真の演技で敵を欺きましょう」)
 白銀の剣柄に揺れる鈴蘭飾りすらも今は消音処理を済ませ、護り手たる彼女は瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)と共に細心の注意で寡兵を固める。
(「いつ見ても、人の気配の無い街だ……」)
 焦土の経路を、逐一、確認するように目配せしながらの索敵を続けていた灰が無言のまま立ち止まりあそこだと褐色の指先を向けた、その先に。

 目障りな雑魚共の首を持って来いと、本陣より追加出撃を命じられまんまと釣られる形となった蒼玉のエインヘリアル達の姿が其処には在った。


『鼠狩りが手柄になるとは……フフフ。さあ、お前達! 私と王子の為にその命を尽くして戦うのです!』
 ルーンの大斧を大仰に掲げ、隊列の後方から偉そうにあれこれと命令を飛ばす蒼甲冑の青年こそがおそらくは隊長格の督戦兵なのであろう。
 一般兵を含めて計6名、他の敵小隊が接近してくる気配も現在のところは皆無。
 身を伏せた物陰でそれら現状を再確認した後、最中は仲間達と頷き合い、手筈通り作戦は遂行される事となる。

「あ、しまっ……て、撤退! 撤退です! 流石に私達だけではあの数を相手には出来ません……!」
「どうした――何っ、あれはエインヘリアルの精鋭部隊かっ!?」
「く、思ったより数が多い……」
 三者三様の演技はいずれも迂闊な遭遇戦発生で慌てふためく無様な弱兵を装う為のもの。
『フフフ、鼠にしては中々に見る目が有るご様子ですが……数に物を言わせるまでもなく、彼我の差は歴然と知りなさい』
 既に勝ち誇る督戦兵は、脱兎の如く手近な路地裏から廃墟へと飛び込み、逃げの一手しか打つ手が残されぬ憐れなケルベロスに対して3名の一般兵を差し向け悠々と高みの見物状態である。
 おそらくは散り散りに逃げた場合を考慮して用意されたその数だったのだろうが、狩るべきケルベロスらは身を寄せる様に一丸となってちょこまかとするばかりでエインヘリアルにとってはやや窮屈な狭所続く、児戯のような逃走劇がしばし続いた後……。
 無人のビジネスホテルのフロント跡へと逃げ隠れようとした3匹のケルベロスは遂に進退窮まった様子で足を止め、ゆっくりと追っ手の一般兵を振り返る。
『ヘヘッ! てこずらせやがって……だが追い詰めてやったぜ!』
『ようやく覚悟を決めたようだなっ!』
 督戦兵の前での媚びへつらうような、怯えた笑顔から一転。
 抑圧の反動かあるいは戦闘種族としての性か、今や一般兵達はいずれも舌なめずりせんばかりに喜々と大剣を振りかざしオーラを燃やしてあとは『獲物』への一方的な蹂躙の開幕に高揚するばかり。 ――の筈だった、その時。

「……さぁて、追い詰められたのはどっちかな!」

 ここまで惑い焦るばかりだった筈のシャドウエルフの男……灰の不敵な笑みとその頭上へと『夜朱』の翼が舞い降りたのが合図の代わり。
 死角から、横合いから、――そして眼前の『獲物』達が突如翳した各々の武器から。
 バトルオーラ使いでおそらくはクラッシャーと目される一般兵へと向けて火を噴いた攻撃グラビティの集中豪雨。
『なっ…………に……!?』
 1階フロアの各所から奇襲を仕掛けるべく潜伏を続けていた残りのケルベロス達が次々にその姿を現したのだ。その戦力は倍化どころでは無い。
「黄泉路へようこそ――なんて、ね」
 ゆるく韜晦を交えつつもそれは確かな冥き夜影の如き宣告。
 時ここに到りようやくその眼鏡を外し、最中は本気の戦闘態勢へと移行する。

「興奮すんのはイイけド、背後がすっかりガラ空きだったゼ?」
 電光石火の蹴りを繰り出した後に我拳の構えを取った除・神月(猛拳・e16846)の周囲からはすっかりと隠密気流が掻き消され、烈しき漆黒の闘気が燃え盛る。
「囮役、おつかれさま!」
 一方で、ファスナーを一気に下ろして野暮ったいつなぎの作業服を脱ぎ捨て、はちきれんばかりの勢いでお馴染みのダイナマイトなリングコスチューム姿を披露した草薙・ひかり(往年の絶対女帝は輝きを失わず・e34295)は囮役の仲間達の労を労いつつ、合流果たした彼らごと光輝く粒子を振り撒き、鼓舞する。

(「失敗は出来ないもの、私にやれることを全力で……やる!」)

 戦い臨むクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)は奇跡の請願を奏でつつも。
 その祈りは与えられる救いではなく自らの手で掴み取る勝利の為にとまっしぐらに翔けるのだった。


 待てど戻らぬ3名の一般兵の跡を追ったエインヘリアル達が、戦闘音を聞きつけ廃墟敷地内へと足を踏み入れたのはその数分後。
『フフ……たった3匹の雑魚相手に随分と大袈裟に張り切っているようですね』
 だが、蒼玉の督戦兵の余裕の笑みも其処までであった。

 踏み込んだ先に広がるフロアの中央には物言わぬまま横たわる2体の巨躯と、必死の形相で応戦する1体の一般兵。
 予想だにしなかった光景に虚を衝かれた、その一瞬の空隙を、見逃すケルベロスは此処には存在しなかった。
「どれ程の精鋭であっても、天狗になっては御終いだろうに」
「随分見縊られてるよーで――ま、腹立つどころか、好都合で丁度良いってモンだけどな」
 玲が溢した冷笑に雅貴がへらり追随すれば、ほぼ同時、刀と刀が血振るいの所作と共にその鼻を圧し折るとばかり切っ先が突きつけられる。
 無警戒な甲冑軍団の接近を察知するなど、戦闘中にあっても決して周辺警戒を怠らなかった地獄の番犬達にとっては至極容易な事である。
 囮役の追っ手として差し向けられた一般兵は剣士とオーラ使いが共にクラッシャー、そしてもう1名のオーラ使いがジャマーであった。
 クラッシャー2名は既に倒され、残るジャマーももう虫の息だ。
 すかさず体力回復やバッドステータス解除のヒールを施術しようとした一般兵達を怒鳴りつけ制止したのは督戦兵である。
『何をしているのです!? 督戦兵たる私の援護の為にお前達は今ここにいるのですっ!』
 油断し舐めてかかっていたとはいえ督戦兵からの命令に従った結果として深手を負った一般兵の救援など後回しにして……というよりも見捨てて、未だまったくの無傷である督戦兵へ真っ先にエンチャントを掛けろと強要しているのだ。
『……そ、んな……』
『私にもしも何かあればその時はお前達とてただではすまないのですよ?』
 督戦兵のその一言の前に、黙って従う一般兵達。
 事前に取り決めた撃破方針に従い、クラリスはくるくるとまるで小動物を思わせる素早い身のこなしから携えた木杖を黒兎『シド』へと変化させた。
 彼女の魔力と共に撃ち放たれた勇ましきファミリアの突進がトドメの一撃となりジャマーの一般兵はその不死の命を終える事となる。
 強きに諂い弱きを害するような敵だったとはいえ、このようにあっさりと兵士を使い捨てる光景は『戦士』である彼女にとっては不快でしか無い。だが、クラリスは躊躇わない。
(「ここで勝てば、うち棄てられたこの場所にも、いつか希望が戻る筈。 ……ドラゴンにも勝てた私達になら、きっと不可能なんかじゃない」)
 同胞相手ですら蹴落とし合うばかりのエインヘリアル勢力がドラゴン勢力より『戦士』として上だとは彼女には到底思えなかったのだから。

「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、戦いましょう……!」
『下賎な定命の、しかも女如きが騎士名乗りなどと、ハッ、哂わせてくれますね!』
 計略を仕掛ける形で始まったこの戦いの只中、敵であれひとたび剣交わす相手への敬意を忘れないセレナのそんな真摯な名乗りを敵は一笑に付す。
 だが、決して砕けぬ皆の盾たらんとする女騎士の騎士道精神は卑下た嘲笑になど決して揺るがず、気高きサイコフォースの炸裂として結実し、敵前衛が纏う闘気すら圧して掃い除けてゆく。
「お山の大将気取りは構わねーけド、手下を顎でこき使ってんのは良くねーナ。やっぱリーダーだってんなら自分から喧嘩を楽しめるよーじゃねーと面白くねーゼ」
 督戦兵の遣り口それ自体は、自身もかなりの悪党と自認する神月にとって別段悪辣とも外道とも責める気はなかった。
 ただ……何ともそそられない、つまらない『魂』だと喧嘩相手を見切った彼女は、以降、督戦兵への挑発もそこそこに一般兵との魂喰らう殴り合いに没入した。
『死にたくない……こんな僻地の焦土の上で死ぬべき存在じゃないんだ俺はッ……!』
 何かを激しく恐れ怯える一般兵達は忠実な『駒』のまま在り続けて督戦兵を支援し、死に物狂いの全力でケルベロス達へと襲いかかってくる。
 より効率的かつ有機的に集団戦という盤面を構築する駒たれと心がけて戦うという点だけはひかりもまた同様の考えではあった。
 付与砕くブレイク支援を主眼に据えた一般兵達からの攻勢を、彼女は、守りの盾の一角としてここまで耐え続けている。
「……だけど。セレナちゃんじゃないけど、もっとこう、中世の会戦とか決闘みたいな盛り上がりを期待してたんだけどな!」
 何だか辛気臭いしダサいしとズバズバと不平を叩きつけるひかりは本音と挑発意図が半々である。
「エリートなんてのは大体がいけ好かないからムカついたりもするだろうとは思っていたが、こうまで胸糞だと逆に有り難いぐらいだな! いつも以上に戦いに気合が入るってものだぜ!」
 仲間達が一般兵を討つ間の督戦兵牽制の役目を引き受けた灰の指先が掲げたパズルをかろやかに繰り廻せば、其処に顕れるは苛烈なる女神の幻影。
 精悍なる彼の喉元めがけてルーンの豪撃、ダブルディバイドの双刃が狙い違わぬ精度で振るわれるも厚き護りと彼自身の集中が、ギリギリで、遥か格上敵と渡り合う彼の身をかろうじて戦場へと留めている。
「――導け、星影」
 そして後衛に位置する最中の掌からは、澱みなく、幾度も星紡がれ光放たれる。
 ここが定位置とばかり鎮座を続ける灰の頭上から清浄の羽ばたき放つウイングキャットと手分けしての治癒役として献身を彼も続けている。
 時にセレナも加勢し討ち取ってしまわぬ範囲に留めるケルベロスの牽制策は、自身の無事を最優先させる督戦兵のエゴと相俟って、ケルベロス有利の戦局を加速させていった。

「あたしらが踏み越えた龍の一撃ダ。喰らって消える覚悟は出来たかヨ!」
 真黒き殺意は遂には暗雲と化し、天地壊滅の雷を喚び熾して蒼玉の命を薙ぎ払う。
 粘り強い守勢で戦線を維持した敵ディフェンダーを堅守もろとも喰い破るようにして炸裂した降魔『天地殲滅龍』の龍威の前には悲鳴すら胎へと呑まれて消え果てる。
 そして、満身創痍の自軍ディフェンダーを見殺す形で自身と督戦兵への治癒を最優先させ続けてきた剣術使いもまた……。
「心の月の儘に」
「――――オヤスミ」
 玲瓏たる氷輪の冴のみを遺す太刀風を『月映』が振るえば重なる『閃影』が落とした闇は幽かな痺れだけを伴って蒼玉の兵に終焉を……枷からの真なる解放を齎す。

 斧使いの督戦兵が引き連れて来た残り2名の一般兵は、バトルオーラ使いの盾役とゾディアックソードの回復役であった。
 より攻撃的な3名を追っ手に割いた、というよりも、己の身可愛さ優先で防御支援タイプの兵ばかりを手元に残したい一心での消去法だったのだろう。
 怜悧にそう見立てた最中は、全く温度を感じさせない硬い声音で蒼き敵へと囁きかけた。
「見下した相手に足をすくわれる気分は如何ですか。貴方達が踏みにじった世界に息衝くものを知ろうとしなかった結果でしょう」
『だ、黙れ……もうじきに蒼玉の同胞達が、此処へと駆けつけっ、』
 恫喝を口にしたのはせめてもの矜持かそれとも命乞いの言葉に繋げようとでもしたのか。
 続きを待たず最中が繰り出した癒しならぬグラビティは鮮やかな晨光の一蹴。無知と驕りを悔いて逝けと。
 慈悲にも敬意にも値しない、傲慢たる敵の最期はそれでもせめても『騎士』として。

「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」

 最後まで騎士として相対し続けた女騎士の剣が壮麗にその幕を引いたのであった。


 損耗を重ねつつも脱落者なく督戦の一小隊を撃破した猟犬達は、その後、別の小隊と遭遇する事となった――だが。

「なんダなんダ、あっさり帰っていきやがル?」
「あの慌てた様子……もしかしてツグハが倒されたんじゃないかな」
 残念げに訝しむ神月の後ろで蜂蜜色のオーラ纏うクラリスの希望的予測に対して答えられる者はおらず機を見ての退却が開始された。

 ――次なる再訪はきっと聳え立つあの磨羯宮攻略の為の戦い。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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