磨羯宮決戦~到れ、アスガルドの地へ

作者:坂本ピエロギ

 東京焦土地帯にエインヘリアルの神殿が出現――。
 緊急連絡を受けたケルベロスがヘリポートに集合すると、そこにはムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)がヘリオンの準備を終えて待っていた。
「お疲れ様です。八王子の地に、新たな12神殿が確認されました」
 ムッカはそう言って話を切り出すと、確認された情報を手短にケルベロスへ伝えていく。
 磨羯宮『ブレイザブリク』――それが、神殿の名だという。
 要塞の如きこの神殿を護るのは、第九王子サフィーロ。そして配下の蒼玉衛士団だ。
「ブレイザブリクは、エインヘリアル達のゲートがある天秤宮『アスガルドゲート』を守護する役割を担う神殿のようです。現在ブレイザブリクはダンジョン化しており、これを攻略する事に成功すればアスガルドゲートへの道が開かれるものと思われます」
 アスガルドゲートへの道が、開かれる――。
 ムッカの口から告げられた情報に、ケルベロス達は驚きの色を隠せない。
「つまり磨羯宮を攻略すれば、いずれは決戦を挑む事も可能になると?」
「はい、恐らくは。ですが……」
 ケルベロスの一人が投げた問いに首肯を返し、ムッカは話を続けた。
「ですが……その前に一点、喫緊の問題が発生しました。衛士団の先遣部隊が八王子の東京焦土地帯を制圧し、周辺の市街地へ略奪を仕掛けようと出陣したのです。まずはこの事態に対処しなければ、ブレイザブリクは攻略できません」
 市街地へ進軍する蒼玉衛士団を迎撃すること――それが作戦の目標だとムッカは告げた。

「それで、敵の戦力は?」
 ケルベロスの質問に、ムッカは資料を手に返答する。
「指揮官は『狂紅のツグハ』。殺戮を好む残忍な性格の女エインヘリアルで、300体程の兵を率いて焦土地帯を進軍しています。この指揮官を撃破するか撤退させれば、衛士団も撤退していくでしょう」
 ツグハが率いるのは、6体1チームの部隊が計50組。
 督戦兵と呼ばれる上級兵1体と、督戦兵に率いられた一般兵5体で編成されている。
「彼らは作戦行動中の偵察や戦闘を、すべてチームで行います。戦闘が発生した場合は増援の派遣も予想されますので、本隊から引き離したうえで早期撃破するか、折を見て撤退した方が良いでしょう」
 督戦兵の戦闘力は罪人エインヘリアル1体とほぼ同程度。一般兵の力はそれよりも劣り、あまり高くはない。彼ら蒼玉衛士団はアスガルドのエリートで構成されており、ケルベロスを侮っている者が多いようだとムッカは付け加える。
「督戦兵は面倒事の殆どを一般兵達に押し付ける傾向にあるため、一般兵のみを誘い出して各個撃破することは難しくないでしょう。現場周辺は無人で、自然地形や廃ビル、幹線道路など、かく乱に有利な地形となっています」
 注意すべきは、衛士団の兵達は経験こそ浅いが、戦闘力は決して低くない事だ。
 仮に督戦兵と一般兵を全員同時に相手にすれば、ケルベロスが勝てる可能性は五分五分。運よく勝てても確実に戦闘不能者が発生し、撤退を余儀なくされるとムッカは言った。
「ただし督戦兵を撃破すれば、配下の一般兵は撤退します。これを利用すれば、少ない労力で敵のチームを無力化できるかもしれません」
 この戦いに勝利すれば、そしてダンジョン化したブレイザブリクを攻略すれば、アスガルドゲートへの道が開かれる事だろう。長きに渡るエインヘリアル勢力との戦いにも、ついに決着の道程が見えつつある。
「どうかご武運を。そして必ずや勝利の報せを」
 ムッカの信頼を込めた言葉に、ケルベロス達は力強い頷きで応じるのだった。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ

●一
 廃墟と化した八王子の中心街を満たすのは、戦場の狂騒だった。
 信号弾が放つ閃光と、あちこちの廃ビルから立ち昇る狼煙を皮切りに、ケルベロスの迎撃チームめがけ殺到していく敵制圧部隊を、葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)は戦場の端から眺める。
「あれが蒼玉衛士団。第九王子サフィーロの配下達ですか」
「そのようだな。地上に現れて早々略奪とは……衛士が聞いて呆れる」
 エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)は眉をしかめ、戦場の最奥に展開する敵本陣を見据えた。
 敵指揮官のツグハを守る敵は、合わせて20小隊ほど。彼らを本陣から引き剥がすのが、エメラルドら陽動部隊の仕事だ。
「さて、そろそろ時間のようですね」
 信号弾発射から8分が過ぎた頃、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は眼鏡を外して、藤色に輝く瞳で敵本陣を凝視する。
「囮の役目……責任重大ではありますが、張り切って参りましょう」
「だな。エインヘリアル共のマヌケ面、たぁっぷり拝んでやるかね」
 その横でグラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)は獰猛な笑みを浮かべると、景臣と並ぶようにして敵本陣へと向かって行く。
 残る仲間も次々に、誘導地点の物陰へ身を隠した。周囲はトランシーバーを含む通信手段が使えないため、グラハから借りた双眼鏡が頼りだ。
「後は、敵が誘い出される事を祈るばかりですね」
「ええ。幸い奴らは、私達を完全に侮っているようですし」
 周囲に神経を張り巡らせる源・那岐(疾風の舞姫・e01215)に、エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)は頷くと、赤い瞳を殺意に染め上げた。
 デウスエクスを嫌うエステルにとって此処は願ってもない戦場だ。滾る獣性に身を任せ、衛士どもを片っ端から狩ってやろう。そんな決意に彼女は燃えている。
(「エインヘリアルめ……慢心の代償、たっぷり支払わせてやる。地獄で後悔しろ」)
「ふっふー、呪い甲斐がありそうな敵よね。ばっちり仕留めていきましょ!」
 遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)は愛用のネクロオーブを撫でながら含み笑いを漏らす。配下を虐める傲慢な督戦兵には、どんな呪いをかけてやろう。
(「やはりここは、部下が集団辞職する呪いが良いかしらね。ふっふっふ」)
 そうこうするうち、篠葉の狐耳が遠方で聞こえた物音を捉える。怒声と罵声、そして折り重なって響く足音。囮役の2人が、誘き出しに成功したらしい。
(「むむっ、来たわね!」)
(「ああ、此方からも見えた」)
 道路を挟んだ向かいの物陰で、サインを返す八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)が凝視する先から、グラハと景臣、そして2人を追いかけて敵の小隊が走ってきた。
 小隊の先頭を行くのは、いずれもゲシュタルトグレイブを装備した一般兵が5体。その後方では青い鎧を着た督戦兵が1体、威圧的な声で一般兵に命令を飛ばしている。
『さっさと走れ無能共! ツグハ様はケルベロスの首をご所望だ!』
 督戦兵はそう言って兵に追撃を命じると、苛立たしそうに舌打ちを漏らしバトルオーラの気弾で傍の瓦礫を吹き飛ばした。
『チッ、使えん部下どもだ。地球の野蛮人ごときに苦戦しおって』
 督戦兵はケルベロスを侮っているのか、孤立した事にも気付いていないようだ。紫々彦と仲間達はその隙に、督戦兵から気づかれぬよう慎重に距離を詰める。
(「囮役の方々は、順調でしょうか」)
 そう思った那岐が双眼鏡で遠方の廃ビルを眺めれば、窓からグラハが身を乗り出して、
(「もう充分だ。今から戻るぜ」)
 引き離し完了のハンドサインを送り、景臣と共にビルから飛び降りる。
 かごめは仕上げにバイオガスで敵の分断を試みたが、ガスは彼方へ散ってしまった。戦場の範囲が広すぎるせいか、分断は少々難しそうだ。
(「……やむを得ませんね」)
 散布を諦め、仲間と包囲を狭めていくかごめ。対する督戦兵は呑気なもので、一番遅れた兵士をどう苛めようか考えているようだ。
『腕立て伏せ1万回か、不眠不休の掃除か……くくく、どうしてやろう』
(「酷いわ! 酷いブラック上司の予感がするわ!」)
(「さあ皆さん、準備は良いですね?」)
 絶句する篠葉。エステルはグラハと景臣が戻るのを確かめると大きく息を吸い込んで、
「突撃!!」
 督戦兵めがけ、仲間達と共に攻撃を開始するのだった。

●二
『なにっ……!? 敵襲か!』
「――お静かに」
 奇襲に驚愕したのも一瞬、督戦兵は即座にバトルオーラを練り固めた。
 先手を打った景臣が斬霊刀『此咲』で斬りかかる。『沈黙』がもたらす焔に焼き焦がされながらも、督戦兵はすぐに態勢を立て直し、辺り一帯に響く怒喝を放った。
『戻って来い無能ども! 遅れた者は懲罰だ!!』
「部下を呼び戻す気ですか。そうはいきません」
「このまま決着をつけさせて貰おうか!」
 那岐が『風の舞姫の御神楽・菖蒲』を踊り、紫々彦が爆破スイッチを起爆。美しい菖蒲の花とカラフル煙幕が前衛を包み、攻撃力を飛躍的に押し上げる。
『少しは骨がありそうだな。楽しませろ、ケルベロス!』
 直後、督戦兵は泥水のように濁ったオーラを拳へ凝縮し、音速の拳を放つ。神楽の効果を砕かれ、吹き飛ばされるかごめ。その威力は、ディフェンダーたる彼女が受け身を取っても殺しきれぬ程に高い。
「あの督戦兵、クラッシャーのようですね」
 かごめは軋む体を叱咤して立ち上がると、背後のビルにちらと視線を送った。
 恐らく一般兵達にも、督戦兵の声は届いた事だろう。景臣とグラハに引き離された事で、すぐに戻っては来られないだろうが、ぐずぐずしている時間はない。
「急ごう。合流を許すと厄介だ」
「了解しました。メタリックバースト、発動!」
 エメラルドが『英雄凱旋歌』を歌い、かごめのオウガメタルが身体強化の粒子を撒く。
 次いで火力と命中を高めたグラハとエステルが、得物を手に襲い掛かった。
「いいねぇ、いいねぇ。傲慢に侮り、プライドの重石。さぞ重たいんじゃねぇか?」
「死ねエインヘリアル! 跡形も残さない!」
 ルーンで発光する斧の刃と、螺旋を描いた氷弾が命中。吹き飛んだ鎧の隙間から覗く肌を凍傷に蝕まれながらも、督戦兵はオーラの弾丸を生成し、大声で配下を呼び続ける。
『無能ども、早く来い! 遅れたら貴様ら全員腕立て伏せ10万回だ!!』
「ブラックどころじゃなかったわ! 私の超ホワイトな呪いで成敗するしかないわね!」
 篠葉の引きずり出した怨霊が督戦兵の身体にまとわりつき、その動きを鈍らせる。
『生意気な……! 野蛮人どもの分際で!!』
「――切り裂く」
 オーラの弾丸からグラハを庇った景臣が刀を振るい、空の霊力でジグザグの傷を督戦兵に刻む。鎧が外れ、更に露わとなる肉体。紫々彦が投擲するバールを受けてうめく督戦兵を、エステルがしっかりと掴んだ。その隣で、グラハが如意棒を構える。
「落ちて行け。夜の中に」
「さぁてさて――重石と一緒に血の海の水底へ、じっくり沈めてやろうじゃねぇか」
 『宵待月』の投げ技で地面に叩きつけたところへ、如意直突きが放たれた。
 クラッシャー2名の攻撃を浴びて血を吐く督戦兵は、那岐の御神楽で威力を増した篠葉の水晶が放つ炎に鎧を溶かされ、半裸に近い姿に変えられる。
「ブラック上司は平社員から出直しなさい!」
『おのれ、おのれ! 許さんぞケルベロス!!』
「隙あり!」
 プライドを傷つけられた怒りで絶叫するエインヘリアルを、轟竜砲で縫い留めるかごめ。その時、エレキブーストで景臣を癒していたエメラルドが、廃ビルの方角を指さした。
「皆、気をつけろ!」
 エメラルドが示す先、槍を担いだ兵士が2体駆けつけてきた。彼らは未だ戦意の衰えない動きで、督戦兵を庇うようにケルベロスの前に立ちはだかる。
『申し訳ありません!』『只今戻りました!』
『遅い! 残りの無能共が戻るまで、貴様らだけで足止めしろ!』
『ひ、ひいぃ!!』
 懲罰の恐怖に駆り立てられたか、兵士達は死に物狂いの目で槍を構えた。その背後には、遅れて走る兵士の姿も見える。
 思ったよりも、敵の復帰が早い。誘い込んだ兵士を何体か撃破して戦意を挫いておけば、更に時間を稼げていたかも――。
 脳裏によぎる『もしも』を振り払い、エメラルドはフェアリーブーツを装着する。
 今は目の前の敵を倒す事が最優先だ。
 信号弾の発射から、16分が経過しようとしていた。

●三
『泣き叫べ、ケルベロス!』
 督戦兵は一般兵に守りを押し付けると、拳をオーラで包んだ。ケルベロスの猛攻によって浅からぬ傷を負っているのに、回復を試みる様子はない。ここで守りに入るのはプライドが許さないのだろう。
「急ぎましょう。敵兵が揃う前に」
 インフェルノファクターで力を増した景臣の放つ麻痺の焔は、しかし一般兵に庇われた。続いて督戦兵が放つ音速拳が、エステルを庇った那岐を軽々と吹き飛ばす。
 体がバラバラになったように痛みに耐えながら、那岐は気力溜めで傷を塞ぐ。攻撃に耐えられるのは、あと僅かだろう。対する督戦兵は全身を血に染めながら、グラハとエステルを相手に拳で応戦している。
「邪魔そうな鎧だなぁ? こいつで身軽にしてやるぜ」
 ルーンの光で輝くグラハの斧で鎧を剥がれた督戦兵に、もはやエリートの風格はない。殆ど裸になった上半身を震わせて怒りの咆哮を上げた刹那、懐に飛び込んだエステルの螺旋掌が脇腹を抉る。
「血反吐を吐いて死ね!」
『がああぁぁっ!』
 大量に吐血する督戦兵。そこへ紫々彦が精神集中の爆破で追撃を浴びせた直後、エステルのいる前衛めがけ、兵士達の放った槍が分裂して降り注いできた。
 ゲイボルグ投擲法。催眠をもたらす列攻撃が。
「危ない……っ!」
 グラハを庇った那岐が、輝く槍に全身を貫かれて崩れ落ちる。エメラルドは残った仲間達を花弁のオーラで包んで催眠を解きながら、背後の撤退ルートを振り返った。
 兵士が全員合流してしまえば、消耗は甚大なものとなるだろう。ディフェンダーの負傷は特に大きく、かごめはシャウトの自己回復で辛うじて耐えている状態だ。前線が決壊する前に、撤退を決断せねばならない。
「あと1分が限度……かしらね」
 篠葉はそう呟いて覚悟を決めると氷結輪の冷気で督戦兵を包み込む。敵は既に満身創痍、もうひと押しで倒せそうだ。
 景臣の絶空斬を庇い、悲鳴を上げる兵士。反撃で放たれた督戦兵の気咬弾を浴びたかごめがビルの壁に叩きつけられ、倒れた。
「く……っ」
「――よくも仲間を、やってくれたな!」
 兵士の1体が、紫々彦のバールから督戦兵を庇う。もう片方の兵は突きを放とうとして、麻痺で倒れ込んだ。
 そして――。
 督戦兵の守備ががら空きになった瞬間を、グラハとエステルは逃さない。
「ドーシャ・アグニ・アーパ。病素より、火大と水大をここに仰がん。――後悔するにゃあ遅かったな、風穴空くまでは決定事項だ」
 黒い靄を纏い、悪霊めいた姿と化したグラハが、己が血の塊を全身全霊で殴り飛ばす。
 砲弾と化した血塊が靄の噴射で尾を引いて飛び、督戦兵の胴に大穴を開けた。なおも拳にオーラを凝縮せんとした督戦兵の腕を、エステルが万力のごとき力で掴んだ。
「砕けろ! 潰れろ! さっさと死ね!」
 宵待月の投げ技が巨体をアスファルトへ叩きつけ、持ち上げ、更に一撃。
 骨という骨を砕き割り、督戦兵を完全に絶命させる。
『がはあっ……!』
『た、隊長がやられた!』『逃げろ!』
 上官が死ぬや一般兵達は瞬時に戦意を喪失し、応援の兵士ともども蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。
「……何とか、勝てましたね」
「ええ。危ないところでした」
 敵の撤退を確認した景臣とエステルは、すぐに被害状況を確認する。戦闘不能者は那岐とかごめの2名。勝利は出来たが、戦闘続行は難しそうだ。
「これ以上は危険ね。撤退するわよ」
「ああ。出来れば走った方がいいな」
 篠葉がそう言った直後、那岐とかごめを担いだ紫々彦が、道の奥を指さして言った。
「急ごう。敵の増援が来ている」
「何だと!?」
 エメラルドが背後を振り返ると、遠方から6つの影が迫ってくる。
『いたぞ、ケルベロスだ!』『奴らの首を狩れ! ツグハ様のご命令だ!』
「ああもう、こんな時に!」
 タイミングの悪さに、篠葉は思わず悪態をついた。
 敵は全員無傷で戦意も高そうだ。恐らく本陣から派遣された小隊だろう。このまま戦っても勝機がないのは明らかだった。
「追いつかれる前に逃げるわよ。少しでも誘い込んで、時間を稼ぐわ!」
 信号弾の発射から20分。もうじき味方の強襲チームが、敵本陣へ攻撃をしかける筈だ。あとは彼らがツグハを討つ事を信じて、眼前の敵を本陣から引き離し続けるしかない。
「皆さん。どうか勝利を……!」
 仲間の無事を願いながら、駆けるエステル。
 かくして、ケルベロス達は戦場からの撤退を開始する。

●四
「もう少しだ皆、もう少し敵兵を引きつけるぞ!」
「やぁれやれ。兵士ども、どいつもこいつも顔真っ赤ってかぁ?」
 光の翼を広げて飛ぶエメラルドの真下で、グラハは挑発の笑みを兵士へと向ける。小隊との距離は多少開いており、ケルベロスも守りと回復に徹した事で、幸いにも大きな被害は出ていなかった。
 しかし、小隊の追跡は猟犬のように執拗だ。足を止めれば即座に追いつかれ、戦闘に持ち込まれるだろう。
「あああ、しつこいわね! あんな奴らビールが麦茶になる呪いにかかればいいのよ!」
「皆さん頑張って。1秒でも時間を稼ぎましょう……!」
 エインヘリアルに呪いの言葉をかける篠葉。エステルは傷ついた体を引きずるように駆けながら、仲間を激励し続ける。その後も敵に追われるように撤退しながら、時間を稼ぐこと暫しの後――それは起こった。
『ツ、ツグハ様が!? 総員止まれ、引き上げだ!』
 督戦兵の号令と共に衛士団は追撃を止め、慌てた様子で撤退を開始したのだ。
 突然の出来事を警戒しつつ、恐る恐る周囲の状況を確かめるケルベロス。程なくして敵の撤退が確実と判明すると、エステルは気力を使い果たしたように、その場に座り込む。
「終わっ、た……?」
「そのようだ。紙一重での勝利といったところかな」
 戦いの趨勢が決したことを悟った紫々彦はゆっくりと那岐とかごめを肩から下ろし、安堵の溜息をついた。強襲チームが、ツグハの撃破に成功したのだろう。
「……あと少し、ですね」
「ああ、もう一息だ」
 意識を取り戻して呟くかごめに、エメラルドは静かに頷き返す。
 今日の勝利によって、ブレイザブリクへの橋頭保は築かれた。そして攻略を終えた後は、アスガルドゲートでの戦いが待っている。
(「エインヘリアルとの決着……か」)
 決戦の時は、静かに近付きつつある。
 エメラルドは静穏を取り戻した秋空を仰ぎ、仲間達と帰還の途に就くのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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