大菩薩再臨~至らずの彼岸

作者:天宮朱那

●三菩薩降臨の儀
 とある洞窟にてある儀式が行われた。
 壁面や地面に彫られた曼荼羅陣。注がれたグラビティ・チェインはその最後の一滴すら捧げられるように。
 三つの光が灯り、それは人の――いや、法衣を纏った鳥の姿を成した。
「ご苦労であった、お前の集めた力は大菩薩顕現には足りぬが、後は我らが引き受けよう」
 その一つ、浄妙菩薩は力尽き倒れ込む天聖光輪極楽焦土菩薩に告げた。
「あぁ、定命に苦しむ者の嘆きの声が聞こえる……。必ずや、ビルシャナ大菩薩を再臨させ、全ての定命に苦しむ者達を救ってみせようぞ」
 各々がそれぞれ声をかけ、そして洞窟より立ち去った。己の教義を成し、やがて大菩薩降臨の礎となさんと。

●絶対死にたくない明王爆誕の儀
「……うう、ごほ、ごほっ」
 とある古びたアパートの一室。床に伏せっているその老人は御年九十九歳。激動の大正から昭和、平成、そして令和と過ごしてきたその命の灯火が尽きるのも時間の問題。
「……俺は百まで――いや、百十まで生きると決めていたんだ……やりたいこと、やり残したことはまだまだ――げほっげほっ」
 老人は咳き込みながら、ちらと仏壇を見やった。今は亡き妻の遺影が見える。
「俺はまだまだくたばらん……かかあの分までこの世にしがみついてやる……」
 偏屈じじいの一人暮らし。体調を崩し動けぬまま孤独死を迎えようとしたその矢先。
『死にたくないと願う者よ』
 それは唐突に姿を現した。後光を背に浄妙菩薩は老人に語りかける。
『お前の死は、本来の寿命では無い。ビルシャナ大菩薩によって世界全てが合一する事で、全ての存在は、星と同じだけの寿命を得る事ができる……』
「おお……」
『全ての生物が本来の寿命を得るべく、共に戦おうではないか』
 浄妙菩薩が告げて手を取った相手は、既に先程の老人の姿からビルシャナの姿形に変化していたのだった。

●至らずの彼岸
 集まったケルベロス達を前に、黒瀬・ダンテは神妙な面持ちで今回の事件を告げる。
「ビルシャナが今にも亡くなりそうなお年寄りの所に現れて、次々とその手にかける事で力を吸収強化していくのが解ったっスけど……」
 ダンテ曰く、そのビルシャナもまた、元々は寿命を迎えようとしていた高齢老人であり、『浄妙菩薩』が己の教義に引き込んで変化させたものである。
 死から救うと言う教義の元、そのビルシャナは元の自分と似た境遇の老人を殺める。放置すればその力はどんどん増し、手がつけられない事態になりかねない。
「ビルシャナの襲撃先は町外れのホスピタルっす。これから向かえば襲撃するタイミングで踏み込める見込みなんで……」
 ギリギリで申し訳ないとダンテは告げ、手早く説明を続ける。
 ビルシャナが老人を殺し吸収するには、殺めてから数ターン分の集中を要する。敵はあくまで救済――『老人を寿命から救う』ために動いているので、確実に吸収出来る状態で無ければ、先に殺すという事はしない。
 故に、ケルベロスが乱入すれば敵は邪魔者である此方を撃退する事を優先する。
「殺める事で寿命から救うなんて、矛盾してると思うっすよね」
 ビルシャナは『定命である限り必ず死ぬ』、しかし『自分は死にたくない』と言う主張を続けることだろう。そしてビルシャナ大菩薩との合一により、星の寿命まで生き続ける――と言うのが浄妙菩薩より授けられた教義。
 つまり、殺害吸収して一つになることが、即ち救いである、と。
 例によって無茶苦茶な教義ではある。
「ビルシャナになってしまったお爺さんは救えないけど、これ以上の被害を広げない為にも……そして、大菩薩再臨を阻止する為にも」
 ダンテはヘリオンにケルベロス達を導き、そして告げる。
「活躍、期待してるっすよ」


参加者
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
藤堂・武光(必殺の赤熱爆裂右拳・e78754)
嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)

■リプレイ

●深夜の病院にて
「フハハハ…我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスが大首領!!」
 非常灯の灯りの中、ビルシャナが病室のベッドにて寝息立てる老婆の元に出現したのもつかの間。人一倍怪しい姿の男が颯爽と窓から現れ名乗りを上げた。
 大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)の登場に思わず目を丸くして振り返るビルシャナ。其処に追随するは同じく秘密結社が一員、藤堂・武光(必殺の赤熱爆裂右拳・e78754)。
「青く輝く命の星に手前勝手な理想を押し付ける鳥人間っ! その名も迷惑・ガンダーラ!」
『いや待て何だそ――』
「可哀想ではあるけれど、堂々猛る右手に誓い、悪は討つ!」
『話を聞け!』
 そこで唐突に部屋が灯りに照らされる。部屋の入口の方からやってきた仲間がスイッチを点けたのだ。
『貴様等、俺の邪魔をしに来たのか。折角この婆を救ってやろうと言う処で』
 老婆を示し怒気籠もった声で問うビルシャナ。そこに進み出るは空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)。
「まぁ生物である以上『死にたくない』は正しい感情だろうな」
「たしかに寿命を迎えるというのは怖いものかもしれません――」
 薄っぺらい想いかも知れないと前置きしつつミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)も頷く。
「死にたくない、で基本死なないデウスエクスになんのもまぁ、あんた的には正しいだろうさ」
 だけど、と空牙は笑い飛ばす。
「欲かいて余計な人殺しなんかしようとしたのは間違いだったな」
 何故ならば、この地球には地獄の番犬が存在するのだから。
『人殺し? 違うぞ、これは救いよ。寿命の呪いから解き放つ為のな』
「いいえ、限りある命があるからこそ、生きる理由を見出し、生き様を磨き上げる事で人は輝けるものです」
 ミリムはキッと相手を見据えて反論する。
「悔いはあるかも知れませんが、寿命を捨てるなど生を捨てたも同然です!」
『何だと……?』
「デウスエクスと同じ思考で他者を害そうなんて言語道断! 覚悟しなさい!」
 そうミリムが啖呵を切る間。老婆の寝るベッドがじわじわと部屋の入口まで移動していた。田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)がその怪力にてベッドごと老婆を避難させるべく動かしていたのだ。
『猪口才な……ん? おい、何をする!?』
 流石に気がついた。ビルシャナはマリアに向けて氷の輪を放つも、嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)が間に入り、空牙も如意棒にて撃ち落とした。
「死の足音シカトとは、余裕だな鳥公」
「マリア、早くその方を」
 笑み浮かべる空牙に対し、槐はその瞼を閉じたまま脱出を促し。
「任しとき!! お婆さん、うちが絶対助けますからね、早急に運びます!」
 持ち上げられるベッド。片手で担架を運ぶ様にマリアは急いで部屋の外に老婆を乗せて駆けだした。慌てて追おうとするビルシャナ。だが――。
「必殺稲妻蹴り悪色重力落とし!」
『ぐはあぉっ!?』
 背後から放たれるファナティックレインボウは武光の仕業。更に槐によるジグザグスラッシュが食らい付く。
「――人が死んだ後の世界は死神のほうが詳しいだろう」
『むむ……?』
「奴らを滅ぼさねば行けるはずのところにも行けまいがな」
 槐は得物を撥ね除けられながらも問いかけた。
『残念だが死なぬ、死なぬぞ。死神の世話にはならん』
「死にたくないか……だが、今日、お前の星の寿命は堕ちることになるだろう」
 領はずっしりと構えたまま、敵に向け告げた。
「故にお前に与えられた選択肢は限られている」
 デウスエクスの1体として敵として滅ぼされるか。
 もしくは人としての尊厳を取り戻して死ぬか。
「いずれにせよ地獄の番犬が迎えに来たぜ?  覚悟はいいよな鳥擬き!」
 空牙の挑発にめいた言葉。そこにマリアが戻ってくる。懸念が無くなれば思う存分戦える。ミリムは得物を構え、悠然と声を上げた。
「申し訳ないですけど直ちに逝って下さい。あの世であなたの妻が待ちぼうけしてますよ!」

●彼岸への誘い
「そんじゃ……その存在狩らせてもらうぜ?  悪いが悪く思うなよ!」
 空牙の轟竜砲が放たれビルシャナを穿つ、その轟音こそが戦闘開始の合図。
 そんな彼を気にしながらミリムは手にした斧よりルーンディバイドを叩き付け、羽毛が部屋に舞うのを見ながら相手に強く告げる。
「余命があと僅かでもその命奪うデウスエクスは許しません」
『奪うのではない、救うのだ。合一と成す、それだけの事なのに貴様等は――』
「人に唆されて自分を捨てて、関係ない弱い方を殺めて……そないな事したら」
 マリアが叫ぶ。スターゲイザーを放つその攻撃の手は止めないまま。
「あの世の奥さんが悲しむに決まってますやん!」
『――!!』
 氷の輪を放とうとしたビルシャナの動きが鈍った。攻撃は見事に命中し、その身を仰け反らせながらも敵は何やらブツブツと口籠もり始める。
「奥さんが存命だったら同じことができたのか? そんなことで本当に人が喜ぶと思っているのか?」
 メタリックバーストで身を覆いながら武光が畳みかけるように問う。更に。
「最期は……安らかに人として生を終えたいものです、私でも」
『ああ、だが、しかし……俺はあいつの分まで……』
 奥さんだってそうだったのでは? ミリムが問いかけるとビルシャナは手で顔を覆い、首を横に振って投げかけられる言葉を振り払うかのような仕草を見せた。
「そもそも、今の状態ではケルベロスに殺されれば死ぬのだろう?」
 槐のナイフが滑り、相手の身を刻む。同時に投げかけるのは問いかけ。
「死にゆく者を――あなたのことだが――即座に吸収合一させるのではなく、手先として使役しているのであれば、あなたをそう成したその教祖は信用ならないと思うのだが」
『なっ――!?』
「救い? 騙る割には、実は救っていないのだからな」
『ええい、黙れ、黙れ……殺されなければ良い話だ……!』
 まるで死から逃げ、足掻くようにも見える老人だったビルシャナを前に、槐は思う。
 力の弱い底辺だったオウガとして、ついこないだまでは寿命を持たなかった己に取って、死なないと言う事は苦しみから逃れられない――そんな思いを持っていた。
(「死にたくないと思えるのは、幸せな人生だった証左だ」)
 ならば、よく往生したと思えるような……そんな最期を彼女は願う。
「お前が人として在ったならば、それは決して孤独ではない」
 ドラゴニックスマッシュを敵の攻撃を抑え込むように叩き込みながら、領は告げる。
「戦いの末、お前が命散らせても……私が看取ってやろう」
 大首領たるもの、約束は違えぬ。そう誇らしげに彼は言う。
「どないな事をしてでも奥さんの為に生きていたかった、その気持ちは分からんでもありません」
 マリアも語りかける。死にたくないと願う彼が、そう願う理由から――絡まって拗れた糸を解くかのように説得するように。
「その為に自分を捨てたら意味ないやん、ましてや関係ないお婆さんを……」
 絶対止める。彼女のその意思は揺るがない。彼をあの世で待っている奥さんの為にも。
「負けるわけにはいかんのや!」
 マリアの強い意志と共に放たれるイガルカストライク。
「あなたに安らかな死を」
「奥さん待たせてるんじゃねぇぞ!」
 ミリムの奇術師ゼペットの紋章が輝き、空牙の螺旋不意討重が死角より鋭い一撃を浴びせる。
「貴方に間違った道を歩ませないため、可愛そうだけど倒してやるぞ!」
 武光の地獄化した右の拳が炎を纏う。描かれたエンブレムを相手に見せつけるように構え、その豪拳はビルシャナを灼く。
『俺は……俺は……』
 ケルベロス達の総攻撃を受け、ビルシャナは最早その姿を失いかけていた。
『カカア……すまん……』
 消滅するその一瞬、光の中に元の老人の姿が見えた気がした。
『俺も今そちらに……』
 散った羽毛すらも光の粒となって消え去り、最期の彼の心は人として逝ったのだった。

●彼岸会
「とりあえず、片付けくらいは手伝うかねぇ」
「手伝う、じゃなくてやるんですよ!」
 硝子の破片を手にしながら呟いた空牙にミリムからの叱責が飛ぶ。戦場となった病院の壁に施される彼女のヒールを見ながら、彼はケラケラ笑いながら家具の位置を元に戻す。
 その間も領と武光はビルシャナが消えた場所にて黙祷を捧げていた。
「悲しいけど、これで良かったんだよね」
「戻れない者に救いがあるとすれば――害成すデウスエクスの一体として滅ぼされるか人として死ぬかのみだ」
 己に言い聞かせるような武光の言葉に対し、領は低い声でそう告げた。そしてその肩を軽く叩いて告げる。
「だがあの者は人としての心を最期に取り戻したかに見えた――であれば、此度の縁として我々で供養の一つはしてやろうではないか」
「領さん……」
 こくりと頷き、武光は両手を合わせて祈った。彼のような老人が再び現れて同じ道を進まない様に。改心した彼が見守ってくれる様に。
(「だが浄妙菩薩め。定命である我々の『寿命』という点を的確に利用してくるとは」)
 領は思案する。この様な事件を終わらせるには元を絶たねばならないと。
「あらあら……まぁ……」
 そこに助けられた老婆が看護師の押す車椅子に乗ってマリアと共にやってきた。
「気絶していた皆さんも、そしてお婆さんもお怪我も無く無事でした」
 その報告に安堵する一同。ミリムは老婆に近付き屈んでそっと優しく問いかけた。
「お婆さん、大丈夫?」
「ええ……良く解らないけども、こんな先短い老いぼれの為にまぁ……」
 穏やかに笑む彼女の言葉に、マリアは慌てて首を横に振る。
「とんでもない。理不尽なお別れだけでも避けられて良かったです」
 たとえ余命半年であっても、それでも生きていてくれるだけでありがたい。
「お婆さん」
 ミリムは微笑み問いかける。
「お部屋を綺麗にしてからで良いので……もし宜しければ、思い出話聞かせて下さい」
 その言葉に老婆は嬉しそうに小さく頷いたのだった。

作者:天宮朱那 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月18日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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