「ねぇねぇ、ゆめちゃん」
「体育祭の所属、もう決めた?」
話しかけてきたのは、美術部の同級生達だった。
月末に体育祭を控える学校は賑やかで、気持ちも明るくなる。
「それでね、ゆめちゃんには今年も『美術』をお願いしたいの」
「美術を選ぶ人が少なくてさぁ」
それなのに、今日は残念なお願いをされてしまった。
私は、今年こそは『応援』をしたかったのに。
「どのブロックもなんだけど、美術部員は『美術』に入ってもらおうってことになって」
「お願いとか言っておきながら拒否権なくてごめんなんだけど、お願いね」
「え、あ、ちょっとっ……はぁ……」
拒否権がないということは、返事を聞くつもりなんて最初からなかったってこと。
最後の年も、やっぱり『美術』か。
「お前の本当の心はどこにあるんだ? 他人に合わせて自分の心を見失っていないか?」
ゆめの脳に直接、声が届く。
力強い、でも怒りに任せたわけではない、芯のある声だ。
「お前はお前で価値があるんだ」
「価値?」
「そうだ。他人に合わせてしまえば、その価値が無くなってしまう!」
「っ……そうよね! イヤなことはイヤって言わなくちゃ!」
あっさりと説得された『ゆめ』の胸に、大きな鍵が差し込まれる。
生み出されたドリームイーターは、即座に主のもとを離れた。
向かった先は。
「えっと、あとは何組だっけ?」
「2年1組と1年5組かな」
「あ、ゆめちゃん、どしたの?」
「なになに? え……きゃあっ!」
「これからドリームイーターの討伐をお願いできる方はいらっしゃいますか?」
そう、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が訊ねる。
応じて数名のケルベロスが、セリカの前に集まってきた。
「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたのは、みなさんご存知のとおりです」
高校生が持つ強い夢を奪い、強力なドリームイーターを生み出そうとしているのだ。
「狙われた『ゆめ』という生徒は、空気を読んでまわりに合わせることに疑問を持っていました。この疑問を狙われたようですね」
被害者から生み出されたドリームイーターは、強力な力を持っている。
だが、夢の源泉である『空気を読むことへの疑問』を弱めるような説得ができれば。
戦闘前に、ドリームイーターを弱体化させることも可能だ。
「イヤなことをはっきりイヤというということを、美徳と考える方もいらっしゃるでしょう。ですが、日本人にとっては空気を読むことも重要なようです。周りの空気を読まずに自己主張を繰り返す人は、人の和を乱すといって嫌われることもあります。そのあたりをうまく説得できれば弱体化させることができ、戦闘を有利に進められるでしょう」
生み出されるドリームイーターは、1体のみ。
ケルベロスが到着するのは、被害者の友人達がドリームイーターに襲われる直前だ。
「ドリームイーターは、より強力なドリームイーターを生み出すための実験体として、一般人よりもケルベロスを優先的に狙ってきます。この性質も利用しながら、説得と同時にドリームイーターを裏庭へ誘い出してください」
友人達が襲われるのは、放課後の廊下。
体育祭準備で残っている生徒達から、注意をそらしたい。
廊下は、片側には端から端まで、大人がとおれるサイズの窓が並んでいる。
この窓から、簡単に裏庭へと誘い出せるだろう。
「戦闘が始まれば、ドリームイーターは生徒達のことなんて気にしません」
モザイクの絵の具で虹を描き、視界を遮ってきたり。
モザイクの絵筆で空中に描いた絵が、飛び出して攻撃をしかけてきたり。
逃走の危険性はないため、確実にしとめたい。
「自分の意志を持つことと空気を読むことは、うまく折り合いをつける必要があります。あまり強く否定しすぎると被害者さんが空気を読めない人になってしまうかも知れませんので、配慮も必要ですが……いずれにせよ高校生の夢を奪ってドリームイーターを生み出すなんて許せません」
セリカ曰く、被害者は自分の教室で机に伏しているらしい。
ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
彼女に声をかけるか否かはお任せしますと、セリカは付け加えた。
参加者 | |
---|---|
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288) |
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815) |
千歳緑・豊(喜懼・e09097) |
嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290) |
●壱
正門で、端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)はケルベロスカードを呈示する。
「わしらはケルベロスじゃ! 襲われる者達をドリームイーターから守らねばならぬゆえ、入らせてもらうぞっ!」
「私達がよいと言うまで、外からはどなたも入れないでいただけますでしょうか?」
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)だけが、門で足を止めた。
簡単に事情を説明して警備員の了承を得てから、皆のあとを追う。
「ふむ。あれが入り口で、窓の向こうが裏庭だね」
千歳緑・豊(喜懼・e09097)は、門を潜るときにきらきら光って18歳に変身していた。
無関係な成人男性が校内にいることへの、豊なりの配慮である。
「前方より、複数の若者の声がするな」
目を閉じたままで、嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)は走っていた。
視覚以外の感覚を研ぎ澄ませて、気配や声から進むべき方向を判断している。
しかし、楽しそうな声が、悲鳴へと変わった。
「待たれよ!」
括は【割り込みヴォイス】で大声を発し、ドリームイーターを制止する。
「君達、あちらへお逃げなさい。さぁ、私達が相手になるよ」
襲われる直前、被害者の友人達とドリームイーターのあいだに身体を割り込ませる豊。
「ドリームイーターさん、こっちです。さぁお早く」
同時にミリムが、指定されていた窓から裏庭へ出て、ばんばんと手を叩く。
予定どおり、ドリームイーターを校内から誘き出した。
「空気を読むこと……それもまた、理性を持つ者の強さだ。本能のままに動くのでは、獣と変わりないだろう」
槐が早速、説得のための言葉をかけ始める。
「美術が好きだから美術部に入ったのだよね? なら、そちらの好きなもので要望に応えられることを喜ぶべきだよ」
豊も、空気を読んだ結果がすべて悪いわけではないのだと、諭す。
「空気は読むものではなく吸うもの! 場の雰囲気に相応しい言動をとろうとするのは、ジャパニーズの美点です。ですが考えることをすべて投げ捨てて、イエスマンになるわけにもいきません」
「無理を押して頼むは、ほかに頼れる者のなきがゆえ。頼れる者がなくては皆が困ってしまうゆえじゃ。さりとてすべてをおぬしが負わねばならぬこともないはず。手分けはできぬか、ほかに術はないのか。まずは相談じゃよ」
「そうです! 括さんの仰るとおりです! 自分の意思と役割を、相談するのが大事なのです! ゆめさんは、誰かに自分のしてみたいことを打ち明けて相談しましたか?」
ミリムの言葉に括が応え、またミリムが語りかける。
「人生がずっと一方的な言いなりの奴隷だったわけではあるまい。ときには己の願いを聞いてもらい、ときには周囲の無理を聞いてやる、そうすることで生きてきたはずだ」
すかさず槐が、経験を想い返すよう促した。
「おぬしがいやな気持ちになったのは、話を聞こうともしてもらえなかったゆえではないかの。力で否応を押し通すのは、それと同じに好くないこと、なのじゃ」
括も、これからドリームイーターが起こすつもりの行為を否定する。
「学校生活は、社会生活を学ぶための重要な場所だ。若いころの苦労は買ってでもしろなんて、諺もあるくらいだからね。力を求められ、それに応えるという訓練を……貴重な経験を不意にするつもりかね?」
「それに、自分が困ったとき「今度は私のお願いを聞いて!」と言うためにも、ここはひとつ貸しをつくるチャンスでもあるな」
豊と槐の駄目押しに、ドリームイーターの瞳が少し穏やかに変化した、ような気がした。
●弐
「それじゃあ、ゆめ君の『夢』をとりかえさせてもらおう」
言い終わるや否や、ドリームイーターの絵筆が粉々に飛び散った。
豊のリボルバー銃から放たれた弾丸が、それとは気付かれぬ間に撃ち抜いだのだ。
「ミリム、前衛は私とあなたのふたりだがよろしく頼む」
縛霊手の祭壇から前衛を守護するよう、槐が紙兵を散布した。
「はい。最善を尽くします」
呼ばれたミリムは、バスタードソードを深く構えて突撃姿勢をとる。
「ドリームイーターよ、大人しく観念せい」
括も地面にケルベロスチェインを展開し、前列のふたりを守護する魔方陣を描いた。
そうこうしているあいだに。
ドリームイーターが、砕かれた絵筆を棄てて新たな得物を創造する。
新品の絵筆が空中を走り、一瞬のうちに描かれた大量の弓から、一斉に矢が放たれた。
空気の振動や飛来する音から被害を最小限にしつつ接近し、地面を蹴る槐。
縛霊手で殴りつけると同時に網状の霊力を放射し、ドリームイーターを緊縛した。
「フォロー」
豊がけしかけたのは、地獄の炎でできた一頭の獣。
牙をむいた大柄な犬に似て、光る五つの目と、長くしなる尾に一本の棘をもつ。
攻撃後、炎の獣は足止めをするかの如く、ドリームイーターの前へと立ちはだかった。
「歯を食いしばるのじゃ!」
黄金の角のあいだの、ちょうど頭の天辺に、ごつんと。
槐に、括は全身全霊の治癒力を込めた渾身のげんこつを贈る。
魂とか精神とか、そういうふわっとしたものを震わせて負傷を吹き飛ばす治癒術だ。
前線では回復を邪魔させまいと、ミリムが超近距離からバスターソードを振り下ろした。
狙いはモザイクの絵筆で、真っ二つに割ってみせる。
壊しては創り直され、また壊しては創り直され。
しかし決して無駄ではなく、創り直さなければならない分、反応は遅れていた。
●参
一進一退の攻防が続いていたが、やはり回復術を持つケルベロス達が優位に立ち始める。
負けじとドリームイーターが、モザイクの絵の具で虹を描いて、視界を遮ってきた。
「のわぁあっ、目が、目が!」
服の袖でゴシゴシと目を拭いて、なんとか虹の効力を弱める括。
即座にバトルオーラを目に溜めて、捕縛の状態異常を消し去った。
「周囲の流れに流され過ぎず、自分の芯を持ち周りと折り合いつけること。それは仲間とともにおこなう、この戦いでも同じこと!」
勢いよく言い放ち、ミリムがルーンアックスを振り下ろす。
光り輝く呪力で増大した威力を、動きの鈍ったドリームイーターは受け止めきれない。
「君の場合一方的に言いたいことだけ言う連中を、友と呼んでいいかは悩むところだがね」
見切りに気を付けながら、リボルバー銃と炎獣での攻撃を、豊は交互に繰り返している。
目にも止まらぬ速さの弾丸は、毎度見事に、ドリームイーターの絵筆を破壊していた。
「穢れなく純真であれ、混じりなく清浄であれ」
攻撃のあいだに、槐は前衛のふたりを無限の光で包み込む。
ただただ真っ白な世界は、己とミリムの傷を優しく癒してくれた。
体制を立て直したら、あとは終焉まで駆け抜けるだけである。
自らの優しさから生まれいずる地獄の炎は、優しさ故に容赦なく対象へと襲いかかった。
豊の双眸と炎獣の五つの目が、ドリームイーターを睨み付けて離さない。
「私と手合わせしてくれて、ありがとう」
手加減などしない全力の一撃を喰らわせて、槐は霊力でドリームイーターを繋ぎ止めた。
挟み込むように走ってきた括は、フェアリーブーツで跳び上がる。
そのまま理力を籠めた星型のオーラを、背中へと蹴り込んだ。
「眼を見開き、とくとご覧あれ! 刹那のショーを!」
ミリムの合図で、手許に描いていた紋章から危険な奇術師のマジックが呼び起こされる。
ドリームイーターを巻き込んで、はらはらドキドキのショーのはじまり。
その閉幕とともに、ドリームイーターの生命も終わりを迎えたのだった。
●肆
裏庭を原状復帰して、警備員に戦闘終了を伝えてから、ケルベロス達は教室へと急ぐ。
横滑りの扉をゆっくり開くと、ちょうど被害者が眼を覚ましたところだった。
なによりもまずは無事を確認したくて、豊が気分や怪我の有無などを訊ねる。
頭がぼーっとしていること以外は、特に問題ないようだ。
念のために、槐が被害者の周りへ紙兵を撒き散らす。
続いてミリムが、ことの次第を説明した。
括も相づちを打ちながら、最後にケルベロスカードを手渡す。
事情も自らが置かれている状況も理解したことを、ゆめは頷きで示した。
そうして、彼女の困りごとを解決する術を探ることに。
「応援を手伝う、という方法もある。どうしてもやりたいことがあるというのなら、相談して折衷案を探るのもいいと思うよ。勿論、手伝うのは余裕があれば、だけどね」
18歳の豊が、にっと白い歯を見せて笑う。
最後なんだしやりたいことをやればいいのだよと、アドバイスをした。
「『美術』のお仕事を手伝ってもらって、空いた時間は『応援』でできることをする、とか。『応援』でやりたかったこと、ゆめが望むことを『美術』の内容に取り入れる、とか。やりようはあると思うのじゃがのぅ……どうしてもうまくいかないときは知恵だって貸すし、愚痴だって聞くのじゃよ。なにせ、わしは神様とかなんかそういうの、じゃからの!」
椅子に座るゆめと目線を合わせて、満面の笑みで括は提案する。
そもそも、どちらかを選ばなければならないという前提を外してみてはどうかと。
「最後の高校生活、悔いが残らないようにしませんとね。豊さんと括さんとは別の案になりますが、美術と応援の両方をやってみるというのはいかがでしょうか?」
ミリムも、にっこり笑ってウィンク。
ならばどちらも携わればよいのだというのも、ひとつの考え方だろう。
「確かに。美術も応援もやる、という選択肢もあるな。速攻で自分のノルマを仕上げて、応援に合流するんだ。応援は誰か相手が居ないとできないことだが、それをやりたいということは……それほどがんばれば、想いも届くかもしれない」
槐もミリムに賛成で、態度で気持ちを表明するよう勧めてみる。
選ばない、という選択肢は、ゆめにとっては新鮮なものだった。
その場合のメリットやデメリットを含めて、ケルベロス達とゆめは話し合いを続けた。
作者:奏音秋里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年9月11日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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