ローズ・タンドルの舌鼓

作者:朱凪

●ローズ・タンドルの舌鼓
「さあ、始めましょう。この冒涜を許してはおけません」
 蒸し暑い時期だというのに、ふっさりとした羽毛を全身に纏った大型の姿。
 その周囲には、数名の男女が大きく肯きながらその異形の話を聞いている。異形であると言うことに頓着する者は居ない。
 彼らが居るのは早朝の路地。周囲にはまだ、誰も居ない。その路地の背に建つのは、有名なホテルだ。
「ブッフェ! どうせ絶対に食べ切れないのに暴食の限りを尽くすこの催しを、我々は止めねばなりません。それはひいては、この地球を守ることに繋がります」
 そうだそうだ、と早朝であるからして控えめな、けれど力強い囁き声が同調する。
「行きましょう。今から仕込みのシェフ達がやって来ます。彼らを殺せば、地球を救うための一歩となります」

●おいでませスイーツブッフェ ~ピーチ・フェス~
「……まぁ、その主張は判らなくはないんですが。おれもブッフェとか、モト取れる気がしませんし。ただ、それをデウスエクスが言うなよ、という気はしますね」
 宵色の三白眼を呆れに軽く歪めて暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)が言えば、その隣でなにか紙を見つめていたユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)も顔を上げて肯いた。
 今回はビルシャナ退治。
 特に強い相手ではないが、弱い訳でもない。油断は禁物だ。
「シェフの方々に避難の声掛けしてしまうと予知が変わってしまいますので、ビルシャナとその信者達が居る路地で迎え撃ってください。大丈夫です、ビルシャナ一体倒せば信者達は逃げていきますから。ただし、戦闘中はビルシャナの言葉に強く影響を受けてサーヴァントのような存在になってしまいかねませんので、『ブッフェに反対する』ビルシャナを否定する声掛けは、必要でしょうね」
「あのね。間違っても路地にシェフさん達が入って来ないように、僕が誘導するから。みんなは戦いにだけ専念してくれていいよ」
 それでね、と。少女はペリドットの瞳を輝かせる。
「終ったらブッフェ、行こ。デザートブッフェって言ってね、今は桃のお祭りなんだって」
 背の高いグラスに薔薇みたいに飾り付けられた桃のパフェ。
 小さなタルトにこれでもかと取られた黄金桃、ホールケーキ大のタルト台にはたっぷりのカスタードクリームと白桃の色合いが鮮やかだ。
 カスタードクリームが苦手なら、真っ白な生クリームに彩られた黄桃のショートケーキはいかが?
 桃自体をクリームにたっぷり練り込んで、ふわふわスフレのパンケーキと一緒に食べるのも素敵。
 桃の切り身をチョコレートにディップするのも、あるいは爽やかなアイスティに落とし込むのもいい。桃自体を潰したジュースや、凍らせて削ったシャーベットやアイスクリームなんかも揃っている。
 見ていた紙──ピーチ・フェスと銘打たれたそのブッフェのチラシを見せて、無表情ながらも期待をめいっぱいに瞳に映す彼女に、チロルは思わず零す。
「……朝から?」
「兵站を司るヴァルキュリアとしては行かなくちゃ」
「…………朝から?」
「……。そんなこと言うひとは来なくていいよ」
「や、まあ、行きませんけど……」
 そう夢翠のヘリオライダーは言って引き下がり、まあいいかと小さく笑う。
「では、目的輸送地、ピーチ・フェス……前の鳥退治、以上。めいっぱい楽しんできてもらえたなら、幸いですよ」


参加者
ミニュイ・シルヴェイラ(菫青石・e05648)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)
輝島・華(夢見花・e11960)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)

■リプレイ

●準備運動
 スイーツブッフェへの障害物?
 排除しましょう、可及的速やかに!
 アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)の意気込みが皆の気持ちを代弁する、朝焼け揺れる路地の奥でビルシャナは胸を張った。
「ブッフェという愚かしい行為を止め地球を守る我々の正義を邪魔すると言うのですか?」
「や、まあさ、ブッフェの余りが勿体ないっても物騒の前にやる事色々あるだろうー?」
 鮮やかな赤い髪を軽く掻き交ぜてナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)はへらりと笑みを向ける。
「廃棄もタダじゃなし。要望だして形式を変えて貰うだとか、余分を引き取ってホームレスに提供するだとか、そういう支援活動に繋げるやり方だってあるだろうさ」
「なるほど。つまり貴方は我々と同じくブッフェは多くの無駄を生むものであり、なくしても良いという考えだと、そう言うことですね」
「え、ちが」
「そうだ! ブッフェはやめさせねば!」
 あー失敗したな、とナクラは苦笑して肩を竦め、傍で心配そうに顔を覗き込むナノナノのニーカの頭にぽんと掌を乗せる。暴力に訴えるのは間違いだろうと、伝えたい気持ちは汲むことができたが『ブッフェに反対する』ビルシャナを否定することになっていないが故に、信者達は目を輝かせてしまった。
 だが。
「そもそもブッフェって、取る量自分で選ぶよね? 食べ切れないのってブッフェやお店のひとが悪いんじゃなくて、お皿に取る側のヒトたちが悪いんじゃないかな?」
 長くはない耳をぴこりと揺らし、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が首を傾げて問いを落とせば信者の数人が動きを止めた。
 それを見逃すケルベロスではない。
「そうですわ。自分に合った料理と量を食べられるので、食材が無駄になる量がむしろ減るはずです」
「僕もブッフェって、普通のお店より食材の廃棄量が少ないって聞いたことがあります」
 輝島・華(夢見花・e11960)とリヒト・セレーネ(玉兎・e07921)が穏やかに同意を示せば信者達の間に動揺が走る。それを見たビルシャナが、
「人間の欲深さは消せませんから、やはりブッフェは罪深いのです!」
 もうなんだかこじつけにしか聞こえないことを告げて放った孔雀型の炎も狙い定めた彼らに届く前に飛び出した小型のドラゴン──ガウェインの丈夫な鱗に阻まれて散った。
 胸を張るドラゴンに、ミニュイ・シルヴェイラ(菫青石・e05648)は纏うオーラを癒しに変えて送る。「けれど」
「一人前のセットだと、量が読めずに残してしまったり、体質に合わないものを残さなくてはいけない、という場面もあります。その点ブッフェでしたら小さいサイズで、食べられるものから選べます」
「そうそう! 純粋に口に合わないものがあっても、少しずつ取っていればダメになる量は少ないわ。ひと皿丸々ダメにしちゃうことがないのはいいことよ!」
 アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)も拳を握り、そして、とミニュイはふぅわりと笑い、続けた。
「ブッフェスタイルなら原則お残し禁止も多いもの。個人のお皿に乗せた後の食べ残しが起きにくいのは地球に優しい事です」
 違いますか?
 その問いに、ビルシャナは答えることができない。「それに」砲へと変形させたハンマーを担ぎ、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は口角を上げる。
「色んな種類をたくさん食べたいけど食べきれないって悩む子も、ブッフェなら好きな物をちょっとずつ摘まんでこれるからお残しもしないですむし、むしろ食べ物を大事に出来るんじゃないかなぁ、っ!」
 撃ち放った竜気帯びた砲弾を、飛び出した信者のひとりがビルシャナを庇い吹っ飛んだ。「あーらら」肩だけでなく背の双翼も下げてナクラが優しく揺れる青い炎を喚び、その信者を癒す──The Flame。
 信者の方を振り向こうともしないビルシャナへ、左の目を金に輝かせた瑪璃瑠が跳んだ。
「後々、食べ放題じゃなくてお値段計量式なのが本来の形だそうだし! 暴食どころかむしろ少食の人に優しかったり! お財布的にも! だからね!」
 その疾さは彼女の影をふたりと見紛う、夢現十字撃。
「食べきれないなんて言わずに」「お代わりをどうぞなんだよ!」
「ぐぅっ!!」
 膝をついた鳥人間の前にふわりとスカートを揺らし、アイヴォリーが立った。
「まだ環境によくない、なんておっしゃいます?」
 その瞳はあくまで楽しそうに。まさか、と肩を竦めて。
「少しずつ味わって一番を見つけ、そうしてお気に入りだけ食べれば良いの。そうすれば皆さんの言うとおり、むしろ残す皿は減りますよ」
 レイピアの切っ先から生み出すのは花の嵐。それは彼女の期待を示すかのように薄桃色の花弁を舞わせた。
「──それ以上に、純粋に伝えたい、ずらり並ぶ美味を自由に選べる歓びを」
 娘の瞳が少女のように輝く。
「ブッフェは最高なんです!」
「ええ! 沢山の美味しいものが食べられる喜びを得られるのです。素敵じゃないですか、ブッフェ!」
 華が杖を振り上げ雷壁が奔ると同時に彼女のライドキャリバー・ブルームの輝くタイヤがビルシャナの足を轢き潰した。鈍い悲鳴が上がり、信者達が揺らぐのが見て取れた。
 そんな彼らへエヴァリーナが全力で首肯を返す。
「お友達とご飯やスイーツを一緒に食べるのって楽しいけど、食べる量やペースが違ったら気を使っちゃったり頑張って合わせたり、逆にガマンしなきゃいけない事もあるよね……」
 澄んだ桜色の瞳にかすか憂いが覗いたのも一瞬のこと。
「でもブッフェなら自分の好きなものを好きなペースで、それでいてみんなと楽しく頂けるよね!」
 いつでもハラペコ、無尽蔵の大喰らいである彼女にとってそれは死活問題。だからこそのありがたみ。これまで以上に熱の籠った弁舌に、アイヴォリーの「わかる!」と言いたげな視線が送られた。
「あと、美味しいお菓子を作れるシェフさんは、それ以外の料理も美味しく作れる、いわば神様みたいな存在なのに悪なの? みんな殺しちゃったらブッフェ以外のスイーツも食べられなくなっちゃうよ?」
「そっ、それは」
 信者達が更に狼狽し、「……あと僕は」リヒトも言い募る。
「店員さんに注文するとき少し緊張して苦手なんだけど、ブッフェならその必要もないし、待ち時間もないし」
 素直な想いに信者達がめいめいに顔を見合わせるのでリヒトはダメ押しに声を紡いだ。
「それに、いつもは頼まないような美味しいものに出会える事もある。それは多分みんなにとって、嬉しい事じゃないのかな」
「そうよ! 見た事のないお料理や食材に出会えるもの! ブッフェで初めて食べて好きになったお料理もたっくさんあるわ! ブッフェに行かないなんて、そんなチャンスをフイにしちゃう事だわ。勿体ないと思わない?」
 跳びはねるミミック・おどうぐばこを傍らに、アルナーもじっと信者の目を見つめた。
 アルナーとリヒトは信者を巻き込まないため、説得が成功し無力化が図れるまでは攻撃をしないと決めていた。だから顔の前にぴっ、と一本の指を立て、言葉を尽くす。
「好きになるひとが沢山増えたら、新しいジュヨーが生まれるの! ジュヨーが生まれればケーザイはまわる! 世界が喜ぶ! つまり! ブッフェは世界を救うのよ!」
 だからアルはブッフェがだいすきよ!
 どどーん! 壮大な結論に辿り着いたアルナーの曇りない眼に、

「「「「「「なるほどー!!」」」」」」
 信者は陥落した。

「ま、自分の願いを聞き入れないから問答無用で殺すってのが通る話なら、ブッフェ食べたい俺達の願いを聞き入れないあんたらも殺されたって仕方ない……でも、そんなの無茶苦茶だって思うだろう?」
 あんたにはその無茶苦茶を通すけどね? ナクラの台詞は戦意を喪失した信者達の間を抜け、ビルシャナへ。流星の煌めきを鳥人間へと彼が叩き込んだその刹那に、ニーカがその尖った尾から敵の歪んだ心を蝕む愛を注入した。
「おどうぐばこ、いいわよ!」
 流動する鋼を身に纏い拳を繰り出すアルナーの声に待ってましたとばかりにおどうぐばこがその鋭い牙で喰らいつく。
「ブッフェなど……!」
 ビルシャナが放つ氷の環は後列へ飛んだがその勢いはほぼ無く、ほとんどを華とアルナーが受け止め、瑪璃瑠は弾き落とした。
「思い思いの形で楽しめるのはとっても地球に優しい事だと思うのですが、あなたにはそれが見えていないようですね」
 ミニュイが粛々と虹色ヴェールの癒しの光を仲間へ送り、リヒトがちょっぴり困ったような表情のままビルシャナを見据えた。
「和解して一緒にブッフェ……って出来たら良かったけど、……ごめんね」
 彼の放つ鎖が敵を縛めたところへ近付き、エヴァリーナはビルシャナの瞳を覗き込んだ。
「おやすみなさい、さようなら」
 輝く瞳に敵の胸中へ湧き起こされたのは過去の奔流。追憶の眠り姫──ビューティフル・ドリーマー。
 ビルシャナは崩れ落ちて朝焼けに消えた。

●フェス!
「ピーチ・フェスを堪能しに参りましょう、皆様!」
「いいね。朝からでも運動したしいいじゃん、行こうぜー♪」
「心置きなくブッフェを楽しむんだよ! あなた達もものは試し、一緒にどう?」
 避難誘導から戻ってきていたユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)からシェフ達の無事と彼らが仕込みあるいは仕上げに疾うに取り掛かっていることを聞いた華が、眩しいばかりの光を瞳に浮かべて誘いかけ、ナクラが軽く笑って応じ、その傍で瑪璃瑠が逃げ去ろうとしていた元信者達にもそう声をかければ、彼らは戸惑いつつも肯いた。
 ちょっぴり準備時間を待ち、すっかり設えられたレストランへと足を運んだエヴァリーナは、薄桃色と白で上品に統一された空間に思わず身を震わせる。
「お待ちかねの朝スイーツブッフェ……!」
 真っ白なお皿が積み上げられ、よく磨かれた銀色のカラトリーがどうぞと言わんばかりに揃えられている。好きなものを好きなだけ取っていいという空間が、そこにある。
「さっきはビルシャナに、自分に合った料理だけ食べられるとは言いましたが、どれも美味しそうですね」
「色んなスイーツが並んでるの、見てるだけでも楽しいよね! どれもこれも可愛いんだよ!」
 花色の瞳をまんまるにして華が高まる期待に小さく拳を握る隣で、早速瑪璃瑠が白い皿を手に取り「うさぎ型のスイーツもあったりしないかな?」とフロアを歩き出した。

 フロアの甘い景色にリヒトが歓声を上げれば同じ顔──ルース(e07919)がそんな弟の姿を目を細めて見遣る。そのいつも通りの視線にほんの少しの居心地の悪さ、もとい照れ臭さを覚えリヒトはそそくさとブッフェへ向かった。
 好みが違っても楽しめるのが素敵だ。
 ──僕達の場合は大体好きなものも同じだけど。
 むむむと悩みに悩んでリヒトが選んだのはたっぷりの生クリームに彩られた黄桃のショートケーキと果肉の食感残るジュース。
「冷たいもの、リィも欲しいでしょ?」
 ルースが取り分けて来たのは同じジュースと、桃の果肉覗くアイスクリームに見目にも涼やかなシャーベット。
 それぞれひと口頬張れば、とびきり新鮮な甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しい! ルゥ兄のも美味しい?」
「うん。リィも食べるといいよ、」
「あ、先に言っておくけど『あーん』はしな、」
「はい、あーん」
「しないって言っ、」
「溶けちゃうよ」
「うっ……」
 にこにこ笑顔の兄にも、目の前のスウィーツの誘惑にも勝てない。遂には差し出された桃の色アイスをぱくり。
「どう? リィのもひと口頂戴」
 こうして持ってきたものを好きなひとと一緒に食べるのもブッフェの醍醐味だ。
 雛鳥みたいに開けて待つルースの口へふわふわのケーキをフォークに掬い押し込んで。
「っ僕もそれ取ってくる!」
 かたんと席を立つリヒトの僅か紅い耳を見送り、ルースは小さく笑った。

 お疲れさま、と夜(e20064)がアイヴォリーに差し出す大輪の薔薇は、うっすら薄桜色に色付いた白桃のパフェグラス。
 さっそく唇へと運べば、軽く繊維を噛み切るやわらかな歯応えに続いて、瑞々しい甘さと馨しい香りに染め上げられる。
「~~っ」
 蕩ける笑みを浮かべ、堪能したアイヴォリーはたったひと口の余韻に吐息を零す。
「これが、お代わり自由……? ああ、桃源郷はここにあったのですね……!」
「宛ら俺達は、桃源郷を目指してパフェの層を旅する探検家だろうかな」
 喜色に潤む彼女の瞳を、桃を乗せたアイスティを喉に通し夜が愛おしげに見つめれば彼女は匙を彼へと差し出した。
「──え、俺も?」
「わたくしにひとりで探検しろと?」
 瞬く瞳に悪戯っぽく彼女が言うから、自然と和らぐ冴月色。
 けれどふたりで層を潜り、さほどもしない内に辿り着くのは真っ白な生クリーム。
 喉の奥で小さく唸り、ちらとアイヴォリーを見遣って。
「……、」
 無言で差し出されたたっぷりのクリームと桃に「ふふ、そうでしたね?」彼女は目尻を和らげる。
 いつも怜悧で美しい貴方の子供みたいな困り顔が可愛くて。アイヴォリーは迷うことなくぱくり。
「今ばかりはキスを我慢してあげる」
 だからね、と。お返しにと掬った桃のジュレが匙の上で軽く揺れる。
「これから先ずっと、貴方のパフェ探検の隊長はわたくしですよ」
「どこなりと、隊長」
 なんて。絡む視線にふたりで微笑み合えばそれはもう、『ぜったい』になる。

 さくりフォークを刺せば、厚めのタルト生地がほろりと崩れる。柔らかく濃厚な黄金桃の甘みと、白桃の爽やかながらも繊細な味、それぞれのタルトの良さがある。
「ほら、あーん」
 薔薇みたいなパフェを掬ってニーカへあげる。彼女は目を細めくるくる回った。
「踊りたくなる程美味しいか、良かったなー♪ お、」
 そこに通りかかったユノを見付けてナクラが「なにを食べてるんだ?」彼女の皿を覗き込む。そこにはパンケーキとたっぷりの桃クリーム。
「目がキラキラしてたもんなー」
 けらりと笑えばユノが力いっぱい肯くので、良かったなぁとまた彼は笑い「そういやさ」と話を振った。
「桃って東洋じゃあ長生きする食べ物らしいぜ。今日は皆でご利益にあやかりたいもんだ。チロルにも写メしてやったら?」
「……いいよ、別に」
 彼女はまだあの夢翠を許してはいないらしい。
 そんなやりとりの向こう側では、エヴァリーナは居並ぶスウィーツと真剣な面持ちでにらめっこ。
 ──実は食べ放題こそ元が取れる量を気を付けなきゃなんだよね、……お店が。
 お店に、そして同じくブッフェを楽しむ他のひとに迷惑をかけない範囲でどれだけ食べていいのか。それは永遠の至上命題だ。
 山盛りにしてしまいたいけれど、見た目の可愛さだって大事! ぐぐっと我慢する彼女はけれど、硝子のケーキスタンドに鎮座する白いスウィーツにめろめろだ。
「ああ、でもショートケーキはホールで頂きたい……!」
 懊悩する彼女を瑪璃瑠が覗き込んで笑った。
「ね、今日は助けてくれたお礼ってことでお昼まで貸し切りにしてくれるみたいだよ!」
「! じゃあご迷惑は掛からない……?」
 ぱあっと表情が明るんだ彼女はしかし、たまたま瑪璃瑠のお皿を見てしまって更なる悩みに頭を抱えることになる。
「……それは?」
「え? えっとマカロンでしょ、クッキーにマドレーヌ! 向こうに桃のフルーツサンドもあったよ!」
 同じく色んな種類をテーブルに揃えたアルナーはその圧巻の光景に頬を緩め切っていた。
「ううん、こうやって並べてるとワクワクしちゃう。ブッフェはやっぱり楽しいわ! ──いただきまーす!」
 パフェにタルトにコンポート! 口に運べば溢れるくらいの瑞々しい果汁が身体全体を満たしていくみたい。
「……んんん! 桃がジューシーで、美味しい……しあわせ」
 頬に手を当て、ほうと息を吐く。けれど休んでなんて居られない、まだまだ食べたいものがたくさんあるのだ。
「目指せ全種類制覇よ。その為にアル、朝ごはん抜いてきたんだから!」
 傍でおどうぐばこが跳ねるのを微笑ましく見ながら「私も腹空かせてきました」とユノの隣に座った華が告げ、ミニュイも肯く。
「わたくしも食事は朝からしっかり摂る方ですが、こんな時ですと、別腹も元気になってしまいますしね」
 桃の旬もあと少し、過ぎゆく季節を今の内に楽しみましょう。そう告げた彼女が選んできたのは夏の詰まった、シャーベットとアイスクリーム。
「ユノさん、あちらに桃のデニッシュもありましたよ」
 ぱりぱりのデニッシュ生地に甘みいっぱいの白桃のジャム。見せればパンケーキを頬張っていたユノの瞳が輝く。パフェを食べていた華も長い睫毛をしばたたかせた。
「たいへん、全制覇できるでしょうか」
 嬉しい困惑に、ユノがパンケーキをさふっと切り分けたっぷりのクリームを乗せた。
「良かったら、はい。分けよ」
「ええ、そうですね。そうやって気軽に色々なものを共有できるのも、ブッフェならではですもの」
 口の中に弾ける果汁はどこまでも甘くて、爽やかだったり豊かだったりする風味が楽しませてくれる。頬が緩んでしまうのは仕方ない。

「ああ、どれも美味しくてとても幸せです。改めてこの場所を守れて良かった」

 華が吐息に乗せて零せば、同意の笑顔が咲いたのだった。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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