大菩薩再臨~リア充なんて、滅びてしまえ!

作者:雷紋寺音弥

●世界を救う浄化の光 
 何処とも知れぬ、薄暗い場所。
 人の訪れぬことのない閉ざされた地にて、七色の翼を背負った女が静かに祈りを捧げていた。
 洞窟を照らす淡い光。それは壁面に所狭しと彫られた曼荼羅陣より、注がれたグラビティ・チェインの力を以て光り輝いている。だが、そんな神々しい曼荼羅陣とは対照的に、光に照らされた女の姿は、随分とみすぼらしいものだった。
 翼は既に輝きを失い、掠れる声からもかつての力は感じられない。それでも、天聖光輪極楽焦土菩薩は、大菩薩再臨という大願成就のために、祈りを捧げ続けていた。
「この世界を救う事が出来るのは、ビルシャナ大菩薩のみである」
 突然、3つの光が天聖光輪極楽焦土菩薩の眼前に灯り、その中の1つが声を掛けた。声の主は、正に力尽き果てようとしている天聖光輪極楽焦土菩薩に語り掛けながら、徐々にビルシャナの姿へと変わって行く。そして、残る2つの光も、それに続く形で、同じくビルシャナとしての姿を表した。
「その救いの手を跳ね除ける者がいようとは。世界は世界のあるべき姿、ビルシャナ大菩薩との合一を果たさねばならない」
 もはや精も根も突き果てようとしている天聖光輪極楽焦土菩薩は、その言葉を黙って拝聴する他になかった。が、それでも彼女に恐れはなく、むしろ悲願を遂げられる喜びに満ち溢れていた。
「あとは我らに任せるが良い。この世界に満ちる救いを求める声と共に、ビルシャナ大菩薩の再臨を成し遂げようぞ」
 洞窟から去って行く3体のビルシャナ。その内の1つ、浄化菩薩の後姿を静かに見送る天聖光輪極楽焦土菩薩。
 彼女達の悲願、ビルシャナ大菩薩の再臨への道は、未だ断たれてはいなかった。

●今年の夏も、駄目でした
 夏の浜辺も、夏休みが終わりに近づくにつれて、徐々に人は減って行く。そんな浜辺の片隅で、女子大生の岩崎・美波(いわさき・みなみ)は、遠く海の向こうを見つめながら泣いていた。
「うぅ……今年も駄目だった……。今年こそ……今年こそ、リア充になってやるって決めてたのにぃ!!」
 その辺に落ちていた石を拾い、力任せに海へと投げ付ける。青い海に、広い空。そんなもの、今の自分にとってはクソ食らえだ。
「なんで……なんで、アタシにだけ彼氏ができないのよぉ! そりゃ、中学生の時に、『結婚するまで彼氏なんて作らないでいようねっ!』て言ったのは、アタシだけどさぁ……」
 今となっては、そんな誓いなど何の意味もない。それなのに、何故か自分だけが律儀に誓いを守る形になってしまっているという謎の不可抗力。
 それもこれも、全ては自分の童顔と凹凸の少ない体型が……否、それを馬鹿にする世の中がいけないのだ。実際、海に出てもナンパどころか家出した中学生と間違われて通報され、稀に声を掛けて来る者がいたとしても、ロリコン趣味のキモヲタしかいなかったので、やってられなかった。
「ちっくしょぉぉぉっ! 巨乳もセクシーギャルも、清楚なお姉さんも、ついでに美魔女も、全部、ぜ~んぶ、消えてなくなってしまぇぇぇぇっ!!」
 腹立ち紛れに、足元を這っていたヤドカリを捕まえ、それを海に放り投げようとする美波。すると、唐突に真っ赤な翼を持った鳥人間が、光と共に彼女の前へ降臨した。
「話は聞かせてもらった。今、お前が哀しんでいるのは、色恋という争いに敗れたからだ」
 争いがある限り、勝敗は生まれる。そして、そこには必ず敗者が生み出されるのだと、鳥人間は美波に告げる。
「た、確かに、そうね。そもそも、女を顔とか胸とか、それに男好みの性格なんかで、格付けする世の中が間違っているんだわ!」
 鳥人間、浄化菩薩の言葉に、力強く頷く美波。もはや、彼女の心は浄化菩薩のものだ。その言葉に身を委ねる代償は、とてつもなく大きなものであるのだが。
「この世界から争いを……恋愛とやらを、無くそうではないか。世界から争いがなくなれば、リア充か否かなどいった下らぬ論争が、そもそも起こらぬようになるのだからな」
 そのために、自分の力を受け入れる覚悟はあるか。そう問い掛ける浄化菩薩へ、美波は躊躇いなく返事した。
「ええ、当然よ! リア充を物理的にブッ殺せないんだったら、リア充っていう概念を地球上から消滅させてやるわ!」
 次の瞬間、美波の身体は光に包まれ、新たなるビルシャナ……『絶対負け組になりたくない明王』へと変貌した。
「さあ、行くが良い。世界中に信者を増やし、争いの根源たるリア充とやらを、この世界から消滅させるのだ!」
 浄化菩薩の命を受け、明王と化した美波は走り去って行く。自分と同じ、非リア充達に、この素晴らしい教えを説くことで、世界中からリア充を撲滅するために。

●流行性鳥人間症候群
「夏休みも終わりになろうとしているのに、世の中に不満を持ったビルシャナが、仲間を増やそうとしているみたいです」
 夏の終わりに、なんとも傍迷惑なビルシャナが現れたものだ。そう言って、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はケルベロス達に、今回の事件を引き起こす元凶について語り始めた。
「この事件は、ビルシャナ大菩薩の再臨を目論む有力なビルシャナ、『浄化菩薩』が引き起こしたものです。『浄化菩薩』は、色々な競争に負けちゃった人に、世界から争いを無くすためっていう理由で、ビルシャナを増やそうとしています」
 現時点では、この動きはそこまで大きくはなっていない。だが、この事件のターゲットにされる一般人は流されやすい性質の人が多く、ビルシャナの数が一定を越えると、凄まじい速度で人々のビルシャナ化が流行してしまう危険がある。
 そんな『浄化菩薩』の言葉に負け、ビルシャナ化してしまったのは岩崎・美波という女子大生。なんでも、今年も自分だけ彼氏ができず、しかも貧相な体型をしていたことも相俟って、コンプレックスの塊になっているのだとか。
「ビルシャナ化してしまった美波さんを、もう元に戻すことはできません。皆さんは、せめて彼女がこれ以上、仲間のビルシャナを増やさないよう阻止してください」
 ビルシャナ、『絶対負け組になりたくない明王』と化した美波は、同じくリア充になれないまま近所のカフェで愚痴をこぼしている女性達の女子会に乱入。そのまま説法を行い、彼女達も『絶対負け組になりたくない明王』にしてしまうようだ。
 ちなみに、ビルシャナと化した美波の教義は、以下の通り。
 曰く、自分のように貧相な身体の女子がモテないのは、見た目で女性を判断する世の中が悪い。
 曰く、そもそも恋愛という概念がなくなれば、顔だの胸だのといった見た目で、モテる、モテないを気にする必要もない。
 曰く、そういうわけで、格差を助長し世の中を勝者と敗者に分ける、恋愛リア充を抹消すべし……と、いうものらしい。
 事件当日、カフェで女子会をしている女性は4名。それ以外は早々に逃げ出すので、説法の妨害とビルシャナの撃破だけを考えればよい。女子会をしている者達は、いずれも自分の意思が弱く、周りに流され易い者ばかり。
 ビルシャナの説法に割り込んで、説得するのは容易いだろう。唯一、注意して欲しいのは、彼女達にこちらが『勝ち組』認定されてしまうこと。そうなると、彼女達のビルシャナ化は瞬く間に促進され、最悪の場合は同時に5体ものビルシャナを相手にせねばならなくなる。
「誰が好きとか嫌いとか、そういうのって、女の子にとって心の栄養になるんです! 恋もできない世の中にしようなんて、そんなビルシャナ、許せません!」
 拳を振り上げ、いつになく力説するねむ。しばらく見ない内に、なんだか随分と言うようになった気もするが……よくよく考えれば、今年で彼女も14歳。色々と、そういったことに興味があっても、何らおかしくないお年頃。
「今回のビルシャナは、変態じゃないんだね。よし、それなら、なんか勝てそうな気がして来た!」
 同じく、何故か妙にやる気を出している成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)。そんな彼女を含め、ヘリポートに集まったケルベロス達を、ねむは改めて事件の現場へと案内した。


参加者
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)

■リプレイ

●なんやかんやで、人類滅亡!?
 人間の社会から恋愛を無くせば、争いも無くなり、平和になる。なんとも飛躍した論理のビルシャナが現れたとの報を受け、ケルベロス達は出現場所であるカフェへと向かった。
「恋とか愛とか、あこにはよくわからないのですが、猫さんは基本強い個体がモテるのです! つまり……生存競争が無くなるのです……?」
「いや……場合によっては、それ以上に悲惨なことになり兼ねんぞ」
 今一つ、事の重要性が理解できていない八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)だったが、嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)が深刻な表情で返した。
 大人の恋愛は、その延長線上に必ずどこかで結婚の二文字に繋がって行く。だが、そもそも大元の恋愛を断たれてしまっては、結婚もなければ家庭もない。
「えぇと……要するに、お父さんやお母さんが、この世界から消えちゃうってこと!? うわわ! それって、もしかしなくても大変なことじゃ……」
 事の重大さに気付いたのか、成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)が口元を押さえて飛び上がった。
 そう、彼女の言う通り、恋愛の二文字が完全に人類の頭から消失すれば、最終的には誰も結婚しない未来へ到達してしまう。当然、それでは家庭など持つこともできず、出生率は加速度的に低下。遠からずして、人類滅亡、待ったなしだ。
「むぅ……思っていた以上に危険なビルシャナだったね。でも、誰も恋愛しない世界って、誰も結婚しない世界ってことだし……」
「こりゃ、放置するのは危なすぎるね。変な教義が広まる前に、なんとかせんと!」
 こんな下らない逆恨みで人類を間接的に滅ぼされては堪らないと、リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)と田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)は、勢い良くカフェの扉を開けた。昼時であるにも関わらず店内はガランとしており、その中央ではビルシャナと化した美波が、女子会をしていた4人組に語っていた。
「だ~か~ら~、恋愛なんて限られた男を奪い合うだけの、不毛な争いなのよ。そんなもの、最初から無くなってしまった方が、リア充も非リアも関係なく、平和で穏やかな世界が築けるわ!」
 ちなみに、彼女達以外の人間は、既にカフェから退避している。後は、この4人を説得するだけなのだが、なかなかどうして難しそうだ。
「ん~、確かに、そうかもね。っていうか、なんかもう、男探してキリキリするのも付かれたし~」
「それに、そもそもイイ男って、そう簡単にいないしね~。負け組になるくらいだったら、恋愛なんて世界から消えちゃった方がいいのかな~?」
 どうにも流されやすい性格なのか、既に4人はビルシャナと化した美波の言葉へと耳を傾けつつある。これは拙いと察し、慌てて包囲するケルベロス達だったが、それでも美波はどこ吹く風だ。
「あら、まだ客が残ってたのね。まあ、いいわ。ほら、あなた達も、恋愛なんて下らない感情は捨てて、争いのない世界を作りましょうよ」
 ともすれば、ケルベロス達を新たなビルシャナへと勧誘してくる始末。完全にビルシャナと化してしまった今の美波には、もはや仲間を作ることしか頭にないのだろう。
 色々と思うところはあるが、それでもリア充を消滅させれば世界が平和になるとか、極論もいいところ。そんな世界を認めるわけには行かないと、ビルシャナと化した美波とケルベロス達との、舌戦の舞台が幕を開けた。

●本当の幸せ
 平和のためには恋愛感情を抹消すべしというビルシャナの主張。正直、穴だらけで反論に困らない教義ではあったが、しかし賛同している4人の女子は、美波と同じ非リアである。
 女子会で愚痴をこぼしていたことからして、かなり卑屈になっているだろう。そんな彼女達には、果たしてどんな説得であれば届くのであろうか。
「恋愛を無くし尽くしたと仮定して、自分の気にくわないものを力づくで潰し続けてきた人に、果たして他の人は友情や友愛の感情を向けて下さるでしょうか……?」
「世の不条理は私にも思い当たるところではあるが、力ですべて滅ぼそうなど、勝ち組の発想だと個人的には思うな」
 とりあえず、力技で屈服させるのはよろしくないと、まずはあこや槐が問い質した。
 見た目で差別されるよりも、今までの行いで差別される方が、より辛い。喧嘩をしても何も得るものはないと告げるのだったが……4人の非モテ女子達は、どうにも煮え切らない様子だった。
「はぁ? 別に、私達、力ずくでリア充叩こうなんて思ってないし!」
「この鳥の言ってる教えを広めて賛同してくれる人が増えれば、それだけで世界から争いが消えるんでしょ? だから、喧嘩なんて最初からする必要ないしね」
 別に、こちとらリア充を問答無用で殺そうとしているわけではないと、非モテ女子達は猛反論! いや、そもそも、そんなことが不可能だから、教義を広めることで非リアを救おうとしているのだ。そう、真っ向から言われてしまっては、さすがに返す言葉もない。
「でも、そこの鳥も、男の人を見た目で判断してたよ。彼氏だったら、誰でもいいってわけじゃ、ないんでしょ?」
 すかさず、リリエッタが突っ込んだが、そこは美波も黙っていなかった。今まで全くモテなかったことから、彼女は既に恋愛に対して、諦めの境地に達していた。
「うるっさいわね! 私はもう、そういう感情とはサヨナラしたのよ! イケメンだろうとなんだろうと、関係ないわ! 恋愛が格差を生んで、争いの元になるっていうなら、男も女も、恋なんかしなければいいのよ!!」
 というか、そもそも自分にイケメンが振り向いてくれる可能性など、この先ずっとゼロだろう。ならば、イケメンなど目の前にいるだけで蛇の生殺し。そんなものに振り回されるのは御免被ると、美波はバッサリ切り捨てて来た。
「ふむ……私が思うに、恋愛という概念が無くなろうと、見目の麗しさが人を惹きつけるかどうかは大して変わらないのではないだろうか?」
 だが、それでもイケメンや美女という概念は恋愛を消すだけでは消えないと、リリエッタに代わり槐が諭した。
「恋愛対象でない人間を素敵、と思ったりすることはあるだろう? 性格の良さに惚れたりするケースも恐らくあるのだろうが……」
「恋愛対象じゃなくても素敵な人、ねぇ……。でも、それとリア充と、何か関係あるの?」
 しかし、女子会メンバーの反応は、やはりどうにも煮え切らない。確かに、恋愛対象でなくとも素敵に見える人は存在するが、だからどうしたという話だ。その人を奪い合い、争うようなことがなければ、それはリア充か非リアかといった話には、何ら関係のないことではないかと。
「……っていうか、そういうあなたは、彼氏とかいるの?」
「そうじゃなかったら、何かのカリスマとか? そういう人になれるなら、恋愛しなくてもリア充になれるかもってやつ?」
 反対に、女子会組の4人は、どうすればそれでリア充になれるのかを聞いて来る始末。まあ、確かに恋愛に関係なく、周囲に信頼され慕われていれば、ある意味リア充と言えるかもしれないが。
「いや……私には縁がなくてな。いいか、私のことは気するんじゃない……」
 自分の体型を気にしつつ、どこか遠くを見つめながら槐が返す。もっとも、その一言は、今の女子会4人組に対しては不要な言葉だったかもしれない。
「な~んだ、それじゃ全然意味ないじゃん」
「ガッカリ~。誰かと男を奪い合わなくても、リア充になれる方法があれば聞きたかったんだけどね~」
 それがないのであれば、残念ながら、やはり恋愛という概念を世界から消し去る他にない。それが人の間に格差と争いを生み、誰かに負け組のレッテルを貼ることになるのであれば、そんなものは不要だというのがビルシャナと化した美波と、そして彼女の賛同者達の意見だった。
「愚痴を言い合える友達いるなら非リアじゃないよ。それに、リリも貧相なちんちくりんだけど負け組なんかじゃないよ」
 恋人がいなくても、友達がいればいいじゃないか。そう言って慰めるリリエッタだったが、それでも格差は生まれ、周りは勝手にレッテルを貼ると、ビルシャナ化した美波が言い返して来る。話は相変わらずの平行線。女子会4人組は、元より優柔不断なことも相俟って、ともすれば声の大きな方に流されそうになるから、困ったものだ。
「えっと……お姉さん達は、リア充とか非リアとか、そういう区別が良くないって思ってるんだよね? それで、恋愛があるから、そういった区別が生まれるって……そういうことでいいのかな?」
 どうにも混乱して来たので、一度話を整理しようと、理奈が美波や女子会をしていた4人に尋ねた。
 恋愛は、人々の間に格差を生み、争いを助長するものだ。ならば、無くしてしまえばいいというのが、ビルシャナ化した美波達の意見。
 それに対し、ケルベロス達の提案は、果たしてどうか。恋愛をしないことにより、本当に争いが消えるのか。もしくは、そのような世界にデメリットはないのか。そして、そもそも争いを消し、勝ち組だの負け組だのといったレッテルを貼られなくするために、本当に必要なことはなんなのか。
 信者達を怒らせれば一発でビルシャナ化してしまうが、そこに配慮をし過ぎ、同上や共感の意思だけを示したところで、その先には進めない。だからといって、そもそもの論点がズレた主張をしても、さすがにそれでは説得できない。
「さあ、これで解ったでしょう? 世の中から争いをなくすには、リア充とか非リアとかいった区別なんて不要なのよ! だから、その元凶たる恋愛感情を人類の心から排除する……それの、どこが悪いのよ!」
 勝った。完全に勝った。ドヤ顔で決める美波に、ケルベロス達は効果的な反論をすることができない。このままでは、同時に5体のビルシャナを相手にするという、最悪の事態に陥ってしまう。
 こうなったら、実力で全てを排除するのも已む無しか。なんとも不穏な空気が漂い始めていたが、しかしまだ、ひとつだけ希望が残されていた。
「別に、彼氏がいるとかいないとか、それだけでリア充かどうかなんて決まりませんよ。一夏の恋は早くに破れるもんです。大部分はリア充に見えた地獄の直滑降ですよ」
 ナンパの果ての交際など、長続きするとは限らない。それに、彼氏ができたとしても、その内面はどうなのかとマリアが尋ねた。DV、酒乱、ギャンブル、浮気……そんなことばかり繰り返す男と交際したところで、本当にリア充と言えるのか。
「『彼氏』って言葉だけじゃ、単なるステータスに過ぎないんですよ。本当に、堅実に愛してくれる方を見つけたいなら、お見合いで相手を見つけた方がいいですよ」
 恋愛を無くしたところで格差は無くならないし、そもそも彼氏がいるからといってリア充とも限らない。前提からして、間違っているのだ。表面的な部分に捉われていては、本当の幸せなど、いつまで経っても掴めない。
「ふ、ふん! あなたみたいに、力を持ってる人が言ったところで、説得力なんてないわよ!」
 それでも最後まで譲ろうとしない美波だったが、この反論は少々苦しい。確かに、ケルベロス達は凄まじい力を持っているが、そこにしか注目しないというのは、やはり人を記号でしか見ていないのと同義だからだ。
「ケルベロスやからリア充? 男の方いうんは、自分より強い女相手やと二の足踏むんですよ」
 モテる以前に、相手が来ないん。力があれば、必ずしもリア充出来るとは限らない。それでも世の中から恋愛感情を消そうなどと思わないのは、それが不毛な行いだと知っているからだと、マリアは淡々と語って聞かせ。
「……な~んか、色々冷めちゃったね」
「うん……現実に戻されたっていうか……確かに、彼氏でもダメ男やヒモ男は勘弁だし、お見合いで相手探すっていうのも、悪くないのかも」
 恋愛感情を消したところで根本の問題は解決しないし、よくよく考えればナンパから始まる交際など怖すぎる。反対に、真剣交際を考えている者で互いに顔を合わせれば、もしかすると顔や体型だけで判断されることも減るかもしれない。
(「まあ、実際にお見合いするとなると、男は年収、女は年齢で格差が生まれたりするんやけどね」)
 美波から離れて行く4人を見送りながら、マリアは心の中で苦笑した。残念ながら、現実はそこまで美しくない。だが、それを今の彼女達に、敢えて伝える必要もない。
「うぅ……な、なによ、あなた達! さっきから、私の邪魔ばっかりして! あなた達みたいな人が競争を煽るから、世の中から争いが消えないのよ!」
 完全に味方を失った美波が、ついにヤケクソになってケルベロス達に襲い掛かって来た。
 口では平和を謳いながら、ピンチになると、これである。そんな性格だから、いつまで経っても男ができないのだと思いつつ、ケルベロス達は溜息交じりにビルシャナと化した美波と激突した。

●嫉妬の果てに
 非モテからリア充を憎み、物理ではなく概念の消去という形で、リア充抹殺を企むビルシャナ、美波。だが、女子会グループを仲間に引き入れることに失敗した今、彼女などケルベロス達の敵ではない。
「なんでよ! どうして邪魔するのよ! あなた達……さては、リア充を生み出して格差を広げることで、世界を征服しようとする悪の秘密結社なんでしょう!」
 おいおい、お前がそれを言うか。盛大なブーメランをかます美波の言葉には、もはや呆れて物も言えない。
「こうなったら、あなた達にも私の苦しみを解らせてあげるわ! 全員纏めて、貧相な体型になるがいい!」
 肉体を貧相にすることで攻撃力を下げ、更には精神的にダメージを与えるという謎の魔法。しかし、その直撃を食らったにも関わらず、動じない者も存在する。
「リリ元々貧相だよ? だから、殆ど何にも変わらないよ?」
 バインバインの巨乳や、ガチムチの筋肉マッチョならいざ知らず、元より貧相な体型のリリエッタには、精神的なダメージは皆無だった。それでも、物理的に何らかの影響がありそうなものだが、ケルベロス達の大半が前のめりな陣形を取っていたが故に、魔法は拡散してしまい、そもそも肉体を貧相にしきれてもいなかった。
「そんな魔法、効かないのですよ~。三毛もクロもキジトラも♪ みんな仲良くにゃにゃにゃん、にゃん♪」
 ウイングキャットのベルが起こした風に合わせ、あこが自慢のにゃんこ音頭で魔法の効果をかき消して行く。こうなれば、後は完全にこっちのものだ。怒涛の連続攻撃で、ビルシャナと化した美波を沈めるのみ!
「まずは手堅く……」
 マリアの蹴りが炸裂し、窓ガラスをブチ破る形で美波をカフェの外へと吹き飛ばし。
「まだだ。逃げられると思うな」
 続けて、槐の拳が美波の腹に命中し、骨の砕ける嫌な音がした。
「ぐ、ぐぇぇ……。ま、待って! 待って! 暴力……反……対……」
 悶絶しながら停戦を訴える美波だが、そもそも最初に攻撃を仕掛けて来たのはそちらである。今更、戦いを止めてくれなどと、そんな虫の良い話があるものか。
「争いを無くしたいなら、最初から最後まで、お話で解決しないと駄目なんだよ!」
 あまりに身勝手な美波の主張に、怒り心頭な様子で理奈が魔法の星を乱射する。その大半は明後日の方向に飛んで行っている気がするが、牽制としては十分だ。
「くっ……このクソガキ! まずは、あんたから……って、ハッ!?」
 逆ギレして理奈を襲おうとする美波だったが、時既に遅し。気が付けば、彼女の横にはリリエッタが立っており、親友の幻影と共に魔力のチャージを完了していた。
「ルー、力を貸して! ――これで決めるよ、スパイク・バレット!」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと! そんなの聞いてな……きゃぁぁぁっ!!」
 荊棘の魔弾をブチ込まれ、美波が羽を散らしながら消滅して行く。夏の終わり、非モテの理由を世界に求め、世界を逆恨みした女は、結果として全てを失ってしまった。
「ん~、でも、なんであのお姉さんは、リア充にこだわったのです? 美味しいご飯が食べられて、お友達がいるだけじゃ、足りなかったのですか?」
「結局は、自分の心が幸せな状態にあるか否か、という話だろう。恋人の有無や他人の評価など、所詮は指標のひとつに過ぎん」
 首を傾げるあこに、槐が答えた。幸せの形、リア充の形も、人それぞれ。短絡的に恋愛感情を抹消したところで、不満が解消されるとは思えない。
「なんや、辛気臭い感じになってしまったですね。折角ですし、女子会開いてた人達と一緒に、飲み直しませんか?」
 勿論、未成年はジュースのみだが、それでも良ければ一緒に来ないか。あの4人も、色々吐き出させた方が、後の憂いもないだろう。
 そんなマリアの提案に、ケルベロス達は頷いて答えた。彼氏がいないとか、恋愛できないとか、その程度で人間の勝ち負けは決まらない。親しい友や頼れる仲間がいるならば、それもまた、十分に幸せな人生なのではないだろうか。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月3日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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