大菩薩再臨~休み明けテスト、滅ぶべし

作者:坂本ピエロギ

 七色の翼を背負った女が、祈りを捧げていた。
 洞窟の岩壁や地面には至る所一面に曼荼羅陣が彫られ、注がれたグラビティ・チェインによって淡く発光している。
 光に照らされた女の翼はすでに艶を失って煤け、声にもかつての力はない。
 それでも女は、天聖光輪極楽焦土菩薩は、祈りを捧げ続ける。
 大菩薩再臨という大願成就のために。
『この世界を救う事が出来るのは、ビルシャナ大菩薩のみである』
 何の前触れもなく、3つの光が天聖光輪極楽焦土菩薩の眼前に灯った。
 声の主は3つの光の1つだった。その光は、力尽きようとしている天聖光輪極楽焦土菩薩に語り掛けながら、残る2つの光と共にビルシャナの姿へ変わっていく。
『その救いの手を跳ね除ける者がいようとは。世界は世界のあるべき姿、ビルシャナ大菩薩との合一を果たさねばならない』
 滔々と語るビルシャナの言葉を、天聖光輪極楽焦土菩薩は黙って拝聴する。
 もうすぐだ。もうすぐ大菩薩再臨の悲願が――。
『あとは我らに任せるが良い。この世界に満ちる救いを求める声と共に、ビルシャナ大菩薩の再臨を成し遂げようぞ』
 洞窟から去って行く御使いを、天聖光輪極楽焦土菩薩は静かに見送る。
 悲願達成の刻は、迫りつつあった。

 夏休みが、終わる。
 終わってしまう。
「ああ……あと1日しかねえよ……」
 大学生の青年はそうボヤくと、空き缶を屑籠に放り投げた。
 ここはとある大学のキャンパス内。彼は今、学内の補講を受けている最中だ。明日の追試で赤点を取れば、単位を落として留年が決まってしまうだろう。
「あーあ、勉強したくねえなあ……追試イヤだなあ……」
 もう少ししたら、補講の続きを受けねばならない。ベンチから腰を上げたくない。
 教室にいるのは、自分と同じようなうだつが上がらない学生ばかり。綺麗な子の一人でもいれば、少しはやる気も出るのに。
「畜生。期末テストで赤点さえ取らなければ……」
『話は聞かせてもらった』
「え!?」
 青年が顔を上げると、そこには真っ赤な翼をもつ鳥人間がいた。
『今のお前があるのは、試験という争いに敗れたからだ。争いがある限り勝敗は生まれる。そしてそこには必ず敗者が生まれるのだ』
「え……ええっと……」
 青年の耳には、鳥人間――浄化菩薩の声はまるで真水のように感じられた。まるで乾いた心に染み渡っていくように。
 それが、二度と人間へ戻れなくなる毒とも知らず――。
『この世界から争いを、ツイシとやらを無くそうではないか。世界から争いが無くなれば、お前がリュウネンという処分を受ける事も絶対にないのだ。そうだろう?』
 ずい、と浄化菩薩は青年に迫り、問う。
『我の力、受け入れるか?』
「はい喜んで!」
 次の瞬間、青年は光に包まれ、ビルシャナ『絶対負け組になりたくない明王』へと変貌を遂げていた。
『さあ行くが良い。世界中に信者を増やし、世界から争いを無くすのだ!』
 明王は全速力で、教室へと走っていく。
 この素晴らしい教えを同級生に説き、世界中から追試を、テストを無くすために……!

「ビルシャナ大菩薩が近侍、その三体目が事件を起こすようだ」
 ヘリポートに集合したケルベロスを見回して、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はそう話を切り出した。
 出現が確認されたビルシャナの名は『浄化菩薩』。
 世界に不満を持ちながら、敗者の地位に甘んじる者――俗に言う『負け組』の人々を唆しビルシャナを増やす活動を行っているという。
「ビルシャナとなったのは、事件当日に補講を受けていた大学生だ。お前達は学内の教室に乗り込み、学生たちに教えを説いているビルシャナを妨害し、これを撃破してもらいたい」
 ちなみに、このビルシャナ『絶対負け組になりたくない明王』の教義は――。
 曰く、自分達が留年しそうなのは、世界に試験という競争があるからだ。
 曰く、補講や追試が無くなれば、世界から競争は無くなる。
 曰く、だから皆でビルシャナ化して、競争を無くそうではないか。
 ……というものだ。
「事件発生時、教室には4名の学生がいる。いずれも授業への意欲が低く流されやすい性格の者が多い。明王を放置するとビルシャナ化する恐れがあるので注意してくれ」
 明王はビルシャナ化したばかりのためデウスエクスとしての力は強くない。説法を妨害する事も難しくはないだろう。論理の穴をつくなり、何らかの行動で学生たちの耳目を引く事さえ出来れば、後は明王を片付けるだけだ。
 なお学生達から『勝ち組』と認識されるような言動をとった場合、彼らのビルシャナ化を逆に促進する事になってしまう。学生全員がビルシャナ化すると、戦闘もそれなりに困難が予想されるため注意して欲しいと王子は付け加えた。
「これ以上、大菩薩の使者による暗躍を許すわけにはいかん。どうか力を貸して欲しい」
 発進準備を終えたヘリオンを背に、王子はそう言って一礼するのだった。


参加者
堂道・花火(光彩陸離・e40184)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
エスター・スノーフレイク(オラトリオの執事・e46971)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)
狼炎・ジグ(恨み喰らう者・e83604)
嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)

■リプレイ

●一
 静寂に覆われた大学のキャンパスに、慌ただしい足音が折り重なって響く。
 無人の歩道を一直線に駆けるのは6名の番犬達。目指す先は、戦場となる教室だ。
「急ぐぞ。あの建物だ」
 先頭を行くのはアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)。その青い双眸には、強い怒りが宿っている。
 一体何に怒っているのか。無論この事件を起こした、ふざけたビルシャナに対してだ。
「『絶対負け組になりたくない明王』だと……次から次へと下らん事を……!」
「なりふり構わずって感じだよな。大菩薩再臨に必死なんだろ、連中も」
 狼炎・ジグ(恨み喰らう者・e83604)は苦笑を浮かべ、明王の教義を思い返す。
 ――自分達が負け組なのは、試験という競争があるからだ。
 ――しかし人類がビルシャナ化すれば、試験も競争も負け組も、全てがなくなる。
「……つくづく、訳が分からねぇ教えだぜ」
「確かにオレも留年とかは怖いッスよ! 先輩の話とか聞いてビビってるッス!」
 苦笑するジグに、堂道・花火(光彩陸離・e40184)が言葉を返す。大学生の花火には思うところが多いのだろう。
 面倒な試験など、無くなればいいのに――大なり小なり、そういう事を考える学生はいるものだ。けれど本当に無くしたら世の中が滅茶苦茶になる事も、花火は分かっている。
「……まあ気持ちは、気持ちだけは分かるけど! それでも!」
 講堂内の冷たい空気に花火は一瞬身を震わせると、走る速度を上げた。
「必ず撃破するッス! それで学生の皆も助けるッスよ!」
「ふむ。ビルシャナの依頼は初めてですが、達成に全力を尽くさせて頂きましょう」
 執事然とした出で立ちのエスター・スノーフレイク(オラトリオの執事・e46971)が眼鏡を押し上げて呟く。この事件を起こした、黒幕のビルシャナの名前を。
「それにしても『浄化菩薩』とやら……社会に不満を抱く者を標的に選ぶあたり、なかなか目ざといビルシャナのようですね」
「ええ。本当に酷い事をします」
 廊下の角を曲がりながら、田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)は悔しさに唇を噛んだ。
 ビルシャナ化した学生は、すでに浄化菩薩の配下として動き出しているだろう。
 自分達に出来る事は、ビルシャナ排除と被害拡大の阻止のみ。それが歯がゆい。
「切羽詰まった学生を唆すなんて……許せません」
 若い頃は修行と勉強に明け暮れたマリアには、試験のプレッシャーも良く分かる。
 追い詰められれば、誰だって多少は視野が狭くなってしまう。そこに漬け込むビルシャナの手口に、彼女は憤りを覚えていた。
 教室のドアに辿り着き、気配を殺すケルベロス達。
 嵯峨野・槐(オーヴァーロード・e84290)が小声で囁くように、仲間に注意を促す。
「デウスエクスの気配がする。……気をつけろ」
「了解致しました。それでは参りましょう、皆様準備はお済みでございますか?」
 エスターの言葉に頷くと、ケルベロスは次々に教室へと突入していく。
「おら生徒共、ケルベロス大先生の特別講義の時間だ!」
「え、ケルベロス?」「何しに来たんだ?」
 教室にいた全員の視線が、先頭のジグに集中する。
 室内の後方には見るからにうだつの上がらない男女が2人ずつ。そして目の前の教壇には『絶対負け組になりたくない明王』の姿があった。
『ケルベロスだと? 貴様ら、邪魔をする気か!』
「そうッス。生憎ッスけど、ビルシャナの講義は中止ッスよ!」
 花火と仲間達は、豆鉄砲を食らったような顔で叫ぶ明王を取り囲み、すぐさま戦闘を開始するのだった。

●二
 戦いは、アルベルトの一手で幕を開けた。
「そこを動くなよ」
 アルベルトのフェアリーレイピアが、『風神突』の刺突を繰り出す。
 シンプルだが強烈な一撃を腹部に浴びて呻く明王。そこへ叩き込まれるのは、花火の放つ流星蹴りだ。対する明王は防戦に追い込まれながらも説法を止めようとしない。何としても学生達をビルシャナに引き込む気のようだ。
『この世界から追試を、試験を、競争をなくそう! 崇高なる使命に身を捧げるのだ!』
「やれやれ……崇高なる使命、と来ましたか」
 エスターは時空凍結弾を発射しながら明王の言葉に割り込んだ。教義を否定し、学生達のビルシャナ化を阻止するために。
「追試がなければ競争がなくなると言うのは、何やら不思議な理論でございますね。それは話が逆なのではありませんか? わたしが思いますに、負け組でいるのがお嫌なら、追試はむしろ歓迎すべきものでは?」
 追試が嫌だ。競争が嫌だ。それらがある限り、負け組として苦しみ続けるから――。
 そんな明王の主張にエスターは異を唱え、改めて学生達に問いを投げる。
「競争と言うものは、欲しいものを掴むためのチャンスでもあります。競争がなくなれば、這い上がる機会すら掴めずに、負け組のまま極貧生活を送る事にもなりかねません。そんな未来はお嫌でございましょう?」
「そう、追試というのは救済措置です。人間、常にベストの状態が出せる訳ありません」
 エスターの言葉を、マリアが継いだ。
「病気やケガ、あるいは身内の不幸なんかで試験に臨めないことは誰にでもあります。それが一発勝負で人生決まったら、堪ったもんやないでしょう?」
「まあ、それはそうだけど」「でもなあ……試験がなくなるって、結構良さそう」
 学生達の反応に、マリアは思わず頭を抱える。
 一度ビルシャナ化すれば、まず人間には戻れない。それがどれ程恐ろしいものか、彼らは分かっていないのだろう。
 どうか早まった判断は止めて欲しい。そう願いながら、マリアは説得を続けた。
「貴方達かて暑い中補講に来たんは追試を諦めてないからでしょう? その努力を無駄やてほざく鳥のために、人生終わりとか冗談やありません!」
『ケルベロスの言葉に耳を貸すな! この世界から競争を無くそうではないか!』
 白紙答案を散布し、負けじと声を張り上げる明王。そこへマリアのカラフル煙幕を浴びたジグと槐が襲い掛かる。
「余所見すんじゃねぇ鳥頭。俺達が相手だ」
「愚にもつかぬ説法は地獄でやってもらおう」
 音速の拳が答案を破り、バスターフレイムが明王を焼く。
 前情報通り、明王の戦闘力は大したレベルではない。戦闘しながら説得を続けるのも、そう難しくはなさそうだ。
「大学を卒業したなら、その価値は誰しも認めてくれるだろう。試験があるから勝ち負けがあるのではない、合格すれば勝ち組に一泡吹かせるぐらいはできるはずだぞ」
 槐は拳を固めたまま、学生達へ語り掛けた。
「補講や追試では実感も湧かぬだろうが、資格や免許の試験まで無くなったら世の中はどうなる? 無免許医に診察を受けたいか? バスやタクシーの運転手が無免許だったら、恐ろしくて乗車も出来んだろう?」
「まあ確かに、それはそうかも……」
 男子学生の一人が、ぼそりと同意を返した。
 少しずつではあるが、学生達の心はケルベロス側へと傾き始めている。
 そんな手応えを誰もが感じた、その時――。
「やれやれ、下らん。俺もグータラだし、勉学が嫌な気持ちは分からんでもないが」
 アルベルトが、いかにも面倒そうな表情で煙を吐き出した。
「人間社会が成り立っているのは勝ち組の努力による賜物だ。その事実を受け入れず負け組にはなりたくない? とんだ怠け者達だ、笑止千万とはこの事だな」
 それを聞いた学生の一人が、あからさまに不快そうな顔をする。
「何だよ、俺達が怠け者って……」
「事実だろうが。この世界は、お前らが勝ち組と嫉妬する者達の努力で回っている。彼らが努力をやめれば、お前ら怠け者など生きてはいけんぞ」
 怠け者という単語を織り交ぜ、人格にまで踏み込んで批判を始めるアルベルトの言葉に、学生達の顔色はみるみる蒼白に変じていった。
「負け組のままでいたいなら、それでもいい。お前らを養ってくれる勝ち組に感謝しつつ、今のまま負け組ライフを満喫すれば良かろう。それが嫌ならさっさと勉強に戻れ」
 お前達は負け組で、怠け者で、勝ち組に養われる存在だ――。
 学生達にとっては最大級の屈辱を感じるであろう言葉と共に、アルベルトから命令口調で選択を迫られ、教室内は水をうったように静まり返る。
「俺が怠け者? 何様だよあいつ」「酷い。信じられない……」
 敵意に満ちた視線でアルベルトを睨みつける学生達。そんな彼らを明王はここぞとばかり煽り立てた。
『聞いただろう! お前達が人である限り、負け組として軽んじられ続ける事を! しかし契約してビルシャナとなれば勝敗などない。そのような苦しみからは解放される!』
 そして――。
 一人の男子学生が面倒くさそうに溜息をつくと、静かに手を挙げる。
「俺、契約するわ。勝ち組に蔑まれながら生きるの、もう嫌だし」
『よかろう、歓迎するぞ!』
「あかん! 明王の言葉に耳を貸したら――」
 マリアが制止するより早く、菩薩の光が教室を満たした。
 学生がグラビティ・チェインを収奪され、人間としての生に幕を下ろす。
『さあ共に!』『試験と競争のない世界を!!』
 新たに誕生した味方と共に、明王はケルベロスへ襲い掛かってきた。

●三
「……何と言う事だ……」
「まだ生存者はいらっしゃいます。これ以上の犠牲は阻止致しましょう」
 明王達の経文に心を乱されながら、アルベルトは震える声でレイピアを構えた。残像剣の刺突と息を合わせ、エスターが降魔真拳を振り上げる。
 狙いは新たにビルシャナ化した個体だ。胸を刺された明王の頭にエスターの拳が直撃し、明王は悶絶して教室の床を転げ回った。
 一方マリアは薬液の雨を前衛に浴びせながら、残る学生達をちらと見た。
 生存者は3名。犠牲が1名で済んだのはエスターとマリア、そして槐の説得が奏功していた結果だろう。だが、安心してはいられない。
『テスト撲滅! 追試根絶!』『競争など地球からなくなれ!』
「そうだよなあ。面倒くさいよなあ」「どうする? 私達も一緒になる?」
 見れば残る学生達も、明王の言葉へ耳を傾け始めている。
 一刻の猶予もないのは明らかだった。
「槐さん、明王を!」
「心得た」
 槐はマリアに頷き、致命傷を負ったビルシャナに手加減攻撃の一打を叩き込む。明王となった人間を再び戻せないだろうか……そんな希望を込めて。
(「願わくば……どうか!」)
 しかし、その希望が叶うことはなかった。
 槐の拳は明王の胸にめり込み、紙一重を残して命を繋ぎとめる。だが明王は人に戻ることなく、白紙答案を手に抵抗を続けようとした。
「……ごめんッス!」
 花火はブレイズクラッシュを叩き込み、今度こそ明王を絶命させる。だが唆した張本人の明王は今までより更に激しく、熱を込めて説法を唱和し始めた。
『さあ人間よ、大菩薩との合一を! 追試と競争の根絶を!』
「勉強したくねぇ、負け組になりたくねぇ、か……ま、俺も勉強は嫌いだけどよ」
 ジグは皮肉な笑みを浮かべ、もはや完全に人である事をやめた明王へフレイムグリードを叩き込む。これ以上ビルシャナ勢力にグラビティ・チェインを収奪される事態は、絶対に避けねばならない。
「楽して負け組になりたくねぇなんて、負け組の決め台詞みてぇなもんだ。大体の奴はそう言って夢ばかり見て堕落してく。……つーか面倒な理屈は抜きだ、おいお前ら!」
 ジグは、アルベルトの風神突に突き刺されて転げ回る明王を指さして、問うた。
「見ろ、アレを! あんなピーピー騒ぐ、みっともねぇアホ面の鳥頭になりてぇか!?」
「いえ……それは」
 しどろもどろに首を横に振る学生へ詰め寄ると、ジグはさらに畳みかけた。
「嫌じゃねぇのか? 負け組から脱して、あんなツラぶら下げて、モテると思うか!?」
「いや、その、それは」
「競争があれば這い上がるチャンスだって来る! ビルシャナになっちまったら、それすらねぇんだぞ! いいのかお前ら、それで!!」
「い、いや……」「嫌です、はい」
 崖っぷちで契約を思いとどまる学生達。明王はジグへ飛び掛かろうとするも、レスターの跳弾射撃を浴びて転倒。血を流しながら、なおも語り掛けをやめない。
『世界から負け組を……根絶……!』
「負け組、か……私も定命化する前はそうだった」
 明王を御業で拘束しながら、槐は学生達へ言葉をかけた。
「故に私も、弱者の立場に身を置くことの劣等感は分かるつもりだ。試験に落第したからといって、どうか人間である事を手放さないで欲しい」
「そッスね。オレも勉強は苦手だし頭も悪いから、その辺の辛さは分かるッス。亡くなった学生さんの事は、申し訳なかったッスけど……」
 でも、と。
 槐の言葉を継いで、花火は言葉を紡いだ。
「勉強って、勝ち負けを決めるためにやるものじゃないッスよ。試験で決まるのは成績で、勝敗ではないッス!」
 同年代であろう学生達に、花火は懸命に説得を試みる。学生として、ケルベロスとして、踏み止まってくれと願いながら。
「留年とかは一大事だけど……でもそれが嫌だから、今日学校に来てるんスよね? それで頑張れるんだったら、まだまだチャンスはあるッスよ!」
『さあ契約せよ! そして追試と競争に死を!』
 花火が言い終えるや、かすれた声で叫ぶ明王。
 そして――花火と瀕死の明王とを見比べた後、学生達は静かに首を横に振った。
「俺、契約やめとく」「わたしも。なんか嫌」
『何だと……!?』
「気は済んだか鳥頭? んじゃ終わりだ。最後の講義も、てめえの人生も」
 ジグの右腕が『絶廻方向』の力でぶわりと赤黒く膨らんだ。
 それは見る間に獣の顎へと姿を変え、明王の心臓に食らいつき、噛み砕く。
「勝ち組負け組以前に、鳥頭になった馬鹿なおツム、あの世で永久に後悔しな!」
『だ、大菩薩よ! どうかこの星に競争のない世界を……!』
 そう言い残し、絶対負け組になりたくない明王は砕け散った。

●四
 安全が確認され、生存者の学生達を返すと、ケルベロス達は無残な有様となった教室に、静かに立ち尽くす。
「……お疲れ様でございました。片づけを致しましょう」
 仲間達はレスターの言葉に頷くと、現場をヒールで直していく。
 作戦目標は達成。しかし、学生1名の尊い命は失われてしまった。
「死んでしまえば、負けも勝ちもないというのに……」
 癒しの拳を叩きつけるようにして床を修復しながら、槐はぽつりと呟く。
 かつてケルベロスが宇宙最強の戦闘種族であるドラゴンとの戦争に勝ったように、この星では勝者と敗者などあっけなくひっくり返る。今は覇気に欠けても、若さという武器がある学生達なら、いつか一矢報いる時だって来たかもしれない。
 だというのに――。
「あの二人……せめて最期は、負け組の呪縛から解き放たれたろうか?」
 槐の問いに答えを返す者はいない。
 幻想が混じる教室の窓の向こうには、一面の青空がどこまでも広がっていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月30日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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