ミッション破壊作戦～狂乱索餌の冥魚たち

■リプレイ

●一
　八月下旬、夕刻。
　ケルベロスを乗せたヘリオンが、京葉工業地域の一角へと飛んで行く。
　工場やプラントを数多く擁するこの場所が、死神勢力の拠点と化してもうじき二ヶ月。
　怪魚型死神『鉄還リ』の群れは静かに、しかし着実に力を蓄えつつあるようだ。
「んぅー。ここの敵は、モヤモヤする」
　眼下の光景を窓越しに眺め、伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）は小さな声で呟く。
　墓標のように建ち並ぶ煙突群の向こうに見えてきたのは死神の魔空回廊。その周囲には、ゆらゆらと宙を泳ぐ鉄還リの群れも見える。
　鉄還リは東京湾に眠るダモクレスのサルベージを狙う死神だ。かつては自身もダモクレスであった勇名にとって、此処の死神にはどうしても『モヤモヤ』の感情を抱いてしまう。
　かつて撃破した兄弟機が、鉄還リにサルベージされたら――そんな事を、どうしても想像してしまうのだ。
「征君、助力ありがとう。心強いよ」
「いえいえ。困った時はお互い様ですよ、恭さん」
　筐・恭志郎（白鞘・e19690）のお礼の言葉に、友人の久遠・征夫（意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214）は水臭いとばかりカラリと笑う。
　征夫にはレプリカントの知己が何人もいる。「大事な女性」と聞いて思い浮かべる顔も、レプリカントの女性だ。そんな彼にとって、この回廊は放置できる場所ではない。
「ミッション破壊作戦に参加するのも、かれこれ二年半ぶりになりますかねえ……頑張ってお役に立ってみせましょう」
「心強いな。よろしく頼むよ」
　ナザク・ジェイド（華麗なる混沌の空腹・e46641）が、緊張をほぐすようにひらひらと手を振ってみせた。
「そういえば、千梨は今日が初のミッション破壊作戦だったかな」
「うむ。叫ぶのは余り得意ではないのでな。……成程、これがグラディウスか」
　初めて手にする光剣を眺めながら、櫟・千梨（踊る狛鼠・e23597）は呟いた。
　千梨はミッション破壊作戦こそ初参加だが、ケルベロスとしての経験は多く積んでいる。作戦の手順、仲間との連携、いずれも準備にぬかりはない。
「魂の叫びか。多少緊張するが、まあやってみるさ」
　千梨が話を終えた丁度その時、降下ポイント到着のアナウンスが流れた。
　君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）は仲間の顔ぶれを見回し、ハッチへと向かっていく。
「皆、よろしく頼ム。必ず全員で帰ろう」
「だなっ。今度こそ回廊をぶっ壊そうぜーっ！」
　相棒の尾方・広喜（量産型イロハ式ヲ型・e36130）がグッと拳を突き上げた。
　表情はいつもと変わらない笑顔だが、広喜にとって此処は因縁の地。そして鉄還リも彼にとって因縁の敵だ。決着を望む想いにも、並々ならぬものがある。
「よし行こう。長久・千翠、降下する！」
　長久・千翠（泥中より空を望む者・e50574）は力強く頷くと、開放されたハッチから大空へと身を躍らせる。
「また地上で会おう――ナザク・ジェイド、降下を開始する」
「んぅー。ぼくも、がんばるぞー」
　東京湾の夕空を切り裂いて、グラディウスを掲げたケルベロスが降下していく。

●二
　茜色に輝くバリアが、千翠の眼前にみるみる迫ってきた。
　回廊を覆うドーム状の防壁に剣を向け、オウガの青年はゆっくりと口を開く。
「よう。また来たぜ、鉄還リ」
　夕焼け空に響く、千翠の声。
　それに反応するように、回廊の周りを泳いでいた数匹の鉄還リが彼を仰いだ。
　青い魚眼に浮かんだのは驚愕か、あるいは威嚇か。感情の見えぬ鉄還リを見下ろし、千翠は犬歯を見せて笑う。
「その間抜け面は、どうやらまだ理解できてねーみたいだな。いくら器を揃えても、中身が空っぽじゃ無意味って事をな！」
　千翠がグラディウスをバリアへと叩きつけ、魂の叫びを込める。
　理解できるまで、あの連中を何度だってスクラップにしてやろう。
「何十回、何百回、何千回でもだ。なんなら終わった方がマシだって言わせてやる！」
　雷光がバリアを貫き、回廊を打った。
　衝撃で震える空気。余波を浴びた鉄還リが、鉄の破片となって散らばっていく。
　そこへ降下してきた勇名が、魂の叫びを紡ぎ始めた。
「ぼくたちは、いれもの……なのかな」
　勇名の問いに、鉄還リは答えをよこさない。
　だが勇名には、はっきりと言える。死神達の『いれもの』では断じてないと。
　兄弟機も、ダモクレスも、奴らに与えるために壊したのではないと。
「だから、このもやもやを、かわりにあげる……壊れろ、どかーん」
　訥々とした語りとは裏腹に、勇名のグラディウスは巨大な爆炎をばら撒き、回廊を包んでいった。それはそのまま、彼女が剣に込めた叫びの強さだ。
　続けて降りて来たのは、ナザクと眸だ。
「散った者達の矜持を踏みにじらせる訳にはいかない。ダモクレスも、レプリカントも、器などとは呼ばせない――去れ」
「先の首魁は強敵だっタ。だが、力を合わせたワタシ達なら突破できル事も学んダ」
　そう、強大なデウスエクスも協力すれば倒せるのだ。
　ならば彼らの魔空回廊とて、必ず破壊出来るはず。
「この京葉工業地域をヒトの手へ返してもらウ」
　花火のように派手な爆炎の光が、舐めるようにして地上を埋め尽くす。
　残るグラディウスは４つ。先の戦いで回廊に刻んだ傷へ、さらなる楔を打ち込むように、恭志郎が光る切先をバリアに突き刺した。
「貴方達にとっては、ただ鉄を拾って鎧うだけ……そういう感覚なのでしょう」
　恭志郎は言う。それこそが、死神と相容れぬ理由であると。
「その身を纏って良いのは、その身で戦って良いのは、本人だけ。都合良く拾い上げては使い捨てるそのやり方は、力尽きた者の意志と覚悟、そして想いを踏みにじるもの……」
　静かに、しかし揺るがぬ排除の意思を持って、恭志郎はグラディウスに叫びを込める。
「それが解らないなら、今度こそ力ずくでも排除するまでです」
「正直、そこまで縁も所縁も無い方の私ですがね、死神のサルベージって困るんですよ」
　合わせて降下した征夫が言った。
　その口調はあくまで軽い。喧嘩屋たる彼のそれとは、程遠いものだ。
「こっちにも色々と因縁のあったデウスエクスがいましてね。そういう連中が掬われると、私達の精神衛生もズタズタです。だから前もって力を削がせてもらいますよ」
　って、建前は以上です――。
　その一言を境に、征夫の纏う雰囲気が一変した。
「俺の大事な人達をそんな目に会わせない為。そして万が一、何かあっても、俺のあの人がサルベージされないよう、ぶっ壊れろっ！」
　喧嘩屋の顔で叩きつける叫びが、恭志郎の叫びと共に爆炎へ変じ、破壊をまき散らす。
　砕け散る鉄還リ。煙幕に覆われていく地上。そして着実に削られていく回廊。
　千梨はその光景を眺めながらゆっくり口を開いた。
「ふむ。俺は特段、憤りも捧ぐ想いも、此処の敵に持ち合わせてはいないが」
　ただ、と千梨は続ける。
「お前が此処を虚ろな工場とする限り、俺の仲間は何度でも赴くだろう。何故なら――」
　味方が無数に屍を晒すなか、鉄還リの１体が千梨を見上げた。
　迫りくる、逃れようのない『死』。それに怯えるでもなく、黙って視線を向ける鉄還リを見下ろし、千梨は語り続ける。
「彼らには『心』があるからだ。囚われた機械の尊厳を、奪われたヒトの営みを守る為に。己が心に従い、諦めず、例えどれほど傷付いてもだ」
　だからこそ、千梨は思う。
　鉄還リの目論みが叶う目は、決して無いと。
「粘るだけ手間だ。早々に立ち退いて貰おう」
　静かな叫びは巨大な爆炎に変じ、回廊を飲み込んだ。
「言ったよな、歯車一つだってやらねえって。約束通り戻って来たぜ、鉄還リ！」
　そこへ最後の一人、広喜が降下してくる。
　ニッコリと笑ういつもの笑顔。だがその目の奥に宿るのは、燃え盛る青炎だ。
「なあ知ってるか？　地球には鉄より強えもんがあるんだぜ」
　それはここで壊れたダモクレスであり、彼らに勝ったケルベロスは更に強かった。
　広喜は言う、鉄還リには分かるまいと。
　操られた鉄なぞ、そのどちらにも敵わない事が。
　機械もヒトも、ただの鉄よりずっとずっと強い事が。
「だから壊れるのは、てめえらだ！」
　広喜のグラディウスが、一際大きな雷光を迸らせた。
　光に貫かれ、煙幕に覆われた地上へ次々着地するケルベロス達。眸は回廊の方角へと目を凝らし、攻撃の結果を確認する。
「どうですか、君乃さん？」
　恭志郎の問いに、眸は黙って首を横に振った。
「破壊ならず……ダな。残念ダ」
「千里の道は二百里目くらいか。八百里くらい、ぽーんと飛べればいいのにな」
　ナザクは静かに言って、仲間達を見回す。
「よし。退却しよう」
「ああ、そうだな！」
　攻撃は終わった。ここからは時間との勝負だ。
　ナザクと千翠を先頭に、８人は離脱を開始するのだった。

●三
　番犬の群れが、走る。
　煙突群の隙間から漏れる夕日を浴びながら、縦横に走るパイプラインを潜り抜け、時おり出くわす鉄還リの抵抗を蹴散らし、ひたすらに走る。
　そして領域外まで残り半分ほどの地点に到達した時、それは起こった。
　まるで真冬の凍てつく海のように冷たい殺気が、８人の周りを包み込んだのだ。
「……お出ましか」
「ああ。そのようだ」
　警戒を促すナザクと千翠。応戦の陣形を組むケルベロス。
　そして煙幕の向こうから、ひときわ巨大な鉄還リがゆらりと姿を現した。
「来るぞ」
　鉄還リの動きは、鈍重そうな巨体からは想像できない程に速い。鉄を砕く牙が千梨に襲い掛かるのと、眸がそれを庇ったのは、ほぼ同時だった。
　ディフェンダーである眸の生命力が削り取られる。粗い狙いと、それを帳消しにして余りある馬鹿馬鹿しいくらいの火力だった。
（「クラッシャー……か」）
　盾役３人でも、長くはもたない。
　そう直感した眸は、勇名と共にパズルを操り、広喜と征夫の第六感を呼び覚ます。
「さて、仕事ダ。皆、突破すルぞ」
「おうっ！」
　頷く広喜を筆頭に、ケルベロスが一斉に鉄還リへと襲い掛かった。
　広喜は腕部換装パーツ六式で補強した拳を砲撃形態へ変形。眸のビハインド『キリノ』がパイプをへし折って挟んだ鉄還リを、轟竜砲の弾幕で包む。
　息を合わせ放たれる千梨のプラズムキャノン。そこへ恭志郎が、陽炎の如き揺らぎを宿す『戒華』の斬撃で陽炎の華を咲かせ、鉄還リの視界を妨げた。
　流れるような見事な連携で、鉄還リの動きが瞬く間に封じられる。
（「よし。これで命中は十分そうだな」）
　ナザクは千翠と共に魂うつしで眸を癒し始めた。対する鉄還リの猛攻はまるで止まらず、ケルベロスに息をつく時間を与えない。征夫のメタリックバーストが前衛を包み終えると同時に青白い光線が発射され、浴びた千翠が玩具のように空を舞う。
「く……そ……！」
　千翠はシャウトで傷を塞ぎ、石化の効果を吹き飛ばすと、口元の血を拭って広喜とナザクに攻撃を促した。
「行け！　攻めろ！」
　少しずつ煙幕が晴れ始めている。
　今は１分１秒が惜しい。時間が切れる前に倒さねば全員共倒れになる。
　千翠の言葉に、二人は行動で応えた。
「――何かを忘れていないか」
「直せねえくらい、壊してやるよ！」
　ナザクは『ゲヘナの紅』で、広喜は『崩シ詠』で。赤と青の炎が鉄還リを包み、傷を癒す力を奪い去っていく。敵の身を守る装甲を、眸の回転機械腕の刺突が吹き飛ばした。
『……――！！』
「花でも眺め、ゆるりとしては如何かな」
　鉄還リが怒りに吼えた。守りなど最初から眼中にないとばかりに、鉄を砕く牙で眸を狙う鉄還リ。千梨はフェアリーレイピアの先端から花の嵐を放ち、猛る鉄魚を包み込む。
「んぅー。とつげきー」
　勇名のカラフル煙幕を背に、恭志郎と征夫が跳んだ。
「ここまでです、鉄還リ！」
「氷漬けにしてあげますよ！」
　絶空斬の一閃が直撃し、鉄還リの装甲が吹き飛ぶ。征夫のパイルバンカーが傷口を穿ち、分厚い氷が鉄の骨を侵し始めた。
　浅からぬダメージを負った事で、しかし死神はますます猛り狂う。防御も保身もかなぐり捨てて、捨て身の突撃を浴びせてくる鉄還リ。その攻撃に、衰えはまるで見られない。
　鉄を砕く牙が、石化をもたらす光線が飛んでくるたび、勇名とディフェンダーの仲間達は負傷者にヒールを施すが、鉄還リの火力はそれを遥かに上回った。
「く……っ！」
　鉄の牙に脇腹を貫かれ、ナザクが膝をつく。重傷こそ免れたが戦闘が続行できる状態ではない。他の仲間も、無傷の者は一人もいない。
　眸は悲鳴をあげる体を叱咤して、己のコアエネルギーを拡散させる。他の仲間同様に、彼もまた満身創痍。気力を振り絞り、辛うじて立っている状態だ。
「フィールド生成……これより攻撃ノ威力向上に貢献すル」
　傷ついた体で膝をつき、大地に掌をつける眸。併せて爆破スイッチを起爆する勇名。光る回路のフィールドが地面に展開し、カラフル煙幕と共に味方を鼓舞する。
「さあ、一斉攻勢ダ」
「んぅ、がんばろー」
　ケルベロスは最後の力を振り絞り、攻撃を決行した。
　恭志郎の大鎌が弧を描いて飛び、征夫の雷刃突が一閃し、鉄還リの骨を叩き割った。亀裂から覗く装甲めがけ、広喜が如意棒の直突きをねじ込む。
「偽物しか造れねえてめえらに、負けやしねえよ」
「散ればぞ誘う、誘えばぞ散る」
　千梨の御業が降ろすのは桜を舞い散らす嵐、『散幻仕奉「落花」』だ。
　体中の骨を打ち砕かれ、地面へと叩きつけられる鉄還リ。怪魚は最後の足掻きか、両眼に光を収束させると、アイスエイジインパクトの発動態勢に入った広喜に狙いを定めた。
『……――』
　傷だらけの広喜に鉄還リの光線が発射される。執念と殺意を込めた、渾身の一撃が。
　そこへ千翠が最後の力を振り絞り、光線から広喜を庇う。
「行け……っ！　奴を、必ず……！！」
「……ああ、任せろ！」
　ゆっくりと崩れ落ちる千翠。
　広喜は六式の矛先を鉄還リの眉間に定め、跳躍した。
　千翠の分も一緒に、全力を込めて。
「鉄還リ。俺は鉄じゃねえ」
　獰猛に牙を打ち鳴らす鉄還リの頭蓋に、六式が振り下ろされる。
　鉄の頭が、骨格が、進化の可能性を叩き潰され、そして――。
「眸の相棒で、レプリカントで――ヒトを守る、ケルベロスだ。覚えとけ」
『……――！！』
　鉄の怪魚は、千の破片となって跡形もなく砕け散った。

●四
　８人がグラディウスと共に離脱を果たしたのは、それから数分後の事だった。
「激しい戦いだったな。……動けるか？」
「何とかな。ありがとう、助かったぜ」
　千梨は千翠を降ろし、戦場を振り返る。
　そこにあるのは、今なお動き続ける魔空回廊の偉容だった。
「次こそは破壊出来ると良いですね……」
　沈みゆく夕陽を浴びながら、恭志郎はぽつりと呟く。
　この地が人々の手で再び動き出すのは、一体いつになるのだろう。そして、戦いで死んだ者達が安らかに眠れる時は――。
　その時が１日でも早く来る事を願い、ケルベロスは東京湾を後にするのだった。

作者：坂本ピエロギ	重傷：長久・千翠（泥中より空を望む者・e50574）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年8月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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